姉より可愛い弟なんて存在する筈がない

tohalumina

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集会という名の公開処刑9

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 突然やって来た静寂に楽斗は少なからず戸惑った。
 静まるには後五分以上は軽くかかると踏んでいたからだ。

『さぁ、雨宮。存分にスピーチしろ!』

 と、その時。窓ガラスにビシビシとヒビが入り、パリーンという音を発て崩れ落ちた。

『な、何があった!?』
「窓を震わせていた大音量を超える声を出したんだ。当然だろう?」
「なはっは~!これは自腹ですかね?自腹ですね~!!!」
 マイクを持っていることを忘れ叫ぶ先生に呆れたように圭子が、続いて菫が嬉しそうに言った。
 
『......な!?』
 
 何を言われているのか瞬時に理解できなかった先生な間を空けて声を漏らした。
 そして、期待がわりかし隠った目で『自腹じゃありませんよね?』と言わんばかりに校長を見つめた。
 しかし、校長は通じたのか顔を横にフルフルさせ『自腹だよ?』と慈悲深き目をしていた。
 先生は膝から崩れ落ちた。


「あっ、これ。俺、話しなくていいんじゃね?」

 体育館にいる生徒先生の大半は窓ガラスの掃除を既に始めていた。
 こんな状況で話をしろなんてさすがの先生も言わないだろう。特に、いつもみたく万全な状態ではなく、落ち込んでいる状態なら尚更だ。
 
「絶対話しなくて良いだろ!よっしゃ!」
 パチン。嬉しさのあまり、両手を合わせ音を発て、拳を天井に向けガッツポーズを......

「はっはっは!安心しろプリティーガール!決して中止にはせん!いざッ!」

 ビュンと風切り音が鳴ったと思ったら、圭子が素早い動きで窓ガラスの掃除を始めていた。
 ......おかしい。目の錯覚だろうか。圭子が沢山いるように見えるのだが......。

「終わったぞ!」
「早くね!?」
 壇下へ降り立ってから早二十秒。その間に全ての窓ガラスの掃除を終えた圭子が戻ってきた。
 先に掃除を始めていた先生、生徒達も一瞬で消え失せた残骸を見て目を丸くしている。

「はっはっは。わが家に伝わる秘伝。残像の術を使えばこんなものはちょろいちょろい!」 
 だが、圭子は気にすることはなく、高らかに笑った。

「秘伝って言えば何でも説明がつくと思うなよ!」
「はっはっは。何とでも言うと良い。では、私は後ろに戻るとする。良い話を期待しているぞ!」

 ポンと肩を叩いて後退する圭子。

「結局やらなくちゃいけないのか」

 続々と掃除道具を片付けて戻ってくる大衆を眺めながら楽斗は叩かれた肩を落とし、終わったと思って置いていたマイクを再度持ちスイッチを入れた。 

 そして、
『えー。俺が............俺の罪って何なんだ!?』
 今思えば罪名を何も言われていない気がする。一体俺の罪って何なんだ!? 

 すると、崩れ落ちていた先生が膝をついたまま顔を上げ
「女子なのに男子の制服を着ていることだろ?」
『そっか。えー俺が女子なのに......今なんて言った?おい!今なんて言った!?』
「いいから言え!」
『絶対嫌だぁぁぁぁ!!!!』

 何が悲しくてそんな罪名を自分で言わなくてはならないのだ。
 楽斗は必死に首を横に振り抗議する。

『俺は男だから男の制服を着るのがフツーなんだよ!』
 その言葉に、この場にいたほぼ全員が首を傾げた。
「何を言ってる?」と。
 
「鏡を見てこい!」「鏡を見ろ!」「鏡を見なさい!」「鏡を見て!」

 そして、大衆から次々と同じ意味を持った言葉が発された。

「━━━以上が我々の意見だが?」
『うっせぇ!!鏡より戸籍を見ろよ!』

 フフンとドヤ顔を決める先生に楽斗が半ギレになりながら突っ込む。

 だが、
「戸籍?なにそれ美味しいの?」「間違ってたんじゃない?」「間違いだろ」「絶対間違いだわ」

 何てことだ。全員が全員がイカれてやがる。いや、これが普通なのか?じゃあ、登校時に合った三人組はマトモだったというのか......。

『........................』
「━━━だ、そうだが?」
『......もういいわ。話にならない......』

 これ以上話を続けてもこんな感じで押し通されるのは目に見えている。埒が明かない。

 楽斗はふーーと長く息を吐いて活と気合いと覚悟を入れた。

(逃げるのは不可能。ならばやることはさっさと終わらせること、それだけだ。
 今だけは、プライドを捨てろッ!!!)

『えー。俺がじ、女......子な、...のに』

 覚悟を決めたはずなのに、プライドを捨てたはずなのに途切れ途切れになる言葉。顔に熱が帯びていくのが分かる。
 もう止めたいと、逃げたいと何度も思いながらも、それでも楽斗は言葉を紡いだ。

『女子....なのに、だ、男子の制.....服を着て..きた....理由は━━━』

 ━━━理由はなんだろう。そもそも俺男子なんだから当たり前のことなのに━━━

 と、言葉が行き詰まった瞬間、偶然にも流音の姿が目に入った。

『私の後に続きなさい』

 おお。思わず感嘆の声を漏らしそうになって必死に堪える。
 どうやら、さんざんフラグを立ててきていたあの特技が遂に活かせる時が来たらしい。
 楽斗は姉の視線を見ながら、姉が思っている通りに言葉を繋げた。

『私が女子なのに男子の制服を着てきた理由は、家の事情だからです!━━━ちょっ!?いや、なんでもありません』

 ギロと流音に睨まれ思わず謝ったが、何だよ事情って!?
 しかし、嫌な予感がしながらもここで流音の後に続かない手は無かった。楽斗にここから巻き返せるような弁論は思い浮かびそうにもなかったからだ。
 楽斗は言葉を続ける。

『い、家の事情とは、実は親が一人男の子が欲しいと願っていたのですが産まれてきたのが女の私だったので親は男として生きるよう教育を............』
 
 Oh......益々酷くなっていく......。姉は一体、何を考えているのだろうか。もしかしたら俺を社会的に滅殺させようとしているのだろうか。
 しかし、その疑いも最後の宣言を言ったところで完全に晴れることになった。

『............だから、私には男子の制服でこれからも通わなければならないんです!』

 自然な流れで制服をこれからも変えない事を説明することが出来たのだ。

 確かに、制服を変える事を阻止できなければ誤解する者が増え今よりも酷い惨状になっていたかもしれない。しかし、ここで制服を変える事を阻止できれば、最低でも今よりも酷い事になることはない。

 すべてを理解した楽斗は納得気味に頷いた。
 なるほど。良い作戦......とは受けた被害から言い難いがこの場では最善策だったとは言えるだろう。さすが姉さんだ。

 しかし、現実は甘くない。何故なら現実なのだから。
 その言葉を聞いた先生はウンウンと頷きながらも、どこか申し訳そうな顔でマイク越しにこう告げた。

『お前の言い分は良く分かった。しかし、すまないが制服を変えないことは許容できない』
 と。
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