姉より可愛い弟なんて存在する筈がない

tohalumina

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アフスクチルドレン3

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「我が校のセーラー服は素晴らしいぞ!」
 時は戻り、呼びだしを食らった先━━━つまり職員室に入った楽斗に向けられた第一声がこれだった。

 楽斗は言葉を失った。
 しかし、それは男の先生がセーラー服を絶賛したから━━━ではなく、他の理由でだ。

 別にセーラー服を絶賛したぐらいでは楽斗もドン引きはしたものの、言葉を失うまではいかなかった。
 人には人の趣味がある。
 例えどんな趣味を持っていようと、人の趣味はそれぞれのため否定するのはおかしいと楽斗は考えていた。
 ......男の教員がセーラー服に趣味があるのは正直どうかと思ったが。

 では、何故楽斗は言葉を失ったか。

「いいか雨宮。セーラー服というのはな、元々イギリスの海軍が用いていたものであって━━━」
 生き生きと聞いてもいないのにセーラー服の起源を語り出す先生。
 確かに、趣味を共有するのは楽しいことかもしれないが生き生きと鼻の穴を広げながらセーラー服について語る先生というのは、もはや恐怖でしかない。

 いや、そんなことはどうでもいい。それより、何なんだよ。この格好は......。

 楽斗が唖然として見つめる先、そこにはセーラー服を着用しながら楽しそうにセーラー服について語るオッサンの姿があった。


 正直その後のことは全く覚えていない。それだけ目の前にいた異様な姿のオッサンがインパクトありすぎたのだ。
 気づけば話は終わったのか楽斗は職員室のドアの前に立っていた。

 辺りを見てようやく解放されたのだと確信した楽斗は改めて思う。

 こうなったのは全て大野のせいだと。

 大野が同姓を愛さなければこんなことにはならなかった。大体同姓愛など意味が分からない。
 そもそも愛という感情は子孫を残すための機能でしかなかったはずだ。同姓と結ばれても子孫が残らないというのに何故同姓を愛すのだろう。意味が分からない。
 理解しようと考えれば考えるほど余計理解が不可能になっていく。
 そして、考え考え抜いた楽斗は決意した。

 今後、同姓愛者にはあまり近寄らないでおこう、と。



 そして、時は進み東校舎二階の廊下にて、
「うおおおおおおッ!!?ちかづくなぁぁぁ!!!来るなぁぁあッ!!!邪魔して悪かったぁ!謝るから来ないでくれぇええええ!」

 楽斗は力一杯叫び、走っていた足を一層早めた。

 追い付かれてはいけない。
 アイツらは別世界の人間なんだ。
 捕まったら俺まで別世界の人間に......
 ......同姓愛者にされてしまうッ!!!!

「だから誤解だって言ってるでしょおおおお!!!私たちは別に恋人とかじゃないってぇ!」
「お願いだから話を聞いてぇぇえええ!!」

 楽斗は背後から聞こえる馴染みのある声に思わず体が反応して、後ろを振り向こうとしたが、理性を用いて自制する。

「ダメだ!聞いてはならない!あれは呪詛、あれは呪詛だ! 聞いたら殺られるぞ。大体抱き合っていた二人が同姓愛者じゃないわけがないんだ。取って食われるのはゴメンだね!」

「楽ちゃん。それ頭で思っているつもりかもしれないけど全部口に出てるよ?」
「食うわけないじゃん!私たちはゾンビかって!」

 抗議の声が飛んでくるが無視だ無視。
 てか、今気づいたんだが、鞄どこいった......?くっ、まぁいい。明日は土曜だ。別に一日ぐらい鞄が無くたって困ることはない。

 楽斗は未だ追いかけてきている二人を撒くため、廊下の突き当たりにあった階段を敢えて下に降りず上に登り三階にある男子トイレへと身を隠した。
 備えあれば憂いなし。万が一あの二人が階段を上がってきたとしても男の聖域、男子トイレには入ることはできないだろう。
 
 そう確信した楽斗はスーハーと呼吸を整えようと深呼吸を、

「おえっ!!臭ッ!掃除してないのかよ!?」
 鼻を突き刺すような強烈なアンモニア臭に声を思わず荒げてしまった楽斗はしまったと、息を飲み耳を澄ませた。

「どっちに行ったと思う?」
「下にきまってらーいッ!!」
「あーもう!菫ちゃんったら」

 どうやら今の声は聞こえていなかったらしい。何とか撒けたようだ。

 と、その時トイレをしに来たのであろう男子トイレに入ってきた二人の男子と目があった。男子達がピタリと動きを止める。

 一体どうしたというのだろうか。動きを止めてしまった男子を見て何があったかと楽斗は訊ねてみた。
「おいどうし......」
 しかし、聞くよりも早くその二人は叫び声をあげた。

「何で男子トイレに女子が!?」
「恥女だ!恥女がいるぞッ!!!誰か助けてくれぇええ!!」
「ばっ!?違う!俺は男......チッ!!」

 その叫びを聞きつけたのか階段を上る足音が聞こえる。恐らくあの二人だろう。
 楽斗はやむなくトイレを飛び出した。

 よかった。幸いにもまだ二人は三階まで来ていないようだ。

 トイレを飛び出した楽斗は階段付近を確認して、ふぅ、と額の汗を制服の裾で拭った。
 走ったり公開処刑されたり追いかけ回されたり誤解されたりと、肉体的にも精神的にも疲労が激しいため、このままのんびりとその場に留まっていたいものだが、どうやらそうさせてはくれなさそうだ。

 楽斗は下の方から聞こえる階段を上るような足音に今度は、はぁ、と深くため息を吐いて隠れる場所はないかと辺りを見渡した。
 だが、一見したぐらいでは少なくても隠れれそうな場所は見つからない。

 やはり、ここはトイレに戻ってあの男子達に自分が男だと説得するべきなのか。
 説得が成功すれば隠れきることが可能だし、失敗してもあの男子達をトイレから出さないようにすればいくら二人━━━主に菫が常識外れだからといって侵入してくることはないはずだ。
 説得する間に多少精神が削られそうだが、このまま捕まるよりは全然マシだろう。

 そう考えた楽斗は再度トイレへ入り込んだ。

「うわっ!?また来たッ!」
「誰か助けてぇえええええ!」

 もう一度現れるとは思っていなかったのだろう、男子達から悲鳴が飛ぶ。
 逃げたい。この場から立ち去りたい。俺の方が助けてだわバカ野郎!と、心の底から思う━━━が、楽斗は唇を噛み締めてその感情を殺しつつ、男子達に近寄って宣言した。

「よく聞けお前ら!......俺は男だ!」

 シーン。場がまるで嵐の前の静けさと言わんばかりに一瞬静まり返り、
「「嘘つけぇぇぇええええ!!!!!」」

 嵐がやって来た━━━否、男子達の轟声がトイレに響いた。いや、この大きさだと東校舎全体にも響いたかもしれない。そのぐらいの音量だった。

 楽斗は焦りながら今もなお叫び続ける二人を説得しようと声をかける。
「ちょッ!?まて!気持ちはわかる、だが落ち着け!こんなに大きな声出したらあの二人に━━━」
「おーと!!!ここかぁ!悲鳴が聞こえるぞ~!」
「......」

 時既に遅し。
(......こんなに簡単に見つかるんだったら悪足掻きでも他の空き教室に入っとけばよかったかも)
 思わずそんなことを考えてしまう楽斗だったが、その表情には余裕があった。

 ここは男子トイレ。アイツらは絶対に入ってこれない!
 そう確信していたのだ。

「がっくん!話を聞くんだ!」
「そうだよ楽ちゃん!話を聞いて!」
「おいまてッ!何で男子トイレへ堂々と入ってきてる!?」

 ありえない。想定外だ。

 あっさり、男子トイレへ入ってきた菫と真愛に後退る楽斗。
 しかし、元々広くないトイレ。あっという間に壁際まで追い詰められる。

「くそ!近寄るなぁ」
 ドン。後退っていた楽斗は遂に壁に背中から激突した。

「女子が三人も入ってきやがっただと......」
「くっ、大丈夫か吉村!!!くそッ!恥女しかいないのかこの学校は!!!」
 横では何故か楽斗と同じように壁際に追い詰められていた男子達が悲鳴を上げていた。

「はいはい。話は後で聞くから。まずは私たちに話をさせてもらうよ」
「逃がさないよ。楽ちゃん」

 じりじりと狭まる包囲網。このままでは捕まるのは時間の問題だ。何か方法はないか!?
 と、楽斗は無い物ねだりで、箒や雑巾が掛かっていないか確認するため背後の壁を見た。
 そして、見つけた。
(あった!まだ助かる方法はあったぞ!) 

 見つけたのは箒でも雑巾でもなかったが、それよりも素晴らしいもので、脱出口に成りうるものだった。
 楽斗はすかさず手をかけ壁をよじ登り、脱出口へ足をかけた。

「何を!?まさか......」
「楽ちゃん危ないよ!」

 そんな楽斗の様子を唖然とした感じで見ていた二人が何かに気づいたように声を上げ、これまでとは一変、一気にこちらに近づいてきた。
 だが、もう遅い。 

「アデュー!」
 楽斗は脇目も振らずトイレへ取り付けてあった脱出口━━━すなわち窓から外の世界へと飛び降りた。

 ......ここが三階だということを忘れて。
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