ボクは犬(仮)

来季

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幼なじみ

僕の飼い主

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「はい、こっち下さい!」



「少し微笑む感じで、あぁ~いいですねぇ。」



「最後上目遣い頂けますか?はいっはいっ最高ですねっ!」


AM6:35


僕の撮影はいつも早朝。


8時からは学校が始まるからだ。


撮影場所から学校までは車で30分。

5分前に学校に着くとしても7時20分にはここを出なければいけなかった。


お疲れ様でしたという声と同時に衣装を脱ぐ。


カメラチェックを軽くして学生服に着替える。



7時10分、スタジオを出た。


スタジオの前には黒い車が1台。僕の送り迎え用の車だった。


「桜ちゃん、おはよう。」



「撮影お疲れ。今日学校終わったら新商品のポスター撮影が入った。予定あったか?」


「何時?16時には空くよ。予定はない。」


そうか


車の後部座席に座っていたのは、僕の幼なじみで、僕の飼い主。



僕が世界で一番大切な人。


「今日このまま天気良ければ外で撮影したいと考えている。」


「いいねっ!場所は決まってるの?」


「海は好きか?」



「好きだよ!」


「なら、海にしよう。」


やったー!
僕の声に桜ちゃんはクスリと笑った。



静かに笑う桜ちゃんの仕草も僕は大好きだった。


僕と桜ちゃんがこうやって話せる時間は通学と夜の撮影が終わってから寝るまでの数時間。


僕には貴重な貴重な時間だった。


極たまに撮影を見に来る事はあるけれど、本当に稀な事で最近で言うと4ヶ月前。


桜ちゃんは僕一人の撮影を見学しているほどの暇なんてない。


「桜ちゃん、新商品って何?」


「カラー剤。太陽の光で色が変わるのが今回の売りだから外の撮影が必須なんだ。」



「そうなんだ!僕、染めるの?」



「そんなに何種類も染めたら痛むだろう。髪色は編集で変える。実際に太陽に当てた時の実験の資料がある。マナは海辺で指示通りに撮影してくればそれでいい。」


「そっか、そうだよね!わかった!」



桜ちゃんは僕の事をマナと呼ぶ。


椎樹愛弥だから、マナ。


小さい頃は女みたいだってよくバカにされたしマナって言われるのが嫌で仕方なかったけれど、桜ちゃんに呼ばれるのは嬉しい。



「着きましたよ。」



「ん。じゃ、放課後頑張って。」


高等部の桜ちゃんは僕の降りる少し前で下車する。



桜ちゃんが降りて数百メートル走ってすぐ、中等部に着く。



僕も車を降りる。


僕が車を降りると、キャーという声と共に女子達が手を振る。


12歳から桜ちゃんの発売する商品の宣伝モデルを始めた。それまではただのガキで、なんなら中性的な顔立ちを女みたいだと虐められていた。

モデルを初めてからは環境が一変した。


僕を虐めていた人達は手のひらを返して、芸能人のサインを持ってきて欲しいだの、会わせて欲しいだの言ってきた。



僕が虐められているのを見て見ぬふりしていた女子達は僕に向かって手を振るようになった。


マナという愛称をバカにしていた人達は、僕にピッタリのニックネームだとはやし立てた。



そういう世の中にも人間関係にも恐怖心が芽生えたけれど、それでも、虐められていた過去に比べれば毎日楽しい。



何より、桜ちゃんが僕を必要としてくれる毎日が僕という存在を満たしてくれていた。



「マナ君おはよう!今日お弁当作ってきたの。」



「マナ君にお菓子作ってきた、貰って!」


「私ね、私ね!この前マナ君が着てたパーカー買っちゃった!」


「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、体重管理があるから規制の物しか食べられないんだ。」


桜ちゃんには差し入れを迫られた時こう答えるように言われていた。


12歳の時モデルを初めてから実際僕は桜ちゃんに指示された管理食しか食べていなかった。


間食は勿論禁止。着色料の濃い飲み物も禁止。


辛くないといえば嘘になるけれど、これを守る事で桜ちゃんに貢献出来るならそれ以上の幸せはない。


管理食と言っても週に二食の外食は許されているし、肉も魚も甘いものも食べさせてくれている。


「そうなんだぁ。撮影?」


「そうだね。じゃあ僕行くね。」




女子達の波を振り切って校内に入る。


教室に入ると、また人に囲まれる。


ホームページ見たよ。
雑誌読んだよ。
この前CM出てたね。

こういう風に言われるのは嬉しい。
けれど、必要以上に来られると少し面倒にも感じる。


正直言って朝4時に起きて撮影して学校に来ているから、もうそっとしておいて欲しい。


桜ちゃんの指示で学生の間は学年5位以内に入っていないとモデルを解雇するという契約を結んでいる。


けれど、登校前、下校後、土日祝日ほとんどが仕事で休みなどない中でその成績を維持するのは簡単ではない。

それでも僕はやる。やるしかない。
桜ちゃんにそれを期待されているのであれば答えるのが僕の義務で、僕の仕事。



その為、授業中は死ぬ気で頭に叩き込まなきゃいけないし休み時間も無駄には出来ない。

ブーブブッ

スマホが振動した。


あれ?桜ちゃん?


『 昼休み、高等部へ来い』


何かあったのだろうか?


そんな事より、昼休みに桜ちゃんに会える。


嬉しい~


僕は唇を噛み締めた。


午前中の授業を死ぬ気で受け、チャイムと共に高等部へ走った。


「桜ちゃん!」


「今日6時限目終わったらすぐに校門へ来い。撮影場所を抑えた。時間制限があるから18時までには終わらせなければいけない。」


「わかったよ!」


「ノーセットで撮りたい。髪を洗ってこい。」



「え?」


「シャンプーとトリートメントとドライヤーは用意してある。適当にどこかで頭洗ってこい。」



「え?え?、、、、、、うん。わかった。」


こういう急な用事や要望はザラにある。


桜ちゃんが化粧品の会社を経営している事、僕がその会社に所属している事は一応は秘密らしいけど、こんな堂々と会話しているのだから構内の人にはバレている。


それでも世間にもれないのは、桜ちゃんが学校に圧力をかけているから、らしい


いつも登下校を運転してくれている運転手の未鼓さんが言っていた。
 

会社を経営するような立場になると、学校という組織にすら物を言わせられるようになるのだから、世の中実力行使だなと実感させられる。


僕は桜ちゃんに渡された一式を持って職員室に向かった。



「先生、シャワー室借りられますか?」



「ん?あぁー、水泳部の所なら使える。」


「はーい。」


僕はシャワー室へ行き、撮影の為にセットした髪を丁寧に洗い流した。


シャンプーもトリートメントも桜ちゃんの会社の物。


レディース用もメンズ用も爆発的に売れていた。


桜ちゃんはそれを僕の宣伝技術者だと褒めてくれるけど、どう考えても商品がいい。


桜ちゃんは自分の事を一切評価しない。


いつも、出来て当たり前だと言う。
謙虚とは違うけれど、ブレない自信とその為の努力を僕は知っているから、本当に尊敬する。


髪を洗い流したあと、一式を持って再び高等部へ行った。


「桜ちゃん~!」


「おぉ。うん。いいな。じゃ、放課後。」


頑張るんだよ。 
桜ちゃんは僕からシャンプーとトリートメント等の道具一式を受け取ると手の甲で頬を軽く撫でた。


その仕草はやっぱり飼い主で、僕は犬なんだなって実感する。




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