39 / 57
39
しおりを挟む「レティさん、スコーンの焼き加減いかかでしょうか」
「レティさん、野菜の下処理の確認お願いします」
「レティさん、シフォンケーキそろそろ焼きあがります」
他の料理人たちの声掛けをレティは必死で裁いていた。どうしてこんな目に……と心の中で呟きながら。
出向初日、王宮には王宮料理人や各上位貴族の屋敷に勤める料理人たちが大勢集まった。レティはスイーツ部門を担当することになった。スイーツ部門のリーダーにより、舞踏会で出される予定の品の説明を受ける。フルーツタルト、シュークリーム、ショコラテリーヌ……それぞれの担当が発表されるがレティの名前は最後まで呼ばれなかった。
「レティ嬢には野菜のスイーツをお願いしたい」
「は、はい」
「これは王太子妃殿下からの提案だ。レティ嬢が野菜を使ったスイーツが得意だと妃殿下の耳にも入っているようだ。それで一度食べてみたいと仰ってる」
「そ、そんな……」
周りの料理人たちはわぁ、と歓声を上げた。王太子妃殿下から期待されメニューをリクエストされるなんてこんな名誉なことはないだろう。だがレティは青褪めていた。
(アーネスト殿下、絶対余計なことを言ってるわ)
レティは只でさえ王女殿下の不興を買っているかもしれないというのに、王太子妃殿下にも嫌われてしまったら……いや元々目障りに思われているだろうなとは思っていたのだ。だがこれ以上嫌われてしまうとレティの転職活動に大いに影響してしまう。
レティががっくりと肩を落としたことには誰も気付かないまま、リーダーの話は続いた。レティは野菜スイーツの責任者となり数名の料理人と共に準備に入ることになった。
「皆さん、女性の方ですか」
野菜スイーツの担当となった料理人と顔を合わせて、レティは少々怪訝そうに見渡した。料理人の中で女性の割合はとても少ない。レティが幼い頃、父と共に訪れたどの屋敷にも女性の料理人はいなかった。リーダーは視線を彷徨わせながら答えた。
「あ、あー……レティ嬢は貴族令嬢だろう。若い男性料理人と一緒にはできない」
「そんな、お気になさらずとも」
「それに彼女たちも君から教わりたいと言っている」
「はい!よろしくお願いします!」
元気よく頭を下げられ、レティは目をぱちくりとさせた。そんなレティへ彼女たちは「レティさんは私たちの憧れなのです」と告げた。
彼女たちも貴族令嬢だという。だが、下位貴族だったり領地経営が上手くいっていなかったり、と貴族令嬢でありながら働くことを求められた。一昔前であればそんな状況で貴族令嬢が働くなど有り得ない話で、働くくらいなら死を選ぶ者もいるほどだった。だが、レティが幼い頃からスタマーズ公爵家で献身的に働いていることは社交界ではよく知られており、令嬢が働くことに対することへの忌避感は徐々に減りつつある。彼女たちはレティのおかげで周りの目を気にすることなく働けているのだ。
社交と言うものを一切していないレティには知らなかったことばかりでただただ戸惑った。彼女たちはずっとレティに会いたかったと嬉しそうに話した。そんな純粋そうな彼女たちを見てレティはふと思いついた。
(これは……もしかしたら彼女たちの同じ職場に紹介してもらえるチャンスかも)
そうと決まればレティは彼女たちと仲良くなる方が得策だろう。レティはにっこりと笑うと「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げた。責任者となることがどれほど大変なことかこの時のレティはまだ気づいていなかった。
113
あなたにおすすめの小説
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない
花瀬ゆらぎ
恋愛
囚われた弟を救うため、貧民育ちのリーゼは公爵令嬢になりすまし、騎士団長シルヴィオに嫁いだ。
彼女に与えられた任務は、夫を監視すること。
結婚後、新居で待っていたのは、「氷の騎士」と恐れられる無口な夫。
しかし──戦地から帰還した彼は、別人のようにリーゼを溺愛し始めて……!?
「あなたのことを考えない日は一日たりともなかった」
次第にシルヴィオに惹かれていくリーゼ。けれど彼女は知らない。この結婚には、さらなる罠が仕掛けられていることを。
守り守られ真の夫婦を目指す恋愛ファンタジー!
※ヒロインが実家で虐げられるシリアスな展開がありますが、ヒーローによる救済・溺愛へと繋がります。
婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました
春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。
名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。
姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。
――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。
相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。
40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。
(……なぜ私が?)
けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
薫る袖の追憶を捨て、月光の君に溺愛される
あとりえむ
恋愛
名門の姫君・茜は、夫の高彬に蔑まれ、寂れた離れで孤独な死を迎えた……
けれど意識が途切れた瞬間、視界を埋め尽くしたのは命を削って輝く緋色の夕映え。
目が覚めると、そこは高彬との婚約が決まったばかりの十五歳の春に戻っていた。
「二度目の人生では、誰のことも愛さず、ただあの方の幸せだけを願おう」
茜は、かつて自身の孤独を救ってくれた「最推し」の東宮・暁を、未来の知識で密かに支えることを決意する。
執着を捨て、元夫に無関心を貫く茜。
一方、高彬は自分に興味を失った茜の価値に気づき、今更遅い後悔に狂い始めるが……。
「見つけた。お前は俺の、運命の番だ」
正体を隠して東宮を支えていたはずが、冷徹な暁に見出され、逃げ場のないほどの執着と溺愛を注がれることに。
平安の雅な風情の中で描かれる、逆転と救済の物語。
最後は、二人が永遠の契りを交わす和歌で幕を閉じます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる