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本編
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「……」
デリンラード国の王太子アーネストは、空っぽになった王太子妃の部屋を見て言葉を失った。
『わたくしは、お飾りの王太子妃ですから』
彼女は度々そう言っていた。悲しそうな顔をする訳でもなく、アーネストの瞳を真っ直ぐと見据え淡々と口にしていた。王宮は自分の場所ではないという意思表明だったのだろう。彼女は王太子妃の部屋に自分の私物を殆ど持ち込まなかった。一方アーネストが贈ったドレスや装飾品類は、几帳面な彼女らしく衣裳部屋に綺麗に並べられており何一つ持ち出さなかったようだ。数少ない私物だけを纏めて、彼女はアーネストに何一つ告げることなく出て行ってしまった。
『アーネスト殿下、この結婚は白い結婚にしましょう』
『……理由を聞いても?』
『殿下には大切なお方がいるじゃありませんか』
あの時、彼女はどんな顔をしていたのだろうか。アーネストは必死に思い出そうとしたが、思い出すことは叶わなかった。
どうして、なんて独り言でも口にすることは憚られた。彼女が出て行ってしまった理由はアーネストがよく知っているからだ。そして、思ったよりも自分が動揺していないことに気付いた。それはアーネストが王太子妃を筵にしていたから、ではない。
アーネストが彼女に逃げられたのは、二度目だったからだ。
アーネストは幼い頃から非常に優秀だった。
デリンラードの第一王子として生まれ、その弟も生まれたが、彼の方が王の適性があると判断され十歳の頃には王太子として即位した。
アーネストが王の適性があると判断されたのは、その秀才さから、だけでは無い。アーネストは人当たりも良く明るい青年ではあるが、一方で目的の為ならば手段を選ばないところがあった。十歳にしてそんな顔を見せるアーネストに母親である王妃は頭を抱えたが、いずれ国王になった時にはアーネストの妃が彼の持たない慈愛を国民に与えれば良いと父である現国王や大臣たちは考えているようだった。
そんな少々人間味の無いアーネストが唯一執着を見せる相手がいた。従妹のアメリアである。彼女は隣国の公爵令嬢であり、アーネストの婚約者に据える身分としても申し分ない。アーネストが八歳の頃にアメリアを婚約者にと願ったが、両国の話し合いにより却下された。そしてアメリアは隣国の第二王子の婚約者になってしまった。
他の者の婚約者となれば通常なら諦めるだろう。特に王族や高位貴族の婚姻は本人の意は重視されず政略的な意味合いが強い。通常のアーネストであれば国政に利のある相手を選ぶ筈だ。だが、アーネストはアメリアに婚約者ができ、彼と仲を深めている間も決して諦めることは無くアプローチを続けていた。周りの者がいくら止めても彼は耳を貸さなかった。自分がアメリアの唯一だと信じてやまなかった。
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