王太子は妃に二度逃げられる

たまこ

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「アーネスト殿下はアメリア様のことばかりだな」

 アーネストの側近候補の一人、マルコ=ヴィラッジョ男爵令息が大きな溜め息と共に漏らした。

「昔からそうですもの。もう呆れることすら時間が惜しいですわ」

 側近候補のもう一人、フランチェスカ=サルヴァトーリ公爵令嬢もうんざりした顔でそう返した。

 アーネストは、爵位を重視せず能力の高い者を側近候補や護衛候補として選んでいた。また令嬢であるフランチェスカも通常なら側近候補などという立場にはなり得ないのだがその能力の高さと本人の希望もあり側近候補に選ばれていた。前例のないことだがフランチェスカの勤勉さや事務処理能力の高さから周りの文官たちからも高い評価を得るようになっていた。それは良い、それは良いのだが……。



「俺達に黙って隣国に行っちゃうなんてさ」

「ええ」

「せめて相談してくれたら良かったのに」

 マルコは眉を寄せ、口を尖らせている。そんな彼へフランチェスカは苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

 現在十五歳になったアーネストはフランチェスカやマルコと共に平和な学園生活を送っていた。だが一週間前、アーネストは相談も無く急に隣国に留学してしまったのだ。アーネストが隣国に行ってから、マルコは毎日のように愚痴を零している。その気持ちはフランチェスカにも痛いほどよく分かる。アーネストが不在のせいで多くの業務をフランチェスカとマルコで回す羽目になっているからだ。

 勿論二人には決裁権が無いので、それはアーネストの弟であるエミリオ第二王子に任せ、それ以外の庶務を中心に行っているがそれでも大忙しだ。加えて、第三子を身籠っている王妃殿下の体調が思わしくないこともあり、フランチェスカは王妃の公務の手伝いに駆り出されることもあった。

 緊急事態と言うことで二人は休学の許可を得ていた。二人とも学園で学ぶ範囲は既に修了しているため多少休んだところで困ることは無いのだが、それでも前もって相談が無かったことはとても腹立たしいことだ。


「なにも王妃殿下が体調の悪い時期に行かなくても良いじゃないか」

「それはそうね」

 王妃は二人に何度も頭を下げていた。彼女もまた留学には反対していたのだが、アーネストは陛下を味方につけ強行したようだ。王妃も相当腹に据えかねている様子だが、妊娠中の彼女にそれは毒となる。王妃とよく顔を合わせるフランチェスカは彼女の苛立ちを宥めるのにいつも苦戦していた。




「はぁ……嫌になっちゃうよ」

「タイミングが悪いわよね。でも陛下は特別手当を約束してくれたじゃない。それにアーネスト殿下が戻ったら、殿下の個人資産から更に手当を出させるって」

「うん。褒賞も出すって言ってた」

「だから元気出して頂戴」

 フランチェスカが優しく微笑むとマルコは漸く頬を緩めた。正直言うと、金銭面で不自由な思いをしたことのない公爵令嬢のフランチェスカにとっては王家からの手当など大した魅力では無かった。

 だがマルコは違う。裕福で無い男爵家に生まれた彼は、領地の為にアーネストの側近に志願した。しかしマルコが側近候補となって少し経った頃に彼の弟に難病が見つかり、彼の生家には高額な治療費がのしかかり更に財政をひっ迫させることになった。アーネストもフランチェスカも自分の個人資産から治療費を手助けしようと何度も提案したがマルコが首を縦に振ることは無かった。その代わりに王家や公爵家の伝手を使って優秀な医師や薬師を紹介した。そのおかげもあり現在マルコの弟は回復の兆しにあると言う。それでも治療は続いていく。マルコは領地と弟の治療費の為にと日々懸命に働いているのだ。

 手当には目の眩まないフランチェスカだが褒賞の方は有難かった。陛下は褒賞として『どんな望みでも叶える』と言った。フランチェスカにとってそれはとても魅力的で―――麻薬のような言葉だった。


「―――叶えて貰わなきゃ」

「ん?フランチェスカ、何か言った?」

「いいえ、何も。さぁ、この書類の山を片付けましょう」

「うげぇ」

 顔を顰めるマルコへフランチェスカはにっこりと笑った。


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