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Act.7 世界樹の精霊と俺たちの真実
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『さあ、遠慮なく食べなさい。食べたらここから帰れないとか、そういうことはない』
うっ、ちょっと警戒してるのがバレたか。
いくら好意的な態度をしているとはいえ、相手は精霊。人間なんてあっという間に一ひねり出来るぐらいの力はある。
……ここは、言うことを聞いておいた方が得策か。
「……、いただきます……」
ソーサーを持ち上げて、カップに口をつける。少しだけ舐めるだけに留めた。
香りと味は、ダージリンに似ている。仄かにフルーティな風味だ。
口の中がさっぱりしたところで、俺の頭はようやく動き始めた。
さっきユグドラシルは〝自分の領域〟と言っていた。
精霊の領域というのは人間で例えれば、鍵をかけられる自分専用の土地と家のようなものだ。生き物が自分から迷いこむことはそうそうないと、学園の座学で習った気がする。
精霊たちだけは、互いに承認し合った精霊の領域の合鍵を持てるらしい、とはクリストファー様の言だ。
……生き物は入り込めない。つまり……、
「……俺は、死んだんですね」
口から言葉が突いて出た。かちゃ、と俺がカップをソーサーに置いた音だけが聞こえる。
ふ、とユグドラシルは苦笑にも似た笑みを浮かべた。
『安心しなさい。お前の体は、私の助力を受けながら若苗が治した。あの人間に傷つけられた箇所は、寸分の狂いもなく』
「えっ」
いやいや、あれは明らかに致命傷だろ。確かに斬られた直後はめちゃくちゃ痛かったけどすぐに体の感覚は消失したし、意識もブラックアウトしていったのに。
『私をなんだと思っているんだ? 世界中に<魔法素>を供給し、<魂>が循環する世界樹の<精神>そのものの具現だぞ? 私が出来ることはすなわち若苗にも出来ることだ。まあ、今はまだ幼いから私が手を貸したが』
涼しげな目元を細め、ユグドラシルは笑った。
侮るなよと言われている気がして、思わず背筋にぞっとしたものが走る。
ちょっとその感覚を緩和したくて、一旦話を横にずらすことにした。
「……あの、若苗、って……?」
『ああ。お前がリアンと名付けた子だよ。私という〝大木〟の子だから〝若苗〟さ』
「あっ、ああ、なるほど……」
話をそらしたのはある意味正解だったかもしれない。あの郷愁が見え隠れする笑みに戻った。
『私にも、まだ苗木だった頃の私を育てた人間につけられた個体名があるんだ。お前たちを見ていると、その頃を思い出すよ』
……そうか。このユグドラシルも人間に育てられたと、さっき自分で言っていたな。俺たちがリアンを預けられたように。
恐らく、その人間というのが、マナ・ユリエ教の初代聖女なんだろう。
ユグドラシルは優雅に紅茶を飲んでいた。かちゃ、とカップがソーサーに戻る音が立つ。
「……でも、リアンが精霊だというなら、なんでこちらが鑑定したとき、<物質>が検出されたんですか?」
俺の疑問に、ユグドラシルは答えてくれた。
『ユグドラシルはな、先代から生み出されるときに〝種〟を託される』
「種、ですか」
『そう。新たな世界樹の種だ』
そっと自身の胸元に触れる。
『若苗は、時が来るまでその種を身の内で育てる。人間に分かりやすく言うなら、発芽させるための条件を整える、というところかな。そして種には<物質>がある。だからあの子に【鑑定魔法】を使った際、<物質>が検出されたんだろう』
「……そうか、数値がめちゃくちゃに揺れ動いていたのも、発芽準備をしていたから安定しなかった……」
『そうだ』
ユグドラシルは俺の呟きに頷く。
世界樹という<物質>の肉体ともいえるべきものを持つ精霊だからこそ、ユグドラシルは人間を、生物を好ましく思ってくれるのだろうな……。
『……本題に移ろうか。お前をこの領域に置いているわけを』
「……!」
きた。俺は身構えた。
一体どんな話が飛び出してくるんだろう。
ユグドラシルはケーキスタンドからサンドイッチを取りながら、話を始めた。
うっ、ちょっと警戒してるのがバレたか。
いくら好意的な態度をしているとはいえ、相手は精霊。人間なんてあっという間に一ひねり出来るぐらいの力はある。
……ここは、言うことを聞いておいた方が得策か。
「……、いただきます……」
ソーサーを持ち上げて、カップに口をつける。少しだけ舐めるだけに留めた。
香りと味は、ダージリンに似ている。仄かにフルーティな風味だ。
口の中がさっぱりしたところで、俺の頭はようやく動き始めた。
さっきユグドラシルは〝自分の領域〟と言っていた。
精霊の領域というのは人間で例えれば、鍵をかけられる自分専用の土地と家のようなものだ。生き物が自分から迷いこむことはそうそうないと、学園の座学で習った気がする。
精霊たちだけは、互いに承認し合った精霊の領域の合鍵を持てるらしい、とはクリストファー様の言だ。
……生き物は入り込めない。つまり……、
「……俺は、死んだんですね」
口から言葉が突いて出た。かちゃ、と俺がカップをソーサーに置いた音だけが聞こえる。
ふ、とユグドラシルは苦笑にも似た笑みを浮かべた。
『安心しなさい。お前の体は、私の助力を受けながら若苗が治した。あの人間に傷つけられた箇所は、寸分の狂いもなく』
「えっ」
いやいや、あれは明らかに致命傷だろ。確かに斬られた直後はめちゃくちゃ痛かったけどすぐに体の感覚は消失したし、意識もブラックアウトしていったのに。
『私をなんだと思っているんだ? 世界中に<魔法素>を供給し、<魂>が循環する世界樹の<精神>そのものの具現だぞ? 私が出来ることはすなわち若苗にも出来ることだ。まあ、今はまだ幼いから私が手を貸したが』
涼しげな目元を細め、ユグドラシルは笑った。
侮るなよと言われている気がして、思わず背筋にぞっとしたものが走る。
ちょっとその感覚を緩和したくて、一旦話を横にずらすことにした。
「……あの、若苗、って……?」
『ああ。お前がリアンと名付けた子だよ。私という〝大木〟の子だから〝若苗〟さ』
「あっ、ああ、なるほど……」
話をそらしたのはある意味正解だったかもしれない。あの郷愁が見え隠れする笑みに戻った。
『私にも、まだ苗木だった頃の私を育てた人間につけられた個体名があるんだ。お前たちを見ていると、その頃を思い出すよ』
……そうか。このユグドラシルも人間に育てられたと、さっき自分で言っていたな。俺たちがリアンを預けられたように。
恐らく、その人間というのが、マナ・ユリエ教の初代聖女なんだろう。
ユグドラシルは優雅に紅茶を飲んでいた。かちゃ、とカップがソーサーに戻る音が立つ。
「……でも、リアンが精霊だというなら、なんでこちらが鑑定したとき、<物質>が検出されたんですか?」
俺の疑問に、ユグドラシルは答えてくれた。
『ユグドラシルはな、先代から生み出されるときに〝種〟を託される』
「種、ですか」
『そう。新たな世界樹の種だ』
そっと自身の胸元に触れる。
『若苗は、時が来るまでその種を身の内で育てる。人間に分かりやすく言うなら、発芽させるための条件を整える、というところかな。そして種には<物質>がある。だからあの子に【鑑定魔法】を使った際、<物質>が検出されたんだろう』
「……そうか、数値がめちゃくちゃに揺れ動いていたのも、発芽準備をしていたから安定しなかった……」
『そうだ』
ユグドラシルは俺の呟きに頷く。
世界樹という<物質>の肉体ともいえるべきものを持つ精霊だからこそ、ユグドラシルは人間を、生物を好ましく思ってくれるのだろうな……。
『……本題に移ろうか。お前をこの領域に置いているわけを』
「……!」
きた。俺は身構えた。
一体どんな話が飛び出してくるんだろう。
ユグドラシルはケーキスタンドからサンドイッチを取りながら、話を始めた。
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