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Extra. 余談と閑話

余談 ~ディランという男・2~

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 放課後。クリストファー様は廊下の件で教員に呼び出され、説教を受けている。
 その隙に上級生の侯爵子息に連れ出されたディランは、校舎裏の人気が無い場所にいた。

「うぇえ……っ」
「げほっ……、ご、ごめ、」

 ……まったく、驚いた。
 確かに、騎士団や家中の大人たちの中で、ディランは人畜無害の皮を被ったクリストファー様のみが飼い慣らせる猛獣だと、まことしやかに囁かれてはいたが。
 ……まさか、これほどとはな……。

「……ハハ、先輩を連れてくればなんとかなるとでも思ったのか?」

 倒れ伏している生徒が数人。その中には、ディランを連れ出した侯爵子息も混じっておる。
 ぬ、ディランが泥水を降らせた同級生の髪を掴み、視線を合わせさせおった。
 あやつの表情は完全に無である。完全に相手を狩りの対象としてしか見ておらん。

「クリストファー様への嫌がらせに俺をボコろうってのは、まあ、確かにいい選択だと思うよ。でもさぁ、もう少し考えろよ」

 無表情で淡々と、しかし声音はいつもの穏やかな少年然とした色を崩さない。
 その異様性に、返り討ちにされた生徒共は化け物を見ているような顔をしておる。

「仮に俺をボコったとして、その後の報復がどうなるか分かんないかな。俺なんかに執着してるクリストファー様のことだ」

 ぐ、と視線を近づけ、ディランは最後通告のように言う。

「俺に食らった攻撃が、小さい子供のぺちぺち平手ぐらいにしか思えなくなるような目に遭わされるだろうなぁ……」

 ヒッ、という息を飲む音。餓鬼共は、ようやく自分が何をしたのか思い知ったのだろう。
 自身の武力では到底適わぬ相手に、拳を向けてしまったことをな。
 ふむ、よいことだ。いくらグルシエス家が中央権力から離れておると言うても、謀略を向けられるのは鬱陶しいからな。
 グルシエス家の本来のお役目に障る芽は、早いうちに枯らしておくに限る。
 ディランは餓鬼から手を離すと、スラックスのベルトにくくりつけていた小型の革ポーチの中から、小瓶を地面に並べていく。
 ……幾つ置くつもりなんだ、あやつ。

「暴力を働いた慰謝料にもなりませんでしょうが、どうぞお納め下さい。クリストファー様が研究のために作った上級相当ポーションです」

 そう示された小瓶に、餓鬼共が群がり始める。
 ディランは地面に片膝をついたまま、右手を胸に頭を下げた。
 ……が、その角度は浅い。判別がつかない程度だが、普段グルシエス家に仕えておる男の使用人たちの礼と比べると、十度程浅いのだ。
 恐らく、ディランなりの皮肉であろうな。敬意を払うつもりはない、ということであろう。
 クリストファー様のポーションを醜く奪いあっている餓鬼共は、分かっておらんだろうが。

「我が領内の【異常繁殖スタンピード】で怪我を負った騎士達も絶賛するものです。どうぞお持ち下さい。人数分ございますので、焦らずゆっくりとご吟味を」

 耳に届いたのか、餓鬼共は自身が手に取ったポーションの瓶を見、ついで驚愕の表情を浮かべながら顔を見合わせた。
 ディランはゆっくりと顔を上げ、微笑む。
 ……おお。この笑み……! 私に消えぬトラウマを植え付けたあの親子にそっくりよ……!
 私を拳一つで地にめり込ませた父親と、私の動きを先読みし急所を全て貫いた剣の腕を持つ息子、先代家令と当代家令……!!
 その二人を祖父と父に持つ、自覚なき麒麟児……!!

「一つ一つ、瓶の意匠が違いますゆえ、お好みのものをどうぞ。中のポーションの効能は変わりませんので」

 ……ぬう。力を知らしめ、且つ恩を売る……か。
 侯爵子息には通じるか分からぬが、伯爵位以下の者たちには覿面であろうな。

「……その代わり」

 む?

「ここでのことは、私は死しても口にしないと誓約いたします。ですから皆様も、私が皆様にそのポーションを献上さしあげたことはどうか、どうかご内密にお願いしたします」
「な、なぜ」

 侯爵家の餓鬼に問われ、ディランは笑みを深めた。
 おう、餓鬼共が怖れを強くしておるわ。

「我が主クリストファー様は、私に悪意や欲望をもって近づく方への悋気と殺意が激しいお方……。そんな方に、己が執着と寵愛の全てを注ぎ込んでいる家臣に下賜したポーションを、自分が敵とみなした他者が持っていると知れたら……、」

 グルシエスの血を引くお方だけではない。他家の貴族であろうが、人を使う立場の平民であろうが、自らが信頼して側に置いている者にやった品を他人が持っているなど……。
 ぞっ、と餓鬼共の顔色がなくなった。

「ねえ?」

 おお、恐ろしや、恐ろしや。
 顔の作りは、目の覚めるような美男というわけでもないディランだが、こうして温度のない表情を浮かべておる時のこやつは、どこか他者を気圧す美貌と色気が滲んでくるから不思議なものよ。
 これは恐らく母御の遺伝であろうな。
 ともかく、小首を傾げるディランから視線をそらすことも出来ずに、餓鬼共は力なく地面に座り込むことしか出来なくなったわ。

「ですから、どうかご内密に」

 餓鬼共は全員頷いた。
 それを見て、ディランは今度こそ正規の深さで頭を下げ、その場を去っていった。
 侯爵家子息が無言で瓶を開ける。全員それに倣い、ポーションを飲み下し始めた。

「……お前たち、今日のことは死んでも誰かに漏らすなよ」
「はい……」

 うむ。現時点で嫌がらせはやめておいた方がよかろうからな。
 まさかディラン一人に十数人、それも魔道士コースに属している者も含めての戦力が負けるとは思っておらんかったろうからな。
 そして、素手で全員叩きのめされた。骨を折られ、魔法を弾かれ、拳と脚が容赦なく襲ってくる。
 が、これが児戯にしか感じぬような目に遭うやも、などと言われれば心は折れるだろうよ。
 ……私がそうであったからな。家令親子に半死半生にされたというのに、当主親子がとどめを刺し肉塊にした上で野獣の餌にしようとしたくらいだ、グルシエス家という場所は。

 餓鬼共の不幸は、ディランを標的にした。これに尽きる。
 これはまさしく猛獣であるからな。
 こやつは、まだ剣を持てるか持てぬかという幼き頃から、クリストファー様に傷をつけようとした者に牙を剥いてきた実績があるような男だ。
 美しき主を守るためならば、自らが傷を負うことも厭わず、敵にどのような傷を与えるか、腹の内ではそんなことしか考えておらぬ、黒きビロードの毛並みの猛獣。
 御館様が将来有望と呵々大笑なさる程の少年。
 それが、ディラン・サヘンドラという従者だ。

 ……果たして、敵に回せば厄介なのは主か従者か、全く分からぬ。
 クリストファー様もディランも、成人前でありながら、グルシエスとサヘンドラの気質を体現している一人と言えよう。
 そんな主従に目をつけられたならば……、くわばらくわばら。

 **********

 さて、今日の記録はこれにて終いだ。
 だがこれは我ら家中の者たちが見聞きしてきた、クリストファー様とディランのたった一日でしかない。
 今度は騎士団の連中に聞いてみろ。クリストファー様とディランが参加した魔獣討伐の様子を、嬉々として語ってくれるであろうよ。
 見的必殺、一網打尽。
 クリストファー様を狙う魔獣は、本当に己が選択を間違えたなとしか言いようがない。
 それほどまでにディランは少年らしからぬ男であるし、クリストファー様もディランの主であるとありありと分かる獰猛さだ。

 私も、また地にめり込まされるような失態を犯さぬようにせねばな。
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みんなの感想(1件)

液体猫(299)
2023.11.04 液体猫(299)

Xのスペースから覗いて来てみました。


主人公が素直(心の中)で、ツッコミも炸裂していて明るいですね(^-^)vお気に入り登録して、ちょくちょく見に来たいと思います。

雪玉 円記
2023.11.05 雪玉 円記

感想ありがとうございます!
とても嬉しいです!!😭(感涙)

主人公は攻めくんに対するツッコミ役もやってもらっているので……(笑)
話が進むにつれて、徐々に主人公くんの心の声も湿度が増していくと思いますので、どう変わったかのギャップも楽しんでいただけると幸いです😌

解除
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