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Extra. 余談と閑話

余談 ~ディランという男・1~

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私はハイマー辺境領伯家にお仕えする、名も無き諜報員。
素性を隠し、王立高等学園の用務員に扮し潜入任務にあたっている。
私の現在の任務はただ一つ。今年、すぐ上の姉君と入れ替わりでご入学なされた、ハイマー辺境領主グルシエス家ご三男、クリストファー様の身辺警護だ。
とは言っても、普段はサヘンドラ家の期待の若手の一人、ディランが側に控えている。
故に私がやることと言えば、暗殺者から御身をお守りすることだけ……なのだが。
例に漏れず、グルシエス家のご子息というだけでクリストファー様には入学から、怖れ、侮り、敬意、崇拝、その他諸々、様々な感情が向けられた。
クリストファー様は特に気になさった様子はない。が、それが面白くないと思っているのが、王都やその周辺でふんぞり返っている貴族共の一部だ。
分かっている者ももちろんいる。一体どのお家が、このオーレンダル王国の北国境を守護しているのか。
しかし、狭い世界の中でふんぞり返る無知蒙昧が蔓延るのもまた、世の常。
ディランはあやつの見えるところ。そして私や私の同僚たちがその手の及ばないところ。
クリストファー様に向けて、々な手を用いて襲い来る危険を退けるのが我らの任務というわけだ。

今日は、そんな学園でのとある一日を記すこととする。

**********

ばしゃあ!! と移動教室のために廊下を歩いていたディランめがけ、泥水が降り注いだ。
その場で立ち尽くすディランと、一瞬で怒髪天をつくお顔に変貌なされたクリストファー様。
……ふむ。わざと歩みを止めることで、クリストファー様に汚水がかかることを回避したのか。
まったく、こやつはクリストファー様の身辺のこととなると、天才的な勘と予測が働く。
もう少しグルシエス家の方々全員にそれらが発揮されればなお良いのだがなぁ。

「っ、ディラン!! 大丈夫!?」
「……ええ。口の中には入ってませんし。でも、俺でよかった。クリストファー様が無事なのであれば俺はどうでもいいです」

うむ。流石家令殿の子。我らの身の程を心得ている良き回答だ。
……だが、クリストファー様はそれで収まるようなお方ではない。

「良くないよ!! 俺が良くない!! ディランにこんな嫌がらせするなんて!!」

なんと。触媒無し無詠唱で【洗浄魔法】と【浄化魔法】を同時に行使なさるとは。やはりクリストファー様は才能は末恐ろしい。
将来は奥様を超える魔道士にもなられるやもしれんな。

「……そこか!!!!」

クリストファー様が何やら見つけなさったようだ。何かを掴むように手を軽く握り、それを勢いよく引っ張りなさった。

「「うわあああああ!!」」

……む。上階から落ちてきたアレは確か……御館様と家令殿がこの学園に在学中お二人を目の敵にしていた、現某家伯爵とその寄子の現某家子爵の子息どもではないか。
……そうか、連中がディランに泥水を被せたか……。死んだな、餓鬼共……。

「……お前たちが、お前たちが僕のディランに、泥水なんかを被せやがったな……?」

う、うぅむ、相変わらずの、濃く重く身を引き裂かれそうな威圧の魔力よ……!
家中の者である私ですら、気を抜いていると心の臓を潰されそうである……。
いや、しかし、まだ未熟な子息たちが集うこの学び舎で、これは良くない、か……?
直に浴びせられている餓鬼共も、口から泡を吹きつつ失禁しているしなぁ……。
む、ディランが動いたな。

「……クリストファー様、それ以上はいけません」
「っでもディラン!! こういう奴らは分からせないと、いつまでも繰り返すんだよ!?」
「彼らは、あなたの怒りの魔力に慣れておりません。それに周りをご覧下さい。全く関係のない、ただ単にこの場に居合わせただけという学び舎の仲間たちも、あなたの魔力にあてられて失神しております」
「……チッ」

……う、うむ。荒ぶるグルシエス家の方を修められるのは、配偶者の方か選ばれたサヘンドラの者だけ。
ディランは見事、己が役目をこなしている……。
失神している餓鬼共の元に、クリストファー様が近づかれていく。何をなさるおつもりだろうか。
ぬ? 餓鬼共に問答無用で【意識覚醒魔法】を叩き込まれたのか。
……哀れなり……。アレは力加減次第で脳の随が揺さぶられるからな……。
激しく身が跳ねたかと思うと、すぐに脳震盪にも似た症状からの吐き気を催しておる……。

どこんッ!!!

……なんと、魔力だけで、餓鬼共の周辺の床を陥没させておしまいになった……。
餓鬼共もあまりに突然のことに嘔吐しながら、クリストファー様を見上げておる。

「……おい。次、ディランに何かしてみろ。その時は……」

す、とクリストファー様が床をお指しになる。

「貴様らがこうなる番だ」

蒼白な顔で、何度も何度も餓鬼共は頷く。

「せいぜい、身を弁えて生きるのだな。それから廊下の掃除は貴様らがやれ。ディランは唯の被害者なのだからな」
「はっ、はい!!」
「も、申し訳ございませんでした!!」
「……謝る相手が違う!!!!」
「「サヘンドラ殿、大変申し訳ございませんでした!!! 命だけはどうかご勘弁を!!!」」

……うむ。クリストファー様のアレは、強者が誰であるかを植え付けるものだ。
身分によるものではなく、生物としてどちらが強いか、だ。
あの餓鬼共、しばらくは逆らえんだろうな。

「……あ、あ~……。俺は大丈夫ですから、頭をお上げ下さい。それに俺は平民ですから、お二方がそのように頭を下げる必要はございません」
「「そうしないと殺されそうなので!!!」」
「……はい」

しかし、そのしわ寄せがサヘンドラに行くのだ。先代様よりもずっと以前から……、いやグルシエス家だけでなく、貴族に仕える者につきまとう、人間としての悪しき因習だな。
……ふむ。ディランの様子もしばらく見てやろうか。

「あ、クリストファー様、この壊した廊下は直して下さいね」
「え~?」
「ク、リ、ス。ト。ファー、様?」
「……はぁい」
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