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雪玉 円記

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menu.6 寄せ鍋の香りは心ほぐしの香り(5)

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 客間のドアを開けながら、神谷と奏太がそのようなやりとりをする。
 リビングダイニングに出ると、ダイニングテーブルに座ってスマートフォンを見ている紫苑しかいなかった。見渡しても嘉一、裕吾、ネイサンの姿がない。
 平ザルに用意してある野菜にはラップが被さり、出汁を取っていた鍋には蓋がしてある。鍋の側には出汁殻がザルにあけられているので、そこまでは終わったのだろうが。
 あたりを見渡しながら奏太が紫苑に問う。
「あれ? 紫苑ママぁ、まっちゃんとゆーごは?」
「スーパーにお鍋の具の買い足しに行ったのよ。今日はお店お休みにしてきたって言ったら、ならバカナタが迷惑かけた詫びに鍋をご一緒にどうですか、って言ってくれてね」
「バカナタ……」
 あんまりな言われようをされていたことに気づき、奏太の目が死んだ。紫苑はそれに構わず続ける。
「ダーリンには、二人の護衛兼荷物持ちで同行してもらったの。……ほら、そこのおバカ、カナタが触った料理だったら、胃がはち切れても詰め込みそうだし……」
 ちらりとこちらの方を見ながら遠慮の欠片もなしに言う紫苑に、思わず修一はじとりと睨みつけてしまう。流石に胃の容量を考えずにドカ食いするほど年齢を考えていないわけではない。
 彼女は今の自分の食の細さを知っているはずなのに、何の冗談か。
「それに、シュウの事情にカナタを巻き込んだのはこちら側も一緒だから、って追加の材料費はこちらで持つことにしたのよ。だから、ダーリンは支払い係も兼任かしらね」
「ええ? そんないいのに~」
「……いや、『奏汰のcookin'ちゃんねる』フルメンバーの関わる鍋だぞ。金をきちんと積むべきだ」
「あんたはその積むべきキャッシュを持ってないでしょうが、エラそうに言ってんじゃないわよ」
「……仕方ないだろう、奴の方針だったんだからな」
「……ん? キャッシュを持ってない? ってどゆこと?」
 何やらきな臭い話になってきた気がする。首を傾げて訊ねる奏太に、紫苑はため息をつきながら答えた。
 ついでに、彼らの背後で刑事二人の目が僅かに鋭くなってもいる。
「青木サンの方針よ。現金を持たせてどこぞに高飛びされても面倒だって、そういう理由でコイツは現金どころか財布すら持たされてなかったの。おんなじ理由でコイツのスマホには電子マネー系のアプリもインストールされてないわ。公共交通支払いアプリもアウト。その変わり、GPSとか盗聴送信系のアプリは消せないように細工されてるみたい」
 ふと、修一は急にスマートフォンの存在を思い出した。
 別に無ければ無いでいいのだが、一度思い出すと少し気になってしまう。「……そういえば存在を忘れていたが、スマートフォン、どこにやったんだろうな……」
 昨晩から今日の昼間まではそれどころではなかったし、この部屋に戻ってきてからは食い気が勝ってそれ以外のことは意識の外だった。
 青木に捕まるまでは確かに所持していたと、自信を持って言えるのだが。
 そう思っていると、意外な所から回答が飛んできた。
「実はな、青木本人のものとは別にもう一台スマホが押収されたんだ」
 神谷が、胸ポケットに仕舞ったはずの手帳を再び開きながら言う。
「多分、お前が何かしらの理由で手放した時に拾ったんじゃないか? そのままお前に戻すことも出来ただろうが、おそらく青木はあの晩、お前を解放するつもりはなかっただろうからな。自分が持っていようがお前に戻そうが、どちらでも良かったんだろう」
「……そうか」
「どうする? 今は証拠品の一つとして扱われてるんだが、捜査が一段落した頃にでも返すか? 昨日お前に押しつけられた腕時計も、ガワは超高級ブランドのヤツだしなぁ」
「いらん」
 そう訊かれ、修一は躊躇いなく断る。
 あのスマートフォンで奏汰のチャンネルと出会ったが、それ以外に特に思い入れもない。それどころか、腕時計と共に自身に填められた電子首輪であることもあって、忌々しいものであることに変わりはない。
「いっそスクラップにでもしてくれた方がいい」
「あー……いらんなら、後で書類書いてもらうか」
「ああ」
 正直、青木から押しつけられた支給品のことを考えるのも嫌になってきたのだ。
 あれらのことを思い出すだけで、付随してこれまでのことも思い出してしまう。吐き気すらする。
 その吐き気をごまかすために、修一は憎悪の滲む嘲笑を浮かべていた。
 帰宅時を狙われ大人数に囲まれたとはいえ、むざむざと拉致され、屈した自分に。その心の弱さ故に、命や尊厳を奪われてしまった歴代の被害者たちを哀れむ資格などない。
 その時、ぴょん、と奏太が修一に飛びつく。その勢いのまま、修一の顔面を自分に引き寄せてキスをした。
 思わず固まる神谷に何故か目を覆う大塚と、刑事組は少なからず動揺しているようだった。大塚に関しては、恋人がいたことすらない。
 紫苑はといえば、その手の場数は二人よりも踏みまくっているので、これくらいでは動じない。ダイニングテーブルの椅子に座ったまま、呆れた目で見やるに留まる。
 急なことに対応出来ず、されるがままになった修一。ぽかんとしている彼に、奏太は「めっ」というふうに眼前に人差し指を立てる。
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