25 / 46
第24話 石段の上の空
しおりを挟む
神田お玉が池の師走は、復興に向けた普請の槌音に混じって、年越しの準備に追われる人々の活気が満ちていた。
十二月二十八日。
藍凪屋の店先には、朝から「ペッタン、ペッタン」という小気味よい音が響き渡っていた。おめいが長屋に呼び入れた賃搗き(ちんつき)の男たちが、威勢よく餅を搗き上げている。湯気と共に立ち上る蒸したての米の甘い香りが、寒風に乗って路地裏まで広がっていった。
「さあ、おっちゃん、おさきちゃん! 搗きたてやで、丸めなはれ!」
おめいの号令で、長屋の住人たちが集まってきた。江戸は角餅だが、大坂の大店、和泉屋の娘であるおめいにとって、正月は「丸餅」でなければ始まらない。
「江戸は角餅やけど、うちらはやっぱりこれや。角を立てんと、円満に縁を結ぶ……大坂あきんどの心意気やね」
無骨な餅が次々と白く滑らかな丸形に変わっていく。おめいは、丸々と白く輝く餅を、お師匠さんや木戸番の善じい、およね一家や長屋の住人。それから、江戸に来てからお世話になった人々のもとへ、感謝を込めてお裾分けして回った。
江戸へ来たあの日とは違う。掌に伝わる餅のぬくもりは、そのまま今の藍凪屋を支える人々の温かさだった。
二十九日。
藍凪屋は「居店(いみせ)」の戸を閉め、正月休みに入った。だが、店の中では徳三が最後の大勝負に向け、鬼の形相で作業を続けていた。
徳三が向き合っているのは、八井屋の隠居・嘉兵衛を魅せるための「古渡更紗(こわたりさらさ)の腰刺し煙草入れ」である。
「……よし、隙はあらへん。完璧に『縁』が結ばれたわ」
徳三が満足げに呟き、次に目を向けたのは、傍らで修行を積んできた藍之助と、おさき、そして茂平の三人が密かに作り上げた「あるもの」であった。藍之助が修行で学んだ染め、おさきの丹精込めた刺し子、そして茂平の極上の真岡綿。
藍凪屋で生まれた新しい絆の結晶とも言えるその出来栄えを、徳三は師匠の目で厳しく、しかし温かく確認した。
「嘉兵衛様は江戸一の目利きや。少しの綻び、心の緩みもあのお方は見逃さへん。だが……これなら届くかもしれんな」
徳三の言葉に、店内にぴりりとした緊張が走る。八井屋の隠居・嘉兵衛。その名は、明日挑む壁の巨大さを改めておめいに突きつけた。
夜、おめいは算盤を弾き、損料貸のツケが全て返されているのを確認した。一銭の狂いもない。だが、布団に入っても目は冴えたままだ。
(うちらの全てを注いだ。……けど、もし、あのご隠居に鼻で笑われたら?)
闇の中で、心臓の鼓動が耳に響く。勝気なおめいでも、江戸の巨頭を前にする不安を完全に消し去ることはできなかった。
三十日。
江戸の大晦日は、二八蕎麦を啜って早々に寝るのが縁起よしとされる。だが、明後日には八井屋への初荷のお披露目という大勝負が控えている。
「おっちゃん、景気付けに魚河岸(うおがし)行くよ!」
おめいは徳三を連れ、正月準備でごった返し、熱気に包まれた日本橋の魚河岸を突き進んだ。
「大きなもんで景気を呼び込むんや。一番ええのを頼むよ!」
不作の影響で物価は高騰していたが、おめいは迷わず、精のつくイワシと、縁起物の鯨を買い込んだ。他にも江戸では高価な白味噌と、雑煮用の野菜を購入し、へとへとで長屋に帰宅する。
「どこもかしこも、人が多すぎてたまらんわ」
二人は少しだけ決戦を忘れ、心地よい疲労感を堪能した。
三十一日、大晦日。
藍凪屋の台所では、三が日分の雑煮の仕込みが始まった。白味噌の甘い香りが、藍甕の匂いに満ちた店内に優しく広がっていく。仕込みが終わると、おめいは、明日のために用意した晴れ着を衣桁に掛けた。
夜、二八蕎麦の出前を取り、脂の乗ったイワシと力強い鯨の肉で、明日への活力を蓄える。
「おっちゃん、明後日が藍凪屋の真の門出やで」
「分かっとるわ。江戸の度肝、抜いたるさかいな」
二人は夜四ツの鐘が鳴る頃には布団に入り、静かにその時を待った。
文化十五年元旦。
空は抜けるように晴れ渡っていた。おめいはまだ暗いうちから起き出し、井戸から若水を汲み上げた。
朝餉には、およね一家と茂平を招き、大坂風の白味噌の雑煮を囲んだ。
「おねえちゃん、このお餅、とっても柔らかくて甘いです」
おさきの笑顔と、春坊の無邪気な笑い声。およねの顔色も以前よりずっと良くなっている。
食後、晴れ着に着替え、みんなで恵方参りへと出かけた。道中で合流した藍之助は、縹屋の若旦那らしい立派な姿だったが、その手には徳三から学んだ職人の魂が宿っていた。
まずは氏神である神田明神へ。復興を願う多くの参拝客に混じり、一年の無事を祈った。
その後、はる坊たちと別れ、おめい、徳三、藍之助、おさきの四人は、さらなる勝負運を求めて愛宕神社を目指した。
日本橋に差し掛かった時だった。
冬の澄み切った空に、真っ白な冠雪を頂いた富士山が鮮やかに現れた。その気高い姿は、叔父が魂を込めて作った、「勝色」の革の深い影と重なって見えた。
(泥と血と汗にまみれた革の匂い。あの格闘があったから、今があるんや)
一度は全てを捨てたあの日の寒さが、胸の奥で蘇る。それでも、ここまで来たのだ。
「……綺麗や。うちらの覚悟も、あの雪と同じやね」
おめいが呟くと、徳三が力強く頷いた。
だが、そのすぐ先にある八井屋の本店前を通った時、再び緊張が走った。
店番の若者たちは着飾ったおめいに見惚れていたが、奥に控える番頭は帳場の奥から、値踏みする秤のような目をこちらに向けていた。
「明日の四ツ半時分、ご隠居様に初荷のお披露目にお伺いしますとお伝えください」
おめいは、悠然と言い残したが、背中には冷たい汗が伝う。八井屋の暖簾の重みは、想像以上だった。
愛宕神社に着くと、目の前に、石の壁のような階段がそびえていた。
「さあ、この階段を登って、藍凪屋の運気を一気に上げるよ!」
おめいは裾をさばき、一段ずつ踏みしめるように登り始めた。おさきも、藍之助も、徳三も。一歩登るたびに、迷いが削ぎ落とされていく。おさきはふらつきながらも、必死に食らいつく。
頂上で江戸の町を一望した時、吹き抜ける寒風は、明日への祝福のように感じられた。
帰り道、芝大神宮に寄り、賑わう境内を楽しみながら、おさきのために「千木筥(ちぎばこ)」のお守りを買った。箪笥が着物で満たされますように、おさきの幸せを願うおめいの姉心だった。
一日の締めくくりは、お師匠さんに教えてもらった軍鶏(しゃも)鍋の店であった。
鉄鍋の中で、弾力のある軍鶏の肉とネギが、甘辛い割り下と共に「グツグツ」と音を立てている。立ち上る湯気と、鶏の脂が焼ける香ばしい匂いが、四人の疲れを癒していった。
「旨い……! 身体の芯から熱くなってくるな」
徳三の言葉に、おさきと藍之助も無我夢中で箸を動かす。
「あっつ……!」
徳三が舌を出し、水をあおる。おさきがあわてて、自分の水も差し出す。
「おっちゃんはほんまにしゃあないな」
みんなが笑い、和やかな空気が流れる。
この四人で、明日は戦うのだ。おめいは熱い割り下を飲み込み、最後の一言を放った。
「明日はいよいよ本番。江戸一の目利き、嘉兵衛様に、藍凪屋の底力……見せつけたるわ」
軍鶏鍋の熱気に包まれながら、四人の心は明日という決戦の日に向け、勝色の炎のように熱く、静かに燃え上がっていた。
文化十五年。新しい時代の風は、もはやおめい一人に吹いているのではない。藍凪屋という一つの塊となった彼らの背を、確かな力で押し始めていた。
十二月二十八日。
藍凪屋の店先には、朝から「ペッタン、ペッタン」という小気味よい音が響き渡っていた。おめいが長屋に呼び入れた賃搗き(ちんつき)の男たちが、威勢よく餅を搗き上げている。湯気と共に立ち上る蒸したての米の甘い香りが、寒風に乗って路地裏まで広がっていった。
「さあ、おっちゃん、おさきちゃん! 搗きたてやで、丸めなはれ!」
おめいの号令で、長屋の住人たちが集まってきた。江戸は角餅だが、大坂の大店、和泉屋の娘であるおめいにとって、正月は「丸餅」でなければ始まらない。
「江戸は角餅やけど、うちらはやっぱりこれや。角を立てんと、円満に縁を結ぶ……大坂あきんどの心意気やね」
無骨な餅が次々と白く滑らかな丸形に変わっていく。おめいは、丸々と白く輝く餅を、お師匠さんや木戸番の善じい、およね一家や長屋の住人。それから、江戸に来てからお世話になった人々のもとへ、感謝を込めてお裾分けして回った。
江戸へ来たあの日とは違う。掌に伝わる餅のぬくもりは、そのまま今の藍凪屋を支える人々の温かさだった。
二十九日。
藍凪屋は「居店(いみせ)」の戸を閉め、正月休みに入った。だが、店の中では徳三が最後の大勝負に向け、鬼の形相で作業を続けていた。
徳三が向き合っているのは、八井屋の隠居・嘉兵衛を魅せるための「古渡更紗(こわたりさらさ)の腰刺し煙草入れ」である。
「……よし、隙はあらへん。完璧に『縁』が結ばれたわ」
徳三が満足げに呟き、次に目を向けたのは、傍らで修行を積んできた藍之助と、おさき、そして茂平の三人が密かに作り上げた「あるもの」であった。藍之助が修行で学んだ染め、おさきの丹精込めた刺し子、そして茂平の極上の真岡綿。
藍凪屋で生まれた新しい絆の結晶とも言えるその出来栄えを、徳三は師匠の目で厳しく、しかし温かく確認した。
「嘉兵衛様は江戸一の目利きや。少しの綻び、心の緩みもあのお方は見逃さへん。だが……これなら届くかもしれんな」
徳三の言葉に、店内にぴりりとした緊張が走る。八井屋の隠居・嘉兵衛。その名は、明日挑む壁の巨大さを改めておめいに突きつけた。
夜、おめいは算盤を弾き、損料貸のツケが全て返されているのを確認した。一銭の狂いもない。だが、布団に入っても目は冴えたままだ。
(うちらの全てを注いだ。……けど、もし、あのご隠居に鼻で笑われたら?)
闇の中で、心臓の鼓動が耳に響く。勝気なおめいでも、江戸の巨頭を前にする不安を完全に消し去ることはできなかった。
三十日。
江戸の大晦日は、二八蕎麦を啜って早々に寝るのが縁起よしとされる。だが、明後日には八井屋への初荷のお披露目という大勝負が控えている。
「おっちゃん、景気付けに魚河岸(うおがし)行くよ!」
おめいは徳三を連れ、正月準備でごった返し、熱気に包まれた日本橋の魚河岸を突き進んだ。
「大きなもんで景気を呼び込むんや。一番ええのを頼むよ!」
不作の影響で物価は高騰していたが、おめいは迷わず、精のつくイワシと、縁起物の鯨を買い込んだ。他にも江戸では高価な白味噌と、雑煮用の野菜を購入し、へとへとで長屋に帰宅する。
「どこもかしこも、人が多すぎてたまらんわ」
二人は少しだけ決戦を忘れ、心地よい疲労感を堪能した。
三十一日、大晦日。
藍凪屋の台所では、三が日分の雑煮の仕込みが始まった。白味噌の甘い香りが、藍甕の匂いに満ちた店内に優しく広がっていく。仕込みが終わると、おめいは、明日のために用意した晴れ着を衣桁に掛けた。
夜、二八蕎麦の出前を取り、脂の乗ったイワシと力強い鯨の肉で、明日への活力を蓄える。
「おっちゃん、明後日が藍凪屋の真の門出やで」
「分かっとるわ。江戸の度肝、抜いたるさかいな」
二人は夜四ツの鐘が鳴る頃には布団に入り、静かにその時を待った。
文化十五年元旦。
空は抜けるように晴れ渡っていた。おめいはまだ暗いうちから起き出し、井戸から若水を汲み上げた。
朝餉には、およね一家と茂平を招き、大坂風の白味噌の雑煮を囲んだ。
「おねえちゃん、このお餅、とっても柔らかくて甘いです」
おさきの笑顔と、春坊の無邪気な笑い声。およねの顔色も以前よりずっと良くなっている。
食後、晴れ着に着替え、みんなで恵方参りへと出かけた。道中で合流した藍之助は、縹屋の若旦那らしい立派な姿だったが、その手には徳三から学んだ職人の魂が宿っていた。
まずは氏神である神田明神へ。復興を願う多くの参拝客に混じり、一年の無事を祈った。
その後、はる坊たちと別れ、おめい、徳三、藍之助、おさきの四人は、さらなる勝負運を求めて愛宕神社を目指した。
日本橋に差し掛かった時だった。
冬の澄み切った空に、真っ白な冠雪を頂いた富士山が鮮やかに現れた。その気高い姿は、叔父が魂を込めて作った、「勝色」の革の深い影と重なって見えた。
(泥と血と汗にまみれた革の匂い。あの格闘があったから、今があるんや)
一度は全てを捨てたあの日の寒さが、胸の奥で蘇る。それでも、ここまで来たのだ。
「……綺麗や。うちらの覚悟も、あの雪と同じやね」
おめいが呟くと、徳三が力強く頷いた。
だが、そのすぐ先にある八井屋の本店前を通った時、再び緊張が走った。
店番の若者たちは着飾ったおめいに見惚れていたが、奥に控える番頭は帳場の奥から、値踏みする秤のような目をこちらに向けていた。
「明日の四ツ半時分、ご隠居様に初荷のお披露目にお伺いしますとお伝えください」
おめいは、悠然と言い残したが、背中には冷たい汗が伝う。八井屋の暖簾の重みは、想像以上だった。
愛宕神社に着くと、目の前に、石の壁のような階段がそびえていた。
「さあ、この階段を登って、藍凪屋の運気を一気に上げるよ!」
おめいは裾をさばき、一段ずつ踏みしめるように登り始めた。おさきも、藍之助も、徳三も。一歩登るたびに、迷いが削ぎ落とされていく。おさきはふらつきながらも、必死に食らいつく。
頂上で江戸の町を一望した時、吹き抜ける寒風は、明日への祝福のように感じられた。
帰り道、芝大神宮に寄り、賑わう境内を楽しみながら、おさきのために「千木筥(ちぎばこ)」のお守りを買った。箪笥が着物で満たされますように、おさきの幸せを願うおめいの姉心だった。
一日の締めくくりは、お師匠さんに教えてもらった軍鶏(しゃも)鍋の店であった。
鉄鍋の中で、弾力のある軍鶏の肉とネギが、甘辛い割り下と共に「グツグツ」と音を立てている。立ち上る湯気と、鶏の脂が焼ける香ばしい匂いが、四人の疲れを癒していった。
「旨い……! 身体の芯から熱くなってくるな」
徳三の言葉に、おさきと藍之助も無我夢中で箸を動かす。
「あっつ……!」
徳三が舌を出し、水をあおる。おさきがあわてて、自分の水も差し出す。
「おっちゃんはほんまにしゃあないな」
みんなが笑い、和やかな空気が流れる。
この四人で、明日は戦うのだ。おめいは熱い割り下を飲み込み、最後の一言を放った。
「明日はいよいよ本番。江戸一の目利き、嘉兵衛様に、藍凪屋の底力……見せつけたるわ」
軍鶏鍋の熱気に包まれながら、四人の心は明日という決戦の日に向け、勝色の炎のように熱く、静かに燃え上がっていた。
文化十五年。新しい時代の風は、もはやおめい一人に吹いているのではない。藍凪屋という一つの塊となった彼らの背を、確かな力で押し始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
江戸の夕映え
大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。
「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三)
そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。
同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。
しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
無用庵隠居清左衛門
蔵屋
歴史・時代
前老中田沼意次から引き継いで老中となった松平定信は、厳しい倹約令として|寛政の改革《かんせいのかいかく》を実施した。
第8代将軍徳川吉宗によって実施された|享保の改革《きょうほうのかいかく》、|天保の改革《てんぽうのかいかく》と合わせて幕政改革の三大改革という。
松平定信は厳しい倹約令を実施したのだった。江戸幕府は町人たちを中心とした貨幣経済の発達に伴い|逼迫《ひっぱく》した幕府の財政で苦しんでいた。
幕府の財政再建を目的とした改革を実施する事は江戸幕府にとって緊急の課題であった。
この時期、各地方の諸藩に於いても藩政改革が行われていたのであった。
そんな中、徳川家直参旗本であった緒方清左衛門は、己の出世の事しか考えない同僚に嫌気がさしていた。
清左衛門は無欲の徳川家直参旗本であった。
俸禄も入らず、出世欲もなく、ただひたすら、女房の千歳と娘の弥生と、三人仲睦まじく暮らす平穏な日々であればよかったのである。
清左衛門は『あらゆる欲を捨て去り、何もこだわらぬ無の境地になって千歳と弥生の幸せだけを願い、最後は無欲で死にたい』と思っていたのだ。
ある日、清左衛門に理不尽な言いがかりが同僚立花右近からあったのだ。
清左衛門は右近の言いがかりを相手にせず、
無視したのであった。
そして、松平定信に対して、隠居願いを提出したのであった。
「おぬし、本当にそれで良いのだな」
「拙者、一向に構いません」
「分かった。好きにするがよい」
こうして、清左衛門は隠居生活に入ったのである。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜
旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】
文化文政の江戸・深川。
人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。
暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。
家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、
「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。
常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!?
変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。
鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋……
その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。
涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。
これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
【完結】『紅蓮の算盤〜天明飢饉、米問屋女房の戦い〜』
月影 朔
歴史・時代
江戸、天明三年。未曽有の大飢饉が、大坂を地獄に変えた――。
飢え死にする民を嘲笑うかのように、権力と結託した悪徳商人は、米を買い占め私腹を肥やす。
大坂の米問屋「稲穂屋」の女房、お凛は、天才的な算術の才と、決して諦めない胆力を持つ女だった。
愛する夫と店を守るため、算盤を武器に立ち向かうが、悪徳商人の罠と権力の横暴により、稲穂屋は全てを失う。米蔵は空、夫は獄へ、裏切りにも遭い、お凛は絶望の淵へ。
だが、彼女は、立ち上がる!
人々の絆と夫からの希望を胸に、お凛は紅蓮の炎を宿した算盤を手に、たった一人で巨大な悪へ挑むことを決意する。
奪われた命綱を、踏みにじられた正義を、算盤で奪い返せ!
これは、絶望から奇跡を起こした、一人の女房の壮絶な歴史活劇!知略と勇気で巨悪を討つ、圧巻の大逆転ドラマ!
――今、紅蓮の算盤が、不正を断罪する鉄槌となる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる