2 / 24
第一章 幸せになっても良いですか
001
しおりを挟む
力強い羽ばたきで舞い降りた竜に乗った人物を、侯爵家の末娘である私──エステリ・パルヴィアイネンはにこやかな笑みで迎える。
私の猫っ毛で緩く波打つ真っ赤な髪が、竜の起こした風でふわりと舞い上がる。それをそっと抑えながら、失礼に当たらない程度に目の前の人物を観察した。
竜から降りた男は、山に数週間こもっていたような風体だ。服装だけは貴族らしい上質なものを纏っていたけれど、伸びっぱなしの髭と顔を覆う黒髪が野暮ったい。もし、元の顔が良いのだとしても、このままでは貴族令嬢に会える姿ではない。今回の用件である婚約式を考えれば尚更だ。どれほどこの姿が婚約式にそぐわないものかは、想像に難くない。
細身に見えてしっかりと鍛えられていると分かるスタイルの持ち主だけれど、顔もよく見えず年齢不詳で竜に乗って現れた得体が知れない人物だ。連絡もなくやってきたならば、確実に門前払いを食らっていたに違いない。
でも、私はこの人物をこの世界に生まれる前から知っているし、どうしてこの状態なのかも分かる。魔獣が暴れる季節で、辺境伯である彼はここのところ大忙しなのだ。その合間に無理して私の元へ来てくれたのだから、この状態なのも理解できる。
なお、生まれる前から知っているのは私が転生者だからだ。彼は生前遊んでいた乙女ゲームの攻略対象者である。
私は死ぬ直前に、彼が攻略対象となる一番楽しみにしていた隠しルートを解放した。しかし、序盤をプレイしたところで命が尽きてしまった。それが悔しくて心残りで、この世界に根性でたどり着いたのかもしれない。
前世で恋い焦がれていたとはいえ、ゲーム内の彼について私が知っていることは少ない。
辺境伯で名前をヴィルヘルム・ペルトサーリという。今の私より一周りほど年上の三十五歳で、高身長でスタイル抜群。でも、立ち絵も目の前の人物のままだったから、山男のようなこの姿以外知らない。
他の情報はほとんど開示されておらず、プレイ終了した人の嬉しい悲鳴を聞く前に自分で攻略したかったため、ゲームを購入してからずっとネット断ちをしていた。だから、ゲーム内の彼に関しては本当に情報を持っていない。
それのどこに惚れたのかといえば、まず私のいた環境的に年上好みになってしまっていたというのがある。他のキャラは彼以外、年下か同い年ばかりだった。顔が見えなかったけれど、乙女ゲームだし顔は良いに決まっている。でも顔よりも性格重視だから、山男がデフォルトならそれでも構わないんだけど。
そして、何よりも重要なのは、どのルートでもだいたい不幸にしかならない私のお気に入りのライバルキャラを、彼だけが幸せに導くと言われていたからだ。プレイしてないからその過程は分からないけれど。
どのルートでも何故か皇太子に婚約破棄をされて惨めな人生を歩むことになる彼女。悪役令嬢なんて言われていたけれど、特にひどいことはしていなかった。ただ、皇太子に対して至極真っ当な助言しかしていなかったのに嫌われた。なんで出したんだ、さすがにあんまりだろとプレイしながらずっと思っていた。
でも、そんな彼女を幸せにしてくれる人なら、きっととても優しいに違いない。ほとんど知らない彼の高感度は私の中で爆上がりだ。
そう、私がやりたかったのは彼によってライバルの悪役令嬢が幸せになるルート!
推しキャラと推しキャラが同じ空間にいるだけで嬉しい。推しキャラ同士をくっつけて幸せにしたい。
隠しでライバルハッピーエンドルートを作ってくれたスタッフありがとう! 悲しいかな、私はあんなに楽しみにしていたのに、最後までプレイできなかったけど!
私は『残華と黒竜』というこのゲームのヒロインが少し苦手だった。いちいちツッコミを入れたくなる選択肢が多いし、攻略対象に頼り過ぎではないのかと思うことが多かった。そもそも、守ってもらってばかりのヒロインが苦手だ。なんでそんな子に、私の好きな悪役令嬢が負けるのか分からない。婚約破棄されてからもこっそり彼らを助ける彼女の方が真のヒロインだったのでは、とすら思ったほどだ。
まぁ、でも腹立つなと思うのはゲーム中のヒロインの話であって、この世界のヒロインにはそこまで興味がなかった。興味がないというか、ゲームと同じ性格ならお近付きになりたくないタイプだなーって思ったから、極力関わらないようにした。
でも、なぜかすごく嫌がらせされたけれど。途中からは相手をするのも疲れたので、完全無視を決め込んだ。そうしたら、あれよあれよという間に何故か皇太子殿下の中で、私は嫌なやつ認定されたらしい。
ヒロインって皆が皆、性格が良い子じゃないのか、そうか。
思わずヒートアップしてしまったけれど、落ち着いて私。ヒロインに対する愚痴ではなく、今は私の置かれている状況説明しよう。
魔獣の討伐を終えたその足でやってきた山男のようなヴィルヘルム様は、婚約式のために現れた新たな私の婚約者である。
新たなというのは、つい半月ほど前まで私の婚約者はこの国の第一王子であるヨエル・ケッロサルミだった。現在、金髪で青い瞳の皇太子殿下はゲームで言うところのヒロインであるイーナ・ロユッテュに夢中。どうやらイーナ嬢は逆ハーレムルート突入のようで、イケメンたちに囲まれる生活を送っていた。彼女が逆ハーレムルートに入ったことで、ライバルである私はお払い箱となり、めでたく婚約破棄をされて辺境伯の彼が婚約者に抜擢されたのだ。拍手拍手ー!
そうです、私が前世で幸せにしたかったライバルキャラが今の私。なぜライバルキャラを見守る侍女とかに転生させてくれなかったのか。自分が推しになってもあまり嬉しくない。幸せになって微笑んでいる彼女を客観的に見たかった!
なんでこの配役なのか未だに不満があるけれど、私が色々と頑張ればきっと幸せになれるはず。そんな気持ちで過ごしてきたけれど、私はエステリをなんとしてでも幸せにしないといけない。もちろん、ヴィルヘルムルートは未プレイだからなにが正解なのか分からないし、どのルートにしたってすべては選択する私にかかってる。だからといって、尻込みなんてしていられないので突き進むしかないんだけれど。そもそもルートとは言ってみたものの、ルートなんてこの世界にあるんだろうか。
だって、これは私にとってすでに転生前に遊んでいたゲームではなく私が生きる世界で、間違えたとしてもやり直しはきかないから。
そんな訳で、ヨエル様はおそらく婚約破棄した私に嫌がらせとして、一周り歳が違う男を紹介してきたのだ。
何らかの事情で貰い手がなくなった令嬢に、年の差婚を勧める話は多い。加虐思考や特殊プレイで嫁の貰い手がない男にあてがわれることも多いから、それに比べたらヴィルヘルム様ならきっと天国だ。前世から恋い焦がれていたこともあるし、私にはご褒美だった。
まぁ、私がそうなるように仕向けたんだけど。
まんまと策にはまったバカ王子に私は胸の内で盛大な拍手を送っておいた。元婚約者の働きに感謝するのはこれで二回目だ。もちろん、一回目は婚約破棄のときである。
今でこそバカ王子と胸の内でだけ呼んでいるけれど、私はヨエル様のことが初めから嫌いだったわけでも苦手だったわけでもない。
幼い頃は聡明で思いやりもあって、家同士の決めた婚約者だったけれど、このまま結婚しても幸せになれると思っていたのだ。記憶が蘇った時はヴィルヘルム様のことが気になったけれど、ある事情から私は私のできることをしようとヨエル様の隣で妃になることを目指した。
ゲームだったら迷わずヴィルヘルムルートを目指したけれど、ここは現実で私以外の人々が生きている。私は未プレイで先の分からないその道を進む勇気が無かった。私のワガママを通すことで死ぬ人が増えるのは、私が耐えられない。そんな重荷は背負えない。
あと、ゲームでは語られていなかった自分の持つ力を有効活用するには、ヨエル様の隣に居ることが重要だった。その力を巡ってこれから起こるであろうことを考えると、妃になるのが一番だと家族も了承してくれた。だから、選択肢は三つほどあったけれど、その時の選択を後悔はしない。
実際、ヨエル様と仲良く過ごしていたし、金髪の巻毛が愛らしく澄んだ青い瞳も良いなと私は幼いながら気に入っていた。恋心も確かにあったし幸せだった。今はもう消えてしまって、その感情の欠片も残っていないけれど。
ヨエル様が変わったのは学園に入学してからだ。私のことを、自由を奪い交友関係に口を出す疎ましい者として遠ざけ始めた。
今思えば、入学当初からヨエル様をイーナ嬢が狙っていて、事あるごとに私の悪評を植え付けたんだろう。それまでは、私たちは本当に仲が良かったのだ。
なにやら不穏な雰囲気を感じ始めた私は、国王陛下と妃殿下にもしもの時のことを考え、ある約束を取り付けた。ヨエル様と私の婚約はお二人たっての願いであり、この国の希望だった。
ヨエル様もそれを知っているはずなのに、私から心が離れていった。引き止められなかった私にももちろん非があるのだろうけれど、今後国を治める者としての思慮に欠けている。
私がお二人に提案したのは二つ。
一つは、私が自分の力を考えそれを踏まえて望むのは、辺境伯ヴィルヘルム様へ嫁ぐこと。ヨエル様の次に私の力を活かせるのはここがいい。今の情勢的に神殿に入るのはあまりよくない。
ただ、可哀想なのはヴィルヘルム様だ。彼にとっては寝耳に水だろうし、王家からそれを言われてしまえば拒否することは不可能に近い。私は彼にとても酷いことをしている自覚がある。そう、これは国家ぐるみの犯行なのだ。ちゃんとそれについては婚約前に説明し、謝罪までしてから婚約したいと思う。駄目だと思ったら断ってくれてかまわない。──できることなら、一緒に居たいけれど。
二つ目は、国のためにならないことをするようであればヨエル様を次期国王候補から外すことだ。弟がいるから、外されても世継ぎに関して問題はない。
申し訳ないけれど、イーナ嬢に振り回されているヨエル様に未来はない。私がそれを言えるほどすごいのかと言われれば、妃となるべく努力してきたということ以外誇れるものはない。だけど、国民のことを気にかけているという点では、ヨエル様にもイーナ嬢にも負けないと思う。
そもそも彼女は妃になるという覚悟なんてなくて、私からただヨエル様を奪いたかっただけなんじゃないかと思っている。皇太子という素敵なアクセサリーくらいの感覚なんじゃないかな。周りに集めているイケメンたちも、きっと彼女にとっては取っ替え引っ替えできるアクセサリーなんだろう。
第二の母のように私に愛情を注いでくれていた妃殿下は、震える声で私の提案を了承してくれたけれど、最後まで国王陛下は渋っていた。分かる、自分の息子がそんな馬鹿なことするはずないって思うよね。最終的には頷いてくれたので良かったけれど、信じたくない気持ちはよく分かる。
私もそんな馬鹿なことをするはずないと思いたかったけれど、国王陛下たちが城を留守にしていた時に、恋に溺れた愚かな皇太子殿下は私に婚約破棄を叩きつけた。
私の猫っ毛で緩く波打つ真っ赤な髪が、竜の起こした風でふわりと舞い上がる。それをそっと抑えながら、失礼に当たらない程度に目の前の人物を観察した。
竜から降りた男は、山に数週間こもっていたような風体だ。服装だけは貴族らしい上質なものを纏っていたけれど、伸びっぱなしの髭と顔を覆う黒髪が野暮ったい。もし、元の顔が良いのだとしても、このままでは貴族令嬢に会える姿ではない。今回の用件である婚約式を考えれば尚更だ。どれほどこの姿が婚約式にそぐわないものかは、想像に難くない。
細身に見えてしっかりと鍛えられていると分かるスタイルの持ち主だけれど、顔もよく見えず年齢不詳で竜に乗って現れた得体が知れない人物だ。連絡もなくやってきたならば、確実に門前払いを食らっていたに違いない。
でも、私はこの人物をこの世界に生まれる前から知っているし、どうしてこの状態なのかも分かる。魔獣が暴れる季節で、辺境伯である彼はここのところ大忙しなのだ。その合間に無理して私の元へ来てくれたのだから、この状態なのも理解できる。
なお、生まれる前から知っているのは私が転生者だからだ。彼は生前遊んでいた乙女ゲームの攻略対象者である。
私は死ぬ直前に、彼が攻略対象となる一番楽しみにしていた隠しルートを解放した。しかし、序盤をプレイしたところで命が尽きてしまった。それが悔しくて心残りで、この世界に根性でたどり着いたのかもしれない。
前世で恋い焦がれていたとはいえ、ゲーム内の彼について私が知っていることは少ない。
辺境伯で名前をヴィルヘルム・ペルトサーリという。今の私より一周りほど年上の三十五歳で、高身長でスタイル抜群。でも、立ち絵も目の前の人物のままだったから、山男のようなこの姿以外知らない。
他の情報はほとんど開示されておらず、プレイ終了した人の嬉しい悲鳴を聞く前に自分で攻略したかったため、ゲームを購入してからずっとネット断ちをしていた。だから、ゲーム内の彼に関しては本当に情報を持っていない。
それのどこに惚れたのかといえば、まず私のいた環境的に年上好みになってしまっていたというのがある。他のキャラは彼以外、年下か同い年ばかりだった。顔が見えなかったけれど、乙女ゲームだし顔は良いに決まっている。でも顔よりも性格重視だから、山男がデフォルトならそれでも構わないんだけど。
そして、何よりも重要なのは、どのルートでもだいたい不幸にしかならない私のお気に入りのライバルキャラを、彼だけが幸せに導くと言われていたからだ。プレイしてないからその過程は分からないけれど。
どのルートでも何故か皇太子に婚約破棄をされて惨めな人生を歩むことになる彼女。悪役令嬢なんて言われていたけれど、特にひどいことはしていなかった。ただ、皇太子に対して至極真っ当な助言しかしていなかったのに嫌われた。なんで出したんだ、さすがにあんまりだろとプレイしながらずっと思っていた。
でも、そんな彼女を幸せにしてくれる人なら、きっととても優しいに違いない。ほとんど知らない彼の高感度は私の中で爆上がりだ。
そう、私がやりたかったのは彼によってライバルの悪役令嬢が幸せになるルート!
推しキャラと推しキャラが同じ空間にいるだけで嬉しい。推しキャラ同士をくっつけて幸せにしたい。
隠しでライバルハッピーエンドルートを作ってくれたスタッフありがとう! 悲しいかな、私はあんなに楽しみにしていたのに、最後までプレイできなかったけど!
私は『残華と黒竜』というこのゲームのヒロインが少し苦手だった。いちいちツッコミを入れたくなる選択肢が多いし、攻略対象に頼り過ぎではないのかと思うことが多かった。そもそも、守ってもらってばかりのヒロインが苦手だ。なんでそんな子に、私の好きな悪役令嬢が負けるのか分からない。婚約破棄されてからもこっそり彼らを助ける彼女の方が真のヒロインだったのでは、とすら思ったほどだ。
まぁ、でも腹立つなと思うのはゲーム中のヒロインの話であって、この世界のヒロインにはそこまで興味がなかった。興味がないというか、ゲームと同じ性格ならお近付きになりたくないタイプだなーって思ったから、極力関わらないようにした。
でも、なぜかすごく嫌がらせされたけれど。途中からは相手をするのも疲れたので、完全無視を決め込んだ。そうしたら、あれよあれよという間に何故か皇太子殿下の中で、私は嫌なやつ認定されたらしい。
ヒロインって皆が皆、性格が良い子じゃないのか、そうか。
思わずヒートアップしてしまったけれど、落ち着いて私。ヒロインに対する愚痴ではなく、今は私の置かれている状況説明しよう。
魔獣の討伐を終えたその足でやってきた山男のようなヴィルヘルム様は、婚約式のために現れた新たな私の婚約者である。
新たなというのは、つい半月ほど前まで私の婚約者はこの国の第一王子であるヨエル・ケッロサルミだった。現在、金髪で青い瞳の皇太子殿下はゲームで言うところのヒロインであるイーナ・ロユッテュに夢中。どうやらイーナ嬢は逆ハーレムルート突入のようで、イケメンたちに囲まれる生活を送っていた。彼女が逆ハーレムルートに入ったことで、ライバルである私はお払い箱となり、めでたく婚約破棄をされて辺境伯の彼が婚約者に抜擢されたのだ。拍手拍手ー!
そうです、私が前世で幸せにしたかったライバルキャラが今の私。なぜライバルキャラを見守る侍女とかに転生させてくれなかったのか。自分が推しになってもあまり嬉しくない。幸せになって微笑んでいる彼女を客観的に見たかった!
なんでこの配役なのか未だに不満があるけれど、私が色々と頑張ればきっと幸せになれるはず。そんな気持ちで過ごしてきたけれど、私はエステリをなんとしてでも幸せにしないといけない。もちろん、ヴィルヘルムルートは未プレイだからなにが正解なのか分からないし、どのルートにしたってすべては選択する私にかかってる。だからといって、尻込みなんてしていられないので突き進むしかないんだけれど。そもそもルートとは言ってみたものの、ルートなんてこの世界にあるんだろうか。
だって、これは私にとってすでに転生前に遊んでいたゲームではなく私が生きる世界で、間違えたとしてもやり直しはきかないから。
そんな訳で、ヨエル様はおそらく婚約破棄した私に嫌がらせとして、一周り歳が違う男を紹介してきたのだ。
何らかの事情で貰い手がなくなった令嬢に、年の差婚を勧める話は多い。加虐思考や特殊プレイで嫁の貰い手がない男にあてがわれることも多いから、それに比べたらヴィルヘルム様ならきっと天国だ。前世から恋い焦がれていたこともあるし、私にはご褒美だった。
まぁ、私がそうなるように仕向けたんだけど。
まんまと策にはまったバカ王子に私は胸の内で盛大な拍手を送っておいた。元婚約者の働きに感謝するのはこれで二回目だ。もちろん、一回目は婚約破棄のときである。
今でこそバカ王子と胸の内でだけ呼んでいるけれど、私はヨエル様のことが初めから嫌いだったわけでも苦手だったわけでもない。
幼い頃は聡明で思いやりもあって、家同士の決めた婚約者だったけれど、このまま結婚しても幸せになれると思っていたのだ。記憶が蘇った時はヴィルヘルム様のことが気になったけれど、ある事情から私は私のできることをしようとヨエル様の隣で妃になることを目指した。
ゲームだったら迷わずヴィルヘルムルートを目指したけれど、ここは現実で私以外の人々が生きている。私は未プレイで先の分からないその道を進む勇気が無かった。私のワガママを通すことで死ぬ人が増えるのは、私が耐えられない。そんな重荷は背負えない。
あと、ゲームでは語られていなかった自分の持つ力を有効活用するには、ヨエル様の隣に居ることが重要だった。その力を巡ってこれから起こるであろうことを考えると、妃になるのが一番だと家族も了承してくれた。だから、選択肢は三つほどあったけれど、その時の選択を後悔はしない。
実際、ヨエル様と仲良く過ごしていたし、金髪の巻毛が愛らしく澄んだ青い瞳も良いなと私は幼いながら気に入っていた。恋心も確かにあったし幸せだった。今はもう消えてしまって、その感情の欠片も残っていないけれど。
ヨエル様が変わったのは学園に入学してからだ。私のことを、自由を奪い交友関係に口を出す疎ましい者として遠ざけ始めた。
今思えば、入学当初からヨエル様をイーナ嬢が狙っていて、事あるごとに私の悪評を植え付けたんだろう。それまでは、私たちは本当に仲が良かったのだ。
なにやら不穏な雰囲気を感じ始めた私は、国王陛下と妃殿下にもしもの時のことを考え、ある約束を取り付けた。ヨエル様と私の婚約はお二人たっての願いであり、この国の希望だった。
ヨエル様もそれを知っているはずなのに、私から心が離れていった。引き止められなかった私にももちろん非があるのだろうけれど、今後国を治める者としての思慮に欠けている。
私がお二人に提案したのは二つ。
一つは、私が自分の力を考えそれを踏まえて望むのは、辺境伯ヴィルヘルム様へ嫁ぐこと。ヨエル様の次に私の力を活かせるのはここがいい。今の情勢的に神殿に入るのはあまりよくない。
ただ、可哀想なのはヴィルヘルム様だ。彼にとっては寝耳に水だろうし、王家からそれを言われてしまえば拒否することは不可能に近い。私は彼にとても酷いことをしている自覚がある。そう、これは国家ぐるみの犯行なのだ。ちゃんとそれについては婚約前に説明し、謝罪までしてから婚約したいと思う。駄目だと思ったら断ってくれてかまわない。──できることなら、一緒に居たいけれど。
二つ目は、国のためにならないことをするようであればヨエル様を次期国王候補から外すことだ。弟がいるから、外されても世継ぎに関して問題はない。
申し訳ないけれど、イーナ嬢に振り回されているヨエル様に未来はない。私がそれを言えるほどすごいのかと言われれば、妃となるべく努力してきたということ以外誇れるものはない。だけど、国民のことを気にかけているという点では、ヨエル様にもイーナ嬢にも負けないと思う。
そもそも彼女は妃になるという覚悟なんてなくて、私からただヨエル様を奪いたかっただけなんじゃないかと思っている。皇太子という素敵なアクセサリーくらいの感覚なんじゃないかな。周りに集めているイケメンたちも、きっと彼女にとっては取っ替え引っ替えできるアクセサリーなんだろう。
第二の母のように私に愛情を注いでくれていた妃殿下は、震える声で私の提案を了承してくれたけれど、最後まで国王陛下は渋っていた。分かる、自分の息子がそんな馬鹿なことするはずないって思うよね。最終的には頷いてくれたので良かったけれど、信じたくない気持ちはよく分かる。
私もそんな馬鹿なことをするはずないと思いたかったけれど、国王陛下たちが城を留守にしていた時に、恋に溺れた愚かな皇太子殿下は私に婚約破棄を叩きつけた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
人見知りと悪役令嬢がフェードアウトしたら
渡里あずま
恋愛
転生先は、乙女ゲーの「悪役」ポジション!?
このまま、謀殺とか絶対に嫌なので、絶望中のルームメイト(魂)連れて、修道院へ遁走!!
前世(現代)の智慧で、快適生活目指します♡
「この娘は、私が幸せにしなくちゃ!!」
※※※
現代の知識を持つ主人公と、異世界の幼女がルームシェア状態で生きていく話です。ざまぁなし。
今年、ダウンロード販売を考えているのでタイトル変更しました!(旧題:人見知りな私が、悪役令嬢? しかも気づかずフェードアウトしたら、今度は聖女と呼ばれています!)そして、第三章開始しました!
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
悪役令嬢は反省しない!
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。
性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。
残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……
モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します
みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが……
余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。
皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。
作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨
あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。
やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。
この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
トキメキの押し売りは困ります!~イケメン外商とアラフォーOLの年末年始~
松丹子
恋愛
榎木梢(38)の癒しは、友人みっちーの子どもたちと、彼女の弟、勝弘(32)。
愛想のいい好青年は、知らない間に立派な男になっていてーー
期間限定ルームシェアをすることになった二人のゆるくて甘い年末年始。
拙作『マルヤマ百貨店へようこそ。』『素直になれない眠り姫』と舞台を同じくしていますが、それぞれ独立してお読みいただけます。
時系列的には、こちらの話の方が後です。
(本編完結済。後日談をぼちぼち公開中)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる