私の恋は前世から!

黒鉦サクヤ

文字の大きさ
17 / 24
第二章

007

しおりを挟む
 湖の近くに見えたのは、前世の知識で言うとクラーケンに似ているヨークという魔獣だ。見た目はタコのようだけれど、陸でも水中でも自由に生活することができる。タコとの違いはいくつもあるけれど、中でも塩水、淡水のどちらでも生活可能というところが面白い。
 空から見てかなり大きく見えるので、十メートル以上はあるに違いない。領地にはいなかった魔獣なので、初めて本物を見ることができた。今までは本の絵しか見たことがなかったのだ。
 ちなみに、この世界での単位もセンチやメートルを使う。ものの名前や単位などがそのままなのは、ゲームを作る時に細かい設定は作らないで使っている言葉にしたからだろうな。もちろん、ゲームのシナリオでも使われていた。さすがにお金の単位は円ではなく、ダラーになっていたけれど。でもダラーってドルだよね。
 色々と適当さが滲み出ててすごいなって思ったけれど、おかげで私は前世の知識も使えるのでとても楽できている。

「ヨークってあんなに大きいんですね」

 初めて見ました、と伝えれば、ヴィルヘルム様は悪戯を思いついたように笑う。多分、私が嬉しくてたまらないって表情をしていたからだ。

「近付いてみるか?」
「えっ? でも、かなり好戦的って書いてあったのを見ましたけれど」
「だが、届く範囲まで近付かなければ襲ってはこない」

 それを聞いた私は、好奇心に負けて大きく頷いた。ヴィルヘルム様は後ろにいたマルクスさんたちに合図を送ると、私を抱え直し急降下する。

「ちょっ、なにしてんすかー!」

 叫ぶマルクスさんの声が遠くで聞こえる。この急降下には私も驚いて、思わずヴィルヘルム様のたくましい腕にしがみついた。それでも、私の視線はしっかりとヨークを向いている。
 大きな姿をしたヨークの足は長い。その射程距離には届かないギリギリのところまでヴィルヘルム様は近付いてくれた。
 でも、私だってただヴィルヘルム様にしがみついていたわけではない。ヨークに話かけて、攻撃しないように頼んでいた。
 どうもこのヨークは子育て中で、湖の中に子どもたちを隠しているらしい。危険だと判断し、攻撃する一歩手前だったとご立腹だった。私がしっかり見たいと言ったばかりに申し訳ないことをした。けれど、初めて会えてはしゃいでしまったためだと伝えたら、気を良くしたのか湖から引っ張り上げて子どもを見せてくれた。

「あれは子どもか」
「はい、はしゃぎすぎて驚かせて申し訳ないことをしたと謝罪したら、気を良くして見せてくれたんですよ」
「すでに、会話した後か」
「驚かせてしまったと思って……」
「いや、その判断が正しい。俺が軽率だった」

 驚かせて悪かったと伝えてくれ、とヴィルヘルム様が謝罪を口にする。人間に対する態度と同じで、私は自然と笑顔になった。

「ええ、確かに伝えました。そうしたら、急降下は止めた方が良いわよ、って」
「――賢いな。魔獣は、人と同程度の知能があるのか」
「個体と種族にもよりますけど、賢いものもたくさんいます。最低でも三歳児くらいの知能はあると思ってもらえれば良いと思います」
「肝に銘じておこう」
「ふふっ。それじゃあ、またね」

 ヨークに手を振り別れを告げ、再びマルクスさんたちの元へと向かう。戻るとレラとヨニさんは呆れ顔で、なぜかマルクスさんはぐったりとしていた。三頭は並んで飛んでいたけれど、ぶつぶつとマルクスさんは呟く。

「本当に勘弁して欲しいんですよねー。何かあったら、俺がどやされるんですよ」
「ごめんなさい。私が近くで見たいと言ったからなの」
「いや、それはいいんですよ。ただ、俺がお目付役だからなあ。暴走したら力ずくで止められるの、俺だけなんで」

 誰が、誰の?
 私が首を傾げると、ヴィルヘルム様は明後日の方を向いてしまった。
 あ、もしかしてヴィルヘルム様のお目付役がマルクスさん? でも、出発前はマルクスさんの方がヴィルヘルム様に窘められていたけれど。歳は同じ位だと思うし、どういうことだろう。
 うーん、と唸っている私に話かけてきたのはヨニさんだ。

「えーっとですね、もうどうせバレちゃうので先に言っておくんですけど、ヴィルヘルム様は思慮深く思いやりがあって普段は人格者なんですよ。でも、本当に何事にも大雑把でイタズラ好きで戦闘狂なところがあるんですよね」
「そうなんですか」
「いやいや、それで良いんですか?」

 目を丸くしながら言われたけれど、そこまで気にするところなのだろうか。悪戯好きなのはなんとなく気付いていたし、大雑把なのは特に気にならないし、戦闘狂だろうと普段は普通の人なのだ。何か問題あるだろうか。

「全部ひっくるめてヴィルヘルム様ってことですよね。私は構いませんけれど」

 問題行動起こすとしたら私の方が多くありそうだし、振り回してしまうのは私の方だと思う。

「ですが、今までのご令嬢たちは逃げ出してしまったんですよ」

 なるほど。それで結婚せずにいたのか。ありがとう、逃げ出した人たち。

「その方たち、見る目がないんですわ。そもそも、どの時点で逃げ出したんですか」
「魔獣や隣国との戦闘時ですかね」
「それはきっとヴィルヘルム様のせいではなく、ただ単に魔獣や隣国が怖かっただけでしょう。タルヤ様が前線に立っているのだから、いずれ自分もそこへ行かねばならないと考えたのかもしれませんし」

 ただの口実ですよ、と告げれば、皆が目を瞬いていた。レラだけが無表情で前を見つめている。

「何から何まで完璧な人なんていませんし、私はこれからヴィルヘルム様のことを知ろうと思っているので問題ありません。暴走だって止める自信があります」
「えー、さすがにそれは難しいんじゃ」

 マルクスさんが頬をかきながら言うけれど、私は続ける。

「私の話を聞いてくれましたから」

 昔、私に会うまで戦闘をしていた緊張感ある中で、怪しげな少女が魔獣と共に現れて話しかけても真摯に答えてくれた。話を聞いてくれるのだから、止める術はある。

「ね、ヴィルヘルム様」
「そうだったな」

 柔らかくヴィルヘルム様は笑う。
 ああ、と私は気が付いた。
 あの時、私が蒔いた種は芽吹いて、可愛い花を咲かせたのだと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

人見知りと悪役令嬢がフェードアウトしたら

渡里あずま
恋愛
転生先は、乙女ゲーの「悪役」ポジション!? このまま、謀殺とか絶対に嫌なので、絶望中のルームメイト(魂)連れて、修道院へ遁走!! 前世(現代)の智慧で、快適生活目指します♡ 「この娘は、私が幸せにしなくちゃ!!」 ※※※ 現代の知識を持つ主人公と、異世界の幼女がルームシェア状態で生きていく話です。ざまぁなし。 今年、ダウンロード販売を考えているのでタイトル変更しました!(旧題:人見知りな私が、悪役令嬢? しかも気づかずフェードアウトしたら、今度は聖女と呼ばれています!)そして、第三章開始しました! ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

悪役令嬢は反省しない!

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。 性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

モブなのに、転生した乙女ゲームの攻略対象に追いかけられてしまったので全力で拒否します

みゅー
恋愛
乙女ゲームに、転生してしまった瑛子は自分の前世を思い出し、前世で培った処世術をフル活用しながら過ごしているうちに何故か、全く興味のない攻略対象に好かれてしまい、全力で逃げようとするが…… 余談ですが、小説家になろうの方で題名が既に国語力無さすぎて読むきにもなれない、教師相手だと淫行と言う意見あり。 皆さんも、作者の国語力のなさや教師と生徒カップル無理な人はプラウザバック宜しくです。 作者に国語力ないのは周知の事実ですので、指摘なくても大丈夫です✨ あと『追われてしまった』と言う言葉がおかしいとの指摘も既にいただいております。 やらかしちゃったと言うニュアンスで使用していますので、ご了承下さいませ。 この説明書いていて、海外の商品は訴えられるから、説明書が長くなるって話を思いだしました。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

トキメキの押し売りは困ります!~イケメン外商とアラフォーOLの年末年始~

松丹子
恋愛
榎木梢(38)の癒しは、友人みっちーの子どもたちと、彼女の弟、勝弘(32)。 愛想のいい好青年は、知らない間に立派な男になっていてーー 期間限定ルームシェアをすることになった二人のゆるくて甘い年末年始。 拙作『マルヤマ百貨店へようこそ。』『素直になれない眠り姫』と舞台を同じくしていますが、それぞれ独立してお読みいただけます。 時系列的には、こちらの話の方が後です。 (本編完結済。後日談をぼちぼち公開中)

処理中です...