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第二章
011
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目の前に横たわる少女は、イーナ嬢と瓜ふたつだ。
違うのは、髪の長さ、体の線の細さと肌の艶と色くらいで、目鼻立ちは見れば見るほどそっくりなのだ。
「双子なのでしょうか」
「どうだろう。だが、この子はやはりこの土地に住んでいる者ではないと思う。服装もだが、肌の焼け具合が海の向こうの人々と同じだ」
「そうですか。彼女のこれは労働をしている手です。令嬢の待遇はされていないと言って良いでしょう。あと、胸に花の形の痣がありました」
その言葉に、ヴィルヘルム様は顔を不愉快そうに顰めた。
「同じ顔をしているのに、片や贅沢三昧で片や奴隷とは……」
それを聞いて思い出した。この国で奴隷は禁止されているけれど、他国ではまだ根強く残っていると本で読んだのだ。百合の刻印は奴隷を意味するもので、主のためにならないことをしようとすると、体に負荷がかかるようになっていると書いてあった。
他国では当たり前でも、それが日常ではない私たちにはひどく不快な話だ。他人を痣で縛り付け物扱いをし、自分の思い通りに動かすなんて。
「では、もしかしてこの子の主はイーナ嬢……イーナ嬢に不利なことをしようとしたから、体に負荷がかかり失神したということでしょうか」
「そうかもしれない」
身動き一つせずに横たわる少女は、やせ細っているしあちこちに傷がある。おそらく酷い扱いを受けているのだろう。
「百合の刻印は消すことはできないのかしら」
「主よりも強い力があれば上書きできると聞いたことがあるが、消すのはそれをつけた本人でないと難しいだろうな」
イーナ嬢よりも強い力。
魔力が強ければよいのだろうか。イーナ嬢の力がどのくらいか分からないし、私一人ではそれほど強くないかもしれない。それならば、キヴィの力を借りてはどうだろうか。これはズルでもなんでもない。一度私で上書きをして、百合の刻印を消せば良い。
「ヴィルヘルム様、私が上書きを試してみてもいいでしょうか。名前を出しただけでこの状態ですし、この子から話を聞くためには、百合の刻印を消さなければならないと思います」
「しかし……」
「消してしまったらイーナ嬢にも分かるのかしら」
「おそらくそこまでの繋がりはないだろう」
それならば、と私は影からキヴィを呼び出す。影から飛び出たキヴィは、私の足に擦り寄り喉を鳴らし甘える。影から影へ移り、勝手に狩りをし食事を済ますと、また私のところへ戻ってくる可愛い子なのだ。撫でてやりながら、私はヴィルヘルム様に告げる。
「私が勝手にやったことで、ヴィルヘルム様は何も見なかったということにしてください」
「いや、ここは連帯責任といこう」
「それは……」
ヴィルヘルム様に視線を向けると、笑顔でこちらを見ているだけで私の話はなかったことにされているようだ。私は苦笑しながら、少女の百合の刻印に手を当てる。
「これが初の連帯責任になりますね。優しさに感謝します」
「俺は魔力が少なくて役に立てないが、側にいよう」
「それだけで十分私の力になります。知ってますよね、私の勇気の源」
あなたですよ、と遠回しに伝えながら、私は片方の腕をキヴィの首にゆるりと回した。
吸い上げたキヴィと私の魔力を体の中で練り上げ、ゆっくりと刻印へと注いでいく。反発されているのか、肌を刺すような痛みが襲うけれど我慢できないほどではない。
軽く眉を顰めた表情に気付いたヴィルヘルム様が、大丈夫だというように私の頭をそっと撫でてくれる。心地よい手の温もりを感じながら、私はゆっくりと今ある刻印を侵食するように力を流し込んでいった。
私は百合の刻印の付け方を知らないから、それを侵食しなぞる形でつけていくしかない。上書きすることなく消し去ることができれば一番良いけれど、その方法は分からないのだから仕方が無い。
額に汗が浮かびきつくなってくると、専門家に任せればよかったと思い始めた。けれど、奴隷の専門家なんて、きっと碌でもない人物に違いない。
私はより一層集中して、少女の胸に刻印を刻んだ。
「で、できました」
付けたばかりの刻印は、うっすらと桃色に光っている。
力が抜けて床にへたり込んだ私は、手伝ってくれたキヴィを撫でて褒めながら感謝した。私一人ではやはり無理だったと思う。
「キヴィありがとう。助かったわ。後でなにかご褒美を用意するからね」
嬉しそうに喉を鳴らしたキヴィは、再び影へと戻っていった。私を抱き起こしたヴィルヘルム様は、目を醒ましたぞ、と少女を見つめる。つられて私もそちらに目を向ければ、ちょうど少女が私を見つめたところだった。
「あっ、私っ……あ、あれ?」
私と目があった瞬間に、自分が置かれた状況を思い出したのか少女が慌てだす。しかし、先程のような苦しさを感じなかったのか、不思議そうに自分の手を見つめていた。
「もう苦しくないでしょう?」
「えぇ。あの、私に何をしたんですか」
「繰り返しになるけれど、私たちはあなたに危害を加えるつもりは一切ないの。ただ、話をしたかっただけなんだけれど、あのままだと話すこともままならないようだったから刻印をいじったの」
勝手にごめんなさい、と告げれば少女は大きく首を左右に降った。
「ありがとう。あいつに何もかも奪われて……」
「あいつって、イーナ嬢のこと? でも、詳しい話を聞く前に、あとひとつだけ」
私は少女に近付いて、刻印に手をかざすと魔法を解除した。付けるときはあんなに大変だったのに、解除するのはあっという間だった。これで、彼女は自由の身だ。
「もしかして、百合の刻印を……」
「だって、必要ないでしょう? あなたは今奪われたって。私の知っているイーナ嬢の居場所があなたのものだったということよね」
はい、と頷いて少女は語り始める。その話を聞いて、私とヴィルヘルム様はあまりの出来事に絶句した。
違うのは、髪の長さ、体の線の細さと肌の艶と色くらいで、目鼻立ちは見れば見るほどそっくりなのだ。
「双子なのでしょうか」
「どうだろう。だが、この子はやはりこの土地に住んでいる者ではないと思う。服装もだが、肌の焼け具合が海の向こうの人々と同じだ」
「そうですか。彼女のこれは労働をしている手です。令嬢の待遇はされていないと言って良いでしょう。あと、胸に花の形の痣がありました」
その言葉に、ヴィルヘルム様は顔を不愉快そうに顰めた。
「同じ顔をしているのに、片や贅沢三昧で片や奴隷とは……」
それを聞いて思い出した。この国で奴隷は禁止されているけれど、他国ではまだ根強く残っていると本で読んだのだ。百合の刻印は奴隷を意味するもので、主のためにならないことをしようとすると、体に負荷がかかるようになっていると書いてあった。
他国では当たり前でも、それが日常ではない私たちにはひどく不快な話だ。他人を痣で縛り付け物扱いをし、自分の思い通りに動かすなんて。
「では、もしかしてこの子の主はイーナ嬢……イーナ嬢に不利なことをしようとしたから、体に負荷がかかり失神したということでしょうか」
「そうかもしれない」
身動き一つせずに横たわる少女は、やせ細っているしあちこちに傷がある。おそらく酷い扱いを受けているのだろう。
「百合の刻印は消すことはできないのかしら」
「主よりも強い力があれば上書きできると聞いたことがあるが、消すのはそれをつけた本人でないと難しいだろうな」
イーナ嬢よりも強い力。
魔力が強ければよいのだろうか。イーナ嬢の力がどのくらいか分からないし、私一人ではそれほど強くないかもしれない。それならば、キヴィの力を借りてはどうだろうか。これはズルでもなんでもない。一度私で上書きをして、百合の刻印を消せば良い。
「ヴィルヘルム様、私が上書きを試してみてもいいでしょうか。名前を出しただけでこの状態ですし、この子から話を聞くためには、百合の刻印を消さなければならないと思います」
「しかし……」
「消してしまったらイーナ嬢にも分かるのかしら」
「おそらくそこまでの繋がりはないだろう」
それならば、と私は影からキヴィを呼び出す。影から飛び出たキヴィは、私の足に擦り寄り喉を鳴らし甘える。影から影へ移り、勝手に狩りをし食事を済ますと、また私のところへ戻ってくる可愛い子なのだ。撫でてやりながら、私はヴィルヘルム様に告げる。
「私が勝手にやったことで、ヴィルヘルム様は何も見なかったということにしてください」
「いや、ここは連帯責任といこう」
「それは……」
ヴィルヘルム様に視線を向けると、笑顔でこちらを見ているだけで私の話はなかったことにされているようだ。私は苦笑しながら、少女の百合の刻印に手を当てる。
「これが初の連帯責任になりますね。優しさに感謝します」
「俺は魔力が少なくて役に立てないが、側にいよう」
「それだけで十分私の力になります。知ってますよね、私の勇気の源」
あなたですよ、と遠回しに伝えながら、私は片方の腕をキヴィの首にゆるりと回した。
吸い上げたキヴィと私の魔力を体の中で練り上げ、ゆっくりと刻印へと注いでいく。反発されているのか、肌を刺すような痛みが襲うけれど我慢できないほどではない。
軽く眉を顰めた表情に気付いたヴィルヘルム様が、大丈夫だというように私の頭をそっと撫でてくれる。心地よい手の温もりを感じながら、私はゆっくりと今ある刻印を侵食するように力を流し込んでいった。
私は百合の刻印の付け方を知らないから、それを侵食しなぞる形でつけていくしかない。上書きすることなく消し去ることができれば一番良いけれど、その方法は分からないのだから仕方が無い。
額に汗が浮かびきつくなってくると、専門家に任せればよかったと思い始めた。けれど、奴隷の専門家なんて、きっと碌でもない人物に違いない。
私はより一層集中して、少女の胸に刻印を刻んだ。
「で、できました」
付けたばかりの刻印は、うっすらと桃色に光っている。
力が抜けて床にへたり込んだ私は、手伝ってくれたキヴィを撫でて褒めながら感謝した。私一人ではやはり無理だったと思う。
「キヴィありがとう。助かったわ。後でなにかご褒美を用意するからね」
嬉しそうに喉を鳴らしたキヴィは、再び影へと戻っていった。私を抱き起こしたヴィルヘルム様は、目を醒ましたぞ、と少女を見つめる。つられて私もそちらに目を向ければ、ちょうど少女が私を見つめたところだった。
「あっ、私っ……あ、あれ?」
私と目があった瞬間に、自分が置かれた状況を思い出したのか少女が慌てだす。しかし、先程のような苦しさを感じなかったのか、不思議そうに自分の手を見つめていた。
「もう苦しくないでしょう?」
「えぇ。あの、私に何をしたんですか」
「繰り返しになるけれど、私たちはあなたに危害を加えるつもりは一切ないの。ただ、話をしたかっただけなんだけれど、あのままだと話すこともままならないようだったから刻印をいじったの」
勝手にごめんなさい、と告げれば少女は大きく首を左右に降った。
「ありがとう。あいつに何もかも奪われて……」
「あいつって、イーナ嬢のこと? でも、詳しい話を聞く前に、あとひとつだけ」
私は少女に近付いて、刻印に手をかざすと魔法を解除した。付けるときはあんなに大変だったのに、解除するのはあっという間だった。これで、彼女は自由の身だ。
「もしかして、百合の刻印を……」
「だって、必要ないでしょう? あなたは今奪われたって。私の知っているイーナ嬢の居場所があなたのものだったということよね」
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