私の恋は前世から!

黒鉦サクヤ

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第二章

012

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 本物であるイーナ嬢の話を要約すると、偽イーナは海の向こうの魔術師で歳は不明。
 初めは彼女の家に出入りしていた商人と共にやってきて、一緒にお茶を飲んでいる間に刻印を付けられたり他の者の記憶をいじられたりしてしまったらしい。
 イーナ嬢の姿を乗っ取り、刻印を付け自由を奪うと、彼女の姿が他人から違って見えるように魔法をかけた。私とヴィルヘルム様がイーナ嬢に見えているのは、魅了や幻惑などの精神攻撃無効化アイテムを持っているからだ。それがあるから、本来の彼女の姿を見ることができる。試しにアイテムを外して見てみると、そこには別人の姿があった。
 金髪は黒になり瞳の色は灰色で、元の姿の欠片もない。色を変えるだけではなく、顔の造形まで違って見えるように細工されていた。
 しかし、そうなると偽イーナと目の前のイーナ嬢が双子のように見えているのは、魔法ではなく偽イーナが物理的に顔を作っていることになる。私たちのようにアイテム持ちもいるから用心のためにかもしれない。
 魔法を常時発動するのは、いくら魔力量が多くてもきつい。すべて憶測になるがそれを二人分となると負担が大きすぎたのだろう。しかも、片方は海を超えての長距離になる。一度魔法をかけたら終わりというものもあるけれど、意識を操る類のものは定期的にかけ直すか常時発動しなければならないものが多いと聞く。きっと、イーナ嬢にかけられたのは後者の魔法なのだろう。そして、偽イーナが使う魅了もその類で、とても自分で常時賄える魔力量ではなかったに違いない。
 可愛らしいイーナ嬢の顔が欲しかった偽イーナは、どうにかして顔を変えたのだろう。この世界に美容整形なんてものはないだろうけれど、似たような技術を持つ者がいるのかもしれない。ただし、莫大な金額をとられるか、代償が大きいかのどちらかで二人同時にすることはできなかったのだろうけれど。他人になりすますためには本人の顔は邪魔になるはずだから、本来ならそちらを先に変えたかったはずだ。
 他人の人生を奪うなんてことを考えたこともないから分かりたくもないけれど、自分の地盤が揺るぎないものになったら、イーナ嬢の魔法を解くつもりだったのかもしれないなぁと思う。魔法が解けても、他国にいる他人の空似、しかも奴隷という立場であればいくら騒いだところで痛くも痒くもないだろうから。

「何度鏡を見ても、私の姿じゃなかった」

 イーナ嬢は小さく呟く。
 家族や使用人たちからも縁のない他人と認識され、蝶よ花よと育てられた令嬢だったのに、見知らぬ土地に奴隷として一人投げ出されたのだ。下町のことや奴隷の暮らしを何も知らないまま生きるのは、どれほど大変だったろう。それでなくても自分の姿も変えられて、何一つ信じられるものがないのだから。

「商人に海の向こうに連れて行かれ、奴隷として売られたんです。役立たずと罵られ、最近ようやく仕事ができるようになったと褒められました。ズタズタになっていた私は、それすらも嬉しかった……そして、出張で料理店を出すからそこで働けと、ここに連れてこられたんです」

 涙ながらに語られる言葉に嘘はないと思う。

「ようやくこの国へ帰ってくることができたと初めは喜んだけれど、ここにはやっぱり私の居場所はなくて。ただ悲しみが増すだけでした」

 戻ってきても私を知る人はいなかったから、とイーナ嬢は諦めにも似た泣き笑いの表情を浮かべる。
 私はイーナ嬢を助けたいと思った。
 そのためには、百合の刻印は消したけれど、今働いているところから助け出す必要がある。
 奴隷の売買は禁じられているこの国で、穏便に助け出すにはどうしたら良いのか。他国が絡んでいるし、さらに言えば偽イーナの目的は分からないが騙された被害者は王族ということもあるので、国王陛下への報告はしなければならない。まずは適当な理由をつけてイーナ嬢を引き取ってからでもいいような気はするけれど、と逡巡していると、ヴィルヘルム様が助け舟を出してくれた。

「まずはイーナ嬢を見初めたということで交渉し、我が家に来てもらうというのはどうだろう。どうせ報酬さえ支払ってしまえば、その後のことなんて気にしない。家の者には肌身離さずアイテムを持つよう伝えてはいるが、イーナ嬢のことは最低限の者にだけ伝え、エステリ嬢の側仕えとして身を隠してもらうのが良いと思う。仕事をさせてしまうことにはなるが、部屋に隠れているよりエステリ嬢の近くにいたほうが安全だと思うが?」

 陛下たちには事後報告で、と言うヴィルヘルム様の悪戯な笑みを受けて、私はニッコリと微笑む。確かに偽イーナが何か仕掛けてきたときに、私が側にいたほうが対処がしやすい。

「ヴィルヘルム様がおっしゃるならそうかもしれませんね。イーナ嬢、辺境伯のお墨付きをいただいたのだけれど、それでかまいませんか?」
「あの、なんの関わりもないのに、私を助けてくださるのですか?」

 おずおずとイーナ嬢は言うけれど、私は大きく頷いた。

「もちろん。それに、関わりなら偽イーナとあるんです。実は私、彼女になぜかずっと敵視されていて嫌がらせがひどくて」
「まぁ! それで私の顔を見て……」

 彼女の顔が青くなるのを見て、私は慌てて訂正する。イーナ嬢は何も悪くないし、彼女こそ一番の被害者だ。

「イーナ嬢は何も悪くありませんから。でも、私がここに来たタイミングでお会いできてよかったです。時期がずれていたら、会えなかったかもしれませんし。仲良くしてくれたら嬉しいです」

 手を取ってそう告げれば、イーナ嬢はようやく笑顔を見せてくれた。

「ではヴィルヘルム様、どなたに頼みましょうか。あまり町で顔が知られていない方のほうがよろしいと思うのですが」

 ちらりと脳裏を掠めたのは、調子の良いマルクスさんと温和そうなヨニさんだったけれど、おそらく二人は町でも顔が知られている。来たばかりの私は何も分からないし、人選諸々はヴィルヘルム様にお任せしよう。

「イーナ嬢には今日一日だけ働いてもらい、その時間帯に何名かで食事に向かわせよう。その中から一人、明日話をしに行けば良いだろう」
「分かりました。見初めた翌日に迎えに来ていただけるなんて! ロマンチックですね」

 冗談めかして告げるイーナ嬢は、本来明るい性格のようだ。

「きっと、明日の間にロマンスとして噂になりますよ」
「こんなに心躍るようなことは久しぶりです。私、まだ笑えたんだわって嬉しくなりました。お二人にはいくら感謝しても足りないです。私にできるお礼なんて……」
「情報を提供してもらえただけで十分です。領地にある屋敷にまで押しかけてきたりと色々と困っていたので。そのお話も今度ゆっくりしますね」

 困っているというより呆れていたのだけれど、イーナ嬢が慰めてくれたからそれで良いことにした。まあ、嘘ではないし。
 今日と明日の予定を簡単に打ち合わせしてから、私たちは時間をずらして教会を離れたのだった。
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