三十路の恋はもどかしい~重い男は好きですか?~

キツネ・グミ

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出会い編

8.獅朗という男

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「ただいま。」


午後の時間がだいぶ過ぎた頃に、どこからか戻ってきたらしい成徳チェンドゥが美云に声をかける。

美云は翌週の研修用の資料をせっせと作っている最中だった。


「おかえりなさい。こちら目を通してもらっても良いですか?」


資料を添付したメール送ってます。と付け加え席を立とうとする。


「ねぇ、美云くん。」


「はい。」


「そろそろ一課に戻る気は無いかい?」


「えっ?」


思いもしない言葉が成徳の口から出てきて、美云は腰を抜かしそうになる。優しい眼差しでこちらを見つめる成徳を凝視しながら、しばし、第一線で仕事に夢中になっていた頃の自分をぼんやりと思い出す。


「一度、一線を退いた身なので。」


そう簡単に戻ろうとしても戻れまい。それに・・・一課を退いたことを悔やんではいないし、ここでの働き方にも馴染んで、今では居心地の良さも感じている。


「社長のご令息の話は知ってるかな?」


「えっ?」


突然話が変わり訝る。


「ええ。ここで研修生として仕事に関わるらしいと言う話程度は。」


うんうん。と頷きながらこちらを見る成徳の眼差しに胸騒ぎを感じる。


「実はご令息の研修先が一課に決まったらしくてね。」


今日決まったそうだよ。だから一課は今、てんやわんやになっているところ。クスリと笑いながら成徳がおどける。

もしかしてその話をするために午後一から消えていたのだろうか?


「さっき、一課のマネージャーが慌てて私に連絡してきてね。あろうことか、美云くんを指名してきたんだよ。」


うっ。やはりその話か。って、え?なぜ私?


「獅朗って男だ。君、知ってるかい?」


「はあ。名前程度は。」


私が達成できなかったマネージャーのポジションを成徳から託された男だ。顔は知らない。広報や社内ニュースでよく名前を見ていたので覚えている程度だ。


「もう、戻る頃合いかもしれないね。」


ポンっと美云の肩を叩くと成徳は自分のデスクに戻って行った。


ずるい。美云の心は揺れる。

答えは自分で出せと言うことだ。

提案だけして何食わぬ顔で美云が頼んだ仕事を楽しそうにチェックしている成徳をチラリと見る。


ふぅ。っとため息をつくと目の前の仕事に戻った。

答えは今すぐじゃなくても良いだろう。と思いながら。



………


終業時間になり、わらわらと帰る仕度をする者、残って残業をする者がいる中、美云も帰る仕度を始める。


成徳は嘱託のため皆より少し早く、ラッシュをずらして早目に帰宅した。


今日、成徳から聞いた話がずっと頭の中にこびりついたままエレベーターに乗る。


数階下ったところでエレベーターが止まり、人々を飲み込んでいく。


「あれ、姉貴?」


美云が顔を上げると、目の前に路臣ルーチェンがいた。珍しく、路臣も今帰りらしい。


「何だよ、浮かない顔して」


人の顔色を読むのが得意な路臣は見たまんまを伝えてくる。


「社長のご令息がここで研修する話は知ってる?」 


「もちろん。営業一課でやるんだろ?」


そうだ。この子が知らないわけは無かった。


「三課でやるわけじゃないのに何そんなに沈んだ顔してるの?・・・あ、もしかして」


「たぶん、路臣が今思ってることが答えよ。」


はあ。ため息しか出ない。


「良いじゃん。戻ったら。」


「えっ?」


「正直、姉貴は良くやってくれたよ。血が繋がってない俺まで面倒見てくれてさ。」


そろそろ自分の人生を真剣に歩んだら良い。と締め括る。ずいぶん大人になったなぁと感心したいのは山々だが今はそこまで心の余裕がない。


もともと一課に籍があった美云が三課に籍を戻したのは、まだ学生だった路臣と李莉リーリィの幼い娘の面倒をみるためだった。


その当時、李莉が大病を患い、長期の入院生活を余儀なくされたことで、李莉の看病に加え子ども二人の世話をするための決断だった。そのためにはある程度、時間が自由にできる三課での仕事が望ましかった。


李莉の夫である大威ダウェイは、李莉が病気になった時に取り乱し病院を半壊するほどに暴れたため、激怒した李莉が会社に入れ知恵をして海外に外交員として飛ばしてもらった。


そのため、大威はいまだに李莉に許してもらえず、李莉の体調が良くなった今でも海外に居る。娘の長期の休暇に合わせて会いに行ってはいるから、そろそろ許してもらえそうではあるけれど。


「ねぇ、獅朗って人知ってる?」


「へっ?」


「ほら、営業一課のマネージャー」


「・・・」


「知らない?」


経理部で仕事をしている路臣なら、各課のプロジェクトの決裁案件やらコストやらでいろんな部所に顔を出しているから知っていると思ったけど・・・何やらこちらを"鳩が豆鉄砲を喰らった"ような顔をして見ている。


「姉貴、もう姉貴はすでに獅朗

に会ってるよ。」


「えっ?!どこで?!」


今度は美云がキョトンとしてしまう。


「先週、山で。」


「ええっ?!」


驚くのと同時に、チンと言う音を立ててエレベーターが開く。

それと同時に山で出会った男性が脳裏に浮かんだ。


何だか、自ら好んで受難が続く扉を開けてしまったような気がしてならなかった。


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