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第3話『あー……この薬高いのに……』
しおりを挟むクロムが絶叫し、半泣きで天を仰ぎかけた、その時──。
(──ん?)
きらきら輝くのは、硝子の棺。
其処に納められた少女は、知らず目を奪われてしまう美しさです。
ふっくらした頬は、柔らかそうで。
唇は瑞々しく。
伏せられた目を彩る睫毛は、驚く程長く。
そして何より──。
(──黒髪……)
クロムは呆然と、見入りました。
だって、初めてだったのです。
自分以外の、黒髪の持ち主に出会ったのは。
クロムの母ですら、赤みがかった茶髪でした。
父親は早くに他界していましたが、彼も黒い髪ではありませんでした。
(…………)
信じられない思いで、少女を見下ろします。
それを見惚れているのだと勘違いした小人達は、微笑ましい目で彼を見つめていました。
「実は姫は、悪い魔法使いに騙されて……」
「どうやら、毒を飲まされたようなのです」
「どうか王子様、姫をお助けください」
次々に言葉を掛けられ、クロムははっと我に返ります。
目の前の少女がもう息をしていないとは、とても見えません。今にも目を覚まし、欠伸でもしながら身を起こしそうだと錯覚できる程、彼女は綺麗でした。
(……て言うか俺、王子様じゃねーんだけど……)
もう何だか面倒に思えてきて、訂正しない彼も彼ですが。
仕方ない、とばかりに腰を下ろします。
まるで眠っているかのような少女を、じっと見つめました。
「……毒を飲まされたってことだけど……何で分かったの?」
白雪姫の様子を眺めながら、振り返らないまま、小人達に問い掛けます。
クロムに尋ねられ、リーダー格の小人が応じました。
「姫の傍らに、毒を染み込ませたリンゴが落ちておったのです」
「わしらが仕事に行っとる隙に、あの魔女め……!」
「どうか王子様、姫を──」
「その毒リンゴって今何処にあるの?」
後半の言葉をばっさり無視して、クロムが更に質問します。それに答えたのは、やはりリーダー格の小人でした。
これです。
差し出されたリンゴをハンカチ越しに受け取り、それを慎重に観察するクロム。
色も形も何の変哲もありません。
ですが──。
(……この、匂い……)
微かに鼻をつくのは、リンゴ以外の匂い。
薬草を扱うのに長けていなければ、きっと気付かないでしょう。
もう1度確認してから、それをそっと地面に置きます。
毒入りかと問われれば是と言えるでしょうが、これには致死性はありません。
(えーと……確かこれは……)
仮死状態にする効果、だった筈。
己の知識をフル活用して、懐から煎じていた薬の入った小瓶を取り出します。
気付け薬です。
(これで効く筈……)
そぅっと小瓶の蓋を外し、慎重な手付きでそれを少女に近付けました。
と言うのも、これを作るのには大変な労力を要し……1滴でも溢すのは何だか勿体ないと思えたからです。
出来る限り振動を与えぬよう、ゆっくりと静かに白雪姫の鼻先へ持っていきます。
それが、背後の小人達から見れば──。
あたかもキスをしているようだとは、流石のクロムも、思いも寄りませんでした。
「………………──ッ……」
(お、気付いた)
香りを嗅がせた途端、びくりと震える白雪姫。
効果は相当なもののようです。
ゴーグルやマスクを駆使しながら、物凄い刺激臭の中、頑張って煮詰めて作った甲斐があるというものです。
長い睫毛が小さく震え。
頬に、赤みが差しました。
ゆるゆると、目が開かれ──。
「…………? あら……皆、どうしたの……?」
鈴を転がすような可憐な声が、聞こえました。
少女が、息を吹き返したのです。
これに歓喜したのは、7人の小人達でした。
皆一斉にわあっと歓声を上げ、再び涙を流して大喜びしています。
「姫……白雪姫……!」
「大丈夫かい? 何処も、おかしなところは無いかの?」
「嗚呼、良かった……! 本当に良かった……!」
各々に咽び泣き、体全部で喜びを表現する小人達。
それを少し下がって眺めながら、クロムは満足して微笑みました。
自分の作った薬が、少女を助けた。
己が外見故に疎まれてきたという暗い気持ちが、少しだけ救われたような気がしました。
そのまま、そっと姿を消そうとした、その時。
「──実はね、白雪姫」
「此方の方が、姫を助けてくだすったのじゃよ」
「王子様じゃよ」
いや最後ちげーし!!!!
全力で突っ込みかけたクロムですが、振り返った途端、白雪姫が此方を見ていることに気付き、思わず口を噤みました。
きらきらと輝く紫色の瞳は、まるでアメジストのよう。
綺麗に澄み渡ったそれに、知らず見入ってしまいます。
「……──貴方様が、助けてくださったのですか……?」
先程までとは違って、ほんのり桃色に染まった頬。
期待に満ちた面持ちで、そう問われ。
「……えぇと、うん……まぁ……」
クロムは戸惑いながら、小さく頷きました。漆黒の髪が、さらりと揺れます。
それを見て、白雪姫はぱあっと破顔しました。
「まあ! やっぱり! あぁ、ありがとうございます!」
「え、いや……別にそんな……」
何せ気付け薬を嗅がせただけです。
そこまで大袈裟に感謝されると、逆に此方が気後れしてしまいます。
「あぁ、やっぱり、お義母様の仰った通りだわ……!」
……──ん?
「ありがとうございます、王子様!」
紅潮した顔で喜色一杯に叫ばれ、クロムはぎょっと目を剥きました。
「イヤ、ちょっ……」
「お義母様が教えてくださったんです! いつか私わたくしが窮地に陥った時に、王子様が助けに来てくださると……!」
嬉しそうに、にこにこと告げる白雪姫。
けれど残念ながら、クロムは『王子様』ではありません。
訂正しなければ。
そう思い至り、口を開けます。
──が。
「いやぁ、本当に良かった!」
「本当に王子様が来てくださるとは!」
「良かったのう、姫!」
「これで安心して国元へ帰れるのう!」
「すぐにでも発って、ご母堂殿を安心させてやりんさい!」
小人達の声は思いの外大きく、クロムの言葉など掻き消されてしまいました。
「イヤ、だから違……」
「わしらの早馬を貸してやろう!」
「早くご母堂殿を安心させてやりんさい!」
「ありがとう、皆……! ありがとう!」
全く聞き入れてもらえません。
「聞いてーーーー!!」
クロムくん、全然話を聞いてもらえないまま続きます(^^;)
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