そのホラーは諸説あり

赤衣 桃

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自身がないのに自信はある

第3話

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 日直の仕事のついでという理由で鹿児島さんにスクールバッグを届けることに。同じクラスの女子生徒が教科書やノートは詰めてくれたが持ち主に渡すのは男子の役目らしい。
 難しい辞典にそんなルールが書いてあるとかでさっさと保健室にいる鹿児島さんにスクールバッグを渡した。
「岩手ちゃんが教科書とか」
「それはクラスの女の子がやってくれた」
「名前は?」
「このまえ転校してきたチャイムさんだったかな」
「転校生なんていたっけ」
 マイ先輩の作品の影響で消えてしまった女子生徒の名前だったようで鹿児島さんは転校生の存在を忘れていた。
 人生とは他人との記憶の共有という大事な思い出を一つずつ刻んでいくことなのにマイ先輩の作品はとても罪深い。
 ここまでのジョークを真に受けたのか鹿児島さんが転校生のことを質問してきた。
「岩手ちゃんはその転校生がタイプだったり?」
「そういうシチュエーションは憧れるけど相手は男だから、しかも別のクラスだしさ」
「あー、北海くんのことか。そういえば彼はかっこいい転校生だったね」
 横に並んで廊下を歩いている鹿児島さんがちらりとこちらを見る。ぼくのうそについて言及しようか考えているらしく邪悪な顔つきをしていた。
「あれっ、岩手ちゃんは帰らないの?」
 下駄箱を通りすぎようとすると鹿児島さんに声をかけられた。しれっと別れる予定だったのに。
「その転校生と友達フラグが発生しているので」
「フラグ。北海くんと友達になる条件がととのったぜ……みたいな感じか」
「かしこい解説をありがとうございます」
「わたしも行っていい?」
「だめ」
 短い否定に鹿児島さんが少し驚いていた。なにか自分に都合のいい勘違いをしているようで彼女がにやつく。
「なんで行ったらだめなの? わたしは岩手ちゃんのものでもないのに」
「鹿児島さんをもの扱いした覚えはないけどその約束を守ってくれたら」
「岩手ちゃんがわたしの手下になってくれるのか」
「まあ、それでいいや」
「岩手ちゃんが岩手下になってくれるなんて夢の中にいるみたい!」
 ややこしい苗字にされたのはさておき鹿児島さんには今回の件とは別の幽霊の話をまだ聞かせてもらってないからな。
 マイ先輩が作品にするかどうかはおいといてもエンターテインメントは一つでも多いほうが良い。
 約束ということで鹿児島さんと指切りをした。
 彼女と別れて転校生と待ち合わせしたプールのほうに向かう。スクール水着の女の子は泳いでないが風通しがよくて涼しいらしい。
 プールサイドにある日除けの下のベンチに座る転校生がこちらに右手を軽く振っている。
「悪いね、岩手くん。こんなところにまでわざわざ来てもらって」
 転校生がベンチを叩いていたけど見えないふりをして近くで立ち止まった。
「ところで鹿児島さんとは恋人同士とかで?」
「前世みたいなものではそうだったようです」
「それはうらやましい」
「本題は?」
「同性にはきびしいな。保健室では恋人さんと長いこと会話を楽しんでいたのに」
 転校生が笑う。女顔だし、変装されると間違えてしまいそうだな。
「本題の前に心理テストみたいなものに付き合ってもらえますか……友情も深まるかもしれませんし」
「思ってないだろう」
「鹿児島さんが岩手くんの五本の指の中で一番好きなものはどれだと思いますか?」
 こちらのつっこみに対してとくに害した様子もなく転校生はそう唇を動かした。
「当たりやハズレはないのでお気軽に」
「人差し指」
「足ですか?」
「右手だ」
「そうですか。意外と岩手くんはドライなようで」
 既存の心理テストの結果でもないよな、わざわざ鹿児島さんのことを問題に組みこんでいたし。
「ええ。岩手くんの考えているとおり他の誰かがつくった心理テストではなくてオリジナルみたいなものです」
「しれっと心を読むな」
「ただの推理ですよ。自分よりもかしこい岩手くんならそう考えるだろうと」
 もう一ついいですかね? と転校生が人差し指を真っすぐに伸ばしてプールを指差している。
「なんなりと」
「お言葉に甘えて。先ほどの質問を鹿児島さん本人ならどう答えると思いますか?」
「小指」
「即答とは。理由はありますか?」
「鹿児島さんは手下を欲しがっているので」
「そこは素直に答えてくれないんですね。それとも相手が転校生の自分だから?」
「こちらがひねくれても転校生なら推理であっさりと正解を導きだせると思いました」
 ベンチに座ったままで目を閉じた転校生が黙ってしまった。寝て……ないな。こちらが声をかけようとするとゆっくりと立ち上がる。
 顔が小さく、身長も……転校生が足を滑らせた。
物理法則やら地球にあるはずの色々なエネルギーを無視した動きでプールに落ちている。
 不幸中の幸いで、プールは水だらけだが転校生は沈んでいく。慌てた様子はないので溺れてないとは思うけど生きるつもりもないらしい。
 目を開いたままで転校生はプールの底から動こうとしない。水面でぼやけているが安らかな顔つきをしている。口から吐きだされている空気のかたまりが小さくなり。
「死にたいのか」
 プールに飛びこみ。転校生を引っぱりあげるとぼくは怒ったようにそう言っていた。
「いえ……死ねないんですよ。正確には死にかけるほどに運は悪いが命だけは絶対に落とさない」
 ドライな岩手くんならそのまま見殺しにするかもしれないと考えたりもしたんですが。今回も命だけは落としませんでしたねえ、と転校生は笑う。
「計算をしただけだろう」
「岩手くんのかいかぶり。さすがに目の前で人死は嫌ですか?」
「みたいだな」
「気のせいか。さっきより口調が優しくなっているような」
「転校生には優しくするように色々な年上の人に言われたのを思い出しただけだよ」
 歩いているうちに乾くと判断をしたのか転校生はびしょぬれのままで帰ろうとしている。本人がそうしたいのであれば、ぼくがやいのやいの言う必要もない。
「ツンデレですか?」
「ノーマルだ。保健室にタオルがあったはずだから乾かしていけば」
「では、お礼に脱ぐのを手伝わせてあげましょう」
「お前の裸にあんまり興味はないな」
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