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第一章 カラハダル大森林 異世界転移 編
14.長き人生-Ⅱ
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一面に広がる花々はそよ風に揺れ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
陽光をいっぱいに浴びる花弁と水路を泳ぐ魚から反射する光は心地よく視覚を刺激し、宙を舞う蝶々が水路を流れる水の細流と花を撫でるそよ風でリズムをとっているような錯覚さえ覚える。
森で感じた肌寒さを忘れさせるほどの暖かな空気は、本当にこの空間だけ春で保たれているのでは無いかと感じさせてきた。
「いや、本当に春なのでは?」
「お、気付いたかタケル。考えとる通りこの空間は魔方陣魔法によって季節を春に保つ結界が張られておるのじゃ。他にも色々機能があるわしの自信作じゃ」
自分の何とはなしの呟きにセイルが答えてくれた。
魔方陣魔法とやらが何なのかいまいちわかっていない自分には正確に凄さがわからなかったが、恐らく相当高度な技術なのであろう。
「そうなんだ。それにしても綺麗な花畑だね」
「そうじゃろう? 女房が花の好きな奴でのぅ……。頼まれて作ったんじゃ。花畑の手入れも機能の一つじゃぞ。よく二人で眺めて、気が付いたら数時間過ぎていたなんてこともあったのぅ」
セイルが懐かしそうに花畑を見渡す。
(そんな日曜大工感覚でこれだけの事が出来るものを作れちゃうんだ……)
そんなことを考えていると、セイルは何か思い出したようにまた話しかけてきた。
「そうじゃタケル。大事なことを伝え忘れておった。まさにお主の人生に関わる事じゃ」
「人生?」
こちらの世界に来てからは自分にとって人生に関わる大事件のオンパレードであるのだが、まだ何かあるというのだろうか。
「理由も原理も定かでは無いが、シエラが発現したものは、発現したその瞬間から時の流れが緩やかになるのじゃ」
「えっと……つまりどういう事?」
「まあ簡単に言うと寿命が延びるのじゃ」
とてもお得な能力であった。
「へぇ。どれくらい延びるの?」
「発現する時期にもよるのじゃが、わしなんかは二十五歳の時に発現して、今年で百七十五歳になるのぅ」
訂正、とんでもない能力であった。
自分の独断と偏見ではあるが、セイルの顔に刻まれた皺などから年齢を予測するに、まだ七十歳付近くらいにしか見えない。
「百七十五歳って……」
そこで自分は気がついた――いや、気が付いてしまった。
そして、気がついてしまったからには聞かずにはいられなかった。
「ほほほ。思っておった以上にお爺ちゃんじゃったじゃろ? タケルもシエラに目覚めたから――」
「おじいちゃん」
「……ん?」
「――おじいちゃんは……いつからこの森に一人でいるの……?」
もしも奥さんもシエラが発現していたのなら、今もこの森に居てもおかしくはないはずだ。
ひょっとしたら今は出掛けているだけなのかもしれない。
つい最近亡くなったという可能性もある。
だがもしも、夫婦の片方だけにシエラが発現したとしたら。
愛する人だけが老いていき、看取った後に長い時を一人で過ごさねばならないとしたら。
(そんなの辛いに決まってる……)
そう思うと同時に、あまりにも無神経な質問であったことに気がつく。
辛いと思うなら尚更聞くべきではなかった。
「ご、ごめんおじいちゃん。言いにくい事なら別に……」
言いきるよりも先にセイルの大きくごつごつとした手が自分の頭をやや乱暴に撫でた。
「……タケルは優しい子じゃのぅ。そんな泣きそうな顔をするでない……。そうさの……もう六十年になるかのぅ。じゃがわしには幸いな事にテッチもおったし、数ヵ月に一度は帝都におる友人とも会えるでの。確かに寂しいと思うこともあったが、女房との別れもある程度納得もしとるのじゃ」
セイルはそう言うが、六十年とは決して短い時間ではない。
きっと自分には想像もつかないほどたくさんの別れを繰り返してきたのだろう。
そんな考えを見透かしたかのようにセイルは話を続けた。
「確かに長生きしておると、多くの別れを経験するものじゃ。過去にはシエラの発現によってパートナーを先に亡くした夫婦が耐えられず後を追うなんてこともあったらしいしのぅ。じゃがわしは悪いことばかりとは思えんのじゃ。多くの友人を看取ったし、訃報を聞くたびに悲しくもなる。しかし、別れもあれば新たな出会いもある。タケルもその出会いの一つじゃ」
「おじいちゃん……」
「やり残したこともあるしのぅ。まあつまり、タケルにもその事を胸に刻んで生きてほしいのじゃ」
「――うん。わかったよおじいちゃん」
「良い子じゃ。それにのぅタケル。実はわしの女房はシエラに目覚めてはおったんじゃぞ。ただまあ……事故みたいなものじゃな……。普通の夫婦よりずっと長く共に過ごせたし、逝く前にちゃんとわしに言葉も残していてくれたでの」
一拍呼吸を置き、懐かしそうに空を仰ぎ見ながらセイルは続けた。
「思い出が辛いことはないのじゃ。――辛さを掻き消すほどに思い出が輝いておるからのぅ」
(輝く……思い出……)
強い人だと、そう感じた。
――自分の脳裏に焼き付いた記憶はくすんだ暗くて辛いものが多い気がする。
「僕にもそんな思い出が出来るかな……」
「……人生は何が起こるかわからん。ただ、自分の魂のままにがむしゃらに生きればきっと輝けると、シエラはそれを成す為の力なのだと、そうわしは信じておる。タケルのシエラがわしの想像通りの力だとするなら、その力はきっとタケルを含めた多くの人を救えるはずじゃ」
頭を撫でてくれていた手が離れ、口調を軽い雰囲気のものに変えてセイルが続ける。。
「さあ、家に着いたことじゃし、飯にするかのぅ」
「――うん!」
その後は朝と同じものを食べてから、また広場へと向かうのであった。
陽光をいっぱいに浴びる花弁と水路を泳ぐ魚から反射する光は心地よく視覚を刺激し、宙を舞う蝶々が水路を流れる水の細流と花を撫でるそよ風でリズムをとっているような錯覚さえ覚える。
森で感じた肌寒さを忘れさせるほどの暖かな空気は、本当にこの空間だけ春で保たれているのでは無いかと感じさせてきた。
「いや、本当に春なのでは?」
「お、気付いたかタケル。考えとる通りこの空間は魔方陣魔法によって季節を春に保つ結界が張られておるのじゃ。他にも色々機能があるわしの自信作じゃ」
自分の何とはなしの呟きにセイルが答えてくれた。
魔方陣魔法とやらが何なのかいまいちわかっていない自分には正確に凄さがわからなかったが、恐らく相当高度な技術なのであろう。
「そうなんだ。それにしても綺麗な花畑だね」
「そうじゃろう? 女房が花の好きな奴でのぅ……。頼まれて作ったんじゃ。花畑の手入れも機能の一つじゃぞ。よく二人で眺めて、気が付いたら数時間過ぎていたなんてこともあったのぅ」
セイルが懐かしそうに花畑を見渡す。
(そんな日曜大工感覚でこれだけの事が出来るものを作れちゃうんだ……)
そんなことを考えていると、セイルは何か思い出したようにまた話しかけてきた。
「そうじゃタケル。大事なことを伝え忘れておった。まさにお主の人生に関わる事じゃ」
「人生?」
こちらの世界に来てからは自分にとって人生に関わる大事件のオンパレードであるのだが、まだ何かあるというのだろうか。
「理由も原理も定かでは無いが、シエラが発現したものは、発現したその瞬間から時の流れが緩やかになるのじゃ」
「えっと……つまりどういう事?」
「まあ簡単に言うと寿命が延びるのじゃ」
とてもお得な能力であった。
「へぇ。どれくらい延びるの?」
「発現する時期にもよるのじゃが、わしなんかは二十五歳の時に発現して、今年で百七十五歳になるのぅ」
訂正、とんでもない能力であった。
自分の独断と偏見ではあるが、セイルの顔に刻まれた皺などから年齢を予測するに、まだ七十歳付近くらいにしか見えない。
「百七十五歳って……」
そこで自分は気がついた――いや、気が付いてしまった。
そして、気がついてしまったからには聞かずにはいられなかった。
「ほほほ。思っておった以上にお爺ちゃんじゃったじゃろ? タケルもシエラに目覚めたから――」
「おじいちゃん」
「……ん?」
「――おじいちゃんは……いつからこの森に一人でいるの……?」
もしも奥さんもシエラが発現していたのなら、今もこの森に居てもおかしくはないはずだ。
ひょっとしたら今は出掛けているだけなのかもしれない。
つい最近亡くなったという可能性もある。
だがもしも、夫婦の片方だけにシエラが発現したとしたら。
愛する人だけが老いていき、看取った後に長い時を一人で過ごさねばならないとしたら。
(そんなの辛いに決まってる……)
そう思うと同時に、あまりにも無神経な質問であったことに気がつく。
辛いと思うなら尚更聞くべきではなかった。
「ご、ごめんおじいちゃん。言いにくい事なら別に……」
言いきるよりも先にセイルの大きくごつごつとした手が自分の頭をやや乱暴に撫でた。
「……タケルは優しい子じゃのぅ。そんな泣きそうな顔をするでない……。そうさの……もう六十年になるかのぅ。じゃがわしには幸いな事にテッチもおったし、数ヵ月に一度は帝都におる友人とも会えるでの。確かに寂しいと思うこともあったが、女房との別れもある程度納得もしとるのじゃ」
セイルはそう言うが、六十年とは決して短い時間ではない。
きっと自分には想像もつかないほどたくさんの別れを繰り返してきたのだろう。
そんな考えを見透かしたかのようにセイルは話を続けた。
「確かに長生きしておると、多くの別れを経験するものじゃ。過去にはシエラの発現によってパートナーを先に亡くした夫婦が耐えられず後を追うなんてこともあったらしいしのぅ。じゃがわしは悪いことばかりとは思えんのじゃ。多くの友人を看取ったし、訃報を聞くたびに悲しくもなる。しかし、別れもあれば新たな出会いもある。タケルもその出会いの一つじゃ」
「おじいちゃん……」
「やり残したこともあるしのぅ。まあつまり、タケルにもその事を胸に刻んで生きてほしいのじゃ」
「――うん。わかったよおじいちゃん」
「良い子じゃ。それにのぅタケル。実はわしの女房はシエラに目覚めてはおったんじゃぞ。ただまあ……事故みたいなものじゃな……。普通の夫婦よりずっと長く共に過ごせたし、逝く前にちゃんとわしに言葉も残していてくれたでの」
一拍呼吸を置き、懐かしそうに空を仰ぎ見ながらセイルは続けた。
「思い出が辛いことはないのじゃ。――辛さを掻き消すほどに思い出が輝いておるからのぅ」
(輝く……思い出……)
強い人だと、そう感じた。
――自分の脳裏に焼き付いた記憶はくすんだ暗くて辛いものが多い気がする。
「僕にもそんな思い出が出来るかな……」
「……人生は何が起こるかわからん。ただ、自分の魂のままにがむしゃらに生きればきっと輝けると、シエラはそれを成す為の力なのだと、そうわしは信じておる。タケルのシエラがわしの想像通りの力だとするなら、その力はきっとタケルを含めた多くの人を救えるはずじゃ」
頭を撫でてくれていた手が離れ、口調を軽い雰囲気のものに変えてセイルが続ける。。
「さあ、家に着いたことじゃし、飯にするかのぅ」
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