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第二章 軍属大学院 入学 編
44.いつもと違う朝-Ⅱ
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「それにしてもソフィアがもうお金払ってるのか。後で返さないとな」
そう呟きながら宿の外へと出て、小川へと向かった。
外の気温は森よりも幾分か暖かいような気もするが、それほど差があるわけではない。
しかし明らかに森の空気と違うと感じるのは、ひんやりとした空気に混じる周辺の家から香る準備中の朝食の匂いと、それに伴う生活音のためだろう。
こうも人の気配を感じられる朝というのは実に久しぶりで、自分が社会生活の中に戻ってきたのだと感じさせられる。
そのまま朝の空気を満喫しながら一分ほど歩けば小川へとたどり着いた。
辺りに人の姿は無いので貸し切り状態だ。
小川を流れる水の細流を聴いていると、花畑の間を流れる水路の事を思い出す。
そうやってまた感傷に浸りかけた自分を少し鼻で笑い、目の前を流れる済んだ水へと屈んで手をつける。
「ああ、さっきのおばさんが言ってた通りちょっと冷たいな」
ちょっとというよりかなり冷たいが、目を覚まして余計な思考を振り払うにはこれくらいの方が良いだろう。
手で皿を作って水を掬い取り、顔を洗っていく。
手で感じるよりも冷たく感じて一瞬体がビクリと震えるが、一度、もう一度と顔に水をかける度に、思考は目の前を流れる川の水のように澄みわたっていく。
(そうだ。別に心に穴が開いたわけじゃない……。これは"広がった"だけだ)
自分の世界が広がっただけだ。
まだその広がった世界に入る思い出がないだけなのだ。
(そもそもあの森を出た理由の一つが"広げて"そこを"埋める"ためだもんな……)
自分の目的を再確認したところで、マジックバッグからタオルを取り出して顔を拭く。
拭き終わったタオルを小川に浸けて軽く洗ってから水気を絞り、今度はキュウとテッチの顔を拭いてやる。
そうしてもう拭き終わるという頃に、澄んだ空気を伝って甲高い鳴き声が聞こえ、テッチの頭の上に一羽の鳥が舞い降りた。
「ピィッ!」
「おはようロンド。君も拭いてほしいのかい?」
「ピピィッ!」
鳥の正体はロンドで、どうやらこの子も洗顔をご所望のようだ。
ロンドがここにいるという事はつまり――
「ちょっとロンド。急に飛んでいかないで――って、タケルくん!? お、おはようございます!」
「ああ、おはようソフィア。早いね」
宿の方面からこちらに小走りで来たソフィアに挨拶をする。
彼女も顔を洗いに来たのだろうか。
「タケルくんこそ早いですね。人が居るなんて思いませんでした」
ロンドの顔を優しく拭いてやりながらソフィアの方を見る。
「ソフィアも顔を洗いに来た――ってわけじゃなさそうだね。散歩かい?」
彼女の端正な顔に寝ぼけたような様子はなく、それどころかその透き通るような翡翠色の髪をしっかりと整えて、オレンジ――ではなくアポロ色のリボンでワンサイドアップに結われている。
外出時の身だしなみは完璧と言ったところか。
流石は女の子である。
「いえ、私はロンドがやたら外に行きたがるので連れ出したんですけど、そのままこちらに向かって飛んで行ったものですから……。どうやらタケルくん目当てだったみたいですね」
「ピィッ♪」
気分よさげに鳴くロンドを見て、ソフィアは冗談めかして少しむくれた。
「まったく……。契約者としては少し妬けちゃいますね」
「ははっ。まあたぶん親戚のお兄さんくらいの感覚なんじゃないかな? この子の親愛はちゃんとソフィアに向いてるみたいだし。目新しさから僕の方に来てるだけだと思うよ?」
親戚のお兄さんなんていなかった自分に何故この感覚がわかるのかと言うと、ロンドからそう感じるからに他ならない。
本当に不思議な感覚だ。
「じゃあ私もキュウちゃんの親戚のお姉さんになります! ほらおいでキュウちゃん!」
「キュ? キュキュウッ♪」
名前を呼ばれたキュウはソフィアに飛びついて頬ずりをし始めた。
(むむっ……! これは確かに少しばかりジェラシー……)
旅のついでにキュウの魅力を世界中に広めようと画策していたのだが、少しばかり規模を考え直さなければいけないかもしれない。
「人気が出すぎると一緒に居られる時間が減るかもしれないもんな……」
「ん? タケルくん今何か言いました?」
「え? いや、何でもないよ。――そろそろ宿に戻ろうか」
一緒に居られる時間が減るのは寂しいが、きょとんとするソフィアの腕に抱かれたキュウの楽し気な様子を見ると、キュウが楽しいのならばそれで良いとも思えた。
そう思えたからこそ、確と理解できたのだろう。
(そうか……。おじいちゃんもきっと、ソフィアたちと話す僕を見て――)
「あの、タケルくん?」
「――へ? ああ、どうかした?」
「その、髪に寝癖が付いてますよ?」
「え? どこどこ?」
「あっ、もうちょと後ろです」
ソフィアの指示に従って手探りで寝癖を探すと、確かに寝癖が付いていた。
しかも恐らく結構盛大な寝癖だ。
(これ……たぶん宿のおばさんにも見られてるな……)
この状態で話していたのだと思うと少し恥ずかしくなってきた。
急いで手を水で濡らして手櫛で直そうと試みるが、思いのほか頑固でなかなか直らない。
「あれ……? 頑固な奴だな……」
そんな自分を見かねたのか、ソフィアが少し笑みを漏らしながら近づいてきた。
「ふふっ。ちょっと良いですかタケルくん?」
「え? あ、うん」
自分の許可を得ると、ソフィアが右手を寝癖の部分にゆっくりと髪の流れに沿うように当ててきた。
ほんのりとしたぬくもりから察するに、何かしら魔法を使ってくれているようだ。
だがまあ傍から見ると、きっと頭を撫でられているようにしか見えないだろう。
(早朝で人が居なくて良かった……)
「――はい。直りましたよ」
「あ……ありがとう……。今のは魔法?」
寝癖のあった場所を触ってみると、確かに寝癖はなくなっており、それどころか水気まで無くなっている。
ドライヤーで乾かした後のような状態だ。
「はい! 火と水と風の合成魔法です。ちょっと難しいですけど、コツさえ掴めば簡単ですよ!」
「合成魔法か……。良かったら後で教えてくれない?」
「もちろん良いですよ! 他にも気になる事とかあったらどんどん聞いてくださいね!」
「うん。ありがとう。助かるよ」
寝癖も直ったところで、二人で他愛のない会話をしながら宿へと戻ったのであった。
そう呟きながら宿の外へと出て、小川へと向かった。
外の気温は森よりも幾分か暖かいような気もするが、それほど差があるわけではない。
しかし明らかに森の空気と違うと感じるのは、ひんやりとした空気に混じる周辺の家から香る準備中の朝食の匂いと、それに伴う生活音のためだろう。
こうも人の気配を感じられる朝というのは実に久しぶりで、自分が社会生活の中に戻ってきたのだと感じさせられる。
そのまま朝の空気を満喫しながら一分ほど歩けば小川へとたどり着いた。
辺りに人の姿は無いので貸し切り状態だ。
小川を流れる水の細流を聴いていると、花畑の間を流れる水路の事を思い出す。
そうやってまた感傷に浸りかけた自分を少し鼻で笑い、目の前を流れる済んだ水へと屈んで手をつける。
「ああ、さっきのおばさんが言ってた通りちょっと冷たいな」
ちょっとというよりかなり冷たいが、目を覚まして余計な思考を振り払うにはこれくらいの方が良いだろう。
手で皿を作って水を掬い取り、顔を洗っていく。
手で感じるよりも冷たく感じて一瞬体がビクリと震えるが、一度、もう一度と顔に水をかける度に、思考は目の前を流れる川の水のように澄みわたっていく。
(そうだ。別に心に穴が開いたわけじゃない……。これは"広がった"だけだ)
自分の世界が広がっただけだ。
まだその広がった世界に入る思い出がないだけなのだ。
(そもそもあの森を出た理由の一つが"広げて"そこを"埋める"ためだもんな……)
自分の目的を再確認したところで、マジックバッグからタオルを取り出して顔を拭く。
拭き終わったタオルを小川に浸けて軽く洗ってから水気を絞り、今度はキュウとテッチの顔を拭いてやる。
そうしてもう拭き終わるという頃に、澄んだ空気を伝って甲高い鳴き声が聞こえ、テッチの頭の上に一羽の鳥が舞い降りた。
「ピィッ!」
「おはようロンド。君も拭いてほしいのかい?」
「ピピィッ!」
鳥の正体はロンドで、どうやらこの子も洗顔をご所望のようだ。
ロンドがここにいるという事はつまり――
「ちょっとロンド。急に飛んでいかないで――って、タケルくん!? お、おはようございます!」
「ああ、おはようソフィア。早いね」
宿の方面からこちらに小走りで来たソフィアに挨拶をする。
彼女も顔を洗いに来たのだろうか。
「タケルくんこそ早いですね。人が居るなんて思いませんでした」
ロンドの顔を優しく拭いてやりながらソフィアの方を見る。
「ソフィアも顔を洗いに来た――ってわけじゃなさそうだね。散歩かい?」
彼女の端正な顔に寝ぼけたような様子はなく、それどころかその透き通るような翡翠色の髪をしっかりと整えて、オレンジ――ではなくアポロ色のリボンでワンサイドアップに結われている。
外出時の身だしなみは完璧と言ったところか。
流石は女の子である。
「いえ、私はロンドがやたら外に行きたがるので連れ出したんですけど、そのままこちらに向かって飛んで行ったものですから……。どうやらタケルくん目当てだったみたいですね」
「ピィッ♪」
気分よさげに鳴くロンドを見て、ソフィアは冗談めかして少しむくれた。
「まったく……。契約者としては少し妬けちゃいますね」
「ははっ。まあたぶん親戚のお兄さんくらいの感覚なんじゃないかな? この子の親愛はちゃんとソフィアに向いてるみたいだし。目新しさから僕の方に来てるだけだと思うよ?」
親戚のお兄さんなんていなかった自分に何故この感覚がわかるのかと言うと、ロンドからそう感じるからに他ならない。
本当に不思議な感覚だ。
「じゃあ私もキュウちゃんの親戚のお姉さんになります! ほらおいでキュウちゃん!」
「キュ? キュキュウッ♪」
名前を呼ばれたキュウはソフィアに飛びついて頬ずりをし始めた。
(むむっ……! これは確かに少しばかりジェラシー……)
旅のついでにキュウの魅力を世界中に広めようと画策していたのだが、少しばかり規模を考え直さなければいけないかもしれない。
「人気が出すぎると一緒に居られる時間が減るかもしれないもんな……」
「ん? タケルくん今何か言いました?」
「え? いや、何でもないよ。――そろそろ宿に戻ろうか」
一緒に居られる時間が減るのは寂しいが、きょとんとするソフィアの腕に抱かれたキュウの楽し気な様子を見ると、キュウが楽しいのならばそれで良いとも思えた。
そう思えたからこそ、確と理解できたのだろう。
(そうか……。おじいちゃんもきっと、ソフィアたちと話す僕を見て――)
「あの、タケルくん?」
「――へ? ああ、どうかした?」
「その、髪に寝癖が付いてますよ?」
「え? どこどこ?」
「あっ、もうちょと後ろです」
ソフィアの指示に従って手探りで寝癖を探すと、確かに寝癖が付いていた。
しかも恐らく結構盛大な寝癖だ。
(これ……たぶん宿のおばさんにも見られてるな……)
この状態で話していたのだと思うと少し恥ずかしくなってきた。
急いで手を水で濡らして手櫛で直そうと試みるが、思いのほか頑固でなかなか直らない。
「あれ……? 頑固な奴だな……」
そんな自分を見かねたのか、ソフィアが少し笑みを漏らしながら近づいてきた。
「ふふっ。ちょっと良いですかタケルくん?」
「え? あ、うん」
自分の許可を得ると、ソフィアが右手を寝癖の部分にゆっくりと髪の流れに沿うように当ててきた。
ほんのりとしたぬくもりから察するに、何かしら魔法を使ってくれているようだ。
だがまあ傍から見ると、きっと頭を撫でられているようにしか見えないだろう。
(早朝で人が居なくて良かった……)
「――はい。直りましたよ」
「あ……ありがとう……。今のは魔法?」
寝癖のあった場所を触ってみると、確かに寝癖はなくなっており、それどころか水気まで無くなっている。
ドライヤーで乾かした後のような状態だ。
「はい! 火と水と風の合成魔法です。ちょっと難しいですけど、コツさえ掴めば簡単ですよ!」
「合成魔法か……。良かったら後で教えてくれない?」
「もちろん良いですよ! 他にも気になる事とかあったらどんどん聞いてくださいね!」
「うん。ありがとう。助かるよ」
寝癖も直ったところで、二人で他愛のない会話をしながら宿へと戻ったのであった。
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