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第二章 軍属大学院 入学 編
123.風見鶏からの招待状-Ⅲ
しおりを挟む「ん……ぅん?」
妙な息苦しさを感じて目を開けると、目の前には白桃色の毛玉――キュウがこれまた妙な体勢で転がっている。
仰向けのまま伸びをした様な体勢だが、自分がうつ伏せで寝てしまっていたためか横に向けた顔の鼻の部分にキュウの後ろ脚が強めに当たっており、片方の穴が押しつぶされている。
息苦しさの正体はこれの様だ。
若干の寝ぼけ目のまま、キュウを起こさないように体を起こす。
窓からうっすらとした外の光が入ってきているのを見て、着けっぱなしで寝てしまっていた腕時計で時間を確認してみると、時刻は朝の五時を少し過ぎた辺りだった。
「ワウ」
「ああ、おはようテッチ」
キュウを起こさないためか控えめな大きさで吠えるテッチに挨拶を返す。
いつもならば三人で地下の実験場へと向かって朝の特訓を開始するのだが――
「ごめんテッチ、今日はもうちょっと後で良いかな? 何だかまだ疲れがとれきってないみたいでさ……」
昨日、今までにないほど長時間脳や体を酷使し続けたためか、たっぷり寝たというのに何となく体がまだだるいままだ。
森でおじいちゃんと一緒に暮らしていた頃にも、特訓のレベルを引き上げられる度にこの様な事になっていたが、大概数時間も経てばいつもの調子に戻っていたので、今回もその内に治るだろう。
「ワウッ」
「え? 何で?」
「ワワウ、ワウワウ」
「あぁ、なるほど……」
一時間程度はやる気でいたのだが、テッチが「今日は朝の特訓は無しで良い」的な事を言ってきたので理由を尋ねると、「どうせ今日もティストさんに扱かれるから疲れている時に無理をする事は無い」のだそうだ。
(ってか、今日もアレやるのか……)
学院長だというから色々忙しいのではと思っていたが、実はティストさんは暇なのだろうか。
特訓をつけてくれるのは本当にありがたいのだが、そのうち治るとはわかっていても今の妙な疲労状態では憂鬱に感じてしまう。
何か気分転換になるような事でもないだろうか。
キュウはまだ寝ているので、わざわざ起こしてお風呂に入るというのも忍びない。
「そうだテッチ、ちょっと庭を散歩でもしようよ」
よくよく思い出してみればまだこの屋敷の花畑をちゃんと見ていなかった。
別に花に詳しいわけではないのだが、森の家で毎日の様に見ていたためか花を見るの自体が好きになったのだ。
気分転換にはもってこいであろう。
自分の言葉を聞いたテッチは特に何も言う事も無く部屋の出口へと向かう。
尻尾を左右に楽し気に振っているので、恐らく了解してくれたのだろう。
伸びをやめて今度は丸まって寝ているキュウを起こさないように両手で持ち上げて抱き、テッチの後について庭へと向かった。
玄関の扉を開けるて外に出ると、室内と比べると随分と冷たい空気が素肌を刺激し、吸い込んだ空気がまだ少しだけ惚けていた脳を覚醒させていく。
冷たい空気によって思考が澄んでいく感覚に心地よさを覚えながら、そよ風に揺られながら朝露を煌めかせて揺れる花々を見渡す。
そうして区切られた花と花の間を歩いていると、テッチがある一角で立ち止まっているのが目に入る。
その一角には周りより一際小さい、しかしその分だけ大量に咲く暖かい色をした――アポロの花が咲いていた。
「……確か、おばあちゃんが好きな花なんだったっけ?」
「ワウ……♪」
自分の問いに、テッチは静かに声を弾ませる。
何かを懐かしむ様なその鳴き声は、楽し気でありながら少し寂し気で、次になんと声をかけて良いものか戸惑ってしまう。
(いや……別に無理に声をかける必要もないか……)
花の前で伏せ、視線の高さを合わせながら静かに尻尾を揺らすテッチの隣に自分も座り込んで一緒に花を眺めた。
照り出した日の光を背中に感じているとふと思いたち、ピカレスの触媒と共に首に下げているソフィアから貰ったペンダントを取り出して見比べてみる。
一年水晶と呼ばれる小さな水晶の中にある種は、まだ数日ということもあり全く成長した様子は見られないが、それはまあいい。
今気になっているのは、いくらアポロの花が小さな花だとはいえ、とてもこの水晶の中に納まりきるとは思えないという点だ。
(何かの魔法で縮小でもされるのかな? まあそれもお楽しみか……)
そんな事を考えていると、特訓のためにと常に感知しようと試みている魔力感知で自分の知り得ぬ魔力を感じた。
それは上空よりこちらに向かってきている様でそちらへと目を向けると、露天風呂へと向かう花弁の道を掻き分けながら一羽の深緑の小鳥――いや、深緑の魔力で形作られた小鳥が何かを嘴に携えて舞い降りてきた。
少し身構えたが、当然の如くその存在に気が付いているテッチが特に警戒する様子も無いので自分も降りてくるのを待っていると、いくらか花弁を引き連れてきたその小鳥は自分の前に着地する。
嘴に携えているのはどうやら手紙の様で、小鳥はその手紙を自分の前に落として会釈するかのように一礼すると、アポロの花の隣に咲いている赤い花を器用に一輪嘴で摘んで再び飛び立っていってしまった。
何が何だかわからず目を白黒させていると、後方からハヴァリーさんの声が聞こえてきた。
「ほっほ、おはようございますタケル様、テッチ殿……キュウ殿はまだおやすみのご様子ですな。今しがた風見鶏――いえ、ディムロイ様の魔力を感じたのですが……ああ、なるほど。どうやら招待状を届けにきてくださったのですな」
この状況を見ただけで概ね何が起こったのか把握したらしい。
ディムロイというと確か、ソフィアの曽祖父の名前であっただろうか。
「って事はこれが招待状なんですか?」
「はい、封蝋の紋章もラグルスフェルト家のものでありますし、何より届けてくださったのがディムロイ様でありますからな。まず間違いないでしょう。それでは僭越ながら先に失礼して……」
そう言うとハヴァリーさんは手紙の封を開けて中を確認しはじめた。
「ふむふむ……。なるほどなるほど……。件のパーティーは三日後の夕刻五時より催される様でございますぞタケル様」
中の招待状とやらをこちらに差し出され、自分も内容に目を通す。
漢字仮名交じりの文章で書かれたその丁寧な文章には、確かにその通り書かれている。
(あれ? 今度は何も流れ込んでこないぞ……?)
不思議に思っていると、その様子を見て察したのかハヴァリーさんが答えをくれる。
「ほっほ、その手紙は普通の手紙ですぞ。思念付きの手紙は少々手間がかかりますので、文字だけでは伝えきれぬ様な内容の時くらいしか使わないのでございます」
「ああ、なるほど……」
納得しつつ再び招待状へと目を落とす。
普通に読めはするのだが、所々なんだか微妙に字の形が違っていて少しむず痒くなる。
「キュァ~……キュ?」
そうこう考えているとようやくキュウが目を覚まし、何故外にいるのかわからず困惑しはじめる。
寝ぼけ目のキュウも実に可愛い。
「ああそういえば、三日後って結構急ですけど、服の方は……?」
「もちろん出来上がっておりますよ。後で試着の方をいたしますかな?」
「も、もちろんなんですね……。じゃあ今からお風呂入りに行きますからその後お願いできますか?」
「かしこまりました。それでは準備してお待ちしておりますな」
「はい! テッチもお風呂入る?」
「ワウッ♪」
「よし! じゃあ行こうか!」
「キュウ~?」
(オーダーメイドの服って数日で作れるものなのか……?)
驚き交じりの疑問は尽きないが、ハヴァリーさんが嘘をつくはずもないのでとりあえず試着のお願いをしてから、先ほどまでの静かな雰囲気から一変して実に楽し気なテッチと、未だに寝ぼけ目のキュウと共に朝風呂へと向かうのであった。
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