赱馬燈

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「荒唐無稽とも思える話ですが、疑わしすぎるからこそ信じるしかないのでしょうね。しかし放免というわけにはいきませんので暫くは監視を兼ねてここで過ごしてもらいます」
「あら。こちらへ住まわせていただけるのですか。ありがとう存じます」
「住まわせることにはなりますが、神殿は国営施設ですから血税で無駄飯食らいを養うことはできません。下働きくらいはしてもらいますよ」

 立襟祭服のおじいさまは大神官というお役職の責任者様でございました。どうやらおじいさまの権限でわたくしをこちらの神殿へ住まわせてくださるご様子です。当面の生活を保証していただけるのでしたら働くことに否やはございません。
 下働きというお仕事は所謂雑用のことと存じます。よき妻となるための花嫁修業の一環といたしまして、わたくしは幼い頃からひと通りの家事をご指導いただいておりました。力や専門技術を要するお仕事は難しいですけれど、何かしらできますことはございましょう。



「少々暖がお強く存じますけれど、こちらでは日頃からこれほどまでに暖かくあそばしますのでしょうか」
「熱気は感じますが七月にしてはまだ涼しいですよ。これから夏の盛りですからもっと暑くなります」
「一月は冬の盛りではございませんか」
「いちではなく、ななです。七月七日ですよ」
「まあ。たいそう暖かいとは存じましたけれど、こちらはもう棚機でございましたか」
「たなばた、とは耳慣れない言葉ですね。何を意味する言葉なのでしょう?」
「言葉の意味は説明が難しいのですけれど、棚機は、とあるご夫婦のお姿を夜空の星に準えましたお伽噺に基づく風習でございます」
「なるほど。神の領域に在る星に準えるなど恐れ多くて私どもにはできません。世界が異なるからこそ生まれたお伽噺なのでしょうね」
「目に映る星の並びも異なるやもしれません」
「興味深いですね。どのようなお噺か伺っても?」
「わたくしは専門家ではございませんので概要程度でよろしいでしょうか」
「充分ですよ」
「では簡単にお話しいたします。その昔、大企業での社内恋愛の末にご結婚あそばしました共働きのおしどりご夫婦がいらっしゃいました。たいそう仲睦まじいご夫婦はお仕事の最中に逢い引きをお重ねあそばしまして、お仕事に身がお入りにならないご様子を見かねました社長から直々にお叱りをお受けになりましたけれど、そのご夫婦は社長の愛娘様とお婿様でしたので解雇は戸惑われる事案でございました。社長はご思案の末にお婿様へお在方の畜産部門への転属の辞令を発令あそばしましたけれど、年に一度のみ日帰りでの帰省をお許しになりまして、ご夫婦は毎年の七月七日に再会あそばすご温情を賜りましたというお噺でございます」
「まさしく別世界のお伽噺ですね。こちらの世界にも鴛鴦夫婦が増えていますが、離れた相手を顧みるようなことはありません」
「あら。やはり仲睦まじいご夫婦でも物理的な距離は抗し難いのでしょうか」
「鴛鴦は一年毎に違う相手と番になることから移り気の象徴とされています。その鴛鴦のような夫婦なのですから遠く離れてしまえばそれまでです。人の噂は二ヶ月半とも言いますし、すぐに忘れて新しい相手を見つけるだけですよ」
「……左様でございますか」
「こちらの常識とは異なる不思議なお噺ですが、お伽噺に示されている日に貴女が来訪されたことには何らかの関連があるのでしょうか」

 所変われば品変わると申します。言葉は通じておりますけれど、神様は日本とは別の世界と仰りました。国どころか世界そのものが異なるのです。時には常識が異なることもございましょう。
 世の中には、存じ上げなくとも差し障りが生じる機会の少ない知識もございます。時には知識を得る機会を逸しました方が平穏に過ごせますこともきっとございましょう。この世界に於けますおしどりご夫婦の実状に関しましては、わたくしの耳には不達でしたことといたしたく存じます。



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