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第2章

魔法を求める旅路

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 改めて、ルミナ王女が何の為に旅をしたかを説明しよう。

 王女の旅は怨竜ネメシスの消滅が最終目的だが、ただの魔法ではネメシスを倒すことはできないことが分かっていた。「朝露」という秘宝と「イデア」という魔法が必要で、まずはそれを探す旅として始まった。
 朝露とは何か。そしてイデアとは何か。これらを理解するには魔法の仕組みについて今一度理解する必要がある。恐らく本稿を読んでいる方は魔法訓練学校を卒業していると思うが、解説の為ここでおさらいする。

 一般的に、魔法とはそこかしこにあるとされる精霊から「動」の力を借りる事である。「動」の力は、例えば火を「起こす」ことや、起こした火を「操る」といった、現象を引き起こすものを指す。
 精霊には属性があり、操れる魔法の属性は一人につき平均で二種類ほどが限界と言われる。現象学の参考書ではないので詳細な解説は割愛するが、「イデア」とは対応する属性の魔法を操るにあたり、精霊の出力を集中させる最大の魔法である。精霊には出力の限界があるので、イデアを使用すると規模に応じて、周辺から順にその属性の魔法を使うことができなくなる。イデアの所有者は精霊が選ぶので、選ばれない者は当然使うことができず、先に所有者がいるとその所有者が生きている限り、誰かが新たに所有者として選ばれることはない。イデアを使う獣はゼニスに一人のみという法則である。
 ではイデアの力はどれ程のものかというと、使用者が魔法を使うのに最高の素質を持っていて、それを最大級に活かす場合、水属性のイデアでは理論上海を持ち上げ大陸を沈めることができる。火のイデアではゼニスを火の星にしたり、土のイデアでは大陸の形を変えることもできたりと、災害を超え神の所業にも等しい力を得られるのである。ただ、安心できることにイデアの所有者に選ばれる者は、生涯をかけても前述したような大災害を引き起こす規模のイデアを使いこなす事は難しい。

 そもそも魔法の使用には、肉体的な負担が大きいという側面がある。過剰使用は頭痛を引き起こし、視界が暗くなったり、失神することもある。慢性的になると転げ回るほどの酷い頭痛が続いて、失明したり、最悪の場合死に至る可能性もあることが分かっている。
 普通は初期段階の頭痛が始まった時点で使用を止めるものだが、頭痛やその後の異変に無知覚になることで、自身の限界を越えてより複雑な魔法の使用を可能とさせるのが「朝露」と呼ばれる、特殊な植物の抽出液である。これを一滴でも口にすると、鼓動が速くなって、全身が舞い上がるような感覚に包まれる。少し経てば、この高揚感が尋常ではない集中力に変わるという。その代償に、三滴飲めば三日で死ぬとも言われるとても危険な代物だ。ヤルダバオートを含め、オーネ大陸にはこの「朝露」の効力はおろか、「朝露」という秘宝がどういう物であるかが記された本が少なく、「魔法の効力を最大まで高める伝説上の宝具」という認識がされていた。

 この二つを手に入れる事でようやくネメシスを倒せる算段であったが、ルミナ王女の旅は王家側の思惑通りとはいかなかった。
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