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第1章

従者たち2

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 レザエルもムシュフシュもイーゼスも、集団生活と森の生活、双方に慣れていた。道中の彼らは護衛というよりも、専ら宮殿の外に不慣れだったルミナ王女とアノールに外の世界の歩き方、楽しみ方を教えていたそうだ。不安定になりやすいこの旅では、それが互いに支え合う為に一役買っていたのである。

 中でもムシュフシュは旅において楽しむことを重視していたが、かなり奔放な性格だったようで、雪に興奮して雪遊びのし過ぎで寝坊したり、近道だからという理由で川を泳いで渡ろうとする(アノールは鎧が重くて泳げない)などし、しばしば仲間を困らせ注意を受けていたらしい。彼は仲間たちが傷ついた際には積極的に励ます前向きな心を持ち、突飛なアイデアのお陰でいざという時には全員が彼に助けられることもあった。多少の疲れや怪我ならば、彼の一声が皆に勇気を与えることができた。

 しかしながら深刻な心の傷には彼のような明るさではなく、理解者と共感が必要である。そんな繊細な優しさを持っていたのがレザエルであった。普段は道中を先導して歩いたり、危険が迫ればその回避方法をいち早く捻り出し全員の安全を確保するなど、一行の中で随一の判断力を発揮する人物である。ムシュフシュとは対照的でいつも冷静だが、彼は静かなだけで誰にとって何が必要なのかを的確に把握していた。他者の様子や気持ちに敏感で、イーゼスが骨折した時もいつもと違う彼女の様子に気づき、しばし旅を休息をする方向へ全員を傾けさせた。ルミナ王女が酷く傷心した際には、何も語らず側にいることを徹底し、完全に立ち直るまでそれを続けたという。

 近衛軍団の一兵士として常に側にいたのはアノールも同じではあるものの、彼は忠実で絶対的な主従関係を壊すことはできなかった。レザエルやムシュフシュにも最初は距離を置いていて、一部の文献では彼らを信用できるようになったのは随分後で、それまでは夜も眠らず王女を守っていたとも記されている。それまでも誰かと打ち解けることが苦手だった彼は、兜を脱がず素顔もあまり見せなかった。しかしムシュフシュがめげずに彼とコミュニケーションを図ろうと話しかけ続け、いつしか彼は兜を脱いで他の仲間たちとも笑いながら話すことができるようになる。

 ムシュフシュとはまた違った意味で懐っこいことで知られるイーゼスも、実はツィンズィ以外の獣と関わったことが無く、いつも暗い顔をしていたそうだ。彼女を仲間に迎えようと提案したのはムシュフシュだが、当初のアノールとレザエルは反対していた。彼女は誰より戦いを嫌い、戦いの経験が乏しかった為だ。イーゼス自身も当初、ツィンズィから離れる口実として王女一行を利用しようとしたのだが、ルミナ王女があまりに親身に過去の話を聞いてくれるので惚れ込んでしまったという、意外と単純な性格の持ち主である。王女に付いて行きたい熱意を伝え、仲間に加わると、王女には特別今まで旅をした地域のことやツィンズィのことを話し、初日はそれだけで朝を迎えてしまったという。レザエルやアノールとは中々打ち解けられなかったが、ムシュフシュとは旅をするにつれ急激に親密になり、余程気が合ったのか、実際にこの二人の様子を見たことのある人物は兄妹と見間違えることが多かったようだ。

 王女一行の道中を垣間見ると、微笑ましい場面も見受けられ、彼らは旅を楽しんでいたことが分かる。しかし彼らの楽しい日々は旅のほんの一部分に過ぎない。少しでも一緒に楽しみながら旅をしたいという、ルミナ王女への気遣いも含まれた彼らなりの足掻きであった。
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