10 / 17
桜の樹を見て想うとき
09
しおりを挟む
裏の庭に一本桜の樹が植わっていた。簡素なライトを設置して地上から照らされる桜の樹を、仕事が終わって夜に一人眺めるのが好きだった。和室の縁側に椅子を持って行き、そこに腰掛け紅茶を飲む。
人が無心になるのは訓練が必要なんだと、以前思ったことがある。明日の仕事のことも何もかも考えなくて良い夜に、この場で体験をした。何かを考えたり悩んだり、はたまた夢を想像しても、今この瞬間に無力であればそれがストレスになる。
明日の仕事の材料や新しいメニューを考えても、答えが出なければ心がスッキリしない。例え、新しいメニューが思い浮かんだとしても、それを早速試してみないと同じくスッキリしない。
子供の様に、明日の遠足を思い浮かべながら眠りにつく。そんな当たり前だった事が出来なくなった。それが性格なのか年齢によるものなのか、将来への不安から来るものなのか答えは出なかった。だから、何も考えないという無駄な抵抗はせず、何かに集中をすることに気づいた。それが、ライトに照らされる桜の樹を見ることである。
人が花見をする程の花びらはないが、逆に自分にはこれくらいが丁度良い気分だった。じいちゃんが残してくれた宝物の一つと勝手に決めている。
揺れる花びらを見たり、桜の樹全体を見たり交互に視線を変える。
晩酌をしない俺は紅茶のおかわりが増える。春の夜に温かい紅茶がとても良く合っていた。
毎年、一年の内でどれくらいの期間、桜は人々の心を癒してくれるのだろうか。蕾を付けたくらいから日に日に楽しみの気持ちは増してくる。例え散る時期が来たとしても、また来年への楽しみとして、その樹をずっと眺めている。そうやって、この庭で育った桜の樹は人の心でも咲き続ける。そう、今でも天国のじいちゃんには、この桜が見えてる筈だ。毎年見ていた桜は、じいちゃんの心の中でも永遠に咲き続けるんだ。
毎年、当たり前の様に開花して、当たり前の様に散っていくまで、この庭の片隅で桜の樹は存在していた。来年もまた、同じように当たり前の光景が見れると思っていたじいちゃんは、天国へ旅立った。
伐採されない限り、枯れるまで桜の樹は毎年人々を喜ばせる。
当たり前のことを、来年も同じように人が体験できる保証は何処にもない。
年齢と共に近づいてくる寿命に、心の何処かで覚悟は決めていたのかもしれない。それでも、春を迎える度に喜びを感じ、また来年への希望と覚悟を同じポケットに入れなければならない。
「若いうちはなんでもできる。なんにでも挑戦するが良い。時間は永遠にあるが、無駄にしてよい時間は一つも無い」
俺が東京に出たい夢を語った時に背中を押してくれた言葉。
じいちゃんはやり残したことは無かったのだろうか?
俺は、今という時間を精一杯生きているのだろうか?
永遠に続くと思っている時間。年寄りのように来年の開花を心配するはずもない。だけど……。
無機質な性格から、毎日を淡々とこなす生活。そこに刺激を求めていないし、不満でもない日々。
「なるようになる」
いつからか、深く考えるのを止め、何処か冷めた風な感じで物事に当たってきた。
難しく考えても、浅はかな時でも、時間は流れ物事は終息に向かう。これが自然なんだとわかった風な口をきく。
独りでいることの自由さと、孤独感の丁度良い位置で俺は過ごしてきただけだった。
お客さんとの適度な会話。仕事以外の独りの時間。この状態とこの気持ちが永遠に続く人生だと思っていた。
この桜の樹が枯れるまで、毎年蕾を付けて開花する。枯れるなんて微塵も思わない当たり前の出来事の様に……。
桜井さんと出合うまでは……。
人が無心になるのは訓練が必要なんだと、以前思ったことがある。明日の仕事のことも何もかも考えなくて良い夜に、この場で体験をした。何かを考えたり悩んだり、はたまた夢を想像しても、今この瞬間に無力であればそれがストレスになる。
明日の仕事の材料や新しいメニューを考えても、答えが出なければ心がスッキリしない。例え、新しいメニューが思い浮かんだとしても、それを早速試してみないと同じくスッキリしない。
子供の様に、明日の遠足を思い浮かべながら眠りにつく。そんな当たり前だった事が出来なくなった。それが性格なのか年齢によるものなのか、将来への不安から来るものなのか答えは出なかった。だから、何も考えないという無駄な抵抗はせず、何かに集中をすることに気づいた。それが、ライトに照らされる桜の樹を見ることである。
人が花見をする程の花びらはないが、逆に自分にはこれくらいが丁度良い気分だった。じいちゃんが残してくれた宝物の一つと勝手に決めている。
揺れる花びらを見たり、桜の樹全体を見たり交互に視線を変える。
晩酌をしない俺は紅茶のおかわりが増える。春の夜に温かい紅茶がとても良く合っていた。
毎年、一年の内でどれくらいの期間、桜は人々の心を癒してくれるのだろうか。蕾を付けたくらいから日に日に楽しみの気持ちは増してくる。例え散る時期が来たとしても、また来年への楽しみとして、その樹をずっと眺めている。そうやって、この庭で育った桜の樹は人の心でも咲き続ける。そう、今でも天国のじいちゃんには、この桜が見えてる筈だ。毎年見ていた桜は、じいちゃんの心の中でも永遠に咲き続けるんだ。
毎年、当たり前の様に開花して、当たり前の様に散っていくまで、この庭の片隅で桜の樹は存在していた。来年もまた、同じように当たり前の光景が見れると思っていたじいちゃんは、天国へ旅立った。
伐採されない限り、枯れるまで桜の樹は毎年人々を喜ばせる。
当たり前のことを、来年も同じように人が体験できる保証は何処にもない。
年齢と共に近づいてくる寿命に、心の何処かで覚悟は決めていたのかもしれない。それでも、春を迎える度に喜びを感じ、また来年への希望と覚悟を同じポケットに入れなければならない。
「若いうちはなんでもできる。なんにでも挑戦するが良い。時間は永遠にあるが、無駄にしてよい時間は一つも無い」
俺が東京に出たい夢を語った時に背中を押してくれた言葉。
じいちゃんはやり残したことは無かったのだろうか?
俺は、今という時間を精一杯生きているのだろうか?
永遠に続くと思っている時間。年寄りのように来年の開花を心配するはずもない。だけど……。
無機質な性格から、毎日を淡々とこなす生活。そこに刺激を求めていないし、不満でもない日々。
「なるようになる」
いつからか、深く考えるのを止め、何処か冷めた風な感じで物事に当たってきた。
難しく考えても、浅はかな時でも、時間は流れ物事は終息に向かう。これが自然なんだとわかった風な口をきく。
独りでいることの自由さと、孤独感の丁度良い位置で俺は過ごしてきただけだった。
お客さんとの適度な会話。仕事以外の独りの時間。この状態とこの気持ちが永遠に続く人生だと思っていた。
この桜の樹が枯れるまで、毎年蕾を付けて開花する。枯れるなんて微塵も思わない当たり前の出来事の様に……。
桜井さんと出合うまでは……。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる