余命百日の僕は庭で死ぬ

つきの麻友

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桜の樹を見て想うとき

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 裏の庭に一本桜の樹が植わっていた。簡素なライトを設置して地上から照らされる桜の樹を、仕事が終わって夜に一人眺めるのが好きだった。和室の縁側に椅子を持って行き、そこに腰掛け紅茶を飲む。

 人が無心になるのは訓練が必要なんだと、以前思ったことがある。明日の仕事のことも何もかも考えなくて良い夜に、この場で体験をした。何かを考えたり悩んだり、はたまた夢を想像しても、今この瞬間に無力であればそれがストレスになる。

 明日の仕事の材料や新しいメニューを考えても、答えが出なければ心がスッキリしない。例え、新しいメニューが思い浮かんだとしても、それを早速試してみないと同じくスッキリしない。

 子供の様に、明日の遠足を思い浮かべながら眠りにつく。そんな当たり前だった事が出来なくなった。それが性格なのか年齢によるものなのか、将来への不安から来るものなのか答えは出なかった。だから、何も考えないという無駄な抵抗はせず、何かに集中をすることに気づいた。それが、ライトに照らされる桜の樹を見ることである。

 人が花見をする程の花びらはないが、逆に自分にはこれくらいが丁度良い気分だった。じいちゃんが残してくれた宝物の一つと勝手に決めている。

 揺れる花びらを見たり、桜の樹全体を見たり交互に視線を変える。

 晩酌をしない俺は紅茶のおかわりが増える。春の夜に温かい紅茶がとても良く合っていた。

 毎年、一年の内でどれくらいの期間、桜は人々の心を癒してくれるのだろうか。蕾を付けたくらいから日に日に楽しみの気持ちは増してくる。例え散る時期が来たとしても、また来年への楽しみとして、その樹をずっと眺めている。そうやって、この庭で育った桜の樹は人の心でも咲き続ける。そう、今でも天国のじいちゃんには、この桜が見えてる筈だ。毎年見ていた桜は、じいちゃんの心の中でも永遠に咲き続けるんだ。

 毎年、当たり前の様に開花して、当たり前の様に散っていくまで、この庭の片隅で桜の樹は存在していた。来年もまた、同じように当たり前の光景が見れると思っていたじいちゃんは、天国へ旅立った。

 伐採されない限り、枯れるまで桜の樹は毎年人々を喜ばせる。

 当たり前のことを、来年も同じように人が体験できる保証は何処にもない。

 年齢と共に近づいてくる寿命に、心の何処かで覚悟は決めていたのかもしれない。それでも、春を迎える度に喜びを感じ、また来年への希望と覚悟を同じポケットに入れなければならない。

「若いうちはなんでもできる。なんにでも挑戦するが良い。時間は永遠にあるが、無駄にしてよい時間は一つも無い」

 俺が東京に出たい夢を語った時に背中を押してくれた言葉。

 じいちゃんはやり残したことは無かったのだろうか?

 俺は、今という時間を精一杯生きているのだろうか?

 永遠に続くと思っている時間。年寄りのように来年の開花を心配するはずもない。だけど……。

 無機質な性格から、毎日を淡々とこなす生活。そこに刺激を求めていないし、不満でもない日々。

「なるようになる」

 いつからか、深く考えるのを止め、何処か冷めた風な感じで物事に当たってきた。

 難しく考えても、浅はかな時でも、時間は流れ物事は終息に向かう。これが自然なんだとわかった風な口をきく。

 独りでいることの自由さと、孤独感の丁度良い位置で俺は過ごしてきただけだった。

 お客さんとの適度な会話。仕事以外の独りの時間。この状態とこの気持ちが永遠に続く人生だと思っていた。

 この桜の樹が枯れるまで、毎年蕾を付けて開花する。枯れるなんて微塵も思わない当たり前の出来事の様に……。

 桜井さんと出合うまでは……。

 
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