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第十一章 夜明けのホワイトクリスマス

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「帰っちゃったね」

「そりゃ迎えに来てたんだからね」

 親の車で来てたカオリ君が詩織さんを乗せて帰るのを二人で見送った。面倒見が良いにもほどがあるほど親切だったが、これが友達なのか親友ならば当然なのだろうか。

「お兄ちゃん、凄い約束してたけど大丈夫なのぉ?」

「なぁに、心配するな。勝算がなかったら無謀な約束してないよ」

「勝算があるように聞こえるんだけど」

「あぁ。二月頃にある昇進試験は簡単な筆記試験と上司の推薦があれば大丈夫。うちの係は俺を含めて昇進コースを嫌がってる者が多いからな、今迄真面目に勤めてたら競争はなく合格できるさ」

「そんなものなの?」

 昇進したところで雑用が増えるだけで手当に見合っていないというのがもっぱらの噂、というか事実だから皆嫌がるのだろう。

 ただ、その昇進を通って行かなければ当然だが役職への道は無い。特例も近道もなく誰もが通らなければならないものなのだ。

 要はそうやって会社に順従な社員を育ててより強力な社畜を増やそうってことなのだろうけど、それに見合っているかどうかはわからないが、手当が付き給与が増えるのは間違いないのだ。

 給与、つまり金で魂を売るのかと問われたら悪者に聞こえるが、それに見合った生活が手に入るのなら敢えて悪に染まろうというのが俺の答えだ。

 社長の座を奪ってやろうとか思ってもいないし、高卒の俺が昇進してもたかが知れているのは、全国どこでも学歴社会が示してくれているので、わが社も例に漏れない。

 まずは一歩を踏み出す勇気と決断と行動が大事なんだ。後はなんとかなるだろうというのが今の俺の正直な気持ちだ。

「大好きな有給休暇が使えなくなっちゃうね」

「使いにくくなるってだけで使えないことはないし、今後の法案で今より悪くはならないだろうし、それに……」

 言いかけて俺は止めた。もし上手く行けば一人で温泉に行く頻度も減るだろうし、自然と有給を使う理由も減ってくるのだ。

 温泉ばかりに行ってられないように、週末など詩織さんとの行動が当たり前になってくるのだろう。

 それは今まで独りだった生活パターンを変えなければならないし、それは雪実のいない生活になるのだ。

 楽しくなる筈の生活、ヲタクの俺が手に入れる可能性は最初で最後かもしれないリア充のチャンス。

 それを手放しで喜べないのは目の前の雪実の事を思ってなのだろうか。

 至福の休日に土足で踏み込んできたあやかしなのに。

 どうして俺はこんなにも気持ちが晴れてこないのだろうか。

 詩織さんを想う気持ちは本当だし、昨日二人で話をして更に好きになった。

 そんな気持ちに詩織さんも俺の方へ揺らいでくれる、後は俺の努力次第で……。

 俺が幸せになっても雪実に寂しい思いをさせないでって気持ちは只の我儘なのだろうか。

 雪実なら、心配ないってあっけらかんと言ってのけるのだろうか。

 それが本音じゃなく俺のことを思って出ていくのなら。

 ただ寝床を利用していただけのあやかしとの関係、ただそれだけ……。

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