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46話 狂気の女

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 ラブレターには可愛らしい丸文字でこう書いてある。

【赤坂拓真様。突然の手紙でびっくりしたと思います。だけど、どうしてもこの重いを伝えたくて手紙を書きました。好きです。大好きです。夜も寝れなくて体が疼くし、目を閉じてもあなたの姿が浮かぶんです。突き合えたら何でもしてあげたいんです……。どうか私と突き合ってくれませんか? 放課後、渡り廊下の下で待ってます。】

 所々漢字の間違いで頭の弱い部分が見えるけど、なんて熱い想いなんだろう。ここ最近、意味不明にモテてるとは感じていたんだよね。だけど最初からこんなにまともな好意をぶつけられたのは初めてだよ。
 ただ、名前が書かれていないのが気になるけど、きっと恥ずかしくてテンパってるうちに忘れたんだろうね。放課後が楽しみだなぁ。


 って思ってた僕が馬鹿だった。

 放課後になって約束の場所に行くとそこには誰もいなくて、クラスのチャラ男やギャル数人が渡り廊下の柵に寄りかかりながら僕を見てゲラゲラ笑いってバカにするような言葉を投げてくる。
 ギャルはこの高さでそんな所に立ってたら僕にパンツを見られるって事に気付いてないのかな?  とても派手なパンツだ。派手派手だ。もう一人のギャルは縞パンだ。シマシマだ。騙されたのはショックだけど、よもやパンツが見れるとは思ってなかった。よもやよもやだ。

「そっか。騙されたんだ。これは嘘のラブレターだったんだ……」

 パンツを凝視してるのがバレるのもアレだから、僕は少し悲しい顔でそう呟く。ここで平気な顔をするとまた何かされそうだしね。彼等の目的はきっと僕を凹ませたいんだろう。理由はきっと渡瀬さん達女の子三人がいつもそばにいるのが気に入らないんだろうね。だからその思惑に乗ってあげるしかない。これが僕の処世術。そのついでにラブレターを破りながら悔しがる姿を見せてあげようとした時、突然僕の後ろから声が聞こえた。

「あら、破いちゃうの? せっかく書いたのに」
「え?」

 声のする方に振り返ると、そこに居たのは渡瀬彩音さん。相変わらず目付きは鋭い女帝の姿。
 なんだろう?  彩音さんがちゃんと喋ってるのを凄く久しぶりに聞いた気がする。だけど今はそれどころじゃない。彩音さんはこのラブレターを自分が書いたって言ったんだ。しかも内容を伝えたらその通りだなんて言ってくる。そんなわけがないのに。僕と突き合うなんて書くはずがないのに!  どういうこと?  まさか僕を助けてくれてるの?  

 何がなんだか分からずに彩音さんの話に乗りつつ、とりあえず驚いたフリをしながら困惑していると、チャラ男と派手パンと縞パンは彩音さんに睨まれてどこかに行ってしまった。

 そして辺りには誰もいなくなり、僕と彩音さんの二人きり。

「えっと……」
「あの人達ね、昨日、あなたを罠に嵌める会話をしていたの」

 僕が何かを言う前に彩音さんはそう言う。なるほど。やっぱり助けてくれたんだね。でもなんでだろう?  普段はあんなに睨むほどに僕を嫌ってるはずなのに。

「ご主人様になる人にそんな事するなんて許せる訳がないわよね」
「………………ん?」

 ん?   今なんて言ったの?  ご主人様?  どういうこと?

「いい機会だから言っておくわね……いえ、言わせてください拓真様。私は貴方の所有物。つまり奴隷になりたいのです」
「どれい」
「はい。拓真様のあの全てをスルーしていく姿。相手の好意を踏み潰していくその態度。そしてそれを私の推しである怜央きゅんのショタバージョンの様なご尊顔でされたら…………興奮します」
「へぇ」
「あぁっ!   その目っ!  その憧れから軽蔑に変わるその目!  あはぁぁぁっ!」

 とても彩音さんの口から出たとは思えないような言葉。それを蕩けた顔で言ってくる。しかも足はガクガクに震えながら太ももを擦り合わせていて、口元にはヨダレも見える様な気がする。

 どうしようかな。凄くここから逃げたい。ダッシュで逃げたい。だけど……だけどこれだけは聞いておきたい。

「……えっとさ?  そう言うのなら、いつも僕を睨んでたのはなんでなのかな?」
「私の呼び名はご存知ですよね?」
「女帝……だね」
「はい。ですからなるべくその呼び名の通りに拓真様に接してその印象を根深く植え付け、その後に本当の私を知ってもらって蔑みの目で見て欲しかったからです」
「へぇ」
「んんっ!  そ、それです。その目です」
「ごめんなさい」

 よし帰ろう。すぐ帰ろう。そして先生に会いに行こう。なんだか知らないけど先生にすごく会いたい気分。僕の片想いの相手が彩音さん?   はっはっは。そんな馬鹿な。そんな記憶は知らない。

「ですよね。きっとそう言うと思っていました。ですが私にはもう一つの願望があるんです。拓真様もきっとそっちなら受け入れてくれるはずです」
「…………一応聞いておくけど、なに?」
「拓真様のママになりたい。私、双子の妹の美織より胸が大きいのでバブみはあると思います。美織が出来ないことも出来ます。拓真様が望むなら姉妹丼だって──拓真様っ!?」
「ごめんなさい無理ですすいませんさようなら」

 僕は全ての力を使って壁を蹴り、渡り廊下の柵に手をかけると力いっぱいに体を引き寄せて二階に上がる。そしてダッシュ。下駄箱目掛けて走るけど、廊下を塞いで歩いてるチャラ男集団がいたので、財布から小銭を出して相手のベルト目掛け弾く。小銭はベルトを切り裂いて廊下に突き刺さり、ベルトが切れたチャラ男のズボンはストンと下に落ちた。

「んをっ!?   なんだいきなり」

 そしてしゃがみ込んだチャラ男の上を飛び越えて更にダッシュ。階段は全て飛び降りる。すると下駄箱が見えた。彩音さんも。

「拓真様!」
「ちいぃぃっ!」

 先回りしていた彩音さんを見付けると、僕は靴を諦めて下駄箱の上に手をかけて彩音さんの上をさっきみたいに飛び越えて外に出る。

「お待ちください!」
「お断る!」

 そして僕は先生のマンションに向かって全速力で駆け出した。

「なんなんだよ!  この学校ヤベェ奴しかいねぇのかよ!」

 僕のそんな声は、眩しい夕日の中へと消えていった。
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