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お釣りは手渡しギュッ!だと!?

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 俺は自分の記憶を辿る。
 聞き間違えじゃなかったら、たしかに『セットで私はいかがですか?』って言ったはず。
 いやいやいや、まさか。そんなわけないだろ。きっと『セットでタワシはいかがですか?』って言ったんだろう。そう思ってメニューをもう一度見るけど、どこにもタワシなんてない。おかしいな。
 ──いや、ホームセンターじゃあるいし、あるわけないだろ!   アホか俺は! 


 ……え?    待って。まじで言った?
 ちょっと顔上げるの怖いんだけど。これでニヨニヨ笑われてたらハートブレイクなんだけど。
 いやでも待て。もしかしたら顔を赤くしてモジモジテレテレしてるかもしれない。もしそうだったらワンチャンあるな……。
 そう思って顔を上げる。そこにあったのは──


 まさかの真顔。
 これでもかって程の真顔。接客スマイルですらない。漫画とかだったら、背景に【スンッ──】って書かれてそうだ。
 おぉぉぉ……。何を考えてるのかさっぱり読めねぇ……。まるで無の境地に辿り着いた人みたいになってるぅ~。

 しかし聞かねばなるまい。何のセットを薦めたのかを。その答え次第で俺は彼女がいる友達にマウントが取れる。あの野郎、毎日毎日イチャイチャしやがって……。おっといかんいかん。闇に飲まれるところだった。よし、聞くぞ。


 や、やっぱりやめよかな。聞いてないフリしよかな?   いや、でも……えぇい!   ここは勢いで!


「えっと……」

 一筋の希望を胸に抱いて俺がそう口にした瞬間、それに被せるようにして特盛……いや、澤盛さんが無の境地から帰ってきた。

「ご、ご注文を繰り返します。ハムカツバーガーとギガポテトをそれぞれ単品でおひとつ。セ、セットに私のオススメのゴーヤシェイクお一つですね。それではお会計にうつらせていただきます」

「あ、はい……」


 希望は潰えた。
 やっぱり俺の聞き間違えだった。聞き間違えにしては文字数違いすぎじゃね?   って思わなくもないけど、ここで聞き返してもし、『うわぁ……勘違い男……うわぁ……』って小さく呟いた声が俺の耳に入ったりなんかしたら、その場で膝から崩れ落ちる自信がある。その勢いでピタゴラ的にカウンターに顎をぶつける自信もある。
 だから今の俺に出来るのは、財布から小銭を出して目の前のトレーに置くことだけだった。
 あ、小銭じゃ足りない。しょうがない。紙幣で払うか。

「じゃあこれで」

 そう言って千円札をトレー置く。そのままお釣りが置かれるまでトレーを見つめる。これ、下のイボイボ何の為に付いてんだろ?   それにしてもゴーヤシェイクか。甘いのか苦いのかさっぱり想像がつかない。まぁ、オススメするって事は美味いんだろうな。ってな事を考えながらトレーを見つめているけど、なかなかお釣りが置かれない。

「あ、あの……」

 控えめな声に反応して顔を上げると、澤盛さんがその白く細い指でお釣りの硬貨をつまんだまま俺の事を見ていた。しかもちょっと戸惑ったように。
 どうしたのかと俺は首を傾げる。すると澤盛さんも首を傾げる。はい可愛い。じゃなくて。

「はい?」

「お釣り……です」

「あ、はい」

 あぁ、お釣りね。なるほど。
 俺が返事をすると、澤盛さんは硬貨をつまんだまま腕を前に伸ばす。そこはトレーの真上辺り。
 え?   まさかその位置から落とすの?   って思ったけど流石にそんな事はなく、なぜかそのままの位置で止まった。
 もう一度顔を見ると、また首を傾げている。
 だから俺はなんとなく、ホントに何気なくその手のすぐ下に自分の手を伸ばすと、手のひらに硬貨の冷たい感触と、澤盛さんの指先の柔らかな感触が伝わった。

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています。また……来てくださいね?」

「っ!?」

 今までになかった対応に何も反応出来ないでいると、すぐ後ろで自動ドアが開いて来客を告げるベルが鳴る。

「いらっしゃいませ~」

 澤盛さんの視線は既に新しい客へと向かっていた。俺は受け取った硬貨を財布に入れることなくそのまま握り締め、その手をポケットに入れたまま店を出る。
 背後の自動ドアが閉まる寸前、『あれ?   澤盛ちゃん顔赤いけど大丈夫?   レジ変わろうか?』なんて声が聞こえたけど、すぐに頭から抜け落ちた。
 それどころじゃないっての!

 なんだあれ!?   なんだあれなんだあれ!?

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