孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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二章 友愛の魔女スピカ

25.孤独の魔女と絶望の戦い

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廻癒祭の一ヶ月ほど前の事

アジメク一の貴族を前に 一ツ字冒険者ジェイク・ビバーナムは酷く困惑していた…



ジェイクは冒険者として その名の通り各地を冒険し 時に魔獣を倒して金に換え 時に討伐依頼の出ている悪党を懲らしめ金に換え、時に遺跡の奥地に眠る宝を手に入れ金に換え 

ロマンと酒 そして現実と苦渋 をそれぞれ味わいながら頼れる仲間達と旅をしていた、もうすぐ冒険者協会からも実力を認められ『二ツ字』を貰えるんじゃないか って話も浮かぶほど ジェイクの冒険者生活は順風満帆だった

だからだろうか、少し油断していた 少し前ならついた『危険な仕事』か『そうでない仕事』かを見分ける嗅覚が鈍っていたんだと思う、この嗅覚が冴えてるかどうかが冒険者として長く生きる秘訣とも言えるが…どうやら今回は冴えてなかったようだと知るのはもう少し後の事



ふらりと物資の補給と旨い酒を飲む為立ち寄ったアジメク皇都、その場末の酒場で なんとも怪しい女からこんな話を貰ったんだ

『アジメクの大貴族 オルクス卿が、何やらでかいことをやるのに腕っ節がある奴を集めている、金は前払いで銀貨40 成功報酬は一人頭金貨1枚』

破格だろ、何をするかわかんないが 前払いでも結構な額 オマケに成功すりゃ一人金貨1枚ときた、冒険者やって金貨手に入れようとも思えば そこそこ危ない橋を渡る必要がある、それこそ大型の魔獣狩るとかな 

だがここはアジメク、危険な魔獣もいないし この辺で鳴らしてた盗賊団もこの間ぶっ潰されたばかりって話だ、 危険という危険は見受けられない…多分 金銭感覚の狂った貴族が金にモノを言わせて人数を揃えたいだけだろうと予想した俺は、すぐさま相棒達に話を持って行ったよ どうするってな


相棒…同じく冒険者として一緒に活動して そこそこ付き合いの長い仲間、そうだな ここらで俺の仲間を紹介しておこう

普段は眠そうにしてるが それは余裕の表れ、卓越した槍使いで魔獣の頑丈な鱗も一発で貫通させる技量を持つ 、ライナス・ミモザ

頭のキレるチームのブレイン役、デカイ胸と切り替えの早い頭脳が自慢の我がチームの紅一点の弓使いのシーフ、アリシア・コランバイン

そして、鈍重な見た目と鈍重な装備と見かけ通りと鈍重な性格をした巨漢、だがタンク役としてチームを守り抜くナイスガイ、アイザック・トラデスカンティア


そして俺 冷静沈着 容姿端麗、仕事を選ばされ右に出るものはいない 魔術と剣術双方をバランスよく使う、一ツ字冒険者 『双』のジェイク・ビバーナム 32歳 独身

全員そこそこの修羅場をくぐった歴戦の冒険者だ、だから相談した 面白い仕事があるぞってな

勿論二つ返事でオッケーからのゴーサイン、やっぱり金貨1枚 全員合わせれば金貨4枚は魅力的だ、オマケに多少危険でもこのメンツならなんとかなると思える節があった



そして、後悔した…案内されてオルクスの所へ向かって、その話を聞いてな


俺たちと同じように 騙されてか 肝心の情報を伏せられて連れてこられたかは分からないが、無人の館に集められたのは数百名規模の冒険者達

その前、全員が見える位置で 今回の仕事の内容を説明するあのやせ細ったジジイこそ、俺たち雇い主となるオルクス・タスク クスピディータだ…

オルクスが語る仕事の内容とは単純そして危険極まりないものだった

『この国を魔女の手から解放して、人の国に変えるための手伝いをしてほしい』

分かりやすく言うと 自分の私兵としてクーデターの手伝いをしてね と言う話だ

冒険者の仕事の中には、そう言う仕事もままある 戦争を手伝って 内戦を手伝ってもしくは鎮圧手伝って とかな、かく言う俺も そう言う仕事はやったことがある

だが、それとこれとはレベルが違う…ここはアジメクだ、魔女大国だ 魔女が統べる魔女大国だ、それに牙を剥くってことは 魔女に牙を剥くってことだ、正気じゃない

事実、俺の思ったことと同じ事を声に出し、口汚くオルクスを罵った冒険者がいた よくも騙したな そんな仕事受けられるわけがない ってな、みんなもその声に賛同しようとした瞬間…そいつの首が飛んだんだ スッパリと

殺ったのは オルクスの隣に控えていた トリンキュローという名前のメイドだ、正直 見えなかった…そいつが移動したのも 首を落とした瞬間も、速すぎて目視すら出来なかった

そのあとオルクスは続けてこう言ったよ、拒否権はないと…な

ライナスは言った
『ここで逆らうのは頭のいい選択ではない』と

アリシアは言った
『生き残りさえすれば良いだから、ここは受けよう』と

アイザックは何も言わなかったが、まぁ多分上の二人と大体同じ事を言いたいんだと思う

 
渋々だが、この場にいる冒険者全員が了承すると オルクスは揚々と魔女をぶっ殺すためのプランを話し始めた

廻癒祭の一番手薄な所を狙い魔女に襲撃をかける、事前に騒ぎを起こして 戦力を削ぎ 殆ど無防備になった魔女を 必殺の手段で殺すらしい
俺たちには別に魔女と戦えというわけでなく、魔女を守る兵士や騎士と戦い時間を稼いで欲しいとのこと、魔女殺しはオルクスの持つ切り札でなんとかすると言っていた

うん、説明を聞いたら なんかそこまで危険とは思えない、騎士は強いだろうが事前にオルクスの打つ策によって数も少ないらしいし、魔女さえ倒せればきっと後は烏合の衆だ

倒せれば…うん、、倒せるのかは分からないけど どのみち拒否権はないのだからやるしかない


そして訪れた廻癒祭当日


万事全て上手くいった、内通者を使って牢獄にいるって言う凶悪犯を脱獄させ そっちの確保に人員を割かせたらしい、ただ別の馬車に乗り込んでいた魔術導皇も誘拐するつもりだったらしいが こちらが誘拐するまでもなく消えていたらしいので、とりあえずよしとするらしい 実際、魔術導皇捜索のための人員は割かれていたしな

今 魔女が体を休める館には 一般的な兵卒が三十人前後、そして騎士が一人と騎士団長が一人 少ない 少なすぎる…これはやれるぞ、俺たちは急いで館を取り囲みながら皆 心を一つにしていた

「にしてもさ、まさか 冒険者やってて魔女相手にすることがあるとは思わなかったよねぇ」

ふあぁと欠伸しながら宣うのは 槍使いライナスだ、オルクスから一級品の装備を預かってるお陰で、いつもより幾分豪華な見た目をしている

「魔女に逆らう事 それは即ち死を意味します、オルクスは勝つつもりですが…敗色が濃厚になったら急いで逃げましょうね」

続いて小声で耳打ちをするのはアリシア、逃げましょうね とは言うが どうやら例のトリンキュローがこの場を見張ってるそうなので、下手に逃げたら殺されそうだが…

「何があっても、みんなは守るよ…」

そんな俺たちの会話を聞いてか、静かに口を開くアイザック

ほんと、頼りになる仲間たちだよ

他にも冒険者はウジャウジャいる、あれからもうオルクスは戦力集めに奔走したようで その数はもはや数千人 もしかしたら万にも届くんじゃねぇかと言うくらいの大軍が、館をぐるりと囲んでいる 勿論全員が武装して

ここまで大挙して押し寄せれば 敵もいい加減気付く…遅すぎるがな

「おい貴様ら!、この館で休まれている方を 誰と心得ての事か! 今すぐ武器を収め引くがいい!」

そう言いながら前に出てくるのは多分一般の兵卒だ、装備がショボい…

誰と心得てか なんて聞かなくても分かろうものを、いや 多分あれは威嚇だ…魔女の名前を使った威嚇、しかし残念 今更そんな脅し文句に屈するような人間はいない、いたらトリンキュローに殺されている

「んっんっんぅ~~?、誰かって そりゃあ分かってるよぉ~?、魔女様だろ?魔女スピカが君達の後ろにいるんだろぉお?」

前に出てくる兵士に答えるように、冒険者の海を割るのは 真っ赤な外套 真っ赤な髪 真っ赤な瞳の イカレ野郎 スパイダーリリーだ、オルクスの用意した切り札 魔女殺しの三本剣の一振りにしてかつてアジメクを恐怖のどん底に叩き落とした猛毒使い…赤毒のスパイダーリリー

そいつがフラフラと小馬鹿にするように兵卒の前へやってくると ピエロのような仰々しい動きでケタケタ笑う

「そ そうだ、魔女様の怒りを受ければ お前たちなど」

「あっはーっ!、古い古いその脅し文句ぅ!魔女様の怒りが怖くて犯罪者なんてやれますかぁ!…いいかい、脅し文句ってのは こう言う奴をいうんだよ?よく聞きなさいな?」

クスクスと笑いながらその顔をヌルリと兵卒に向けると…小さく小さく囁くように、優しく言い聞かせるように 彼は兵卒に語る

「邪魔すると殺しちゃうよ…ってね」

「…っ!?うっ…ゴボッ…げばぁっ!?」

スパイダーリリーの囁きとともに吐息を浴びた兵卒は、瞬く間に目を充血させ 指先を黒く染め 顔を真っ青に彩り、噴水のように口から血を噴き倒れた、というか 絶命した ただの一息で 人がいま 死んだのだ

「ッハーー!、目の前で一人殺すってのが 最高の脅しなのさ!勉強になったねぇえ?、今度から実践してごらんよぉ!あの世で!」

タネは分かる、毒だ 毒を用いたのだ…それも 俺たちが見たこともないような強力な即死級の毒、奴はそんな毒を身体中に仕込んでいる上に解毒剤も作ってないというイカレぶりだ、どうやって毒を相手に入れたのかはまでは分からんがな

ともあれ、殺した 殺してしまった…魔女の下に集う兵を一人、これはもう後には引けぬと全員が身を引き締める

しかしどうやら、相手は我々以上に動揺してくれているようだ、見る見るうちに血の気が引いていき ワナワナと震え始め、兵卒の一人が 口を開く


「しゅ…襲撃だーッ!」

それが、開戦の狼煙となった


………………………………………………………………


ジェイクはこの戦いが始まった当初

あ、これはいけるな と内心ほくそ笑んでいた

理由は単純 、戦力差が圧倒的だからだ 数は比べるのがばかばかしくなるくらいこちらが優っている 、偶に外部から騒ぎを聞きつけた騎士や兵卒の一団が救援に来るが 、数という壁に阻まれ撃退されていく

おまけに士気の差、これが決定的だ スパイダーリリーの演出は、敵側にかなりの精神的ダメージを与えているようで 俺たちが攻め込んだ瞬間、最早勝敗は決したという顔をして逃げ去る者もいた

唯一恐れていた友愛の魔女も、こんな騒ぎになってもやはり出てこない、前情報として、友愛の魔女は廻癒祭の小休憩の際は絶対に部屋から出てこないという情報をもらってなければ、俺たちも些かながら警戒しただろう

部屋から出てこない理由は 定かではない、部屋の中で魔力を高めてるとか 上位存在と交信してるとか、或いは酒を飲んでリラックスしてるとか乗り物酔いしてるとかお気に入りの騎士と楽しんでるとか 諸説ある

だが、休憩している部屋が火事になっても出てこなかったという逸話もある程に、スピカは部屋から出てこないのだ…もしかしたら部屋にこもってる最中は無防備なのかもしれない

それまでに攻め込めれば 俺たちの勝ちだ


ただ、障害はある

「はぁぁっ!!」

「ぎびゃあっ!?」

二本の剣を巧みに操り、次々と斬り倒していく桃色の髪をした若い女騎士、若くとも伊達に騎士じゃない と言わんばかりに強い、獅子奮迅の活躍と言ってもいい

「まだまだ!まだまだ!、アイツなら クレアならもっと速く!もっと強く!」

あの女騎士を倒そうとした奴から順繰りに叩きのめされていく様子は圧巻と言える、おまけに切られた奴も ギリギリ生きてるあたり、あの娘の技量は相当なもんだ

そしてもう一人 今回の依頼最大の障壁と言える男

「テメェら、…テメェらみてぇな蛮族に 好き勝手させてたまるかよ!!」

「ぐっ、流石に強えな…ぐはっ!?」

紫の大剣を軽々振り回して、一撃で数人叩きのめす大柄の騎士…いや 騎士団長、俺でも名前は知っている デイビッド・アガパンサス…紫電のデイビッドとして名を馳せる男だ

館の扉の前に仁王立ちし、迫る冒険者を オルクスの私兵を一人として寄せ付けず戦い続けている、ああいうのを一騎当千と言うのだろう ジェイクとて男 あんな姿に憧れこそすれど、情けはかけない 

「ライナス…いくぞ」

「うい、デイビッドを相手すんだね」

近場にいるライナスに一声かけて突っ込む、俺たちの仕事は あの騎士団長の相手をすることだ、折角なら一仕事やってやろうじゃねぇか!

「いくぜ…『フレイムスラッシュ』!」

「フゥッ!」

デイビッドが斬撃を放ち他の冒険者を吹き飛ばした、その瞬間を狙い ライナスとほぼ同時に攻撃を行う、俺の放つ魔術剣技 フレイムスラッシュ 斬撃に炎を纏わせ飛ばす魔術、そしてその影に隠れるようにライナスが槍を構える

「チッ!次から次へと!邪魔臭い!」

当然、俺の隙だらけの攻撃はデイビッドの大剣により防がれる…が、これはブラフだ

俺の纏う炎に隠れたライナスを視認で捉えることはほぼ不可能、俺が相手の足を止めつつライナスを隠し ライナスがその隙を突き 相手を穿つ、単純ながらも必殺性の高い連撃 俺たちが各地を旅して培った連携だ

俺の攻撃に気を取られたデイビッドは、完全に俺のことしか見えていない 行ける…!

「隙ありだ…デイビッドッ!」

「ぐっ!?もう一人いたかっ!?」

俺の炎を潜り抜け 、ライナスの一閃がデイビッドの脇腹に迫る、ライナスの一閃が は例え鎧を着込んでいようとも向こう側に刃が突き出る程の威力を持つ、全身を鋼鉄で包んだ魔獣だって一撃で殺した実績がある

「チッ!…」

が、そこは流石に団長と言えよう 咄嗟に片手を剣から離し、素手で槍の一撃を叩き反らしたのだ、お陰でデイビッドは致命傷を逃れたようだ、いや初めてだ この連携を初見で防いだ奴は…

「やるじゃんかよ、流石に団長か?」

「うるせぇよ、思ったよりも雑魚じゃねぇな…クソ」

だがデイビッドも無傷ではない、槍の一撃を払った手は 既に鮮血で彩られており、筋でも断たれたのかプラプラと垂れている、片手は潰した…連携は潰えたが、手負いの騎士一人 なんとでもなる

「ああくそ、ナタリアがいればこんなもんすぐに治るのによ…」

「悪いな、お前に恨みはないが 巡り合わせが悪かったと思って、死んでくれ」

再び剣を構え 魔力を隆起させる、既に館周辺の兵卒は粗方倒しきっている、あの若い女騎士も頑張ってはいるが もはや趨勢は決した、館の前には兵が殺到しており、デイビッドが崩れるのも時間の問題だ

後は、俺たちが一押しすれば……

「ウフフ、あなた達には期待していませんでしたが 上出来です」


突如響いた女の声、いや聞いたことがある あの声は…俺たちの恐怖の象徴、メイド服をたなびかせ 突如として虚空から現れたそいつはデイビッドの背後に立ち、そのまま流れるように放たれるしなる大木の如き重い蹴りが デイビッドの脇腹へと突き刺さる

「ぐおぉっ!?」

トリンキュローの小柄な体からは考えられないほどの剛力で、デイビッドを軽々と蹴り飛ばす…、俺とライナスの連携でも取れなかった隙を あの女はやすやすと突きやがった

「レギベリ!」

「うすっ!」

蹴り飛ばした先で待ち構えているのは、常軌を逸する巨体を誇る 魔女殺しの三本剣が一人 ジョー・レギベリだ、その 大槌のような重厚な拳を振り上げ 力なく宙を舞うデイビッドの体へと 

「ゔぅぅぅっっ!!!」

「ぐっ!?ごぁっ!」

一撃が、まるで雷霆の如き一撃が容赦なくデイビッドへと叩きつけられる、あの拳をもし館に打ち込んでいたならば館が一撃で倒壊したであろう程の威力を持った、レギベリの拳が デイビッドを押しつぶす…

防御など出来よう筈もなく、デイビッドの口元からは 力なく 血が滴り手に握られた大剣が、地面へと落とされる


「あれれぇ、ちょっと木偶の坊ぉ?まだデイビッド生きてんだけど?まさか手ェ抜いてないよね、それにトリンキュローも さっき背後取った時殺そうと思ったら殺せたよねぇ!、みんなちょっと真面目にやろうよぉ」

「いえ、彼の殺害は依頼外なので 殺したければ、貴方が私に金を払うか 貴方自身でどうぞ」

「うっす」

「はぁ、くそつまんね」

一息で人間を殺す スパイダーリリー、卓越した戦闘技能を誇るトリンキュロー 、そしてありえないほどの巨体とパワーを誇る 謎の戦士ジョー・レギベリ…合わせて魔女殺しの三本剣の力を目の当たりに 息を飲む

圧倒的だ、連戦で弱っていたとはいえ 友愛の騎士団長を 瞬殺してしまうとは、冒険者だったなら三ツ字の中でもトップクラスに上り詰めることができるだろう、ともすれば最高位の四ツ字にも届きそうだ

「団長!デイビッド団長!…うっ、うぅ…くそっ! くそぉっ!」

どうやらあの桃色の髪をした若い女騎士も、制圧されたようで 剣を取り上げられて地面へと取り押さえられている、これで 館を守る戦力は無くなった


「さて、それじゃあ前座の皆さんにはチャンスをあげましょう、奥で体を休めている魔女をここまで引きずり出してください、もし上手く魔女の首を取れる者がいれば、オルクス様が作る新たな王国で重用することを約束してくれるそうですよ」

ニコリと目元を見せぬトリンキュローが優しく俺たちに笑いかけるが、俺たちは知っている これは お願い とか 提案 なんて可愛いものではない、命令 だ 従わない奴は殺す、という 警告 だ

奴に声をかけられただけで情けないことにブルっちまう、オルクスの王国での地位なんてどうでもいいが、ここで変に命令違反したら…考えるだに恐ろしい

「お 俺がやる!俺がやってやる!、魔女ったってこの数で押されりゃ なんてこたねぇ筈だ!」

「そ そうだ!、ここまでやって出てこないってことは 魔女だって恐れてるってことだ!」

「伝説は 所詮伝説ってことだ!」

トリンキュローに発破をかけられてから、もしくはこの圧勝に浮かれたのか あちこちからやれると 俺たちは勝てると、半ば自分に言い聞かせるような言葉が響いてくる

自己暗示でも 思い込みでも、士気はますます高まる…ああ なんせ俺でさえ、本当に魔女が殺せるような気がしてくるんだ、集団の熱気とは恐ろしいものだ

「俺が魔女をぶっ殺してやるよ!切り刻んでオルクスの前に並べてやる!」

そう言って先陣を切ったのは鱗斬のベルザガル、この間 二ツ字級に昇格した実力派冒険者だ、アイツが行くなら安心だと他の連中も武器を高らかに掲げ 雄叫びと共に館の入り口に殺到して行き

今 デイビッドが守っていた扉が開け放たれ………………




ああー、えっと 冒険者を続けるには、危険かどうかを判断する嗅覚が必要だと…何時ぞや話したな

この仕事を受けた時はたまたま冴えてなかったが、俺は そう言う嗅覚や直感には自信がある、危険な物が近づいた時は、いつも決まって 背筋が冷たくなるような感覚が全身を襲うんだ

ただ、俺はこの時 この瞬間 あの館の扉が開けられたこの瞬間、自分の頭がおかしくなったのかと思っちまったぜ

なんせ、扉の隙間から漂ってきたその臭いは…この世のものとは思えないほど、悍ましく恐ろしい 『死が充満する地獄』の如き冷気が漂ってきたんだ、背筋が凍る なんてレベルじゃねぇ…


…ああ、えっと 話を戻すか…ベルガザルが勇んで扉を破ろうとした瞬間だよ

扉が、爆発したんだ…ああいや違う爆発したんじゃない、扉の向こうからとてつもない衝撃波が放たれ 殺到していた冒険者、約数十名を軽々と吹っ飛ばして 向こう側の壁面にめり込ませたんだ、そりゃ爆発したと勘違いするだろ

「な…何が起きたんだ?」

これを呟いたのは俺だったか、ライナスだったか はたまた別の誰かだったか…少なくともこの場にいる全員が同じ事を思っていたことに変わりはない、もはやあの館の中に戦力は残ってない筈なのに…

まさか、魔女スピカが出てきたのか!? と戦慄したが どうやら違うようだ

「…スピカ、もう外に出てもいいな…」

館の扉がゆっくりと開かれ 向こう側の人物が明らかになる…、人物?いや違う あれは…

ああ、そこには 死が立っていた、人間じゃない 死そのものだと、俺の直感が叫んでいた

黒髪と赤い目をした人型の地獄が館の奥から現れたんだ、俺たちの知る魔女スピカの容姿とはまるで違う、正体不明の何かが 漆黒の敵意を持って俺たちを睨んでいた

「な なんだよあれ、騎士…じゃないよな」

騎士はもういないはず、でも魔女スピカとも違う…分からない、該当する存在がない 予想がつかない、俺たちが理解できない埒外の存在が いきなり立ちはだかったとしか思えないんだ

「おや、どうやらオルクス様の策が不発に終わったようですね、てっきりレオナヒルドの捜索か或いは弟子の連れ戻しに向かうかと思っていたのですが」

トリンキュローが目を丸くして驚く、いや目は見えないんだが雰囲気でわかる あの冷徹な殺し屋が、あからさまに驚いているのがわかる、というかあの館から現れた怪物の事を知っているような口振りだ

「お おい、トリンキュロー…さん あの館から出てきた奴のこと知ってるのか?、なんで知ったなら話さなかった」

「ええはい、知っています あれは魔女レグルスです、皆さんも名前くらいは聞いたことありませんか?、あの幻の八人目と言われた 孤独の魔女レグルスです、本来ならオルクス様の撒いた囮に引っかかって 外に出ている予定だったのですが、どうやら看破されてしまったようですね」

魔女レグルス…その名前を聞いて 眩暈を覚える、なんだって?魔女レグルス?あそこに立ってるのが 八千年間行方知れずだったって言う 伝説の存在だって?

なんでそんな存在が いきなり俺たちの前に現れたんだよ!

「は 話が違うぞ!、これは流石に話が違う!、魔女をいきなり二人相手しろって!出来るわけないだろ!、それに あ あれは…ああれは魔女云々抜きにしたっても、格が違いすぎる」

漂う魔力に果てがない…、魔力とは凡そ人間の強さそのものを表す指標になるが、目の前のレグルスの魔力には果てがないんだ、これを鵜呑みにするなら 奴の強さは無限に跳ね上がる と言うことになる

「だって話したら 戦わないじゃないですか、それに本来の予定なら 彼女まで相手にする事はなかったんです、運がなかったですね 皆さん」

やられた 騙された、いや 勝ち戦と気を緩めた俺たちも悪いのかも知れないが…

ここに来て、最悪の壁が目の前に現れた気分だ…いや だが、いかに魔女とはいえこの人数ならいけるのでは…

と、考えてしまった俺は 俺たちは、魔女の恐ろしさを 正確に認識していなかったと言える、なぜ魔女が偉いのか なぜ魔女が世界を救えたのか なぜ魔女が神がごとき扱いを受けているのか

それは一重に、魔女が 凡ゆる物を超越する力を持っているからなのだと、この時俺たちは 身をもって痛感することになる…



「さぁ、行きなさい 雇われのあなた達に出来るのは 逃げることではなく戦うことでしょう」

トリンキュローの叫びに呼応し 冒険者の中の一団が雄叫びをあげる、彼らとて戦いのプロだ 絶望的な戦いの一つや二つ乗り越えてきている、だからこそ こういう時 勢いと士気が物を言うことも知っている


今流れと勢いは俺たちにある、士気も高い…やるなら今か

ライナスの方を見れば 『やろう』と首を縦に振る

アリシアの方を見れば『致し方ない』の首を縦に振る

アイザックの方を見れば…既に巨大な盾を構えて俺たちを守る位置に立ってくれている

やっぱり、頼りになる仲間たちだ

なら

「ーーっ!行くぞ!」

俺たちが覚悟を決めるのと同時に、他の連中もまた武器を構え 雄叫びをあげる 、ここまで上手くことを運んだのだ、女一人現れた程度で尻尾巻いて逃げてたまるか 俺たちはプロだぞと、誇りをかけて 咆哮を轟かせる

或る者は剣を 或る者は弓を 或る者を槍を 鞭を 槌を 鎌を 魔術を 共に修羅場をくぐり抜けた獲物を構え 、レグルスへと挑む 

対するレグルスは


「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ…」

何か 言っていた…、詠唱か? にしては聞いたことのない類の詠唱だ、まるで何かに宣誓するかのような 力強くも静かなそれは、冒険者達の雄叫びに掻き消されていたが…俺は 聞き逃さなかった

次いで訪れのは 悪寒、今まで感じたことがないような嫌な予感…

咄嗟だった、本当に 考えての行動ではなかったが、反射的に振り返り仲間達にこう言ったんだ、伏せろ と

次の瞬間その判断が正しかった事を、俺たち四人は身を以って痛感したよ

「…荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん…」

それは レグルスが魔力を 隆起させたんだと思う、魔術師が魔術を発動させる際起こる現象、魔力の肥大化…レグルスの体の中に収められていた莫大な魔力が一瞬だけ そしてほんの一滴だけ外へ溢れた

ただ、それだけで 大地が揺れた



「…『颶神風刻大槍』」



これは そうだな、なんと形容しようか…多分 風の魔術だったんだと思う、何せ俺はそれを一度だけ 冒険の最中に見たことがあるからだ

レグルスが 詠唱と共に発動させ 生み出したそれは 確かに風だった、いや…かつて 冒険の最中に見かけた巨大な竜巻 村を飲み込み森をなぎ倒し 自然界最強の破壊力を持つと言われるそれは確か 『ハリケーン』と呼ばれていただろうか

それが そんな恐ろしいものが、まるで槍の切っ先のように俺たちに目掛け放たれたんだ


「ぐっ…ぅぉぉおおおおっっ!?!?」

地面に伏せ 大地にしがみつき、力の限り耐える 頭の上を通過する風の鳴らす轟音に混じって、何百 何千もの悲鳴が聞こえてくる、多分 レグルスの目の前に迫ってた連中と 回避が間に合わなかった奴らが 紙吹雪みたいに飛ばされてんだろう、確認する術はない 軽く力を抜けは俺も頭の上の連中と同じ末路を辿るだろう

「ッッーー!!嘘だろこれっ!」

「きゃぁぁぁっっ!」

「ぐぅっ…ぅぅぅぅおぉ!」

幸い 仲間の声はすぐ側から聞こえる、俺の咄嗟の指示に答えてくれたんだろう 、そこまで考え 俺は自分のことに集中する、いや本当に余裕がなかったんだよ

その後 多分時間にして10秒くらいだったと思う 、それくらいで さっきまで暴れてた風が嘘みたいにピタリと止まったんだ 自然じゃありえない消え方だ

そこでやっと気がついた ああ今のは魔術だったんだって…、あんなバカみたいな威力を持った一撃を 息でも吹くように軽くぶっ放せるなんて 俺は今でも信じられない

「…ッー、無事…か?お前ら」

ただ、巻き込まれないよう伏せていただけだというのに、相当な体力を持っていかれた…痛む身体に鞭を打ち 、起き上がらせる 二撃目が来ない確証はなかったが、 それでも起き上がる、仲間の安否が何より気がかりだった

そこで、もう一度 衝撃を受ける…

「いや、おいおい マジかよ、…今の一撃で…」

起き上がり、視界に入ったのは 大きく開けた 広大な館の庭園だった、何?俺たちは元々館の庭園にいたから別に不思議はない?…そうじゃない

庭園を埋め尽くす程いた冒険者や 傭兵や私兵が…みんなまとめて、一切合切消し飛んでたんだ…どこまですっ飛んだから分からないが 少なくともすぐには戻ってこれないだろう

相当数やられたとは思ってたが これじゃあ殆ど全滅じゃないか

いや、全滅だが壊滅じゃない 俺たちと同じように咄嗟に身の危険を感じて伏せた奴らもいる、が …うち半分くらいはすでに戦意喪失だ


「んんぅ~ん、思ってた5倍ぐらい強いねぇ 魔女ってさ、みんなあれくらい強いのかな」

「いえ、魔女レグルスは八人の魔女の中でも上位に位置する力を持つと言われています、少なくともスピカはあれより弱いと見てもいいでしょうね」

「うっす」

当然のように三本剣は無事だ、トリンキュロー スパイダーリリーはすぐに回避に移ったようだ、だが…ジョー・レギベリ アイツはどうにも直接受け止めたらしい、どういうタネかは分からんが 耐えたのか あれを…

「ほう、骨がある奴が数人残ったな」

「っっ!?」

衝撃を受ける俺をよそに魔女レグルスのなんてことない声が響く、そうだ 今のは奴の必殺の一撃ではない ただちょっと目の前に埃が溜まってたから、手で払った それくらいの物なのだろう、やろうと思えば今のを連発出来るし 今のよりも強力な魔術を撃つことも出来る


後悔した 激烈に、さっきの攻撃 あれは警告だった事にようやく気がついたんだ、きっとあれで吹き飛ばされてりゃ見逃されてた、それを避けちまった俺たちは 魔女に敵と見なされてしまったんだ

「さて、…我が友がこの奥で休んでいると知っての狼藉…だったな、剣を持ち 兵を殺した以上 当然出来ているよな、覚悟」

なんの覚悟か?問うまでもない 死ぬ覚悟だ

もし、次レグルスが魔術を使ってきたら 今度はうまく回避出来るだろうか…無理だ

もし、次の魔術が風ではなく同じレベルの炎の魔術だったなら…避ける間も逃げる間も無く熱量で俺たちは死体も残らないだろう

もし、俺たちがこの場で許しを乞えば許してくれるだろうか、…それも無理、何せこっちは兵士を一人死なせているし 騎士団長も負傷させた、見逃す理由がない


つまり戦うしかない、どうあっても 生き残るには…抗うしかない

「いつつ、やるのかい ジェイク…付き合うよ」

「こうなっちゃ、冒険者として 意地を見せないとね」

「みんなは…俺が守る…」

俺の背後にはなんとか無事だった仲間たちがいる…、心は同じか…ならもう道は決まった

「『フレイムスラッシュ』…付いてきてくれみんな!」

「ん?、まだやる気か」

剣に炎を纏わせ踏み込む、燃ゆる焔は 今 俺の胸に宿る勇気の如く、熱く ただひたすら熱く燃え盛る、魔力をありったけ回し鉄すら融解させる熱量を伴い 斬りかかる

背後にはいつものようにライナスが、その背後には アリシアが 弓を構え 俺たちをいつでも守れる位置に アイザックが盾を構えている

「魔女レグルス!!!、貴様を ここで倒す!俺たちの誇りにかけて!」

肺が破れるんじゃないかってくらいの勢いで叫ぶ、この咆哮に意味はない ただ俺自身を奮い立たせる激励だ、ありったけの力を込めなければ 魔女には勝てない

「っっるぁぁあああっっつ!」

剣の柄を力の限り握り…振るう、腰を足を 全身を捻り ただこの一撃に魔力を全て回し、灼熱の一撃を魔女レグルスの首 目掛け 振るうッ!



紅い閃光 赫い剣撃、火柱の如く巨大な炎を纏ったジェイクの剣は、真っ直ぐ なんの迷いもなく 吸い込まれるように魔女レグルスの首元まで飛んで行った、阻む物はない たとえ何に阻まれてもジェイクの剣は 炎は 止まらなかったろう

「ッーーーっ……」

魔力 肉体 誇り 命 全てを賭けて 乗せたジェイクの一撃は、見事に魔女レグルスに叩き込まれたのだ、ジェイクの剣はレグルスの首を捉え 一閃し、その刃は 魔女の首元に食い込んでいた、食い込んでいたが…


「クソが…」

結論から言おう、ダメだった

剣は確かに当たりはしたが 傷一つつかず 、乙女の柔肌に 受け止められていたのだ、なら 剣に纏わせた炎は 魔女レグルスを焼いたかというと そうでもない

どういう原理か分からんが、剣に纏わせた魔術の炎は魔女レグルスに近づいただけで、フッと消えてしまったんだ、まるで 糸を抜かれた編み物のように形を保てなくなり 、綺麗さっぱり消えた

魔女は 俺の一撃を防げなかったんじゃない、防ぐ必要がなかったから 受け止めたんだ…

いや分かってたさ、俺がどんだけ気合い入れたって 無理なもんは…無理って

「満足か?」

「…ああ、やるだけやっ…」

と最後まで俺の口は言葉を紡ぐことが出来ず、魔女レグルスの放った神速の拳により いとも容易く宙を舞った、ああ 全身が痛くて どこを殴られたのかさえ分からない…これほどかよ 魔女…


「ジェイクッッ!、クソがぁっっ!」

ライナスの怒号が聞こえる、目の前で血を噴き 殴り飛ばされる俺を見て、普段から気怠げなアイツがここまで怒ってくれるなんて 嬉しいじゃないかと、俺は吹き飛ばされながら思ったよ

だから同時に、思ったよ やめてくれ と 勝てるわけがないと…実際、俺がそれを口に出すよりも前に、ライナスの槍は 真っ二つにへし折られ 、ライナス自身もレグルスの蹴りを受けくの字に折れながら倒れていた



「嘘、…二人が一瞬で…、ジェイク!無事!?」

どうやら俺は最後衛のアリシアのところまで吹っ飛んだらしい、だが動けねぇ たった一撃で全身を粉々に砕かれたみたいで…、意識があるのが 不思議なくらいだ

ああ やめろアリシア、体を揺らすな…きっとこいつから見りゃ 俺は死にかけに見えてるのかもしれない、いや 事実死にかけなんだけど…

「ぐっ…ふぉっ…」

「あ アイザックまで…」

どうやらアイザックもやられたらしい、顔を動かせながら どうなったかは見えないし分からないが、視界の端に アイザックの使っている鋼鉄製の巨盾が転がってくるのが見える

何をどうしたらそうなるんだってぐらいベコベコに潰されてるのを見るに、多分 アイツも正面から叩き潰されたんだと思う、俺たち如きにゃ 魔術を使うまでもねぇってか

「よくも…よくもみんなを…」

アリシアが 柄にも無くキレてやがる、いつも冷静で どんな時でも生き残ることを優先するアリシアがだ…、倒れる俺を見て 涙を浮かべながら魔女相手に弓を引いている…

やめろアリシア、攻撃をすれば魔女は容赦なくお前に反撃して来るぞ、賢いお前なら そのくらい分かるだろう

「向かって来るなら、誰であれ 容赦はしないぞ?」

「仲間をここまで叩きのめされて…ジェイクを殺されて!黙ってられるわけないでしょ!」

死んでねぇ…、よく見ろ 息してる…

ってかやめろ、お前だけでもなんとか無事でいてくれ…頼む

「っ…うわぁぁぁぁぁああああ!」

そんな祈りも虚しく、アリシアの手から弓は放たれ 当たり前のように矢はレグルスによって弾かれる、もしかしたら なんて希望は一抹も湧かない結果

返す刀でレグルスの反撃が アリシアに迫る、魔術ではない ただの拳だ、だがあの拳が 俺の知るどの魔術よりも強力であることは身をもって知っている 

弾いた矢が地面に落ちるよりも早くレグルスは踏み込みアリシアに肉薄し握られる拳が今振るわれる

「ッッ…!!」

アリシアは…鮮血を散らしながら、レグルスの手によって ただの一撃でその華奢な体を跳ね飛ばされ

俺やライナスのように、魔女の怒りをその身で知りながら…俺の仲間が アリシアが血塗れになって地面に転がされ、俺は…無力感から声にならない声をあげた

……と 言うのは、すまん その時俺が見た幻覚だ


「落ち着けよ!、お前の仲間は誰一人として死んじゃいねぇ ヤケになるよりも前に仲間の安否を気にしろ!」

「へ…へぇっ!?あ あなた誰…ですか」

実際は違った、アリシアが弓を放ち それ弾き返したレグルスの反撃は アリシアに届くことはなかったんだ、薄れる視界で見えたのは 長剣だ…立派な長剣が、アリシアに迫るレグルスの手を受け止めていた

俺たちが反応さえできなかった神速の一撃を 横から入って 剰え防いだのだ


「私の手を止めるか、何者かは知らんが 遂に本命が来た ということか?」

「まぁな、スピカが出て来るまで 俺は待機してろって言われてたんだが、ここまでされちゃあもう出て来るより他ねぇだろ」

それは黒い髪をした 一人の剣士であった、着ているのがコートでなく鎧だったなら俺も コイツを騎士と見間違えたであろうほど、その佇まいは騎士そのもの

そんな男が、レグルスの攻撃を受け止め アリシアを守ってくれていた…、いや待て コイツ この男の顔を俺は昔 見たことがある、確か 確か名前は

「こっからは このヴェルトさんが お前ら魔女の相手をしてやるよ」

友愛騎士団 元団長にして、別名繚乱のヴェルト…スピカ自身が 『アジメク史上最強の男』と称した無敵の剣士が、俺たちの前に降り立ったんだ




………………………………………………………………

スピカが休んでいる館が襲撃を受けた…

チラリと館の中から透視の魔眼で外を見れば、武装した兵士や冒険者の混合軍が ぐるりと館を覆っており、既に脱出も救援も望めない状況になっていた

こうなる前に気がつけなかったのか、と言いたいが外で見張ってるのは普通の兵卒 オマケに戦争を経験していない若い兵ばかりだ、ともすれば外で見張っていたのが騎士か熟練の兵であったならこうなる前に気がつけただろうか

いや、あの数だ 包囲される前に気がついてジタバタしても、結果は変わらなかったろう


はっきり言って、戦況はあまりよろしくなかった 先手を打たれ兵を一人 死なせてしまったのがまずかった、大軍に囲まれているということもあり 館を守る兵たちはすっかり尻すぼみし 瞬く間に打ち倒されていった

一応、騎士である デイビッドや メロウリースも善戦していたが、敵の数が多過ぎる 、敵に次々攻め込まれ あっという間に二人とも制圧されてしまった

私も最終防衛ラインとして 待機していてよかった、もし私が スピカに止められずエリスたちの迎えにいっていたなら、あの兵士達は容易にスピカに届いていただろう

スピカがやられるとは思わん、だが 吐き気と乗り物酔いからロクに詠唱できないスピカでは 実力の一割も発揮できなかっただろうからな、もしかしたら傷の一つでも負ってしまったかもしれない

デイビッドを退け、扉に殺到する冒険者や兵達 もはや館に障害はないと言わんばかりの笑みを浮かべている

だが残念、ここには私がいる 殺到する連中を軽く魔力を弾き、吹き飛ばす…


その後はまぁ、語るまでもないだろ?

館の外出ればー確かに 視界を埋めつくさんばかりの兵が私を取り囲んでいたが、この程度 物の数に入らん、もしこの程度の数で魔女を圧倒できると思われていたのだとしたら 正直怒りを覚えてしまう

事実魔術の一撃すら防げず、その大半が町の郊外まで吹き飛ばされたし なんとか範囲外に逃れていた奴らも半分以上が戦意喪失、腰を抜かし おしっこ漏らしながらブルブルと震えている

まぁ、中には気概のある奴らもいた 、魔術を使い 連携を用い、仲間同士の絆を武器に私に襲いかかってくる…こういう此処一番で仲間を信じ立ち向かえる奴らは強いし 正直好きだ

私とて、仲間を倒され 悲しみと怒りに震えながら勇敢に立ち向かって来る若者を張り倒すのは気が引けたが、なら 最初からこんな仕事を受けるなよ 


そして、最後の一人を叩きのめそうとした瞬間 ちょっと状況が変わった


ヴェルト と名乗る男が、私の一撃を防ぎ 割り込んできたんだ

「こっからは このヴェルトさんが お前ら魔女の相手をしてやるよ」

一番最初に湧いた感情は 誰だよ、次点で マジかよ だ

殺さないよう手加減していたとはいえ 私の一撃を防いだ奴なんて、八千年ぶりだったから 少々驚いてしまった

ヴェルトと名乗る男 目元に剣のタトゥーを入れ 、一切の隙を見せずこちらを睨む男…、こいつもオルクスに雇い入れられた冒険者か? にしては異様に強そうだが

「あんたが、魔女レグルス でいいんだよな…」

「ああ、そうだ」

「…そうか、なぁ 退いてくれねぇか…俺はスピカに用があるんだ、魔女は大嫌いだが会ったばかりのあんたを斬れる程 非情にはなりきれない」

「無理だ」

考えるまでもない、こいつをスピカの所に行かせれば コイツはスピカに剣を振るうだろう、身体中から滲み出す殺気が そう物語っている

スピカに相当な恨みがあるようだが、だからと言って おいそれと友の所に刺客を通す筈もない

「しょうがねぇ、あんた倒して スピカの所まで押し通る、スピカごと あんたを叩き斬る!」

裂帛の咆哮と共に、、剣を握るヴェルトの手に 力が篭るのが見える

…来るか と思ったその瞬間には既に、剣先がブレ 私目掛け斬撃が放たれていた、速さ 重さ そして切れ味と 剣撃における要素 全てにおいて、ほぼ満点に近い一撃だ

「むっ、速いな…」

音を追い越す剣先を火花を散らしながら 手で受け止め そのまま反対方向へ流す、さっきのジェイクと呼ばれた男と同じ剣使いだが その腕前は雲泥の差と言える、ジェイクの一撃を受けても 痛くも痒くもなかったが コイツの剣を受け止めた手が若干ながらピリつくのを感じる

「ちょっ!?マジかよ、今のに反応…ってか今 素手で払わなかったか」


魔女は常に皮膚の外周に極薄の魔力層を何重にも重ねて纏っている、所謂魔力を応用した防御法を会得しているが故に、剣も弓も 素手で弾ける…まぁ 魔女の固有スキルではなく、ある一定の段階に踏み入った者なら誰でも自然と会得する物だから さして特別ではないんだがな

しかし、魔力を応用しての防御法故 魔力が大きければ大きいほど防御力の高さに直結するこの防御術を 突破する方法は、殆ど無いと言っても…あ 剣を受け止めた指先の爪が ちょっと欠けてる…、この男 もしかして私が想像してるより強いのでは

「き 気をつけて!、魔女には剣も効かないし 魔術も効かない!私の仲間もみんなその防御力の前に 倒れていったの!」

「マジかよ、いや強い強いとは聞いてたけど剣も魔術も効かねぇ上に、さっきの反応速度…体術一つとっても俺と同格かそれ以上って ほんとに怪物なんだな、魔女ってのは」

先仕留め損ねた女冒険者が、仲間を回収しながらヴェルトに向けて言葉を飛ばす、別に止めはしない あの女が仲間を起こしてスピカの元へ向かうか あるいは私に攻撃をしかけ直してこない限り こちらから仕掛けることはない

というか、正直 目の前のこの男で 手一杯なところはある

「まぁ、だからってここまで来て諦めるわけには 行かねんぇだけどな!」

「そうか」

続け様にヴェルトの連撃が飛ぶ、本の数秒に 十か二十か 或いはそれ以上の斬撃の雨が容赦なく私を攻め立てるのだ、どうやらヴェルトの斬撃は私の防御を突破出来るようなので ジェイクの時のように棒立ちで受け止めるわけにはいかない

両手で 拳を握り、先程以上に魔力を込めての応戦、ヴェルトの剣とレグルスの拳がぶつかり合い 中空で火花を散らす、闇雲な連撃同士のせめぎ合いに見え その実、一つ一つを解説すればきりが無いほどに計算され尽くした綿密なる策の応酬でもある

「チッ!、はえぇな!ここまで強いやつと戦ったのは初めてだよ!」

ヴェルトは悪態を吐くが、それはこちらも同じだ 現代にこれほどまでの使い手が残っているとは正直驚きだ、敵の前でなければ 声を出して驚愕していただろう

攻めきれないのはレグルスだって同じだった、ヴェルトの剣の合間を縫って何度か拳を突き出すが その全てがすんでの所で回避されていたのだ

…戦いらしい戦いは本当に久しぶりだ、血湧き肉躍るとはこのことか…!

しかし、熱中しすぎた 些かヴェルトという男に目が行きすぎてしまったが為に、背後に迫る もう一つの殺意に気がつくのに、一瞬 遅れた

「空魔一式…」

耳慣れぬ声が 吐息が、私の耳を擽る…耳元で誰かが囁いていると気がついた時にはすでに遅く、私の首元に冷たい刃の感触が這っていた

「トリンキュロー!?」

「奥義…絶影閃空」

我が首元に這う小さな…それでいて人の命を奪うには充分すぎるそれが、一気に引き抜かれる…

前にナイフの先っぽをつまんで止め、それと同時に流れるように背後にいるであろう誰か目掛け裏拳を振るう、いやダメだな、私が存在に勘づいた時点で危険を察知しナイフを捨てて逃げていたようだ、手応えがない

「まさか一式が防がれるとは思いませんでした、流石に気の張った戦闘中では、首はとれませんか」

先ほど、耳元から聞こえた声が今度はヴェルトのとなりから聞こえる…、声の主はあれ?あの髪で目元を隠したメイド…、クレアといい最近のメイドはみんな物騒だな

「バカ野郎!あいつにゃ刃物はきかねぇんだよ!」

「やってみないとわからないじゃないですか」

「お前物腰に似合わず案外前のめりなんだな…」

どうやらあの女もまた魔女の命を狙う者らしい、しかし援軍とは面倒な…

確かにあの女のナイフではわたしの首には傷ひとつつかないだろうが、ヴェルトとの攻防の隙間にちゃちゃを入れられるのは面倒極まる…

仕方ない、手加減できるか怪しいが、もう一発魔術を使って、もろとも消し飛ばすか…

何て考えていると

「レグルスさん…随分やりづらそうですね」

権威を示すように錫杖が床を叩く音がする、聞くものをひれ伏させる声が響く、何処からか 後ろからだ、私が守る館から、彼女がゆったりと雅に現れたのだ

「レグルスさん?ありがとうございます、おかげでゆっくり休めました…もう充分です」

いや、それは現れた…と表現するのは些か語弊があるな、言うなればそれは降臨…暁の如き金の光を伴いながら、この国の支配者が 降臨したのだ

「スピカ…?」

乗り物酔いから治ったのか、なんて軽々しく声をかけられない程に、今のスピカは恐ろしい目をしていた、この私でさえ恐怖させるほどに

その目から伝わる感情はなんだ?、その目が写しているものはなんだ?

それはただ一つ…それは怒りだ

血を撒き散らし倒れる兵士と、傷つき倒れる騎士を前に、スピカはただただ激怒していたのだ

「私は、私の民を…この国の子らを傷つけるものを、許しません…許せません、…私の前でこのような狼藉、断じて看過出来ません、友愛の魔女の名において…貴方達を断罪しましょう」

スピカが、ぶちギレたのだ…まずい、非常にまずい…スピカは切れさせちゃいけないタイプの女なんだ、普段は温厚だが一度切れると敵に対して一切の容赦をしなくなるのだ…

確かにスピカは我ら魔女の中で見たら、戦闘力は比較的低い…というか一番弱いまである、だがそれはあくまで戦闘力・・・での話

殺傷能力・・・・の高さは、魔女随一なのだ、スピカが怒りのままに暴れれば、この場に血の雨が降ることになる…

…もし、やり過ぎるようなら寧ろ、私がスピカを止めなければならないかもしれないな
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