孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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二章 友愛の魔女スピカ

26.孤独の魔女と交錯する因縁

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オルクスの私兵がスピカの館に襲撃を始めた、丁度同時刻

貴族区画の ど真ん中を疾走する二つの影がある

「せおりゃーっ!」

「『旋風圏跳』ーッ!」

二つの影 …いや エリスとナタリアの二人が貴族区画を走りながら、目の前を阻むオルクスの私兵達を次々なぎ倒しているのだ

「すぅあーっ!、これで何十人目かなぁ!? そりゃあ道中何人かに会うかとは思ってたけど、こんなにうろついてるとか ちょっと異常じゃんよ」

「はい、でも ナタリアさんが一緒に戦ってくれているおかげで、魔力消耗も殆どありません!」

二人は、脱獄したレオナヒルドを そしてレオナヒルドによって攫われたデティを救出する為、皇都を駆けているのだった

ただ問題なのはオルクスの私兵、オルクスが金で雇い入れ支配している 兵士達だ、コイツらが行く手を次々と阻んでくる所為で 些か時間がかかってしまっている

ナタリア曰く、オルクスは皇都で騒ぎを起こす為レオナヒルドを脱獄させたようだ…多分 こうやってオルクスの私兵が道中至る所に潜み邪魔してくるのも、レオナヒルドを追ってきた人達を始末し なるべくこの脱獄騒ぎを長引かせたいからだろう…

ただ、その騒ぎを長引かせて 何をしたいかまでは まだ分からない、もしかしたらエリスの知らない所で 知らない何かが起こっているのかもしれない、だとしたら気にするだけ無駄だろう

そもそも、今この状況だって分からない事だらけなんだ、一々分からない事を順序立てして紐解く暇はない、何せこっちはデティを人質に取られているんだ

「早く…早くデティを助けに行きましょう」

「ん、そうだね レオナヒルドは子供相手でも何をするか分からないからね」

そうだ、思い返すのはあの砦での一件…、レオナヒルドは子供のような自分より弱い立場の人間に対して異様に加虐的になる、アイツが変な気を起こしてデティ相手に取り返しのつかない事をしない保証はないのだ

「それで 道はこちらであってるんでしょうか…もうかなり走りましたが」

「ん?、ああ 多分ね」

この人肝心な所で適当だから 少し不安なんだよな…、今エリス達が向かうのはハルジオン邸と呼ばれる館だ

「ハルジオン邸…一年くらい前に館の主人が使用人も何もかも捨てて失踪してねぇ?、それで 雇い主のいなくなった使用人もみんな居なくなって…それ以来廃墟ってわけ、一応所有権はオルクスが持ってるらしいし、オルクスが脱獄囚を匿うならこれ以上ない場所でしょ?」


ナタリアさん曰く レオナヒルドはそこに逃げ込み何かをするつもりらしい、確か…エリスが見かけた私兵も『合流場所云々』と口にしていたし もしかしたらその館でオルクスとレオナヒルドが何かをするつもりなのかもしれない

あと気になる事は…ハルジオン…という名前を、聞き覚えがあるという事…多分、エリスだから引っかかりを覚える程度に微かに聞き及んだだけなのだろうけど、気になる…なんでこんなに…

「んぁ、ほらほら!合ってた合ってた!こっちだよほれ!見えてきたよ見えてきた!」

「え?、あれですか?」

なんて考えていると思いの外目的地は近かったようで ナタリアさんが声を上げる、あそこの館が レオナヒルドが逃げ込んだであろうハルジオン邸であると


あれ…あの館…



外観を目に入れ、数秒 

周辺の景色を見て記憶と照合し 、数秒

そして、波濤の如く押し寄せる 記憶の奔流が意識を埋め尽くし、数秒……


「…ぃ…スちゃん!エリスちゃん!、ちょっと大丈夫!?」

ナタリアさんの声でようやく、自分が上手く息が出来ていない事に気がつく…尻餅をつき 、無様に膝が震えているのが 見える…

あの館 間違いない、なんでもっと早く気がつかなかった!なんで思い出さなかった 確かに覚えているのに、今尚色濃く記憶に刻み込まれた景色だというのに 

一年前…館の主人がいなくなった、そうだろう 館の主人がいきなり馬車で皇都の外へ消えたのは そのくらい前のはずだ

ハルジオン邸…か、いや 思えばエリスはご主人様の名前を知らない、館では使用人のみんなはご主人様の事は『ご主人様』と呼ぶだけで名前を呼ぶ事はなかった、或いは呼んでいたのかもしれないが 少なくとも当時のエリスは聞こうとしなかった…

ああ、分かる…何せあの館は、エリスが生まれた館 あの館の主人は…エリスのご主人様、あ あの館は…エリスの……

「ッ…う、あ あれ…エリスの…」

そこまで言って口を閉じ首を振るう、いや落ち着け エリスが怖いのはあの館ではない、あの館で起こった出来事は怖いが… もうエリスを傷つけるものはあそこには何もない

そう言い聞かせても、思い出すのは目を釣り上げエリスを殴るご主人様…理不尽な理由で甚振るご主人様、ろくに食事さえ与えてもらえず 知識さえ与えてもらえず、絶望することすら知らずにただ漠然と悪意を受け止めていた頃の記憶が溢れかえり 目が回る

「…エリスちゃん、何があったかよくわからんですけど …辛いならここで一旦戻る? なんならエリスちゃんが師匠を呼んできてもらえれば あとはアタシが上手いことやるけど」

「っ、ダメです 今から師匠のところに戻っていては時間がかかりすぎますし…、あの館に隠れているレオナヒルドがエリス達を迎え撃つ支度をしていないとも思えません」

ナタリアさんの声を聞くほどに 落ち着いていく いや違う…落ち着かせるのだ、己を

頭を冷やし 息を吸う…、今は怖がっている暇はない…今は一刻を争う 悠長にししょーを呼びに行く暇はない、それにレオナヒルドは 頭は回る方だ…あの館に逃げ込んで、大人しく隠れているとも思えない

何か罠を仕掛けている可能性がある…というか仕掛けてあると見るべきだ、そんな中にナタリアさんを一人で向かわせられない

何より友の危機に恐怖で背を向けるなど、魔女レグルスの名を背負う者として あってはならぬことだ

「そう?…まぁ アタシはエリスちゃんの意思を尊重しますよ、でも 最初も言った通り守れる余裕はないからね?守れたら守るけどさ」

「はい、大丈夫です…行けます」

頬を叩き 姿勢を正す、大丈夫呼吸も落ち着いてきた 大丈夫もう足も竦まない  大丈夫と言い聞かせる、大丈夫なもんは大丈夫なんだ!強がりでも空元気でも大丈夫って言えば大丈夫!

「よしっ!」



その後、ハルジオン邸へは 思いの外簡単に侵入できた、ここがオルクス所有の地で オルクスがレオナヒルドと合流地点に選んだ以上…道中 出会った以上にオルクスの手の者が跋扈している と警戒したがそんなことはなく

すんなり あっさり、門をくぐり庭を通り過ぎ 玄関先まで来ることが出来た…、案外扉を開けた瞬間 槍衾が飛び出てきてエリス達がズタズタにされる、なんてこともあるかもしれない

が、少なくともそんな大人数の気配は感じないから大丈夫だと思う

「それにしても……」

くるりと庭を見渡す、雑草は生え放題で手入れされている印象はない …オルクスはこの館を手に入れても 別に管理してくれているわけではないようだ

思い入れはない、館の外観を見たのは一度だけ ご主人様がエリスを連れて皇都を発つ時 馬車の中からチラリと見ただけだから、でもまさか 戻ってくるなんて思ってもみなかった

「この館とエリスちゃんの関係は気になるけど、とりあえず今は置いておく…、エリスちゃん 中に入ったらデティ様の救出だけを考える事…いいね?」

「はい、分かりました」

そう真面目な顔で話すナタリアさんの顔は、優秀な騎士のそれだ…、ナタリアさんはエリスなんかとは比べ物にならないくらい沢山の修羅場をくぐってきているのだと実感させられる

そんなナタリアさんから見れば今のエリスは、いろんなことに気を取られているように見えるのだろうし、実際そうだ 気を取られている…いろんなことに

でも、ナタリアさんの言う通り 今は置いておく、気持ちを切り替えて…今はデティの事だけ考えるんだ

「んじゃ、行くよ…」

そのナタリアさん言葉を合図に、返事を待たず 扉の取っ手に手をかける…

扉は軋み、甲高い音を無人の室内に響かせながらゆっくりとゆっくりと開いていき、埃っぽい匂いが鼻をつき始める…

館の中には音も気配もない…無人だ、少なくとも玄関付近は

しかし使用人が出て行く時持っていったか 或いはオルクスが取り払ったか、中に置かれているはずの家具や調度品は全て綺麗さっぱり消えていた、昔はもっと色んなものがごちゃごちゃ置かれてたが 、今はまっさらで 些か寂しさを感じる

「本当に廃墟なんだ…」

記憶の中にある館の内装とは少し違う事で、ようやくあの恐怖の象徴とも言える館が もうこの世のどこにもない事を理解し、薄暗い館へ足を踏み入れる


ここから先は 敵地といってもいい、どこにレオナヒルドが潜んでいて どこから襲ってくるか分からない、人の気配はしないが…多分 居ると思う、確証はないが多分

館の中は当然、灯りなどない 窓から差し込む光以外視界を確保するものはないから、とても視界が確保しづらい、この広がる闇の中 どこにレオナヒルドが息を潜めているか分からない

探すように それでいて見つからないように、暗い館を練り歩く…


「…ん?、今音が…」

「うん、向こうの部屋だね」

ふと、何かの音が右耳を突く…なんの音かは分からないが、少なくとも いってみるに越した事はない

確か、エリスの記憶では あっちの方向にはダイニングがあったはず この館で一番広い空間だったはずだ、ナタリアさんを案内するように先導し歩く

「ナタリアさん、こっちです…」

「お?、やたら詳しいね なんでか知らんけど助かるぅ」

物は取っ払われ見違えはしたが館の構造までは変わってない、視界が悪くとも 記憶の通り歩けば 直ぐにダイニングへ着くことが出来た

「あ、扉を開ける前は気をつけてね…、向こうに何があるか分からないから…、案外扉を開けたらレオナヒルドがうわぁ~って…」

「はい、分かりました」

「ちぇ、驚かないか」

当然、館の扉を開けた時同様 ダイニングの扉を開ける時もまた細心の注意を払う、開けた瞬間 レオナヒルドの魔術が飛んできても対応できるようにしつつ…ゆっくりと 開け…

「ッー!で デティ!」

「んんぅーっ!??」

それを目に入れた瞬間そんな注意、一瞬で吹っ飛んだ

広い 部屋の真ん中には縄で縛られて猿轡を噛まされたデティが乱暴に床に捨てられていたのだから、その瞬間エリスの頭の中は一刻も早くデティを助けなくてはという一心に支配される

「ちょっ!?エリスちゃん!」

なんてナタリアさんの制止の声も届かず、走り駆け寄る エリスの不注意でエリスの不覚でこんな目に合わせてしまった友を、一刻も早く解放してあげたいから…

「デディ!、すみません 無事でしたか?エリスが油断したばかりに…ああ!縄もこんなにきつく縛られて…痣ができてます!」

「んんぅっ!んんぅっ!!」

くそっ、血が滲むほどきつく縛られた縄を解くのに苦戦してしまう…というかもう解く気が無いほどめちゃくちゃに結ばれているじゃないかこれ!、もういっそ魔術で焼き切るか エリスの魔力制御ならデディを傷つけず縄を切るくらい簡単に…

と、そこまで考えて ふと我に返る…、良く見ればデディが涙を浮かべて首を振っているじゃないか

涙を浮かべてるのはなんでだ?痛いから?怖いから?違う…これは…

「ッーーー!」

刹那、エリスの視界の奥 何もない…いや、何も無いと思われていた暗闇の中で、白刃が煌めく

刃が放つ光が一瞬照らすソイツの顔は、エリスが最も警戒していた 危惧していた 探していた人物の顔、決して 決して忘れることのない怨敵 レオナヒルドその人で

「れ…レオナ…ッ!?」

遅かった、エリスがレオナヒルドに気がついた瞬間 、既に奴は暗闇からヌルリと現れ ナイフを突き出し エリスの体を貫こうとしていたからだ、回避は間に合わない 屈んでも跳んでも 既に最高速に到達しているレオナヒルドの刺突を避けることが出来ない

「ッ!!」

どうすれば、そんなエリスの思考を 視界を遮る影が現れる 、いや 誰かがエリスの前に立ったんだ

「ッー!?エリスちゃん!危ない!」

白刃を突き立てるレオナヒルドと無防備なエリスの間に割り込み叫ぶその影の背中は、ナタリアさんのもので…………


「ごぶうっ!?」



それは一瞬だった


何が起こったか、エリスが理解するよりも前に 暗闇の中小さな悲鳴が響き、次いで地面に 鮮血が飛び散り 埃を巻き上げ、其れは闇の中へと倒れ沈む


「フゥーッ…ったく」

それは血の滴る手で頬の汗を拭い 倒れる彼女に向かって悪態を吐くと、ゆっくりとこちらの方を見て 荒々しげに口を開く


「手こずらせやがって…全く、大丈夫?エリスちゃん」

ニッと笑いながら親指を立てるナタリアさん、そこでようやく気づく さっきまでこちらに殺意を向けていたレオナヒルドは鼻血を出し地面に倒れていることに

ああそうか、さっきの一瞬 ナタリアさんがレオナヒルドを殴り飛ばしてエリスを助けてくれたのか…

「あ ありがとうございます、エリスてっきりナタリアさんがエリスをかばってレオナヒルドに刺されたのかと思って ヒヤヒヤしてしまいました」

「ヒヤヒヤしたのはこっちだっつーの、デティ様助けるのに必死なのはいいけど 冷静さを欠くのはいただけないぞう、ここぞという時こそ頭冷やして周りを見ることが大事、最後の一歩でしくじるのが一番バカなんだから」

「な…ナタリア、…てめ…うげっ!」

鼻血を噴き、ナイフを持ちながらも起き上がろうとしてくるレオナヒルドだったが、それを読んでいたのか ナタリアさんが先んじてその胸に足を置くことでそれを防ぐ

「あんたは昔から、ここ一番って時には魔術じゃなくて チンピラ紛いのコスい手ばっかり使いますよねぇ…子供を餌にし釣りをして、おびき出したところをナイフで串刺し?、元宮廷魔術師が聞いて呆れる…」

「う うるせぇ…、お前…わ…私を追ってきて、そんなに私が憎いか そんなに私に死んで欲しいか!?、えぇ!?ナタリア!」

二人はかつて…、ナタリアさんがまだ騎士団ではなく宮廷魔術師団に所属していた時は先輩後輩の仲だったという、ただその関係はあまりいいものではなかったようで レオナヒルドの執拗なイビリとイジメの酷さは…周りの人にも知れ渡っていたという

「はぁ、ほんと 人間として小さいな そんなんだから…いや、…あ!ほら エリスちゃん、これ使って デティ様解放したげて、縄がそんなに食い込んじゃって 痛いだろうからさ」

足元のレオナヒルドに何か言い澱むも、直ぐにいつもの調子に戻り レオナヒルドの持っていたナイフをこちらへ投げてくる

ってあぶない!?ナイフとか刃物は投げて渡さないで欲しい!、キャッチし損ねて 床に刺さったそれを抜き、デディの猿轡やナイフを切り落としていく

「ぷはっ!…ゔっ…ゔぇぇぇええええっ!エリズぢゃん!ごわがっだよぅおおおおお!」

「デティ、ごめんなさい エリスが弱かったばかりに怖い思いをさせてしまって…」

「ゔぅぅぅ!、でも 誘ったの私だし…それにエリスちゃんがいなかったら私今頃…ぐすっ」

涙 鼻水 涎 汗 ぐしゃぐしゃに濡れ散らしたデティの頭を抱きしめ安心させるように撫でる、怖かったろう 恐ろしかったろう、そんな恐怖の中 デティはエリスを助ける為に、全身を縛られながら首を振り必死に忠告してくれていた

なんて優しく勇気のある子なんだろうか、私の友は

「ふうぃー、脱獄囚は見事にお縄 連れ去られた魔術導皇サマはお友達と涙の再会、オマケにアタシは冤罪が晴れて 一件落着大団円、ってなぁまさにこの事だねぇ」

「はい、それもこれもナタリアさんが手伝ってくれたおかげです!ありがとうございます」

「よせやい、照れらぁ」

へへへと鼻の頭を擦るナタリアさんと ぐったりと倒れこむレオナヒルドを見て、…ふと思う

「でも、結局レオナヒルドさんって 誰が牢屋から出したんですかね、結構な数の看守もいたでしょうに みんな殺されてたんですか?」

ナタリアが現場に居合わせた時、地下牢を監視する看守は皆 殺されてしまっていたという

最初はオルクスの私兵達が攻め込んで一気に助けたのかと思ったが、そのオルクスの私兵と戦ったからこそわかる、無理だ…

オルクスの私兵達はそこそこ強いが 多分看守の方が強い、というのも 囚人の反乱が起きてもいいよう看守には基本いい装備が配られ かつ人員も優秀なものが多い

それらを相手に瞬く間に皆殺しにし 手早くレオナヒルドを逃がすことができる人物がもしオルクスの私兵の中にいたのだとしたら、エリスはこんなにも簡単に デティの元へは到達出来ていない

「さぁ知らね…、だけど確かに気になるといえば気になる 、誰が私に罪おっかぶせようとしてきたのかね、見つけ次第ボコボコにしてやるよ…けど それは事態が落ち着いてからでもできる事、今はデティ様をスピカ様のところへ届けましょうや」

コイツもふん縛ってね? と倒れるレオナヒルドを蹴飛ばすナタリアさん 

なんか、レオナヒルドが急に大人しくなったのは気になるが、ともあれこの一件はこれで終わりだ

まずはデティを連れて 館に戻ろう、もう随分経っているから もうスピカ様も移動を始めてるかもしれないが、ともかく戻る 戻って合流して、謝ろう 心配をかけた事 デティを守りきれなかった事、全てを詳らかに話し 謝ろう

怒られるかもしれないけれど、それを甘んじて受け入れよう

「はぅ、エリスちゃん…」

「大丈夫ですか?デティ?、歩けますか?」

その手を握り 立ち上がる、大丈夫 帰り道はちゃんと記憶している 

そうだ、ナタリアさんも一緒に戻ってくれるのだろうか、なんだか最近騎士団を避けてるみたいだったが、口振り的に一緒に来てくれるのだろうか このまま行方を眩ませたら流石に冤罪とは言えいい顔はされまい

付いてくるならそれでよし、また逃げようとするなら エリスが説得しよう

「あの ナタリアさん、ナタリアさんはエリス達と一緒に来てくれるのですか?」


「ごぶふぅ…え…りすちゃ…」

振り向いた先は、赤だった 一面に赤が広がっていた

血だ、 血が 炸裂するようにエリスの前に広がる

誰の血か、誰が血を流しているのか 

ナタリアさんだ、なんで ナタリアさんが どうして、血だ 血が…血が滝のように流れて 脇腹が裂けるように生まれた傷口から…あ …ああ

エリスの焦燥など他所に水音は響き、血の海にナタリアさんが沈む 

「ナタリアさんッ!?」

何が起こったのか、暗闇で全てが見えない  何がどうなってるんだ!?

むせ返るような血の匂いに思わず吐き気を催し、パニックに陥りそうになるが 直前で頬の裏を噛み目を覚ます、今エリスの手を握るデディ この子だけでも守らねばならないからだ

「ぐっ、…げはっ…」

「ナタリア…治癒術師である君は、生半な傷では自分で癒してしまうからな…このくらいしないと意味がないのだ」

フラリと、闇の中から現れる レオナヒルドが潜んでいた闇よりもさらに奥から

手に持ったのは 血で濡れた黒い斧だ、体に纏うのは 返り血で赤く彩られた 鎧…エリス達が相手をしていたオルクスの私兵達ではない、アジメク導国軍の それも友愛騎士団に配られる絢爛な鎧で…

「許せとは言わん、恨め…弱い私を」

窓から差し込む陽光の下に歩いてきたそいつの顔を エリスは見たことがある、会ったことがある 名前を…知っている!

ししょーはコイツを『立派な騎士』と呼んだ

クレアさんはコイツを『アジメクの英雄』と呼んだ

かつて、エラトス戦役にて 多大な尽力を以ってしてアジメクに貢献した騎士の中の騎士 稀代の英雄

「貴方は…バルトフリートさん」

英雄 バルトフリート・モンクシュッド…レオナヒルドの兄が、黒い戦斧を引きずり暗闇より現れた、全身に浴びた返り血の量は明らかにナタリアさんが出血した量よりも多い…いやなるほど そこまで考えて気づく

「貴方だったんですね、レオナヒルドを逃し ここまで誘導した犯人は…!」

「君は…確か、魔女様の弟子の…」

この人だったんだ、レオナヒルドを逃し ここまで誘導した、共犯者は…!、今まで姿を現さなかったのはレオナヒルドと違い 着実に相手を仕留められる瞬間を狡猾に狙い隠れていたんだ

…この人の腕前がどれ程のものかは分からない、だが以前模擬戦をするときメイナードさんが言っていた

『今友愛の騎士団で クレアちゃんに勝てるのは 僕とヴィオラちゃんと…デイビッド団長代行とナタリアさんと バルトフリートさんの 五人くらいくらいなもんかな』

と…クレアさんより上 というとそこらの騎士よりも強いという事、彼なら 一人で地下牢を突破し、レオナヒルドを逃がすことさえできるだろう

「っつー!兄様!コイツです コイツが例のクソガキです!殺しましょうよ…どの道顔見られた以上生かしては置けないでしょうよ!」

ナタリアが倒れたことで自由の身となったレオナヒルドが、調子よく バルトフリート目掛け声をかける、そこでやはり バルトフリートがレオナヒルド脱獄と助けをしていたことが 確定してしまった

「うむ…そうだな、乗り気ではないが…」

そう言って、血に沈むナタリアさんを踏み越え 斧を構えるバルトフリートと魔力を隆起させるレオナヒルドがエリスを囲む…

状況は 一気に最悪の物となった…


……………………………………


バルトフリート・モンクシュッドは 騎士の中の騎士である

アジメクに住まう者に聞けば 八割は彼をこう讃える、残り二割は彼の存在そのものを知らぬ者たちだ、もし知らない者がバルトフリートに会えば彼らもまた バルトフリートを騎士と讃えるだろう

それほどまでにバルトフリートは 優しく 厳格で 強く 弱い者の味方だった

常に正しくあろうと自分を律し、修練を一切怠らず 後輩達の指導にもまた手を抜かない

もし自分が間違いを犯したのなら、率先して謝罪し 進んでどんな償いでもし 次の日からより一層正しくあろうと努力する

もし他人が間違いを犯したのなら、厳しく叱責し どうしてそうなってしまったか話を聞き、そして許し 共に頭を下げた、間違いは誰にでもあると

騎士として戦い 騎士として魔女に忠義を尽くし 騎士として国民全てを守る為に全霊で働く、そして それを自らの使命として決して自慢せず驕らなかった

例え、エラトス戦役で多くの功績を挙げても 必要以上の褒章は受け取らず、死なずのバルトと称えられながらも 自分は人の上に立つ器ではないと、皆に推されても騎士団長の座には決して座らず 数十年余りを一介の騎士として欲を見せずに過ごした


バルトフリートは 騎士である、どこまでも 誰よりも誠実な騎士だ

彼自身 きっとこのまま、自分は誠実なだけの堅物として 騎士人生を終えるのだろうなと 日々動かなくなる体を前に、ぼんやり思っていた頃

事件は起こった

レオナヒルド・モンクシュッドの魔女偽証罪だ、妹のレオナヒルドが 魔女の名を偽り 力なき辺境の村から金や食料を騙し取っていたらしい

バルトフリートは眩暈を覚えた、自分の妹が なんて事をと…、皇都を放逐されて以来 外でのんびり暮らしているものと楽観した自分を殴りつけてやりたい錯覚に陥りながらも 、バルトフリートは努めて冷静であろうとした

魔女様の怒りを買い 言い渡されたのは処刑の二文字、残念ながらこの処罰は妥当と言うほか無い、それほどまでにレオナヒルドは罪を重ねていた

魔女偽証罪だけなら 処刑されずに済んだろう、だが罪のない農村を騙し搾取し 子供をさらって奴隷として売り払い 盗賊として酒池肉林の生活をしていたと言う…許されるものではないのだ、相応の悪には 相応の罰が下る

悪には罰が下る…私がいつも口を酸っぱくして言っていることだ、後輩にも友人にも妹のレオナヒルドにさえ…、だが 私の言葉はレオナヒルドに届いていなかったようだと、牢屋で蹲る妹を見て思う…


いや、私がしっかりしていればよかったのか?、私が不甲斐ないから妹をこんな目に合わせてしまったのか?、私がしっかりと兄としてレオナヒルドを見ていれば 結果は違ったのではないか?


嘘ばかりつく妹を見て ズルばかりする妹を見て 弱者をいじめる妹を見て…、きっといつかわかってくれると 思い込んでいた私が悪いんじゃないか?

これは…私の責任なのではないだろうか

一度でもそう思ってしまえば、毎夜毎夜魘される日が続いた

レオナヒルドの 妹のあの恨みがましい目…助けを求めるような目を思い出す都度、兄としての矜持はなんぞやと己に問い続けた


そんなある日、デイビッドからレオナヒルドの正式な処刑の日が決まったと聞かされた

処刑される事自体は最初から決まっていたが、日取りを聞かされるとどうにもこうにも耐えられない、ただ一人 自分に納得のいく答えが見つけられないままぼんやり過ごしていると、オルクス卿が私に接触してきたのだ

『妹を魔女から助ける為 手を貸してやるぞ』とな

いつもの私なら『スピカ様に楯突くような真似は決してしない、そんな事をするくらいなら自分で首を落として死を選ぶ』と返しただろう、実際その時 そう返そうともした

だがこうも思ってしまった、これは チャンスなのではと

レオナヒルドも十分苦しんだ、後は私が言い含めて 二度と他人に迷惑をかけないと、この罪を一生かけて償い続けると誓わせ どこか小さな村にでも逃せば、彼女ももう悪事は働くことはなく 改心させられるのではと思ってしまった…否 思い込んでしまった

オルクスが自分に声をかけてきた理由は きっと善意ではないだろう、私は オルクスの掌の上で踊らされることになるだろう、それでも…妹の命を助け 改心させられるなら、なんだってする

この一件が終わったら、私はすべての責任を負って 死を選ぼう…これが私の最後の戦いだ


決心してからは早かった、オルクスの指示通り私は廻癒祭当日 手薄になった地下牢に忍び込み、レオナヒルドを解放し 指定された潜伏場所であるハルジオン邸へと向かった

ただ万事上手くいったわけではない、最中 看守に見つかり戦闘になった…致し方ないとはいえ全員斬った、中には顔見知りもいたし 私が襲ってくると知って、信じられないといった顔をした者もいた

正直に言えば 辛かったが、私に裏切られたみんなはもっと辛い筈だ、志半ばで散っていった彼等の胸中を慮るなら、騎士としての役目すら果たせない半端な裏切り者である私が 嗚咽することなど許されるはずもないと、心を鬼にし妹を助けた

肝心の妹は私が戦っている最中に、私を置いて一人でそそくさと逃げてしまったのだがな


そして何よりマズかったのが、一人で逃げてきたレオナヒルドがまだ幼い魔術導皇のデティ様を人質に取ってきた事だ

『コイツを突き出せばあのお方も私を許してくれる、私はまた成り上がれる』

など言っていた、あのお方が誰なのかは分からないが ともあれこれ以上罪を重ねるのはやめろと、声を荒げようとしたその時 館にナタリアと金髪の少女が入ってきたのだ

レオナヒルドは小賢しくも策を弄し ナタリアを迎え撃とうとしたが、敢え無く返り討ちにあい 危うくまた捕まり直すところだった…そのせいで私は ナタリアまでも手にかけてしまったが

…最早、一人も二人も変わるまい 私の手は 誇りある鎧は、既に仲間の血で汚れ あれだけ大切にしていた騎士の矜持も自ら貶めてしまった、なら ここまできたなら 心まで外道になりさがろうではないか

そう思い、斧を握る手に力が入る…後はこの金髪の少女を斬り デティ様を囮にして、レオナヒルドを郊外に逃がすのだ

後一人 この少女1人斬れば 全て終わる…そう自分に言い聞かせにじり寄るうちに

頭に一つの疑問が浮かぶ…

私がなりたかった騎士とは どんな物だったか?、こんな少女を武器を持って追い詰めるのが 私の求めた騎士の姿なのか?

なんて 今更気にしても、仕方ないことなのだが…


…………………………………………………………

「エリスちゃん…」

「デティ、下がっていてください」

右には斧を持った鎧の巨漢 英雄と称えられる実力者で、あのクレアさんよりも強いとされるバルトフリート

左には目をぎらつかせたローブの女、体から魔力と殺意を噴き出させ エリスを睨んでいる、コイツの強さは身を以て知っている、偽の魔女 又の名をレオナヒルド

双方…どちらか一つ相手取ってもエリスの手には余る強敵だ

それがエリスを囲むようににじり寄っている、後ろには守らなきゃいけないデティがいる、ナタリアさんはバルトフリートの一撃を受け 倒れてしまった、夥しい量の血を流しているが、遠目で見る限りまだ命を繋いでいるように見える

だが放っておけば 確実に死ぬだろう

戦うか?逃げるか?どちらにしても難しい、…デティを抱えてこの2人から逃げるのは至難の業、逃げるのが難しいなら戦うのはもっと難しい…

だがやるしかない…

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!!」

風を纏い、自らを浮かべ 室内を高速で飛び交う…、このまま高速で翻弄し 逃げる!

と見せかけての牽制でダメージを与える、倒す とまでは行かずとも追うのを躊躇わせるくらいの傷を与える

「焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎!『火雷招』ッ!」

「ははっ!、そうくると思ってたよ 『ブリザードセパルクロウ』!!」

炎の雷を放とうとした瞬間、エリスの手元に集まった熱が レオナヒルドの放った真反対の氷の魔術に横槍を入れられ堪らず霧散 する、しまったこんなに早く対処法を編み出されるとは…

なんて、驚いている暇はエリスにはなかった

「ぶへぇっ!!」

旋風圏跳で高速で飛んでいる筈のエリスの体が、バルトフリートの柄での一撃によってまるで虫のように叩き落されデティの元へと転がる

「ふむ、子供と侮ったが 実に冷静に状況を見ている…魔女様の教育が良いのだろうな」

そう言って斧を片手に見下ろすバルトフリート…強い、分かってはいたが強い

クレアさんでさえ翻弄出来る旋風圏跳のスピードについてきて、剰え初見で見切られるとは思っても見なかった

まずいな、エリスの頭の中にある戦闘理論全て使っても 勝率が二割を切る…その上レオナヒルドの相手もしながら となるとエリスに勝ち目は…

「だが出来れば、抵抗はしないでくれ…君を殺めた償いは私が必ずする」

「くっ…」

打つ手が見当たらないまま、エリス目掛け斧が大きく振りかぶられる、ダメだ…今回ばかりは本当にどうしようもない、ごめんデティ 不甲斐ないエリスを許し……

「はぶるわぁっっ!?」

「ぬっ!?レオナヒルド!」

突如、悲鳴をあげ錐揉み 蹴破られた扉と共に宙を舞うレオナヒルドを前に、バルトフリートの注意が一瞬散る、誰か助けてくれた…まさか ナタリアさんが自分で傷を治して!?

と思ったが、次の瞬間響いたその声はナタリアさんでなく それでいてある意味この場で一番頼りになる人の声だった


「手前らぁぁぁっっ!!!!、何晒してくれとんじゃおらぁぁぁっ!」

「っ!?貴様は クレア・ウィスクム!?」

玄関を突き破り 扉をぶち破り ついでに進行方向を塞いでいたレオナヒルドをぶっ飛ばし、最短距離で走る若き閃光…、バルトフリート相手にも一切の躊躇いなく攻撃を仕掛けるのは、近衛騎士 クレア・ウィスクムその人で

「貴様…だがなぜここがバレた、オルクスは今日はここに騎士は近づかないと言っていた筈…」

「外道の臭い!、エリスちゃんとデティちゃんを連れ戻しに来てみれば…プンプン臭う外道 悪党のむせ返る臭いと なんか道中倒れまくってるオルクスん所の私兵の跡を、辿って来てみりゃこの有様!、正直状況は全然飲み込めませんが …飲み込めませんが…!」

暗い館の中で 一条の光が交錯する、バルトフリートの黒い斧と クレアのよく磨かれた白銀の剣が火花を散らしぶつかり合い 鍔迫り合う

「状況は飲み込めずとも!エリスちゃんの!友の危機だってのは丸分かりなんですよ!、私の友達に刃向けるクソ野郎は たとえ相手が英雄だろうが神様だろうが、構わず全員…」

「ぬっ…!?」

床が軋む音がすると共に、体格も力も遥かに上回るであろうバルトフリートの体が クレアの剛力により、フワリと地から離れる 刹那浮かび上がる

「叩き斬ぃぃぃぃるッ!!」

そのまま怒号轟かせ弾く  バルトフリートを弾き飛ばす、鎧を着込んだ筋骨隆々の大男たるバルトフリートを幾回りも小さいクレアさんは 全身のバネを使い、はるか後方へと押し飛ばしたのだ

剣を薙ぎ 闇を切り裂き 敵を打ち払うと、軽やかな足取りでこちらを一瞥するクレアさん

「ふぅーっ!、…さて エリスちゃんこれどういう状況!?、2人ともこんなところで何やってんの!?レオナヒルド脱獄させたのナタリアさんじゃないの!?なんでナタリアさん血ぃ噴いて死にかけんての!?ってかバルトフリートさんになんで襲われてんのぉぉっ!、わからん!まるでわからぁぁぁん!」

よくそこまで全く理解できてない状況下で、それほど迷いなく行動できるなこの人…ある意味尊敬するし、今はその迷いのなさに救われた…

「細かい説明や擦り合わせは省きますがレオナヒルドを逃したのはバルトフリートです!、エリスとナタリアさんでレオナヒルドを捕まえようとしてましたがナタリアさんがやられました!以上!」

「オッケー!敵と味方が分かりゃそれでいいわ!、後のことはそこのバルトフリートに聞く!何考えてんのか…色々とね、エリスちゃんはデティ様を安全なところへ!」

「…騎士として 魔術導皇の危機に馳せ参じるとは、見事なまでの騎士振りだ!こんな身の上でなければ両手を上げて褒め称えたいものを…だが私も今更引けんのだ!」

エリスの中々に省いた説明でも納得してくれたのか、ここは任せろと言わんばかりに立ちはだかる、向かう視線の先にはバルトフリート…弾き飛ばしただけで傷ひとつ付いていない、だが 既にバルトフリートの視界にエリスは映っていない事はなんとなく分かる

バルトフリートの視界には、ただ一人の騎士だけが映っている 、剣を構え魔術導皇を守らんとする 、英雄の卵を見つめ 小さく笑う

「さぁ来いクレア!、魔女に盾突き 魔術導皇を傷つけ 導国の志士を殺した悪逆の徒はここにいるぞ!、お前も騎士の一人というのなら!、この悪党を斬ってみせろ!国の為に!」

「ごちゃごちゃ言われずとも最初からそのつもりです!、伝わってないなら何度でも言います!、あんたを!叩き斬ると!」


剣を握り直し 体勢を低く構え 才覚でのみ作り出された天衣無縫の型を取るクレアさんに対し、重々しい斧を片手で持ち上げ 経験に裏打ちされた重厚な構えで迎え撃つバルトフリート

若き騎士と 老いた騎士、両者の間には言い知れぬ緊張感が走る


きっとバルトフリートはクレアさんがなんとかしてくれる、エリスはクレアさんに言われた通りデティを連れて ともかく外に出よう、ナタリアさんの事が気掛かりだが まずはデティだ

「デティ、行きますよ 外へ逃げます」

「う…うん」

部屋中に迸る殺意の乱気流と 濃厚な血臭の霧に 青い顔をするデティのか細い手を握り、出口に向かおうとした時 、玄関へと繋がる この部屋唯一の出入り口を塞ぐ影ある

それはもはや 執念とも呼べるしつこさ、いや 彼女にとって 標的は最初からエリスただ一人だったのかも知れない


「…へへへ、逃すわきゃねぇだろ…クソガキ」

「レオナヒルド…!」

ナタリアさんに殴られ クレアさんに吹き飛ばされ、髪を乱雑に跳ねさせ 鼻と口から血を流した、悪鬼のような姿をしたレオナヒルドが エリス達の道を阻んでいた

「こちとら、テメェの所為で全部失ったんだよ!立場も!魔女の名も!酒も!肉も!金も!名誉も!全部全部失って危うく処刑されかけたんだぞ!」

レオナヒルドの慟哭は、理不尽極まりないものだ…それら全てはレオナヒルドの身勝手な嘘で塗り固められ作られたもの、それを失ったのがエリスの所為?責任転嫁も甚だしい

「違います、貴方は失ったんじゃありません 元々何も手に入れてなかったのです、都合のいい嘘と 他人を嘲る虚偽で作られた泡沫の城なんて、消えて然るもの!!、処刑も 貴方が他人にしてきた事のツケが回ってきただけ!エリスの所為ではありません!」

「やかましいやかましい!、ガキのくせに分かったような口利きやがって!何もわからねぇ 何も知らねぇガキのくせに!…そんな そんな哀れむような目で見んじゃねぇぇぇぇ!」

砦にいた頃よりも 随分余裕がないように見える、寧ろ この荒々しく我儘な姿が素なのかも知れない

髪を掻き毟り、怒りと狂気に塗れ 既にかつて砦で見せていた余裕は微塵もない、だと言うのに その身に滾る魔力だけは一切の衰えがない、寧ろ後がなくなった分強くなってさえいる

目を血走らせ 息を荒げ、絶大な魔力を迸らせエリスとデティを睨み尽くす その姿はまさに修羅…

「お前は殺す!魔術導皇は連れて行く!、それで私はまたあのお方から地位を貰える!、今度はもっといい地位で もっと上手く立ち回って、もっともっと金稼いでもっともっともっといい思いして!私を見下すお前らを上から踏みつけて笑ってやる!」

「それは出来ません、エリスは死にません デティは連れて行かせません、貴方だって… 他人を踏みつける思考を捨てない限り、成功はしないでしょう!」

「うがぁぁぁ!うるせぇぇぇ!!」

コイツの狂気は 既に常識の範疇を超えている、もはや後のなくなったレオナヒルドに手段を選ぶ なんて小綺麗な真似をする余裕はない、このまま放置すれば必ずエリスとデティにどんな手を使ってでも復讐しにくる、もう捨て置けない 捨て置けないんだ!

どのみち出入り口を塞がれている …やるしかない、今度こそ  ここで

「レオナヒルド!貴方を倒します!」

「ほざけクソガキ!ぶっ殺す!」

あの時の借りを返す!その為にエリスも応えるように魔力を隆起させ、二つの魔力が ぶつかり合う

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