孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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二章 友愛の魔女スピカ

28.孤独の魔女と魔女殺しの思惑

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廻癒祭 魔女スピカがその疲れを癒すため借り受けた貴族の館
その庭園にて、今 二つの勢力が対峙していた

一方は 反魔女派の貴族オルクスが金で雇い入れた冒険者や殺しのプロで構成された、対魔女用の軍勢…なんて言いつつもその殆どは蹴散らされ 今動けるのは スパイダーリリー トリンキュロー ジョー・レギベリ…そして元騎士団長のヴェルト 以上四名を残すだけである

対するは魔術導国を統べる絶対存在 魔女スピカと、彼女を守るように前に立つ孤独の魔女レグルス の二名、本来は兵卒や騎士もいたのだから 兵卒は全滅…団長デイビッドは気絶 騎士メロウリースもレグルスの魔術の余波を受け気を失っている


数では反魔女派の四人が少し優っているが、その戦力差は圧倒的に魔女側に傾いている、現に既にレグルス一人によって一万近い軍勢が瞬く間に蹴散らされてしまったのだ 残りの四人とて攻め方を伺ってしまうのも無理はない

だが、ヴェルト達は まだ諦めた様子はない、険しい視線で魔女を睨み上げており 逃げ出す様子をはない



今 両陣営の戦いは 最終局面を迎えようとしていた


「私は、私の民を…この国の子らを傷つけるものを、許しません…許せません、…私の前でこのような狼藉、断じて看過出来ません、友愛の魔女の名において…貴方達を断罪しましょう」

魔女スピカの厳かな声が 静寂に包まれた場に響き渡る、ただの声だ 魔力も籠らぬただの言葉、だというのに この場にいる人間全員が心臓を鷲掴みにされたような錯覚を得る

黙ってしまう あまりの威圧に、ただ そんな威圧の嵐の真っ只中 口を開く者がいる、怒りに震える者がいる

「許しません…じゃねぇよ、私の国の子らを じゃねぇよ!何ぬかしてんだよ!スピカァ!」

青筋を浮かべ激昂するのは、友愛騎士団 元騎士団長 此度の魔女襲撃計画の要たる男、ヴェルト・エンキアンサスだ
この中の誰よりも険しい視線でスピカを責め立て、手に持った剣の切っ先を 目の前で偉そうにふんぞりかえるスピカに突き付ける

「貴方はヴェルト…?、やはり 貴方もオルクスに与していましたか」

「俺はオルクスの味方になったんじゃねぇ!お前の敵になったんだ!、民を愛するなんて言いながら救えない命は早々に見捨てて 、騎士や兵を自分を守る駒として盾にする!、お為ごかし口にして結局んとこテメェはこの国の人間のことなんか何にも考えてねぇじゃねぇか!」

ヴェルトは激昂する、自分の親友ウェヌスを見捨てた事を歯牙にもかけず偉ぶる目の前のスピカを、許せないからだ …ヴェルト自身ビックリしている 自分はこんなにも怒っていたのかと

スピカを目の前にして、声を荒げる こんな事になんの意味もない、今責め立てても何にもならない、そんなこと分かっているが 事実をぶつけてスピカの顔を曇らせてやりたいという感情を抑えることができない

「国民のことを考えず 騎士の使命を投げ出した貴方に言われる筋合いはありません」

「ぐっ…」

此の期に及んでもまだ顧みないかと 怒りを募らせると共に

その通りだとも思い 頭が冷える、ヴェルトは 自分勝手な理由で騎士団長の責務をを放り出した…、チラリと視線を横に向ければ 相棒のデイビッドが血を吹き倒れている、コイツに全部責務を擦りつけて…きっとデイビッドが意識を取り戻したら ヴェルトは口汚く罵られるだろう

いやデイビッドだけじゃない ナタリアやバルトさんも、ヴェルトを罵るだろう…だけど 

「それでも 俺は、ウェヌスを見捨てたあんたを許せねぇ!…、民の事を考えてるとも思えねぇ!あんたにアジメクは任せられない!」

「論理的ではありませんね、まぁいいです 騎士団長でありながら私に弓を引き国に争いを齎し…剰え目出度いこの日を汚した罪は大きいです…ヴェルト、貴方と言えども 私は殺しますよ」

ヴェルトが剣を握り直し スピカが錫杖を掲げる、人と 魔女の戦いが 繰り広げられようとした瞬間、二人の間に割って入る 赤い影がある

「はいはーい、お二人ともちょーっと待っておくれよぉ、喧嘩は後々~」

「てめ…!?リリー!?、なんだよ 邪魔すんなよ!」

間に入るのは スパイダーリリー、オルクスの集めた魔女殺しの三本剣の一人 赤毒の異名を持つ毒使いが、ニタニタ笑いながらヴェルトとスピカを交互に見て、争いを制止する

「貴方は…ッ!、スパイダーリリー!?貴方は処刑したはず…!」

「ふへへ、案外魔女様の目も節穴なんだねぇ…生きてンだなぁこれが、貴方に僕が丹精込めて育てた毒達を取り上げられたのは 寂しかったけど、魔女様のために今日まで頑張ってきましたよぉ~!」

「ヴェルトっ!、貴方 私憎さにこのような外道の力を借りるなど…!、此奴が私の民にした仕打ちを忘れたのですか!」

「い いや、別に俺が此奴に助けを求めたわけじゃねぇ、単に利害が一致したから 一緒にいるだけで…」

「それを力を借りるというのです!恥を知りなさい恥を!」

まぁまぁ! とスパイダーリリーがなお声高に叫ぶ…、リリーは元々 スピカ直属の薬学士だった…元々は善良な薬学士として多くの薬を生み出していたが、ある日突然 狂っちまったらしい…

噂じゃ、自分で新作の薬の治験をした時 副作用でおかしくなったと言われてる、実際スパイダーリリーが市場に流した毒の中には気が狂って殺人鬼になる薬もあったしな、その薬のせいで アイツはあんなのになってしまったのだろう

市場に数多の毒を流し多くの人の身を滅ぼしたリリーを、スピカは心底恨んでいる 当然ヴェルトも、だからこそ スピカはこんな外道の力を借りるなど言語道断と怒るし ヴェルトもまた言い返せない

「ああもう、僕を無視して話さないでよぉ…ふふん、ねぇえ スピカ様ぁ?見て欲しいものがあるんだぁ!、僕が作った最高傑作…貴方を殺してあげられるような特上の奴を作ったんだ!きっと楽しんでもらえると思うんだぁ!」

昔 スピカに新たな薬の報告をした時のように、それでいて 正気とは思えぬ態度でトテトテと駆け寄っていく、その手には 分かりやすく毒々しい紫色をした液体の詰まった瓶を持ったまま…

「待て…」

「おっと!レグルス君 通してくれないかなぁ、僕を他の人たちみたいに殴り飛ばそうってんならやめておいたほうがいいよ?、この毒と同じ瓶をさぁ ほら!身体中に仕込んでんだぁ」

スピカに近づこうとするスパイダーリリーに手を伸ばし止めようとするレグルスを、おちょくるように笑うリリー、その体には 手に持った瓶と同じ物が大量に巻き付けられているのを目視し 思わず手を止め眉を歪めるレグルス

夥しい量の毒だ、それを嬉々として身に付けるなど 正気かこの男…と 誰もが思う

「これは揮発性の猛毒さ 、この特殊な瓶に詰めてないとあっという間に蒸発しちゃうようなね?…僕を殴ってもし瓶が割れたら この毒が瞬く間に霧となって街を覆うだろうねぇ!そうなったら何人死ぬかな!面白そうだね!むしろそっちの方がいいかもね!ほら殴ってよ!一緒にたくさん人が死ぬとこ見て死のうよ!レグルス君!」

「…………」

ハッタリじゃないことは誰にでも理解できた、スパイダーリリーという男をよく知るヴェルトやスピカは勿論、その瞳に宿した狂気を感じたレグルスでさえ理解する
この男は自分が死のうとも 他の人間も一緒に殺せるなら笑って死ねる狂人だと…

「構いませんレグルス、通しなさい」

「チッ…」

「ご苦労~ナイトくぅ~ん?」

ポンポンとレグルスの肩を叩きその隣を通り過ぎるスパイダーリリー、この男は 魔女達が大勢の無辜の民を犠牲に出来ないと知って、あのような周りを巻き込むような毒を作ったのだ…外道 という言葉があまりに似合う

味方の筈のヴェルトでさえ、拳を握る…もし 魔女を殺すという利害で一致してなければ、俺が殴ってた…あいや 殴ったらまずいんだったな

「むふふ、こうして 再び目の前に立つことが出来て光栄ですよ 魔女様」

「白々しい、私は貴方の顔など二度と見たくありませんでしたよ」

スピカの前に立つと 優雅に一礼、長年連れ添う臣下の如く 頭を垂れる…きっとこれは錯覚なのだろうが、ヴェルトはその一礼には 確かな忠義のようなものを感じてしまった、もしかして…いや本当にもしかしてなのだが 薬の副作用でおかしくなってしまっただけで 此奴の中の魔女スピカへの親愛は 変わっていないのではと思ってしまう

「貴方のために僕の出来る全てを詰め込みました、僕の才能を全て使いました 時間をこの身を 何もかも使い完成させ 作り出した史上最強の猛毒、名付けて『此岸の曼珠沙華』で御座います、服用すれば瞬く間に皮膚は溶け肉は崩れ 痛みも苦しみも全て快楽へ変換し 極上の気持ちのまま 死ぬ事が出来る、この威力の毒であれば 魔女でさえ死に絶えるでしょう…どうぞ 御身に」

ただ、その親愛は既に歪みきっている …魔女を殺すことが 魔女を自分の毒で殺すことが、コイツの中の忠義に置き換わっているのだと理解し、ヴェルトはため息を吐く

嫌だった、今になってリリーを 哀れだと感じてしまう自分が…コイツも何事もなく狂気に苛まれなければ今頃 なんてな、リリーは何千という人間を殺した クズなのだから、理解も同情もしたくなかった

「これを 私に?」

「はいいっ!、これで死ねますよスピカ様!最高の死を貴方にプレゼント出来るんです!僕の手で!どうぞどうぞ !どうぞ!」

「ふむ…」

もし、スピカがリリーを拒絶したなら 即座にリリーはその場で瓶を叩き割り 体の毒を周囲に撒き散らし自分ごとスピカの殺害を決行しようとしただろう、そうなれば 毒は瞬く間に街に広がり 未だ嘗てない程の死者が出る事になった

しかし、意外な事にスピカは差し出された毒瓶を無防備に受け取り 、ジロジロと不思議そうに眺めている、液状化した死 そのものが詰まったそれを数秒眺めたかと思えば…

「…よっと」

徐に そして無用心に蓋に手を伸ばし、軽く捻る

ッ!?何考えてんだあいつ!?という思考をする頃には、既にポンという破裂音と共に外気に触れた猛毒 曼珠沙華が蒸発し毒の霧となってスピカにまとわりつく、普通の人間であれば皮膚が触れただけで泡を吹いてくたばるであろう 死の奔流の中 、スピカはため息のような息を一つ吐くと

「おお おおぉぉぉおお!スピカ様!僕を遂に受け入れてくれて!ああ!、あははははは!、やっと貴方を殺せる!殺してあげられる!ご安心を 貴方が死んだら僕も一緒に……ぃ?」

「スゥーーーーッ」

大きく体をそらし一息に吸い込んだ 、毒を 死の霧を…遠目に見ても危険な匂いがプンプンするような紫の煙を胸を大きく膨らませ一気に吸い込み、その場から消し去ったのだ

これにはリリーも思わず硬直する、予想外だったから…全て予想外 完全に想定外 、死なないのは勿論の事ながら剰え全部吸い込んで体の中に収めてしまったのだから

「ゴクリ…、それで 私はいつ死ねるのですか?」

「あ…え、あの どこも腐ってませんか?どこも崩れてませんか?気持ちよくありませんか?」

「全然、これっぽっちも変わりません…少々薬品臭いくらいですね」

「な…なんで、毒ですよ 猛毒ですよ!実験しましたよ!僕!何回も何百回も実験しましたよ!この世に存在する全ての種類の生命体を殺せる毒を作り出して そこから更に改造を重ねて!、生きてる限り絶対に殺せる毒のはずなのに!治癒魔術だって 効かないはずなのに!僕は…間違ってない筈なのに!」

叫ぶ 叫び散らす、慟哭といってもいい勢いで喚き立てるリリーなど歯牙にも掛けず冷たく見下すスピカの体に変化はない、…いや 別に不思議なことではなかった

こういってはなんだが ヴェルトは最初からリリーがスピカを殺せると思ってなかった、確かにリリーの毒は強力だ 殺せない人間はいないし 治癒魔術が効かないから治せないという厄介な代物だが…

別なんだ、魔女は人間とは違う というかこの世の生命体と同列に扱ってはいけない、毒程度で死んでしまうような存在が 、毒殺上等の権力者社会で八千年もトップになど立てない

「その毒がもし…私に向いていたとしたら 結果は違ったろう、死ぬ とまでは行かんが 効きはしたさ」

「っ!なんだよ!」

ふと、声が響く 

喋ったのはレグルスだ、背後のリリーの方を見ず 目を瞑りながら淡々と話す、リリーの毒は完璧だったと およそ自然界に存在する有毒物質を遥かに超える力を持つと

しかし、だからこそ リリーは運がなかった、彼が殺そうとしたのがスピカでなかったなら 彼の気も少しは晴れただろうに

「お前の主、スピカを外部から殺すことはできない、治癒魔術を超えその最奥に位置する魔術…、治癒 回復の更に上位に位置する 肉体遡行魔術がある限りな」

ヴェルトは魔術師ではないから、魔術の詳しいところまでは分からないが それでも概要くらいはわかるつもりだ

魔術は 万能である、極めればなんでも出来る 人間が想像し得る限りの全てが可能とされる、火も操れる水も出せる風と踊れる…文字通り なんでもだ

だが、そんな魔術にも 理論上可能とされるだけで まだ使用者がいない事実上使用不可能とされる魔術が存在する

『完全な死者蘇生』『自在の時間遡行』『無欠の世界崩壊』この三つは 魔術では再現不可能と言われている、理由はいろいろあるが 一番の理由は『想像がつかない』と言うのが大きい、想像できる事ならなんでも出来るが 想像のつかないことはできない 至極真っ当な理由だ、これは魔女にさえ覆せない

しかし…レグルスが 静かに語るには 限定的な使用ならば遡行も可能だと語るのだ

「スピカの傷は治るのではない 戻るのだ、傷を負っても直ぐに何もない元の状態へと時間ごと戻る、スピカという魔女が治癒魔術という一つの系統を極め編み出した …究極の魔術の一つ、限定的な時間操作 それがスピカの魔術 スピカの力だ」

「レグルスさん、なんで自慢げに私の魔術をペラペラと人に話すんですか?」

「……すまん」

ヴェルトは眩暈を覚える

レグルスの言ったことを受け入れかねるからだ、世界全体の時間ではなく自分の肉体のみ限定的に時間を巻き戻せる、いくら傷を負っても体力や魔力を消耗しても 即座に何もない万全の状態へと戻ってしまう、それは もはや不死じゃないか

治癒よりなおタチが悪い、治癒魔術は 致命傷を与えさえすればいくら治癒しても 治しきれないことがあるからだ、実際スピカを相手取る時も一撃で致命傷を与えるつもりだったが
詠唱もなく、ただただ一瞬で 毒を得る前の状態に戻っているのを見るに、俺たちがいくらスピカにダメージを与えても無意味なのだろう

あのレグルスもそうだ…他の冒険者と戦っている時目撃したが 、恐らくレグルスの前ではあらゆる魔術が無効化される、レグルスには魔術や魔力を用いた攻撃は通用しない

ここに来て魔女の恐ろしさを実感させられる、スピカの無敵に近い不死の体とレグルスの魔術を全て無効化する力 、魔女を殺すにはこの力を突破する方法を考えてから挑まなければならないんだ

「あ え…なら 僕の毒はどこへ」

「さぁ、時間が巻き戻ってしまったので どこへ行ったかは?」

スピカの肉体の時間が戻ったことにより、体内の毒素は全て時空の狭間へ消えてしまったのだろう、いくらスパイダーリリーが治癒魔術が効かない毒を作っても 時間を巻き戻されては成すすべがない

「さて、では…リリー 貴方の処刑を執り行います、今度は ちゃんと…私自らの手で執り行いますから、ご安心を」

「あ…ああ、あははは…そんな 僕じゃスピカ様を 殺せないのか…そっかそっか」

スピカが錫杖を掲げ魔力を高めるスピカを前にリリーは放心し、動かない …もはや万事どうでもいいと言わんばかりに、ただ スピカの姿だけは最後まで見逃すまいと目を見開いて

「その者に癒しを 彼等に安らぎを、我が愛する全てに 穏やかなる光の加護を…『遍照快癒之燐光』」

「お…おお…」

錫杖から放たれたのは 治癒魔術と同じ光だった、ただ 他の治癒魔術師 それこそナタリアが出すものよりも何千倍も濃い光、それがリリーの体を包み 癒し始めるのだ

今まで受けた傷を治し 病を治し、その上 誤って投与してしまった人格を狂わす毒、スパイダーリリーを悪魔へ仕立て上げた悪毒さえも 彼の体の中から消え去っていく

「ああ…あああ、魔女様…僕は…一体、何…を……」

「リリー…貴方は今死にました…」

その時、リリーの目には 確かに正気の光が宿ったのだ 、リリーの毒は治癒魔術では解毒不可能な筈…いや、今更不可能など 魔女の前では無意味か

しかしリリーは、正気の光を宿し 今までの行いを鑑み、そして

「ごぶふぁ……」

夥しい量の血を噴き、膝をついた…、スピカの治癒を受けて だ

「貴方は人を殺し過ぎました、リリー ですが貴方の作った薬で多くの人が生かされたのもまた事実、処刑は なるべく苦痛のない方法を取りました、眠りなさい」

「…あ…ぁあ、…そう…ですね……」

「レグルス!」

「ん…」

血を吐き、戻った正気の光が瞳から失われ その呼吸も止まり…リリーが力なく倒れる瞬間、レグルスの放った炎がスパイダーリリーの体を焼き尽くし その身に付けられた毒ごとその遺体を焼いていく、というか物の数秒で彼の体は跡形もなく消えてしまった、あの恐ろしい毒と一緒に

今、今確かに スピカがリリーに放ったものは治癒だった、治癒 体を治す魔術 害などない魔術、その筈なのに 

「恐らく、過剰治癒でしょう…人間のキャパシティを超える勢いで体の内部を一気に治癒したのです、スパイダーリリーの体を三つ作って余りあるほどのエネルギーで体内 それも心臓に負荷をかけ殺したのでしょうね」

「トリンキュロー?」

俺の内心の疑問に答えてくれたのは、意外にもトリンキュローだった 
殺し屋のこいつなら、一目見ただけでその殺害方法が分かるとか そんな感じの奴だろう、よく知らんが…

しかし、参った…治癒魔術を攻撃に転用するなど聞いたこともない、火は防げる 水は躱せる 風は斬れる、どんな魔術でも防ぐ方法はある、だが治癒は別だ 体の治りを意図して抑えられる人間がいるか?少なくとも俺には出来ない

スピカの使う過剰治癒魔術 、使われれば 捕まれば即死の最悪の攻撃法を前に、些かながらの戦慄を覚えている

「ともあれ、対象の武器と能力が分かった以上 後は仕掛けるだけですね」

腰に差した二本のナイフを手に取り、構えを取るトリンキュロー…やるのか 勝算があるようには思えんが

いや…ああいや、そうだったな 別に勝算があるから挑んだわけじゃないんだったな
当然ながら俺もトリンキュローに続くが …さてどうしたもんかね

負けん気と気合だけで勝てるほど世の中甘くねぇ、きちんと勝つまでの道のりを思い描いてからじゃねぇと どんな戦いにだって勝てない

一応、奥の手はあるが…この分じゃ通用しねぇし、うん よし!決めた!



………………………………………………………………


スピカが容赦なく人を殺した その事実にレグルスは若干戸惑っていた

いや レオナヒルドに処刑を言い渡したりオルクスに対して敵意を見せたりなど…そんな素振りは前からあった、だがこうして改めて目にすると 衝撃だ

スピカは 昔は殺しなど決して出来ない女だった、人を傷つけただけで蕁麻疹が出て1日青い顔をしていたこともあった、殺しとか荒事の担当は 私やアルクトゥルスの仕事だったしな…

だが今更殺すなとは言わない、相手も殺しに来てるわけだし あの赤い毒使いは正直危険過ぎた、放逐した時の危険度は計り知れないし放っておいたら本当に魔女にも効きそうな毒とか作りかねない…というかあいつの作ったあの曼珠沙華とかいう毒は私にも効いただろう

食らってたら 3日くらいお腹を壊したかもしれないし

さて…残るは三人だ、ナイフを構えたメイドと ヴェルトとかいう剣士 いや元騎士か、それとさっきから死んだように動かない大男…名前はレギベリ…だったか?

この三人は梃子でも引かないようだ、スピカだけに重荷を背負わせるわけにもいかん 後は私が片付けるか

「……では、参ります…我が空魔の誇りと名にかけて、依頼を 遂行します」

言の音を発したのは トリンキュローと呼ばれるメイドだ、メイドの姿をしているだけで立ち振る舞いは暗殺者のそれであり、動きに一切の無駄がない

誇りの言葉を口にした後、大袈裟に手を振り構えを取ると

「フゥーッ…」

息を吐いた、正確に言うならば口元に手のひらを持ってきながら 何かを吹いて飛ばすような姿勢で、強く強く 頬を膨らませながら息を吐いた

なんだあれ…いや攻撃行動であることは分かるが、息を吐いて何を……っ!この臭い!

「…空魔三式・絶煙爆火」

息を吐き終えると共に流れるような動きで手を打つ、ように見せかけ 手の内側に仕込んだ火打ち石を鳴らし 火花を飛ばす

するとどう言うことか、魔術など使ってもいないはずなのに 豆粒のような火花が中空であっという間に膨れ上がり 爆炎となった

まるで見えない導火線に火をつけたかのように 炎は大きくなりながら私たちの方へ向かってくる、普通の人間なら魔術でもないのに炎が湧きたち 迫ってくるその様に、面を食らったところだろうが

私には通用しない

「ふんっ、曲芸師がっ!」

ローブを手に持ち手を振るい、一撃の元に炎を吹き飛ばす…いや 吹き飛ばしたのは炎ではない 私とスピカの周りを漂っていた火薬を吹き飛ばしたのだ

トリンキュローの曲芸のタネは分かりやすい、息を吐いて 小麦粉の如く細かい火薬を私たちに向け飛ばし それに火をつけたのだ、魔術を使わず魔術以上の炎を叩きだす技だが 空気中の火薬に引火しているからそれを吹き飛ばしてしまえば簡単に対処が可能だ

「この私を欺こうなど千年早い…」

「スピカッ!覚悟ッ……!」

「え?」

ふと、炎が消えるとそこにトリンキュローの姿がない事に気がつく…、というか今一瞬私の後ろから声聞こえなかったか?

なんて考えて後ろを振り向くと 服の裾に火をつけたトリンキュローが今まさにスピカに斬りかかろうとしている瞬間だった、なるほど 今の炎は派手なだけの目眩し、本命は炎を突き抜けて突っ込んでくるトリンキュローの方だったか…私は物の見事に引っかかってるな、恥ずかしい

「…空魔五式・絶技乱斬ッ!」

また魔術ではない、恐らく奴独特の技法のようなものだろう、トリンキュローの姿は瞬く間に消え…いや消えたと錯覚するほどの速度でスピカの周囲を高速で飛び回り 四方八方から斬りつけているのだ

「おや、速いですね ですが速い分一撃が軽いですよ」

スピカも何発かは防いでいるが、もう殆ど真面目に防御する気がない スピカの体はどんどんトリンキュローによって切り裂かれ 痛ましく傷ついていく…かと思いきや切り裂かれた側からすぐに治る、時間が巻き戻っているおかげか服さえも直っているのだから不思議だ

トリンキュローの放つ斬撃の雨の中を 優雅に笑いながら凌ぐスピカの姿は、まさしくこの国の絶対強者のそれである

「っ…ふぅ ふぅ、あれだけ切っても 手応えなしですか、ですが…」

「おや、次はどうしますか……あれ?」

トリンキュローの動きが止まり さぁ次はスピカの番、と 動こうとしたその時 スピカの手が 足がピクリとも動かないことに気がつく、麻痺毒かとも思ったが スピカに毒が効かないのはさっきの流れで分かっている、なら何か…

微かに光が反射ようやく見える…鉄線だ しかもこれまた極細の鉄線、ピアノ線の様に細かく それでいて頑丈な鉄の糸が、スピカの身体中に巻きつき スピカは蜘蛛の巣にかかった蝶の様に動きを制限されている

一体いつ巻かれたか?、さっきの斬撃の時だ トリンキュローは無駄な攻撃を繰り返す振りをして、斬りかかると同時に鉄の糸をスピカに引っ掛けていたんだ

「むっ 頑丈ですね この糸」

「斧だろうが剣だろうが弾いて叩き折る特別製です、本当なら暴れただけで肉に食い込んで切り裂くのですが…まぁ、その程度で死ぬなら 苦労はしませんよね」

む?、スピカにまとわりつく鉄の糸…なんか 変にテカついている気がする、というか よく見ると何かが滴って…

「ここまで含めて…空魔三式・絶煙爆火です」

引火だ、最初に火薬に火をつけた時同様 今度は鉄の糸に火をつけた、予め油か何かでも塗っておいたのだろう、炎は鉄の糸を伝い 容易くスピカを炎で包んで行く、全身を油付きの鉄の糸で絡め取られたスピカに逃げ場はなく あっという間に火達磨になっていく

炎に包まれる というのは、人間が想像する以上に辛いものだ 火の熱さは当然ながら 熱波を吸い込み肺が焼ける感覚と 、火傷により縮んだ肉に圧迫され全身の骨が砕いていく、炎だけでなく 多くの要因が 人を苦しめる、焼身とは世界最大最強の苦痛と言ってもいい

魔女とて痛いものは痛い 苦しいものは苦しい、斬られれば斬れるし刺されれば刺さるし焼かれれば焼ける、異様なほど頑丈なだけで 痛いものは痛いのだ

スピカに苦痛を与える一点において、トリンキュローは最も正解に近い答えを引いた事になる、いくら物理防御が高くとも火を食らえば焼ける いくら体が瞬く間に戻ろうとも気が狂うほどの痛みは防げない つまり、魔女は焼くに限るのだ

ただまぁ、最も正解に近い答えなわけで これが正解であるとは言えない、あれじゃあスピカは死なない

「まぁ、助けるか…友人が火達磨になっているのは些か見ていて気が滅入る」

「させるかよっ!」

「む…」

スピカの方へと向き直ろうとした瞬間、ヴェルトの声と共に刃が振るわれる 相変わらず凄まじい振りだ スピカが絶賛するだけはある

「トリンキュローがいい感じに追い詰めてんだ、ここでお前に割って入られたら全部台無しだ…お前だけは向こうへは行かせん!」

先ほどの攻防よりも更に素早く 更に猛烈な攻めが繰り出される、剣を振るう手先でさえうまく視認できない程の速度での斬撃の雨 、腕を振るい全てはじき返しはするが スピカの方へ行くのを完全に妨害されてしまっている

凄まじい剣技だ、認める この男の剣技は私が見てきた剣士の中で五本の指に入る使い手だ…

だがまだ私の方が強いがな

「ふんっ!、魔女相手にいい勝負が出来るなど いい気になるな」

「ぐっ!?くそっ…俺が近接でも歯がたたねぇとか、強すぎるだろうが…あんた魔術師だろ」
ヴェルトの剣を軽く弾き 生まれた隙を突くように足を払い地面に叩きつける、こいつも 現代ではかなり才覚ある男としてやってきたのだろう、鼻先がぶつかり合う様な近接戦で転がされたのは初めてか?

「くっ…おい!、おいレギベリ!お前もボーッとしてないで戦えよ、それともビビったか?」

この際なりふり構うものかと トリンキュロー ヴェルトとは別に唯一無事な人物 、鎧の大男 レギベリに声をかける、というかあの大鎧どこかで…ああ そういえば数ヶ月前オルクスが城に連れてきていた大鎧と同じ奴だ

「うす」

レギベリと呼ばれた男はそう答えるだけで、何かを行動に移そうとか そんな素振りは見えてこない、ヴェルトの言う通りただボーッとしているだけで何も行動に移しはしない
 
何もしない 何も答えない 何も語らないでは不愉快極まるものだろう、特に今 戦局がどちらに傾くかと言う場面において 棒立ちが許されるほど、皆余裕ではない

「ああくそ!、もういい!お前にゃ頼まん!」

「うす…うううううすすうすすううううすす」


「は?、え?なんだお前急に」

「なんだ、あのデカブツ 急に壊れたが」

カタカタと 鎧を揺らし、ガタガタと体を揺らし、小刻みに意味のない言葉を連呼し始めるその姿に人間味はあまりに薄い、というか あのデカブツ…さっきから異様に気配が薄いと思っていたが

あれは気配が薄いというよりは 無い ぞ、奴の体からは何も感じない、気配も 魔力も 生気さえも

「魔女…魔女抹殺、命令を遂行する」

「ッー!、ヴェルト!離れてろ!」

「レギベリ!?ぐぉっ!?」

咄嗟にヴェルトを蹴り飛ばしその場から離す、なんでか?分からない 分からないがこんな形であっさり死なせるのは惜しいと思ったからか?

ああそうだ、死なせるのは惜しい あのままあの場に留まっていたらヴェルトは死んでいただろう、何せ

レギベリ という大男が 音を追い抜くほどの勢いでいきなり私目掛けて突っ込んできたのだから



「ぐっーーっ!?!?」

……当然防御した、ヴェルトを蹴り飛ばしたせいで回避するタイミングを見失ったがそれでも手をクロスし体を守ることくらいは出来たが、私の想像を遥かに絶する程の威力の突進は私の足だけでは受け流せず 吹き飛ばされてしまった

この魔女レグルスが 大男の突進一つで吹き飛ばされたのだ、普通なら 突っ込んできた相手の方を逆に吹き飛ばせるというのに…、私は真っ直ぐ吹き飛ばされ館の壁を突き破り 、突然起こった事態に戦慄しながらも部屋の中に転がる

「一体何が…、アイツからはそんな強力な力など感じなかったぞ」

「魔女 抹殺…」

来た、と思った時には既に遅く 再び砲弾の様にすっ飛んで追い討ちをかけてきたレギベリが目の前まで迫っていた、馬鹿の一つ覚えのような戦術だが 実際普通の人間が食らっていたら、よくてミンチ 悪くてジュースになる勢いで弾け飛んでいただろう

だがな、私は魔女だ 魔女レグルスだ、そう何度も単純な攻撃なんぞ食らうか

「そんな単純な攻撃で!私を抹殺できると思うな!」

今度は受け止める それも片手で 、何がどれだけ来ると分かっていれば受け止められる、

がしかし、受け止めて分かるレギベリという男の『重さ』、重量がえげつないのである 鎧の重さを入れてもとても人間の重さじゃない、まるで岩石でも受け止めたかのようだ 

「魔女魔女魔女…ままま 抹殺」

「ええい!さっきから不気味な奴!、得体の知れない攻撃ばかりして まずは顔を見せてから名を名乗れッ!!」

受け止めた手とは反対の手で平手打ちを放つ、狙うはレギベリの兜だ
このまま突き飛ばしてもいいが 、正直得体の知れない相手だ どこまでやっていいか分からないならまずは正体を暴く!

私の狙い通り 、平手打ちを受けた兜はひしゃげ レギベリの頭からあっけなく外れる、というか 叩き外したわけだが…、しかし まぁ その中に入っていたものに私は呆気を取られる事となる

「な…なんだ、お前 それは…」

「抹殺」

兜を外し 拝んでやろうと思って覗いたその中身には、無かったんだ 何も…ああいや勘違いしないでくれ、頭はあった 多分目であろう物もあるし、なんなら今目と目が合っている

レギベリ と呼ばれたそれには、顔がなかった 私たちのよく知る人間の顔が無く、あったのは岩のようにゴツゴツした無骨な肌とど真ん中に一つぶち込まれ 目のようにも見える青い宝石が一つ…

そこまで確認して思い出す、コイツは人間じゃない…コイツは魔術自律躯体、名をゴーレム 

魔術で生み出された、人工の戦士だ

「抹抹抹抹抹殺!」

「ぐっ!」

正体がバレたから遠慮がいらなくなったのか、明らかに私を殴りつける威力が向上している!

魔術自律躯体ゴーレム、土塊や岩に魔力を固めた結晶 いわゆるコアを埋め込み様々な力を与えることで使役する魔術だ、岩で作られたその体はただ在るだけで攻防一体を再現する 、頑強な肌は剣を通さず 重い拳は人間の頭など軽く潰す 、コアがある限り近くの岩を吸収して再生を続けるしぶとさも持ち合わせる厄介な相手

オマケにバカみたいな怪力に目にも留まらぬ神速と身体能力という点でも人間を遥かに上回る怪物だ、かつて戦争の際は人間以上に投入された事もある生粋の兵器魔術だ


そしてもう一つの特性として 、作った魔術師の力が強大である程 ゴーレムも強くなる という特性を持つ、当たり前だがゴーレムも魔術だ なら使役者の技量が影響するのは当然の事

魔女相手に接近戦で食いつけるほどのゴーレムを作る相手、いったい何者だ…いや 多分アイツだ、正体は分からないがレオナヒルドに口封じの呪いをかけた奴 其奴が使わせた使者なのだろう

「殺殺殺殺殺!抹殺!」

「気味の悪い奴、言語機能にまで気を使わないあたり ゴーレム作りに拘りはないと見える!」

樽のように大きな拳を振り回し 文字通り私を殺そうと襲いかかる、あんな巨大な図体をしていながら 動きは機敏極まる、瞬きを一つする間に レギベリは三度拳を振るってくる 、…強い …ここまでの敵は久しぶりだ


そうだ、敵は 久しぶりなのだ…最近いくつか戦闘を経験したが、…どれもこれも敵じゃなかった、寧ろ手加減して殺さないようにする方が難しいくらい 力に差があったからだ

だけど、コイツはゴーレムで オマケに強い、こりゃ 手加減などしなくとも良さそうだ

「魔女 抹殺…一人として 生かすこと許されず!」

「意気込みは結構、だが君には無理だ」

岩拳が振るわれる、城門さえも弾き飛ばすであろう拳が私の胴目掛けて 真っ直ぐ撃ち抜かれる、のを受け流す 拳に手を当て 下を潜り抜けるように受け流し逆に懐へ入り込む、如何にめちゃくちゃな力を持っていようとも ゴーレムには精密な戦闘は出来ないのだ

「炎を纏い 迸れ轟雷、我が令に応え燃え盛り眼前の敵を砕け蒼炎 払えよ紫電 『火雷掌』」

唱える魔術は『火雷掌』、火雷招を拳に這わせる 近接形態…当然拳に纏わせてしまうから射程距離は壊滅的に失われるが、その分威力は…

「抹殺…!」

「聞き飽きたッッ!、もっと愛嬌のある言葉を覚えてから 出直して来い!」

懐に潜り込まれたと認識し即座に身を震わせ せめての悪足掻きと抵抗を示すが、無駄 全くもって無駄!、鋼鉄の鎧を身に纏った岩石の胴目掛け 拳を構え 軽く息を吸い 吐く…そして、地面を隆起させる勢いで踏み込む

全霊の踏み込みにより拳に破壊力が乗る 全身を使い拳に鋭さが乗る、鍛え抜かれた腕と極め抜いた足から成る全力が今 赤熱した雷電と共に迸り撃ち出され

「ッッーーーーー!?!?!?」

炸裂する、比喩ではない 炎の雷拳を受けたレギベリの肉体が 激しい音と光と圧倒的に熱量により、木っ端微塵に炸裂したのだ

頑強なはずの鎧はバターのように溶け 人間の拳なぞ意にも介さない筈のレギベリの岩の体は、至近距離で爆裂した我が魔術により 蒸発いや消滅した、その被害はレギベリだけに留まらない 周囲の床は焼け 壁は溶け  そのどれもが絶拳の余波により吹き飛んでいく

 その一撃はまさしく極小の大災害、レグルスの半径数メートルは塵と黒煙 そしてクレーターだけが残り どこからか吹いた風によりそれらもまた消え去っていく


「…ゴーレムなど使って私を殺そうとするからだ、もし私を殺したければ次は術者本人が来い」

誰にいうわけでもなく、敵対者の消滅した空間に一人佇み 誰にいうわけでもなく悪態を吐く

生意気だ 、ゴーレムなど小賢しいものを使って私を殺そうとするなど生意気極まる、ゴーレムは確かにそれ一つは相当な戦力となるが、やはり魔女相手には不足である 

だが、油断ならない相手だ…レギベリがではない、レギベリという名前を用意し反乱軍にゴーレムを紛れ込ませる使役者の手腕がだ、本当に何者なんだ 、考えれば考えるほど魔女としか思えないが ゴーレム作りを得意とする魔女なんてのは居ないしな


限りなく魔女に近い実力を持った魔術師が…今回の一件の裏側にいると見た方がいい、はてさて何者で 一体何が目的やら

「まぁいい、今はともあれスピカを助けに行くか…流石に暗殺者一人に負けているとは思わんがな」

最後に私がスピカを見た時スピカは絶賛火達磨状態だった、そこを助けに行こうとしたらヴェルトが斬りかかってきて レギベリに吹っ飛ばされたのだ

スピカとて雑魚ではない、私と同じく数多の修羅場を自分の力一つで乗り越えた歴戦の魔術師だ、あの程度なんとかするだろう…するだろうが 、それとこれとは別だ

「…ん?」

ふと、スピカを助けに行こうと歩みだしたその時、足元で不意に煌めく何かを見つける、空の青さのように輝くそれは真っ青な宝石だった…いや宝石じゃないな、さっきのゴーレム レギベリが身につけていた魔力の結晶 謂わばコアだ…

「こ コア!?、体ごと吹き飛ばし筈だが 何故…まさか」

そこでふと思い出し 思い立つ、私が奴に拳を打ち込む寸前 レギベリが行った悪足掻き、体を震わせて行った悪足掻き…あれが、私を追い払うためのものではなく 自らのコアを引き剥がし 私の攻撃範囲外へ逃げる為の 『回避行動』だったのではと

迂闊だった、いや かつての私ならこんな不手際決してしなかった…私のクソみたいな平和ボケが招いた、ヘマだ

「ッ…!」

ゴーレムはコアがある限り復活する、このままコアを放置するのはまずい!

即座に足を動かしコアを踏みつぶそうとした瞬間…



地面がうねりをあげ、大地の真上だというのに私の体は土の津波に巻き込まれ 、次の瞬間には、天高く 弾かれるように打ち上げられるのだった





「ああくそっ、やらかした… いやゴーレムが自分のコアを抉り出して外へ放り投げるなど普通はしないぞ!、そんな複雑な動きゴーレムができるわけが…」

いきなりとてつもない勢いで空へ放り投げられたが、傷はない …が共に情けない、魔女である私がまさかゴーレムごときを仕留め損なうとは
しかしゴーレムにとってコアは不可侵領域 自分で触れて外へ逃がすなんてことできるわけがない なんて言い訳がましく空を舞いながらボヤいていると

今まで自分が立っていた場所に突如、 山が現れた…山脈 とまでは言わんが 少なくともスピカが休んでいる館の2倍程は大きな山が 、いきなりドカンと天を衝くように現れたのだ

「違うな …山じゃないぞこりゃ、また面倒な このゴーレム作った奴 相当…性格が悪いな」

ギョロリと山が動き 空を舞う私を睨みつけたその時 ようやくそれが山でない事に気がつく、その大きな大きな山には、腕があり 頭があり 私が先ほど吹き飛ばしたレギベリと同じ、コアが取り付けられていたのだ

そう これは山じゃない、地面と一体化し 無限の肉体を得た…超巨大な ゴーレムだったのだ

「……魔女…抹殺 排除 滅殺 消去…」

巨大な山が譫言のように鳴動すると、なんともいやらしい事に 先程までと一切変わらないスピードで私目掛けて拳を振り抜き

「チィッ!」

空中で 逃げ場のない私は、いとも容易くこの巨岩のような拳に殴り飛ばされるのであった

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