孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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二章 友愛の魔女スピカ

29.孤独の魔女と続いていく物語

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今にして思えば あれは罠だったのかもしれない

何がって、レギベリがさ…、多分だが レギベリというゴーレムは二つコアを持っていたんだ、一つは頭の位置についていたわかりやすいコア そしてもう一つは、体内に隠し持ったもう一つの 本命のコア、こちらを起動しないで岩の体の中しまっていたのだろう

本命 そうだ、レギベリというゴーレムは本命じゃないんだ、多分 本命のコアを目的地まで運ぶ為の運搬用のゴーレムでしかなかったのだ、他の人間に溶け込み 擬態し 目的の場所までテクテク歩いて移動する事だけが目的のゴーレム

目的地はどこか?単純だ レギベリも口にしていた通り、目的地は私かスピカ とにかく魔女のいるところまで運ぶ事が目的だ、魔女の前まで行けばあとは簡単 適当に暴れて魔女に倒されればいい

そして倒され役目を終えたレギベリは 死の瞬間体内に隠し持ったもう一つのコアを隙を見て地面に設置 起動し、本命の魔女抹殺用の 戦闘ゴーレムがその場で起動し戦闘を開始するって算段だ

目立ちに目立つ超巨大ゴーレムで 不意をつく事ができるし、態々どでかいゴーレムを作ってから移動させるより よほど効率がいい、つまりレギベリは倒されることまでが前提だったのだ …私は敵の手の上で踊らされた事になる、業腹な話だかな

「私が嵌められるとはな、実戦を離れ過ぎたか…」

いやしっかしまぁ、でっかいなぁ…コア一つであれだけの岩を動かそうと思うと相当数の魔力や技術がいるぞ、私が昔みたゴーレムでも家屋よりデカイくらいのゴーレムだった事を鑑みるに…あれは 私が今まで遭遇したどのゴーレムよりでかく そして強い

ますます使役者が何者か気になるな、多分相当性格が悪くて 相当私達のことが嫌いなんだ、顔が見てみたいな


「よっと」

超巨大ゴーレム…あれも一応レギベリか?、まぁ 便宜上レギベリと呼ぶが…そいつに吹き飛ばされ地面にめり込んだ体を起こす

いたた…、久々の痛みだ この私にダメージを与えるか、まぁ考えてみれば今のレギベリの拳は 一軒家くらいの大きさがあるんだ、家で殴られた事のある人間なら 今の私の痛さも分かってくれるだろう

「やってくれたな、私に土をつけるなど」

ふと周囲見ると 見慣れない街並みであることが分かる、結構飛ばされたな…結構飛ばされはしたが ちょっと空を見上げるだけで レギベリの巨体を確認することが出来る、と…言うことはだ 、私に見えるということは国民は大体見える ということで

「な なんだあれ…魔獣か!?なんで皇都の中に!」

「魔女様ァー!魔女様!お助けをぉーっ!」

「キャー!助けてー!」

今、街の中は凄い騒ぎだ ヒーヒーキャーキャー悲鳴絶叫入り乱れる大パニック、別にレギベリは街人に対して何かをしたわけじゃないが、どでかい怪物が街に現れた ただそれだけで恐怖を感じるには十分だ

事実 レギベリが街人に手を出さない保証はないしな、とっとと ぶっ潰すに限る

「大きさとは武器であり強さだが 、裏返せばそれはまた弱さにもなり得る 、我々魔術師からすれば良い的だ」

周囲の人間を巻き込まぬよう少し大きめの建物の屋根までひとっ飛びで登ると共に、魔力を高める

あれは本命だ 多分だがな?、あのデカイのを倒したら今度は中からもっと大きなのが出てきて、ってなったら流石の私も手に負えんから あれを倒したらおしまい、と思い込む事にする、そうでなければ迂闊に手を出せんしな

「すぅ…焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ…」

魔力を隆起させ炎の雷を形成する、加減 という名前の枷を出来る限り外す 完全に本気を出せば眼下の街人達にまで被害が出てしまうから、全力全開とはいかないが …少なくとも レギベリ自体に加減はしない

あの巨体ごと、コアを消しとばす!

「『火雷招』ッッ!!」

手の内で反復し力を増していく 熱の激流を、ある一点 前方に力を集約し撃ち放つ、以前レオナヒルドが使っていた隠れの砦、あそこを消し飛ばした時に使った火雷招よりも多くの魔力を注ぎ込み 威力を数倍に増幅させた一撃が 耳を劈くような轟音と共にレギベリ目掛け飛んでいく

「魔女…抹殺…」

雷とは 殆ど光の速度と変わらぬ速度で飛んでいく、目で見てから回避など出来よう筈もない、ましてやあの図体 避けようと思っても避けられない

レギベリが私の生み出した雷に反応した時には既に遅く、炎の雷はレギベリの体を捉え 大をいくつかつけた方がいいような勢い爆発し その巨大な上半身は吹き飛び黒煙に包まれる

「…むっ、わりかし強めに撃ったのに…仕留めきれなかったか」

すぐに分かった、倒せてないと どうやら私が想定するよりも硬く 巨大らしい、レギベリは体の半分をゴッソリ消し飛ばされながらもまだ形を保っていた、あれではダメだ ゴーレムはコアが無事なら体の九割が吹き飛んでも近くの岩を吸収して回復してしまう

「魔女…ィーー…抹…ッーー…殺」

という私の見立て通り、奇妙な甲高い音を立てながら近くの家やら何やらを次々吸い込み その体の一部へと変えていき、5秒数える頃には もう元通り、何事もなかったかのように鎮座し こちらを見ているではないか

むぅ、周りを気にしてある程度は抑えたが それでもそこそこ本気で撃った、というか今の一撃は私が周りを気にして撃てる限界の威力だった、今ので消せないとなるといささか面倒だぞ

コアを狙ったつもりだった、頭のど真ん中についてる拳大の小さなコアを…だがどうやらレギベリの奴はコアを体の中に隠し 自在に場所を移動させることが出来るらしい、今の一撃も咄嗟にコアを高速で体内の一番奥に隠し 防いだようだ

うむこれを攻略するには、城ほどの大きさがあるレギの体内、そこを自在に移動する 小さなコアを一点集中で狙う必要がある…あんまり現実的じゃないな

「魔女…魔女魔女魔女魔女 抹殺ーッッッ!!!」

「ちっ、来るかっ!」

今度はこちらの番 と言わんばかりに咆哮を轟かせるレギベリに答えるように構えを取る、こうなったら戦いながらともかくメチャクチャに火雷招を撃ちまくろう、そうすりゃいつかコアに当たるだろ

なんて考えていると レギベリが一瞬 体を丸めたのだ 、こう 腕を畳んで ギューっと体を圧縮させるように…てっきりまたあのでっかい拳を叩きこんで来るかと思ったのだが…腹でも痛いのか

「抹殺ッッ!」

「ぬぉっ!?」

刹那、何かが頬を掠めた 殆ど私も反射的に避けたから それが攻撃であると理解したのは、私の後ろの家が弾け飛んだを確認した後だ、何が飛んできたか いや今なら分かる


レギベリが体を圧縮し、自分の一部 即ち岩石を打ち出したのだ…こう 体の中をバネのように縮め 大砲のように ボンっと、理屈は単純だが 威力は絶大だ

岩という質量に速度を加えれば 即ち其れは破壊力となる、魔術ではなく物理法則を用いた攻撃…故に事前に魔力等も感知できないか、つくづく面倒な

「だが、…魔術でないが故にコントロールも効かんようだな、一長一短 ということか」

レギベリの体が一層縮み体を引き締め凝縮させる、初見では驚いたがタネが分かれば何のことはない、結局んところ 家一個吹っ飛ばす威力を秘めただけの投擲でしかないのだから

「魔女ォォーーッ!!」

レギベリの咆哮と共に凝縮された体が爆発するように膨張し 次いで降り注ぐ岩の雨、なんて言い方をすれば可愛いがそのどれもが成人の男を優に超えるサイズの岩であり、それが超高速で飛んでくるのだ

その威力はまさに一撃必殺 見てから回避なんて出来ないし 防御なんて持っての他だ

「フッ!よっ!、そんなものか!」

が それを見てから回避し 殴り抜き粉砕していく、音を置いて私に迫る岩を拳で砕く 空気を割き飛ぶ岩を蹴りで両断する、魔女に不可能はない 特に 力で解決できる事に関してはな

だが遠距離戦では埒が明かん、双方ともに遠距離攻撃では互いに互いを仕留められないんだ…さて、どうしたものか

「おい!魔女!生きてるか!…って本当に生きてやがる あんなわけワカンねぇ岩の雨真正面から迎撃するって、相変わらずふざけた奴だよお前は」

「お前 ヴェルトか」

すると私に迫る岩の砲弾が斬撃により両断され、速度を失う…と共に私の隣に降り立つのはレギベリの仲間 でスピカの命を狙う刺客の一人、元騎士団長のヴェルトだ

レギベリによって私がここまで飛ばされたのを見ていたのだろう、かなり距離があっただろうに もうここまで走ってきたのか

「なんだ?、私の窮地と思って私を仕留めにきたか?生憎とこの程度窮地のうちにも入らんのでな 岩の雨をかいくぐって貴様を倒すくらいわけ無いぞ」

「しねぇよ、お前 さっきレギベリが突っ込んできた時俺を庇ったろ、その借り返さねぇとむず痒くて気持ち悪いんだよ」

そういうと私の隣に立ち、あの目にも留まらぬ岩の砲弾の雨を 剣で瞬く間にスパスパと切り裂き撃ち落としていく、私は魔女だからこの程度出来て当然だが …なるほど、スピカが絶賛するだけありこの男 やはり相当な使い手なようだ

「しかし、レギベリがあんな怪物だったとはな…不覚だぜ、あんな奴だって分かってりゃ 早いうちに真っ二つにしてたのによ」

「それは私も同じだよ、分かってたなら もっとやりようはあった」

「魔女ッ!魔女ーッ!」

「おまけに レギベリの奴、街の被害なんか御構い無しに暴れてやがる…」

レギベリが放つ岩の砲弾は 次々と打ち込まれている、その狙いはお世辞にも正確とは言えず 十発に一発私達のところに飛んでくるぐらいの精度だ、それ以外の岩は街に激突し 建物を倒壊させていく

おかげでこの近辺は酷い被害が出ている…駆けつけた兵卒達によって住民は避難でき 幸い今の所死傷者は出ていないが、このままでは時間の問題だろう

崩れる家々 瓦礫となった店々 砕けた大通りを見て、歯を噛み締め怒りを露わにするヴェルト

ヴェルトはスピカを嫌っている、だがアジメクという国そのものは愛している 騎士団長という地位を捨てても 騎士団長としての魂を捨てたわけじゃない、彼はまだ 逃げ惑う民達を見て救わずにはいられないのだろう

「おい!魔女!、手を貸せ!…じゃない 手を貸してくれ …ださい、レギベリはもうこの国に災禍しかもたらさない、俺はアイツを この国の敵を斬らなきゃいけない、だが あれは俺一人じゃもうどうにもできない」

剣を振るい 放たれる岩を斬る、よく見ればヴェルトは 自分のところに飛んでくる岩以外の 街に落ちる岩さえも 切り刻んでいる、少しでも街を守ろうと奮起しているようだ

そのまま、隙を見て私の方を向き 頼み込む、助けてくれと…この街を助けたいと

ううむ、別にそれは構わん …構わんけども

「…随分都合がいいな?」

コイツは確かにこの街を愛し なるべく人々に被害が出ないよう立ち回っている、けど 大元を正せばこの騒動の責任の一端はコイツにもあるし、何よりさっきまで剣を向けておいて やっぱり街がピンチです一緒に戦いましょうは幾ら何でも都合が良すぎる

まぁどの道?レギベリは倒すし街は守るつもりではあるが 、それとコイツを手伝うかは違う話 もしコイツがくだらない事を口走るならここで先にコイツを倒す

「…分かってるよ、都合がいいことくらい、やり方を間違えた事を 今は痛感している…、オルクスなんぞの口車に乗ってスピカへの反乱に手を貸した時点で、俺の復讐はただの八つ当たりに成り下がっちまった …周りを巻き込んでただ暴れるだけ暴れて、その結果に目もくれない そんなの目の前で暴れているレギベリと変わりねぇってのにな」

「…ああ」

私は別に ヴェルトがスピカの敵だからと毛嫌いしているわけではない、スピカは憮然としてはいるが その選択は間違いに塗れている、きっと スピカは選択を間違え ヴェルトの怒りを買った

スピカの事だ、体裁を気にして謝罪もしなかったのだろう 上から見下すような物言いで冷たくあしらったのだろう、何があったかは知らんが ヴェルトが騎士だったヴェルトが魔女に刃を向けるような事があったのだろう

そこは構わん、それはスピカの問題だ スピカの選択ミスにまで口を出し丁寧にケツを拭いてやる気にはならないしな


「だからこそ、こうなってしまった責任を取りたいんだ、スピカは許せない 許す気もない、だけどこの国は別なんだ 俺の故郷なんだ、親友の愛した無二の都なんだ…是が非でも守りたい、俺に見返りを求めるってんなら 命以外なんでも渡す、さっき剣を向けたことへの謝罪を求めるなら靴を舐めてでも詫びる…この事態を収めるには レグルスの力がいる…だから!」

「もういい、それ以上は言うな 私はお前から何かを受け取る気もないし、別に謝罪して欲しかったわけじゃない」

岩の雨の中 その場で頭を下げ 、いや違うさらにしゃがみ 額を地面に擦り付けながら頼み込んでくる、…都合がいいと分かりながら その上で責任を取りたい か………むぅ

「ッ…じゃあ」

「ダメだ、私はお前と共闘する気もないし、手を貸すつもりもない 諦めろ」

「なッ…こ この分からず屋が」

ヴェルトの気持ちはわかった 、スピカは許せない でも街は守りたい、街のためなら嫌いな魔女にだって頭を下げるし なんでも捧げる、剣を向けたことは何もしてでも謝罪する と涙ながらに語る彼の目は、その場しのぎの言い訳をしているようには見えなかった

本気なのだろう、ここで私が見返りを求めれば彼は剣だって差し出す、謝罪を求めれば犬のように這い蹲り私に謝罪し尽くすだろう

覚悟は伝わった、スピカを許せぬ覚悟 街を守りたい覚悟、やり方を間違えただろうが それをもう問うのはやめよう

だからこそ、共闘は出来ない…ただ

「だが、その前に一つ聞きたい…お前 あのレギベリを切れるか、一刀両断じゃない 出来る限り 細かく バラバラにだ」

「あ?…バラバラにってあのどでかいのをか?、出来るか出来ないかで言えば 出来る…だが、全霊を出さなきゃいけねぇから やれて一回、でもあいつ あんたが吹き飛ばしても直ぐに復活したから あんまり意味はないと思う」

「十分だ…」

共闘はしない、手も貸さない

一度でも成り行きで魔女の力を借りてしまえば ヴェルトはまた迷うかもしれない、私は別にヴェルトに肩入れしたいわけじゃない、でも 意地は通すべきだと思う

スピカに挑みたいと言うなら、今回のように迷わず 次は正面から挑んで欲しい…だからこそこれは魔女と魔女殺しの騎士の共闘ではなく

「もし、アイツをバラバラに出来たら 案外上手くことが運ぶかもしれんぞ?」

「はぁ?…あ いやそうか、そう言うことか、く…くく 分かった!、もう頼まん!勝手にやらせてもらう!」

ただ、ヴェルトが戦ってるところに 私が勝手に横槍入れただけなのだ、だから私は手を貸してないし ヴェルトは魔女の手も借りてない、お互いいらぬ貸し借りはなし そう言うことだ

「すぅーっ、一回だ 一回だけだ 今の俺じゃ 『これ』を長時間維持できない だから、チャンスは一回だけ…」

そういうとヴェルトは砲弾の嵐を縫い、剣を正眼に構え レギベリをきつく睨みつける、早く行けよ と急かすことは無い、なんとなく 今からヴェルトが何をしようとしているか分かっているからだ

そして戦慄する、いや強い強いとは思っていたが まさか『その段階』まで至っているとは

「行くぜ、ッーー!ぐぅっ!」

一瞬 ヴェルトが苦悶の声をあげ …その体から魔力が消失する


いや、消失したのではない 体の外に出てこなくなっただけだ、彼の魔力は全て彼の内側 …魂の中へと収められたのだから


魔力を手繰る者にも いくつか段階が存在する、第一段階から第四段階の系四つだ

まず第1段階…名を『魔力操作』と呼ぶ
これはエリスやレオナヒルド デイビッドやメイナードなど大勢の人間が位置する一番最初の段階だ、魔術師剣士関係なく 魔力を外に出し 操る事が出来れば皆この段階に位置する
初歩的ながら奥が深く 全ての段階で最も越えるための壁が大きく この世の大半の人間がこれに位置する

だが偶に、本当に偶に この第一段階の壁を突破し 極めてしまう者が存在する、そいつらがつぎに向かうのが

第二段階『逆流覚醒』
ヴェルトが今いるのはこの段階だ、魔力の扱いを極めた達人は皆 この段階にいる場合が多い、最小出力から最大出力への瞬間的な変移を可能にするなど 普通の人間にはできない魔力操作が行えることが特徴だ

条件は何かを極める事、剣術 魔術 話術…何を極めても第二段階には行ける…が、この大国アジメクにおいて 第二段階へ至れるのがヴェルトだけであることを考えると いかに狭き門か分かるだろう

「ぐぅっ…うおぉぉおおお!」

そして、第二段階に至れた者だけが使える 特殊な技能が存在する それを『魔力覚醒状態オーバードライブ』と呼ぶ

 魔力とは即ち魂であり 魂を魔力に変換できる、という話はエリスにはしたが…これはその逆 体に漲る魔力を魂に変換して自らを大幅に強化する方法なのだ、魔力覚醒状態に入った者は 第一段階の者では絶対に止められないほど 絶大な力を得る

魔力を内側に入れてしまったら魔術が使えないのではないか とエリスなら質問するだろうが、ここはこう答えよう 、そんな事はないそれでも使える者を第二段階と呼ぶのだと

「っぐぅ…!、覚醒・桜花繚乱 絶神の型」

魂を魔力で強化したヴェルトは、先程までとは比べ物にならぬ程強大な力を全身からたち昇らせる、溢れる闘気 覇気は 視覚的な光伴って、ヴェルトの体に纏わりつく…この力が第二段階 この状態が魔力覚醒オーバードライブ


まぁ、私はさらにその上の第三段階『掌握支配』を超えた第四段階『天象同化』に至っている、というか魔女はみんな第四段階だ…逆に魔女以外がこの段階に至れているのを見たことがないが

エリスにもいつか この第二段階 第三段階へ至ってもらいたいものだ…いや、意地でも行かせる

「ほう、魔力覚醒状態に移行出来るとは …やるじゃないか」

「うるせ、…話しかけんな…この状態 消耗が激しい上に集中を切らすと直ぐ戻っちまうんだよ」

確かに私が話しかけただけでヴェルトを纏う黄金の光がチカチカ点滅するのを感じる、まだまだだな これを息をするように維持できれなければ次の段階へは行けん

ん?私は魔力覚醒を使わないのかだと?…何を言う、使ってるじゃないか ずっと、息するようにずぅーっと 寝てる時も飯食ってる時も魔力覚醒を発動させている、勿論今はその力を抑えているしその最大出力はヴェルトとは比べ物にならん、なんならさらにその上の状態にもなれる、ならないけど

「その力を私に対して使ってれば もっと真っ当に勝負できたと思うが」

「だから話しかけるなって!、言ったろ!この状態は少ししか維持出来ないんだ!、オマケに終わった後 疲労感で動けなくなる…、お前相手に覚醒使っても 制限時間以内に倒せる気がしなかっただけだ」

なるほど、確かにそんな不安定な覚醒では私の相手は無理だな、いや話しかけて悪かった

「チッ…無駄な時間食った、残り時間以内に 終わらせる!」

魔力覚醒は 本人の魂の形を より一層濃くし その性質を外面に押し出す、情熱に溢れる魔術師は炎が強く 冷酷な剣士の斬撃は氷を纏う、ならばヴェルトはどうか

己を貫くために地位を捨て 己の信念のためなら誇りも捨てるこの男の剣は、何を纏うか…、それは

それは、愚直なまでに輝く 斬光であった

「だぁぁらぁっっ!」

踏み込み 横に薙ぐ、大地は踏み割れ 空気は裂け 音は轟き、その斬撃は 目の前を飛び交う岩を 全て両断する、その鋭い一撃は剣が届いていないであろう岩を 空間ごと切り裂き 物の一撃でレギベリの岩が全て切り落とされていく

凄まじい切れ味は、そう 空間ごと断絶する切れ味は まさしく彼そのものを表しているようだ

「ッーフッッ!」

ついで跳躍、空気の壁をぶち壊すかのような衝撃波を放ちながら 巨大なレギベリ目掛け臆する事なく飛んでいく

「ォォーーッ!!ギィーッッ!!」

当然 レギベリとて黙ってそれを見ているほど優しくはない、飛んでくるヴェルトを視認するなり 再び体から岩を弾いていく 、先ほどより多く先ほどより鋭く 苛烈に猛烈に攻め立てるが、今のヴェルトは止められない

次々打ち込まれる岩の隙間を縫うように跳躍し抜け、彼が通り過ぎた後の岩が両断され速度を失っていく、音を置いていく砲弾よりも 今のヴェルトはなお速い

「俺は!この街を!ウェヌスの誇りを守るために戦う!、ウェヌスの魂を侮辱し傷つける奴は 相手が魔女だろうが怪物だろうが、構わず全員…」

レギベリの抵抗も虚しく、ヴェルトはレギベリの目の前まで跳んでくる まさしくあっという間だ

天を衝く巨人であるレギベリにとって 目の前のヴェルトは、差し詰め豆粒のような小人だろう、だと言うのに どう言うことか 大きさで遥かに勝るはずのレギベリが 心など持たないはずのゴーレムが今 その小人を前にして、恐れ慄いているようにも見える

「ギィーッッ!!抹殺ッッ!!」

叫び声をあげ 腕を振るうレギベリ、こんな矮小な存在叩き潰してしまえと 両腕を上げヴェルトに叩きつける、巨大さを微塵も見せない機敏な動き 速い 尋常じゃないくらい速い


だが、ヴェルトの方が 更に 更に更に速かった

「叩き斬るッッ!!」

両断だった、あの大きく太く硬いレギベリの両腕が ヴェルトの剣で真っ二つにされたのだ、空中で身を翻し 回転し 二度三度と剣を振るい 、巨巌で構成されたはずのレギベリの腕がまるでゼリーのように細切れにされていく

「ギィーッッ!!ィィィイイイイッッッッ!!!!」

「うるせぇぇぇっっ!!!」

不協和音を轟かせると共に全身から鋭い棘を作り出しヴェルト目掛け撃ち放つ、一切の隙間なく連射される棘はまるで槍衾のようにヴェルトに迫るがそんなもの今更妨害にもなりはしない

ヴェルトの剣の一撃で瞬く間に蹴散らされると共に、崩れる岩に 足をかけレギベリに肉薄する

「ギギギィッ!ギィ!!!魔女!魔女ォォーーッ!!」

来るな来るなと言わんばかりに体を振るう、岩の体からは剣が出る 矢が出る 槍が出る、そのどれもが瑣末 些事と ヴェルトは斬り捨て、その刃は遂に レギベリに食い込む

「…それだけかよ!、流花散弁 刃千武裂ッッ!!!」

ヴェルトの放つ 魔力の輝きが 剣に乗り 斬撃をより一層煌めかせ、その剣閃は 宙を舞う 空を踊る、 レギベリという巨人を覆い尽くし斬り尽くす


その様を その光景を、言い表すならば まさしく散花、命と役目を終え 花弁を散らす花の如く、斬り捨てられたレギベリの体は、ヴェルトの奥義の前に その身を散らしていく

「オオォォォォーーーーッッ…………」

それは慟哭か もしくは断末魔か、レギベリは地の果てまで届く声を鳴り響かせ ガラガラと崩れる

ヴェルトは斬ったのだ、レギベリを あの巨大な怪物を 千か 万か 数えれぬ程の瓦礫へと切り刻み、打ち崩したのだ

だが知っている、ヴェルトも 私も それではダメなことを知っている 、レギベリは死なない …コアを傷つけなければいくら砕いても即座に元に戻ってしまうこと、だがコアがどこにあるか分からない上に 奴はコアの場所を変え巧妙に弱点を隠す

だからこそ、ヴェルトに奴の体を切り刻んでもらったのだ

コアとは、ゴーレムの動力源にして心臓 …コアが魔力を周囲に張り巡らせ なんの意思も持たない筈の土塊を、生き物のように動かしているのだ

つまり奴は、コアを中心として岩を集め 体を形成している、ならこのように体全てをバラバラにされたらどうなる

奴は急いで なりふり構わずバラバラに散ってしまった体を元に戻そうと周囲の岩を集め始めるだろう、ほら あんな風にわかりやすくコアを輝かせて魔力を周囲に放って 空中で瓦礫を拾い集めている

「ッッーー!やり遂げたぞ!魔女ッ!」

奴の言う時間が切れたのだろう、空中で光と力を失い 地面に向かって瓦礫と共に落ちながらヴェルトは叫ぶ、ああ 上等だ…よくやってくれた

後は剥き出しになり場所も割れたコアを 私が仕留めるだけだ!


「すぅ…颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』」

バラバラになった筈の瓦礫が 空中で次々と寄り集まり形を作り始める、が まだまだ小さい コアの場所も丸わかりだ

詠唱を済ませ、この身を一陣の風とする 一息に飛び ヴェルトを追い越し 砕ける瓦礫の雨を抜け、レギベリが慌てて集めた岩の塊に突っ込む、これ以上再生などさせてたまるか!

「ォオオ…ォオオ、魔女…魔女!魔女!レグルス!」

せめても抵抗と岩の塊から槍が飛び出て来るが 拳で打ちはらう、刃が飛び出るが私の肌を貫けず砕ける、そうやって体から武器を出す都度 レギベリだった岩の塊はどんどん小さくなる…所詮はゴーレム 能無しか

岩に手をつき、岩の一番奥に隠れ 震えるコアに狙いを済ませる…

もし、万全の状態のレギベリを一撃で消し去ろうと思えば、反動で街に被害が出た…だがここは空中 レギベリも比べ物にならないくらい小さくなっている、今なら こいつを跡形もなく消し飛ばせる

「ォオオォオオオーー!!!魔女魔女魔女魔女魔女魔女魔女ォォオオーー!!」

「…火天炎空よ、燦然たるその身 永遠たるその輝きを称え言祝ぎ 撃ち起こし、眼前の障壁を打ち払い、果ての明星の如き絶光を今…」

魔力を熱に変換する、炎にではない 雷にではない、熱だ 純然たる熱 
万物を融解し蒸発させる圧倒的なまでの熱が、岩をグツグツと沸騰させ爛れ落ちる、今度こそコアの一片も残さず焼き付尽くしてやろう

「…『天元顕赫』」

手の中で暴れ狂う熱を一気に解放し爆発させると共に、更に熱量を上げる 熱く熱く、限界を超えて 臨界を踏み越え、私の体中心とした熱の奔流が光となって、レギベリを レギベリを守る岩を レギベリのコアを、余さず 残さず 全て纏めて融かしていく





………地上で見ていた人間 地面に向かって自由落下を続けるヴェルトはその時、目を疑ったろう、何せ レグルスの放ったそれはもはや魔術ではなかったから

赤い輝きに近づいただけで身を焼くような熱が襲い来る、レギベリのコアを逃さないように空中で放たれるその光 その熱波はそれはまるで

まるで、もう一つの小さな太陽のようだったから


「レグルス…レグルス…嗚呼、お前だけは…貴女だけは 決して 決して、許しはしない」

光かの中 熱の中、誰にも聞こえぬ声でレギベリは囁く、コアが融解し 滴るそれは、まるで涙のようだ、その無念は果たしてレギベリの物か それともこのゴーレムを作ったものの思念が、レギベリという存在に乗り移り 声を発したのか

「貴女だけは…必ず、私が…………師匠…………」

レギベリの発した最後の言葉は 心なしか、女性のようにも聞こえたが…意味のないこと、何せ誰も聞いていないし 誰にも聞こえないし、レギベリのコアは既に熱に焼き尽くされ この世にはなかったのだから


太陽の熱によってコアと周辺の岩は消し去られた、瓦礫から無数のレギベリが復活する!なんてこともなく…今度こそ 正真正銘 レギベリというゴーレムは 消え失せたのだった



………………………………………………………………

「生きてるか?ヴェルト」

瓦礫の中 下半身だけ突き出て埋まっているヴェルトの足を掴み、引っこ抜きながら声をかける、自分で着地くらいすると思ってたが、まさかそんな力も残ってなかったのはな

「後…二、三秒遅けりゃ…いいえって答えてたぜ」

生きてるみたいだ、冗談言えるくらいには元気そうだな

「そうか、なら間に合って良かった」

「いてて…レギベリは?」

「消した、跡形もなくな 復活する兆しも見えん」

もしかしたら他にも別のコアを仕込んでいるかもと戦々恐々となりながら周囲を捜索したが、どうやら杞憂だったらしい 本当にあのコアが奥の手の本命で、奥の奥の手とかはないようだ 、よかった

「そうかい、ありがとよ…手助けしてくれて」

「なんのことだ?、私はただお前の戦いに横槍を入れただけだ、横から獲物を掠め取りやがってと怒るならまだしも、礼を言われる筋合いはないな」

「頑固者が、礼くらい素直に受け取りやがれ…だが 、うん そうだな そういうことにしといてくれ、魔女に貸し借りは 出来れば作りたくねぇ」

「今さっき 生き海めにされかけてるところを助けた借りは?」

「それもなしで頼む」

もはや指一本動かす気力もありませんと全身の脱力で表現するヴェルトを背中に背負い歩き出す、街は酷い有様だが …血の匂いはしない 怪我人も出てないのはやはり幸と言えるな、こういう時勝っても割りを食った人間がいると後味が悪いからな

「俺ぁ、どこに連れてかれんだ…檻か?絞首台か?」

「スピカのところだ」

「一番最悪じゃねぇか…」

スピカのところへ連れて行く、それでどういう風に話が転ぶか分からん スピカが激昂してヴェルトを殺すかもしれん、ヴェルトが隙を見てスピカを殺すかもしれん、もしかしたらいい風に転んで 仲直りするかもしれないし 悪化するかもしれない

何がどうなるか分からないが、ここでヴェルトを逃してやる理由はない とりあえずスピカのところへ連れて行く、話はそれからだ



その後、十分くらいかけてゆっくり歩いて館まで戻る…レギベリが出現したど真ん中だった事からか、館も酷い有様だった 

館は原型を留めず 瓦礫の山と化している、そして その瓦礫の頂点に立つ者が一人 遠目からでもわかるほど魔力を漂わせているのはスピカだ

さっき見たときは火達磨だったが、今は当たり前のように傷もないし 服も新品同然だ

「うぅ…まさか、これほどとは」

その眼下には血塗れで地面に伏すのは トリンキュロー、メイド服をズタズタに引き裂かれ 血だらけだが、体に傷は一つもない…スピカは斬撃を使わん つまりこの切り傷は

「ふふふ、私の過剰治癒を自らを傷つける事で帳消しにするとは 、良い覚悟 良い判断です、ですが 今度はその自傷の所為であなたが動けなくなるとは…皮肉な事です」

スピカの過剰治癒を防ぐ手段はただ一つ、自分を傷つけ 治癒エネルギーが溢れないよう行き場を作る事、だが …スピカの過剰治癒は傷は直しても体力までは戻さない、自分傷つけて行くうちに 体力が尽きてしまったのだろう

相手は傷つかず瞬時に元に戻り こちらは自分で自分を傷つけ着々と体力を失って行く、そんなスピカ相手に持久戦をする事がどれだけ恐ろしいか 私も分かっているつもりだ、トリンキュローは心折れずに頑張った方だろう

「…ハッ!ヴェルト…酷い怪我 魔力もほとんど残ってない、貴方もレグルスに 敗れたのですね」

トリンキュローもこちらに気がついたようで、満身創痍のヴェルトを見て、もはやこれまでと諦め脱力する

「いや、これは俺が自分でやった  レグルスとは戦ってない」

「何やってんですかあんた」

うるせぇよと トリンキュローの侮蔑の目から身を隠そうとするヴェルトを、スピカの前に転がしその辺の岩場に腰を落ち着ける

「ぐぇっ!、もっと丁寧に下ろせよ!」

「よくやりましたレグルス、ヴェルトを捕まえてくるとは…あのデカブツ相手に少し手間取ったみたいですが、万事上手くいったようで何より」

「ああ、別にいい それよりもヴェルトをどうするつもりだ」

「殺します、此度の一件 審議するまでもなく大罪です、命を持って償わなくてはならないほどの」

スピカの目は冷たい、そうだな 反乱に加担したヴェルトは大罪人だ、レギベリがやったとはいえ街も酷い有様…一応ヴェルトはレギベリの仲間だし、その責任の一端を取れというのは まぁ、分からんでもない

ヴェルト自身、やっぱりか という諦めとともに、もうどうなろうが構うものかと覚悟を決めている

だが…、だが少し待ってほしい

「まてスピカ」

「待ちません」

「待てと言っている!、お前 ヴェルトが何故反乱に与したのか 聞いているのか?一度でもヴェルトと話し合ったのか?、それも聞かずに刑を執行するなど それはもう処刑でもなんでもないただの殺害だ、法に則り 秩序の元に 罰を下すなら、相手の言い分も聞け…」

構わず錫杖を振るおうとするスピカの前に立ち、声を荒げる…

これじゃあまるで自分に逆らったから処刑 と言っているようなものだ、スピカにはそんな独裁者みたいな真似はして欲しくない

「…ヴェルトに絆されましたか?」

「違う、今のお前の理論は支持できないからだ、騒ぎを起こしたのは確かだ そこは擁護しない、だが だからといって問答無用で殺すなど 魔女のやっていいことではない」

「…貴方も私に刃向かうのですか?」

「だとしたらどうする、ここで私と一戦やるか?…言っておくが 勝てると思うなよ」

スピカの刺すような視線が 私に向けられる、本気の殺意だ 私を殺してやろうという殺意…友にそんな目を向けられ正直メチャクチャ悲しいが

こんな理不尽を許せば スピカはいずれ国の誰からも支持されなくなる、支持されなくなったらスピカどうする?今度は力で押さえつけるか?そんなの悪循環でしかない

友のため、譲れない一線なのだ

「…そんな目を向けないでください、レグルスさんにまでそんな目で見られたら…私はもう、やっていけません」

ガックリと項垂れ、その場に座り込むスピカ…し しまった、言い過ぎたか…

「す すまんスピカ、そういうつもりじゃなかったんだ、ただお前が」

「いいですよ、分かってます…ヴェルト、私は今落ち込んでいます 貴方の言葉を遮る気力がないほどに、言いたい事があるなら 今のうちにどうぞ」

なんだそりゃ というような態度だが、まぁ スピカなりに譲歩した物の言い方なのだろう、ヴェルトもその言葉を受け 複雑そうにしながらも口を開く

「……スピカ、なんであんた ウェヌスを助けなかったんだ、俺があれだけ頼み込んでも…」

「ウェヌス、なるほど…ああ なるほど そう言えばヴェルト、貴方はウェヌスと仲が良かったですね、ウェヌスも小さい頃から 街で友人ができたと大はしゃぎしていました、どんな友人かと思って見たら 溝鼠を連れてきて、それが貴方でしたね」

「いいから答えろ!、なんでウェヌスを見殺しにした!あんたなら助けられたんじゃないのか!、あんなに優しかったウェヌスが 国を誰よりも愛していたウェヌスが!、王の中の王だったウェヌスが なんであんな悲惨な死に方をしなきゃならなかったんだよ!答えろ!スピカ!」

ヴェルトの怒号が、静寂に木霊する…口から出たのは純粋な怒り 不条理理不尽に対する怒りだ、ウェヌス というのが誰かは知らんが ヴェルトにとって大切だった人物をスピカが見殺しにした という事だろう

…しかし、多分スピカは

「ごめんなさいね、…貴方が思っているよりも 私は万能ではないのです、ウェヌスは 生まれつき体が弱く 十歳を越えるまで生きてられない体だったのですよ、…私だって必死に治そうとしましたが 無理でした、…延命を知るのに精一杯で」

「な…治せなかったって、な 何言ってんだよ あんた魔女なんだろ!」

「魔女にもできないことくらいあります、…でも 見殺しにしたというのは正解です、あの時 貴方が詰め寄ってきた時 私は半ばウェヌスの命を諦めていました、もう後継が生まれたから 精神に対する負荷が大きすぎるから、いろんな言い訳をして ウェヌスの命を諦めてしまったのです」

「ふ…ざけんなよ、諦めなかったら…なんとか なったかも…しれないだろ」

「さぁ、なんとかなったか ならなかったかは私には分かりません、…そうですね 途中で諦め ウェヌスの命を放り出してしまった私には 最後まで諦めず四方八方でウェヌスを助けようとした貴方を、責める資格はないのかもしれませんね」

スピカは力なく呟く、スピカは無力感に押しつぶされていたのだろう…多分、スピカが助けられなかった命はウェヌスだけではない、その直近のウェヌスの妻とか

いやそれだけじゃないな、もっといろんな人間を助けられなかったんだ、この八千年間でそれはもう数えられないくらいの人間を、スピカは諦めてきたんだろう

「さて、貴方が私をどうして斬りたいかは分かりました、ウェヌスとその妻を助けられなかった私は 貴方に責められて当然の人間です」

「今更 開き直ったって無駄だ、やっぱり それを聞かされても 俺はお前を許せない」

「そうですか…はぁ、私もここで殺されるわけには生きません、なので…」

スピカがゆっくりと立ち上がると共にスピカの魔力が立ち上るのを見る、顔を上げ 
『やっぱり憂いを断つために 貴方は処刑します』と残酷に言い放ちながらヴェルトをを殺すスピカの姿を、誰もが幻視した瞬間 それは起こった

「ヴェルト!」

「と トリンキュロー!?な なんだよ急に!?」

「逃げましょう!殺されてしまいます!、貴方はここで死んではいけない!」

トリンキュローが飛び出してきたのだ、顔を青くし ヴェルトを殺されまいと 抱きしめ捕まえると、鳥のようなスピードでその場から一気に立ち去ってしまう

追う者はいない、私も スピカも追わない

「逃して良かったのか?スピカ…処刑は」

「しませんよ…、私は てっきりヴェルトはオルクスに与し 私の首を狙うだけの逆賊だと思ってましたから、ウェヌス云々も 建前で…私の立場を狙うだけの男だとばかり、ああ 最初から彼の言葉に耳を傾け 彼とよく話していればと、…そう思うと 追えませんよ」

「そうか」

きっと、スピカはあの後謝罪してヴェルトに騎士団長に戻ってもえないかと 誘うつもりだったのかもしれない

…スピカは、やはり 支配者という立場に向いてない…

小心者だから、ナメられないように異様に肩肘を張る 権威を引けらかす、だけど変に優しいからその事を気にし引きずる、無情になりきれないから 引きずったものを捨てられないし、賢くないから選択を間違える

でも、意地を張るから謝れない…謝らなくても誰も何も言わない、言われないから そのうち、自分が正しいのか正しくないのか分からなくなる、そんな生き方を何千年と繰り返す

「また私は間違えたんですね…」

スピカは、支配者に向いてない 支配者と呼ぶに スピカは弱すぎる、でも…同時に スピカの強さを私は知っている

「間違えたなら、またいつか取り戻せばいい…過ちは一生過ちのまま なんてことはない、取り返す機会はいつか来る」

ヴェルトとスピカの道は今 分かたれてしまったかもしれない、ヴェルトはスピカを許せなかったし スピカはヴェルトに謝れなかった、今回は 上手くいかなかったかもしれない

でも、道を違えたら一生そのまま というわけではない、人の生とは 魔女が思う以上に長い、いつかまた 道が交わる時が来る、その時謝ればいいさ その時許されればいいさ、だから今は 前を向いてこの過ちを胸に大切しまっておけばいいんだ

「いつか…ですか、そうですね ヴェルトは私の命を狙ってます、またいつか私の前に現れるでしょう、その時また話をします その時…私はヴェルトと決着をつけます」

「ああ、きっとヴェルトは 今度はこんな反乱に乗じて なんて汚い真似せず、正面からやってくるだろう、そのときはお前も今日みたいに話も聞かず問答無用なんて真似せず正面から受け止めろよ」

空に雲が流れる ヴェルトが立ち去り、静寂が戻る …スピカもヴェルトも次はきっと間違えない、そう信じる事が 私に出来る最後のことだ、二人の決着は二人のもの その果てがどうなるかは 本当に…二人の手に委ねられているのだから


「しかし、これはもう 廻癒祭は中止ですね…」

「ああ…」

ただ館の周りで反乱軍が暴れただけなら まだ再開の目処は立ったが、レギベリが暴れた所為でもう皇都は蜂の巣を突いたような大騒ぎだ、今更祭りどころではないな…スピカは魔女として事態収拾に乗り出さなければならないだろう

「はぁ、…よし!レグルスさん!街の復興に手を貸してください!兵を集めて 1日でも早く 皇都を元の姿に戻します!」

「うん、わかった」

「よーし!、腕がなりますね!災害の復興 これこそ魔女の本分です!」

そう言って立ち上がるスピカの顔は、もう決して過ちなど犯すものかという強い意志に満ちて…先程までのような妙に肩肘張った神妙な面持ちは消え去っていた

私の言葉が スピカに何かしらの変化を与えられたなら、それでいい …むしろ私は今のスピカの方が好きだな、なんだか やっと昔のスピカと再会できたような気がするから



こうして、長いようで 短い廻癒祭の攻防は終わった、損害は出たが死者や怪我人は出なかった 最後の最後でスピカとヴェルトは袂を分かってしまって大団円とはいかなかったが、なに…スピカ達の物語はまだまだ続く 結論を急く事はない

今のスピカならきっと、皆の納得する ハッピーエンドへこの国を導いてくれるだろうさ



………………………………………………

「反乱は 抑えられたか…」

薄暗い館の奥で  一人オルクスは目を閉じる… 、先程まで聞こえてきた喧騒が消えた オルクスが一生かけて集めた戦力は、一時間もしないうちにスピカによって鎮圧されたのだろう

オルクスの算段では、倒すまではいかずとも、手傷を負わせ この国から追い出すくらいはいけるはずだった、全てはレグルスとはという魔女のせい…いや

「全ての過ちは、私がお前などに頼ったからか…」

忌々しげに後ろに立つ鎧の女に目を向ける、兜で顔は見えない だがきっと、この女は今 それはもう楽しげに笑っているに違いない

「あれ、私の所為にしますか?あれだけの戦力を集めたのは私ですよ?、トリンキュローやヴェルトを連れてきたのも レオナヒルドを動かしたのも、ジョー・レギベリだって私が連れてきたじゃないですか、この作戦の大部分は私のおかげ 、耄碌ジジイのクソみたいな妄言を立派な作戦にしたの 私じゃないですか」

ケタケタと兜を動かし笑う、反乱が失敗したというのに なんとも愉快そうだ、いやこいつからしてみれば此度の一連の騒動も 喜劇のようなものなのだろう

「貴様は魔女と同じ いや魔女以上に恐ろしい存在だ…、そんなお前に頼り 力を借りた時点で私は正義を失った」

「正義を失ったって、バカですね 物の顛末に正義を持ち出した時点で 全員悪なんですよ」

「私さえも手のひらで踊らせておきながらなにを今更…、お前は私を使って なにをしたかったのだ、魔女を殺したかったのではないのか、何故お前は最後まで前線に出なかった お前が出ればレグルスもスピカも…」

「まだ早いからです、スピカはともかく レグルスにはまだやってもらいたい事があるので」

またこれだ、コイツはなにも語らない いつもいつも…、コイツと最初に出会ったとき もしかしたらコイツは、私と同じく魔女に敵対する者と思ったが どうやら違う

コイツは、魔女の敵などではなく

「……お前は、魔女の敵ではなく この世界全ての敵なのだな」

「急にどうしました?、あれ?私にそんな口聞いても…いぃ~いんですかぁ~?」

脅すように両手を広げる、いや脅しではない 反乱が失敗に終わり コイツにとって私はもう用済み、コイツは自分につながる痕跡を一つとして許しはしない…つまり

「私を殺すか、妖天…」

「あら?、私の素性 調べちゃいました?残念だなぁ~…これもう 殺すしかないですねぇ、残念だなぁ 友達だったのに、でも友達とはいえ守らなきゃいけない一線はありますものね、うん それを破ったのはあなたの方ですし」

体を支える杖に手をかける…、私の野望は 命はきっとここまでだ、魔女を排し 人の世を作る その野望もきっとここまでだ

私の跡を継いでくれる息子達もみんなこの女に殺された、ハルジオンが死んだのだって きっとこの女のせいだ…、私の意思と血は ここでこの女の所為で潰える……

と 思っていた、息子もいない 妻もいない 私の意思を継ぐ者はいない、そう思っていた…だが、居たんだ 私の血と意思を継いでくれる子が…最近になって現れた

その子は、私のことなど知らぬだろう 私の野望など知らぬだろう、だがいずれ 私の血は私の意思は きっとその子に、思い起こさせる この世界の疑問と魔女への疑問を

あの子は、きっと私より上手くやる 私より正しく 私より強く…魔女からこの世界を解放してくれる、そう信じて 私はここで、死のう

「だが、ただでは死なんぞ!我が意思は不滅だ!、いずれ魔女の世は終わる!人の世は訪れる!、その世界に貴様は不要だ!妖天ッ!!」

杖の柄に手をかけ、仕込んであった刃を抜き 振り向きざまに女に斬りかかる、ここでこの女をあの世に連れて行く…ッ

「無理ですよ、魔女の世も人の世も来ません…世界は 終わりますから」

「ぐ…ぐぶぅっ…」

が、刃は女により容易く叩き折られ その手は 我が心臓を容易に貫く…、ハハハ やはりダメだったか…だが悔いはない、私の意思を継ぐ者が いずれその意思を開花させ 魔女もお前も 必ず打ち倒す

「それじゃあさようなら、哀れな魔女の敵、道化のオルクスさん」

崩れ落ち血の海に沈む我が体を見ながら…女は立ち去る、ああ 死ぬ…分かるぞ 私は死ぬ…、あとは託すより他ないか

…………後は頼んだぞ、我が意思を継ぎし 我が血を継ぎし 最後の子……エリスよ
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