孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

73.孤独の魔女と究極の錬金術

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アンスラークス城、ここを統べるカルブンクルス家は魔女より紅玉の名を戴きし名家にして王族 名王族とも言うべき歴史ある由緒正しい一族だ

当然、その居城は絢爛極まる…廊下 ホール 玉座 果ては城の隣の別館までも美しい赤で彩られている、聞いた話では少し前までこの城は古ぼけた古城だったそうだ

その古城がここまで趣ある美しい城へと生まれ変わったのは…現在の城主セレドナ・カルブンクルスの尽力が大きい

セレドナ曰く、全ての印象は見た目から という言葉の通り この城いや国全体がセレドナのセンスにより彩られ 一目見たその第一印象はどれも素晴らしいものとなっている

セレドナの美的センスは本物だ、…そう感じざるを得ない程に全てが美しい、赤を基調としつつも決して下品ではなく クドくもなく、様々な工夫や装飾で部屋一つ一つを彩っている


エリスとかメルクさんが招かれたこの別館の一室でさえ 溜息が出るほどに綺麗なのだ、セレドナという人物がいかに見た目の美しさを重要視しているか分かる

「綺麗ですね、この部屋…」

「ああ、寧ろ若干の場違いさを感じてしまうほどに美しい」

今エリスとメルクさんはセレドナさんの誘いにより アンスラークス城の隣に建つ別館…曰くセレドナさんが普段休息に使う所謂別荘の一室に招かれている

エリスとメルクさんの働きを評価して 少し話がしたいとセレドナさん側から持ちかけてきたのだ、…エリス達にとっては願っても無い誘い 彼女がマレフィカルムと繋がっているかどうか確かめる絶好の機会でもある

とは言えセレドナも多忙の身の上 そもそもパーティを主催した立場であるがゆえにまずそちらの方にかからねばならぬという事で、エリスとメルクさんは先に別館に通され 待ちぼうけを食らっているのだ

「しかし、メルクさんが助けに来てくれて助かりました…」

「ん?、ああ あの悪徳執事の事か、…ホールを見張っていた時にな?偶然奴がメイドの足元に油を垂らすのが見えたから いつもの癖で追っていたんだよ、…奴の手際の鮮やかさ 多分今回が初めてではないのだろうな」

ウィルフレッドの悪事を暴こうとして 逆に返り討ちにされそうになったところを、メルクさんは寸でのところで助けてくれたのだ、いやエリスがあまりに不注意だったのと 最悪なんとか切り抜けられるだろうという油断があったせいで あんな事態になってしまったのだが

…本当に助かった、礼を言い尽くしても足りないくらいだ

「助けられたと言えば エリスはザカライアさんにも助けられました…あの人は今どこへ?」

「ああ、…それが メイドからワインを無理矢理強奪しようとし誤って床の油で滑ってな、頭打ってたんこぶ作って…今宿で寝てる」

ザカライアさん…上がった株が急激に下がりましたよ、頼りになるんだか バカなんだか…、だがまぁ セレドナさんとの会話に彼の存在が必須なわけじゃない、、寧ろ彼はセレドナさんをやけに毛嫌いしている節がある

こう言っちゃ悪いが居ない方が都合がいいのかもしれない

「失礼?、待たせましたわね」

コンコンと数度 扉をノックする音と共に間延びした女性の声が聞こえる、これは…!、そう感じる前に椅子から飛び起きる

「ッ…!」

「ああ、いい事よ そのままおかけになっていて」

「セレドナ様、此度はお招き頂き 感謝致します」

紅炎婦人セレドナがコツコツと真っ赤なヒールを鳴らしながら部屋へと入ってくる、こうしてマジマジとセレドナさんの服装を見ていると…うん、最初は下品に感じたが この国の貴族や王族の格好を見るに この人のセンスはかなりマシな方だという事がわかる

赤いドレスや赤いヒール 赤い髪に赤い目 一見すると全身赤に見えるが、ドレスの色合いに微妙にグラデーションをつけており、色に深みがある事がわかる…何より他の貴族と違い ジャラジャラと下手に宝石はつけない 胸に一つルビーのブローチをつけるだけ、これがまたオシャレにも見えてくるのだから不思議だ

「さてと、折角呼び立てたのに 客人を部屋に待たせるとは、不甲斐ない限りですわ、ですが主催者として 招待状を送った身として、必要最低限の持て成しとして妾自ら出向かないのは余りに不敬ですので そこはわかってくださいませ」

「いえそんな…」

セレドナは真っ赤なソファーに腰をかけ、いつもしている扇子を閉じ、エリス達に向かい合いながらそう言ってくれる、なんだか…いつもの不遜な態度とは違い 今は客人をもてなす為 礼儀を尽くしている、と言った感じか

それでも偉そうなところが抜けないのは、彼女が王族で エリス達が下賤の身だからだろう…本来なら 彼女にとってエリス達は面向かって話す程の相手でもないのだ

それでも、今は違う…今は

「先ずは礼を言いましょう ありがとうございました、貴方達が居なければ私のパーティはあの無作法者達によってめちゃくちゃにされるところでした、貴方達の正義感と行動力に今一度敬意を示しましょう」

軽く 頭を下げ 敬意を示してくれる、これがもしただ単にセレドナさんの元に突撃しただけならこのようには扱われなかったろう、それもこれも執事として紅玉会に忍び込んだ甲斐があったというもの

「私は 執事として、当然のことをしたまでです」

「フッ、そう…斯様に小さくとも 一介の執事…というわけですわね、ますます気に入りました、貴方のように若く才気ある者が妾の部下となるなら どれだけ良いか、ですが ここで妾がいくら誘えど其方は誘いに応じる気はない…そうですね?」

「えっ!?いや…あの…な 何故それを?」

「王族と言うものを侮らない方が良いですわよ、目を見て相手の腹の内を探るくらい やってのけて当然です、其方の目には妾に取り入ろうと言う浅ましい考えはない されど滾るような決意を感じる、つまり…妾に何か用があったのでしょう?」

だから こうして二人で話せる場を用意しました、紅玉会を救ってくれた貴方に敬意を表してと…セレドナさんはエリス達の全てを見透かしたかのように語る、対するエリス達はセレドナさんが何を考えているかさっっぱり分からない

分からない…わからないがここで黙りこくって考えていても分かる事でもない、ならばままよと聞いてしまおう…全てを

「…セレドナ様の言う通り、我々はとある物を追っていまして、その事について セレドナ様にお話を伺いたく」

「ほう、あるもの…か、濁す喋り方は好きではないですわ、疾く申しなさい」

「はい、我々の追っているのはカエルム 延いてはそれを手繰る犯罪組織です」

マレフィカルムの名は出さない、ましてや五大王族の中に黒幕がいるかもしれないなんてのも当然言わない、先ずは相手の出方を伺うために 情報を小出しにする

エリス達がカエルムを追ってるとなれば、もしセレドナさんが関わりのある黒幕なら 多少なりとも焦りを見せるはずだが

「カエルム…ですか、存じています と言うより目下のところの悩みの種です、あんな物が我が国に蔓延っている事を考えるだけで悪寒がしますが、…残念ながら妾ではその尻尾さえつかめていないのが現状です」

…あれ?、普通の反応だ…いや嘘か?これ嘘ついてるのか?、嘘をついてエリス達を油断させようとしてるのか

いやそんな事疑い始めたらキリがない、と言うかよくよく考えてみたら この人が黒幕ならエリス達がカエルムを追ってることくらい知っているはず、ならこの程度の情報じゃあ怯ませることすら出来ないのか

どうしよう、エリスまた考えなしに行動しちゃった と思いながらメルクさんを見れば、その目は鋭くセレドナさんを見据えており…ゆっくりと 口を開く

「では、…マレウス・マレフィカルムという組織に覚えは?」

出す、マレフィカルムの名を メルクさんは刃の如き瞳を輝かせ、セレドナさんの表情 反応 眉の微動さえ見逃さぬと言った様子で、睨み抜く…

「マレウス…マレフィカルム?」

しかし、セレドナさんはマレフィカルムの名を受けても目を丸くして首を傾げている、聞き覚えがない そんな顔だ、顎に指を当て必死に思い返すように考える素振りは真剣そのもの、これが演技だとするなら 彼女は舞台に立てるだろう

「どうやら本当に聞き覚えがない様子で」

「ええ、なんですの?それは…マレウス・マレフィカルム 聞いたことなどありません、マレウス…というと デルセクトの隣にある大国の?」

マレウス 確かにそういう名前の国はある、だが因果関係があるかは不明だ もしかしたらマレフィカルムの本拠地がそこにあるのかもしれないが、だとしても今は関係ない

「はい、どうやらそのマレウス・マレフィカルムという組織が 我らデルセクト同盟の中で 阿漕な真似を働いているようでして、しかも どうやら他の五大王族と結託をしているとか」

「なんと!?…いや まぁ他の五大王族ならばそういう連中とつるんでいても仕方ありませんが…、というかもしや 貴方達は妾がそのマレフィカルムと繋がりがあると睨んでここに?」

「はい、ザカライア様より セレドナ様にはカエルムを売って反セレドナ派を弱体化させる狙いがあるのでは と聞き及びましたので」

正直にいう、マレフィカルムを追っている事も それと五大王族が繋がっている可能性があることも、何より その疑いの目をセレドナ自身に向けていたことを、包み隠さずメルクさんは眉ひとつ動かさず言ってのける

当然、疑われていると知ったセレドナは眉を釣り上げ怒りを露わにし…

「あのクソガキ そんなくだらないことを吹き込んで…!、ザカライアに会ったら言っておきなさい!、反対派を鎮めるのに 犯罪者を頼るなんて真似しては意味などないと!、カルブンクルスの王道とは即ち正道!外道にも邪道にも走ることはないと!、スマラグドスと一緒にするなと!」

激烈に怒る 自分が疑われたからではない、アンスラークスの品性を疑われたから怒っているのだ、この人は 確かに傲慢で強欲かもしれないが 少なくともザカライアさんよりは国を愛し 国の為に働く人なのだろう

確かに、そんな人が…いくら対立しているからと 犯罪者を使って国に薬をばら撒くなんて真似、するわけがない

「そう言えばあのクソガキ さっき滑って転んで気絶していたわね、おーっほっほっほっ!ザマァ見ろ!一生笑ってやる!」

「…セレドナ様 この国の事が好きなんですね」

「…なんですか急に、当たり前でしょう 国を愛し慮るのは国の主の務め、赤いワインを飲みながらも民の未来を考え 豪勢なドレスに身を包みながらも国の未来を考え、…虚勢を張りながらも国の為に立ち続ける、それが 王なのです それがカルブンクルス家なのです…私はそんな在り方に憧れ 妾はその在り方を体現する為ここに存在するのです」

例え この身にカルブンクルス家の血が一滴も流れておらずとも、この魂は赤く燃えておりますので そう語るセレドナは、ちょっとかっこよかった…その目は ラグナと同じ、国を思う 王の目そのものだった

やっぱり 見た目や第一印象って大事だな、エリスはこの人を第一印象だけで人格を勝手に決めつけていた…もし、ニコラスさんにあの話を聞かされていなければ きっとエリスはこの言葉さえ嘘と断じていたかもしれない

「貴方達はそのカエルムとマレウス・マレフィカルム…そしてバックについている五大王族を追っているのですよね」

「はい、私とここにいるディスコルディアはその為にデルセクト中を駆け回り、黒幕の五大王族を突き止めるつもりです」

「ならば、それに妾も手を貸しましょう 物資 資金 なんでもいいなさい、故に我が国を喰い物にする無礼者を必ず捕まえなさい」

「御厚意感謝します、セレドナ様」

セレドナさんもまた国の為に力を貸してくれると言う、とは言えザカライアさんみたいについてくることはないだろう、まぁそれが普通なんだが…

しかし、これで容疑者というか 最も疑わしい人間はソニアさんだけになってしまった、…そう言えばパーティが始まるよりも前にソニアさんとセレドナさんは何やら密会をしていたようだけれど…

「すみません、セレドナ様 もし差し障りなければ 先程ソニアさんと会われていた時の話の内容って聞かせて頂けますか?」

「ソニアと?ああ彼女もまた五大王族ですわね、…まぁもし犯罪組織と関わってるなソニアが一番怪しいと言うのも頷ける話、彼女は王族に在って王族に非ず アレは悪魔の類です」

「………………」

ソニアさんの話が出た途端、メルクさんは暗く俯く …出来れば関わり合いになりたくなかったと言う顔だ、エリスだってそうだ あの人の纏う雰囲気はなんだかとても恐ろしい

気が乗った それだけで人を痛めつけ 気が乗らない それだけで人を殺そうとする、あの人は五大王族屈指の危険度を誇ると同時に、あの人が黒幕と言われれば妙な説得力がある

「ソニアと話を、と言っても…普通に金銭面でのお話ですわ、今回の紅玉会の開催にあたってアレキサンドライト家に多少なりとも資金援助をお願いしたので」

「そ ソニアさんからお金を借りたんですか!?大丈夫ですか!?」

「問題ありませんわ、もう返済の算段は立っています 、妾が考えなしに金を借りて破産する無計画な人間に見えますか?」

そりゃそうだ、そもそも返すあても無いのに借りる方が悪いのだ 普通は返せるから借りるんだ、借りた金さえ返せばソニアさんは何もしてこない 返せないと恐ろしい目に合わせてくるが…

「そう言えば、何やら胡乱な話をしていましたわね、…ニグレドとアルベドがどうたらとか」

「ニグレド?アルベド?」

その言葉を反復した途端、セレドナさんがしまったと目を見開く、ニグレド…アルベド 聞いたことのないワードだ、様子から察するに人名ではなさそうだが、同時にその表情 知られたく無いか言ってはいけない話だったか

「なんですか?そのニグレドとアルベドって」

「いや、それはその…」

セレドナは一瞬の逡巡の後、ここで変に隠し事をするのもなんだと観念したように息を吐くと

「これは 一応同盟内での機密事項ですので、あまり公言してはいけませんよ?」

「お任せを、我々は口は堅いので」

「……ニグレドとアルベド、それは今軍部の技術局で開発されている 究極の錬金機構、技術的に魔女様の錬金術を再現しようと言う試みの元生まれた 二つの機構の名前ですわ」

「魔女…フォーマルハウト様の魔術を 技術で再現…!!」

電流が体に走ったような衝撃を受ける、魔女の御業を再現することに対しての衝撃では無い

レグルス師匠を石化から解放する為に必要な錬金機構、エリスとメルクさんが出世をして手に入れようとしている存在、都市伝説地味たそれが 今 ようやく現実味を帯びてエリス達の前に現れたんだ

あったんだ!あるんだ!やはり!師匠を助けられる錬金機構が!このデルセクトに!、思わずメルクさんに目をやれば彼女も口を引き締めて 静かに頷いている

「魔女の業を再現する マグヌム・オプス計画の過程で誕生したのが『第一工程・ニグレド』…物質を分解し崩壊させる力を持ち どんなものでも塵にすることが出来る、そして『第二工程・アルベド』は凡ゆる物を再構成する力を持ち どんな小さな物も結晶化させることが出来る」

「どんなものでも…?」

「ええ、この二つを使えば 限定的にですが魔女様の錬金術を再現することが出来るようですわ、まぁまだ第二工程までしか再現出来ず 最終段階の『ルベド』までは至れてないので 完全では無いようですがね」

それでも凄い、だって限定的にとは言え 世界を変容させるほどの魔女の力を使えるなら ただそれだけでも途轍もない力を持つ事になる、それを使えば 師匠をも助けられるかもしれない

「しかし、何故そんな話を?」

「ニグレドとアルベドの在り処を聞いてきたのですわ ソニアが、とは言え流石に軍部最高機密の在り処など それこそ技術局の一部の人間かグロリアーナしか知り得ないので、一蹴しましたが…」

「でもなんでソニア様がそんな物の在り処を?」

「そんな事まで知りません、…大方 興味があったからでしょう、妾とて魔女の力の再現には興味がありますもの、もしその力を一部でも手に出来たら なんて…誰しも思う事です」

確かに…、ソニアさんなら欲しがりそう と思うのはやはりソニアさんの第一印象が悪いからだろうか、にしてもニグレドとアルベドか…在り処を聞くにはやはり出世しかなそうだ

「ともあれ、胡乱な都市伝説は今は気にすべきではありません、貴方達には早期にカエルムを叩き潰していただかないと…このままではデルセクト内の国力全てが落ちてしまいますわ」

「はい、…ですので やはりここはソニアさんの領地の捜査に入るべきではないですか?メルクリウス様」

「ううむ、そう…なのだが…」

踏ん切りがつかないな、まぁ…避けては通れない段階まで来たとはいえ未だ確たる証拠はない、下手に突っ込んで何も探し出せなければ 大義名分の元ソニアさんはエリス達を甚振りに来るだろう…

目を閉じ、ジッと考えるメルクさんを待つ……

すると、コンコンと再部屋の扉が鳴る、誰か来たのか

「おや?、誰でしょうか…」

「あ!私が出ますね」

そう言ってエリスは立ち上がる、一応この場ではエリスは執事だ この国の主人たるセレドナさんとエリスの主人たるメルクさんを立たせ座っているわけにはいかない

「しかし、何者でしょうか…妾は暫く近寄るなと部下に言い含めてあったのですが」

「え?…」

その セレドナさんの言葉、そしてこの状況 猛烈な違和感と嫌な予感がエリスの背筋を貫き ドアノブを掴んだ状態で静止する、それと同時に 微かに 本当に何かの間違いで聞き逃してしまいそうなほど小さくだが、扉の向こうから 音が聞こえた…

聞いたことのある金属音、ナイフとフォークを擦り付けるようなカチャカチャと言う音、ベルトをいじるような カチカチと言う音、どちらも似てるがどちらでもない…そう これは

銃を動かすような 撃鉄を起こすような、そんな……


「メルクさんッ!!、セレドナさんを守ってくださいッ!」

飛ぶ 全身全霊で横へとすっ飛ぶと同時に 耳の中身を叩き割るような爆音が室内に 場に轟き扉が粉々に粉砕されていくのが見える、銃弾だ 銃撃だ 扉を叩いたものがいきなり銃をぶっ放してきたのだ

しかも、エリスが扉に手をかけた瞬間…確実に部屋の中にいる人間を殺すつもりでだ、この部屋にはセレドナさんもいると言うのに

「っー!無事か!」

「はい!、メルクさん!セレドナさんは!」

「無事だ!問題ない!」

慌てて飛び起きメルクさんの方に目を向ければ どうやらエリスの声に即座に反応してセレドナさんを抱え ソファの裏に飛んでくれたようだ、流石だメルクさん!

「な 何事!?、いきなり銃撃だと!?しかも別館とはいえカルブンクルス家の居宅で銃を撃つなど!何者だ!」

「せ セレドナ様!暴れないでください!」

「…セレドナ…メルクリウス…そしてエリス、聞いた通り 標的は全員ここか」

銃撃が止むなり部屋の中に黒い革靴が漆黒のズボンが ヌルリと侵入し一歩 足音を立て入り込む、いや 黒だ…全身黒だ あの特徴的な姿…あれは

「マレフィカルム!?何故ここに!」

黒い服を着用し 両手に銃を二丁構えた女が大勢の黒服…部下と思わしき人間を引き連れ入ってくる、分かる コイツ…只者じゃない 、というか部下を連れてる時点で隊長格なのは分かるが 

「貴様ら!何者だ!このセレドナ・カルブンクルスに向け銃を向けるなど不敬の極み!即刻捕らえて………見張りはどうした」

「質問が多い、…まぁここで答えてやるのがボスの流儀ですので答えましょう簡単なことです 我々は刺客で 邪魔者は全員殺して来ました」

そう 女はいとも容易く なんでもない事のように答えると静かに騒ぎ立てるセレドナさんの眉間に向け銃口をヌラリと持ち上げ…

「…ッ!?『旋風圏跳』!」

咄嗟、一瞬で極限集中へと入り 風を纏うと共に女の向けた銃へと飛び 蹴り上げ照準をズラす、…と共に 上へ向けられた銃口が火を噴き 天井に風穴を開けるのだ

なんの躊躇いも無かったぞコイツ!、相手が五大王族でも御構い無しに殺しにかかって来た!

「ふむ、古式魔術…貴方がエリスですか、ボスからお話は聞いてますよ」

「ボス…まさか、ヘットですか!」

「然り、…ボスの流儀に合わせ名乗りましょう 私は戦車のヘットの右腕にして銃身…メルカバ、怖がってくださいね」

右腕!ヘットの!…つまり この国で蔓延るマレフィカルムの No.2…それが何故ここに 何故セレドナさんを狙って 何故 何故 何故、頭の中がクエスチョンまで満たされるが、今それを気にしてもしょうがない

メルカバと名乗った女は 標的をセレドナさんからエリスに移すと共に周囲の部下達も同様に銃を構え…

「っ させません、振るうは神の一薙ぎ、阻む物須らく打ち倒し滅ぼし、大地にその号を轟かせん!」

「ッ…!」

「『薙倶太刀陣風・槌払』!!」

敵が銃構え 引き金を引く ただそれよりも前に詠唱を終え 魔力を隆起させる、吹き荒れるのは風の槌、竜巻のように全方位に向けて 不可視にして高速の打撃が飛び交い 敵対者を文字通り打ち払い 銃を構えた黒服達がそれこそ風に煽られた枯葉のように舞い散り 壁や地面へと叩きつけられていく

「エリス!」

メルクさんが叫ぶ どうやらセレドナさんを庇って回避してくれたようだが その顔色は青い …真っ青だ 何が

「ぐぶうっ!?」

「それが魔女の力ですか、強烈ですが 使用者が未熟では現代魔術と変わりませんね」

走る腹部への激痛 否 衝撃、魔術を発動させていたエリスの体がメルカバの蹴りによって突き飛ばされ地面を転がる…、周囲の黒服達はなんの反応も出来ずに叩き飛ばされたというのに、コイツは…メルカバは一人あの魔術を回避した上で竜巻を突っ切ってエリスを蹴り飛ばしたのか …、いや普通はできることじゃない、なにがタネがあるはず

蹌踉めきながらも立ち上がるエリスを見てメルカバはため息を一つつくと…

「やはり、慣れない武器は使うべきではありません、こんなオモチャより…私の方が速い」

そういうとメルカバは両手に持った銃を地面へ投げ捨てると 懐から二本のナイフを取り出し両手に逆手に構える、何が銃より自分の方がだ 貴方よりもさらに エリスの方が速い!

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!」

再度風を纏う、今度は全霊のスピードだ 周囲の被害など鑑みる事なく四方へ八方へ全方へ飛び交い、跳弾するように室内を跳び回りメルカバを翻弄し 神速の跳躍を持ってメルカバの背後を取る



「…『ソニックアクセラレーション』」

刹那 エリスが背後を取った瞬間 メルカバの姿が消えた、違う 消えたんじゃない、エリスでは目視できないスピードで 、エリスを遥かに 旋風圏跳を遥かに上回る速度で…

「ほら 私の方が速い」

「ッッ!?嘘ッ!?」

エリスの背後に響いたその声に気がつくよりも速く 疾風の如き連撃がエリスの体を切り裂き鮮血が旋風に舞う、取られた 背後を…エリスよりも速く飛び エリスよりも速く攻撃を仕掛けて来た、相手の方が後手だったというのに エリスは抵抗も出来ず バランスを崩し地面へと突っ込む

「あぐぅ…速い…エリスよりも…!?」

「なんという速度だ、私でも見えなかった…!」

その通りだ、見えないんだ あれは普通の速度じゃない 魔術を使った急加速、ソニックアクセレーション…デティから昔 少しだけ聞き及んだことがある、確かあれは

「加速魔術…」

加速魔術、魔力を用いて加速し超速度で移動する という魔術は旋風圏跳以外にも存在する それこそ現代魔術にも…、メルカバの使ったそれはまさしく現代加速魔術なのだが、普通なら いくらエリスが未熟でも古式魔術を上回る速度は出せないはずなんだ、それこそ目に見えない速度なんてのはあり得ない

…だが、彼女の使ったソニックアクセラレーションは別、というかそれは

「ソニックアクセラレーションは…魔術導皇により使用を禁じられた禁術のはず!使うことはおろか 取得することさえ罪に問われる禁術のはずです!」

彼女の使ったソニックアクセラレーションは デティの数代前の魔術導皇により 全世界で使用が禁じられた魔術なのだ、…それは 加速魔術の頂点に立つ最高速の魔術とも呼ばれ 音速にも近いしい速度で跳ぶことが出来ると言われる魔術で一時期 一斉を風靡したらしい

しかし、問題はすぐに起こった 音速に近しい速度…周りの人間では見る事さえ叶わない速度、それはつまり使用者の動体視力でも追いつく事が出来ないのだ、移動中は何も見えない超高速の世界 当然制御など効かず世界各地で使用者が音速で壁や木 岩に激突し死ぬという事故が多発したのだ

それ故にソニックアクセラレーションは 使用者の安全が確保出来ないという理由で禁術指定を食らい、以降使用者は絶え 魔術体系さえ失われた筈の魔術なんだ、それをメルカバは…

「元々犯罪者なんですから、禁術だろうが 法だろうが守る必要はありません、それに…私なら 制御出来ますので」

「くっ、…速く動くと分かっているなら それを加味した上で!上回るまでです!颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!!」

「…はぁ、聞き分けのない子供は嫌いです『ソニックアクセラレーション』」

再び跳ぶ さっきのそれを上回る速度で飛びかかる、それに応えるようにメルカバも加速し…

室内を飛び交う二つの影、それは何度も何度も虚空でぶつかり合い 衝撃を放つ、メルカバの斬撃とエリスの籠手が幾度と無くぶつかり合う…周囲の人間では目で追う事さえできない高速の戦いは、凡そ二十秒ほどで決着した…

「あ…ぐ…」

「無駄です、加速量も最高速度も私が優っているので」

エリスの敗北だ、風は消え 制御を失い、再び地面へと墜落する…ダメだ 何度やっても速度で上回ってくる、というか 速いだけじゃない…メルカバは恐ろしく目がいい

音速に近い世界の中で正確で敵を捉える動体視力、それがメルカバの武器なんだ それがあるからソニックアクセラレーションを使っても正確無比な動きと攻撃が繰り出せる、その上 その動体視力は防御にも直結する エリスがいくら速く攻撃を仕掛けてもそれよりも速く 防御 迎撃をしてくる…

旋風圏跳を上回る加速度 極限集中を上回る反応速度、初めてだ 速さ勝負でここまで徹底的に打ちのめされたのは

「さて、もういいでしょう、貴方を捕らえるのはもう諦めたとのことなので、ここで殺させていただきます」

「ッ…これで終わりと思われても困ります!」

しかし、立ち上がってどうする 睨みつけてどうする、エリスの生命線である速度で上回られている以上打てる手は少ない、古式魔術を撃っても避けられるのが関の山 かと言ってそれ以上に出来ることなんて何も…

「エリス!!、こっちに向けて跳べっ!!!」

「ッ…!?メルクさん…はい!」

突如響いたメルクさんの言葉に 一も二もなく跳ぶ、旋風圏跳で飛び込む 何をするか分からないが、メルクさんの事だ 何か考えがある筈だと彼女を信じて全霊で跳ぶ

「逃すわけがないでしょう…『ソニック…』」

「Alchemic・bomb!!」

エリスを追おうとするメルカバに向けて エリスと入れ違いになるように何かが飛ぶ、…あれは 瓦礫だ、いやただの瓦礫じゃない 恐らく錬金術で爆弾に変えた瓦礫、それはやがて役目を果たすように光り輝き…

「我々を抱えて外へ飛べ!エリス!」

「はいっ!メルクさん!」

そのまま着地せず勢いのままメルクさんとセレドナさんを抱えて窓まで突っ込んで外へ出る

その瞬間、エリス達が先程までいた部屋が強烈な爆発と共に爆煙が蔓延する、あの爆発じゃあ倒せないだろうが 煙幕代わりになるということか、この隙に出来る限り遠くへ逃げるんだ!



「ゲホッゲホッ!、くっ!小癪な…煙幕とは、これでは…」

「メルカバさん!、王城の奴らが騒ぎに気がついたみたいだ!軍勢が大挙してやってきてる!どうする!」

「チッ、貧乏くじを引かされたものです…、退きましょう!後はあの人が決めてくれるでしょう!」

………………………………………………


「ッハ!はぁはぁ!…くっ!、ここまで来れば大丈夫でしょうか…」

旋風圏跳で全力で別館を飛び出て 外を跳ぶ、パーティはしている間に時間は経っていたのか、もう外は暗くなり始めており 街は宵闇に包まれている

その暗闇に紛れるように傷ついた体に鞭を打ちながら飛び続けること数分…城の灯りがほんのり見えるくらい遠くまで飛べたあたりで、限界が来てヨロヨロと大通りに着陸する…

「すまん、大丈夫か?エリス」

「大丈夫です、傷だらけですが 傷そのものは浅いので…」

「くぅっ!このセレドナの居城を攻めるとは!なんたる不敬!そしてそれに背を向けるとは!なんたる不覚!」

銃を向けられ襲われたというのにセレドナさんは元気だ、地面に降りるなりハンカチを噛みながらキィーッ!と地団駄を踏んでいる、しかしまさか奴らの方から攻めてくるなんて…完全に予想外だ

するとセレドナさんは 一通り怒り終えると…

「…貴方、エリス と呼ばれていましたわね」

「ッ……」

そうだ、一連の騒動でてっきり忘れていたが エリス完全にエリスって名乗ってたし 何よりメルクさんもエリスと呼んでいた、隠し事ができる場面ではなかったとはいえ 面倒な事になった

「それはその…」

「いえ!、命の恩人をどうこう言うつもりはありませんわ!、それにあれは魔女様が勝手にやったこと!妾は何も関係ない…故に貴方を突き出すなんて真似はしません!、ただ…」

「ただ?…」

「…あわよくば貴方を執事に、とやはり考えていたので…少し残念だと思っただけですわ、貴方はまだ若い 今から妾に使えればデルセクトを代表する執事になれるのに、なんて…未練がましく感じているだけなので、お気になさらず」

ははは…そうか、セレドナさんも黙っていてくれると言うのか…ありがたいな、しかしエリスを執事にか …確かにエリスは誰かに使えるのが性に合っているとこの短い執事生活で思っていたところだ、師匠云々がなければそう言う生き方もあるとさえ 思う程に

だけど、エリスは魔術師だ 魔女の弟子だ、今更誰かの執事に なんて思うことはない…ありがたいけれどね

「それより、これからどうするか 考えるべきでは?」

「そんなに深く考えなくてもよろしいでしょう、確かに別館にいた見張りはやられてしまいましたが、本隊は王城の警備をしています アンスラークス軍の総力を結集すればあの程度の連中簡単に撃退できるでしょう」

それはまぁそうだろうなと思う、別館にいた人数はあまり多くない 何故なら戦力は軒並み城のパーティの護衛にあたっていたからだ、アンスラークスという大国の軍を総動員すれば いかにメルカバといえど一溜まりもないはず

しかし、しかしだ 話はそこではないのだ…

「確かに今回の襲撃は解決できるでしょう、ですが 何故狙われたのか…そこを理解できなければ、セレドナ様の安全を確保出来ません、セレドナ様 何か狙われる理由に覚えは?」

あの襲撃は 何も突発的な物じゃない 当然理由がある、その理由が分からなければセレドナさんは狙われ続ける、エリス達だけならわかるが セレドナさんまでとなると…

「そんなのあり過ぎて分かりません!」

だそうだ 、だがメルカバの言葉を思い出せば『やはりここにいた』と言っていた、つまり誰かに指示を受けて エリス達がセレドナさんと話していることを知っていて襲撃を仕掛けたのだ、つまり

「私は…襲撃を指示した人間は、セレドナ様と我々が別館で話していることを知っている人間、つまり あのパーティでの内容を知っている人間が指示したと思っています、ソイツはセレドナ様が我々を別館に連れて行くのを見て 襲撃を指示したと…」

「…なるほど、確かに彼処にはジョザイアもレナードもソニアも居ました、容疑者たる五大王族は全員揃っていますわね、…いやつまり その指示した人間は妾と貴方達が話すのを防ぎたかったと?」

「恐らくは…、何か セレドナ様が知っている情報で我々が耳にすると不都合な何かがあったのでは と」

エリス達だけを狙うなら もっと別の場所で狙えば確実に潰せた、五大王族と接触するのを防ぎたければ ザカライアさんの時に襲っていた、だが セレドナさんと話そうとしたタイミングで襲撃を仕掛けてきた以上 奴らの狙いはセレドナさんの情報にあると見ていい

「……ふーむ、連中が知って不都合な事…うーん」

「言い方を変えましょうセレドナ様、…ソニア様が知られたくない何かを握っているじゃありませんか?」

言い方を変えた もう五大王族の誰かとははぐらかさない、もうここまで来てしまっては彼女を疑うより他ないのだ

事実、ソニアさんが態々早くに足を運びニグレドとアルベドの在り処を聞いてきた事、そしてそれを狙っている事がメルクさんにバレのを避けたかった そう考えれば辻褄があう、あの場にはソニアさんも居たんだろう…なら 一番怪しいのは結局のところ彼女ということになるのだ

「…ソニアの、……命を狙われてしまった以上もう隠し事をするのはやめましょう、ニグレドとアルベドの在り処 妾は知らないと答えましたね?、すみません あれは嘘です、妾はニグレドとアルベドの在り処を知っています」

「やはりですか…」

「ええ、紅玉会で技術局の局長とちょっとしたツテがありましてね、その縁でその在り方を知っているのです、そして それをソニアに見抜かれていましてね、…問われました ニグレドとアルベドの在り処を」

「それで、言ったのですか?」

「ええ、言いました…というより白状してしまいましたわ この城にある…と」

思わず大声をあげて驚きそうになる、そのニグレドとアルベドの在り処が アンスラークス城!?彼処にあったのか!?

「アンスラークス城にですか!?」

「ええ、飽くまで保管場所の一つですわ、アンスラークス城には『第二工程・アルベド』が翡翠の塔には『第一工程・ニグレド』が…それぞれ分けて保管されているのです、二つが揃えば限定的とは言え魔女の力が再現できてしまいますのでね、二つを別々の場所に保管することになったのです」

それが アンスラークス城…思えば頷ける話だ、二つ一緒に保管するのは些か危険度が高い、なら片方を金剛王ジョザイアと栄光の魔女フォーマルハウトのお膝元である翡翠の塔に…そしてもう一つを五大王族の中でも屈指の歴史を持つカルブンクルス家に分けて保管する

その保管法が一番安全な気もする、…が それをソニアさんに見抜かれていたんだ、セレドナさんは問われたと言うがきっと ソニアさんは『ここにあるんだろ?』…そう言ったに違いない

そして、その末に保管場所を見抜かれてしまったと…じゃああの襲撃はセレドナさんがニグレドとアルベドの在り処をエリス達に伝えるのを阻止するのと同時に セレドナさんを襲撃し注意を引く事で…

「やられた…!、あの騒ぎで軍の兵隊は皆別館に集まっている!アンスラークス城はもぬけの殻だ!」

「ソニアさんは既にパーティの参加者として城に潜り込んでいます、もしソニアさんがマレフィカルムと繋がっているなら この気を逃す手はないでしょうね」

いや、もし なんていうのはもうやめよう、確実に繋がっている ソニアさんはマレフィカルムと通じていて、マレフィカルムを使ってニグレドの奪取にかかってきたんだ、何故それを狙っているかは分からないが 、カエルムを売る動機もある ニグレドを狙う意気もある…間違いない ソニアさんが、黒幕だ…!

「今すぐ戻ってソニアさんを捕らえましょう!、その手にニグレドがあれば 言い逃れはできないはずです!」

「ああ…!、と言いたいが セレドナ様を置いて向かうわけにも行かん、セレドナ様も奴らの標的なんだ!」

「なら、すぐそこに兵舎がありますわ、そこまで送って貰えばもう護衛はいりません、妾が足手纏いになっているのはなんとも歯痒いですが この命まだ落とすわけにはいきません、護衛お願いできます?」

黒幕はわかった 狙いもわかった、ならあとは行動するだけ と言いたいがセレドナさんを置いていくわけにも行かない、仕方なし まずはその兵舎に向かって軍にセレドナさんを引き渡し…それから

そう、思考した刹那 頭上を照らす月が 現れた何かによって遮られる、月光を遮るそれはくっきりと分かるほどに人型のシルエットを映し出しており…っ!これは

「誰ですか!」

「こんな遅い時間に レディ三人で秘密の談笑とは頂けないね、悪い奴に見つかったら大変だぜ」

それは、上から聞こえてきた
 建物の屋根の上でエリス達を見下ろすような形で立つそれが、ニヒルに笑いながらそう言うのだ…

彼は慣れた手つきでテンガロンハットを少し上へずらし 肉食獣のような牙を見せ笑う、あの顔に あの声に覚えはある、あの苦汁をエリスは忘れない あの屈辱をエリスは忘れない、決して相入れない…決して許さないと誓った男、奴だ!

「何者だ!、その黒服 マレフィカルムか!」

「よっと!、見ての通りナイスガイさ、ちょいと悪事を働くところがチャーミングポイントだ、覚えておいてくれよ」

「ヘット…!、メルクさん!こいつです!デルセクトで活動するマレウス・マレフィカルムを指揮しているのは!カエルムを売りさばいているのは!!」

戦車のヘットだ、この国の黒服達の頂点に立つ ボス、魔女を殺すと息巻き この国を蝕む悪人であり、エリスの エリス達の…敵だ

ヘットはメルクさんの言葉に冗談まじりで返すと共に、屋根から軽やかに飛び降りエリス達の目の前に立つ、まさかこいつまで来てるなんて…

「マレフィカルムのボスだと?」

「ああいや、勘違いしないでくれ 俺は飽くまでこの国を任されてるってだけでマレフィカルムそのもののボスじゃあねぇ、…ようエリス この間ぶりだな、まさか彼処から逃げ出すとは思わなかったぜ」

「エリスも…まさかこんなに早く再会できるとは思いませんでしたよ」

構える 腰を落とし いつでも動けるようにしながらヘットを睨む、対するヘットは久々に会った友人と軽く世間話でもするかのようにポッケに手を突っ込みヘラヘラ笑っている、…が騙されない こいつはこうやって話をして時間を稼ぎ エリス達の寝首をかいてくる狡猾な男だ

「聞いたぜ、都合よく助けが入って上手く逃げたんだろ?マジでヒーローだなお前、憧れるぜ 今のうちにサインでも貰っとくか?」

「…………」

「はぁ、乗ってこないか…、やっぱ可愛げのないガキンチョだなぁ 、話しようぜエリス!これで最期なんだ あの世への土産話が必要だろ?、そうだ!なら俺が一ついい話教えてやろうか?爆笑待った無しのヤツだ」

「…メルクさん、セレドナさんを連れて 先に行ってください、コイツはエリスがやります」

ヘットの話を無視しながらメルクさんに声を飛ばす、コイツの狙いはわかってる エリス達の命を狙って現れたんだ、コイツが直々に現れたのは確実に殺す為、だが…逆に言えば丁度いい ここでエリスがコイツを倒せば問題の大部分は解決する

「大丈夫か?エリス…」

「そうだぜエリスぅ!、お前のその傷 メルカバにやられたんだろ?あいつに勝てねぇようじゃ俺の相手なんて夢のまた夢だぜ?」

「いいから!、行ってください!どのみちここにいればセレドナさんを巻き込んでしまいます!早く!」

「くっ…、分かった 無事でいろよ!、セレドナ様!こちらへ!」

「え…ええ!」

メルクさんとセレドナさんの足音がエリスの背後で遠ざかっていくのを耳で捉える、ヘットから視線は逸らさない コイツは何をするか分からない、背後を見せた瞬間襲ってくる可能性さえある、今度は 気を抜かない!

「あーあ、行っちまった…せっかく見つけたのにまた探し直しか、メンドーな」

「…もうエリスに勝ったつもりですか!」

「あ?、あー…まぁな、だって負ける要素ないし お前如きに」

ニッと笑うその笑顔に心を掻き乱される、ダメだダメだ あれは挑発だ…乗るな乗るな…!

「ふ ふん!、ソニアさんに顎で使われてる貴方のような使いっ走りにエリスだって負けませんよ」

「お?、やっとそこまで辿り着いたか …そうさな あのイカれ嬢ちゃんってば人使い荒いんだぜ?、ちょっと聞いてくれよこの間なんて…」

「やっぱり…ソニアさんと協力してたんですね、狙いはニグレドですか?」

「…問いかけるんなら話聞いてくれよ、…まぁそのくらいなら教えてもいいか 、そうだぜ?むしろそれしかねぇだろう最初から、俺たちの狙いは魔女の殺害 ならそれと同程度の力を得る必要がある、ならニグレドとアルベドは必須だ、そこから逆算すりゃ簡単に見抜けそうなはずだが」

うるさいなぁさっきから その二つの存在を知ったのはさっきなんだからしょうがないじゃないか

しかし言われてみればその通り…魔女と同定の力を発揮するニグレドとアルベドはコイツらにとっては喉から手が出るほど欲しいはずだ、つまりコイツらの狙いは最初からそれだけだったんだ

それでなぜソニアさんと組み カエルムを売っているのかは分からないが、最終目的がわかったなら 後は阻止するだけだ、コイツを倒して!

「…やる気かい、仕方ねぇ 分からせてやるか、クソガキ一匹」

「貴方の目的は果たさせません!魔女は誰も殺させません!」

魔力を隆起させ 構えを取る、全身裂傷だらけで上手く力が入らないが…やるしかない!、ヘットもまた答えるように手をかざし 回線の狼煙が今上がる


「すぅ、大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍』!!」

できる限りの魔力を込め 渦巻くは風の奔流、ただ流れるだけで破壊力を持つそれは 穂先のように鋭く尖り、爆発的な加速を持ち 空を穿ちながらヘットの喉元目掛け飛ぶ、がしかし 奴の顔色は変わることなく…その口はこう唱えるのだ

「『マグネティックジフォース』」

ただ、その一言だけで 大地が揺れる…鳴動する、いや違う地面が揺れてるんじゃない、破壊されているんだ!、エリスには感じ取れない力場がヘットの周りに渦巻くと共に、それは目視できる現象を伴い 現れる

「なっ…!?」

エリスの風をかき消したのは、突如砲弾のように飛来した鉄骨だ…鉄骨を作る魔術?じゃない、まだ終わりじゃない! 低く鳴り響く地鳴りは周囲の建物を引き裂き、その中に存在する鉄骨を剥き出しにし それがまるでヘットに引き寄せられるように飛んで行き 周囲を守るように漂うのだ

…鉄を引き寄せる魔術…?

「これは、…磁気魔術ですか?」

「おっ!、詳しいねぇ 流石魔術導皇のお友達だ、その通り コイツは…というか、俺は磁気魔術の使い手なのよ、イカすだろ?」

磁気魔術、所謂 磁石の力を魔術で再現する魔術だ、鉄製の物を引き寄せ操り自由自在に飛ばし回すことができる魔術、そして 当然のようにこれも禁術だ

加速魔術同様禁術として指定されている魔術、だがこれが禁術になった理由は加速魔術とは違う、理由は一つ あまりに強力すぎたからだ

鉄を操る魔術、それはあまりに強力だった 剣も弓も効かない 鎧さえ意味をなさない、戦争においては強力無比な力、だがそれは人間の営みにも使われる鉄さえも操ってしまう…例えば今見たように 鉄を建物に使えば一発で倒壊させられる

この魔術の存在のせいで世界の人達が鉄製の物を使うことを厭い始め 文明が逆流しかけた為使用が禁じられてしまったのだ、それをコイツは なんの躊躇いもなく使っている…!

「デルセクトってのは俺にとっては天国だぜ、右を見ても左を見ても 鉄鉄鉄、この国じゃあ俺は無敵だぜ?、ほら…こんな風にな!」

ヘットが腕を一振りするだけで周囲を漂う無数の鉄骨が向きを変え こちら目掛けすっ飛んでくる、鉄とは鉄の塊とは ただ飛ばすだけで威力を持つ、あんなもの真っ向から受け止めたらエリスの体はバラバラだ!

「颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!」

跳ぶ 鉄から逃れるように跳ぶ、全霊で しかし鉄骨一つ一つがまるで奴の手足のように時に発射され 的に振るわれる、それを一つ一つ対処するように避ける 受け止めることはできない

雨のように降り注ぐ鉄骨の隙間を縫いながら飛び後方へと退がる 、くそっ ヤラレっぱなしってわけにもいかない!

「焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ 『火雷招』!!」

後方へ飛びつつ 腕に雷を纏わせ 放つ、風では鉄を抜く事は出来ない、なら エリスの最大火力を持っ鉄ごと奴をぶっ飛ばす!

「おっと、炎を纏った雷かい おっかないねぇ!、まぁ効かないが」

するとヘットは自分の周りに鉄骨を何本も突き刺す…すると、エリスの雷は突如制御を失いヘットではなく立てられた鉄骨へと流れていき 霧散し消え去る、鉄を避雷針代わりに…!

「なっ!?エリスの雷が…!」

「雷の性質を知らないのかい?、鉄との相性は最悪だぜ…?、ああほら よそ見すると危ない危ない」

「えっ!?あぐっ!?」

魔術が効かなかった衝撃に気を取られ、背後の建物からいきなり突き出てきた鉄骨に体がバラバラにされる程の衝撃の元 体が吹き飛ばされ地面を転がる、ぐっ…やられた 

デルセクトは蒸気機関の発達と共に 町中に鉄製の物が存在する、建物さえ鉄を基軸に建てられているほどだ、それはつまり ヘットにとってこの街全てが武器であることを意味する、背後からいきなり強襲くらい容易い、いやむしろ 今エリスはヘットの武器に全方位を囲まれているに等しい

「っ…はぁ…はぁ!」

激痛を超えながら立ち上がる、長期戦は不利だ コイツの魔術は鉄がある限りどんどん武器が増えていく、全方位を鉄で囲まれたら打つ手がない…

かしかし、じゃあどうする?…コイツには雷が効かない 風も効かない エリスの得意とする魔術が殆ど封じられているに等しい、一応火も水も使えるが…どうやって攻略する この魔術を…

「タフだな、メルカバにやられて鉄骨にぶっ飛ばされても立つなんて、やられてもやられても立ち上がるのはヒーローの特権だがな、とりあえず立ち上がって勝てる程 世の中甘くねぇんだよ」

「はぁ…はぁ、はぁー…すぅー 起きろ紅炎、燃ゆる瞋恚は万界を焼き尽くし尚飽く事なく烈日と共に全てを苛む、立ち上る火柱は暁角となり、我が怒り 体現せよ『眩耀灼炎火法』!」

風がダメなら 雷がダメなら 火だ、火なら鉄を溶かすことが出来る…ならば用意する、圧倒的熱量を、エリスの魔力と詠唱に呼応し焔が燻り燃え上がり、周囲の温度をグングン引き上げていき 街を包む宵闇を炎光で引き裂き照らし抜く

「雷がダメなら炎かい、安直だな…」

「ぐっ!…なんとでもッッ!!」

火に薪をくべるように魔力を滾らせ 一気に爆裂させるようにヘット目掛け ヘットの周囲の鉄目掛け撃ち放つ、鉄の融解点まで至った熱量は地面の石畳をさえ溶かしながら真っ直ぐ進みヘットを燃やし尽くす

「…そんなもん俺が対策してねぇ訳ないだろうが…磁旋鉄嵐!」

ヘットが指を軽く振るうとそれに呼応し鉄がヘットの周囲を回転し始める、…いや回転なんてレベルじゃない 残像が見える程の超高速で猛烈に旋回し、まさしく鉄の竜巻が如くヘットの周囲を始める

するとどうだ…、エリスの放った炎は鉄に凄まじい勢いで打ち払われ次々消されていく、鉄も火に炙られ少しは溶けるも回転し一周する頃には完全に冷却されており、溶かしきることが出来ない

「お前にみたいに鉄だから火で溶かしてやろう…なんて奴は山ほどいたぜ、んで 全員が今のお前とおんなじツラしてたぜ、凡庸凡庸…この程度の策に対応出来なきゃ 悪者はやってらんないんだぜ」

竜巻が止むと同時にエリスの炎は完全に消し去られてしまう、まさしく攻防一体の陣 風でも雷でも火でもダメ、いや…もしかしたらあの鉄の竜巻を抜く事はエリスには出来ないのでは…

「さて、じゃあ俺の魔術のお披露目も終わったしさ …死んでくれやエリス」

「ッ…!?せ…『旋風圏跳』!!」

極限集中を用い 咄嗟に詠唱を省略し跳ぶ、と同時に熱を帯びた鉄骨が槍衾のように次々と飛んでくる、さっきとは比べものにもならぬ速度 冷や汗を振り切り跳ぶも…

「甘ぇな!そらよ!」

「なっ、か 壁が…!」

進行方向に次々鉄骨が打ち込まれあっという間に壁ができて逃げ場がなくなる、思わず激突を防ぐ為に一歩を タタラを踏んで停止する、停止してしまう 高速の回避により成り立っていた戦線が 瓦解する

「ガキだな…他愛もない、じゃあな…魔女の意志」

立ち止まったエリスに向けて ヘットは指を立てる、まるで手で銃を作るかのようなジェスチャをすると…ばーん…なんてふざけた事を口走る、と 共に…

周囲を漂っていた細々とした鉄屑達が、それこそ銃撃の嵐のようにエリスに降り注ぎ

「あっ!?ぐっ!?あが…」

避ける暇さえなく 鉄屑がエリスの体を撃ち抜いていく、足を 手を 体を…無抵抗なエリスを貫く鉄屑の雨は止む事なくエリスを苛み、やがてエリスは…

「が…ぁぁぐ……」

倒れ伏す、血と共に抵抗する力さえ抜けて出てしまったのか 動けない、敗北だ…言い訳のしようがない完全敗北、手も足も出ずエリスはヘットに叩きのめされ大地へとうつ伏せで倒れる

…こんなにも腹の底は怒りで煮えたぎっているのに、あいつを倒してやりたいと心のとこから燃え上がっているのに、力はどんどん抜けていく 瞼を開けているだけで精一杯だ…

1回目は騙され敗北し…2回目は真っ向勝負で叩きのめされた、敵わない…エリスでは コイツに……

「動かなくなったな、…まぁまだ息があるみたいだが 問題ねぇ、ここで殺す」

「ぅ…ぅぅ…」

ヘットが再び鉄骨を浮かせるが、ダメだ 詠唱は疎か…回避も出来ない、動くことさえ …もう、呻き声を上げて無様に蹲る事しかエリスにできる事はない

殺される…そんなことわかりきってるのに、…もうダメだ 頭が考えることを拒否している、打ちのめされて 敗北を受け入れてしまった…

こんなところで…エリスは……

「じゃあ 今度こそお別れだ…お前を殺したら次はあの女軍人だ それで今回の仕事はひと段落…」

そう、生を諦め目を閉じ…降りかかる鉄骨を受け入れようと覚悟を決めた時、それは現れた



「あら、ほんと?一人忘れてない?」

「チッ…!!」

……突如、轟音が鳴り響く エリスに降り注ぐ予定だった鉄骨が何者かの迎撃に当てられたのだ、…何が …誰かが助けに来てくれたのか…、状況を確認する為に必死に首を動かしヘットの方を見れば

「そういやテメェもいたな!、確か ニコラスだったか!」

「あら、やっぱり知ってるじゃないの!仲間外れなんて悲しいわ!」

乱れ飛ぶ鉄骨の乱撃の間を縫うように軽やかなステップを踏み見事に避け 真正面から飛んできた鉄骨を掌底の一撃で粉砕する影が見える…いや 今ニコラスってわけにも、もしかしてあそこで戦ってるの ニコラスさん?

「チッ、流石に強いな… 元デルセクト最強は伊達じゃねぇな!」

「何年前の話をしてるのかしら?、でもまぁこの程度ならまだまだアタシでもなんとかなるわね」

ニコラスさんだ ニコラスさんが助けに来てくれたのだ…!

その強さは元々メルクさんから聞いていた、この国最強のグロリアーナさんに次ぐ実力者だと、だが今の今まで彼の戦いを見てきた事はなかった…が こうして目の当たりにして感じる

強い えげつないくらい強い、どういうわけか迫り来る鉄骨を拳の一撃で叩き砕いている、ヘットがいくら鉄骨を津波のように連射しようとも ニコラスさんの拳に叩き割られていく

「シッー…久々に動くけど アタシもまだまだやれるもんね…!」

「うぉっ!?危ねぇ!」

そしてその連撃を突破し 剰えヘットに拳まで届かせるのだ、身を丸めるような拳闘の構え 小刻みにリズムを取るステップ、独特の呼吸法…そこから放たれる合理を突き詰めた拳撃は放たれるだけで空気を突き破る音がする

この尋常じゃない身体能力…下手したらベオセルクさんに匹敵するかもしれないほどだ

「おいおい!、アンタがそんなに切れるなんて 俺達アンタに何かしたかい?」

「あらやだぁ、してるわよぉ~…アタシの大事な友達を傷つけといて、ナメくさった態度取ってんじゃねぇぞ!!!」

「何が友達だふざけたこと抜かしやがって!、その友達騙してんのはどこのどいつだい!?その友達利用していいように使ってんのは何処のどいつだよ!…なんならバラしてやろうか!アンタの正体!…この国にいられなくなるぜ!」

「…アンタ!…何処まで知ってるの…!」

飛び交うニコラスさんの拳砲 蹴斬はヘットが操る鉄骨を切り裂きながらどんどん迫っていく、対するヘットも潰れた鉄骨を次々持ち上げエリスに対して使ったそれ以上のスピードで応戦する、エリスでは追いつけない遙か高次元の戦い…

しかし、なんだ 今の会話…ニコラスさんの秘密?…ヘットは何を知って…

「ハッ、動揺したな…」

刹那、言葉に動揺したニコラスさんの隙をつき ヘットの魔力が爆発的に上昇し隆起するのを感じる…と 共に、辺り一帯の建造物 鉄製の物体が揺れ動き 崩れ引き寄せられていき…

「幕を引こうか!磁界圧殺!」

轟き 周囲の鉄という鉄がニコラスさんを囲み殺到し、一つ また一つとニコラスさんの体にへばりつき まさしく圧殺するが如く全ての鉄が山のように積み重なり一つの鉄塊となりニコラスさんを押しつぶす、まさしく必殺にして不可避の戦術 

「む、あら…これ避けられない奴?ヤバイかも…」

ニコラスさんは迫り来る鉄から逃げることができず 山に飲まれその姿を消す、さらにその上から鉄が被さり 更に上から鉄がどんどん積み重なり圧縮し あれだけ大きかった鉄の塊がどんどん凝縮されていき…、鉄の鳴動が鳴り止む頃には鉄塊は完全な球体になるまで圧縮されていた…

「に…ニコラスさん…!」

「ふぅー、危ねぇ危ねぇ 衰えたって噂は信用しないほうがいいなやっぱ、それともそれでも年老い衰えたってんなら、アンタより後に俺を産んでくれたおかーちゃんに感謝しねぇとな」

流石にあれだけの数の鉄を操った反動が来ているのか ヘットもため息をつき汗を拭っている、…あれだけ強いニコラスさんさえ倒してしまうなんて、こいつ ドンだけ強いんだ…というか、これじゃあエリスなんかじゃ敵いっこないじゃないか…

いや、それでもニコラスさんだげても助けなければ…生きてるのかあれ…いや助けるんだ!なんでもいい!動けエリスの体…!

「ぅ…ぐぅぅ!」

そう 体を引きずるようにした立とうとしたその時、ニコラスさんを包む鉄の塊が…一瞬動いた気がした、いや気がしたじゃない それはヘットも感じ取ったようで 険しい顔で鉄の塊を見つめている

「…マジかよ、それで生きてるとか 流石に……」

「『Alchemic・Desert』」

声が響く、鉄の塊の中から 地獄の釜を開くような 悍ましい声で、低くくぐもったそれがエリスの耳をつくだけで 全身から嫌な汗が出る、あれがニコラスさんの声?いや…あれが本来のニコラスさんなんだ、あの鉄の塊の隙間から隆起する膨大な魔力も きっと……

そのエリスの予感通り、ニコラスさんを包んでいた鉄の塊はサラサラと内側から砂に変わり やがてその形を保てなくなり、音を立てて崩れるとともに夜風に吹かれ消えていく

「アタシの正体知ってるんなら、これで殺せると思うなんて ちょっと甘いんじゃない?」

無傷だ、砂の中から出てきたニコラスさんの体に傷はない いや…代わりに服はズタズタだ、その服の隙間から見えるニコラスさんの体は 人間の肌色ではなく…

「なるほど、錬金術で手前の体を鋼に変えてたのか、だから俺の鉄骨食らってもビクともしねぇと、デタラメな奴だよ お前は」

「ええ、そうね でも…上には上がいるもんよ、アタシなんてまだまだ、それで?続けるかしら?」

比喩でもなんでも無しに鋼の肉体を持つニコラスさんは破れた上着を脱ぎ捨て 構えを取る、…形成は完全に逆転した ヘットはさっきの攻撃をするのにここら一帯の鉄を全て使い、そしてその鉄はニコラスさんの手で砂に変えられた…今のヘットは丸腰だ

しかし、ヘットはあいも変わらず余裕な顔を浮かべたままくつくつ笑いながらテンガロンハットを目深く被る

「まぁな、ただタイマンはもう終わりにしねぇか?ガキじゃねぇんだ…ここらで大人の戦いと行こうぜ?」

「大人の戦い、構わないわよ…いい宿を取ってるの そこに行きましょう」

「何勘違いしてるかしらねぇが、今のは援軍が来たって意味だぜ?ほれ」

そう言ってヘットが手を挙げ合図をするとズラズラと彼の背後に黒服達が銃を構えて現れる、さっきの大掛かりな攻撃でこの場所を知らせていたのか、よく見れば立ち並ぶ黒服の中にはメルカバの姿もある…

流石にこの数はニコラスさんでも危ないんじゃないのか?、余裕ぶってるけどまずいんじゃないのか?、くそっ 助けに入りたいのに体が動かない…

「あらまぁたくさん、こんなにいたのね…じゃあアタシも援軍呼んじゃおうかしら」

「援軍だあ?、言っとくがアンスラークス軍の援助は期待しない方がいいぜ、今頃城の中はごった返してる頃だろうしな、それともそこで転がってるボロ雑巾のこと言ってのか?、それとも逃げたメルクリウスか?、何にせよ同じことだぜ…数は力だ、いかに強力な一が加わろうが 百の前じゃあ意味をなさねぇ」

「それはどうかしらね…」

なんだ、ニコラスさんの言う援軍?そんな当てあったか?、それともハッタリ?でもこんな状況じゃハッタリかましても何にも…そう、エリスが思考する間に それが目に入る

それは星空、数多の星が輝く光の天蓋…それが何故か 酷く目に止まった

「確かに百の前じゃあ一なんて高が知れてる、けれどね 一人の力が一 なんて誰が決めたの?、案外 たった一人で千の力を発揮する 本物の化け物もいたりするかも知れないわよ?」

「はぁ?、何言って……まさか…!!??」

星空に輝く光の一つが、徐々に大きくなっていく …と言うかあの星動いてないか?、いや動くと言うよりこっちに向かってきている、あれは流星か?いや雷?…違う 違う!、あの光をエリスは見たことがある、翡翠の塔から飛来してきたそれと全く同じだ

信じられない、まさかニコラスさんの言う援軍って…

「来たわよ、最強の援軍が…!」

「やべぇ!、目立ち過ぎたか!、見つかっちまった!グロリアーナに!!」

輝く星は真っ直ぐ真っ直ぐ、エリス達のいるこの場に高速で飛来する …信じられない、本当に翡翠の塔からここまで飛んできたと言うのか…人知を超越したそのスピードを発揮し、さながら流星の如くそれはエリスの視界のど真ん中に墜落し 着陸する

「……貴方達ですか」

それは、夜闇に溶ける黒い髪 それは夜闇を切り裂く黄金の輝き、それはこのデルセクトにおける魔女の刃 魔女の盾 魔女の権威の象徴

デルセクト連合軍総司令にして魔女大国最強の存在・グロリアーナ・オブシディアンだ

「なんの騒ぎですか、ニコラスさん」

「あら早いわねアーちゃん」

「その呼び方はやめてください、私はもう貴方の部下ではありません…それよりあの黒服はなんですか、いや…貴方が戦っていると言うことは 敵ですね」

グロリアーナさんは自ら巻き上げた砂埃を手の一振りで払いのけると 目の前の黒服達を睨みつける、魔眼だ…この人の魔眼は国中を見つめている、とは言えデルセクトは広い 発見に時間がかかったが…この騒ぎを見逃すほどこの人は甘くない

あんな大騒ぎをしたのだ、突っ込んできてもおかしくない…

「…あれはマレウス・マレフィカルム、魔女の殺害を企む組織らしいわよ」

「なんですって!?魔女様の殺害を…つまり つまりフォーマルハウト様の敵と!、なんと不敬な…ここで全員殺す!」

エリスは ヘットの魔力隆起やニコラスさんの魔力隆起をこの目で見て 膨大であると言う感想を抱いたが、今 目の前で怒りに狂い全身から魔力を噴き出させるグロリアーナさんを見て認識を改める

…彼等の魔力が膨大だとするなら グロリアーナさんのそれは絶大、ただ魔力が漏れ出ているだけだと言うのに突風が吹き荒れ 吹き飛ばされそうになる感覚を感じてしまう程に、その魔力は圧倒的だった

これが、魔女大国最強の力をなのか…!?

「ヤベェな、流石にグロリアーナの相手はキツイぜ…とんでもねぇ援軍呼び寄せちまった、いや失敗失敗」

「どうしますか?ボス」

「どうするもこうするも ズラかるぜ!いくらなんでも相手が悪い!アイツを相手するにはまだ準備が足りてねぇ!」

そう言うなりヘットは呼び寄せた援軍達に撤退を言い渡し 踵を返して逃げていく…、まぁそりゃそうだ 元魔女大国最強のニコラスさんの 現魔女大国最強のグロリアーナさん、このデルセクトで想定し得る最高の…彼等にとっては最悪の二大巨頭が相手なのだ

尻尾を巻いて逃げるのが賢いと言うもの、しかし それで逃がしてくれるほど…グロリアーナさんは優しくないようだ

「逃しますか!『Alchemic・Glass』!」

そう叫ぶなり 黒服達に手を翳せば逃げ遅れた後方の黒服達の体が 全て余さず透明な物体…いや あれは硝子か、錬金術で一瞬にして人間を硝子に変えてしまったのだ

「…フンッ!」

振るわれる怒りの鉄槌が如きグロリアーナさんの拳、ただ一撃 大地を撃ち抜くだけでその衝撃波により硝子と化した黒服達が一斉にひび割れ光の粒子となって消え去る

怪物だ…、今の一撃で一体何人死んだんだ…

「やっべ、大損失じゃねぇか!あのイカれ嬢ちゃんの口車に乗ったのが間違いだったかなぁ、ともあれ ここで死ぬわけにゃいかねぇんだ!あばよ!」

しかしそれだけの損失を出しながらもヘットを中心とした一団は闇へと消えていく…逃げる 逃してしまう、だが…エリスにはどうすることもできない…

「逃がさないと言っているでしょう!我が魔眼から逃れることは叶いませんよ」

「そいつはどうかな、テメェの対策だって一応ちゃんとしてるんだぜ?、こんな風に!」

魔眼を発動させ 追いかけようとしたグロリアーナめがけ ヘットは懐から袋を取り出し 、…何やら粒子のような鱗粉のような物をばら撒き 周囲がキラキラと輝く、…なんだあれ?そう思いながらエリスも遠視の魔眼を発動させ細かな様子を探ろうとすると…

「むっ、見えない…!魔眼封じか?いやブラインドバタフライの鱗粉か…」

見えないのだ、鱗粉が漂うその空間を魔眼で見ようとしてもボヤけて上手く認識できない、…ブラインドバタフライ 確か眼潰し蝶の異名を持つ魔獣だったはずだ、その鱗粉は魔力を吸収して乱反射させてしまうと言う性質があるらしい魔術のような確たるものは防げないがこのように魔眼に対しては抜群の妨害性を誇る…

あまり数が多い種ではないと聞いているが、あんなものまで用意していたとは…

「チッ、逃げられましたか …私を警戒するならあれは用意して然るべきでしたね」

「ごめんね、せっかく来てもらったのに アタシだけじゃあどうにも攻めきれなくて」

「また貴方は…本気を出せば倒せたでしょうに、昔から全霊を渋るところは変わりませんね」

ふぅ とグロリアーナさんは遣る瀬無く溜息を吐き拳を下ろす、戦闘は終わった…グロリアーナさんの強襲によりヘットは大量の部下を失う大損失を負った、が勝利とは呼べない 恐らく彼は囮 本命であるソニアさんはもうアンスラークス城からニグレドを持ち出している頃だろう

全体的に見れば痛み分け…、そしてエリス個人の観点で見れば

(…大敗だ……)

メルカバには速度で上回られ ヘットには全てにおいて上回られ、ニコラスさんとグロリアーナさんが来なければ死んでいた、二人が戦っている間も無様に地面倒れ伏していただけ、これを敗北と呼ばずなんと呼ぶ

いやヘット達だけじゃない 、ウィルフレッドの件も エリスはヘマをした…自分の実力を過信して

師匠、貴方の言った通りです エリスは油断していました…

ああ師匠、貴方がいれば エリスはもっと強くなれるのに、己が実力不足を呪います


「…ではニコラスさん、この件についてお話を聞かせて頂きましょうか、彼等は何者なのか 何が目的なのか」

「いいわよ、…でもその前に彼を助けないと」

「彼?…あれは ディスコルディアですか?、あんな傷だらけになって 一人で戦っていたのですか?」

「ええ、彼が一人で足止めをしてくれたおかげでメルクちゃんとセレドナを逃がすことができたの、彼等の目的を阻止できたのも 彼の奮戦あってこそよ」

「そうでしたか、…フッ 今度はちゃんと従者として働けたようですね」

グロリアーナさんとニコラスさんの会話が聞こえる、エリスのことを話してるみたいだ…だが緊張の糸が切れたからか エリスの瞼は徐々にくっつき始めている、ダメだ 気力で持ってきた意識が…もう 持たない…、メルカバの切り傷が効いているのか 血を流しすぎたのか

「…では、彼を治したら 話しを伺いましょう、メルクリウスとセレドナ様も交えて」

その言葉を最後に エリスは祈りながら意識を失う、気絶してる間 どうかエリスの正体がグロリアーナさんに…バレませんように…と…………
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