孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

72.孤独の魔女と麗しの紅玉会

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「……いってきます…」

まだ太陽も上がり切らぬ未明刻、うっすら星空さえ見える暗がりの中 エリスは一人宿を出る

従者は主人より先に会場に赴いてパーティの支度をするらしい、まぁ当然だ 従者は参加者ではない、セレドナ側からは殆ど従者を出さないみたいなのでエリスはどちらかというと主催者側になる

段取りは予め聞いている、何をどうすればいいかも確認済み だけど、はぁ 緊張してきた…上手くいく いかないに関係なく、単純にプロの従者に混じって仕事するという事実を再確認し緊張してきた

まぁここまできたら四の五の言ってられないんだが、ここまできたら覚悟決めるしかない…旋風圏跳を用い風となりアンスラークス城までひとっ飛びで向かえば…驚いたことに既に 城の中から光が漏れており準備を始めている音が聞こえる、早いな もう人が来ているのか


出遅れた、そう思いながらも慌てて城の中へ入れば… 既に床にはレッドカーペットが引かれ 壁のあちこちに飾り付けが済まされておりパーティの為の準備がかなり進んでいるように見える、これでもかなり早く出てきたつもりなのに…いややはりプロは違うな、エリスも急いで準備に加わらないと

「とはいえ、何から加わったものか…」

すったかたと廊下を抜け 会場であるダンスホールに足を踏み入れると、皆忙しそうに自分の仕事をしている、エリスも加わらないとと言ったもののはてさて何から手をつけたものか

飾り付けか?それともセッテングか?、どれももう手は間に合っているように見えるが…そう思いテキパキ働く従者達を前に呆気を取られキョロキョロと周りを見回していると

「む?、貴方は…ふむ ザカライア陛下のお連れになった執事 ディスコルディア殿ですね」

ふと、背後から声がかかる…慌てて声を上げず振り返ればすらりと枝のように細く、されどその立ち姿には一切の弱々しさを感じさない、細身の老執事がエリスを見下ろしていた…

「は…はい!、で ディスコルディアです!」

「緊張しているようで、紅玉会の設営は初参加ですか、私はボールヴィン・クリスタル …金剛王ジョザイア様の執事を務めている者です」

すると老執事は…ボールヴィンさんは綺麗な所作で胸に片手を当てて一礼をする、綺麗だ 何が綺麗って 全部だ、足から腰 頭 指先や視線に至るまで全てに気を使われたそれは、一切の無駄を感じさせない…凄い、これがこのデルセクトで一番と言われる執事の動き…

じゃ じゃない!エリスも挨拶しないと!そう思い同じように胸に片手を当てて同じようにお辞儀をする

「ふむ、些か一礼の動きが粗いですが、それは若さ故の物と流しましょう…して、ディスコルディア殿?貴方は何が出来ますか?」

何が出来るか 彼はそう問うのだ、ここで何でも と答えるは容易い、実際やる分には大体のことはできる、だが恐らく ここで仕事を任されている執事の仕事はどれも一流、やれるだけじゃダメだ 完璧でないといけない…だからここは

「料理や掃除など、他には雑用にも自信があります」

「なるほど、料理が出来るならそちらの方の手伝いをお願いしましょうか、やれますか?」

「出来ます」

即答する、ここで迷ってはいけない この少ない問答でボールヴィンさんがエリスを試しているのは目に見えている、故に即答する でなければきっと仕事を任せてもらえないから

「良い返事です、では早速厨房の方へお願いします、厨房の場所は分かりますか?」

「分かりません!」

「そちらの角を曲がって突き当たりを右に曲がり 奇声が聞こえてくる部屋が厨房です、ではお願いしますよ」

去り際にまた一礼、これまた優雅 彼らの動きから学ぶものは多そうだが、ただ見ただけでは真似できそうもないな…、ボールヴィンさんはエリスに指示を出し終わるなり 他の執事やメイド達にあれこれと指示を飛ばして回る

どうやら、彼はこの場において陣頭指揮を執る立場にあるらしい…というか、彼に指示を出されて逆らえる人間はいないんだろうな 、他所の執事やメイドさえ従えてしまうとは 凄まじい人だ

ああ!違う違う!こんなところでボーッとしてる場合じゃない!仕事を任されたんだ しっかりやらないと、まずは厨房に行くんだったな

「よし!頑張るぞ!」

頬をピシリと叩き ボールヴィンさんが言った通りの道を行く、角を曲がり 突き当たりを右に…それで、ん?あの人奇声が聞こえてくる部屋がどうのとか言ってたな 、厨房だよね 料理する所だよね、何故奇声が…

そう思いながら廊下を行くと……聞こえてきた、何かが …人の声だ、それこそ そう…


「ヒャーーーーハハハハハハハハハハハ!!おいどうだ!おいどうなんだよ!なんとか言えやこの野郎ーーッッッッ!!!!????」

奇声だ…それも飛びっきりのイカれたヤツ、ああ しかも厨房と書かれた部屋の中から聞こえてくる、中に何がいるんだ 中で何がおきているんだ、しかし入らぬ訳にも行かぬと意を決して厨房の扉を開ける

「しつれいしまーす…」

「おりやぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああああああ!!!!!焼けろ焼けろ焼けろぉぉっっっ!!!」

いた、奇声の主人が 青い髪をしてエプロンをした料理人が奇声をあげながらフライパンを火にかけていた、なんだあれ 料理やる時のテンションじゃないだろ…というか誰に向かって叫んでるんだろう

「オラ!オラァッ!、どうだ!?熱いか!熱いかァッ!?、苦しいだろ!いい加減観念して美味くなる気になったか!どうなんだ!おいぃっ!」

「あ あの…しつれいしま…」

「ぅうぉぉぉぉりやぁぁぁぁっ!」

「ヒッ…」

いきなり体を起こしたかと思えばフライパンを持ち上げ皿へ叩きつける…、するとフライパンの中からホカホカと湯気を立てる美味しそうなお肉が出てきて…って今のフライパンの中のお肉に言ってたのか…

なんて 呆気を取られているとその青髪の料理人がギロリとエリスの方を見て…や やば…

「…誰?」

「っ、私はディスコルディアと申します、ボールヴィン様からこちらの手伝いに来るように頼まれまして…」

「ふーん…」

ジロリジロリと彼女はエリスの体を舐め回すように見つめると、フライパンから手を離しこちらをむきなおり…しなしなと体から力が抜けて…あれ?

「はわぁ、よかったぁ あたし一人じゃあとても間に合わない所だったんですよぉ~、あ!あたしアビゲイル・ラピスラズリ レナードさんの所でメイド長と料理人やってるんだぁ 、よろしくねぇ」

「えぇっ!?」

思わずズッコケる、いやいやいや いきなり人格変わりすぎだろう、いや そうかこの人がアビゲイル・ラピスラズリ…ザカライアさんの語っていた腕のいい料理人にして変人、なんか分かる気がする この人が変人の類だ

「どうしたの?コケて」

「いえ、少し…先程までと喋り方が違ったので、驚いてしまいまして」

「ああ、ごめんね あたし料理すると性格が変わる体質らしいの…騒がしくしちゃってごめんなさいね」

どんな体質だよ、よくそんな体質で料理長なんか任せてもらえてるな……いや、違うか それを補って余りある程に上手いんだ 彼女は料理が、チラリと先程焼いた肉を見る…ただ焼いた、それだけなのにただ見るだけでヨダレが垂れてくるほどに、美味しそうだ…

世界最高の料理人の弟子とは伊達じゃなさそうだ

「ねぇ、ディスコルディアさん?貴方料理出来るの?」

「はい、一応ご主人様に絶賛していただいています」

「そっか、本当はあたし一人で全部作りたいんだけど ちょっと手が足りないからお手伝いお願いね」

「アビゲイル様一人で作っているんですか?、他に料理人とかは…」

「居ないわ、いつもは二、三人はきてるんだけど 今回は一人も来なくて…なんでかしら」

多分、二つの意味でこの人と仕事したくないからだろうな…一つはうるさいから 怖いから、そしてもう一つは料理人としてのプライドからか…あんな荒々しい料理法なのに、この人はべらぼうに料理が上手そうだしな…貴族に仕える料理人としてのプライドが許さないのだろう

まぁ、エリスにはそんなものないから 大丈夫だが…

「よしっ、それじゃあ一緒に……料理するかぁぁぁぁああああ!!!!!行くゼェェェェッッッ!!!!」

「は はい!」

フライパンを握った瞬間変わった 性格が、よ よし!エリスも負けないように頑張ろう!、そう思い腕まくりをして手を洗う

「ディスコルディアァァア!!、アタシはメインとスープを作るぅぅううん!、お前はサラダァァァ!!!」

「は はい!!、お任せを!」

その気迫に押され慌てて野菜を持ってきて、サラダを作り始める…いやしかし 用意されている野菜全部凄い良物ばかりだ、どれも一級品な上に鮮度がいい…これを選んだ人間は相当な目利きだ、いや多分アビゲイルさん本人が選んだのかな…

まぁいい!、とにかく料理だ 、レタスを魔術で作った水で洗い 千切り包丁で切り、サラダに盛り付ける、思い返すのはアジメクで味わったサラダだ、あれを真似して再現するように作っていく

「へぇっ!、いい腕じゃん!若いのに!やるぅう!」

「ありがとうございます!後は塩を…」

そう思い瓶から一つまみ塩を取った瞬間…

「待った!」

アビゲイルさんに手を掴まれ止められる、な なんだ…塩かけちゃいけないのかな?でもなんの味付けもなしじゃ流石に…

「塩が十四粒多い、その量のサラダにはもう少し少ない方が美味くなる」

「つ 粒!?粒単位ですか!?」

「んぁ、…このくらいだ」

というとアビゲイルさんはエリスの手をポンポンと叩き余分な塩を落とさせる、…これで十四粒落ちたのか?、握っているエリスでさえ感覚では分からない それを見ただけで見抜くとは…

「す 凄いですね、流石はレナード様の料理長です」

「アタシの師匠…タリアテッレ料理長がこういう所細かかったからなぁ」

「タリアテッレ…コルスコルピの料理人でしたっけ?」

タリアテッレ…学術国家コルスコルピにいる世界最高の料理人らしいが、生憎エリスはコルスコルピには縁が無い為どんな人かは分からないが 弟子であるこの人の腕が相当なものであることから考えると、凄い人なんだろうな

「はふぅ…コルスコルピに行ったことある?」

「いえ、無いです 学術国家である ということしか知りません」

「彼処は名前の通り学び考え探求し それを伝え続ける事を美学とする国なの、その結果 最も料理が栄えた国でもある、…そんな国で頂点に立つ存在がタリアテッレさん、しかも腕っ節の方もとんでも無くてね アルクカースのデニーロやウチのグロリアーナ総司令と同格の実力を持つ人なの」

つまり…その人は世界最高の料理人であり かつ魔女大国最強の存在でもあると、実際凄い人だった…コルスコルピはエリスと師匠の次の旅の目的地でもある、もしかしたら相見えることになるかもしれない…その時は、その人の料理も味わってみたいな

「さ、お喋り終わり 続きはじめッぞ!」

「はいっ!」


「おい、アビゲイル 料理の方はもう仕上がっているんだろうな」

「む、もう既にたくさんの料理が出来ているな」

すると料理を始めたエリスとアビゲイルさんの手を止めるように、厨房の扉が開かれる…身なりのいい執事が二人、片方はまぁ自尊心とプライドをこねくり回して作ったみたいな顔立ちの若い執事とがっしりした体つきと立派な顎髭を蓄えた何処か余裕のなさげなおじさん執事の二人だ…

「あんだよ手伝いかと思ったらウィルフレッドとベンジャミンか、見ての通りまだ途中だよ」

ウィルフレッドとベンジャミン、ザカライアさんから事前に名前を聞いた執事達だ…

あの嫌みたらしい方は天才執事ウィルフレッド・パイライト 余裕のなさそうなおじさんはベンジャミン・スッペサルティン 、どちらもセレドナさんにスカウトしてもらう為主人から連れてこられた…エリスのライバルとも言える存在だ

「いや、実はな もうお客様が会場に入られているのだ…早く料理と酒を出せと 騒いでおられて…」


「あぁっ!?、まだパーティの開幕はまだもう少し先だろうが!、何処のどいつだ先走って来やがったのは…舌引っこ抜いてやる…」

「わ 我々にそれを言うな、待ちきれなくて来てしまったらしい…」

「料理はそこにあがってるの持ってけ!酒はまだワインセラーから上がって来てねぇ!どうしても飲みたきゃ料理用のワインなら頭からぶっかけてやるつっとけ!」

この人めちゃくちゃだな、料理してる最中は本当に別人みたいに荒々しくなるが 裏を返せば料理人でしたっけ心血を注いでいる証拠だ、たとえ相手が王侯貴族であろうとも妥協しない…

「言えるわけないだろう!、相手は五大王族のソニア様なんだぞ!!」

ッ…ソニア様?、五大王族のソニア・アレキサンドライトがもう来ているのか、…ソニアさんはセレドナさん同様マレフィカルムに手を貸す理由のある人物…いや濁した言い方はやめよう、今現在最も怪しい五大王族の一人だ ここで上手く接触出来れば奴らの尻尾をつかめるかもしれない

「ソニア様が?、チッ あのワガママお嬢が…」

「お前もソニア様の恐ろしさは知っているだろう、何より既にこの会場にはアイツが来ているんだ!下手なことを言えば我々も…」

「然…、ソニアお嬢様を罵倒する者あらば この手で潰す」

「な…ひぃっ!?」

あの鼻持ちならぬ天才であるウィルフレッドの背後に巨影がぬるりと現れ、言葉を放つ…いやその特徴的な喋り方には覚えがある、そりゃあそうだ ここに来ていることは事前に聞いていた、いるよな ここにも

「ヒルデブランド…!?」

「退…、邪魔だ」

メイド服に似合わないムチムチの筋肉 身体中をズタズタに引き裂くような無数の傷跡、まるで戦場の悪魔が舞い降りたようなその姿にウィルフレッドは腰を抜かして驚き悲鳴をあげる…

ヒルデブランド …ソニアさんのメイドにして用心棒、肩には巨大な酒樽が乗せられており、成人男性でさえ複数人掛かりで漸く動かせそうなそれを一人が軽々と持ち運びながらウィルフレッドとベンジャミンを押し退け厨房へ入ってくる

「了、頼まれていた酒樽を持ってきた…これでいいな」

「わぁ~、ヒルデブランドさん!ありがとぉ~!もう一個くらい頼めますか 」

「諾…、む?」

酒樽を地面に置いて、一息つきながらヒルデブランドさんはこちらに視線をやり…ここで料理をするエリスの姿を捉え、表情を変える

「驚…、貴様何故ここにいる、メルクリウスはどうした」

「いやその、色々ありまして…」

「……………煩 …何を企んでいる、セレドナに取り入るつもりか」

ギロリと睨みつけるようにエリスを見下ろすヒルデブランド、その視線にはあからさまな敵意が宿っている、煩わしい まさにその一言に限るだろうな、でもなんだ この視線…何故こんなに敵意に満ちた目で見られねばならないんだ、エリスがメルクリウスさんの執事だからか?

思えば この人はメルクリウスさんに対して異様に敵意を抱いている印象を受ける、何故だ?…メルクリウスさんはこの人にとってただの債務者ではないのか?、それともそれ以外に何か…

「あれ?、二人とも知り合いなの?」

「異、…知り合いではない…だが 私の邪魔だけはしてくれるなよ?、この紅玉会にはソニアお嬢様が参加しておられる、彼の方の気を害するようなことがあれば…」

「安心してください、一緒にこの紅玉会を成功へ導きましょう?」

「……フンッ」

ヒルデブランドさんは相変わらず敵意を剥き出しにしたまま踵を返すと 再び何処かへと去っていく、相変わらず何を考えているかよくわからない人だな、でもソニアさんとヒルデブランドさんがいるなら 少し気を張らないといけないかもしれない…何をしでかすか分からないという意味合い込めて 注意しないと

「ま まぁいい、ともあれソニア様を待たせるのも恐ろしい 、料理は わ 私が持って行こう」

ヒルデブランドさんが剣呑な雰囲気と共に立ち去ると、漸く我を取り戻したのかおじさん…いやベテラン執事のベンジャミンさんが、何やら緊張した手つきで料理を運ぼうとする、いやこの人もこの人で何でこんなに緊張してるんだ

「大丈夫…大丈夫、今度こそ大丈夫…」

「…ちょ ちょっと、どうされたんですか?とりあえず一回落ち着いて…」

「わ 私は至って冷静…あ」

瞬間、エリスの言葉に怒りと共に返そうとベンジャミンが振り返った瞬間 その勢いのまま足を滑らせ尻もとともに手に持った皿を地面へ…ああ、…そりゃあもう見事に叩き割れ料理と皿の破片が地面へと散乱する…やっちまったなぁ

「ああ!、し しまった…!早速やってしまった…!!片付けないと」

「ちょっと!素手で破片片付けたら危ないですよ!」

「いやしかし!」

何だこの人、本当にベテランなのか…気が弱いとは聞いていたけど、これじゃあ新人と変わらないじゃないか、一体どうしたというんだ いやそんなこと考えてる場合じゃないな、皿も料理もダメになってしまった 勿体無いが箒を持ってきて早いところ片付けてしまおう…

と…した瞬間、エリスの視界の端を銀色の閃光が煌めき 一直線にベンジャミンさんへ飛来すると

「てめぇぇぇぇぇぇ!!!!アタシの料理を床にぶちまけやがったなぁぁぁぁぁあああ!!!!、何してくれとんじゃボケェェェェェェ!!!!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!???」

目にも留まらぬ速度で包丁を構えたアビゲイルさんがベンジャミンを突き飛ばし馬乗りになって今ここで貴様を三枚におろしてやると言わんばかりに包丁を掲げて…っておい!何やってんだ!

「アビゲイルさん落ち着いて!何をするつもりなんですか!!!」

「ぶっ殺す!!!!こいつバラバラにして出汁とってやる!」

「ならなおの事落ち着いてください!殺しはまずいです!殺しは!」

「なら半殺しにする!真っ二つにして片方殺す!」

「それはもう普通に殺害です!」

ベンジャミンに馬乗りになり包丁を振り回すアビゲイルさんを羽交い締めにし止める、というか止めなければ本当にこの人ベンジャミンを切り刻んでパーティの一品に加えるだろう、ザカライアさん…この人変人じゃないです 狂人です

「ひぃぃぃいい!!!」

「アタシの料理ダメにしたケジメはテメェの体で償いやがれ!」

「また作ればいいじゃないですか!材料はまだあるんですし!」

「何言ってんだ!、あの料理はあの瞬間にしか作れねぇんだ!、料理ってのは食材を収穫した時から始まり 口に運ぶその瞬間までをいうんだ!その旨みは一瞬一瞬形を変えて秒単位で味を変える!、料理とはその瞬間にしか作れない一生に一度の宝なんだ!、それをコイツは床にぶちまけやがって!無駄にしやがって!味わえ!床舐めろ!殺すぞ!殺す!」

「ならなおのことこんなところでゴタゴタ言ってる暇はないんじゃないですか!、ここで騒いでる間にも食材の鮮度は失われていきます!、貴方の勝手で今ある食材全ての鮮度を 旨みを 無駄にするつもりですか!」

「ぐぅっ…!!!、…そりゃそうだ…一理 いや万理ある、…テメェ ここはディスコルディアに免じて見逃してやる、だが許したわけじゃないからな…この恨みは一生忘れん」

「ひぃぃぃぃ……」

エリスの言葉を受け納得してくれたのか、ベンジャミンさんに向けられた包丁を収めてくれるアビゲイルさん、エリスが今まで出会った人の中でぶっちぎりでやばい人だなこの人…、ほら あまりの剣幕にベンジャミンさんってば腰を抜かして涙と鼻水とヨダレで顔がぐちゃぐちゃだ

「ふんっ、情けないねベンジャミン、君 後がないんだろ?…この紅玉会でセレドナに取り入ることが出来なければ解雇ってとこかい?、年老いた割にはいつまで経っても円熟しない小心者には似合いの末路だ」

「う うるさい!ウィルフレッド!、私は…わ 私は!」

ウィルフレッドの嘲笑を受け慌てて立ち上がるベンジャミン、なるほど後がないのか、そのせいでただでさえ小心者の彼は縮みあがりこんな新人でもしないミスをしているのか、…悪いとは言わないが 今のままでは難しそうだな

そんなやりとりを見て苛立ちを隠す事なくアビゲイルさんはナイフを机に突き刺しながら怒号をあげる

「うるせぇ!!!、…客が待ってんだろ 別の料理持ってけ 酒は今用意する!、ディスコルディア!、アタシたちは料理に専念する!気合い入れろ!」

「はいっ!」

ともあれパーティの開催が近いことに変わりはない、今のままでは到底料理が足らぬとアビゲイルさんは話に区切りをつけ料理に取り掛かる、エリスもそれに付き合うように動く 動く 極限集中を使い調理に取り掛かる

「ふんっ、…じゃあこれ持っていくよ」

「あ ああ!、私の仕事が…な 何かしなくては、何か…!」

ウィルフレッドは別に用意された肉料理を優雅に片手に持ちながらスラリと典雅な身のこなしで厨房から立ち去る対するベンジャミンは慌てて仕事を探すように厨房から駆け去る…、あの様子じゃまたどっかでミスしそうだな…まぁエリスには関係ないが

……今は目の前の仕事に集中する、都度都度アビゲイルさんから指導を受けながら その指導を的確に調理に組み込みながらパーティ開催に間に合わせるように、二人で厨房を暴れまわる……そして…………

………………………………………………

「…こんなもんか…」

あれから、どれくらいの時間が経ったのだろうか、時間にして一時間 いや二時間程か、先程ホールの方からパーティ開催の音頭が聞こえてきたし、先程よりもこの城全体が騒がしくなっているあたり もうパーティは始まっていると見ていいだろう

「なんとか間に合いましたね」

なんとか開催までに必要そうな分は用意出来たと額の汗を拭い はぁと安堵のため息をつく、いや エリスの目的は料理ではないのだが、セレドナさんに取り入るにしてもそもそもパーティが上手く行かなければ意味がないからね

それに、…アビゲイルさんの隣で料理するのは楽しかった、言ってみればエリスの料理法は色んな人たちのやり方を見て盗んだもの、直接誰かに指導してもらうのは初めてだった…

今まで理解せずにしていた部分、分からず想像で補完してた部分、そもそも考えもしなかった部分をアビゲイルさんはその都度声を飛ばして注意してくれた、お陰でエリスの料理スキルは格段に向上させることができた…

こう…もっと時間に余裕があるなら もっとこの人と色々作ってみたい気持ちに駆られるが、そういうわけにもいかない

「すみませんアビゲイルさん、そろそろ私 ホールの方に行ってきますね」

「ん?、ああうん!こっちはもう一人でも十分だから ホールの方助けに行ってあげて?、あともし、料理無駄にしてる貴族とかいたら殺しておいてね?」

「殺さないですよ…、では失礼します」

料理を終え些か落ち着いたアビゲイルさんに一礼してホールの方へ向かう、料理ばかりしていてはセレドナにアピール出来ない、エリスの目的はあくまでセレドナにアピールし向こうから話しかけてくる状況を作ることなんだから

廊下を後を立てないように、そしてやはり急ぐように早歩きで進めば 城に響く喧騒はより一層騒がしさを極めていく、パーティは既に始まっている様子 

シャンデリアの光を反射する赤色の壁は荘厳な美しさを輝きを放ち パーティ会場となるホールを照らしている、執事達が朝早くから並べていた机には豪勢なクロスが敷かれ その上にはこれまた赤い葡萄酒と赤身の残った丹精な肉料理がズラリと所狭しと並んでいる

ホールに響くのは上機嫌な笑い声 グラスをぶつけ合う美しい音色 、酒と料理に舌鼓を打ち 談笑を嗜むは遠目で見ても値段が透けて見えるコートを羽織った恰幅のいい男性 宝石を散りばめたドレスを身に纏った厚化粧の婦人、人生を舐め腐った若い男 値踏みするように執事の尻を見ているご息女…貴族達だ

笑顔の仮面の下から漏れ出る下劣な感情と 腹の中に隠した黒い悪い巧みを皆懸命に隠しながら、パーティを楽しんでいる

貴族のパーティとは祝い事ではない、自分の立ち位置を少しでもよくするための戦場なのだ

楽しく話しているように見えて どっちに転んでもいいように曖昧な答えしか返さない
笑顔を投げかけるように見えて 相手の足を引っ掛けるように含みのある物言いをする
今日この日を祝う振りをして 相手の零落を祈り相手の成功を呪う

煮詰めた鍋の底のようなドロドロとした光景がそこには広がっていた、アルクカースのパーティと本質は何も変わらない、お前は下俺は上 それを証明する為 皆マウントの取り合いをしている…醜い、醜いが賢明とも言える

エリスはそんな会場の脇を歩く、なるべく貴族の方々の邪魔にならぬよう されど何か問題があれば直ぐにでも対応できるように、会場に目を光らせる 

セレドナさんにアピールすることが目的だが、結局のところ 功を焦ればあのベンジャミンのようにヘマをやらかす羽目になる、なら真面目に着実にやっていくしかない

なんて考えていると、早速 トラブルの音が聞こえる、いや詳しく説明するならグラスが倒され中の物がぶちまけられた上にボトルまでぶっ倒し大惨事が起こった音だ

「おい!、貴様何をやっているんだ!」

「も 申し訳あ あり ありません!」

目を向ければ渦中にいるのはベンジャミンだ、様子を見るに 貴族のグラスにワインを注ごうとして手を滑らせ グラスをぶっ倒した上にボトルまで割ってしまったようだ、よく滑る足だ 油でも塗ってあるのか

慌ててナプキンで床を拭こうとするベンジャミンに先駆けその場にし直行する、倒れた音を聞いた瞬間 既にエリスの体は動きグラスとボトルを握り旋風圏跳を発動させて 瞬く間に溢れたワイン溜まりへと移動する

「失礼します、御洋服に汚れはありませんか?」

「むっ、なんだ君は…いや大丈夫だか」

先ずは怒り心頭の貴族のフォローに回る、彼はお客様だ トラブルがあったにせよ、彼の手に持つグラスを空にしてはいけない

「それは幸いでございます、こちら代わりのグラスになります」

「おお、気が効くじゃないか」

「どうぞ…」

割れてしまったグラスとは別のグラスを貴族に渡し、ニコラスさん直伝 ザカライアさん太鼓判の流麗な動きで彼の手のグラスの中に酒を注いでいく、すると貴族の彼は忽ち上機嫌に というわけにはいかないが、少なくとも怒って帰ってしまうということはなくなったろう

「こちらの処理は我々で済ませておきますので、どうぞパーティを引き続きお楽しみください」

「うむ、ご苦労」

エリスが頭を下げたのを見れば彼も溜飲が下がったのか 偉そうに胸を張りながら別の机へと向かっていく…一安心か、次は と後ろに目を向ければ青い顔をしてガクブル震えながら床を拭くベンジャミンの姿が見える、いたたまれない

「大丈夫ですか?」

「す すまない、君のお陰で助かった…ああ、こんな単純なミスを繰り返してしまうなんて…」

「落ち着いてください、私も手伝いますので」

ベンジャミンはかなり動揺しているようだ、まぁ彼にとっては人生のかかった大一番でミスを繰り返してしまっているんだ、何処吹く風でいる方が問題だ…割れた破片を回収し持ち寄った布でワインを拭いていく、酒臭さは抜けないが仕方ない…

しかし周りの執事やメイドも不親切だ、ここで問題が起こっているというのに 誰も何も反応しない…、彼らもまた自分達の役目を果たすのに必死なのだろう

「おい、そこの君」

「え?、私ですか?」

ワインをあらかた拭き終わる頃に 別の貴族からお呼びがかかる、ベンジャミンの方に目を向ければ私の事はいいから君は君の仕事をしろと言わんばかりに頷いてくれる、有難い

「君、この料理は誰が作ったのかね? いや非常にいい腕だ、是非顔を見ておきたいのだ、シェフを呼んでくれたまえ」

と言いながら彼が手に持っているのは…あ エリスの作った魚料理だ、アビゲイルさんからも『上等』とのお褒めの言葉を頂いた会心の出来だったのだが、そうか 美味しかったか、嬉しいな

「はい、そちらの料理は私が作ったものになります」

「ほう、君が!いや 蒼輝王子レナード様自慢のメイドアビゲイル殿が作ったものとは違う味付けだとは思ったが、君がか」

「お気に召していただけましたようで、光栄の至りでございます」

「いやいや気に入ったよ、私は美食が趣味でね その若さでこれだけの料理を作れるとは大したものだ、どうだろう 是非私の元で最高の料理人を目指してみる気はないかね」

「え!?、い いえ私は…」

「今の主人のことが気がかりかい?その忠心深さより気に入った、給金は今の三倍出そう!私の持つ世界中の食材コレクションも全て君に任せよう、君ならアビゲイルに並ぶ料理人になれる!」

そうじゃない そうじゃないんだ、別にエリスは料理人になどなりたくないし、給金だって三倍だろうが三十倍だろうが関係ない、しかし参った ここで下手に断り彼の気を損ねるのはマズい、かと言って思わせぶりな態度を取っていたらなんか有無を言わさず連れていかれそうだ

…何か、いい答えはないだろうか

「わ 私は、今の主人に忠誠を誓って…」

「いいじゃないか、こんなにも美味い料理を作る人間をただの執事として使い潰そうとする馬鹿者になど君を任せてられない!、大方味の良し悪しも分からぬのだろう 私と違ってな」

「ほう、そんなに美味いのか?それ…ちょっとくれよ」

するとエリスに詰め寄る男の持つ魚料理を、何者かが そう、彼の後ろに立つ何者かが下品にも素手でヒョイと取り上げ口に放り込んだのだ

「な 何をするんだ君は!、無礼だぞ!これは私の料理で……うっ!?」

「クチャクチャ…マジに美味ぇな」

貴族の男は怒りと共に振り返り、そして顔を青く 汗を滝のように流し仰け反る、モゴモゴと動く口はまさか とか よもや とか、驚愕の言葉を紡ごうと形を変えている…そりゃあそうだ、何せ後ろで下品に口を開けながら咀嚼するその男は…

「ざ ザカライア陛下!?、ま まさか紅玉会に出席なされていたとは…ぞ 存じ上げず」

「俺が俺の来たい時に来たい場所にくんのが悪いってのか?ああ?」

「い いえ、滅相もございません」

五大王族きっての問題児にしてガラの悪さを誇る翠龍王ザカライア・スマラグトスがギロリと鋭い目で貴族の男を睨んでいたからだ、かの五大王族の眼光の前ではどれだけ偉そうな貴族でもどれだけ儲けている商人でも関係ない、皆一様に萎縮し食事の手を止め襟を正している

「この料理美味いだろ?俺の自慢の執事が作った飯なんだ、しっかり味わえや」

「なぁっ!?か 彼…ざ ざざ ザカライア陛下の執事だったのですか?」

「おう、味の良し悪しも分からねぇ馬鹿者が俺だ、お前随分大層な口聞ける奴だったんだなぁ 知らなかったぜ、名前聞かせろや おい目ぇ逸らすなよ、なぁ」

「い…いえ、私はそ その…」

ザカライアさんは貴族の男の片手腕を回し なぁ?と声をかけている、まるでチンピラだ…多分無用に絡まれてるエリスを助けてくれたんだろうか、些かやり過ぎだ

このまま放っておけばその場でジャンプさせたり何か買って来させそうな雰囲気なのでザカライアさんの裾を引っ張り

「ご主人様?周りのお客様の目もありますので…」

「おお!そうだったな!ふははは!いやぁ悪い悪い!、お前も励めよ…で で…ディ…」

「ディスコルディアです」

「そうそれ!、ほら!テメェも飯食うのが好きなら鱈腹食えよ…俺の目が届かねぇ所でな」

「は はいぃっ!」

貴族の男を追い払うとザカライアさんはそりゃあまぁ上機嫌な面構えでエリスの耳元まで顔を近づけ…

「どうだ?ベオセルクっぽかったか?」

「…まぁ、ちょっとだけ」

この人頭の中これだけか…いやしかし助かった、後々合流する予定ではあったけど最高のタイミングで合流してくれた、やはりこういうパーティの場ではこの人の力は絶大 、権力を降りかざせる空間ではザカライアさんに勝てるものはそうそういないだろう

「助けていただいてありがとうございました」

「なんてこたねぇよ、それより首尾はどうだ?」

首尾かぁ、上手くいってるようで実は何の進展もない、セレドナさんにアピールしなければ始まらないというのに 肝心のセレドナさんにまだ一度も会えていないのだから

「すみません、まだセレドナさんに会えてないんです…」

「そうか、まぁ今は無理だろうな…なんかソニアの奴が一番乗りでセレドナに会いに来て なんか話ししてるみたいだからな」

ソニアさん、確かに パーティが始まるよりもかなり前から会場に現れていたようだが、セレドナさんに用があってきていたのか、それでセレドナさんはその応対をする為パーティの会場に現れることはないと…

「なんの話してるんですかね」

「さぁな、まぁ商談かなんかだろ ソニアの奴金だけは持ってるからな、大金に物言わせてなんかを買い付けてるんだろ、パーティ当日にすることじゃねぇけどな」

商談って…態々今日?、折角パーティが上手くいくようにエリス頑張ったのに…ってそこじゃないか、五大王族でもトップクラスに怪しい二人が 秘密の会談が、怪しむなという方が無理な話だ なんとか二人の会話を盗み聞きしたい気持ちはあるが…バレた時のリスクが大きすぎる気がする、やめておいたほうがいいかな

「どの道もう直ぐ出てくんだろ」

「そうですね、所でメルクリウスさんやニコラスさんはどちらへ?」

「メルクリウスはほれそこ」

と言いながら指差す先には夜のように綺麗な服を着た美女…メルクリウスさんがいた、ともすればどこかの令嬢に見えそうなほどに綺麗だが問題はその佇まいだ、壁際に立ち 背筋を伸ばし手を後ろに回しながら周りをギロリギロリと睨んでいる…あれじゃあ護衛の衛兵と何も変わらないよメルクさん…

「参加すんのは慣れてねぇみたいだな、まぁいいだろ好きにさせとけば」

「ははは…、それで ニコラスさんは?」

「おう、ニコラスはちょっと入口あたりで足止め食らってな」

「ああ…なるほど」

メルクリウスさんはともあれやはりニコラスさんは城に入れてもらえないようだ、そりゃあそうか 彼は国家動乱の大元たる男だ、部外者のエリスからすれば三年も前の話だが 彼ら当事者にとってはたった三年だ、たった三年で国を引っ掻き回した男がいけしゃあしゃあと城に立ち入るのを見逃すようじゃあ衛兵はやっていられまい

「でも…いいんですか?ニコラスさん置いてきて」

「アイツがいいっていったんだよ、…まぁアイツも思うところがあんだろ 好きにさせてやろうぜ」


「おや?、…まさか君 ザカライアかい?、驚いた 本当に紅玉会に参加しているとは、一声かけてくれればいいものを」

「ああ?、今大事な話を…ってレナードかよ」

なんてエリスとザカライアさんがコソコソと顔を近づけて内緒話している間に割って入るように現れるのはザカライアさん同様五大王族の一人レナードさん、…あのアビゲイルさんの主人でもある人だ

気がつけば エリスとザカライアさんは人の海にぽっかりと空いた穴の中央に取り残され、視線と意識の雨に晒されていた、奇異 畏怖 戸惑 様々な感情の入り混じるその目は そのどれもがザカライアとレナード 二人の大王族を捉えていた

エリスは文字通り眼中にないようだ

「君が紅玉会に参加するなんて、本当に珍しい どういう風の吹き回しかな」

「なんだっていいだろ、少なくともテメェにだけは関係ねぇ」

「…随分大人しいね、…昔から 君がそういう態度を取る時は何かを隠している時だ…」

「はぁ?」

目を細め ザカライアさんに詰め寄るレナードさんは、まるで蛙を狙う蛇のごとく艶めかしく舌舐めずる、そんな彼の艶やかな仕草に 周囲のメイドや淑女達は思わず黄色い声を上げてしまう…エリス?エリスはあげない 

その仕草に色っぽさは感じないからだ、代わりに感じるのは…妙な恐怖 嫌な雰囲気、まるで見られたくない部分を暴こうとするような そんな冷ややかさが背中を伝う

「お前が俺のなにを知ってんだよ」

「全部さ、…あまり僕を侮らない方がいい」

「抜かせやボケが、侮る以前に眼中にねぇんだよ」

ザカライアの額に青筋が立つ、彼の三白眼が開かれ 猛火の如き怒りを噴きださせる、今度は淑女達の黄色い歓声を消し去るように戦慄が走る、ザカライアが恐ろしいのではない 、この国を代表する二人の大王族が今 明確に睨み合っているのだ

恐怖する、もしこの二人が何を血迷い同盟を破棄しこの瞬間宣戦布告でもしようものなら、デルセクトという国家の集合体は瞬く間に分裂しアルクカースもかくやという戦乱の世に変わるだろう

そうなれば今のような裕福な暮らしができなくなると、貴族は 淑女は恐る…しかし


「…まぁいい、君が誰と親交を持とうが僕とは関係ないからね」

「最初からそう言ってんだろが」

「生意気な奴め、じゃあ僕はあっちの方でパーティを楽しむよ」

「おう、そっちにゃ近づかねぇから安心しろよ」

憎まれ口に憎まれ口で返すとレナードさんは軽く手を振り去っていく、さっきまでの剣呑な空気はなんだったのか、それとも彼らにとってはこれがデフォルトなのか、…そう言えば二人は歳も近く幼い頃から付き合いがあると言っていたな 腐れ縁というやつか?…しかし昔からこんなに仲が悪かったのかな

「さぁ行こうか お嬢さん達」

「キャー!レナード様ー!」

「レナード様!どうぞ!ワインになります!」

…沢山の令嬢やメイドを引き連れ立ち去るレナードさん、顔がいいと言うより単純にモテるんだろうな、しかし…うん メルクリウスさんの言うことがわかる

『レナードは女性を口説いている時 女性の事を見ていない』、まるで意識が別のところにあるかのように言葉や顔が虚ろだ、まるで…そう まるで女性を侍らせる事そのものが目的みたいだ、不思議な人だ

「チッ 胸糞悪ぃ、おい お前も仕事頑張れよ…セレドナの前でばっかりいい格好してもアイツは見抜いてくるからな、やるなら手を抜かずきっちり仕事しろ…でぃ でぃ…」

「ディスコルディアです」

「それだ、ディルコスディア 俺は適当に酒でも飲んで吉報待ってるぜ」

微妙に違う、だがまぁ確かにセレドナさんの前だけでせっせと仕事しても見抜かれるというのはわかる、セレドナさんだってそう言う点は気をつけているだろうしね

だからしっかり仕事をしなければならないと言うのはわかる、真面目が一番 地道が一番 確実にやるならそれしかあるまい、襟を正し グラス片手に去っていくザカライアさんに背を向け 仕事を…

「キャッ!?い…いたーい…」

「うぉっ!?なんだ貴様こんなところで転けるなんて!」

物音と共に悲鳴が響く、はたと目を向ければメイドが尻餅をついていて…どうやら空皿を盆に乗せて運んでいた最中なようで床には皿の破片が…またか?、また転んだのか?、緊張しまくっているベンジャミンさんだけならまだしも別の人間までって…これは流石に違和感が


ってそうじゃ無いな、助けに行かないと エリスには旋風圏跳があるお陰で会場の何処へでも一瞬で駆けつけることが出来る、高く飛び上がり道具を持ち 慌てて破片を回収しているメイドの元へ急行する

「大丈夫ですか!?」

「あ、うん…大丈夫…じゃ無いかなぁ、ああ こんな大舞台で滑って転んじゃうなんて…」

滑ったのか…そう言えばベンジャミンさんも滑って転んでいたな、そんなツルツルした床でもないのに

「おい!、このグズメイドが!私を誰と心得ている!、ユーゴ・ローズクロサイト様だぞ!、皿なんぞ割りおって!貴様が私のメイドなら即刻解雇しているところだぞ!」

「す すみません…」

どうやら目の前で皿を割られた貴族…ユーゴ・ローズクロサイトと名乗る太めの男は怒り収まらぬといった様子で杖を振り回しながら激怒している…ローズクロサイト?、確かウィルフレッドさんの主人の…アンスラークスの大貴族と呼ばれる方だった筈

メイドは縮こまって怯えるように謝り倒しているが…それで許してくれる雰囲気じゃないな、慌ててメイドとユーゴの間に割って入り頭を下げる

「申し訳ありません、直ぐに片付けますので…」

「そこを退け!それで許されるわけがないだろう!、退かぬと言うなら貴様にも処罰を与えようか!」

頭に血でも昇っているのか ユーゴは杖を振り上げエリスの頭を打ちつけようとし…

「如何されました?」

その杖が、寸前で受け止められる

「む…貴様 ボールヴィンか!、如何も何もあるか!このグズメイドが我が眼前で皿など割りおって…!」

老執事 ボールヴィンだ、その枯れ枝のような手でユーゴの振り上げた杖を受け止めたのだ、そりゃそうか 貴族が怒り狂い杖を振り回していれば問題解決に乗り出すのは この場の従者たちを纏めている彼の仕事でもあるからだ

「ふむ」

ユーゴの言葉を受け ボールヴィンはエリスを メイドを そして散乱した皿の破片を一瞥すると…

「申し訳ありません、主催者のセレドナ様、そして失態を演じたメイドに代わり 私が謝罪を致します」

「ふんっ、別に構わん!…だがこのメイドの失態は このパーティを預かった執事の貴様の責任でもあるのだからな!、金剛王様の方にも話を通させてもらう!」

「かしこまりました」

怒り狂うユーゴを前に丹前と頭を下げて エリスたちの代わりに謝罪をしてれる、責任者たる彼の平頭を見てユーゴも納得…はしてなさそうだが、鼻息を一つ吹き鳴らすのズカズカと踵を返していく…場は 治ったか…

「ディスコルディア殿?」

「へ?…あ はい!」

「上手くやりなさい」

エリス!?エリスにその言葉を飛ばすの!?エリス何にもしてないのに!?…いや 間に挟まるだけ挟まって何にも出来なかったのはエリスの方だし…上手くやれてなかったかな

「すみません…」

「そうではありません、誰よりも先に問題の場に赴き問題を解決しようとした気骨は買います、しかし 最後までやりなさい…やるならば」

どう言う意味?、ねぇそれどう言う意味?…なんて裾を引っ張って聞くわけにも行かず、それだけを言い残し立ち去るボールヴィンを見送ることしかできない、最後までやりなさい?一緒に最後まで片付けろってこと?
いや、そんな事わざわざ指示出しするほどのものじゃない…何か意味があると見るべきか

「痛っ!…」

「ああ!どうぞ!箒持ってきたので これで掃いてください!手でやると危ないですよ!」

「ありがとう…はぁ、これはもうセレドナ様に気に入ってもらうのはダメかなぁ」

なんて落ち込みながら彼女はエリスの箒を受け取る、…そうか この人もセレドナさんに気に入ってもらう為に主人より遣わされたのだろう、しかしこんな失敗を演じれば ベンジャミンさん同様 脱落と言っても過言ではない

「これでは失礼します、また何かあれば助けに来ますね」

「ありがとう、優しいのね 小さいのに」

小さいのは別にいいだろうに、箒を渡すだけ渡し 一礼し顛末は彼女に任せる、手伝ってあげたい気持ちもあるが態々二人掛かりで片付ける仕事でもない、なら片方が片付けてる間にも もう片方は別の仕事をした方が効率的だろう

小さい体なら邪魔にならずに会場中を行き来できる…、するりするりと人の隙間を抜けて 時に遠視の魔眼で周りを見回し問題がないか場を監視する


紅玉会とは アンスラークス屈指の集まりだ、招待された人間だけで数百人に登る それが意味もなくただ酒を嗜み料理に舌鼓を打ち、談笑に耽るだけでも問題というものはゴロゴロ起こる

それを解決するのがエリスたちの仕事であり 役目だ、ほら 軽く見回しただけで

「おっと、ワインを切らしてまったよ、いやはや 流石はカルブンクルス家秘蔵の酒ですな、水のように体に染み渡ってくる」

「全くですね、では新しいのを開けるとしましょうか…ええと」


「こちらに、既に新しい物をご用意してあります」

「おお、気が効くね小さい執事君 ありがとう」

西にボトル空けた物ぐさな貴族あらば 行ってコルクを抜いてやり

「ん?げっ!ナプキン汚しちゃったよ…」

「はいではこちらの綺麗なナプキンに取り替えておきましょう」

「おっ!サンキュー!チビ執事!」

東にナプキンを汚したやんちゃなご子息あらば 行って新しいものに変えてやり

「貴方ね、少し物言いが無礼なんじゃなくて…?ただの商人の妻風情が私にそんな口を聞いて…」

「あら貴族の妻とは狭量ですこと、声を荒げては機運を逃しましてよ?」

「失礼します…如何されましたか?」

「む、子供の執事…?」

南に声荒げ言い合う意地張りな夫人あらば 行って仲裁をしてやり 

「けぷ…あ あらあら、机の上の料理がなくなってしまいましたわ、こ これではわたくしがここぞとばかりに料理を平らげる意地汚い女と思われてしまいますわ、どうしましょうどうしましょう 困ったわ」

「では、空の皿はこちらで片付けさせていただきます、すぐに新たな料理をお持ちしますので しばしお待ちを」

「やった…じゃなくて、おほん 御苦労ですわ、まぁもうお腹に入るか分かりませんが 、心遣い感謝致します」

北に料理を平らげてしまった業突く張りな令嬢あらば 行って新たな料理を持ってくる

いち早く 問題の種が芽を吹かせる前に、その場に赴き 事前に解決する、どんなに遠くてもエリスの目には映る どんなに遠くてもエリスはすぐさま駆けつける事が出来る、四方八方八面六臂の働きと自ら称するのは些か気恥ずかしいが 自分でもよく出来ていると思う

最初は緊張したが、流れに乗って仕舞えばいつも通りだ、執事としての働きは事前に叩き込まれていることもあり 恙無く問題なく進む

「おーい君、ワインを注いでくれたまえ」

そらまたきた、エリスが四方で動き回っていることもあり、周囲の貴族達の印象もかなりよくなり、態々エリスを呼び止め働かせる程度には認めてもらえている

「かしこまりました」

酒を注ぐぐらい自分でやれよと普段ならいうが、これも大事な仕事…ワインの注ぎ方はさっきもやった通り、基本は出来ている エリスに向けてグラスを傾ける貴族のソレに向けて、ボトルを掴んで傾け……

「っなぁッ……!?」

刹那、掴んだボトルがエリスの手を滑りすっぽ抜ける感覚に背筋が冷たくなる、つるりと それこそ石鹸のように 逃れるように手から離れたボトルはエリスの手の拘束をから逃れ地面へ…


「っっっと!!!…ぶなぁ…」

…落ちる寸前でもう片方の手で受け止めて事無きを得る、滑った…手が滑った 絶対そんなミスしない自信があったのに、エリスがベンジャミンさんやさっきのメイドみたいに基本的なミスをするところだった…

「む?、どうしたんだ まさか君も手を滑らせるところだったのか?」

「い いえ、大丈夫です こちらを…」

「おお、ありがとうありがとう、相変わらず麗威美な所作だ」

「……………………」

一瞬表情を曇らせる貴族に笑顔で対応し、今度はしっかりボトルを握りワインを注ぎ 満足そうな貴族を尻目に…ボトルとエリスの手を見る、さっき 手が滑った瞬間気がつかなかったがこれ…

(…ボトルに 油が塗ってある…)

付着 とかなんだか油っぽいというより、塗ってある…執事がボトルを握り執事が貴族にワインを注ごうとした時、手が当たる部分にだけ 的確に明確にそして悪辣に薄っすら塗られているんだ、この塗られた油に エリスは悪意を感じる

確かに、ボトルに塗れば 落ちて割れた拍子に証拠は無くなり たとえ油に気がついても、ボトルを落として割った人間の『油が塗ってあった』なんて言い訳じみた言葉を信じる人間はいない

いや、思えばあのメイドが転んだのも『滑って』だ、偶然とは思えない…何者かがパーティを妨害しようとしている、というよりこの油の位置的に 狙いは……

「しかし、君まで手を滑らせるところとは 今日はみんな調子が悪いね」

「え?、…みんななんですか?」

すると目の前でワインを嗜む貴族はふむ と息を一つ漏らしながら、憂げに言うのだ…みんな調子が悪いと

「ほら、さっきのワインボトルを落とした執事や床に皿をぶちまけたメイドがいただろう?、ウチのメイドもさっきそこで滑って尻餅をついて周囲の貴族に笑われていたよ 手に何も持ってなかったのは幸いだったが、あの様子じゃ今回はセレドナ様に選ばれることはないだろう」

他にも、…もしかして問題として表面化していないだけで 似たような小さなミスが起こっているのか、…しかしも執事やメイドの間だけで、やはり間違いない これ…誰かがライバルを蹴落とすために態と油を使って他の従者の邪魔をしてるんだ

ソレが執事なのか メイドなのか、はたまた招待された王族なのか…誰かは分からないが、誰かが確実にエリス達の邪魔を…


「うわぁぁぁぁっっ!?」

鳴り響く轟音と悲鳴、字にして書くなら まさしくどんがらがっしゃん…聞くだけで大惨事を予感させる音は瞬く間に騒ぎへと変化して会場は騒然とする、あまりの音にエリスも肩を跳ねさせてしまう程の大音量だ

「な 何事ですか!」

「どうやらまた誰かが転んだみたいだねぇ、全く…おちおちワインも楽しめないとは、今日の紅玉会はあまり楽しくないなぁ」

呑気な貴族を置いて騒ぎの現場へと走る、何処か?なんて探す必要がないほどには野次馬がぐるりと壁を作っていたのだ、騒ぎを前にする行動には貧富の差など無いらしい 

なんだなんだと騒ぎ立てる紳士淑女の間をスルスルと抜けて奥へ奥へと進んでいく、いや何が起きたかは大まかの想像がつく、想像がつくからこそ急ぐ…惨事の現場へと

「あ…あぁ…ぐぅっ…」

その先には 、野次馬の中心には滑って転んだのか、机へ突っ込み 上にある皿やグラスボトルに料理を全てひっくり返し その下敷きになっているベンジャミンさんの姿があった

その顔は苦痛と恥辱 そして慚愧に満ちていた

「いやねぇ、さっきからあの執事…」

「ヘマばかり…誰が連れてきたんだか」

「あんな執事を連れてるなんて主人の質も問われると言うものだ」

「く…ぐぅっ……」

まさしく惨事、取り返しのつかない大失態…周囲の貴族がコソコソと耳を打つ言葉がまるで針のようにベンジャミンさんを突き刺している、自分どころか主人の顔にまで泥を塗ってしまった 彼の心境を慮るには、これはあまりに屈辱的だ

これが…これが、ベンジャミンさんの失態だと言うのなら エリスも嘆息と共に蔑んでいただろう、…だが 今なら分かる これは、これはきっと 何者かが彼を貶めているんだ、ベンジャミンという格好の標的を見つけ 徹底的に貶めているんだ 

きっと、自らを立てるために…!


「無様だね、ベンジャミン…全く 君の尻拭いをする身にもなってほしいな」

「ウィル…フレッド…!!!」

全身をぐしゃぐしゃに汚し地に伏すベンジャミンさんを見下すのは、小綺麗な立ち姿で佇むウィルフレッド、…若き天才執事と名高き彼がこの騒ぎの仲裁にやってきたのだ 

「申し訳ありません皆様、この大失態と醜態の責任はこの者に取らせましょう、後のことはこのウィルフレッドにお任せを…」

いや仲裁じゃない、死にかけの執事一人 ハゲタカのように喰いに来たのだ…他者を踏み付けコケにし、この場で目立つ 目立ってセレドナに取り入る、その為に他者の尊厳と名誉を食い散らかしに来たんだ

その優雅な所作と自信に満ちた顔、何より周囲が失態する中でただ一人完璧な仕事をしている彼は否が応でも優秀に見える、結局の所彼は別になんの問題も解決してないのに 彼が礼を一つしただけです、場の空気はもう解決ムードだ

「ほう、彼はボールヴィン殿の教え子か、噂に違わず優秀そうだ」

「さっきも失敗しかけていたメイドの子の元に颯爽と現れて助けてたわよ、やはり優秀な子は違うのね」

「今回の紅玉会でも際立って見えるな」

優秀…公平か 公正かは関係ない、周りより出来ているように見えればそれは優秀に見え 優秀に見えたなら、ただそれだけで信用は得られる

「ぐぁはははははは!、流石は我が執事!聡明さは得てして詳らかになるものよな!」

「これは主人よ、この程度の働き…ローズクロサイトの名に恥じぬよう振る舞えば当然のこと」

そんなウィルフレッドの働きと周囲の賞賛の言葉を受け満足気に自慢気にズカズカ現れるのは ユーゴ・ローズクロサイト…さっきメイドを叱り飛ばしていた男、ウィルフレッドの

このままいけばウィルフレッドはセレドナに認められ 彼はカルブンクルス家に召し抱えられるだろう、そうなればローズクロサイト家のアンスラークス国内での立ち位置は更に盤石の物になるだろう

実際に、この紅玉会で 今現在ユーゴとウィルフレッドは他の者よりも一段上の立場にある、執事を自慢し合うこの場で最も優秀な執事を抱えるユーゴと…その期待に応え他の人間がミスを連発する中ただ一人優美に優雅に立ち振る舞うウィルフレッド…

注目の的になるのは必然の流れ…しかし

「この人たち………」

エリスは思う 感じる 思考する、他の人間がミスを連発する中 恙無く仕事をするウィルフレッドに…ユーゴに疑念を

思い返してみれば、一番最初 ベンジャミンさんが滑って料理を無駄にした時に隣にいたのはウィルフレッドだ

メイドが転んだ目の前にいたのは ユーゴだ

皆が失態を演じる中で一人だけ無事に仕事をし、偶然とは思えない頻度でそこに居合わせる、そして…相手を踏み台にするが如き態度、…まさかと もしやと思うのは不自然なことだろうか

「何か 弁明はあるかい?ベンジャミン」

「…ッ、地面に何かが塗ってあったんだ 、水じゃない もっと滑りやすい何かが…!」

「はぁ、僕は弁明といったんだ 言い訳じゃない、そんな聞き苦しい言い訳…君の主人も聞きたくはないだろうに」

「フハハハハハ!!、全く 不甲斐ない執事をこのような場に連れてくるとは、貴族としての質が問われるというもの 即刻、君の主人共々この紅玉会から去ってほしいものよ」

もし…もしも、この一連の流れがウィルフレッドとユーゴの仕業だどするなら

惨い 惨すぎる、セレドナに取り入る為になりふり構わないにしても 限度がある、必死で頑張る人間を蹴落とし嘲るなど…人間のすることじゃない

「グッ……」

「む?、なんだい?君は」

気がつけば、エリスは歯噛みしながらも その足は前へと出ていた、ウィルフレッドを睨みつけながら…睨みつけるように前へ

「むっ!、貴様!さっきのチビ執事…!」

「…ウィルフレッドさん、貴方言い過ぎなんじゃないですか…それに、ベンジャミンさんの言うことが偽りであると断じるにはまだ早いかと」

「何を言いだすかと思えば、彼の言ってる荒唐無稽な言い訳が 真実であると?、何かが地面に塗ってあって それで滑ったと?…いいや 滑らされたと言いたいのかい?」

「その通りです」

睨みつけながら ウィルフレッドと相対する、グツグツ煮えたぎる腹の底の衝動に従うがままに、彼を糾弾する…しかしそれも織り込み済と言わんばかりにウィルフレッドは飄々と額に指を当てやれやれと息を吐く

「やれやれ、大方 何かが溢れて地面に広がっていたんだろう、それが故意か偶然かなどの証明はできないだろう?この有様ではね」

たしかに ウィルフレッドさんの言う通り、油が地面に塗ってあったとしても それはもうぶちまけられた酒と料理で隠れてしまった…それが塗ってあったものなのか 後からベンジャミンさんによって撒かれたものなのか、判別は不可能だ

何より、証拠がない…彼がやったと言う証拠は勿論 油によって滑ったと言う証拠も

「全く…せっかく僕が場を収めようとしていると言うのに掘り返さないで頂きたい…いや、もしその言葉が真実として扱うなら、怪しいのは君なんじゃないかい?」

「えっ!?な 何故私が!」

「君のシナリオはこうだ、君がベンジャミンの妨害をして他人の評価を貶め、もしそれが解決されそうになったら …場を収めようとした人間も犯人に仕立て上げその者の評価を落とす、悪辣な人間だな 君は、この由緒ある紅玉会をなんだと思っているのやら」

な 何を言ってるんだこの人は、それは貴方がやったこと…!

そう言い返そうとした瞬間 目の端に映るのは、野次馬達の 疑うような視線…それは全てエリスに向けられている、ウィルフレッドの言葉を受け エリスが ディスコルディアが犯人なのでは?そう疑うような視線だ

…信用度の差、この場においてエリスとウィルフレッドさんの信用度には差がある、エリスも頑張って仕事をしてきたが それ以上にウィルフレッドさんには肩書きがある『若き天才執事』『ボールヴィンの教え子』『名家ローズクロサイトの従者』…身元不明の謎の執事よりも信頼されてる肩書きがある

「もしかしたら、他の従者の失態も君の仕業かい?」

「何を言って…!」

ここでエリスが否定して喚いても、その信用度の差で押し負け 一連の失態もエリスのせいにされるだろう、…ならここでザカライアさんの名前を出すか?いやザカライアさん自身も信用度は低い 最悪『あのザカライア様の執事なら そう言うこともするか』と思われる可能性がある

ヒソヒソと 声が聞こえる、全てエリスを疑う声だ…場の流れがウィルフレッドの望む方へ流れつつある、何が真実か ではない 誰が犯人か が重要なのだ、誰がやったかではない

「ち 違います!私はそんなことしていません!…」

「さて、それはどうかな 自分がやったと正直に言う下手人はいない、…だが悪事とは須らく白日に晒される物だ、すぐにボロが出る」

何をいけしゃあしゃあと!全部お前がやったことだろう!…と言えればどれだけいいか、言えば言うほどドツボにハマる 

油断した 油断だ、油断…脳裏によぎるは師匠の言葉 『油断とは知らず知らずの間に身体を巡り死に至らしめる劇毒だ』…『悪人相手に油断して後ろから首をかかれましたじゃ笑えない』と…その通りだ

エリスは大した考えも持たず突き進んで 逆に敵の策に絡め取られつつある

いや、諦めてたまるか 何か逆転の一手を…

「私は そんなことしません…!、そのような下劣な真似」

「おぃい!、なんだこれは…!」

「え?」

野次馬の中から声が上がる、抗議の声というより驚愕の声…何が起きたかわからないが、一つ言えることがあるなら、その声を聞いた瞬間 

ウィルフレッドが笑ったのだけは しっかり見ることができた

「おい!、この料理を作ったのは誰だ!、料理の中に小さな鉄が入ってたぞ!お陰で歯が欠けてしまった!」

「えっ!?」

そう言って貴族が料理の中から小さな それこそ小指の先程の小さな小さな金属片を出して、いやなんであんなものが…というかあの料理って

「そう言えば、厨房で料理も担当してたね?…あれ 君が作ったと自慢していた魚料理じゃないかい?」

「そ…そんなバカな、あんなもの入りっこないですよ!」

「さぁて、君の不注意で入ってしまったんだろう」

エリスの作った魚料理…その中から異物が出てきた、あの料理をディスコルディアが作ったことは 周囲に知れている、その料理から出てきたのだから責任はエリスにあると言わんばかりの目がウィルフレッドから 周囲から伝わる

「あれ別の人間のせいにするつもりだったのかな?」

こいつだ…こいつがやったんだ、料理を運ぶのはメイドや執事の仕事…コイツにはそれが出来る、だが  …だが!出来ない!証明ができない!証拠がない!、あるのはエリスの不確かな直感だけ…この状況ではもはや弁明さえ通ることはないだろう

「フンッ!、この下衆が!自分の名誉の為に栄えあるこの紅玉会を穢すなど言語道断!、おい!誰かこの執事をつまみ出せ!」

「違います!私はやってません!、貴方達が私を貶めようと…!」

「見苦しい、自分の罪を認めることさえできないとは…君も主人の名を汚したくないなら、大人しくしたまえ」

「ち ちが…」

もはや何を言っても無駄、真実はどうあれ周囲の野次馬と雰囲気を掴んだ彼には敵わない、もう『そういう事』になってしまった、エリスの弁明は悪足掻きに変わり 敵愾心の込められた視線が身体中を貫く…庇ったベンジャミンさんでさえ エリスを疑うような目で見始め…

すると

「失礼…この騒ぎはなんですか??」

「これはこれは、ボールヴィン先生…お久しぶりです」

野次馬を割り 現れるのはボールヴィン、状況を見て エリスとウィルフレッドを見て 表情一つ変えず問うのだ どうしたと、だが分かる 状況を聞いてるんじゃない 事の顛末かを聞いてるんだ

この場を取り仕切る彼の仕事は…下手人たるディスコルディアを排除する事、その為にこの顛末を聞いてるんだ

「いえ、このパーティの場に相応しくない者を炙り出した所です、今 彼をこの紅玉会から追放しようかと」

「そうですか、…ディスコルディア殿?弁明は」

「弁明…?」

弁明?弁明をしろと?それではエリスが悪いみたいじゃないか、場の空気はエリスがクロという事で既に定まっている、やってもない事で追放なんぞされてたまるか

「わ 私は何もしていません、やったのはウィルフレッドさんの方で…」

「証拠は?」

「証拠…は…何も………」

「そうですか」

ボールヴィンはフゥと一息 呆れるように溜息を吐き白い髭を揺らす、…証拠が何もなければ証明できない、だがそれはエリスにも言える事だが…あの料理から出てきた鉄屑が逃げ場を塞ぐ、あれはエリスが責任を持って作った料理 そこから異物が出てきた以上、あれはエリスのヘマ ということになる…

「おい!ボールヴィン!そいつをつまみだせ!、このような真似をしたばかりか我が執事のウィルフレッドに罪まで着せようとしたのだからな!」

「ユーゴ様 落ち着いてください、…ですが そうですね、ヘマをしたなら 君には即刻ここを出て行ってもらうことになりますが」

「わ 私は何も…」

「何度も言わせるなよ!、なら証拠を出しなよ!僕がやったと言う!それが出せないと言うのに何度も何度も同じことを!、君に執事を名乗る資格はない!」

糾弾する立場が 逆に糾弾される立場に変わり、咎めるような周囲の目がエリスを黙らせる、言い逃れ悪足掻きも…もはや無駄、そうだ エリスはヘマをした…犯人暴きをしようと躍起になって、後のことを考えてなかった

すみません師匠…エリスは貴方の名に傷をつけました…

「では、何もないと言うのなら ディスコルディア殿、君には………」

「証拠ならある…!」

「…えっ!?」

ヒールが 地面叩く音がする、怒気の入り混じった足音が、周囲の貴族を押しのけて 惨事の現場へと歩を進める

野次馬の奥から、スラリとした手が伸び その手はウィルフレッドの腕を掴む

「な なんだ!?いきなり…!?」

「証拠ならここにあると言っているんだ!」

その手はその声は 怒りと共に容易にウィルフレッドを捻り上げ投げ飛ばすと、地面へと投げ飛ばし、一瞬にして組み伏せ 腕を捻ったままその上へと乗り上げ…

「メルクさん!?」

「うぐぁ…な なんだお前!」

「動くな、連合軍銃士隊所属 メルクウリス…軍人だ」

苦悶の声を上げて逃げようとするウィルフレッドの腕をさらに捻り逃亡を阻止するのは メルクリウス…メルクさんだ、彼女が野次馬を割って現場に突っ込んできたのだ

メルクさんは有無を言わさずウィルフレッドの懐に手を突っ込みガサガサと中を漁ると

「や やめろ…!」

「…あった、証拠が…!」

ウィルフレッドの抵抗を力を押し退け 懐から腕を引き抜く、その手の中には…

「小瓶と…ハンカチ?ですか?」

「ハンカチには油が湿らせてある 小瓶の中身は当然油だろう!、これで他社の妨害をしていた…違うか?これが動かぬ証拠になるんじゃないのか!」

「うぐっ…、そ それは…それは厨房から拝借したものなんだ!、私の不注意でうっかりこぼしてしまってね!、ハンカチでこぼしたら者を拭き取り あとで謝ろうと思って懐に収めておいたんだよ!」

「ほう…」

小瓶とハンカチを突きつけられ青い顔をしながらもウィルフレッドは飄々と言葉を紡ぐ、だがその顔に余裕は見られない…、何故ならその言葉を受けても突如として現れた軍人 メルクリウスは疑いの目を緩めなかったからだ

彼女は彼の言葉を鼻で笑うと

「だ…そうだが、アビゲイル それは真実か?」

「はい!、あ…ちょっと失礼しますね あ退いてください、失礼します失礼します…よいしょ」

すると今度はメルクリウスの声に従い群衆をトロトロと掻き分けアビゲイルさんが現れる、料理をしていないためか 落ちついているが、間違いない アビゲイルさんだ、メルクさんがアビゲイルさんを連れてきたのだ…でも なんで?

と思っているうちにアビゲイルさんはメルクリウスさんの手の中の油のにおいをすんすんと嗅いで…

「すんすん…んー、これ私の用意した油とは別のものですね 多分この人が元から持ってきたものじゃないですか?」

「な 何を言う!油なんてどれも一緒じゃないか!そんな匂いを嗅いだだけで分かるわけ……」

「バカにしないでください、この紅玉会に出される食材は全て私が責任を持って一から調達した物ばかりです、こんな程度の低い油なんか料理に使うわけないでしょう!、この油はうちのものではありません 蒼輝王子レナードに仕えるメイド長 アビゲイル・ラピスラズリが責任を持って断言します」

アビゲイルさんの証言により ウィルフレッドの弁明は容易く打ち砕かれた、この紅玉会の料理 その全ての責任を担う彼女の言葉だ、誰もが信用する 誰もがそう思う

周囲を味方につけることで上手く逃げようとしていたウィルフレッドさんだが、今度は逆に周囲の視線のせいで逃げ場がなくなる

「だ、そうだ…この油はお前の言ったように 厨房から拝借したものではないらしい、ではどこから何のために持ってきた 油に濡れたハンカチはどう説明する」

「それは…その…」

「なら私が代わりに説明してやろう!、貴様だろう この油を撒いて他の従者の邪魔をし ディスコルディアの料理に鉄を混入させ 剰えそれを彼の仕業のように偽り、貶めようとしたのは…全部貴様だろうが!」

「うぐっ…あ…う、ゆ ユーゴ様!!」

メルクさんに指を突きつけられ返す言葉もなくウィルフレッドは無様に喘ぐと油の切れたブリキのようにカクカクと助けを求めるようにユーゴの方を見るが

「わ 私は知らん!知らんぞ!」

「抜かせ!私はな ずっと見ていたんだよ!貴様らがメイドの足元に油を垂らし 転かして嘲る様を!罵る様を!貶める様を!、執事も主人もグルで他の従者を蹴落としているのを!私は見ていたんだよ!」

雷が走る そんな光景を幻視するほどの衝撃が周囲に走る、まさか 犯人を言い当てたウィルフレッドが逆に犯人で その主人である大貴族ユーゴ・ローズクロサイトまでもがグルだったとは 言葉にはしないが皆同じ衝撃を受けているに違いない、エリス以外は…

しかしメルクリウスさん、…彼女が正義感の塊であることはエリスも理解していたが、違った 彼女はただ闇雲に正義を執行するわけじゃないんだ、悪事を見つけてもエリスのようにその場で突っ込むのでなく 調査し捜査し気を伺い証人を集め証拠を突きつけ 確実に悪を屠る…

エリスには 出来なかったことだ、おかげで助けられた


「それで…?、証拠がこのように提示されたわけですが、ウィルフレッド…弁明は?」

事の顛末を黙って見守ったボールヴィンは再度、エリスに問うたように 今度はウィルフレッドの方へと顔を向ける、弁明は あるかと…それは形成が完全に逆転したことを意味していた

ウィルフレッドの頬を滴る脂汗、助けを求めるように右を見る 何か都合のいい言い訳かはないかと左を見る、唇を震わせ 何かを言おうとするが 何も浮かばない、何とか誤魔化そうとするも 逃げ場がない

問い詰められた時の対応は考えていた バレそうになった時の言い訳も考えていた、だが追い詰められた時の対処法までは考えていなかった、強烈な自尊心 自分なら上手くやれると言う傲慢さが 最後の最後で彼の足を引っ張ったのだ

もはや、形振り構っていられるほど 彼の中に余裕はなかった

「ぼ…ボールヴィン先生ぇ!、ち 違うんです!私はこのようなことしたくなかったのですが主人に命令され仕方なく…全てはユーゴ・ローズクロサイトが家名を大きくする為だけに仕組んだ悪事なんです!」

「はぁっ!?貴様ウィルフレッド!主人を売るとは何事だ!」

「う うるさい!逆らえない僕を使ってセレドナ様に取り入ろうときたのは事実だろう!」

逃げられないなら バレてしまうならと 彼は醜くもかつての師であるボールヴィンの足元に縋り付く、主人を切り捨て自分だけでもと そもそも最初に自分を切って捨てようとしたのはユーゴの方だと 彼は涙を流しながら必死に許しを請う

「ウィルフレッド…かつて私は貴方に 執事とはなんぞやと問いましたね」

「はい!、主人には逆らうな ですよね!、だから僕はその教えを守ってこんな外道に身をやつして…」

「違います、たとえ沈む船でも主人は裏切るなです…ここで主人の罪を被るならばと思いましたが、どうやら執事の資格がないのは 貴方の方らしい」

「そ…んな…!先生!」

一蹴、教え子の必死の嘆願にさえ耳を貸さずボールヴィンは 縋り付くウィルフレッドを手で払いのけると 襟を正し、一つ咳払いをする

「さて、真実は詳らかになったようで…しかし私は一介の執事 、この紅玉会での責任は任されていますが 事の裁定までは管轄外です故、ここは沙汰をお願いしてもよろしいですかな? 紅炎婦人セレドナ様」

そう言いながら 彼は一歩 横にズレる、すると その背後から 真紅のドレスを身に纏った婦人が一人、姿を現わす

何者なるやと問うものは無く、その激烈なまでの赤を目にして 皆が息を飲む、何より ウィルフレッドは ユーゴは …刃を突きつけられたが如く 口を開け驚愕する

「せ…セレドナ…様、いつから…」

「事の顛末は聞き及んでいます、妾の主催する紅玉会で 汚穢極まる行いをする者が一人紛れ込んでいると、この紅炎婦人の猊下で…よくもまぁ そのような汚らしい行いをしてくれましたわねぇ、ユーゴ・ローズクロサイト」

紅炎婦人セレドナ、同盟屈指の権力保持者の五大王族の一人にして この場この国に於いて最も力を有する絶対者、そして、全ての決定権を有する女 …真紅の髪と紅蓮の目を爛々と輝かせ 怒りに満ちた表情でユーゴを睨みつける

全て…全てボールヴィンから聞き及び、先程までのやり取りを聞いていたと言うのだ、ん?ボールヴィンから聞いていた?それはおかしくないか?…だってボールヴィンはさっきここに来たばかりなんだ、セレドナさんに報告する時間はどこにも…

…いや、もしかすると…

「もしかして、ボールヴィンさん…最初から全部知っていたんですか?」

思えば、彼の対応は明らかに迅速だった この場のやり取りを聞いても動揺一つせず、まるで全部知っているかのように振舞っていた、それは彼のポーカーフェイスが優れているからでは無く そもそも知っていたからなのでは 、そうエリスが問うと彼は…

「だから言ったではないですか、事件を解決するなら上手くやれと…困っている人間を見かける都度甲斐甲斐しく助けに行く貴方だからこそ、ウィルフレッドの不正を暴くのをお願いしたのですよ」

それそう言う意味だったの!?、メイドが転んだあの場面を見て すぐにウィルフレッドの仕業だと気がつき その解決をエリスに任せたと言うことか!?

だから『やるなら最後までやれ』と…あれはやるなら最後…つまり犯人の特定までやれ、そう言う意味だったのか

「ユーゴ・ローズクロサイト…ウィルフレッド・パイライト」

「は はいっ!?」

「セレドナ…様…?」

他の従者の邪魔をし自分が一番になろうとしたウィルフレッド、自分の執事を一番にしセレドナに取り入ろうとしたユーゴ、二人の名を呼ぶセレドナの目は その身の赤とは真逆の冷淡さを秘めていた

怒りだ 怒っている、従者の邪魔をする それは即ち彼女の主催するパーティの妨害にか他ならない、彼女の顔に泥を塗るに他ならない…そんなことをされて、、笑って受けながすような人物でないことは この場にいる誰もが理解していた

理解しているからこそ、二人は震える 恐怖する

「我が宴を汚した責任はユーゴ、貴方に払ってもらいます ローズクロサイト家の零落は免れないものと思いなさい、そしてウィルフレッド…貴方のような人間には従者をする資格はありません、今後一生 デルセクトで従者として生きていくことが出来ると思わないことです」

沙汰が下された、ユーゴはこの一件の責任を取らされることとなる 領地の没収か 或いは貴族としての権限の剥奪か その両方かは分からない、だが彼が今後 今までのように偉ぶることはできなくなることに変わりはない

そしてウィルフレッドは その汚名と罪過がデルセクト中に広まる事となる、五大王族の怒りを買った従者を雇い入れようとする場所は、少なくともデルセクトの中には存在しないだろう…それは事実上 執事としての資格の剥奪に等しい

「そ そんな、セレドナ様!こんな…宴の席での醜態に対する罪としては、余りにも重すぎるのでは!、もう一度…もう一度お考え直しを…」

「この国の主人である私の名を冠するパーティを汚した…その事の大きさを理解し直すまでは、我が考えを改めるつもりはありません、ボールヴィン 二人をつまみ出しなさい」

「かしこまりました、…手の空いている者 こちらの二人を外へ」

「お お待ちを!お待ちを!セレドナ様!セレドナ様ァァア!」

「あ…ああ、僕が…僕がこんな…いずれ栄光の魔女様の執事を務める筈の僕が、何かの間違いだ…そんな」

喚き立てるユーゴと茫然自失のウィルフレッドが執事やメイドに囲まれ外へと追い出されるのにーそう時間はかからなかった、当然と言えば当然…彼らはセレドナの名に傷をつけた、それを厳しく罰せねば面子が立たないのはセレドナの方だからだ

そして、騒ぎの元凶がこの場を去れば 先程までの喧騒が嘘のように消え辺りに静寂が漂い始める、野次馬の中に残されたのは エリスとメルクさんと…ボールヴィンさんとセレドナさんの四人だけ、ベンジャミンさんもいつの間にか逃げるようにいなくなっていた…

「さてと、次ですが…貴方達」

貴方達とはどなた達か、エリス達のことだ セレドナは相変わらず扇子で口ものを隠したまま優雅にこちらをちらりと見ている

否が応でも警戒する、もしここでセレドナがエリス達に敵意を向ければ 先程のウィルフレッド達同様 エリス達は外へ追い出されてしまうことになる

が…その心配は杞憂に終わりそうだ、何故かって?先程までメラメラと感じていた敵意を セレドナさんから感じないからだ

「あの愚か者共の愚行を止めて下さった事に対して感謝を述べましょう、…特に執事 」

「え?、私ですか?」

「貴方はウィルフレッドが行った妨害のフォローもしつつ 我が客人の持て成しも手を抜く事なく行ったと聞きます、若く才気に溢れ 行動力を示した貴方の話は方々で聞きました」

「方々で…?」

「私がセレドナ様に報告しました、貴方は言われた通り仕事をこなし 執事として恥じない働きをしていましたからね、最後は詰めが甘かったですが…それも 若さ故の物と流しましょう」

厨房でアビゲイルさんを助け ベンジャミンさんを助け メイドを助け あちこちで奉仕した、その結果と働きを ボールヴィンさんがそのまま伝えてくれたのだ、そうか…見てる人は見てくれているものなんだな…ちょっと嬉しい

「そこで、貴方達に少し話があります…貴方達さえ良ければ 私の部屋でお茶でも如何ですか?」

「わ 私もですか?」

「メルクリウス、貴方もウィルフレッド捕縛に寄与した事実があります、それにどうやらその執事とは知り合いのようですし…共にどうぞ?」

紆余曲折はあったものの、結果として エリスはセレドナさんに認めてもらうことができたようだ、ともあれ話をする場を手に入れることはできた、これで 一安心…とはいかない エリス達にとってはこれからが正念場だ

セレドナと話し マレフィカルムとのつながりを確かめる、その為に エリスは…メルクさんは、彼女の提案に強く首肯するのだった
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