孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

74.孤独の魔女と蠢動の令嬢

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………ああ、これは夢だ…………

目の前に広がる世界を見て、エリスはなんとなく察する これは現実ではないと

白い ただひたすら白い霧に満ちた白い世界、よく見れば床は石畳のように見えるが、どれだけよく見ても実態がつかめない、あやふやな世界…

エリスは何をしてたんだっけ…そうだ、ヘットと戦い 殺されかけたんだ、ニコラスさんとグロリアーナさんのお陰で助かったけど、血を流しすぎてそのまま意識を…

じゃあここは天国か?、エリスは死んでしまったのか?…だとすると なんだかあの世って空虚な場所なんだなぁ、そう思いながら周りを見回すと…ここが なんらかの建造物の中であることが見受けられる

いや、限りなく白に近く 真っ白な空間の中に溶けるように石の壁が見える、…というかこれ なんかの廊下…いや回廊か、この道の先には天国があるのかな?進まないほうがいい気がする…けど振り返って元に戻れるかといえば なぜか出来ない

なんなんだ、不思議な夢だ…それともこれは夢を夢と理解する夢なのか?、…ん? 回廊の先に何か見える

人影だ、白い霧の中に佇む誰かが見える …いや人影なんかじゃない、あれは…

「師匠!レグルス師匠!!」

「…ん?」

師匠だ 、レグルス師匠だ!間違いない!あの顔 こんなに離れているのに こんなに霧が濃いのに不思議とあの顔だけは明瞭に見ることが出来た

求めに求め続けた師匠の姿に、エリスの思考はもうレグルス師匠一色に染められる、石じゃない 生身の姿だ、夢でもいい幻でもいい 一度でいいから会いたい、一度でいいから抱きしめて励ましてほしい その一心で霧をかき分け師匠の元まで走る

「誰…誰だ…誰なんだ…?」

「え?…な 何言ってるんですか!師匠!エリスです!貴方の弟子!エリスです!」

「弟子?…」

レグルス師匠の元まで駆けながら問いかけるも、師匠の様子がおかしい まるでエリスのことなど身に覚えがないかのように首を傾げている、師匠がエリスのことを忘れている…?いや いやそんなはずない!

もっと近くに寄ればきっと!、だというのに どれだけ霧をかき分けても一向に師匠に近づけない

「弟子か…君のような子を弟子に取った覚えはない…」

「そ そんなことないですよ!エリスは貴方に助けられ 貴方の元で魔術を学び こうして…強く…なれてないかもしれませんが!それでも貴方を尊敬して止まぬ弟子なんです!」

一瞬 不甲斐ないエリスに師匠は失望して エリスを破門する気なのではと、そんな思考が過ぎる…師匠はそんなことしない 一度助けたからには絶対に師匠はエリスを見捨てない、そんなことわかってるのに 一度思って仕舞えば…不安になる気持ちを止められない

「師匠…!師匠!もう一度エリスの名を呼んでください!もう一度抱きしめてください!、エリスは…エリスは貴方が居ないと…強くなれません!、ずっと側にいてください師匠!」

「この世に永遠などない、離別とは避けられぬ宿命であり 忘却とは逃れ得ぬ運命だ、諦めなさい」

「何を言ってるんですか師匠!、ねぇ…師匠!」

「師匠…か」

必死に手を伸ばす、雲のように伸びる霧を引き裂いて 漸く、師匠の座まで近づくことが出来ない、ああ 師匠の周りの霧が晴れて その姿がよく見え…見え…

「そうか、…君は 我が弟子か…なら、丁度いい こちらに来ておくれ、エリス」

「れ…れぐる…れぐるす…ししょ、そ…それ」

その姿を見て 晴れた霧の中のそれを見て血の気が引く、背筋が寒くなり あれほど求めていた心の炎も消え去り、エリスはレグルス師匠を見て恐怖で震え 恐れ慄く…だ だって

霧の中のそれは、 体が無かったからだ……

「な…なんですか…それ…」

「それとは、これかな?」

生首だ、断面からドロドロとした血を流し 世界の白を赤黒いそれで汚す、いや 首だけじゃない、見れば離れたところに体がある 腕がある 足がある、…師匠の体が まるで刃で切り裂かれたように八つに引き裂かれていたんだ

「抱きしめてあげたいが、生憎と腕も体も無いんだ…そちらから来てくれ、エリス」

「ひ…ひっ…」

その瞳から血の涙を流し 師匠の生首は薄く笑う、その凄惨な姿を見て エリスは…エリスは…

「あっ…!?」

刹那、エリスの立っていた足場が崩れ 何も無い奈落へと体が一直線に落ちていく

「う うわぁぁぁぁああああ!?!?!?」

ジタバタと手を広げてもがくが 魔力は使えず、体もうまく動かせない…何も出来ないエリスは闇へと落ちて 落ちて…


……………………………………………………

「うわぁぁぁあぁっっっ!?!?」

「お おい!大丈夫か!?」

飛び起きる、体が動く 魔力も感じる、だが…気分が悪い 全身嫌な汗でベタベタだ…なんだこれ、あれ? エリス今何処に?

「気がついたようですね、ディスコルディア」

「え?」

その凛とした声で エリスの意識は覚醒する、ハッとして周りを見れば…宿だ うん、間違いなく宿 エリスがニコラスさんと一緒に取ったアンスラークスの宿、お尻としたから感じるこのふかふかした感触は…

どうやらエリスは 宿の部屋に運ばれ ベッドで寝ていたようだ、そして周りにはニコラスさんと メルクさん セレドナさん、そして…

「グロリアーナさん!?、な 何でここに」

「貴方をここに運び、治癒魔術で貴方の傷を癒したのは私ですよ?…覚えがありません…よね、気絶していましたから」

黒い髪と黄金の鎧、特徴的な姿をしたグロリアーナさんがベッドの脇の椅子に腰をかけ座っていた、そうだそうだ この人がヘットとニコラスさんの戦いに乱入してきてくれたおかげでエリス達は助かったんだった

そのあと 意識を失ったエリスを運んで治癒魔術で治してくれたのか、見てみれば体に傷は見受けられない…凄まじい治癒魔術の腕だ、この人治癒魔術も達人級なのか…

「あ ありがとうございました、お陰で助かりました…」

「いえ、貴方のおかげで五大王族の命を助けることが出来ました、礼を言いたのはこちらの方です…ちゃんと従者の務めを果たせたようで何よりです」

命を助けることが、ああ セレドナさんもここにいるということは、きちんと逃げる事が出来たようだ…まぁ、エリスがあの場に残ったのはセレドナさんを助けるためではなく ヘットをこの手で倒すためだったのだが…

まぁ、それも手も足も出ずに負けてしまったが…本当に情けない……ん?

あれ?、セレドナさんは兵舎の方に向かったはずでは?というか?何故ここにみんな揃ってるんだ?

「さて、ディスコルディアが目覚めたところで…始めましょうか?、私に教えてくれますか?、例の黒服 マレフィカルムとやらの話と 貴方達が軍部に内緒でこんなところにいる話を」

そうか…尋問のためか、そりゃ敵を倒してよかったよかった万歳三唱はいさよなら ってわけにはいかんよな、何故こうなったのか 奴らは何者なのか そして報告もなしにこんなところで五大王族に接触しているメルクリウスとニコラス…

グロリアーナは総司令として話を聞く権利がある、何より下手にはぐらかして襲いかかられたらどうにもならない、ゾッとする あの魔力が今度は害意を持ってぶつけられると思うと…

「…ここは、私から説明しましょう グロリアーナ総司令」

「メルクリウス…、分かりました 報告を聞きましょう」

「ハッ!」

そういうとグロリアーナさんは椅子に座ったままメルクリウスさんの方を向き直る、対するメルクリウスさんは直立したまま敬礼し 胸を張る

「まずここにいる件ですが、我々はカエルム流通の裏に五大王族の影がある事を独自に掴みまして、その調査の為に 軍部を離れ調査をしておりました」

「…五大王族の影が?それは誠…なのでしょうね、貴方は思い込みが激しいところがありますが 分別はつく方です、…しかし何故軍部に内密で動いたのです、私にも話を通さず五大王族に突っ込む予定だったのですか?」

「…軍部はすでに 黒幕たる五大王族の手中にあると感じたので 信用できない軍部に居ては命も危ないので 軍部を離れました、それにグロリアーナ総司令が寄越した部下達は皆 正規の軍人ではありませんでした」

「そんなわけないでしょう、あれは皆正規の……いや、まさか私が寄越した軍人が途中で何者かに入れ替えられた?私に勘付かれない方法で?、確かに五大王族ならそれもあり得ますね……すみませんでした メルクリウス、貴方の危機に気づけないなど」

「いえ、問題ありません どの道一人で動く予定ではあったので」

「それはそれで問題です、反省なさい」

…なんか、前のパーティの時も思ったが この二人やっぱり仲良くないか?、最初はただグロリアーナさんが優秀だからメルクさんのことを把握しているものだと思ったのだが…

この感じ、グロリアーナさんはメルクさんのことを部下としてでなく一人の人間として知っているような印象を受ける、この二人も 昔何かあったのか?、メルクさんは何も語らないが…

「そして、状況は?」

「はい、調査の甲斐あり 敵の組織名 魔女排斥機関マレウス・マレフィカルムの存在とその目的 魔女殺害の方法、そして裏で手を組んでいると思わしき五大王ソニア・アレキサンドライトの特定まで完了しています」

「…許しがたい話です、魔女排斥など この八千年の繁栄を全て否定するなどあっていいことではありません、しかもそんな連中と我が同盟の一角が手を組んでいるなど嘆かわしい…」

「はい、ですので 我々はこれからソニア様の領地 『クリオベリアル』へ向かい ソニア様を問いただします」

「なるほど、分かりました では私も同行しましょう、私が同行すればソニアも嘘はつけないでしょう」

そりゃそうだ、あの力を前にソニアさんも嘘をつくほど愚かではないだろう、だが…だが同時に思う、それではダメだと…小さく手を上げながらメルクさんとグロリアーナさんの会話に割って入る

「すみません、一つ良いですか?」

「む?、なんですか?」

「いえ、奴ら マレフィカルムとソニアさんの狙いはどうやらニグレドとアルベドの奪取にあるようなのです」

「なっ!?ニグレドとアルベド…いや考えてみれば当然か、魔女様の命を狙うならあれ以上の代物はこのデルセクトの中にない」

「そして、どうやらアンスラークス城に保管してあったニグレドは奴らに奪われたと見ていいでしょう、となると 奴らの次の狙いは翡翠の塔のアルベドです、今グロリアーナ様が翡翠の塔を空ければ マレフィカルムはその隙を狙ってくるでしょう」

アンスラークス城のニグレドは奪われた、なら後は翡翠の塔のアルベドだけだ…奴らが翡翠の塔を後回しにしたのは グロリアーナさんがそこを守っているからだ、グロリアーナさんがエリス達についてくれば それは即ち翡翠の塔を無防備にするということ

如何に翡翠の塔に連合軍の本部があるとはいえ グロリアーナさんの不在という絶好の機会を奴らが狙ってこないはずがない、今 グロリアーナさんを随行されるのはあまりにリスクが高すぎる

「…なるほど、確かに 奴らは狡猾です、私の不在を狙ってくるでしょうね…では何かしらの援助を」

「要りません、明日には発ちます 今回の襲撃は長く埋伏してきた奴らにとって宣戦布告に等しいのです、状況は刻々と悪化します …次の手を打たれるよりも前に 私が奴らの協力者を潰します」

「つまり、ソニアを捕えると?…彼女の恐ろしさは貴方も…いえ この地上では貴方が一番理解しているでしょう、あれはただの王族ではありません デルセクトの長い歴史の中で随一の暴君です、何をしでかすか分かりませんよ」

確かに ソニアさんは表面上は温厚な令嬢を気取っているその本質は悪魔そのものだ、その恐ろしさを アレキサンドライト家の債務者であるメルクさんはよく理解しているはずだ、だからこそ ソニアさんに接触することを最後まで渋っていた

しかし、それがもう確定してしまった以上 メルクさんは迷わない、たとえ相手が何であれ 正義を執行するだろう

「覚悟の上です」

「…フッ、相変わらず頑固ですねメルクリウス、ソニアが借金を理由に妨害して来なければ 直ぐにでも私の副官にしているところですが、分かりました 私は翡翠の塔でアルベドの守護に回ります、貴方はソニアに 事の真意を問いに行きなさい、そして返答次第では…拘束しなさい、魔女に逆らう者に 五大王族たる資格なし!」

「了解!」

「では、私はこれで…邪魔しましたね」

そういうとグロリアーナさんは椅子を立ち 最早話はないと足早に部屋を出て行く、…ここから翡翠の塔まで帰るのか?、いや ここまで来るのも一瞬だったし 帰るのもまた一瞬だろう、どういう原理の移動方なのか分からないが 彼女の速度はエリスよりもメルカバよりも尚速い

「はぁ、…行ったか 相変わらずグロリアーナ総司令の前は緊張するな」

グロリアーナさんが去ったのを確認すると メルクさんは息を吹きパタリと倒れるように近くの椅子に腰をかける、その頬には冷や汗が伝っている…緊張か まぁそりゃ緊張するか、エリスは緊張ではなくビビっていたが

「仲がいいんですね、グロリアーナさんと」

「ん?、ああ…あの人とは昔 同じ部隊に所属していたんだ、あの人がまだ一介の軍人だった頃からの付き合いで…まぁ私にとっては姉のような人物なのさ、君にとっては面白くない話だろうがな」

なるほど、その関係を今まで黙ってたのはエリスを慮ってか…エリスにとってはグロリアーナさんは騙し不意をつき 師匠を攫いこの状況を作り出した張本人だ、そんなグロリアーナさんてメルクリウスさんが繋がっていると知れば…とメルクさんは気にしていたんだ

まぁ、今更そんなこと気にするエリスではない

「というか、二人共アタシの部下だったのよ?二人とも昔は姉妹みたいに仲良かったのよ?、それが久々に会ったのに仕事の話ばっかり もっと昔みたいに仲良くすればいいのに」

「あの人はもうそんなことに構えるほど 暇ではないんですよ」

ああそうか、グロリアーナさんも昔ニコラスさんの部下だとか言ってたな…そっか、昔はあの三人で行動してたのか…エリスの立ってるここに グロリアーナさんが居たんだ、そう思うとむしろスッキリする 腑に落ちるほどに似合っているもん

「…………グロリアーナ…帰ったか?」

すると、奥の扉がスーッと開いて中から現れるのは…ザカライアさんだ、そういや居ないと思ったら あんなところに

「はい、帰りましたよ」

「い いきなり来るなんて聞いてねぇよ、あっぶねー…いや別に悪いことなんかしてねぇけど?別にビビってねぇけど?、なんかすげぇ剣呑な顔して宿に向かってきてんのが宿の窓から見えたから慌てて隠れてたんだよ、ビビってねぇけど」

ビビってたんだな、しかしザカライアさん側から見えていたならグロリアーナさんの方からも見えてそうだが、口にしなかったということは相手にするつもりがなかったのだろう

「まったく、スマラグドスの小僧はやはり口だけですわね」

「んだとセレドナ!テメェ!」

「いつもグロリアーナに突っかかってる割にいざ顔を合わせると尻尾巻いて隠れる、ああ情けない情けない」

そうザカライアさんを罵るのはセレドナさんだ、…顔合わせるなり罵り合いとは…いやこれは単純にザカライアさんの普段の態度が悪い気もする、もしかしてこの二人にも何か過去が……いや無いな 多分普通にザカライアさんは自分と同じかそれ以上に偉い人間が嫌いなだけだろう

「ともあれ、妾もここを去りましょう…城が騒ぎの渦中にあるというのにいつまでも城主が隠れているわけにもいかないので、それでは…助かりました エリス メルクリウス、もしこの騒動が無事解決したなら今度は客人としてアンスラークスに来なさい、その時はちゃんと出迎えますので」

セレドナさんはエリス達に穏やかに微笑みかけるとグロリアーナさんの後を追い立ち上がる、奴らの狙いは飽くまでニグレド その情報の口封じと囮のために命を狙われていただけ、もはや彼女が狙われることはないだろう

すると、セレドナさんは扉に向かい歩き…ニコラスさんとすれ違う……

「…ニコラス、私はまだ貴方を許したつもりはありません」

「そうね、…ええ 分かってるわ」

ギロリとニコラスさんを睨み付ける、ニコラスさんはこの国の国王を寝取り 堕落させた…セレドナさんからすれば決して許せる相手ではない、紅炎婦人としてではなくこの国を愛する者として…

「ですが、貴方もメルクと共にデルセクトの為に戦うというのなら …協力は惜しみません、励みなさい」

「…分かったわ、ありがとう セレドナ」

「フンッ!、本当ならもう一発引っ叩いてやりたいですが、メルクリウスとエリスの恩人というではないですか、彼女達に免じてそれは許しましょう……ニコラス、ルベウスは元気にしていますか?」

「腕のいい料理人になっていたわ、…アタシ達が尋ねても決して貴方のことを悪くは言わなかった、まだ貴方のことを尊敬してるみたいよ?…また今度 顔を見せてあげなさい」

「何を偉そうに、貴方の指図は受けません…しかし そうですね、市場の様子を伺う際 もしかしたら覗くことはあるかもしれないですわね」

それだけいうと セレドナさんは一人で宿を出て行く、…一人で外に出しても大丈夫だろうかと思い外を見れば 既に幾人かの軍人が外で待機していた、…セレドナさんは軍人を引き連れ アンスラークス城の混乱を収めるため帰って行く

…いい人 ではないのだろうが、決して悪い人でもなかった…もしまた訪れることがあるなら、今度はエリスとしてあの人の元へと行ってみたいものだ

「で!、客人も去ったことだしよ!…そろそろ寝ねぇか?明日行くんだろ?ソニアんところ」

「はい、…ザカライア様もついてこられますか?、恐らくソニア様は我々が訪れることを予見しているでしょう、今までのそれとは比べ物にならぬ修羅場となります、決戦…と言っても差し障りないでしょう」

まぁそうだね、ソニアさんなら迎撃の支度くらいしてそうだ 寧ろ駅を降りて街に出た瞬間鉛玉の雨が飛んできてもおかしくない、そこにザカライアさんを連れて行くのは不安だ

彼は頼りになる、が 戦闘という面ではお世辞にも強いとは言えない…もし戦闘になれば 彼を守らなくてはならない、だがそんな余裕があるとは思えない はっきり言って危険だが…

「バカ言うんじゃねえ!、ここまで来てウジウジ帰れるか!…俺もついてくからな!」

だろうな、そうエリスが思うと同時にメルクさんもガックリとうなだれる ここまで来たら諦めるよりも他ない、まぁ 彼は地頭はいい 無茶なことはしないと願おうじゃないか

「じゃ、今日は一日休んで また明日出発ね!、みんな今日はお疲れ!明日備えてちゃんと休むのよ?せっかくいい宿取ったんだから」

ニコラスさんの話をまとめるように手を叩き、この日の会議は幕を閉じた…彼の言う通りは明日は決戦だ、何が起こるか分からない …しっかり休まないと

…しっかり…しっかり、そう 頭の中で反復する都度 エリスの体は冷たくなる…明日は決戦か、…エリスはうまくやれるだろうか…

また、ヘマをするんじゃ…負けるんじゃ………


……………………………………………………

月が、雲に隠れる 夜は深まり 深夜と言える時分に ただ一人エリスはこっそり宿を出て 夜風に当たって床に座り込み 空を見る

みんなは寝ている、明日に備えて体を休めている…みんな今日は頑張ったから 疲れているんだ、みんなはみんなの役目を果たした メルクさんはセレドナさんに認められ ザカライアさんはセレドナさんのツテを作り ニコラスさんはみんなを守った

「…エリスとは違って……」

今日、エリスは負けまくった 勝たなきゃいけない相手に負け やり遂げなきゃいけない場面で失敗した、この失態は 殊の外効いていた…

自分の力の足りなさを痛感し、無力さを嘆いている…昔みたいに弱い!と言うわけではないが、エリスとヘット メルカバの間には如何ともしがたい実力の差があった

下手したら死んでいた場面の連続だ、アイツらともう一度戦えば エリスは今度こそ負けるかもしれない、魔女を 師匠を殺そうとする相手に…

そう思えば思うほどエリスの心は深く沈む、…いつもならこんな時 師匠に抱きしめてもらいながら寝るんだ、師匠と修行して 今度こそ勝つと意気込めるが、今のエリスの隣に師匠はいない

それが、堪らなく寂しい…そう、寂しいんだ …見ないようにしていた寂しさと無力さを一度認識してしまったら、胸の内をチクチク突く悲しみを止められない、とてもじゃないが眠れそうにない

「師匠……寂しいです……」

あんな夢を見たのも、きっと寂しいからだろう…師匠と別れてそろそろ1ヶ月が経とうとしている、こんなことなら もっと甘えておけばよかった 子供っぽいと思われてもいいから、うんと甘えておくんだった

「この世に永遠はない…か」

あの夢の…師匠のような何かが口にしていた言葉だ、師匠も偶に口にする 『永遠などない』と、いつか別れの時が来るのだろうか……それとも 成長できなければいつか師匠に見捨てられるのだろうか、いや 敵に負けて殺されるのが先か…

一度気持ちが下を向けば 落ちるところまで落ちて行く、見ないようにして気がつかないように 必死になって張り続けていた糸が、どこかで切れてしまった

呆然と空を見る…師匠に会いたい


「エリス?、どうした?」

「え?」

ふと 後ろを見れば、寝巻きに着替えたメルクさんの姿が…

「すみません、起こしてしまいましたか?」

「いや、君の様子がおかしかったからな…気になってたんだ、寝ている間もうなされていたし、思えば君はまだ子供…それが親代わりの師から引き離されてこの国の巨悪と戦わされているんだ、…君の負担を考えていなかった すまないな」

そういうとメルクさんはエリスの隣に座り、一緒に空を見上げてくれる

負担か…確かに、成り行きで凄いことになってしまった…エリスはてっきりこの国を師匠と一緒に旅するものと思っていたから、あの時はこんなことになるなんて思いもしなかった

…師匠がいたら、エリスはもっと上手くやれていたかな…、師匠が側に居てくれないと エリスはやっぱりダメだ

「寂しいか?」

「…はい…とても」

「フッ、初めて君の本音が聞けた気がするな、そうか…寂しいか」

本音か、嘘をついてたつもりはないけど 確かに心の奥底を零したことは一度もなかったな、…弱いところを見せないように この状況に打ち負けないよう強く強くあり続けた、一度弱くなれば強くなれないから…

「気持ちは分かる…と言えば浅く聞こえるかもしれないが、確かに親を失い 自分でなんとかしなくてはいけなくなった時、最初のうちは頑張れる 自分しか状況を打破出来ないのは 自分が一番よく分かっているからな、でも その糸が切れた時 辛くて辛くて堪らなくなった時、…立ち上がれない辛さもどかしさは 筆舌に尽くしがたいものだ」

その通りだ、エリスは今 糸が切れ 師匠恋しさに負けて 自分の不甲斐なさに負けて、倒れ立ち上がれずにいる…いつもなら師匠が側に居てくれるから立てるけど、今はそれが出来ない

立ち上がらないといけないのは痛いほど分かってる、今そんな状況じゃないのは分かりきってる、だからこそ立ち上がれない今が 一番辛い

「…………」

「甘えろ…それくらいは許されるはずだ」

「…エリスは、…そんなに一人でもがいていましたか?」

「ああ、もがいていた 特に今日はそれが如実だったな」

そんなにわかりやすかったか、…まぁ失態を取り戻そうと失態して 挙句死にかけて、そりゃあそうだよな 

でも、認めたくなかった 師匠を助けると息巻いてそれを実現できないであろう自分の力不足さを、誤魔化すために自分を騙していた…それが増長に繋がり油断を生んだのか

「でも、もがかないと エリスは師匠を助けたいのに…力が足りないなんて、思いたくないじゃないですか」

「…そうだな、だけどなんでも出来る奴なんているわけない、力が足りないのは仕方ない事だ、それは弱さじゃないだろう」

「でも…!」

「私も、昔は君と同じように 焦っていた…昔話を一つ聞いてくれるか?」

そう言われて 口を閉じる、重ねているんだろう…この人もかつて幼くして両親を失った経緯を持つ、その時の感覚と…一緒にするなとは言えない この人は失ってしまったんだ、エリスとは違う エリスは取り戻そうと頑張れば取り戻せるが、この人の両親は戻らない

悲しみはこの人の方が大きい筈だ…

「私は 両親を失ったあの日から 決して泣くまいと誓った、もう甘えられる人間は居ないから…そう思っていたのさ、それでも 不安は毎日募るばかりさ 何せまだ子供の私では金を稼ぐことができない、両親が残した少ない貯蓄を切り崩し 日々減っていく金庫を見て、これがなくなれば今度は私が死ぬ番だと…日に日に恐怖は大きくなっていった」

「恐怖ですか…」

「ああ、そして私は恐怖に負けた…金庫の貯蓄が無くなりかけたあの日…、私はパンを一つ盗んだ」

「メルクさんがですか!?」

メルクさんは正義感の塊だ、決して犯罪を許さない 犯罪に手を染めるくらいなら死を選ぶ人だとさえ思っている、が…そうだ この人だって昔からこんなに強かったわけじゃないんだ

日々なくなる貯蓄 命をつなぐ金が目に見えて消えていくそれは自分の残り時間を表しているようで、この恐怖は凄まじいものだろう

「それで…どうしたんですか?」

「当然、バレたさ 小汚い子供がウロついてる時点で怪しまれていてね 店を出る前に首根っこ捕まれ 怒鳴られた、…あの時ほど後悔した事はない、犯罪なんかに手を出すくらいなら死んだ方がマシだったと 涙を流して悔やんだよ、だけど…そんな私を助けてくれた人が居たんだ」

「助けてくれた人?、…もしかして…」

「ああ、まだ新米の軍人だったグロリアーナさんだ 、『私がこの子の代わりに代金を払いますので 見逃してあげてください』と、お陰で私は悪に手を染める事なく 見逃してもらえた…それが私とグロリアーナさんの出会いだった」

懐かしむように目を閉じるその顔は 悔やむようで居て 感謝するような、安らかで慚愧に満ちた物だった

「グロリアーナさんは私を家に招き…事情を聞いてくれた、そしてこう言った『それでも悪い事は悪い事、犯罪は犯罪だ』と、例えどんな状況にあっても悪を為せば同情の余地はなくなる、あのパンを盗んで それを食べれば 私はそれからどんなに良い行いをしても体の中に悪は残り続ける」

「…………」

「もし、どうにもならないと思った時は 助けを求めなさいと言ってくれた、倒れ伏した時は 手を伸ばせ…そうすれば誰かが手を掴んでくれる、周りを信じろ 助けられる事は恥じゃないんだとな」

そう言うとメルクさんは薄く エリスの方をちらりと見る、なるほど…今のエリスは きっとその時のメルクさんと同じくらい余裕がないんだ、倒れ伏しそれでも迫る危機を前にもがいている…

「私は憧れた グロリアーナさんに、グロリアーナさんの成した正義に、今度は私が助ける側に回るんだとな」

 「それが メルクリウスさんのルーツですか?」

「ああ、私の燃える正義の火種はあの人だ あの人の守ろうとした国を守るという気持ちは、いつしか国を守る正義感へと変わり 今君とここに居る、…語ったことがなかったものな 君には私の軍人としてのルーツを」

そうだね、少なくともエリスが知るのは 軍に入ろうとした時 ニコラスさんと出会ったところまでだ、その時既にメルクさんは正義感に燃えていたと言う きっとその心に火をつけたのは、グロリアーナさんの正義感なのだろう

「…あー、まぁ 何が言いたいかと言うと グロリアーナさんの言ったように、エリス …立てないと思ったら手を伸ばしなさい、それは弱さじゃない 未だ立とうとする意思の強さだ、その手を握る者は必ず居る、そして 一度手を握ったなら 握り抜け」

メルクリウスさんの姿と 師匠の言葉が重なる、師匠はエリスに助けるならば助け抜けと語ったが、それは同時に助けられたなら 信じ抜けと言う意味でもあるのだと

エリスは 魔女じゃない、完璧じゃない…だから 人を頼る…か、デティの時 ラグナの時もそうだったじゃないか、助け 助けられてそうして戦っていくんだ

「…では、メルクさん…エリスの手を取ってくれますか?」

「ああ」

「甘えてもいいですか?」

「構わない」

「一緒に…マレフィカルムと戦ってくれますか?」

「君が躓いたならば、支えよう…軍人としてではなく 私個人として、君を助けるさ」

たったそれだけの言葉だと言うのに、エリスの心は幾分楽になる…自分一人でなんとか そう思って窮屈にもがく心が彼女の言葉に救われたんだ

そう、思うだけで 不安に思う心は消えていく なんとかなる なんて楽観さえ生まれてくる、そうだ…いつもそうだった、エリスは誰かと一緒に戦うんだ  そうやってレオナヒルドやベオセルクさんのような強敵に打ち勝ってきた

「なら、…すみません 今日一緒に寝てもらえますか?」

「ああ、構わな…え?、一緒に寝るのか?」

「いつもエリスが悲しい時や寂しい時は師匠が一緒に寝てくれたんです…エリスのことを抱きしめて」

「その代わりをしろと…?い いや…嫌ではないんだ、ただこう 気恥ずかしいと言うか」

確かにいきなり聞くことではなかったな、でも 誰かに抱きしめながら寝てもらいたい 、エリスの甘えるとは即ちそれなのだ…誰かの温もりを感じながら眠れば、明日には切り替えて戦えそうなんだ…、だから…

「ダメですか?」

「やめろその顔!分かったよ!…寝ようか」

少し首を傾げて甘えてみただけなのだが なぜ怒られてしまった…だけど、一緒に寝てくれるみたいだ

有難い、そう思う彼女の手を握れば 若干ぎこちないながらも手を握ってくれる、その温もりが下を向く心を強引に彼女の方へと向けてくれる、そりゃこれで全部が上手くいくかは分からない

敵は強い、状況は悪い、先は見えない…でも 今度はちゃんと誰かを頼る 頼って頼られて二人で戦う、いつものように

そう心思いながら エリス達は寝床に着く…、メルクリウスさんのベッドに忍び込めばまだ暖かさが残っていて …あったかい、メルクさんに抱きつきながら横になればあんなに寝付けなかったのが嘘のようにエリスの瞼は安らかに閉じられて…………

…………………………………………

「眠れなかった…」

「メルクさん大丈夫ですか?」

揺れる車内 移り変わる窓の外、汽車の中で呟くメルクさんの肩に手を当て労わる…

今日はアンスラークスを達発ち ソニアさんが統べる金緑国『クリソベリア』へと向かう、その為にこうして汽車に乗っているのだ

前回みたいにザカライアさんが用意してくれる物と思ったが…あれはザカライアさんがスマラグドス王国にいたからで出来たこと、セレドナさんのアンスラークスでそんな勝手は許されないようで こうして普通の乗客として汽車に乗ることになったのだ

あれから、一応城の方に向かって様子を見に行ったが セレドナさんは無事だった、やはりもうセレドナさんを襲う理由は奴らにはないらしい

ただ、セレドナさん曰く 厳重に保管していたはずのニグレドは やはり消え失せていたらしい、ソニアさんが持ち出したものと見ていいだろうとのことだ…やっぱりソニアさんがマレフィカルムと繋がっていたのか…

セレドナさんは何がなんでもニグレドだけは取り返してほしいとエリス達に命じると共に、その健闘を祈ってくれた 必要な援助があればいつでも申すようにと、まぁ少なくとも今必要なものは何もないので何も貰わなかったが…

そして、汽車に乗り込み 今に至るというわけだ


「まさか朝起きたら二人が同じベッドに居たなんてねぇ、知らなかったわ 全然音聞こえなかったもの」

「変な事などしてません!、いや…まぁ 意識はしました、そんな自分に嫌気がさしてなかなか寝付けず…」

「すみませんメルクさん、エリスのせいで…」

「いや、エリスのせいではないんだ…ただ私が勝手に寝付かなかっただけで」

「くだらねぇ事で寝不足かよ、呆れるぜほんと」

と言いつつザカライアさんも大欠伸をする、彼も中々気の落ち着ける事のできない夜過ごしたようだ、まぁ ニコラスさんは結局ザカライアさんに手を出さなかったのだが、曰くニコラスさんは強引に襲う真似はしないようだ 飽くまで同意の上らしい…、その同意まで持っていく手練手管が油断できないと言うのだが

「しかし、これからソニアさんのところに行くんですよね…エリス ソニアさんのことやその国 クリソベリアの事、何も知らないので今のうちに教えて頂けませんか?」

「私もソニア様の国のことは何も知らないな…話くらいにしか聞いたことがない」

「この中でクリソベリアに行ったことがあるの、ザカライア君だけみたいよ?」

「ああ?、まぁ 遊びに行くようなところでもないからな…」

クリソベリア…エリスはソニアさんの治めると言うこの国のことを何も知らない、どうやらそれはメルクさんもニコラスさんも同じなようで 窓辺で憂げに外を見るザカライアさんに視線が集まる

「…クリソベリアってか、ソニアのアレキサンドライト家ってのは代々金の亡者みたいな家でよ、とにかく金!金こそ命!って意識が国中に蔓延ってる下衆な国さ」

「本当ですか?…セレドナさんやアンスラークスの時も主観入り混じったこと言ってて事実と異なってましたし…」

「じゃあ俺に聞くなよ!」

「エリスちゃん、この件に関してはザカライア君は正しいわ、クリソベリアルは屈指の産業国で五大王族の国々の中でも突出して蒸気機関を取り入れて大きな利益を生んでいるそうよ」

そうか…いや教えてもらう人間の態度じゃなかった、反省しないと

でも蒸気機関を取り入れてか、エリスの立ち寄ったスマラグドスもアンスラークスもどちらも蒸気機関を控えめにしていたから なんだか新鮮な気がする、ジョザイアさんの国 ミールニアと同じような感じなのかな

「そんなに蒸気機関を取り入れているですね」

「おう、あそこは五大王族の中でも一番歴史が浅い 当然権威も薄い、元はスマラグドス家の分家だしな、五大王族になったのも最近だ」

「え?分家ってことはザカライアさんの……」

「親戚じゃねぇ、あの家がウチから別れたのはもう200年も前だ もう他人だよ」

なるほど、というか五大王族って入れ替わり制なんだ…

「とはいえ元はただの分家だし 歴史も浅い、となりゃ自分たちの地位を確立できるのは金だけだ、少しでも地位を固めようと躍起になってるうちに目的と手段が入れ替わっちまったのさ…、今じゃ 多少デカイ顔しても許されるくらいには権威を持ってるぜ」

「お金だけでそんなに大きな顔できるんですね」

「デルセクトじゃあな、…あともう一つは デルセクト連合軍で使われている錬金銃は全部クリソベリアが製造してるってのもあるな、武器や兵器諸々彼処が作ってんだ…軍部もソニアには強く出れねぇってのも大きい」

金融以外にも武器製造まで行っているのか、そういえばソニアさんはいつも銃を持っていたしそういう点も関係…あるわけじゃないな、あれはあの人個人の問題だろう

「そんな銃大国で…ソニアという存在は恐怖の象徴であり…ある種の畏敬の念も持たれている」

「畏敬?敬われているんですか?」

「ソニアはな、幼い頃から銃の扱いだけは天才的だった、銃の申し子とさえ呼ばれていた、銃を扱う国の王族が誰よりも銃の扱いが上手い、その才能はそのまま銃の製造にも活かされ、事実アイツが玉座に座ってからという物 デルセクト連合軍の銃の精度は飛躍的に向上したんだ」

ソニアさんが 銃の天才…、そうか メルクさんの使う銃も何もかも、全部あの人が自ら指揮をとり 飛躍的に技術力を高めていったんだ

思えば、黒服達も皆装備として大量の銃を持っていた…そうか、そこから考えればソニアさんがバッグについているのも頷ける

「デルセクト射撃大会という物がある、ソニア様はそこで何度も優勝する程の腕を持っている、軍人も大量に参加しているというのに 誰もあの人の銃の腕には敵わないんだ」

そんなに強いのか、そういえばメイドのヒルデブランドもお嬢様があの程度の悪漢に負けることはないと言っていたが、恐らくあれは本当のことなんだろう、ソニアさんならあの程度の悪漢 皆殺しに出来たんだ

「恐ろしい人なんですね、ソニアさん」

「何よりも怖えのはアイツの性根だけどな、何をしてくるかわからねぇ…だが同時に腹ただしくもある、あのヤロー!きっと腹の底じゃ俺たちのこと見下してた筈だぜ!、あのヤロー零落させるいい機会だぜ!ギタギタにしてやる!」

「無理はしないでくださいね」

本当に ザカライアさんが突っ込んで撃ち殺されでもしたらえらいことだ、…まぁソニアさんも彼の立場を無視して殺せるような人間ではないと思うが、それでもだ…相手は何をするかわからない 追い詰められればそれは如実になる

話をひと段落終え、皆 迫り来る旅の終点にいささかの緊張を感じながら黙りこくる、エリスもだ…エリスも黙ってソワソワしてしまう、到着までどれくらいだろう…やっぱり一週間くらいなのかな 蒸気機関の街ってどんな感じなんだろう、ソニアさんも他の王族みたいに話してみたら案外分かり合えたりしないものかな…色々思考が巡り巡る

外を見れば綺麗な青空が広がってる、今エリス達は崖際の線路を走っているらしい、ザカライアさん曰くもう直ぐ渓谷を繋ぐクリソベリア大橋とやらに着くらしいので  ちょっと楽しみにしている

するとふと、隣の席に座っているおじさんに目がいく、深く帽子をかぶり茶色のトレンチコートを羽織ったおじさんだ、隣には何が入っているのか大きな皮のバックを置いている、大荷物だ 旅行というよりどこかへ仕事しに行くのかな

…あの人もどこかへ行くんだろう、以前と違いこの汽車には普通に他の乗客もたくさん乗っている、子供を連れた家族 商談に向かう商人 小綺麗なドレスを着込んだ老婦人とその執事…

いろんな人たちが乗っている、みんながみんな行き先があるんだな…こういう汽車があるとみんな気軽にいろんな所に行けてとても便利だ、実際馬車移動よりも物凄く手間が掛からない…

「いいですね、汽車って…」

なんだかこうして汽車内の部屋を見ていると 感慨深くなってくる、もしソニアさんがこの一件の黒幕でカエルム云々も解決するなら、この汽車旅ももう直ぐ終わりだから…ちょっと惜しくもなる、出来るなら師匠とみんなと もっといろんなところん巡ってみたいな

「………あ」

ふと、目の前に座っていたおじさんが 徐に立ち上がり 車両を出て行く…手荷物を置いて、って忘れ物じゃないか、どこへ行くかは分からないが貴重品が入ってるかもしれないんだ 出来るなら置いて行かないほうがいいだろうと慌てて席を立ち、鞄を持ち上げる

「あの!忘れ物ですよ!」  

そう鞄を持ち上げ声をかけるも時既に遅し、おじさんは車両を移しどこかへ行ってしまう…、というかこの鞄 見かけ以上にずっしり重たい、一体何が入ってるんだろう…

そう、ただ 単なる好奇心 褒められた行いではないが、ふと鞄の中身をちらりと覗いてしまう…すると

「何…これ…」

何か、…いや何か形容しようとしたが 例える言葉が出てこない…機械?いや何かしらの機関であることはわかるのだが、黒光りする鉄で…時計が付いてて…それになんだか変な匂いがする…この匂いは…

「…爆薬!?」

刹那、その爆薬を積んだそれが 既に作動している事に気がつき窓を叩き割り外へと…放り出す、すると 外へ放り出されたそれは崖の下に落ちていき そして爆炎を吹き上げ大爆発する…やっぱり爆弾だ、それも時限式で爆発する 何故こんなものが

「お おい!、エリス!なんだ!急にどうした!」

「こっちが聞きたいです!、隣に座ってる人が爆弾を置いていって…」

そこまで言って、真相に気がつく …敵だ、マレフィカルムだ 奴らがエリス達を始末にかかってきたのだ、恐らく 列車の事故か何かに見せかけて殺す為…!

危うく殺されるところだった!、い…いや 待て…あの黒服一人でエリス達を暗殺しに来たとは思えない、もしかして…

「…どうやら、…アタシ達とんでもない車両に乗っちゃったみたいよ…メルクちゃん!エリスちゃん!」

ニコラスさんの叫びとともに、周囲に乗り合わせていた商人が 家族が老婦人が凶悪な顔をエリス達に向け銃を取り出してきた、こいつら全員マレフィカルムなのか!?というよりも正気か…この列車ごと吹き飛ばすつもりだったのに その列車に乗り合わせエリス達が外に出るのを防ぐつもりだったなんて…正気じゃない こいつら

「ぎゃぁぁぁあ!!!なんだよこれぇぇ!全員銃抜いてんじゃないか!どーすんだよこれぇぇ!!列車の中じゃ逃げ場がねぇじゃねぇか!」

「とにかく囲まれたらマズイわ!機関室に向かうわよ!そこで後ろの車両前部引き離して逃げましょう!」

「了解!」

突如として訪れたマレフィカルムの襲撃、車両に乗っている人間全員がエリス達を殺しにきた刺客だというのだ、確かに列車の中では逃げ場がない 狭い室内で銃撃戦になれば数で勝る奴らが有利だ…

「伏せていろ!ザカライア様!」

「ひぃぃぃ!!」

メルクさんは一瞬で銃を引き抜くと向かってくるマレフィカルム達の銃撃戦に応じる、木の背もたれを遮蔽物に錬金銃をぶっ放す、向こうは数に物を言わせて物凄い勢いで撃ってくるが そこはメルクさん…細かい隙を見つけては着実に銃撃を命中させ 一人また一人と肩や腕に鉛玉を受け血を吹き散らし倒れて行く、が 数が減っているようには見えないな

「エリス!反対側を頼む!」

「はい!」

エリス達は列車の中段に位置する場所に座っていたこともあり、前からも後ろからも攻められる、今は背もたれを遮蔽物にしているがこんなものでいつまでも防げるとは思えない、迎撃しなければいずれ蜂の巣だ

メルクさんが前を担当するなら エリスは後ろだ、背後を覗けばひぃふぅみぃ…10人ほどが銃でエリス達を狙っている

あんまり派手な魔術を使ったら列車が壊れてしまいそうだし、ここは加減して…

「大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍』!!」

列車の中という室内に置いて 異質とも言える風が吹く 、それはエリスの手の中で渦巻き力を増し、その意思に従い眼前の敵達に向けて打ち出せば それは穿ち抜く颶風になり 切り刻む鎌鼬となる、相手の隠れている遮蔽物ごと風でなぎ倒し 全てを吹き飛ばす

「うぐぁぁぁあっっ!?!?」

「ひぎやぁぁあぁぁあっっ!?!?」

敵は悲鳴の中 風に吹き飛ばされ壁や地面に叩きつけられていく、というか あまりの風の強さに窓が全て割れゴトゴトと列車全体が横に揺れる…あわわ やりすぎた

「エリス!やり過ぎだ!崖底に列車を落とすつもりか!」

「ごめんなさい!思ったよりも列車が揺れやすくて…」

もう既に列車はクリソベリル大橋に差し掛かっている、下手に列車を揺らせば崖下に真っ逆さまだ…そうなれば助けるものも助からない

「アタシが道を切り開くわ、エリスちゃんとメルクちゃんは援護お願い!」

「お…俺は?」

「撃たれないように着いてきて!」

そういうなりニコラスさんは銃撃戦の雨の中躍り出て行く、凄まじいのはその身体能力と弾道を見切る瞬発力 まるで人混みでも避けるかのように鉛玉の雨を避けながら進んでいく、弾丸が見えているとしか思えない、流石はメルクさんとグロリアーナさんを率いていた大隊長だ

「なっ!?アイツ物凄い勢いでこっち突っ込んでくるぞ!」

「構わない!撃ち殺してしまえ!」

なんて声が銃声の隙間から聞こえてくるがもう遅い、気がついた頃には接近を許しており銃のアドバンテージは消え去ることになる

拳一撃顎を跳ね、蹴りの一撃関節を砕き、後ろから黒服の首を腕で締めれば一瞬でコキリと音がする、ものの数秒だ 数秒で10人近い相手を制圧してしまった…しかもあの様子じゃ例の錬金術も使ってないみたいだし、本当に強いな この人…

「さぁ!どんどんいくわよ!後ろからも来るみたいだしね!」

「了解!エリス!後方の注意を!」

「はい!ほらザカライアさんも!」

「うぅー!情けねぇ!」

車両を乗り換え前へが進む、目指すは機関室 そこを制圧してしまえば後は単純 後ろの車両全て切り離してしまえば向こうは加速を失い エリス達だけ目的地までトンズラできる、機関士まで黒服達の仲間でない事を祈ろう

扉を開け 次の車両に出れば…

「来たぞ!ここで撃ち殺せ!」

もはや隠す気すらないのか 全員が黒い服を身に纏い銃を構えてこちらを警戒していた、当然か そりゃ待ち構えているよな、エリス達が姿を見せるなり奴らは引き金に指をかけ

「『Alchemic・steal』!!」

前へ躍り出たニコラスさんがその身を盾にし銃弾を防ぐ、錬金術を用い体を鋼に変えた彼の防御を抜ける銃などなく 全て火花を散らして四方へ跳弾する

「エリスちゃん!メルクちゃん!今のうちに!」

「エリス!合わせろ!『Alchemic・Water』!」

「はい!今度は抑えめに…輝く穂先響く勝鬨、この一矢は今敵の喉元へ駆ける『鳴神天穿・乱舞』!!」

メルクさんの放つ銃弾が 黒服達の目の前で弾け 水となって奴らを濡らす、それを見るなりエリスもまた放つ 鳴神天穿を…いやその応用版 鳴神天穿・乱舞を

指先から細い雷を放つ鳴神天穿を五指から放ち 薙ぎ払うように前方で振るう、鳴神天穿の貫通力は失われるが代わりに電撃量が増すため、ずぶ濡れの人間ぐらいなら簡単に昏倒させられる

「なっ!!水…しまっ ぐがががががっっ!!」

水を浴び電気を浴びる 意識を刈り取るには絶好のコンビネーション、目の前で固まっていたこともあり全員を即座に感電させ 気絶させることに成功する、黒服達の末端の隊員程度なら 相手にもならない

「さぁ!どんどんいくわよ!」

「この次は機関室の筈だ!これでも開発に携わってんだ!少しくらいなら動かし方もわかるぜ!」

「凄いですねザカライアさん!」

「少しだけだからな!あんま期待すんなよ!」

そう言いながら倒れた黒服達を踏み越え 機関室の扉に手をかけるエリス達 先に敵がいた場合に備えニコラスさんを先に 動かせるというザカライアさんを続かせ、エリスとメルクさんで後方を警戒する、そう…背後を振り向いた瞬間

「エリス!」

「ッ……!!」

突如 後方から飛んできた何かを咄嗟に籠手で弾き飛ばす、これは…ナイフだ それも見覚えのあるナイフ、これは…

「仕留め損ないましたか」

「メルカバ!?」

後ろの車両からゆっくりと現れたのは 戦車のヘットが右腕…この国に蔓延るマレフィカルムのナンバー2に位置する存在 メルカバだ、彼女は徐に懐から二本ナイフを取り出し臨戦態勢を取る

そりゃいるよな…!黒服達がこんなにいて 万全を期するならこいつが居て然るべきだ!

「ザカライア様 ニコラスさん!先へ行ってください!、車両を切り離す準備を…!」

「…今度こそ全員仕留めさせて頂きますよ、ここは大橋のど真ん中 今度は窓の外へ逃げるなんて真似は出来ませんからね」

外を見れば絶賛橋を渡っている最中だ、確かに前回みたいに煙幕で外へ なんて真似できない、というか下手したら 車両を切り離してもかこいつだけ追いついてくる事もあるだろう、…ここで倒しておきたいが エリスは前回こいつにも惨敗している

…勝てるか?……

「フッ、なんて…この橋には既に爆薬を仕掛けてあります、貴方達はどの道ここで死ぬのです」

「な 何を…!正気ですか!自分達ごとこの橋を爆破して…そこに転がっている黒服達もみんな死にますよ!」

「皆 魔女の意志をここで潰えさせる事が出来るならと 喜んでこの作戦に参加してくれた者達です、憎き魔女に一矢報いて死ぬなら 皆本望でしょう」

やはり最初から死ぬ気だったか!というかマズイぞ 橋に爆薬が仕掛けてあるということはこのままじゃ列車ごとエリス達は木っ端微塵にされ橋の下に落とされる事になる そうなればエリス達は……一体どうすれば

「さぁ、死のその瞬間まで 私と踊ってください」

「このままでは橋ごと…か、仕方なし……エリス、信じているぞ」

「え?」

メルカバがナイフを構えた瞬間 メルクさんがそんなことを言うのだ、信じている その言葉の意味を理解するよりも前にメルクさんは反転し 列車の連結部分に銃を向けると

「『Alchemic・bomb』」

「なっ!?」

放つ銃弾を爆弾に変え 列車の連結部分を吹き飛ばしたのだ、その瞬間エリス達の乗っている車両は速度を失い泊まっていく、対する機関室は重りを失いか急加速し…

「メルクちゃん!何してるの!」

「ニコラスさんは先に次の街に行って待っていてください!、どの道メルカバは倒さねばなりません 私とエリスでこいつを倒します!」

「何を考えている!」

「貴様らが捨て身だというなら我々もが捨て身で挑むまでだ!」

刹那切りかかってくるメルカバの斬撃を銃で受け止めながら メルクさんは叫ぶ、確かにこいつはここで倒さねばエリス達はクリソベリアで同じようにメルカバから不意打ちを受ける事になる…しかし

そう言葉を続けようとした瞬間

「ぐぉっ!?は 橋が!」

「爆薬が起動したようですね、もう貴方達は助かりませんよ…!」

橋脚部分が弾け飛び エリス達の乗っている車両が大きく揺れ 自由落下を始める、このままじゃこの車両がエリス達の棺桶に…

いや、そうか 信じてるってつまり…

「飛べ!ってことですね!颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』!!」

即座にメルクさんの手を掴み 旋風圏跳で窓の外へと飛び出す、既に橋は瓦解し始めており車両は渓谷の底へと落下していく、メルクさんを抱えたままでもエリスなら容易に飛ぶことが出来る

そうか、こうやってメルカバを列車内に引き止めて エリス達だけで外に出れば、奴は列車と共に奈落の底、二人だけ無事に離脱出来る そういう寸法か!

「よし!よくやった!エリス!」

「はい!、あ!ちゃんと口を閉じておいてくださいね!上まで一気に飛びますので…」

上へ向けて飛び立とうとした瞬間 エリスの肩を鋭い激痛が貫く…

「ぐっ!?がぁっ!?」

「エリス!?これは…まさか…!」

エリスの肩に突き刺さったのは 先程メルカバの構えていたナイフ、見てみれば奴は落ちる車両から半身を飛び出しエリス達に向けてナイフを放っていたのだ…くそ、やられた 激痛で一瞬集中を失ったせいで 旋風圏跳の制御が乱れた、上へ向かうどころか跳ぶことさえままならなく…

「エリスーッ!メルクーッ!」

走り去る機関室から顔を出すザカライアさんの叫びが渓谷に木霊する中 エリスとメルクさんはゆるりゆるりと回転するように。橋の下 闇の中へと消えていくのであった
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