孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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四章 栄光の魔女フォーマルハウト

75.対決 瞬鬼メルカバ

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「エリス!…無事か!」

「はい…なんとか、下が川で助かりました…」

エリスとメルクさんは 列車でクリソベリアに向かう最中 マレフィカルムの…ヘットの右腕であるメルカバの襲撃を受け、橋を破壊され二人で渓谷の下まで落とされてしまったのだ

メルカバの放ったナイフの所為で旋風圏跳を乱され上へ戻ることも叶わず、なんとか地面に叩きつけられて死ぬことだけは防ごうと二人の体を持ち上げながら落ちた先には大きな川

トマトみたいに床に叩きつけられて爆ぜる未来だけはなんとか解決し、…全身びしょ濡れになりながら今に至るというわけだ

「メルカバは…あの列車はどうなりましたか?」

「見た感じ 近くに落ちたようだがどうなったかまでは知らん、メルカバに関しては…生きている可能性が高い、あのレベルの使い手だ 何をどうして生きる残るか計り知れんからな」

生きているか…確かにそんな気がする、ブルブルと体を振るい水を落とし 周囲を見れば…うん渓谷だ普通の、大きな山と山に挟まれた下には川と緑豊かな森が広がっている…こんな大自然 デルセクトに入ってから見るのは久しぶりだ、いつも列車移動だったからな 

「ともあれ、これからどうしますか?」

「メルカバがどうなったか確認したいからな、落ちた列車を探そう…奴の死体を確認せねば」

「それには及びませんよ…」

刹那、声が響く…聞き慣れた というほど聞いたわけではないが、先程まで聞いていた声だ いやでも声の主は分かる

「メルカバ…、やはり生きていたか」

「それはこっちのセリフです、しぶといですね あの高さから落ちたというのに」

鬱蒼とした森の闇を切り裂き 現れるのは黒いコートを身につけた女 メルカバだ、その体に傷があるようには見えない、音速近いスピードで動ける彼女の事だ 咄嗟に列車を飛び出て自分だけ助かるくらい造作も無いだろう

「まぁ、いいです この手で始末できるなら」

「我々も同じ思いだ…、貴様は先に潰しておきたいと思っていたんだ、ヘットの懐刀として自在に動き回れる貴様ははっきり言って脅威だ、ここで倒す!」

「出来ますかね、貴方達二人に」

そういうとメルクさんは銃を メルカバは懐からさらにナイフを二本取り出す…、ここでコイツを放置する危険性ははっきり言ってか無視できないくらい高い 、二人掛かりで倒せるならそれで一番だ

確かに前回エリスはメルカバを相手に惨敗したが、それはエリスが一人の話だ 今回はメルクさんも共に戦ってくれる…今回なら いや 今回こそ勝つ!

「…………」
両者 奇妙な沈黙の中 睨み合う、ナイフと銃とエリスの魔術 それぞれが敵の方を向き、隙を伺う…メルカバの鋭い視線から エリス達を消し去ってやろうという禍々しい殺意が噴き出し、より一層 強くなる

「っ…!」

動く 先にメルクさんが銃を抜き引き金を引きながらメルカバへ銃口を向け、幾度 錬金銃が火を噴く、しかし

「『ソニックアクセラレーション』」

響く銃口 木霊するメルカバの詠唱、来た 加速魔術! メルカバの唯一にして最大の武器、それは人体では決して再現出来ない 絶対に出し得ぬ耐えられぬ速度を無理矢理引き出し音速に近い動きにまで加速する魔術

それを用いて加速したメルカバは降り注ぐいくつもの鉛玉をナイフで全て切り落とし叩き落とす、火花飛ぶ閃光の中 刹那メルカバの瞳がギラリと光…っ来る!!

「ぐぁっ!?」

「チッ…防ぎましたか」

咄嗟に腕を上げ籠手で首を守る、すると次の瞬間には籠手にとてつもない衝撃が走りエリスの体が後ろへと吹っ飛ぶのだ、鉛玉を弾きながら一瞬でメルカバはこっちにすっ飛んできたんだろう、殺気を感じ咄嗟に致命傷だけは避けようと勘で動いて正解だった 一瞬でも判断が遅れていれば今の一撃でエリスは…

今回は、奴も本気らしい

エリスとすれ違いざまに斬撃を加えたメルカバはそのままエリス達の背後まで飛んでいき…ってあいつ川の水の上を走ってるぞ!?

「ノロマですね、ここも隙だらけあそこも隙だらけ、どこからでも斬れます」

「チッ!くそっ!速すぎるだろう…こいつ!」

水の上を走り 風を追い越しメルカバは何度も斬撃を伴いながらこちらへ飛んでくる、斬られたと思った時には既に次の攻撃に取り掛かっている、エリスは防ぐので手一杯 メルクさんも隙を見て銃で狙うが…銃口が火を噴く頃には既にメルカバは遥か遠くに移動している

ダメだ、銃は当たらない 下手をしたら当たる寸前で回避されるまである…なら!

「すぅー!大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ『風刻槍』」

構え 風を放つ、虚空を穿ち切り裂く斬風は鋭く尖り真っ直ぐメルカバへ向かう…寸前で方向を変える

「おや?、これは…」

「避けられるなら 避けられないようにすれば良いのです!風刻槍・逆巻!」

風刻槍がいつもとは反対に回転し天へと向かう、反対の風 押し出す突風ではなく吸い込む吸引、それは周囲の物を引き込みその中でズタズタにするまさしく竜巻、周囲の石や小枝を含んだ竜巻は自然のミキサーと化している

奴が逃げるなら それを捕まえるまで、どれだけ速く逃げても竜巻の風は奴を捕まえる 、足でも滑らせたその時が奴の最後だ!

「ほう、吸い込むつもりですか」

「貴方が速く逃げるなら、エリスはそれを捕まえるまでです」

「はてさて、そんなに上手くいきますかね…『ソニックアクセラレーション』!」

するとメルカバは加速し 逃げる…のではなく逆に竜巻に飛び込み中に消える、あの中は小石や枝で充満してるんだ 無傷でなんかいられるわけが…そう 一瞬思うか思わないかの速さで、それは現象として現れた…

「竜巻の中を…走ってる…?」

信じられないことにメルカバは荒れ狂う竜巻の中を何もないかのように同じ方向にそれ以上とスピードで走り 走り 走り、どんどん加速していく 

メルカバが走りか生まれる旋風はやがて竜巻を内側から食い破りエリスの作り出した風はいとも容易く破られてしまう、速い ただそれだけで奴はエリスの魔術さえ破るのだ…これじゃあ風は効かない、事の大小 威力のあるなしではない、風より速く走れる以上 奴に風ではダメージを与えられ…

「ぐふぅっ!?」

「ほら、効かない」

風を消し去った勢いのまま突っ込み、エリスの腹に全速力の乗った蹴りが突き刺さる、速さ それは時として武器になる、ただ速く打ち込むだけで軽い一撃も重撃と化す、エリスがいつもやっていることを 逆にしかもそれ以上の威力でやられた…

「ぁが…!ぐぶぅ…」

しかも吹き飛ぶエリスに追いついて さらに追撃まで飛んでくる、神速の拳 音速の脚 瞬速の連撃、殴られたと頭で理解する頃には蹴りが直撃しており 悲鳴をあげる暇さえない連撃が次々とエリスの体に叩き込まれる

もはや何処をどう打たれてるのかさえ理解できないくらい速い、しかもどれだけ吹き飛んでも奴はそれに追いついて二の手三の手を繰り出してくる、反撃どころの騒ぎではない

「ぁ…がぁっ!?ぐぇっ!?」

「このまま嬲り殺しましょうか?それとも…ふふふ」

「図に…乗るな!」

「むっ…」

咄嗟にメルクさんが軍刀を振るいエリスの助けに入ると、丁度停止したメルカバの髪に刀が触れ はらりと毛先が舞う、あれ?今…攻撃が当たりかけた? 

「邪魔ですね…貴方」

しかし、その反撃もまた超高速 虚空にキラリと無数の閃光が走ると…、いつのまにかメルクさんの身体中に傷が現れ血を噴く、見えない 攻撃一つとっても音速の近いのだ…防御も回避もできようはずもなく メルクさんはそのまま地面へとつんのめり…

「ぐぁっ…き 斬られたのか?…私は…」

「ぅ…くぅっ、メルクさん…!」

「他愛もない、二人でかかれば倒せると思いましたか?」

物の数分で エリスとメルクさんは無様に地面に倒れ伏す事になる、速い…ただ速いだけなのに、たったそれだけで絶対的な武器としてエリス達を完封する…、デタラメな速度にエリス達はついていけな なんの対策もなしに二人掛かりでかかっても勝ち目がない

「くっ…」

「魔女の意志とはいえ 未だ芽吹くこと無い未成熟な存在、今なら私でも刈り取れます、…魔女の意志は決して生きていてはいけない存在…ここで殺します」

「何を勝手な事をほざいている…、そんなことさせるわけがないだろうが!」

メルクさんが立ち上がる、全身から血を噴きながら根性と正義感だけで立ち上がる、…エリス負けてられないとばかりに痛む身体に鞭を振り立ち上がる、がそれでもメルカバは顔色一つ変えない そりゃそうだ、今のと同じ事をもう一度すれば エリス達を倒せるんだから

正直旗色は悪い、最悪だ…だからここは一旦…

「すぅ、起きろ紅炎、燃ゆる瞋恚は万界を焼き尽くし尚飽く事なく烈日と共に全てを苛む、立ち上る火柱は暁角となり、我が怒り…体現せよ『眩耀灼炎火法』」

地面に いや川の水に向けて紅蓮の炎を放つ、灼熱と呼んでいいそれは一瞬にして川の水を蒸発させ辺り一面を水蒸気で包み あっと言う間に世界は白く染め上げられる

「むっ、また煙幕ですか…!」

「メルクさん!森の方へ逃げましょう!仕切り直します!」

「あ…ああ!分かった!」

メルクさんの手を引いて森へと逃げる、目の前が見えずとも記憶と方向感覚だけを頼りに霧を抜け森へと走るこのまま開けた場所で戦っても勝てない、なら一旦隠れて 考える

メルカバを倒すには ソニックアクセラレーションの攻略が必須だ、あれをどうにかしない限りエリス達はまたさっきと同じように二人まとめて倒されてしまう、何か…攻略の糸口を探さなくては

その為に今は出来る限り距離を取ろうと森へと走る、木々を飛び越え茂みを突き抜け道無き道をひた走る




ガサガサと茂みを揺らし 森の少し開けた場所に出る

「ふぅ…ふぅ、かなり走ったな…」

「はい、とはいえ奴のことです 直ぐにエリス達を見つけてくるでしょう、それまでに何か策を考えないと」

無策では勝てない、あのデタラメなスピードはほぼ全ての攻撃を無効化する、あの動体視力 は後出しで動いても先手を取ってくる、何か方法を考えない限りまた同じようにエリス達はボコボコにされる…それは避けないと

「策と言っても、何も思いつかんぞ…いっそさっきのように水浸しにしてから感電させるか?、川の上に誘き出して通電すれば奴とて避けられまい」

「どうでしょうか、奴のスピードは異常です、エリス達が雷の魔術を使った瞬間 水から出てこっちに突っ込んできてもおかしくないし、そうなればさっきの二の舞です」

「むぅ、た 確かに いくら雷が速いとはいえ撃つ我々のスピードが大幅に劣っている以上 どうしようもないな」

問題なのはそれを支える動体視力だ あれはエリス達の筋肉の動きを見て攻撃や行動を先読みしそれを上回る速度で対応してくる、後の先を常に取られてしまうのだ…水に伝わる電気の速度がいかに速くとも 水に通電しようとしているエリス達を見れば メルカバも直ぐに察して対処してくる

難しい、メルカバはレオナヒルドのように多彩な魔術を使わない たった一つ自分にあった魔術を極めるだけで、あんなにも強くなれるものなのか…

「何か良い手はないものか…、有効と言えば あの煙幕か」

「煙幕…確かにあんなに速いのに煙幕を使えば確実に離脱出来ますよね、煙幕突っ切って一瞬で追いかけてきてもいいのに…前回も今回も決して追いかけては来ませんものね、なんでですかね」

「そりゃ見えていないからさ、煙幕とはそも相手の視界を奪う物 何も見えない状態で無闇に動くほど奴もバカじゃないんだろう、奇襲や罠の可能性を案じて その場で警戒するのは当たり前だ…、何も見えてないからこそ奴も受け手に回るのさ」

「なるほど、じゃあ煙幕に乗じて不意打ちしても返り討ちですか……いや、見えてない…見えてないといけないのか…」

何か 引っかかりを覚え反復する、見えてない そうだ…見えてないんだ、これを利用すれば奴のソニックアクセラレーションを攻略出来るかもしれない、…いや待てヘットの例を思い出せ 如実な弱点をそのままにしておく程奴らは甘くない、もう一捻り加えないと…

…少し危険だが…こうすれば…うん、エリスの仮説が正しければ奴はソニックアクセラレーションの最中 奴も無意識のうちにしている行動がある そこを突けば

いける、攻略出来る メルカバを ソニックアクセラレーションを…

「どうした?エリス 急にブツブツと呟いて…何か思いついたのか?」

ふと、気がつくとエリスの思考が表に出てしまっていたようだ…しかし、そうだな メルクさんの言う通り、思いついた

「ええ、閃きました…これを突けば 奴のソニックアクセラレーションを攻略出来ます、奴も想定していない いや 想定していてもどうしようもない、メルカバ自身の欠陥を突きます」

「なんだと!本当か!、一体どうするんだ?」

「いいですか?、これは …まぁはっきり言ってとても危険ですが、まずエリスが……」


……………………………………………………

風切り音が茂みを切る 質量を持った颶風が葉を切り裂き、森の中を進む…それはこの地上に存在する物体の何よりもが速く動き鬱蒼とした緑を突き抜け それは現れる

「ここに居ましたか、森を抜けてとっくに逃げたものと思いましたが…ここで私を迎え撃とうと?」

森を突き抜け 木々の晴れた森の中ぽっかり空いた自然の広場の中央で腕を組み立つエリスを見て、現れたメルカバは呆れたように呟く

エリス達を見失ってより数分、メルカバは音速近い速度で森中を飛び回りようやくエリス達を見つけたようだ…

「はい、今度こそ ここで貴方を倒します」

「ここで?…ここなら木が邪魔して私が自由に動けないとでも思っているなら、見当違いも甚だしいですよ、例え針の山であれ私は障害物を避けて飛ぶことができます、森の木程度では 私の跳躍を阻むことは出来ません」

これは事実だろう、実際に彼女は今さっき森の中を超スピードで、駆け抜けて現れた…エリスがここで迷宮を作り出しても彼女は一瞬で踏破するだろう

迎え撃つエリスを見て 嗤うメルカバは両手にナイフをだらりと垂らしたまま、フラフラと余裕ぶって 広場へと足を踏み入れエリスと相対する…

「おや?、メルクリウスはどうしました?あなた一人ですか?」

「ええ、彼女はやらねばならないことがあるので 先にこの場を離脱させました、貴方程度 エリス一人で十分ですので」

周囲を見渡せばメルクさんの姿はない、エリス一人だ エリスは今一人でメルカバを迎え撃とうとしている、その事実に彼女はまたも嘲笑で返す

「一人でも負け 二人掛かりでも負け…それでもなお一人で挑むと?、大した自信…何やら秘策がある様子、ですがそれすらも私は振り切って見せましょう…勇気と蛮勇を履き違えた愚か者に今度こそ 徹底的な死を!」

メルカバがナイフを逆手に構える…、答えるようにエリスもまた構える、さぁここから勝負 …メルカバと最終決戦だ、今度こそ 彼女を倒す!

「『ソニックアクセラレーション』!」

「っ…!」

詠唱が終わり 瞬きを一つする間に エリスとメルカバの間にあった距離は、一撃で詰められる いやもはや詰められていると言っていいほどの速度 踏み出すモーションさえ見えない超高速、だが!

「がぐっ!!」

防ぐ 籠手で体を守り斬撃を防ぐ、しかしその余りの衝撃にエリスの体は宙へ浮く…もし今の斬撃を体で受けていたらエリスの体は真っ二つだったろう

危機一髪と言っていい防御、しかし これで確定した…やはりメルカバは その弱点を無意識に晒している

「ほう、一度ならず二度までも防ぎますか」

「っ!振るうは神の一薙ぎ、阻む物須らく打ち倒し滅ぼし、大地にその号を轟かせん、『薙倶太刀陣風・扇舞』!」

既に一撃を加え離脱しているメルカバに向けて手をかざし 風の斬撃を放つ、砂埃を上げ迫る斬撃を振るうように繰り出し メルカバに向けるが

「甘い!」

斬撃が触れるよりも早くそれを通り抜けるように消えた瞬間 エリスの顔面に蹴りが飛び 思わず頭が胴体を離れ吹き飛びそうになるのを必死に堪える、おかしいのは蹴られたはずなのに蹴った張本人の姿が見えないのだ

「こっちですよ!」

なんで探している間に後ろから斬撃が飛びエリスの背中を斬りつける、速い 分かってはいたけど目で終えない、とっくに極限集中は発動させているというのに影さえ見えない、斬撃に反応して振り向くと今度は右側面から拳が飛んでくる 急いで構えれば死角から鞭のようにしなる蹴りが飛ぶ

「ぐぅっ!」

「秘策があるんでしょう?このままじゃあそれを出す前に死んでしまいますよ!」

「わかっ…てるよ!」

もがくようにジタバタ手を振り 転がるようにとにかくその場から離れる、ダメだな やっぱわかってても避けられるもんじゃないわあれ、しかし あの超高速には超高速であるがゆえに弊害が存在するのは確かなんだ、デメリットで使われなくなった魔術をどんなに上手く使ってもそのデメリットは消えない

「なら見せてあげましょう エリスの秘策を!…すぅ、水界写す閑雅たる水面鏡に、我が意によって降り注ぐ驟雨の如く眼前を打ち立て流麗なる怒濤の力を指し示す『水旋狂濤白浪』」

攻撃から逃れながら詠唱するは水旋狂濤白浪…大量の水をその場に作り 全てを洗い流す所謂所の水魔術、それを頭の上に展開し、巨大な水球がエリスとメルカバの頭上に浮かぶ、これで第一段階

そして次いで魔力を高め 極限集中による詠唱省略で発動させるのは…

(…『眩耀灼炎火法』…』

眩耀灼炎火法…圧倒的熱量を持つ紅蓮の炎で周りの物を焼き尽くす所謂炎魔術、これをベオセルクさん戦で使った時同様 合体魔術として行使する、巨大な水の塊に莫大な熱をぶつければどうなるか?そんなもの決まっている 

あの蒸気機関都市ミールニアがいつも霧に包まれていたように、辺り一面に蒸気が立ち込めるのだ

「これは…さっきのと同じ蒸気による煙幕ですか」

水の塊は火で炙られ一瞬で爆発するように蒸発し そして冷やされた蒸気はゆっくりとエリス達のいる森へと降り注ぎ、あっという間に世界は白く染められる…そうだ さっき川でやった煙幕 それを魔術だけで再現したのだ

これで、エリス達の視界は一寸先は闇 いや 白、どこに何があるかさえわからなくなった

「これで、何も見えませんよね…」

そうだ見えないんだ 、これで…メルカバは何も見えなくなった、つまりこれで……



「つまり、貴方の秘策とはこうです …私の超高速の移動を支えるのはこの目 動体視力にある、この動体視力のおかげで私は どれだけ速く移動しても壁に追突し死ぬようなことはない、しかしその目を封じればそうはいかない…いくら私と言えども何も見えない中での高速移動は障害物に追突する恐れがあり迂闊に動けない…と」

白の世界にメルカバの淡々とした声が響く、今 エリスが考えていたことと同じ内容の話だ、見えていなければ動けない 目をつむったまま森の中を走れる奴がいるか?、大体の奴は何かにぶつかる事を恐れて スピードを出せない、もし全力で駆け抜けることができたとしても 何かにぶつかって倒れるのがオチだ

メルカバの超高速もそうだ、彼女は見えているから何にもぶつからない 見えているから超高速で攻撃できるんだ、なら その目を潰せば…

「煙幕を張ったら私が追いかけてこないところから思いついたんでしょう、考えましたね だから障害物の多い森で 目くらましをし、ソニックアクセラレーションを使えば自爆しかねない状況を作り上げたと…これが貴方の秘策ですか、しかし」

しかし、…そう聞こえた …しかし と

「浅慮 あまりに浅慮、この程度でソニックアクセラレーションを攻略した気になるなど、この程度の弱点 私が放置するわけがないでしょう…『ソニックアクセラレーション』!」

すると、白い世界の奥から 地面を擦るような異音が聞こえる、キュルキュルと爪先が床を擦り エリスの頬を風が撫でる、そうだ この森の中で異様とも言える風が吹き荒びエリスの作り出した霧がどんどん飛ばされて晴れていく…

「一つの魔術を極める上で その弱点を把握することは基本中の基本!目潰しをされても相応に動けるよう 対策を考えて然るべきです!、煙幕を張り離脱するならまだしも その煙幕に乗じて私を倒すことなど不可能ですよ!」

霧が晴れ メルカバの姿が見えてくる、回転だ その場で駒のように高速で回転し風を起こし霧を飛ばしたのだ、こうすれば煙幕を即座に吹き飛ばす事ができるのだ 、これがメルカバの煙幕破り これがメルカバの弱点克服法、弱点を潰してこそ 初めて『使える』というのだ

「さて、煙幕が晴れましたね…何をしても無駄です」

「う うそぉっ!?こんな直ぐに…」

キュッと音を立ててメルカバが静止する、その目はしっかり エリスの方を捉えていた 煙幕が…破られた、来る そう予感し慌てて防御姿勢をとる

「フッ、秘策 敗れたり…大人しく死になさい!!!」

メルカバがナイフを構える これで終わりだと もはや争う術のなくなったエリスを今度こそ殺そうと全霊の一撃を繰り出してくる、ああ 渾身の煙幕が破られた これでもうエリスに出来ることは何もなくなった、後はもう嬲り殺されるだけだろう

「終わりです!『ソニックアクセラレーション』!!!」

音速の加速に入るメルカバを見て、迫る終わりを見て エリスは一人思う……


ソニックアクセラレーション 敗れたりと


「っガァッ!?!!?」

小さく悲鳴が上がる、エリスのではない メルカバのだ、超高速で飛び上がりエリスに襲いかかった筈の彼女は 虚空で制御を失い 方向を大きく誤りエリスの横を通り過ぎてエリスの遥か後方で転げ回っている

「な なんだ!、こ…れは…銃弾!、メルクリウスか!」

エリスの背後で混乱しているメルカバの肩口には銃創が血を噴き出している、飛び出した瞬間 その肩に銃弾を受け魔術の制御を失ったせいで、あらぬ方向へ飛んで行ってしまったのだ

「くそっ!やはり何処かに隠れていたか!、どこだ…!不意打ちなど小賢しい真似を…構わない、直ぐに探し出してやる『ソニックアセラレー……』」

慌てて立ち上がりナイフを構えながら周りの茂みを睨む、四方へ八方へ視線を飛ばし 何処かに隠れているであろうメルクさんを必死に探すメルカバ、その目にはもう エリスは映っていない


「すぅ、颶風よ この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を 力を 大翼を、そしてこの身に神速を  『旋風圏跳』」

その隙に 飛ぶ、風になり 風を超える速度で一歩踏み出し跳躍し、必死に周りを見回すメルカバに向け飛び上がり…!

「なっ、しまっ…ぁぐうっ!?」

蹴り飛ばす、その顔を 風の勢いの乗った蹴りで…当たった、メルカバに初めてエリスの攻撃が、今まで的確に避けてきたその攻撃が 芯を捉え避けることさえままならずメルカバは吹き飛ばされゴロゴロと転がっていく

「やはり…ですね」

「何がだっ!まずは貴方から潰しましょう!『ソニックアクセラレーショ…ぐぶぁっ!?」

エリスに視線を向け 魔術を使おうとした瞬間今度はその脇腹が銃弾により撃ち抜かれ膝をつく、やはりだ …やはりメルカバはその弱点に気がついていない、ソニックアクセラレーションという魔術に過信し 最大の弱点を見落としている

「くそっ!また!…一体どこから」

「やはり貴方は気づいていないようですね、ソニックアクセラレーションの…いえ メルカバ!貴方が自身の弱点に!」

「弱点だと…!、まさか…これが貴方の秘策か…!」

その通りだ、銃で撃ち抜かれてなお立ち上がるメルカバの前に立ちながら、腕を組む…勝利を確信するように

「そうです、貴方のソニックアクセラレーションは凄いです 本来なら誰にも使えない魔術を驚異的な動体視力を以ってして貴方個人の必殺技へと昇華した、きっと 才能以上に膨大な鍛錬をしやっと使えるようになったものなのでしょう、この動体視力と合わせ 貴方の技は無敵に近い」

「何を…言って…」

「だからこそ、同時に貴方は隙を作ってしまった」

「隙?…そんなものどこにも…!」

「これはソニックアクセラレーションを使う上でどうしても 仕方のないことですが、貴方 超高速で動いている際 移動先 もしくは攻撃対象以外の情報をシャットアウトしていますよね」

「な…」

考えれば普通のことだ、目を閉じて森を走れる者がいないように 余所見をして森を走れるものもいない、メルカバの場合はそれが更に著しい、いくら動体視力が優れているとはいえ目にも止まらぬ超高速 見える物が多くては頭が情報を処理しきれない

故に、メルカバはソニックアクセラレーションを使う時絶対に目標以外の情報を完全に遮断する、他に何があろうと どこに何があろうと、たとえ音がしても聞こえない程に集中して攻撃と移動を行なっている

対象が見えていないといけない 故にこうして目に見える相手が一人の場合 その視線は常にエリスに釘付けになる…つまり

「メルカバ!貴方は不意打ちに滅法弱いんです!、事実 ソニックアクセラレーションを使っている最中に銃声がしても聞こえなかったでしょう」

「ッ…!、不意打ちにだと…」

これがもし、通常の状態 ソニックアクセラレーションを使っていない状態なら即座に反応して、持ち前の動体視力で避けてくるだろう、だがソニックアクセラレーションを使うその瞬間は視野が極端に狭まり彼女自身が隙だらけになるのだ だって予め目的地を目に入れておかないと超高速に視線が追いつかないから

そうなると隙だらけだ、メルカバがエリス達の魔術の発動を見切って動くなら エリス達も詠唱の隙を突くことだって出来る、だって詠唱が終わるまでは メルカバは普通の速度なのだから

「破りましたよ、貴方のソニックアクセラレーション…ここでメルクさんを探そうと飛べばエリスが阻みます、エリスに向かってくれば 銃弾が飛びます、もう貴方はソニックアクセラレーションを使えない …魔術抜きでエリスに勝てますか?」

「偉そうに!バカに!!するな!」

歯をむき出しにして怒るが、…彼女自身その弱点を自覚して焦っているのだろう、何せ弱点とは言ったが 意識して治せるものでもない、だってそれをしないと使えないんだ 下手に余所見をしたり周りに気を配ったりして超高速で飛べば、他の使用者同様 壁に激突し死ぬ可能性があるのだから

それでも、彼女には それしか武器がない、一つの技を極めるのは強力だが それを破られた時のリスクまで考えておくんだったな

「ぐぅっっ!なら ならそれを上回る速度で倒すまで!、『ソニック……』」

瞳孔を開き ナイフをハサミのように構え、まさに放たれる弾丸のように身を屈め構える、最早冷静さはない 唯一の武器の否定それは彼女のアイデンティティの否定に等しい、認められるわけがない

だがそうじゃない、どれだけ速く飛ぼうとしても 発射段階で潰されるんだ、詠唱の速度自体はエリス達と変わらないんだ、そこが隙だらけであることに変わりはない

「ぎぃっ!?がっ…は…」

飛ぼうと 足を伸ばした瞬間 その太ももを鉛玉が貫き 鮮血と共にメルカバが地面に倒れ伏す、足をやられては最早飛べまい

「勝負ありましたね、諦めてください」

「ぐっ…くそ…くそ!、魔女の意志が 目の前にいるというのに…我が刃が届かないなど…私は…諦めるわけにはいかないというのに!」

取り落としたナイフを這いずりながら手に取るメルカバ、その目は執念に燃えており たとえこの命尽きようとも相手は殺す そんな意義込みが…覚悟が溢れている

「何故、そうまでして魔女を憎むのですか…どうして」

「何故…魔女から寵愛を受けたお前には分かるまい、魔女の加護を受けられず死した我が兄弟の苦しみを…姉妹の憎しみを、飢えて死んでいく家族を看取る我が無念を!!」

風穴の空いた足で 全身から血をながら メルカバは立ち上がる、殺意だ 彼女を立たせるのは悲しい殺意だ、流れる血は彼女が今まで流した涙の具現なのだ

「人を助けられない救世に意味は無し…、助けてくれない神に存在価値はなし…なら…ならいっそこの恨み 刃に変えて魔女に一矢…」

「貴方の家族は…魔女に殺されたわけではありませんよ」

「そんな分かりきったことを聞きたいのではない!、そんな…分かりきったこと、…私はもう魔女を信じない 限られた人間しか助けられないなら、誰も救われない方がよほどいい!」

もう…か、きっと彼女は冷たくなっていく家族を前に祈ったのだろう 魔女に、しかしその願いは聞き届けられなかった、信心は怨みに変わり 破綻したこの世に不条理な怒りを燃やす…

ともすれば 八つ当たりにも見えるその怒りを、エリスは否定できなかった…誰も助けてくれないから 誰しもを恨む、誰も悪くないのに 誰もが嫌いになる…その感覚には覚えがあるから

でも、認めるわけにはいかないんだ エリスは…魔女の弟子、師匠に救われた人間として 彼女達を真っ向から否定しなくてはならない、魔女に救われたエリスからの同情など 彼女はきっと欲しくないから

「エリスは、貴方を否定しません 肯定も、ただ 魔女を恨み続けるというのなら その憎しみ…何度でも受け止めましょう」

「ぐっ、…くそ…無念………うっ…」

血を流しすぎたか、失血によるショックか 倒れ伏したまま意識を失うメルカバ…、後で治療してやらねば 死なれては後味が悪いし、何よりヘットの右腕なら無理して捕らえる価値はある

「やったか?エリス」

「はい、ありがとうございます メルクさん」

すると茂みの奥から銃を背負ったメルクさんが現れる、彼女にはソニックアクセラレーションを使うその瞬間を見切り 狙撃で阻害してもらうように頼んだのだ、ただ狙撃するだけではメルカバは避けてくる だからエリスが矢面に立ってその注意を引く必要があった

それだけじゃない、油断を誘わねばならないが故にある程度戦闘をする必要もあった為 些か危険だった、偽の秘策を破らせ油断を誘い…一気に畳み掛ける、上手くいって何よりだ

「上手く倒せるとはな…、おいエリス 傷だらけだが大丈夫か?」

「はい、ポーションを馬車から持ってきているので、それを使います…それと同時にメルカバの治療を、このままでは失血死してしまいます…あ 足の傷はそのままにしておいてください」

メルカバはマレフィカルムだ、エリスとは相反する思想を持つ存在だ、しかしだからと言って見殺しにするのは居た堪れない、甘いと言われるかもしれないが それでもここで見殺しにしたら、…なんか違う気がするから

ただし悪いが足は傷つけたままにする、あの超高速を封じる意味合いも込めてそのままにさせてもらう

ポーチからポーションを取り出し傷を癒す、あんまり無駄遣いはしたくない 師匠がいない以上ポーションの補給はできないし、何より備蓄も多くないから…

「さて、汽車に置いていかれてしまったが…どうするか」

「大橋が壊されてしまった以上 次の汽車を待って…というわけにはいかなさそうですね」

「そうだな、次に止まる駅でザカライア様達がクリソベリアまでの移動手段を用意してくれていると信じるとして、ここから我々は徒歩 ということになるな…はぁ あの渓谷を超えてか、時間がかかりそうだな…オマケに コイツを抱えて向かわねばならんしな」

気絶したメルカバを指しながら溜息を吐く、一応 魔術で生み出した縄でしばりあげるつもりだから問題はないと思うけれど、出来れば引き渡したいところではある…ソニアさんの妨害が入らなければ以前のように捕まえても元の木阿弥ってことにはならないだろうし

「二人を抱えてなら エリスは旋風圏跳で飛べますよ、傷も治りましたし 次の街までならなんとか持つと思います、それでも汽車で移動するより時間は関わると思いますが」

「旋風圏跳で移動か……ふむ」

すると、メルクさんは周囲を見回し小さく首を傾け考える、な、なんだろう 旋風圏跳での移動って嫌なのかな

「…よし、決めた エリス…次の街には寄らず ザカライア様達に合流せず 我々だけでクリソベリアを目指すぞ」

「えぇぇぇっっ!?え エリス達だけでですか!?ニコラスさん達は…」

「悪いが 黙って行く、恐らくニコラスさんとザカライア様は我々を信じて街で待つだろう、そして 恐らくそれはソニアの手の者に監視されている、また合流して移動すれば同じように襲撃を受ける可能性がある、なら…」

ここで エリス達は死んだことにする、エリス達がここで生きていることを知っているのはメルカバだけだ…今隠密行動に入れば 少なくともエリス達の見つけられる者はいなくなる、襲撃を受けることも警戒されることもない…

「メルカバはどうしますか?」

「どの道橋が破壊されたんだ その後調査のために軍が立ち入る…、ここに置いていっても問題あるまい」

「ニコラスさん達には…」

「後で謝る、だかー今確実に目は生き残ったニコラスさん達に向けられている、ザカライア様もニコラス様といれば とりあえず命の方は安全だろうしな」

「旋風圏跳といっても、時間はかかりますよ?」

「構わん、目下の脅威たる我々を排除したんだ 奴らも焦る必要はなくなったからな」

「…行くんですか?二人で」

「お前となら問題あるまい」

…二人で ソニアさんのところへ行き、決定的な場面を抑え ソニアさんを拘束、後に裏で何をしているかを把握…行けるか、いやメルクさんのいう通り絶好の機会であることに変わりはない、ニコラスさん達には悪いが…ここは

「わかりました、行きましょう 二人で…クリソベリアへ」

「ああ、この一件に幕を閉じる この国を腐りせる柱の一つを 切って落とすぞ」

メルカバを縛り上げ、エリス達はその場を後にする…向かうはクリソベリア、この一件の黒幕の一人 ソニアさんのいるクリソベリアへ

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