孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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九章 夢見の魔女リゲル

267.魔女の弟子と宿敵

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「ぎゃははははははは!お前ほんとビリヤード弱えな!」

「うるせぇ!、なんかイカサマしてるんじゃねぇだろうな!」

「ぎゃはは!してるに決まってんだろ!、ここを何処だと思ってんだよ!、世界最高の犯罪都市 クライムシティだぜ?、真っ当にゲームする奴がここにいるかよ!」  

「だははは!そりゃそうだ!、なら俺もとっておきを見せてやらぁ!」

ここはアンダーグラウンド・クライムシティ…、一年半前 神将との戦いに敗れ投獄されたヘットが無界の奥地に作り上げた超巨大地下都市…、それは最早国と呼べる程の規模で広がっている

住んでいる住人は皆犯罪者、プルトンディースに投獄され 問題を起こし無界に送られた連中をヘットが拾い上げ住民として迎え入れ形成された街、ここに真っ当な人間はいない

皆が皆外道、皆が皆悪党、看守達の目の届かない地下奥深くで監獄のあり方を嘲る悪魔達の遊技場、それこそが アンダーグラウンド・クライムシティ…

ここにはなんでもある、酒 煙草 女 ゲーム 遊技という遊戯 娯楽という娯楽が全てある、罪を犯し投獄されたにも関わらず ヘットが外に持つ協力者が日々流してくる物資と情報を片手に皆が嘲る

『ザマァ見ろ、善人どもめ 俺たちはここで楽しく暮らしてるぜ』ってな

そんな地獄の中の天獄を作り上げた張本人にして黒幕ヘットは 騒がしい街の中を歩く

「お!おお!おーい!ボスぅ!、アンタが仕入れてくれたこの酒最高だよ!、こんなウメェ酒飲んだことねぇや!」

彼はこの街の英雄だ、何せ監獄に入れられただ死を待つだけの囚人達を娯楽だらけの天国に招いたのだから、この天国を己の手一つで作り上げたのだから、皆が皆彼を慕い 街を歩けば皆が彼をボスと呼んで寄ってくる

「あ?、ああ ソイツはエトワールから横流ししてもらった逸品だからな、ただ樽で山程流してもらった所為で酒蔵でも邪魔になってんだ、さっさと処理して新しい酒入れたいからガンガン飲んでくれや」

「うひょー!流石ボス!、任せてくれ!一瞬で酒蔵空にしてやんよぉ!」

「ははは、頼もしいなぁおい」

「おーい!ボス~!こっち来て一緒にカードで遊ぼうやー!」

「また今度な、俺は忙しいんだ 仕事が終わったらやってやるから、それまでイカサマの仕込みでもしてな」

「ボス!ボス!、俺さっき闘技場で五人まとめてぶちのめしたんだぜ!」

「そりゃすげぇ、二十人纏めて倒せたら俺が相手してやるから頑張りな」

次から次へと周りに囚人たちが集まってくる、皆が皆ヘットをしたいか目を輝かせて少しでも一緒の時間を過ごしたいとあれやこれやと声をかけてくる

そんな様を、面白くなさそうに冷ややかな目で見る金髪の女が一人、ヘットの斜め後ろをジッと付いてくる見慣れない女に、周囲の囚人はやや面を食らいながらも…

「へぇ、見ろよ イイ女がいるぜ」

「ヒュー、ありゃ上物だ…俺が現役だったら何が何でもモノにしてるぜありゃあよ」

薄気味悪く舌なめずりをする、美人だ かなりの美人なんだ、鋭く凛々しい切れ目に油断のない佇まい、あれは相当な上玉だ あんないい女を連れて回るなんて流石はボスと更に囚人達はヘットへの憧憬を募らせていく

「へへへ、ボスぅ いい女連れてますねぇ、娼婦って面には見えねぇ…、ボスの女ですかい?、もしよければ少しつまみ食いを…」

「ああ、こいつは俺の女だ 指一本でも触れたらぶっ殺すって周りの連中にも言っとけ」

「へへ分かりやした!、いやぁ流石はボス いい女を連れてますねぇ」
 
「だろ?、ほらとっとと行け」

「へい!」

近寄ってきた男を追い払うヘット、されど女は感謝するどころか辟易したようにため息を吐いて

「好かれてますね、貴方」

「まぁな、俺は部下には優しいんだよ それよかあんまりフラフラ歩くなよ、ここにゃロクでもねぇのしかいねぇ、喧嘩になったらえらいことになるからな エリス」

「ふんっ…」

とそっぽを向く女…いえ エリスは非常に面白くない心地ですよ、なんたってあのヘットに守られたわけですから

エリスとデルセクトで激闘を繰り広げたヘットとエリスは今奇妙な縁で結ばれて共に行動している、今でも不思議な心地だヘットはエリスを助けてくれるようだ、狙いは全くわからないが

にしても

「…………」

周囲を見回せば皆がヘットをボスと崇めている、それは彼がこの犯罪者の楽園を作った張本人だかというより、ヘットと言う人間が醸し出すカリスマゆえだろう

実際ヘットはアルカナに所属している時も部下には慕われていた、みんな彼のためなら死ねると本気で戦っていた、後になって思う ヘットの部下達はアルカナのどの構成員達よりも士気が高く連携が取れていた

それは偏にヘットが部下に優しく 部下を尊重しているからだろう、まぁ悪人だから切り捨てる時はあっさり切り捨てるが、それを差し引いてもみんなヘットについていきたいって雰囲気だった

それはここでも同じなんだろう

「言っときますけど、あの程度の男ならエリス一人でもボコボコですからね!」

「分かってるよ、だから止めたんだよ…お前ブチ切れたら容赦ねぇことくらいよく知ってる、ここには俺の可愛い部下しかいないんだ ボコボコにされるところは見たくねぇ」

つまり今のはエリスをあの下劣な男から守ったのではなく、エリスからこの街の住人を守ったと言うことか、まぁエリスも昔はヘットの部下を叩きのめして回りましたからね…

「そうですか…、で?今 何処に向かってるんですか?」

今、エリスはヘットに言われて何処かへと連れていかれている最中なのです、なんでも会わせたい人間がいるとか…

正直連れていかれた先で『この手でお前を殺したかったのさ!』とものすごい数のヘットの部下にリンチされる可能性はあるが、流石に両手がフリーになった今なら囲まれるくらいなら切り抜けられる

とはいえ相手はヘット、油断はしませんよ…ついさっき小悪党に騙されたばかりなのでね

「言ってなかったな、闘技場だ ほれさっきのやつが五人まとめてって話ししてたろ?」

「闘技場…、そんなものもあるんですね」

「ないとその辺で殺し合い始めるからな こいつら、殺し合うなとは言わないがやるなら見世物にしようって魂胆さ」

「エゲツないですね、いや…そもそもこの街に常識はありませんでしたね」

「分かってきたか?、この街の良さが」

「何処が、エリスが今まで見てきたどの街よりも酷いですよ!」

「……そいつはどうかな」

そういうとヘットは街の端にある闘技場へと向かう、というか見えてくる…、この街を囲む巨大な岩肌にぽっかりと開けられた大穴に立て掛けられた大看板には『ブッコロッセオ』と品のない言葉が汚い字で書かれている

闘技場が近づけば、その周辺にいる連中はみんなそう言う空気を纏った奴らばかりになる、何故か上半身裸で筋肉を晒しながら筋トレする大男、何故か刃物を舌で舐めている男、何故か柱の上で腕を組んで格好をつけている男、どいつもこいつも纏う空気がヤバい

…一人二人どころの数じゃない人間を殺してる奴ばかりだ、やばいなぁここの連中

「ここが俺のクライムシティ名物 『地下大闘界』だ」

「ブッコロッセオじゃないんですか?」

「その名前気に入ってないんだよ…、察せ」

まぁなんでもいいが…、なんて言ってる間にエリス達は闘技場の内部へと入っていく、既に周りにの空気は剣呑なものに飲まれており、叫び声と怒号の隙間から殴打の音が反響している

『ヒャハハハ!いいぞー!、ぶっ殺せー!』

『ああくそ!、またあいつの勝ちかよ!こうなりゃ俺が出であいつを殺してやる!』

『おい!まだかよ俺の番は!、俺にも殴らせろ!殴らせろ!』


「品がない場所ですね」

「この街にゃそんなものない」

カツカツと石を掘り出して作られた廊下を歩いているだけで 気が滅入りそうになるくらい品がない、まぁエリスも上品な人間とは言えないが…だとしても

「おい、うちのチャンピオンはいるか?」

と ヘットが声をかけるのは闘技場の受付係だ、黒髪で可憐な佇まいをしている為一見すれば地上世界にもいそうな人間だ…、目元のアイシャドウと耳と唇をつなぐ鎖が無ければだけど

「おやボス、チャンピオンですか?今日は試合に出ないみたいですけど」

「なら叩き出せ、『挑戦者が来た』って言えば 喜んで出てくるだろうよ」

「ちょ ちょっとヘット、エリスに会わせたい奴ってここのチャンピオンなんですか?、そんな人に会わせて何させるつもりですか」

「荒らくれ共のチャンピオン呼んで仲良くお茶すると思うか?、お前には今から試合に出てもらう、それもここのチャンピオンとの試合にな」

そ そんないきなり…、闘技場に連れてこられていきなりそこのチャンピオンと戦えって無茶苦茶な…それにそもそもなんでそんな事させたいんですか、貴方の目的はなんなんですかとヘットをに睨みながら詰め寄ると、彼は酷く真面目な瞳でこちらを睨み返しながら

「これからお前を脱獄するにあたって事前に済ませておきたいことが三つある」

「三つ?」

「まず一つはお前の実力を見せておきたい、こっちも危ない橋を渡るのに 道中で倒れるような奴を守るだけの余裕はないからな」

ヘットの中にある脱獄計画は 穏便に隠れてという形ではないようで、途中でなんらかの要因で倒れるようじゃそもそも脱獄は無理だと言いたいのだろう

「そして二つ、ここのチャンピオンに指名されてるんだ、エリスといつか会う機会があったら俺にも会わせろってな」 

「エリスを指名…」

そのチャンピオンとやらはエリスと戦いたいようだ、なんでエリスをと思わないでもないが…、大方ヘットがエリスの話をして チャンピオンがエリスに興味を持った…と言ったところか、ここの荒らくれ具合を見るに強い奴と戦いたい的なアルクカース感溢れる願望が芽生えてもおかしくはない

「んで、三つ目は…お前が闘うところを見てみたい、俺を倒して幹部全員ぶちのめして アルカナも消しと飛ばしたお前の成長した姿を 俺が個人的に見てみたい、…成長したのは体だけじゃねぇんだろ?エリス」

ニィッとこちらを見て笑うヘットの顔は、懐かしい顔だ デルセクトにいる時エリスに見せた狂気と悪意に満ちた嫌な顔、見てると寧ろ安心しますよ

そういうつもりなら受けて立ちますとも、何が相手だろうが構うものですか…!、魔術が使えなくてもエリスは戦えますからね!

「やってやろうじゃないですか、見せてやりますよ、どんだけ強くなったかね」

「そりゃいい、まずここのルールだが まぁ無いな、何してもいい 武器を使おうが毒を使おうが試合が終わった時立ってた奴の勝ちだ、卑怯はここじゃ褒め言葉だぜ」

「面白いですね、ややこしくなくていいです…」

何してもいい どんな事をしても勝てばいい、それはエリスがいつも身を置いている戦いの世界と同じだ、魔術や武具はないけれど…やってやりますとも

「よーし、んじゃあ行くぞ…」

「はい!、目ぇかっ開いてみてなさい!ヘット!」

受付を済ませ 闘技場の奥へと向かう、長い長い石の回廊、その先に見えるのは一際強い光と喧騒、まるで戦場を思わせる光の穴に向けて ヘット共に飛び込むように歩けば

『おお!?なんだ!?新しい挑戦者か!?』

『はぁ?、今日の試合はもう全部終わったはずじゃ…それになんだあの金髪のガキンチョは…見たことねぇぞ』

『ってボスじゃねぇか!、まさかボスが闘うのか!?すげぇもんが見れそうだ!』

『ボスー!俺ボスの大ファンなんですー!後でサインくださーい』

円形の闘技場の壁の上に設置された観客席は満員御礼、全員が全員殴り合いと血しぶきが大好きですって顔に書いてあるような悪人ヅラばかりだ、それがエリスを見て怪訝そうに首を傾げ ヘットを目を輝かせる…

なんていうか この空気感はアルクカースに似ているな、ラグナもアルクカースに闘技場を作ったって言ってたし男の人はこういうのが好きなのかもしれない

「おうおう、待て待て 今日闘うのは俺じゃねぇ、ここにいる女だ!」

『えぇー、ボスじゃねぇのかよぉ~、ってかあの女強いのかよ…見た感じヒョロいし すぐ殺されるんじゃねぇの?』

『ぎゃははは!、そういうことか!今日は女の殺戮ショーだって言いてぇんだな!ボス』

「まぁ、一方的な殺戮ショーにはなるでしょうね、するつもりですが」

「威勢がいいなエリス、まぁ そんな感じだ、俺は向こうが観戦してるぜ、上手くやんな」

そういうなりヘットは来た道を戻り 廊下の奥へと消えていく、その瞬間 出口へと繋がる廊下に古びた鉄格子が降りてきて 外と中を遮断する、これで 闘技の場は完成したわけだ

とくれば、今度はお相手の登場だろう…、ここのチャンピオンとは如何程かとエリスは向かい側の出口に目を向ける…すると

「俺をワザワザ指名するとは ボスも何考えてんだかなぁ、一方的な殺戮が見たいなら俺を使うんじゃねぇ…俺は強い奴としか喧嘩したくねぇんだよ!」

声が響く、野太く 力強い声が、それは闘技場内に反響しそれと共にドスドスと地面を揺らすような足音が木霊し……

うん?、今の声…何処かで…

『おお!しかも相手はチャンピオンかぁ!』

『これはいいもんが見れそうだ!、なんせあいつはこの闘技場が出来て以来一度も負けたことのねぇ最強の戦士!』

『強い奴としかやりあわねぇ誇り高き無敗の喧嘩師…、その戦いが観れるとは今日はついてるぜ!』

ゆらりと向こう側の鉄格子の向こうに現れる巨大な影を見て観客は大いに盛り上がる、一度も負けたことがない…それも強い奴だけを選んで戦って無敗と呼ばれるのだから大したものなのだろう…

だけでエリスの驚愕はそこにない、だって今の声…いや 今の声も聞いたことがあったからだ…

「だがボスには恩義があるからな、恩義に答えるのが俺の生き方だ…やってやろうじゃねぇか、おい!」

毛むくじゃらの腕がぬるりと現れ 下がった鉄格子を無理やり押し上げ、無敗の喧嘩師は闘技場へと入場する

圧倒的巨躯と隆々の筋肉に刻まれた古傷達彼の潜ってきた修羅場を想起させる、その身に滾る闘志はまさしく鬼…、それは全身から殺気を迸らせながら 吠える

「さぁ!、今日の相手は誰だぁぁぁあぁっっっ!!」

声だけで地下が揺れる、その凄まじさに観客全員が息を飲む…、これが無敗の男の威圧かと、エリスも黙る…けど気圧されてじゃない

やはりだ、やはりそうだ、エリスはこの男に会ったことがある!こいつは…こいつは…

「えぇぇえぇぇえええええええ!!?!?!?!?」

「あん?…」

思わずその顔を見て叫び声を上げてしまう、あんまりにも意外な顔の登場にヘットの時以上にびっくらこいてしまう、気を引きめしてなければ顎が落ちてただろうな

いやいやでも、何で貴方までここにいるんですか…、なんでこんなところに…あ 貴方は、いや お前は!

「山猩々ッッ!?!?!?!?」

「ああ?、誰だぁ?テメェ」

山猩々だ!、山猩々だよ!こいつ山猩々だ!

ムルク村にやってきた偽物の魔女レグルス…レオナヒルドが率いていた山賊団最強の男と呼ばれた巨漢、エリスの人生最初の相手であるあのゴリラのような巨漢が 今闘技場に現れたんだ

いやいやいやお前はなんでここにいるんだよ!、お前は友愛騎士団に捕らえられて…無いな?、山猩々は確か行方をくらませていたんだった…そういえば

ってことはこいつもオライオンに向かっていたってことか?、悪人みんなオライオン大好きか!?

「貴方山猩々ですよね!」

「なんだなんだ、なんで俺のこと知ってるんだよ…俺のファンか?」

「ンなわけないでしょうが!、エリスですよエリス!覚えてないんですか!ほらこの髪!見てくださいよ!」

「エリス…金髪…、その金髪…覚えが…ああっ、あああっっっ!!!????、テメェっ!?あン時の金髪のガキ!?!?」

思い出したか、いや忘れてたというよりエリスが大きくなりすぎたのだろう、まぁあの時はまだ5歳くらいでしたからね、あれから十年以上だ、そこから一発で見分けろって方が難しいか

「テメェ!アジメクに居た賢人の弟子のガキだよな!」

「賢人…懐かしいワードですね、ええそうですよ!貴方!なんでこんな所いるんですか!」

「ああ?お 俺は山猿の口車に乗った結果分けのわかんねぇデカいガキに負けて…って!そんな事は今はいいだろうが!」


『なんだなんだ、あの女 山猩々と知り合いなのか?』

『まさか、山猩々は監獄に入れられて十年の古株だろ?、今更知り合いなんかいるわけねぇよ』

『でもあの反応…どういう事だ』

エリスと山猩々の再会により発生した困惑は瞬く間に闘技場全体に伝搬する、でもね 一番驚いているのはエリスなんですよ

十年も前に戦った敵とまたこうして再会するなんて、ヘットはともかくこいつは完全に予想外だった、というか生きてた事自体驚きだ

「クク…クククク、そうかそうか ボスが俺を叩き起こした理由が分かったぜ、なるほどな 、たしかにお前を見かけたらここに呼び出せとは頼んでおいたが、まさか実現するとは…」

「…貴方こんなところでも前みたいに暴力三昧ですか、変わりませんね」

「ちげぇ!、いや違くないか…、だが俺はお前に負けて確かに変わったんだ もうあの時みたいなただのチンピラじゃねぇ、昔みたいに喧嘩師として鍛え直した 獄中でも常に体を鍛え続け ボスがここを作ってからは毎日のように戦いまくった、昔の俺と思わない事だな」

そう言いながら構えを取る山猩々の体から滲み出す闘志は、確かに十年前とは比較にならない程に研ぎ澄まされている、前会ったときはロクに構えも取らなかったのに 今回はしっかりと腰を落とし、強く拳を握った構えを取る

成長している あの時よりも、十年も獄中いながら以前よりも強くなってるとは 凄まじい努力をしてきたのだろう

だが

「ええ、なら やりましょうか…、待ってたんでしょう 十年間ずっとこの時が来るのを、ならもう待ちきれない筈です かかってきてください」

成長したのはエリスも同じ、あの時と同じような結果にはならない筈だ

そうエリスも軽く 拳を握り山猩々と相対する、小さい頃は信じられないくらいの巨人に見えたが 今はただの巨漢にしか見えない、エリスはこの旅で何度もでかい奴を見てきた

中には文字通り山のように大きい奴もいた、それに比べれば…ってね

「上等だ、ぶっ潰してやるぁぁあああ!!」

踏み込み あまりに強く踏み込みに大地は叩き割れ砂塵を巻き上げ纏い上げ、山猩々はエリス目掛け突っ込み腕を振るう

速い、十年前避けることさえできなかった山猩々のあれよりもなお速い、だが

「フッ!」

「なっ!?」

跳躍にて腕を飛び越える、速いが エリスはこの旅でもっと速いのをたくさん見てきた、獄中にいた貴方と旅をしたエリスの十年の密度が同じと思わないことですね!

「くっ、魔術無しであの時よりも速いと来たか…!、だが 負けられねぇ、負けたくねぇ!」

「……ッ!」

飛び上がり着地したエリスの一瞬の隙をついた高速の連打、大きな腕を何度も何度も薙ぎ払いエリスの体を叩き砕こうと暴れ回る山猩々、一見すると闇雲な攻撃にも思えるが 的確に相手の隙を突き虚を突こうという意思が垣間見える

まぁ だからこそ、当たらないのだが…

ヒラリヒラリとその場でゆったりとステップを踏み、凩のような身軽さで体を振って乱打を回避する、当たりませんよ 何処をどう狙うかが丸見えですからね

故に見える、貴方の隙も…!

「フッ…!」

「ッ!?」

山猩々の腕の豪雨を回避しながら踏み込む、一点に力を集中させ行う踏み込みの衝撃が 放たれる拳に集約し、一直線に山猩々の腹に突き刺さる

…山猩々とエリスなら 重さも腕力もある山猩々が勝るだろう、だが 威力と言う一点ならエリスが上だ、何故か?

単純な喩え話をしよう、扇で人を叩く時 広げた状態と閉じた状態 どちらが痛いかなんて一目瞭然だ、山猩々の攻撃は大振りで破壊力満点だがその実打点がブレているせいで威力は分散してしまう

だが、エリスの拳は違う…発生した力をそのまま余すことなく拳に伝せ 針のように研ぎ澄ませて放つが故に威力が逃げず相手に伝わる…だから、かつては魔術を使わなければ突破出来なかった山猩々の鋼の肉体も

「ぐぶぉぁっ!?」

呆気なく 貫くことが出来る、要は技術の問題だ…まぁラグナはこれを更に精密に行うんだから 近接戦じゃあ彼に勝ち目はないが、だが 山猩々には勝てる

『マジかよ!、あの山猩々が一撃で膝をついたぞ!』

『どんなにやられても足の裏以外を地面につけたことがないあいつが…!?』

「ぐぞっ…十年前より断然強えじゃねぇか…!」

「当たり前です、エリスはあの後も色んな強敵と山程戦ってきたんですから…強くなりもします」

エリスの拳を受けて膝をつく山猩々をエリスが見下ろす、十年前と一緒にされては困る…、第一あの時はロクに師匠の修行だって受けてなかったし初めての実戦だった

だが今は違う、師匠の教えの下で極限まで鍛え抜き 思い出すだけで身震いするような数多の強敵を踏み越え、沢山の技術をこの身に宿して エリスはここまで来たんです!、強くなってるんですよ!エリスは!あの時よりも!


「だが…だがぁ!、それでも俺は!お前に勝ちたいんだよぉっ!、ぅおらぁっっ!!」

跪いた状態から飛び込むようにして放たれる正拳、差し詰め槍の一突きとも言えるほどに鋭い拳がまっすぐにエリスに向かってくる、だが 真っ直ぐすぎる

「フンっ!」

クルリと体をその場で回転させ 飛んでくる拳を全身の回転で受け流すと共に、その遠心力を一点に乗せる…、突き出した右足はグルリと一回転する頃には重さも速度も鋭さも、全てにおいて山猩々を上回る練度を纏い…、断頭の一斬の如く山猩々のこめかみに打ち刺さる

「かはっ!?」

「まだまだ!」

エリスの回し蹴りを受け揺らめく山猩々の体、追うのは地を這うような軌道で飛ぶ拳、獲物を見据えた鷹の如き鋭さで砂塵を巻き上げ下から打ち上げる一撃は山猩々の顎を大きく跳ね上げる

「がぼぁっ!?」

「どうですかっ!」

拳を振るった体の運動、一切逃さず打ち据える肘は頬を居抜き、刈り取るような大薙の裏拳がまたもこめかみを狙い、その速度と勢いをそのまま助走に活かし 放つ正拳は正眼を捉え 後頭部にまで衝撃が及ぶ

怒涛の三連打、流れではなく 一発一発を丁寧にそして堂々と行い 可能な限り前後の行動に繋げるように放たれた打撃は あの山猩々さえも揺るがし

「が…はぁ…!」

倒れる、かつては魔術を用いて死力を尽くさねば倒せなかった山猩々を、今は魔術も極限集中も無しに 拳一つで打倒してみせる、これが今のエリスの力ですよ 山猩々

『嘘だろあの女!一発も貰わず山猩々を倒しやがったぞ!』

『化け物かよ…』

『って事はアイツが新しいチャンプか?、よっしゃ!次は俺が挑んで』

「…………」

よーし次は俺が相手だと観客席から乗り出す囚人達を見上げるように睨みつける、全身から殺気を放ち 言葉もなく語る、『降りて来てエリスの前に立てば地獄を見せるぞ』と…すると

『お おっかねぇ…なにあいつ…』

流石に相手は弁えるか、エリスの威圧を受け竦んだ囚人達は震えながら乗り出した体を引っ込める、よーし それでいい、相手をしてもいいが 面倒ですからね、それに今は

「どうですか、山猩々」

「ぐっ…くそっ、意識が数秒飛んでやがった…この俺が、一発も当てられず 張り倒されるなんて…、まだ足りねぇってのか、どんだけ強くなってやがんだ お前」

意識を取り戻した山猩々は悔しそうに拳を握り 涙を流す、十年使って 鍛練を続け、それでも一発も与えられなければ そりゃあ絶望もしよう、何より復讐を望んだ相手なら尚更ね

…山猩々は強くなっていた、あの頃に比べれば劇的に強くなっていた、もし以前のままなら 最初の一発でダウンしてただろう、この十年は無駄じゃない…けど

それを山猩々に言って何になる、これは山猩々が敵で嫌いだからとか そんな浅ましい感情から来る意地の悪い話ではない

同じ鍛錬を積み 強さを求める者としての共感だ、ここでエリスが『山猩々も強くなってましたよ?』なんて言おうもんなら山猩々は立ち直れないだろう、その拳が掠りもしなかった相手に慰められたらあまりの情けなさに二度と立てなくなる、エリスもきっとそうだ

だから、エリスは彼の十年に敬意を表し 何も言わない、憎い相手のままで居よう、強さを求める修練者の目標足り得るように

「ははは、やっぱダメだったかクソゴリラ」

「ぐっ、ボス…」

「まぁ気を落とすなよ、こいつは魔女の弟子だ 十年間ずっと魔女から修行つけてもらってたんだ、勝てなくても無理はねぇよ 事実今俺がやっても勝てないだろうしな」

いつのまにか開いていた闘技場の出入り口から現れたヘットが倒れる山猩々の上に座りながら葉巻を燻らせる

「魔女の弟子…ああ、あの黒髪の女 実は魔女だったか…そりゃ狡いだろ」

「そりゃ負け惜しみだ、それよかお前 劇的な感動を演出してやった俺に礼はないのか?ああ?」

「チッ…だがまぁ、もう未練はねぇな、十年前から望んでたリベンジに挑戦だけでもさせてもらえたんだ、礼を言うよ」

「よーし…」

するとヘットは葉巻をペッと下に吐き捨て踏みつぶすと共に立ち上がり、エリスを見下ろす…

「合格だ、ステゴロであの強さな上 万全なら魔術もあるんだろ?強くなってんな、シンに勝ったってのも頷ける」

「シンとの戦いはギリギリでしたけどね」

「勝ち負けは結果だ、そこにギリギリも圧倒もねぇよ…さて、んじゃあ 協力してやる、お前の脱獄にな」 

今の戦いに満足したのかヘットはニッと笑いながら再びエリスを導くように踵を返し山猩々を置き去りに歩き出す、どこに向かうのか相変わらず説明はないが…まぁいい どうやらエリスは彼が力を貸すに足ると納得させられたようだ、ならばそれでいい

今は一刻も早くここから出られれば……

「……?」

「ん?、どうした?早くついてこいよ」

ふと、歩き去るヘットの背中を見ていると 何か…違和感の様なものを感じて立ち止まってしまう、ヘットの背中ってあんなに小さかったか?それともエリスが大きくなったから?…いや、これは……

「いえ、なんでもありません 行きましょうか、そろそろエリスの仲間にも会わせてください」

「そのつもりだ、…楽しみだなァ 今のお前の仲間ってのを見るのは」

ヘットの背中の違和感には 思い当たる節がある、故に感じる…ヘットの言うことは信用してもいいと、ヘットはきっとエリスを本気で助けてくれるだろう 

エリスの中で渦巻いていたヘットに対する疑問が全て紐解け、彼に対する不信感はまぁある程度は軽減されたかな、けどまぁ それはそれで腹ただしい、だって今のヘットは……

…………………………………………………………

『取り敢えず彼処の酒場で待機するよう伝えてはある、大人しくしてるなら 今も彼処にいるだろうよ』

そうヘットに言われて向かうのはクライムシティで一番の食事処 『インセイン・ダイナー』、ヘットが外に持つ無数の協力者を通じて手に入れた食材や酒の数々が揃えられた巨大た食堂兼酒場、ヘット曰く ここまでの規模の食事処はオライオンには無いそうだ

そこにメグさんとアマルトさんはいるらしい、エリスと同じように無界に送られて そしてまた同じようにエリスのようにヘットに救出されたであろう二人が…

無事だろうか、少しの間とはいえあんな恐ろしい場所にいたんだ、心に傷でも負ってなければいいが、それに ここは犯罪者の街、何かされていないとも限らない

まぁそうなったらエリスはこの街をぶっ壊しますがね、恩義はあるが 友達を傷つけられて黙ってるほどじゃない

「二人は無事でしょうね」

「傷一つつけるなとは命じてある、お前怒らせたら怖いしな」

「エリスの事なんだと思ってるんですか…」

「敵目掛けて突っ込む暴走機関車とかかな…」

ぐうの音も出ない…、だってよく言われるから ラグナやアマルトさん達に…

なんで二人で並び歩きながら山猩々を倒したエリス達は二人の待つインセイン・ダイナーに向かうため来た道を引き返している

しかし、山猩々はあれで良かったのかな…

「あの、ヘット」

「なんだ」

「山猩々の件はあれで良かったんですか?、力を見たいって言う割には」

「相手にもなってなかったって言いたいのか?まぁ事実だけどな、…でも アイツにゃ恩もあるしな、」

恩?ヘットが山猩々に?、知らないところでエリスの知ってる人たちが関係を結んでいるのは、なんだか変な心地だなぁ なんて思っている間に目的地に着いたようで…

「ん、見えてきたぜ 彼処がインセイン・ダイナーだ、店主はイかれてるから気をつけろ」

「店主『も』でしょう」

「そりゃそうだ」

しかし、この街の規模は相当なものだ、ここの人間全員養えるだけの食料を一人で用意するなんてヘットの組織運営能力は凄いな…、外からどれだけの物を仕入れてるんだ?

「この街の食料全部を仕入れるって、凄いことしてますね 貴方」

「別に真っ当に仕入れるばかりじゃねぇしな、それにここの食糧庫から無限にパチれるし、楽勝だろ」

「ってやっぱりここの食糧が少なくなってる怪現象の正体って貴方でしたか!」

やっぱりそんな事だと思ったんだよ!、ヘットが消えた時期と食料が少なくなり始めた時期が重なる、大方こいつらは隠れて監獄内をうろつき食糧庫から食材を盗みまくってるんだ、だから上層の囚人達は少ない食料に飢えている…こいつは

「そうだが…っておいおい!待てって!、グーを構えんな!」

臨戦態勢で近寄るエリスを見ておいおいと苦笑いするヘットは騙る…

「俺たちは看守達の分は盗んでないんだぜ?、盗んでるのは同じ悪人の物から、どうせ苦しんでるのはここにいる囚人と同じ犯罪者達…だったら別にいいだろ?」

まぁそれはそうだ、上の犯罪者が飢えようが下の犯罪者が肥えようがエリスには関係ない話だ、だが…

「純粋に貴方が幸せそうにしてるのが気に食わないです」

「なんじゃそりゃ!?」

エリスの中にある関心度合いに順位をつけるならヘット>他の犯罪者だ、他が飢えてようが肥えてようが関係ないがヘットが幸せそうにしてるのが気に食わない、確かにヘットには助けてもらいましたが それ以前にこいつがデルセクトにいる無辜の人々の人生を 一体いくつぶち壊したか考えれば…と言う話だ!

「貴方がした事、まだ許してないんですからね」

「別に構わないが?、許しを請うた覚えもないからな」

「…………」

ニタリと笑う口元とは裏腹に 瞳はギラリと鋭い輝きで光る、それはかつて ヘットが作り出した戦艦の上で対峙した時を思い出すような、闘志に満ちた目…うん、それって…

「その目…、まだ……」

「なんてな、やり合う気はねぇって言った筈だぜ、 …仲間が待ってんだろ?、こっち来い」

「あ!ちょっと!」

するとヘットはするりとエリスの構えを抜けて首元を掴むなりダイナーの方へと引きずっていくのだ、ちょっと!これじゃあ犬猫と同じ扱いじゃないですか!離してください!

なんて抵抗を始めるよりも前に エリスは目の前のダイナーへと引きずりこまれる、両開きのスイングドアを押し開けると共に

「おうクック!、来たぜ 連中は居るか!」

がなり声を上げてダイナーの中を見回す、室内は汚くあちこちにゴミが散乱し 大きめ樽を机代わりに 小さな小箱を椅子の代わりにあちこちに配置されており ここだけ見ると野趣あふれるレストランだ

ただ、居ない 人が一人も、客人も エリスの友達もだ

「ヘット?」

「待て 落ち着け グーを作るな、…おい クック!何処だ!、爆弾が爆発しかけてんだ!おい!クック!」

ヘットも何かおかしいと思ったかのかやや苛立ちを露わにしながら店の中でエリスの体を引きずりながら クックなる人物を呼び叫ぶ、…すると

「ん?」

返事は帰ってこない、だがスンスンと鼻を鳴らせば…何かいい匂いがする気が…、これは

「ヘット 厨房の方からいい匂いがします」

「何?…まさか」

そのままエリスを引きずりながらカウンターの奥にある厨房のスイングドアをパンッ!と引っ叩きながら開ける、すると そこには


「フフフフ、如何ですか 私がボスの力をお借りして用意した調味料の数々!これほどの味を用意している店が果たして世界にいくつあるでしょう」

白い服に白く高い帽子 まるでシェフのような格好をした人相の悪い男が狂気じみた顔をしながら部屋の奥の大戸棚を開ければ、中には凄まじい数の調味料がズラーっと虹のように並べられているのだ、それ前に目を輝かせるのは…

「すっげぇ!、すげぇよ!塩や砂糖があれば上等くらいに思ってたが…、ある…ある!、全部ある!欲しいものが全部!、しかも見た事ねぇのもたくさん!」

「凄いですね、このテシュタルの国にてこれほどの量の調味料を集めるとは、並々ならぬ執念を感じます」

「フフフフ、まぁ私も外の世界で同じようなことをしててね、このオライオンに調味料を自由に使った店を構えるのが夢で調味料を集めていたんだ、まぁ そのせいで捕まってしまったけれどねぇ」

「まさか…、調味料を集めただけで…テシュタルの教えに反しただけで捕まったってのか!?」

「ああ…、ああ後は港を襲撃したかな 調味料の為に」

「十中八九罪状はそっちだろうな!!」

後ろ姿だが分かる、あれはアマルトさんとメグさんだ、よかった!二人とも無事そうだ!、傷も付いてないし縛られてもない!、あー!よかったー!

「アマルトさん!メグさん!」

「ん?、おお!エリス!」

「おやエリス様、よかった エリス様も無事でございましたか、この街を統べるギャングのボスに連れていかれたと聞いたときはヒヤヒヤしましたが…」

ヘットの手を払いのけ立ち上がると共に二人に駆け寄る、うん うん 大丈夫そうだ、よかった…と安心すれば二人もエリスを心配してくれたようでよかったよかったと冷や汗を拭う

「おいクック、お前何やってたんた」
 
「いやぁ、そこの坊やがあのタリアテッレ殿の義理の弟と聞きましてね、私タリアテッレ殿の大ファンなので 私の厨房を見てもらおうと…」

「勝手なことするなよ、危うく俺 あの小娘に殴られるところだったんだぜ  」

「それは怖い、それでご注文は?何か料理作りたいんですけど」

「お前と話してると疲れる…」


「…あの、エリス様?それでそこの方は」

ふと、再会を喜び合う二人は ヘットの方に目を向ける、聞いた感じ ヘットの正体もエリスとの関係も知らない感じか、だとするといきなり見知らぬギャングのボスとエリスが行動を共にしてるこの状況に ハテナがいっぱいだろう

「ああ、そこの人はヘット…大いなるアルカナの幹部の一人 No.7 戦車のヘットです」

「ハァッ!?、大いなるアルカナってお前…アインやペーが所属してた組織だろ!?、バチバチに敵じゃねぇか!?」

ああ、二人とも大いなるアルカナのメンバーと戦ったことがあるから 分かるんだろう、アルカナの名を聞いた瞬間 二人のつま先が油断なくヘットの方を向く…

「ふむ、ヘット…というとデルセクトにてエリス様にボコボコにされた小悪党ですか、まぁNo.7如きではその程度でしょう」

特にメグさんの目が冷たい、ついこの間までバリバリアルカナと敵対していただけありアルカナへの当たりが辛い、彼女の中ではいまだにアルカナは憎い敵らしい、まぁエリスにとってもですが

しかしNo.7如きか…、大いなるアルカナを平らげた今だからこそ言えるがヘットの力は明らかにNo.7に収まる領域じゃない、デルセクトが彼にとって有利なフィールドであったことを差し引いても明らかにNo.8 正義のラメドやNo.9隠者のヨッドよりも強い

アルカナのNo.は決闘にて入れ替わるみたいだし、もしかしたらこいつ あえて決闘をしないで低いNo.のまま抑えていたんじゃないのか…?、そう思うとアルカナのNo.は本当にあてにならないな

「ははは手厳しいな、そう まだ年端もいかない小娘に人生を賭けた計画をぶっ壊されて 挙句戦いを挑んでも叩きのめされ、尻尾巻いて逃げ出した腰抜けのチンピラが俺さ、よろしくなお嬢ちゃん」

「むっ…、よろしくお願いします」

メグさんの嫌味もサラリと躱して 握手も交わすヘットの態度に、なんか負けた気分になり頬をムッと膨らませている、彼を相手に口で勝つのは難しいですよメグさん…

「しかしぃ、これが今のエリスの仲間か、メルクリウスはどうした?来てないのか?」

「メルクさんも来てますよ、捕まってないだけです、よかったですねここに来たのがエリス達で、メルクさんだったらどうなってたか」

「アイツは扱い易いから 来てくれた方が良かったんだがなぁ」


「なぁメグ、なんかエリスとヘット…仲が良いっつーか、あんまり敵同士って感じはしないよな」

「仲は良くないのでしょうが、エリス様とヘットはデルセクトにて何度もぶつかり合った仲、互いに只ならぬ相手と認識しているからこそなのでしょう」

仲良くないですよ別に、でも…ヘットは今エリスに味方してくれている、いつまでも警戒心むき出しにして邪険に扱うのも失礼ですからね、警戒は解かないが 命の恩人としてある程度の認識は向けようとは思っているだけだ

「こいつらも魔女の弟子か?、お嬢ちゃんは誰の弟子だ?」

「私でございますか?、私は魔女の中で最も栄えある……」

「ちょっとちょっと?、ここは厨房ですよぉ?、ここにいて良いのはシェフと食材だけ、シェフじゃない貴方達がここに居たら シェフに料理されちゃいますよぉ~?」

ヌフフフと舌なめずりしながら笑うクックの手には包丁…、怖…

「んー、まぁ一理あるな」

「同意しないでくださいよアマルトさん」

「ですがここでは話しづらいでしょう、エリス様 アマルト様、席に座りながらゆっくり話し合いましょう これまでの事もこれからの事もね」

メグさんの言いたいことは分かる、今必要なのはくだらない雑談ではなく、状況の整理のと建設的な話し合いだということ、エリス達は今街にいる がそれは監獄の中に作られた秘密の街、エリス達には行くべき場所があり 外に抜け出さなければそこには向かえない

「分かりました、クックさ適当は料理をいくつかお願いします、食べながら話しがしたいです」

「シェフのおまかせメニューだね、いいよぉ」

「では、ヘット…」

「ああ、分かったよ クック、いつもの酒を頼む」

「あいよぉボス」

そうしてエリス達は厨房を出て人のいないフロアに四人で集まる、その辺から木箱や樽を持ってきて 全員が腰をかけ、一息つく…

本当に一息だ、脱獄を決行してから恐らく半日ほど 色々ありすぎて緊張を解く暇が無かったから、なんか落ち着きすぎて この硬い木箱が一等のソファよりも上等に感じる、はぁー 居着いちゃいそう

「ではヘットさん、貴方の来歴から聞いても良いですか?、貴方はデルセクトにてエリス様に敗れ その後行方が知れなかった筈ですが」

「またその話するのかよ、普通にオライオンを転覆しようとここにやってきて 失敗して捕まっただけだよ、まぁ この監獄の事は事前にある程度調べて準備しておいたから、ほれこの通り 最高の独房を用意できたってわけさ」

「訳さって…、アンタ凄い事するんだな…デルセクトの話は俺はよく知らないが、こんな奴だったのか?エリス」

ヘットの事をよく知らないアマルトさんはやや訝しげに言うが…こういう男だよヘットは、デルセクトでは即座にソニアと言う協力者を作りデルセクト全体で軍部さえ詳細を把握できないほど巧みに麻薬を売りさばき、そのままアルクカースとアジメクにまで手を伸ばしていた男だ

他の幹部達とは一線を画す計画能力と組織運営能力を持つ、それがヘットという男の強さだ、その身一つで街一つ作り上げるくらい訳ないだろう、もっと時間があれば 監獄長の椅子にさえシレッと座ってしまいそうな予感もする

「ええ、ヘットは実力もかなりの物ですが その知能の高さはアルカナでも随一です、相手にしていて一番怖かったのは 或いはこの男かも知れません」

「嬉しいねぇ、アインやレーシュよりも俺の方が怖かったって?」

「まぁその二人も怖かったですが、貴方ほど用意周到ではありませんでした」

或いはアインの魔獣大侵攻やレーシュの聖夜祭襲撃にこの男が加担していたら、事態は余計ややこしいことになっていただろう事は容易に想像出来ますから

「で?、俺の事ばかり聞いて自分のことを喋らないのは卑怯だろう?、大体の予想はつくが 教えな、お前らの事を フェアじゃねぇからな」

ポケットから葉巻を取り出し シガーカッターで先端を切るとともに火をつけ煙を吐くヘット、それと共に向けられるメグさんとアマルトさんの視線が語るのは 教えても良いのか?という疑問だろう

この中でヘットという男の特性を最も知っているのはエリスだ、そんなエリスから言わせて貰えば 自分の事情をヘットに話して良いか?…良い訳ない、こいつは本当に油断ならない男だ

だが、でも…、それでも 実はエリスはヘットを信頼出来る要因を一つ知っている、彼がエリスを絶対に裏切らない理由を一つ、知っているんだ、と言うかさっき気がついた、だから言いますよ

「ええ、良いですよ エリス達がここに来たのは…」

語る、魔女云々は伏せながらここに来た経緯を、仲間達と共にエリス達は今エノシガリオスを目指していること、そしてその道中ネレイドによって捕らえられて 監獄に入れられた、その後ティムと言う囚人によって裏切られ 纏めて無界に落とされ 今に至ると

全てを話し終える頃にはヘットの葉巻は中頃まですり減っており、そして 彼は全てを聞くと徐に口を開き 葉巻を灰皿の上でトンと叩き灰を落とすと

「なるほどね、ティムに裏切られたと…、アイツは看守側の人間さ、せせこましく点数稼ぎをしているつもりで看守に上手く使われているんだ、大方お前らに目をつけたのも看守の指示だろう」

「やはり…」

「また悪人に嵌められてヘマをしたなエリス、世の中には俺みたいに損得を考えて動ける人間ばかりじゃない、損得を考えられず目先の利益を追って損ばかりする愚者も数多くいる、そこを計算に入れられなかったお前の負けだ」

「ええ、エリスの失態です…情けない、そう言う人間だと理解出来ていたなら そこを含めて利用する術もあった」

損と得の両天秤を頭の中に持たない奴もいる、目の前に落ちる小銭を追って 目指している金の延棒の事を忘れる奴もいる、ティムはそう言う人間だった…そこに気づくのが遅れたか 或いは目を向けていなかった

迂闊としか言いようがない…

「ふぅん、えらく利口になったな ガキの頃は顔真っ赤にして反論してきたのに」

「揶揄いたいんですか?、それよりもエリスは早く脱獄してエノシガリオスに向かいたいんです…、ここでモタモタしている時間はないんです」

「焦り過ぎてるな、だが んー…、時間がないって タイムリミットでもあるのかね」

「三ヶ月以内にエノシガリオスに向かわなければ、何もかもが手遅れになる…だから、ここは一ヶ月以内に抜けたいです」

「そうかい」

そこまで話すと 厨房の奥からクックが現れエリス達の前に乱雑に食事を用意してくれる、肉をドロドロのソースで絡めた物 ジャガイモを油で揚げたもの、如何にも場末のチンピラが好みそうな酒に合いそうな食事ばかりだが、最近脂っ気のない質素で味の薄い物だけ食べていたエリス達には ご馳走に見えてしまう、うう 美味しそうだ

「サンキュー、クック」

「いえいえぇ、あ ボスのお酒もこちらに」

「ん、ああ 栓抜きはいらねぇよ」

クックから豪華そうなボトルを受け取るなり ヘットは指先だけで栓を外し、ガバガバと仰ぐように飲み干していく、さっきから飲みすぎだと思うが…

「ぷはぁー、下準備に二週間必要だ、それでいいか?」

「二週間…、それで 出れるんですか?」

「出る準備が出来るだけだ、そこからはお前らの根性勝負と運任せになる、それでもいいか?」

「構いません、十分です!」

「なら決まりだ、それまでここに居な」

「分かりました、ありがとうございます!ヘット!」

「やめろ、お前に礼を言われるとなんか気持ち悪い…」

それでもだ、そこまでやってもらえるなんてありがたい事この上ない、エリスだってまさかヘットに助けてもらえるなんて 不思議過ぎて変な病気になりそうなくらいなんだから

すると、その提案を受けやや受け入れられない と言う空気を出すのは、メグさんだ

「何故ですか?」

「ん?なんだい嬢ちゃん 今のに文句でもあるかい?」

「いえ、ただエリス様は貴方にとっては敵のはず、アルカナとエリス様は長らく敵対していましたし、何より…さっきも言ってましたよね、人生を賭けち計画をぶち壊されたって、その恨みは果てしないはずです、なのに何故そこまでするんですか?貴方達にはメリットの一つもないはずです」

「お おいメグ、いいじゃん助けてくれるならそれで…」

「いけませんアマルト様、…もし易々と信じてエリス様の身に何かあったら…」

「なるほどねぇ、嬢ちゃんの言う通りだ…俺の人生計画はエリスの所為でめちゃくちゃだ」

クククと笑うヘットは酒を飲みながらもメグさんの問いを受け止める、確かに異様だろう、別にヘットにメリットはない エリスを助ける理由も一見すれば無い、その疑問も真っ当だ

しかしヘットは臆する事なく酒を口に含み 飲む込むと共に

「エリスにはな、ここに居てもらっちゃ困るんだ、早々に出てってもらわにゃ俺は安心して酒も飲めねぇ」

「ですが…」

「アルカナとも縁を切ってる、今更こいつに復讐する事自体 メリットがねぇじゃんか、だろ?」

「…………そうですけど」

「まぁ、疑うのは構わねぇ 上に戻りたいなら好きにしな」

「ぅぐぅ…え エリス様ぁ」

「大丈夫ですよ、ここはヘットを信じましょう、もし裏切ったら 今度こそエリスが裏切り者をボコボコにするので、流動食しか食えなくしてやります」

「だはははは、そりゃ怖えや!」

今は信頼する、ティムとヘット どっちも信用出来ないしまた裏切られる可能性だってある、けど 信用する、今はそうするしかありませんよメグさんと窘めれば彼女もわかってくれたのか、手元のフォークを服で数回拭いた後茶色のソースがかかった肉を頬張り始める

「まぁそう言うわけだ、二週間は準備期間!その間は俺の作った街を存分に楽しみなシャバの青二才共、テメェらの宿も手配してやる、ここの連中はみんな酒飲んで路上で寝るからベッドは死ぬほど有り余ってんだ」

「なるほど、でしたらエリス達が使っても問題ないですね」

「いや、宿に泊まっていいのはそこの二人だけ、エリス お前だけは俺の屋敷に泊まれ」

「ハァッ!?なんでぇ!」

「積もる話が一番積もってんのはお前なんだ、色々聞きてぇからな」

な 何でエリスだけ、いやまぁあの屋敷豪華でしたからありがたいが、あからさまにエリスだけ分断にかかるその姿勢は ちょっと仮初めの信頼が揺らぎますよヘット…

すると、そんなエリスの不信感を代弁するように…

「おいおっさん」

「んだよクソ坊主」

アマルトさんが威圧するように両手を合わせてヘットを睨み上げている…、怖い…ノーブルズやってた時の怖い顔だ 久々に見た…

「メグじゃねぇけどよ、これでもエリスのダチなんだ、いくら信用できるって言っても…こう言ってもいいよな?、あんたエリスに何かするつもりじゃねぇよな…ってさ」

「するわけない、こんなケツの青いガキに俺が何するって?」

「手ェ出したら俺はお前を殺すぜ、俺はダチからこいつ任されてんだ…」

「ふぅん、なるほど…安心しろとは言えないが、全部終わった後要らない心配をしたってため息吐くことになると思うぞ、ほれ 折角の飯が冷める、ムショの飯はパサついてただろ?好きに食いな」

するとヘットはやや話を逸らすようにアマルトさんを去なすと話はこれまでとばかりに膝を叩き、目の前のジャンキーな料理を口にし始める…

それを受け、アマルトさんもはぁと一つため息を吐くの視線で『油断はするなよ?』と伝えてくる、分かってますよ 油断なんかしませんから、ヘットに隙を見せる事ほど怖いものはないのは 身に染みて分かってますから

さてと、じゃあエリスも頂きますかね…

「それじゃあ頂きます」

「好きに頂きな」

手を合わ手元に用意されたフォークを手に取り…って汚いなこれ、仕方なし 服で二、三度吹いて 目を向けるのは揚げ物だ、この国の料理は健康にいいが些か脂っ気がないからあんまり食べた気になれないんだ

だからここは少し下品に行く、選ぶのはパン粉をまぶし油で揚げた玉ねぎの輪っか、あんまり見ない料理だが これを一つフォークで摘みサクリと口に運べば

「んぉっ!」

ジュワッと口に広がる玉ねぎの甘みと油…!、んんぅ 油で揚げたからかとても香ばしい、しかもガツンと喉の奥に響くような重さ…食べてるって実感が湧く、美味しい

これは多分オライオンの玉ねぎを使ってるんだろう、只でさえ良質な玉ねぎを味付けし加工したからか 味がすんごい濃い、これは美味いぞ

「美味しい…」

「だろ?、そいつはこのポルデュークで最近流行ってる揚げ物料理さ、この大陸は寒いからな 油をたんと仕込んだ飯を食らって脂肪をつけて寒さを凌ぐんだとよ、まぁこの国では禁忌レベルの飯だが 試しに流通させたらこれが大当たり、飛ぶように売れて大儲け出来たぜ、テシュタル様の教え万々歳ってな」

確かにこの大陸はとても寒い、エトワールでも酒をたくさん飲んで体を温め寒さを凌ぐと言う習慣があるし、他の非魔女国家でそう言う独自の料理があってもおかしくはない、帝国があちこちの食材を売ってるお陰で他の国々も素材には困らないだろうしね

でも、このオライオンは敬虔に教えを守り こう言うバリバリ加工して味付けしまくった料理は食べない…が、ヘットと言う悪魔に唆された若者は 文字通り堕落させられてしまった事だろう

彼が持ち込んだ未知の娯楽はこの国の宗教を弱体化させるに至るほど強烈だったと、そう言うわけだろう、相変わらずやることの規模がでかいんだよなぁ ヘットは

「ん、このポテトのフライも絶品だ、クックってシェフ…相当な腕だな、それに」

とアマルトさんが目を輝かせるのはジャガイモを刻んで作られた揚げ物だ、そして それに付随するよう小皿に守られた黄白色のドロッとしたソース、それを見て

「このソース、美味いな…」

「流石はタリアテッレ殿の弟さん、それは…」

「待てクック!、当てる…これの材料は、オリーブオイルと黄卵と…レモンの汁か?」

指で一つソースを掬い舐めるアマルトさんに続いてエリスも指を突っ込み 舌で舐めると、まろやかで芳醇な甘みと 奥に隠れた酸味がなんとも言えない味を生み出している、これは食欲を唆る…

それを受けたクックは喜んで両手を合わせ

「正解!、フフフ それはこの揚げ物同様私の故郷に昔からある伝統的なソース、マヨネーズと言うものでございます」

「いいな、趣味じゃねぇが あったら調理の幅が広がりそうだ、後で作り方教えてくれ」

「あ、私もお願いしとうございます、こう言う料理は食べるだけで士気が増しますし、何より持ち運びも簡単でございますから」

「なんかアルクカース人が好みそうな味ですよね、ラグナに食べさせたら喜びますかね」

全員で見慣れぬソースや調理法の数々にあれやこれやと意見を交わす、非魔女国家にも独自の文化があると言うことなのだろうか 変わった食べ物や調理法もあったものだ

「……ん?」

ふと、目をチラリと外に向けヘットの様子につられ エリスもまた入口の方に目を向ける、…誰もいないけど 分かる、外から誰かがこちらに向かってきている

「漸く来たか」  

「誰がですか?」

「お前の脱獄を手伝わせる手駒、正直な話 このクライムシティで真っ当に戦える数少ない戦力だ」

他は所詮チンピラだからな と言う間にスイングドアをバァーンと押し開けて現れるのは三人の男女だ…

「来たよぉ、ボスぅ!」

一人は快活そうな高身長の女、ネレイド程じゃないが大きく 筋骨隆々の肉体を持つやや芋っぽい女はスイングドアを叩き飛ばしながらヘットににこやかに挨拶をする

「あら、もうお話は終わってしまいましたか 遅れて申し訳ありません」

もう一人はなんとシスター服を着込み豪華な錫杖を手に優雅に礼をする女…、綺麗にパッツンと切り揃えられた髪を清楚に揺らしてこちらを覗いている

「…申し訳ない、まだあまりここの地理に慣れていないのだ」

そして最後の一人はやや疲れた顔をした壮年の男…つまりおじさんだ、痩せこけた頬と目の下に出来た隈がなんとも不健康そう、おまけに着込んだローブもズタボロで お世辞にも楽しい人生を送っているとは言えないだろう


そんな三人を前に目をパチクリ動かし ちょっと呆気を取られる、またエリスの知り合いでも出てくるもんだと思ってたが 知らない人だ、レオナヒルドとかコフとかその辺が出てくるかと思ったんだけどな…

「あの、この人達は」

「今の俺の部下、紹介しよう このデカい女が元大いなるアルカナの幹部 No.11の力のテット、小さいシスターはNo.5 教皇のヴァヴだ」
 
「えぇっ!?大いなるアルカナの…!?」

「こいつらも幹部かよ!?」

「なるほど、確かに聞いた話では大いなるアルカナから二名ほどの幹部がオライオンに向かったとの話も聞いていましたが、彼女達が…」

そうか、彼女達もアインやヘットのように魔女大国にそれぞれ派遣されていた幹部達の一部なのだろう、デルセクトやコルスコルピに居たんだ オライオンにそう言うやつらが居てもおかしくはない

…そうか、そうか


「んで、こっちのジジイが邪教アストロラーベのボス 大司祭ガーランド、お前らも外に居たなら聞いてんだろ?、神聖軍と邪教アストロラーベの戦いの結末を、こいつはそこで負けてここに問答無用で落とされた男さ」

「左様、儂こそ古のアストロラーベを取り戻し 真なる教えを世に広める為戦った救世主、聖界救道司祭のガーランド・ウィッカーマンである」

この落伍者みたいなおじさんが…エリス達が来る前にネレイドが倒し滅ぼした 邪気アストロラーベの頭領、マレウス・マレフィカルムの一角を担う組織のボス…

全員敵だ、外で出会っていたら問答無用で敵対し戦っていたであろう人間が三人も集まり、エリス達の脱獄の手助けをしてくれるというのだ

「ボスから聞いてるよぉ!、アンタ達だね この監獄に落とされた魔女の弟子ってのは!、で?どいつだい?アルカナをめちゃくちゃにしやがったエリスってのは」

そうエリス達三人の中からエリスを探すように目を動かす筋肉女 力のテットはやや敵意を見せながら宣う…

「エリスがエリスですよ」

「ほう、アンタが…」

「この方が、シン様が恐れ ボスを倒し、カストリアにある本部も破壊したと言うアルカナの天敵…」

「何か言いたいことでもありますか?、聞きますよ」 

向こうが敵意を見せるなら こちらも敵意で答えるまで、木箱から立ち上がり 睨みあげるようにテットとヴァヴの前に立つ、アルカナの仇を討ちたいと言うのなら 相手になるのも吝かじゃ無いが…

「やめとくれ、やる気はないよ!アインやレーシュを倒しちまう怪物相手なんて無理さね!」

「そうね、聞いた話じゃシン様まで倒したらしいし 私達じゃ相手にもならない…、それにアルカナは私達を見捨てた、私達を見捨てた今は亡きアルカナの為に準ずるほど私達は真面目じゃない」

「そうですか、残念です」

「怖…、これがアルカナ絶対潰すウーマン…」

なんだそれ、エリスそんな風に呼ばれてるのか?、まぁ行く先々でアルカナを潰して回っていればそうも呼ばれるか、事実潰したし

「テットもヴァヴもガーランドも そして俺も、全員ネレイドに負けてここにいるのさ、エリス お前と同じだ」
 
「皆さんもネレイドに?…」

ネレイドの名を口に出すなり全員苦い顔をして一歩引き…

「ああ、アタシもヴァヴもボッコボコにされたよ、これでもパワーだけならアルカナ随一を自負してたんだが、負けたよ 真っ向から力勝負で」

「ええ、アルカナと分かるなり猛然と突っ込んできて魔術も何もかも吹き飛ばして張り手の一つで戦闘不能なんだから勝ち目が見えない…」

「儂もだ、何年もかけて集めた信者や幹部達がまるで紙吹雪のように吹き飛ばされる様は圧巻の一言であった、…この儂でさえ勝負にならぬとは 正しくあれこそ魔神の権化よ」

用意周到に構え 迎え撃ったヘットも 力自慢のテットも 魔術を奮ったヴァヴも、一つの組織を束ねていたガーランドでさえ ネレイドの前に叩き伏せられたと言う

強い…あまりに強い、流石は魔女大国最強戦力と呼ばれるだけはあるな、やはり彼女だけは四神将の中でも隔絶して強いようだ

「しかし、アンタもネレイドも同じ魔女の弟子だろ?仲間じゃないのかい?」

「魔女の弟子ってだけじゃ仲間じゃ無いですよ、事実エリスだって ここの二人の魔女の弟子と戦って酷い目に遭わされましたし」

「酷い目遭わせましたー」

「痛い目見せましたー」

キャッキャとはしゃぐアマルトさんもメグさんも、かつては命を懸けて争った間柄だ、当然 今のネレイドもこの二人と同じく今は敵対する仲にある、けれど だからこそ…信じている、いつかは彼女とも手を取り合えると

「ふぅん、まぁいいや アタシ達的には憎い相手だけど大恩のあるボスの為だ、手を貸してやるよ 魔女の弟子」

「ありがとうございます、テット ヴァヴ…、こうして争わない立場で出会えた事に感謝します」

「そりゃそうだ、で?ボス 脱獄の計画はちゃんとあるんだろう?」

「まぁな、おうお前ら 食いながらでいいから聞け」

すると、ヘットはポッケの中からくしゃくしゃになった紙を引っ張り出して 机代わりの樽の上にバァーッと広げる、おずおずとその中を覗けば これが驚いたことに全階層構造と全看守の動きとスケジュールの法則が事細かに書き込まれているではないか…

これ…、この事細かな情報があれば こいついつでも出れるんじゃ…

「監獄から外に出るには一つしか出口がねぇのは知ってるな?」

「はい、その鍵を持ってるのは監獄長と副監獄長の二人だけであることも」

「よく勉強してるな、だが監獄長のトリトンはロクにこの監獄に帰ってこない アイツは忙しいからな、だから実質鍵を持ってるのは副監獄長のダンカンだけだ」

なるほど あのデブちんか、アイツもアイツで強そうだし 障害であることに変わりはない、それにここは監獄 ダンカンに戦いを挑めば即座に数百の看守が飛んでくる、そうなれば戦うどころの話ではなくなる

「ダンカンもトリトンも常に鍵は肌身離さず持っている、奴らから鍵を奪うのは至難の技だろうな、けど…例外がある」

「例外…?、まさか鍵を手放す瞬間があると?」

「ああ、いつか分かるか?」

さぁクイズですという空気を醸し出せば、瞬く間にスッと手をあげる人間がいる、メグさんだ

「おトイレの時でございますか?」

「残念、トイレの時もアイツは鍵を離さない」

「うぇ、アマルト様…鍵はアマルト様が持ってください」

「なんでだよ!」

まぁそれは置いておくとして、ダンカンが鍵を手放す瞬間とは 即ち仕事よりも優先しなくてはいけない何かを行う時という事になる、神への祈り?いやそんなもの鍵を持ったままでも出来る、なら…いや まさか

「スポーツ…とか言わないですよね」

エリスがふと口にするとヘットはパチンと手を鳴らし正解とばかりにこちらに目を向ける、マジか 正解なのか…

オライオン人にとってスポーツとは即ち聖典に従う聖なる行い、何かを片手間にしたままでは行うまいと予想はしたが、まさかそれほどとは…

「ダンカンはあれでベースボールの名手、そして月に一度監獄内に持つ自分のチームを育てる為 奴は副監獄長の服を脱いでユニフォームに着替える、その時が唯一 奴が鍵を手放す瞬間だ」

「月に一度…、自分のチームを?」

「ああ、囚人達の中でも際立って運動神経がいい奴は看守からも優遇されててな、獄中でチームを組む事がが許される、そして数ヶ月に一度 看守対囚人の構図でスポーツ対決が行われるのさ、まぁ 囚人達の鬱憤晴らしと趣味を兼ねた催しって奴さ、そしてそれが二週間ってわけよ」

「なるほど、なら そこでダンカンの持ち物から鍵を盗んで外に出れば…忍び込めますか?」

「ああ、警備は厳重だが…その辺はなんとかなる算段だ、ダンカンは普段監獄長室に鍵をかけないしな、ただ問題があるとするなら…お前ら 自分の持ち物も取り戻したいだろ?」

「え?ええ…そりゃあそうですね、大切な物も取られてしまっているので」

「なら、それを奪い返すとしても時間が足りない、ダンカンの鍵とお前らの荷物 この両方を奪うなら、部隊を二つに分ける必要がある…」

するとヘットは監獄の地図の一箇所を指差す、そこは 監獄の地下に位置する…と言ってもここより上層になるが、その一点を指で指し示すと

「お前らの荷物はここにある、囚人の荷物を預かる施設だ…、だが ここの監獄に収容されている囚人の人数から言って凄まじい数の荷物がここにあるだろう、ここには常に魔術が解禁された看守が十数人規模で徘徊しているから そいつらの目を掻い潜って探すには時間がかかる」

「…確かに」

「と 言いたいが、ここにはいつでも忍び込めるから 期日までにお前らの荷物は探しておいて、予め目星はつけておく」

「え!?忍び込めるんですか!?」

「ああ、そこまでのルートはもう確保してある、持ち出しは無理だがな?…、だから その荷物を回収する部隊とダンカンの鍵を奪う二つの部隊に別れて行動する、これでいいか?」

…凄いな、用意周到だとは分かっていたが 仲間にするとこんなにも頼もしいのか ヘット、既にダンカンが鍵を手放す日取りを把握し、荷物が安置されている空間への安全なルートを確保し、それらを可能とする為の算段を既に用意してある

この男の行動は 思考した時点で終わっている…、我ながらよくこいつの計画を潰せたと驚くばかりだ、けれど…いや今はいいか

「部隊を分けて…って、大丈夫なのか?」

「そこはお前ら次第だぜボンボン坊や、俺らはあくまでサポートしてやるだけ、手を取り足を取りお外まで導いてやる気はさらさらない、外に出たけりゃ胆力見せろよ」

「そりゃそうだけども…」

「ま!、そういうわけだ!、どの道二週間後にならなけりゃどうすることも出来ねぇ、今はここで英気を養いな、飯も娯楽も山とあるんだからな!」

だははと笑うヘットは酒瓶をからにするなり立ち上がり、ポッケに手を突っ込むと

「んじゃ、そういうわけだ 俺は家に帰って寝る、あとは好きにやんな」

そういうのだ、ここに時間の概念はない、寝たいと思った時が夜なのだろう…実際の時間は多分まだ夕方くらいだと思うが、そんなもの この太陽のない世界では関係ないのだ

「そっか、じゃ 俺はカジノにでも行きますかね…」

「カモにされんなよ?ボンボン坊や」

「吐かせよ、全員オケラにしてやる」

そういうなりアマルトさんは先立ってダイナーから出て行く、彼も警戒心を無くしたわけではないのだろうが、今ここで変にピリピリしても無駄だと理解したのだろう、なら後はお言葉に甘えて遊ばせてもらうってスタンスで行くようだ

行き先はカジノ…、そう言えば彼 帝国でも娯楽エリアで荒稼ぎしたようだし、マレウスのカジノ街でも大勝ちしてたし、…ギャンブル強いのかな?今度教えてもらおう

「でしたら私はここで何か脱獄に使えそうなものが無いか探してみますね」

「お、嬢ちゃんは真面目だね」

「いやメグさんは単純に冒険したいだけな気がしますが…」

「何を言いますかエリス様!、私真面目ですよ!フンスフンス!、まぁちょっとワクワクしてますがね!、遊びだけの街とか!ワクワクしますがね!」

ワクワクしてるんだね…うん、彼女の享楽主義的な部分が大いに刺激される街である事は一目見れば分かる、さっきからウズウズしてたのも知ってる、それでも彼女は己の使命に何よりも従順であることも エリスは知っている

遊びながら 脱獄に使えそうな何かを模索してくれるだろう、なんて思いながら 立ち去るメグさんの背中を見送る

「せっかく再会出来たのに…お前ら、一緒に行動しないんだな」

「四六時中一緒にいる必要はありません、大切な時だけ側に居ればいいんですよ、エリス達は」

「そうかい、んで?お前はどうするんだ?どんな遊びだってここじゃあ叶うぜ?」

「でしたら、…貴方の屋敷に行きましょうか、貴方と話しておきたいことがあるので」

「奇遇だな、俺もだ…じゃあ行くかね」

ヘットが態々エリスの寝床をヘットの屋敷に指名したのは、きっと話したいことがあるからだろう、それはエリスも分かってる、だから乗るのだ エリスもヘットに聞きたいことがあったから…言わねばならないことがあるから

故に二人でダイナーを後にし、このクライムシティの奥地にあるボスの屋敷、ヘットの屋敷に 二人で向かう

しかし、それでもやっぱり不思議な気分だ ヘットと一緒に行動するというのはね…

………………………………………………………………

みんながそれぞれの場所に散り 二週間後と言う約束の時間を待つ中、エリスはヘット共に屋敷に帰ってきた、街は乱雑に散らかっていると言うのに 思えばこの屋敷だけは綺麗に思える

多分、ヘットがそういう性格だからだろう、床や棚の上にめちゃくちゃに物が散らばっているのが我慢ならないタイプ…、必要なものはいつでも撮れる場所に 必要無い物は捨てるか使わないエリアに、そして空いた空間には美しい芸術品を置く…、ヘットの趣味が垣間見える

そんなある意味整頓された散らかり方をしたヘットの家に戻ってきたエリスは、むせ返るようなお酒の匂いとタバコの煙が充満するヘットの自室へと招かれる、昔のエリスなら警戒して入りもしなかっただろうが 今のヘットならばいい

「さて?、久し振りに宿敵とゆっくり話せるんだ、上物を開けるか」

自室に戻るなり ヘットは際立って豪華そうなワインボトルを手に取る…

「また飲むんですか?」

「普段はこんなに飲まねぇよ、わからねぇか?はしゃいでんのさ 俺は」

「ならはしゃぎ過ぎです、体壊しますよ」

「お前は俺の母親か何かか?」

ワインボトルを開け あまり使ってなさそうなワイングラスを二つ取り出し 机の上に置くと共にソファに腰をかける…

「さて?、酒は飲める歳になったのか?」

「エリスはお酒は飲みません」

「硬いのか ガキなのか、後者だなこりゃあ、じゃあこれでも飲んでろよ」

そう言いながらヘットは何処からかグレープエードの瓶ともう片方のワイングラスをこちらに差し出してくる、お前も座って飲め と言うことだろうか…

まぁいいでしょう、話し合うなら 膝を突き合わせた方がやりやすいでしょうしね とエリスはヘットの向かいのソファに座り 机を挟む

「……へぇ、前はソファに座るだけで随分警戒してたのに、今回は随分無遠慮に座るんだな」

いつの話をしてるんだか、確かにあの時はかなり警戒してソファに座ったりしましたが、今はもうあんな風にあからさまに警戒しなくても周囲に注意を向ける手段を持っている、もう子供じゃないんですよエリスは

「分かりやすく警戒した方が良かったですか?」

「いや?、別に?ただ…こうして見ると、デカくなったなぁと思ってな」

「なんですか?父親ヅラですか?」

「母親ヅラされた仕返しさ、しかし…デカくなったなぁ オマケに美人にもなった、モテるだろ?ぶっちゃけさ」

「変なのばっかりにモテますよ」

「そりゃお前がそう言う星の下に生まれたからだ、諦めな」

ヘットがグラスに酒を注ぐ、エリスもまたグレープエードをグラスに注ぐ、ヘットのそれも葡萄酒だったからか 互いのグラスには血のような真紅の液体が中頃まで注がれ 向かい合っている…

「ほれ、乾杯」

「…乾杯」

ヘットが差し出すグラスに エリスも合わせ ぶつけるように乾杯を交わせば、静かな部屋にチンと甲高い音が鳴る、デルセクトに居た頃のエリスに 将来ヘットと乾杯を交わすことになる って伝えたら、どんな顔するかな

「はぁー…、久し振りに気持ちよく酒が飲めるぜ…」

グラスに口をつけ 酒気を帯びた息を吐き、ヘットはソファに雪崩れ込むようにもたれかかる、随分リラックスしている このまま放っておいたら、ソファの上で寝てしまうそうだ、だからその前に 聞くことだけ聞いておこうか

「…ヘット?」

「ん?、なんだ」

「なんで貴方は脱獄しないんですか?、あの計画書があれば 出来たでしょう?貴方には」

グレープエードに口をつけながら問う、あの脱獄計画書はかなりの物だったし エリス達に対して使うより自分に使っていれば、ヘットはこんなところに街を作ることはなかっただろう

一年半前脱獄を計画して捕まったとは言うが、それだってワザとだろう…その気になれば ヘットはいつでもここを出れていた、なのに彼はそれをしない

「………そうだなぁ、理由があるとするなら…」

やや 言い澱みながらヘットは一口酒を口に含むと、エリスから目を逸らしている…、そこに割り込むように エリスは先んじて口を開き

「疲れたからですか?」 

「…………」

そう 問いかければ、ヘットはピクリと眉を揺らして黙り込む

ヘットの姿は本当に疲れ切っていた…いや、その事には彼と会ったその時から気がついていた、ヘットの背中がやけに小さく見える理由、それは彼から情熱を一切感じないからだ、外に居た頃 エリスとバチバチにやりあったデルセクト時代に感じた炎を 今のヘットからは感じないんだ

酒をこんなに飲むのも 自堕落に過ごすのも、きっとそれが原因だ

「疲れて 疲れて、ここに拠点を作ったら居着いてしまった、そんなところでしょうか?」

「…お前は俺をよく見てるな、だがちょっと外れだ」

「外れ?…」

「ああ、疲れたのは当たりだが…それだけじゃない、まぁ お前に語るような事でもないから言わねぇけどな」

「それはズルくないですか?」

「大人はズルいもんさ、牢屋にぶち込まれるような類の奴は特にな」

だけどエリスは聞き逃しませんでしたよ、ちょっと外れということは大まかには当たってると言うことだろう?、彼の精神的な疲れは確かな物だ…それでも エリスを助ける為に動いてくれている事実は きっと…

「まぁいいです、言いたくないなら言わなくても」

「そりゃ助かる、……」

そう言うなりヘットは何か言うでもなく こちらを見るでもなく、目を閉じて静かに酒を飲んでいる、…ヘットの方にも何か話しがあったんじゃないのかな、それ こっちから切り出した方がいいんですか?

「…あの、ヘット エリスに話があったんですよね」

「あー、ああ…そうだな」

「聞き辛い事ですか?」

「いや、違う……ただ 然程重要な話でもない、ただ聞かせてほしいだけだ、お前がしてきた旅の内容、俺を倒して踏み越えた先で見た世界 それはどんな景色だったのかをな」

エリスが見てきた世界か、ヘットを倒した先にも 苦難は山ほど待っていた、それを一つ一つ解決しながらこうやってきたんだ 景色云々なんか言ってる暇はなかった…けど

「聞きたいなら、聞かせてもいいですよ」

「随分優しいな、お前なら死んでも教えない!とか言うかと…いや、もう子供じゃなかったな」

「ええ、大した話ではありませんが 酒のツマミにはなるでしょう…、デルセクトの後に何があったか ですよね」

この話は今の状況には何の関係もない、ヘットに教える必要もない、だが聞きたいと言うのなら エリスは彼に聞かさなければならない、彼を倒した者の責任として ヘットに勝った後どうなったかを教える義務がある

マレウスでアルカナの本部を潰した事やコルスコルピでアインをぶっ飛ばした事、エトワールでレーシュと死闘を繰り広げ 帝国でアルカナを消し去った事、話題は尽きない 

それらを一つ一つヘットに聞かせるように 語る、語って聞かせる

「波乱万丈だな、聞いてはいたが アインもレーシュもぶっ倒してるとは些か信じられないな、…アインもレーシュも俺の手に余る 人の皮被った化け物達だった」

「アインは実際に人の皮被った化け物でしたよ」

「あ やっぱ?、アイツ人前じゃ絶対飯食わないし試しに頸に葉巻押し付けてもケロっとしてたし 人じゃねぇ人じゃねぇとは思ってたんだよなぁ」

「何してるんですか…仮にも仲間でしょう?」

「だが実際には仲間じゃなかった、あそこにゃ俺の仲間はいなかった…部下も殆ど死んだしな」

「それ…は…」

ハッとする、確かにヘットの部下はみんな死んだ、グロリアーナさんが殆どを撃滅し 残った人間もみんな捕らえ…、そして 護送中に何者かに襲われ死んだ、恐らくシンだろう…

彼の仲間と言える部下達は全員死んで 右腕たるメルカバも護送中の事故で行方知れず デルセクトの報告じゃあ恐らく死んでいる、つまり彼だけが残っている…その事実にハッとして、言葉を失う…そこは考えてなかったな

「……なぁエリス、お前はこのままエノシガリオスに向かって、四神将と…ネレイドと戦うのか」

ヘットがもたれた体を起こし、エリスに顔を近づけながら 問う、戦うのか そう聞いてくるヘットの目は かつてのような情熱を宿しているようにも思える、ネレイド…彼にとってはエリス同様己の計画を潰した相手、それとエリスが戦う…彼にとってはどう言う意味を持つのか分からない、だが

「恐らく、戦うことになるでしょう…」

「そうか、…ネレイドと戦った俺から言わせてもらえば、アイツは心身共に完成しつつあり まさしく神サマから愛された究極の肉体を持つ人間と言えるだろう」

「究極の人間…」

「弱点らしい弱点もない、付け入る隙だって全く無い、そのくせべらぼうに強い…、国のため死に物狂いになって戦うアイツを止めるには アイツ以上の物を背負って、前に立つ必要がある」
 
それを俺は持ち合わせていなかったから負けた、テットもヴァヴもガーランドも ネレイドの背負うものに押し負けて ここに叩き込まれたと語る、それは エリスもまた同様に…彼女の覚悟についていけなかったから負けたのだとも言うようだった

「俺にはもう背負うものも何もない、だがお前は違うだろう エリス…」

「……はい」

だが、そうだ エリスには背負うものがある…、師匠の命と尊厳 いやそれだけじゃない、今はもっと 多くのものを背負って 背負わされてここに来ている筈だ、その重さと大きさ決してネレイドにだって引けは取らない、引けをとってはならないのだ

「お前はすげぇ沢山の物を背負ってる筈だ、だから…次は勝てよ、その背中の物 決して地につけるな、分かったな」

「…はい、ヘット 分かってますよ」

「なら、いい」

ヘットは柄にも無く熱くなって…いや、この男は芯に抱えるものは本来何よりも熱いはずなんだ、その熱を 今エリスに分け与えてくれているのだ、だって…エリスの背負う物の中には……


二人の静かで かつ 鋭い視線が交錯する、かつて敵として争い 全てを賭けて勝負をつけた二人の視線は、なによりも雄弁で言葉など要らず、今は互いにグラスで口を塞ぎたまま…この地獄の中で語り合うのであった

互いの信念を、次に向けられた戦いへの覚悟を…、淡々と……
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