孤独の魔女と独りの少女

徒然ナルモ

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九章 夢見の魔女リゲル

266.魔女の弟子と地獄の亡者

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「ようやく、この日が来ましたね 皆様」

「ああ、やっとこ このカビ臭い監獄からおさらばできるってもんよ」

誰にも聞かれぬ小さな声で、エリス達は独房の中で話し合う、ようやく時が巡ってきここに入れられ一週間と言う時が経ち、エリス達が遂に脱獄の実行を行う日がやってきた

メグさんが取った鍵の型 それを用いて今日の聖像の彫刻の時間に白岩石から瓜二つの石鍵を掘り出す、そうすることによりエリス達は鍵を手に入れ 廃棄口に向かうことが出来る、そこから直角に下る穴を降りて ゴミと共に外に出る

外に出て仕舞えば魔術も使えるから 後は野となれ山となれだ、この手枷だって魔術が使えればぶっ壊せるし、なんならメグさんの魔術で一度立て直すこともできる

ここから出ることさえ出来ればいいんだ

「ですが高々数時間足らずで鍵を掘り出すなんて 出来るんですか?メグさん」

「私に不可能なことはほぼほぼありません、ご安心を…エリス様はそんなことより鍵を手に入れた後の事を考えてくださいませ」

「…分かりました」

一応道案内役にティムという人間を仲間に引き入れてはいるが、やや信用できない男だ 道中奴がどんな風に裏切ってもいいように感覚だけは研ぎ澄ませておかないと…

バレたら厄介なことになる、タイムリミットのことも考えるとなるべくこの一回だけで成功させておきたい

そう意識を臨戦態勢と同じ状態に持っていくと同時に、今日の作業開始の合図となる鐘の音が鳴り響く、どうやら始まるようだ 聖像を彫る作業とエリス達の脱獄の時間がね

「おい、外に出ろ」

「はーい」

いつものように看守がエリス達の独房を開ければ エリス達も大人しく従い列に並び歩かされる、二列に並びまっすぐ歩かされる先は 作業場だろう、一週間も通いつめていればいい加減わかる

…チラリと背後を見れば エリス達の協力者たるティムの顔が見える、彼の顔もいつになく真面目だ…、いや緊張しているのか? 硬い顔でコクリとエリスの方へ頷いてくれる、彼も分かっているようだ

さてと、じゃあ最後の仕事だ、せめてこれくらいは真面目にやりますか…


「今日は聖像の彫刻だ、聖人ホトオリ様の御心を感じながら丁寧に打つように!」

皆が席に着くと同時に両手が自由になり 机に置かれた白岩石の立方体と向き合わされる、っていうかこの図面の人が聖人ホトオリだったのか、なんて どうでもいいか

「それでは!始め!」

鳴り響く看守の号令と共に、室内にカンカンと石を打つ音が聞こえてくる、エリス達もまた彫刻刀を手に打ち始める

「…………」

チラリとメグさんの方を見る、こうしてパッと見た感じ違和感は何処にもないが 知っているエリスには分かる、彼女は今目の前の石を打つフリをして即座に岩石から切り出した石片から鍵の型を掘り出しているんだ

その速度は凄まじいものであり、疑われないよう本来の仕事と並列して行ってもなお瞬く間に鍵の形が出来上がっていくのが見える

本当に器用極まりない人だ、なんでも出来るとは大口ではなく事実なのだろう…

(うん…あれなら本当にバレずに今日だけで鍵を作れそうだ)

エリス達の仕事といえばメグさんの足を引っ張らない為に何食わぬ顔で石をカンカンするくらいだろう…

「真面目に打てよ!真面目に取り組めよ!、聖人ホトオリ様は全てを見抜く目を持っていたとも言われている、故に真摯に取り組む者には救いを 邪な心を持って取り組む者には罰を与えるだろう」

看守が巡回しながら何か言っている、聖人ホトオリ…ロクにどんな人間か分かってもいないのに随分好き勝手言うんだな、まぁ一応信仰の対象のようだし 色々と話は付随するものか…

それより気になるのは副監獄長のダンカンだ、エリス達が入った最初の日以外 エリス達の前に姿を表すことはなかった…、聞くところによると彼は本来は常に一階で監獄運営の仕事をしているらしく ああやってどこか特定の階層に姿を見せるのは極めて稀だという

まぁ彼はこの監獄 最後の砦、そうホイホイと何処かに出向けはしないのだろう、…けど じゃあトリトンはどうしたのだろう

彼は今どこに居るんだろう、エノシガリオスに戻ったのか?ラグナ達の捜索な出向いたのか?、奴がどこに居るかによってエリス達の行動に変更点が出るほどに重要な存在 それが四神将…

分かっているのはローデとベンテシュキメの行方だけ、トリトンが今どこに居るかも分からなければ ネレイドの行き先も分からない、『ローデとベンテシュキメが追跡に当たった』というのならネレイドは?出来ればネレイドと邂逅したくない……


……いや違うな、違うぞエリス、負けっぱなしじゃ行けない それじゃあトリトンの言った『ネレイドこそ魔女の弟子最強』の論説を証明することになる

この旅の何処かでネレイドとは決着をつけなきゃ行けない、彼女はいい人だけど そんなもの今は関係ないんだ、勝つ…勝つ…絶対勝つ…

エリスは孤独の魔女の弟子、孤独の魔女こそが最強の師匠である事を弟子であるエリスは証明しなくてはいけないんだ…!

「…………!」

おっと、強く叩きすぎて石が砕けてしまった…、どうやら気が逸り過ぎたようだ

「アイツ…彫刻刀一本で石材を粉々に砕いたぞ…」

「あんなの初めて見た…」

「化け物かよ…」

なにやら周囲がヒソヒソと話している、しまった 注目を集め過ぎたか、 …新しく石材を持ってこよう…


…………………………………………………………

「では!それまで!、これより食事の時間とする!手早く済ませて午後の作業に備えるように!!」

トン と彫刻刀を机に置き、作業の終わりと共にエリス達は揃って立ち上がる、なるべく周りに溶け込むように 黙って気配を殺して

「…………」

チラリとメグさんを見れば、彼女は動かない ただ口元はほんの少しだけ綻ばせる、どうやら上手くいったようだ…

(じゃあこのまま食堂に移動するフリをして廃棄口を目指しますか…)

食堂に移動するまでの間は看守の数が減る、看守はの監視に移るからだ 、一週間もここにいれば看守全員の顔と名前を把握することなど容易、当然 彼らの一日の動きもエリスの頭の中には入っている

故に、監視が最も薄くなる地点も理解している…、作業場と食堂を繋ぐ長い廊下、その最中存在する別れ道…、数えて三つ目の別れ道 ここだ、ここは看守の監視最も薄い…

フラリと体を揺らして周りの囚人の目から逃れるように別れ道に走り、三人揃って物陰に隠れ 一息つく

「ふぅー、で?どうだ?メグ」

別れ道の奥に隠れ 闇の中で揃って座り込む、看守の指示に従わずこうして身を隠した時点で懲罰は免れない、もう脱獄は始まってしまった

アマルトさんの頬に緊張の冷や汗が流れる、ここからは勝負の時なんだ

「ええ、用意出来て居ますよ?」

そういうとメグさんはいつのまにか用意して居たボロ布の中からブツを取り出す、カピカピに乾いたポテトマッシュ…一週間前につけた鍵の跡にピタリとハマる石片、見事に同じ形の鍵が出来上がっている

「すげぇな、あの短時間でここまで仕上げるなんて」

「いえそんな、私としては気に入ってないんです、この鍵の飾りの部分のディテールが…」

「いやそこはどうでもいいだろ」

ペシリとメグさんの肩を叩くアマルトさんの背後でエリスは小さくガッツポーズが取る、よし 脱獄の為に必要な最重要項目はクリアした、後は廃棄口を通って外に出れば そこからは消化試合

よし、じゃあ

「じゃあ案内頼みますよ、ティム」

さぁお前の仕事だとエリスは背後に目を向けるが…

「……ティムはどこですか?」

居ない、ティムが居ない 事前の打ち合わせでここに来る事は彼には伝えてあるはずだ、たのに居ないってことは

直前で日和ってビビり散らしたか?、逃げたか?アイツ…

「不味いですね、どうします?」

「どうするもこうするもねぇだろ、エリス…」

「ええ、事前にある程度の道は調べてあります」

ティムがビビって逃げることはある程度想定には入れてある、だから廃棄口までの道のりは分かる、だがそれ以外の細かいことはどうしてもここに入って長いティムには劣る

これから先の脱獄の道は完全に未知の領域、出来るならここに詳しい案内役が欲しかったが…仕方ないか

「仕方ありません、ティム抜きで行きましょう」

「分かりました、では…」

ここからは時間との勝負、いつまでも食堂に姿を見せなければ看守だって気がつく、そうなる前に動き始めようと三人揃って膝を叩いて立ち上がる

さぁて、とっととこんなところおさらばして…



「待て、そこまでだ神敵」 

「え?…」

響く、エリス達三人以外の声…

野太く かつ 敵意に満ちた声と共に、カツカツと足音が響き渡り…、曲がり角から現れる看守の影に ゾッと背筋が寒くなる

「なにを話して居た」

「な…いや…」

看守だ、看守が現れたんだ、ここに来るはずもない看守が ここで…、間が悪い?運が悪い?分からないが、最悪のタイミングであることに代わりは…

「いい、答えなくてもな…、囲め!」

どう誤魔化そう そんな考えが浮かぶ前に看守は号令をかける、するとその言葉と共に曲がり角から凄まじい数の看守が現れエリス達を取り囲むのだ

い いやいや、これはおかしいだろ!?おかしいって!、だってこんな…

「ちょ!ちょっと待てよ!俺達ぁまだ何にもやってねぇだろ!、ただちょっとここで休んでただけでこんな人数連れてくるなんて…」

「お前達がやろうとしていることは理解している、だろう?ティム」

「は?」

看守達の包囲の中、見える影 それは確かに見覚えのある姿…

「へい、こいつらです こいつらが脱獄の話をしているのを聞いて」

「ティム…貴方何故…!?」

理解が出来ない、何故ティムがそこにいる そこで何故エリス達を裏切る、ここでエリス達を告発してお前に何のメリットがある、無いはずだ なにも無いはずだ、お前に得はない筈だろう…

そう、そう理解して居た エリスは、ティムがここで 寸前でエリス達を告発する意味が全くない事を、なのに事実ティムは今看守達にエリス達の脱獄計画を告発している、意味がわからない 意味がわからない…

「そういうわけだ、神敵エリス アマルト メグ、お前達三人を『脱獄実行』の罪と見なし これより懲罰房に送る」


「…………は?」

「くっ…!?」

その瞬間看守がメグさんの腕を取る、咄嗟に鍵を破壊し言い逃れをしようとしたメグさんの手を取りそれを阻止し、鍵を 内密に作って居た鍵を白日の下に晒す、最早言い逃れもなにも出来ない

いや、そもそも全てをティムにはバラされている時点でエリス達に出来ることなんか…

「な なんで、なんで こんな…一体…どう意味が、どう言う意図が…」

「意図もなにもあるまい、こいつは元よりこういう男だ 見誤ったな、神敵よ」

「それはどういう…!、ティム!答えなさい!こんなことをして何の意味が!そもそもこの話だって貴方が持ちかけて…!」

「うるせぇ!、俺は知らねぇ!知らないね!、神に逆らうゴミどもめ!地獄に落ちろ!」

ペッと地面に吐き捨てられる意味をなさない返答と唾に困惑は極まる、なにを間違えた こいつの事はハナっから信用して居なかった、だが こいつはそれを上回った、エリスの警戒云々以前に最初からこういうつもりだったのか?

信用しない云々以前の問題だったのか!?、こいつは…なんだ 何目的なんだ、一体何のために!

「この…っ!」

「抵抗は無駄だ、脱獄を実行することは疎か企むことだけでも重罪…、お前達は無界へ送る、いいな」

「いい訳ないでしょうか!百歩譲ってもそこのゴミ野郎も一緒じゃなきゃ納得いきませんよ!」

「彼は大切な情報提供者だ、ティム お前には点数をくれてやる…いいな?」

「はいぃ、ありがとうございますぅ…」

は?、点数?…今 点数って言いましたか?

何をそんな、へこへこと媚びへつらってるんですか、道端の物乞いのように手を擦ってありがたがっているんだ、そんな…そんな

「マジかよ…、アイツ それが目的で…」 

「うぅむ、私としたことが見誤りましたかね…」

まさか…まさかその為だけじゃないよな、たったそれだけの為だけにエリス達を利用してたわけじゃないよな、そんな なんの得にもならないような点数一つのために…為に!、こいつ…!

「さぁ来てもらうぞ…」

詰め寄る影、覆う影、手錠をされ 魔術を封じられたエリス達ではこの数の看守を前に出来ることなどなにもなかった、最初から全部筒抜けで ここでこうして捕まえることもハナから想定済みだった武装した看守達を前に、エリス達はいとも容易く捕らえられ…



そして…



…………………………………………

「……………」

「もっと早く歩け 神敵」

目を伏せ 耳をつくのは自らの足音とジャラジャラと手錠の揺れる音、前面と後面を看守に挟まれ、エリスは一人 ひたすら階段を下らされている、どうやらエリスはこの監獄最悪の地獄と名高い無界へ落とされるようだ

メグさんもアマルトさんも居ない、みんな別々に移送された、どうやら無界とは一つではないようだ…

『あぁぁあああああ!!!』

『だずげでぐれぇぇぇえええ!!』

彼方此方から囚人達の悲鳴が聞こえる、どうやらここはもう地下の懲罰房に入ったようだ…、血の匂いと苦痛の音だけが支配する地の底 ここはまさしく地獄と言えるだろう

「くっ……」

そんな中 エリスに恐怖はない、あるのは後悔と慚愧、ティムという人間を見誤った…、まさか道中ですらなく大前提から裏切って居たなんて、そもそもこうするつもりで声をかけてきたとは…

しかも、益になるかも分からない 不透明な点数稼ぎの為だけに…、看守の反応を見るに恐らくあれは初めてじゃないんだろう

…ああ、今思い返してみれば不自然な点はあった

そもそもだ、何故ティムは無界の詳細を知っている?、それはアイツが脱獄を企んだからだ、脱獄を企む事はそれそのものが無界送りに相応しい罪となる、事実彼と共に脱獄を企んだからだ同室の人間は無界に送られ精神を破壊されている

なのに、何故ティムだけは無事なんだ?、単純だ 奴はその時同じことをして居たんだ

疑うべきであった、彼の仲間が無界送りにされているのに彼だけが無事であることを、疑うべきだったし 気付ける材料はたくさんあった

焦り過ぎたんだ 外に出ることに、そこで目が眩んで多少のリスクくらいなら跳ね除けられるつもりで居た、そこが間違いだったんだ…、もっと慎重になるべきだった…

それがこんな結末を生んだ…、エリスがもっと しっかり考えていれば…!

「ついたぞ、ここだ…」

「……ここが」

辿り着くのは監獄の最下層…、外界とは完全に隔絶された地下の底 更に底を突き抜けた…底なしの地獄

長い廊下を超えて、遂に至った行き止まり、そこには一つの朽ち掛けた扉が存在して居た

「これが、無界…?」

「その入り口だ、手早く済ませよう…我々も罪の坩堝たるここには長居したくない、ここの空気を吸っているだけで身が穢されそうだ」

そういうなり看守は扉をゆっくりと…開ける、その先にあったのは


…無だ、なにもなかった いや正確にいうなら、先さえ見通せない闇

真っ暗な 根源的な恐怖を催す程の闇が広がって居た、この中に 今からエリスを?…

「さぁ、入れ…」

「ま 待ってください!、そもそもエリスはティムに唆されて…」

「喧しい!、早く…入れ!」

抵抗するエリスの首を掴み 看守は部屋の中にエリスを投げ入れる、するとどうだ 闇でわからなかったが どうやらかなりの高低差があるらしく、文字通りエリスは闇の中へと落ちていく

「ぐっ!?」

地面に叩きつけられ、咄嗟に上を見る…、さっきまで居た扉が 唯一の光が差し込む扉があんなにも高く見える、手錠されたままじゃ あそこまで這い上がれない、というかそもそも どこに壁があるんだ これは…!?

「これからはここがお前の独房だ、ここでお前は半年過ごしてもらう」

「は 半年も!?」

「食事は一日に一度 ここから落とす、上手く探して食うんだな…」

「ま 待っ…」

その瞬間 扉は閉ざされ、エリスの世界は 完全に黒に包まれた…

「あ…」

包まれた 闇に、世界が真っ黒になり エリスの目はなにも映さなくなる、ダメだ 半年も閉じ込められたんじゃ間に合わなくなる、急いで出ないと…!みんなを助けて それで…

「あぇ!?」

立ち上がろうと体を起こすが、どこに地面があるかも見えず足は縺れ再び地面に叩きつけられすっ転ぶ、ダメだ なにも見えない、魔術が封じられているから暗視の魔眼も使えない…

見えない、なにも見えない…、でも記憶通りなら確か こっちに壁があるはず…

「あれ…?あれ?」

分からない、いくら記憶通りでもなにも見えないから現在地も分からない、どこにどれだけ進めばいいのか分からない…というか

「…あぁ……」

見えないだけじゃない、なにも聞こえない、静かを通り越した無音…ここには何もない、エリスの感覚を刺激する何もかもが

あまりの静けさに自らの内臓の脈動が酷く喧しく 煩わしく、気持ち悪い

「……うぅっ…!」

何も見えない 何も聞こえない、何もない 何もない、その寂静は想像を超えるほどに恐ろしい、世界から己が切り離され 完全に孤独になってしまったかのような錯覚は 心に突き刺さる

これからここに、半年も?…

半年も…こんなところに閉じ込められるのか…?

……そりゃあ狂うな…これは

……………………………………………………


「ムヒヒヒヒ、それで?例の神敵は?」

監獄の一階に存在する副監獄長室に響き渡る愉快そうは笑い、いや笑うさ 愉快極まりないのだからと副監獄長ダンカンは大きな体を支える巨大な椅子に踏ん反り返って部下より事の顛末を伺う

「ハッ、ティムを使って上手く誘導し 無界へ送りました」

「そうかそうか、ムヒヒヒヒ ティムも便利な奴だ」

ティム…あいつはこちら側の人間だ、数年前に多くの者達と結託し脱獄を企み そして物の見事に失敗した連中、その中の一人だったティムを捕まると共に命乞いと一緒に仲間を売り出したのだ

情報も発案者も方法も何もかもをベタベタと喋り出した、全ては自分が助かりたいが為に 仲間と呼んだ者達もなにもかもを売った、そんな行い神は絶対に許さないだろう

だが、看守達は…いや ダンカンはそこに目をつけた、こいつは監獄を必要以上に恐れている、上手く使えば危険因子を炙り出し事前に潰すことが出来ると

故に彼と取引をした、今後 脱獄を企む者或いは企みそうな者がいたら近づいて、そして脱獄間近になったら密告しろ、そうすればお前は助けてやるし点数もくれてやると

当然仲間や友を売るティムの行いは許されるものではない、本当は点数なんか与えてないし今後も上手く使うだけだ、だがそんなことも知らずにティムは喜び勇んで囚人を売る裏切り者の立場についた

元々詐欺師をして居た奴はそう言う上手い話を嗅ぎ分けるのを得意としているし、上手く潜り込む為に嘘もつける、利用するにはうってつけだった

だから、トリーもエリス達をティムのいる五十八階に送ったんだ…

「ムヒヒヒヒヒ、流石はトリーだ ティムを使って神敵達を脱獄に誘導し 無界送りの口実を作るとは、彼の手練手管は俺も見習わなければなぁ」

神敵達は魔女より教えを受けた超人だ、どうせ放っておいてもそのうち脱獄を企むだろう、それも今回の物よりもずっと精度の高い物を、ならそれを許す前にティムを使って無界に送り奴らの精神をへし折っておく必要があった

それをここまで見事にやってのけるとは…、流石の一言だろう

「神敵達はこれで終わりだろう、彼処に入れられて無事な人間はいまい、どれだけの超人もあんな所に半年も閉じ込められれば心を折られる…、そうなればあとはこちらの思うままよ、ムヒヒヒヒヒ」

エリス達はこれで終わりだろう、無界から出てきた後も彼処の恐ろしさを身に染みて理解していれば脱獄も企むまい 反抗もすまい、これで一安というわけだ

「さてと…、それでトリーはどこだ?」

「ハッ、今監獄長は先日の遠征の件の資料をまとめる為街の方に降りて居ます、今後も方々を巡る予定だとか」

「むぅ、久々に共にキャッチボールをとでも思っていたが、やはり忙しいか」

「ですが、トリトン監獄長も早くダンとキャッチボールがしたいとも仰られて居ました、トリトン監獄長の豪速球を受けられるのは ダンカン副監獄長以外居ないですからね」

「ムヒヒ、そうかそうか …そうだなぁ、折角邪教が無くなって 平和になったんだ、彼にも今後は戦いの事を忘れて…平和にベースボールを楽しんでもらいたいものだ」

彼処までの天才球児が 戦士として駆り出される世の中なんて間違っている、誰もが平和にスポーツだけで競える…そんな平和な世の中に早くなってほしい、その為にも 悪を封じ込めるこの監獄は 未来永劫完全無欠でなければならない

相棒にして親友のトリーの為に、神敵達は断じて外に出すわけにはいかん、神敵エリス達はここで心を殺され 永遠に国民の奴隷として働いてもらうのだ、絶対にな…!

………………………………………………………………

あれからどれだけの時が経っただろうか、それさえも分からない この闇の中ではなにも見えな何も感じられない、全てを遮断するこの世界は エリスの記憶能力さえも狂わせる

「ダメだ諦めるわけには…くっ」

ふと口に出した声があまりにも喧しくて身悶えする、闇の中で何かを探ろうとする感覚はだんだん研ぎ澄まされて エリスを逆に傷つける

なにもされない 何もしない、ただ放置されるだけで勝手に囚人は自壊する、ここに入れられた囚人達が軒並み狂っていったのがよく分かる

…このままじゃ、エリスもそうなるだろう、メグさんもアマルトさんも…ダメだ、そんなのダメだよ 許せない、許せないのに 何もできない

「う…うぅ…」

地面に跪けば、涙が流れる…、悔しい 悔しい…仲間を守れない己が、師匠に会うことさえ出来ない己の無力さが、こんなところに諦めたくないのに、諦めるわけにはいかないのに

なにも出来ない、なにも許されない、これがオライオンの言う神の選択だというのなら 神とはなんと残酷で容赦がないんだ

そして、なんとエリスはちっぽけで…

「…負けられない」

いや違う、違う 諦められないじゃない、エリスはまだ 諦めてない、絶対に諦めない

師匠に会うんだ、仲間を助けるんだ…!こんなところで折れてたまるか!、エリスはみんなと一緒に師匠に会いに行き、そして救うんだ 師匠をみんなを!

なにが神の選択だ!、こちとら魔女の弟子だ!魔女の弟子が!神なんぞに屈してたまるか!!!!

「ぐぅっっ!!」

必死に体を起こし、何度も転びながら立ち上がり 歩き出す、何か打開策を探さねば、エリスが本格的に狂う前に!メグさんとアマルトさんもきっと今も足掻いているはずだ、二人を早く助けてあげないと

故に歩く、何度も縺れながら歩く、歩けど歩けど果ては感じられない…、広い あまりに広い、最早どちらの方角に扉があったかさえわからないが、それでもこの広大な闇の中を歩き

「…………」

歩き、歩き 歩き続ける

「………………」

進み、進み 進み続ける

「………………」

諦めない 絶対諦めない、そう何度も唱えておかしくなりそうな頭をぶっ叩き 進み進み…

「…………」

進み…進み…

「……」

進み続けて…

「…………?」

気がつく、なんか 聞こえないか?

「…………」

足音だ、エリスのか?いやエリスが止まっても足音は聞こえる、もしかして本格的に狂って



「ハァイ、君だね 魔女の弟子ってのは」

「え……」

突如、光る 音がする、光も音もない世界に 小さな光が灯り声がする、それは 闇の中に浮かぶ真っ白な顔で


「ぎゃぁぁああああああああああ!?!?!?」

おお お化けが出た!、お化けが出た!?、そういえばここで命を絶った囚人も何人もいるって!?、あああああ!?!?ダメダメダメです!エリスはまだそっちに行くつもりは…

「おや?もう狂ってしまったのかい?、ボスに聞いていたよりも脆い子なんだね君は」

「へ?…あれ?、貴方…確か」

あ、これ違う、マジで居る奴だ、だって顔に見覚えがあるもん

こいつは確か、エリスより先に無界に送られた …狂人ドラードだ、ドラードがいる…それも手にはなんか豪華なランタンを持って…なんで?

「え?あれ?、な…なんですか貴方、それランタン?」

「これが無いとここじゃなにも見えないからねぇ」

…なんか、上で見た時よりえらく理性的じゃ無いか?、全然狂ってなく無い?

え?え?、なんか混乱してきた?…なにが起こってるんだ?

「もしかしてエリスもう狂ってます?」

「人は誰しも最初から狂気を孕んで生まれている、それを狂っているなら或いはそうだけれど君の価値観に合わせて言うのならまだ君は狂っていない」

「すごい理性的ですね…、貴方も狂ってない?」

「ここに入れられる時点で私もまた俗世とは隔絶した価値観を持つが、まだ己を見失ったわけでないよ、ああ 上では挨拶しなくてすまないね、私はドラード 昔は哲学者をやっていた、噂の魔女の弟子とこうして会えて嬉しいよ」

ニッと恐ろしい顔で笑うと彼は爪の伸びきった手で握手を求めてくる、あんまりの事態によくわからないまま握手に応じると…

「ん?噂?そういえばボスって…、と言うか貴方はここでなにを、そもそもそのランプはどこから」

「質問が多いね、人は常に疑問を持ち考えることで答えに行き着くが私がその疑問に一つ一つ答える必要はどうやら無いようだ、全てはあれを見れば解決するだろう さぁついてきなさい、離れちゃいけないよ」

するとドラードはエリスを連れるように歩き出す、どこかに向かおうと言うのだ この閉ざされた世界の中で、ドラードは目的地は分かっているとばかりに真っ直ぐと歩いていく

一体どこへ向かうのか、闇が支配するこの世界をランタンで切り裂いて 進む先は

「ここは…壁?」

壁だ、頑丈そうな石の壁…、こんなところに連れてきてなにをしようと言うのか…

「ああ、壁だ けれど私はこう呼んでいる、入り口とね」

するとドラードは 石レンガの一つを手で押すと、それは呆気なく後ろへと窪み、それと共に 石レンガがみるみるうちに崩れ…中から、道が現れる  

ただの空洞じゃ無い、しっかりと塗装された道だ、隠し通路…?こんなところにそんなものが

何がどうなってるんだ?、夢でも見てるのか?、何が起きてるんだ…さっぱりわからない…

「さぁこちらに、案内するよ 我等の国へ」

「国…?」

疑問の尽きないを前に呆けているエリスを急かすように、ドラードはその道をゆっくりと歩き、歩き…すると、聞こえてくる

喧騒が、なにも聞こえなかった筈の耳が音を捉え、この目は 通路の先から溢れる暖かな火の光を捉え…、え? えぇ…

「えぇえぇえええええ!!?!?!?」

隠された通路の先、無界と言う地獄の中に隠された通路の先にあるもの、それを見て 果たして驚愕の声をあげない人間は居るだろうか、いや居るはずがない

だって、こんな…こんなところに、監獄の奥の 無界の中に、その先に隠された道の奥に…

「ま ま 街がある!?」

街があった、それも結構栄えている街が、豪華絢爛な建物と囚人服では無く綺麗な洋服を着た人々が行き交い 皆が笑う楽園のような街が、そこにはあった

え?外出た?いや違う、ここは地下空間だ だって上を見たら岩肌があるし、街もよく見たら岩に囲まれている、大規模の地下空間なんだ、信じられないが…監獄の地下にこんな巨大な街が隠れていたんだ

なんで、地下に それも監獄の地下なんかに街が…、それもこんな愉快そうな明るい街が!?

「こ…ここは?」

「ここはアンダーグラウンド・クライムシティ、ボスが作り上げた 悪の許されぬこの国で唯一の悪の街、それがこの地の名前だよ」

「ボス?、そういえばさっき言ってたボスって…」

「それはこれから会うから その目で確かめるといい、ボスも言っていたよ 君と久々に会うのが楽しみだとね」

「…久々?」

つまり、一度会ってる?…誰だ?、エリスはオライオンに知り合いなんかいない ましてやこんな所に街を構えるようなやつに…

黙々と考えながらもドラードの案内で街を歩く、しかし この街よく見てみたらなんか娯楽施設ばっかだな、カジノとか酒屋とかレストランとか 外の世界には無い遊びのための施設しかない

そしてそこで遊ぶ人間もまたみんな悪人ヅラ、ここにいるの全員囚人か?だとしたら上からここに来た人たちばかりなのか…

「さぁ着いたよ、ここがボスのいる屋敷さ」

「え?…」

ふと、ドラードに言われて前を見れば まぁ立派な屋敷がドンと構えられていた、ここ監獄だよな…監獄の地下に屋敷を…、一体どうやって、まぁいいや 中に入れば直ぐにわかるだろう、ドラードは屋敷の前に待機して エリスだけが屋敷の扉を開ける

「失礼しまーす…」

屋敷の扉を開けて 中に入ればまぁ愉快な作りになっていた、ビリヤード台や豪華な絵画、ワインボトルも其処彼処に置いてあり 娯楽には事欠かない、そんな屋敷の奥へ奥へと進んでいく

何故か 行き先はわかった、奥に…ボスと呼ばれる奴がいると、そんな気配を感じたから、それ何処かで感じたような、懐かしい気配が

「ここに…、ノックノーック…失礼しますね~」

理解は追いついていない、未だ頭の中は混乱の渦にと飲まれており、荒れる状況という名の波に攫われるように 呆然と 漠然と進んでいく事態に突き動かされ、エリスは扉を開ける

でも、この高鳴る胸の鼓動はなんなのか、いきなり無界に落とされ 窮地に陥ったかと思えば、瞬きの間に理解不能な自由の街へと誘われる、夢と言われた方が納得出来る状況を前に 高鳴るこの胸は…何に興奮しているのか?、或いは 何に対して…警鐘を鳴らしているのか

「っ…」

ゴクリと喉を鳴らし、ゆっくりと この屋敷の持ち主の部屋と思われる際立って豪華な部屋の扉を開けて、伺う 中の様子を…、ジロリジロリと顔だけ覗かせて

するとそこには、数多くの本と山のような酒瓶と遊び道具と葉巻の箱に囲まれて、机と椅子だけが整頓されて置かれていた、貴族が使うような豪華な座椅子、それに座る 一人の男が、背を向けたまま こちらに気がついたのか 頭を少し揺らす

男だ、それも漂わせる気配はかなりの修羅場を切り抜けてきた経験を思わせる 百戦錬磨の背中、……すぅー…いや 見たことあるぞ、この背中を、エリスは

そうだ この灰色の髪とタバコの煙を漂わせる、その背中に 見覚えが…

「ははははは、噂を聞いた時はマジかと疑ったが マジで監獄に入れられてたのかよ、お前…」

「え…」

聞き覚えのある声に、体が思わず臨戦態勢をとる、直感が告げこの男を前に油断するなと、それはかつての戦いで得た経験からくるもの、この声の持ち主に 何度も舐めさせられた辛酸を思わせる物

この日一番の衝撃が体を突き抜ける、ティムに裏切られたことも無界に送られたことも 地下にこんな空間があり そこに街があり 誘われたことも、全てがどうでもよくなるほどの衝撃を与えるその声…

この声は まさか、い いやいや、嘘だろ…なんでこの男がここに…

「ああ?、どうしたよ、黙りこくって、まさか忘れたか?、宿敵の顔をよぉ、なぁ?ヒーロー」

くるりと座椅子を回転させ男はこちら見て、ニタリと笑う…、記憶にあるよりも些か老けた でも、見間違えるはずもない その顔を

間違いない、信じられないけれど 全然信じられないけれど、でもこいつらならあの街を作り上げるくらいやってのけると言う確信もある、それをやれる男だとエリスは知っている

知っているんだ、エリスはこいつを…!

こいつは…こいつは……!?


「ヘット!?」

「そうだ、よく覚えてたなぁ、ってお前 バカみたいな記憶力持ってたっけなぁ」

ヘット …ヘットだ、灰色の髪と鋭い切れ目 油断ならぬ不敵な笑みを浮かべ当時よりもやや古びた背広を着込む姿はまさしくエリスの記憶の中にある姿と同じだ…

大いなるアルカナの大幹部 No.7 戦車のヘット、かつてデルセクトに混沌と堕落を持ち込んだ最悪の犯罪者にして デルセクトで何度もぶつかり合った文字通りの宿敵、それが今 エリスの目の前で愉快そうに笑っている

なんでこいつが、こいつはデルセクトでエリスに負けて…サフィールの海に沈んで…それで…

「やはり生きていたんですね!、貴方!」

そうだ…そうだよ、エリスは何処かで信じていた この男があんな所で死ぬわけないと、今も何処かで生きて何かを企んでいると…、だがまさかオライオンの監獄の中に街を作ってるなんて誰が予想するよ!

「まぁな、こうしてまた会えて嬉しいぜ…エリス」

「ッ……!」

ヘットが椅子から立ち上がった瞬間、エリスも合わせるように臨戦態勢を取るが ダメだ、相変わらずここは監獄の中なのか 魔術が使えない上手錠で手が使えない

両手と魔術を封じられた状態じゃヘットの相手はキツすぎる…!

「いいねぇその顔、俺の怖さは忘れてないって顔だ」

「…………」

「だけど落ち着けよ、殺すつもりならハナからお前をここに通してない、死んで欲しいならあの無界に置き去りにすればよかった…だろ?」

…そういえばそうだな、確かドラードはボスの指示でエリスを回収に来たと言っていた、つまり…

「エリスを…助けてくれたって…、事ですか?」

「ご名答、前よりちょっとだけ賢くなったか?」

「エリスに恩でも売ろうって心算なら無駄ですよ、エリスは貴方のしたことをまだ許してませんからね!」

「それが命の恩人に対する態度かねぇ、まぁいいや…それよりも、久々の再会を祝おうぜ 俺の宿敵」

そう言うなりヘットはエリスの手を拘束する手錠に何処から取り出したのか、鍵を差し込み この手を解放してくれ…て…え?

「なんで…」

「知らないのか?俺達悪人は手錠アレルギーなんだよ、いつまでもチラつかせるな 蕁麻疹が出る」

「い いやいや!、さっきから訳わからない事だらけで頭がパンクしそうなんですよ!、説明してください!なんでここにいるんですか!ここはなんですか!なんでエリスを助けてくれたんです!一人で納得した顔してないです説明!」

「元気だなぁお前…、説明ねぇ~」

するとヘットはグシャグシャと面倒そうに頭をかくと、ろくに説明もせず 徐に閉ざされた窓際まで歩くと 両手を使って両開きの窓を思い切り開ける

すると、地下だと言うのに外よりも明るい煌々とした街の光が屋敷の中に差し込み…、外の喧騒がこちらにまで響いてくる

「もう俺の作った街は見たよな、アンダーグラウンド・クライムシティ…いい場所だと思わねぇか?」

「はぁ?、無法地帯でしょ ここ」

促されるようにヘットの隣に立ち 街の景色を見る、確かに一見すれば賑やかで楽しそうな街だが、住人は全て犯罪者 全員酒を飲んで路上で暴れ、下品なカジノで遊び 下劣な笑みを浮かべ、法も秩序も何一つ感じない無法の街であることは すぐに分かる

ここが楽園?、末世の間違いだろうとヘットを睨めば

「そう言うなよ、ここはな 俺が一人で作り上げた街なんだ…知ってるか?、このプルトンディース大監獄は数千年前は元々巨大な地下迷宮監獄だったんだよ、けど 地下じゃあ穴を掘れば外に出れちまうと悟ったと当時の監獄長は魔女に直談判して今の監獄塔を作り上げたんだ」

監獄塔…、確かにプルトンディースが難攻不落とされるのはその高さ故だ、どうやっても下に行くには階段を使わなければならないと言うのは非常に厄介極まり無い、穴を掘っても辿り着くのは断崖絶壁…どうやっても外には出られない

地下に監獄があるよりは良いだろうけど、…とするとこの地下空間は当時 地下に監獄があった頃の名残か?

「地下迷宮の一部は懲罰房に改造されたが あまりの広大さに全てを管理しきれないってんで その殆どは埋め立てられ 監獄の歴史の中からも消された、…今の看守もここの存在は知らない、そこに 俺は目をつけたのさ」

「え?、目をつけたって…どうやってここのことを…」

「情報収集は悪事の基本なんでな、…二年前 このオライオンにやってきて、デルセクトの時みたいにぶっ潰してやろうとあれやこれやと手を回したんだが結局失敗して神将にぶちのめされてよぉ、俺とした事がここにぶち込まれちまってさぁ」

「ちょっと貴方!、全然懲りてないじゃないですか!」

「懲りてねぇよ?、勿論今もな?…監獄にぶち込まれてからもこの監獄の歴史を調べ上げて この地下迷宮の存在を知って、ワザと無界に潜り込んだのさ 看守の目も届かない冥府の奥に俺の王国を作る為にな、それがうまくいって この様さ、ちょろいもんだろ?」

なんて奴だ、監獄に入れられて尚懲りず 寧ろ監獄の秘匿性を逆手に取ってその中に自分の王国をたった一人で作り上げたなんて…

なるほど、話が読めてきたぞ…ティムの言っていた囚人を纏め上げた『アイツ』とはヘットの事なのだろう、確かにこいつなら瞬く間のうちに囚人達を従える事も造作もないだろう

そして、無界に送られたきり帰ってこなかったってのも …こう言う事だ、ここに自分の拠点を構えたから上に帰る必要がなかったんだ

…恐らく、ここにいる囚人もみんな無界に送られた凶悪犯達なんだ、向かいに送られる都度ヘットはそいつらをここに招き入れ手駒に変えた、ドラード達もきっとそうだ アイツらは狂って笑ってたんじゃない…嘲って居たのだ

何も知らない看守と自分たちとは違い檻に閉じ込められる囚人達を見て優越感に浸ってニタニタと、そして帰る時は適当にその辺の奴を半殺しにすれば またいつでもここに戻って来られる

このクライムシティの連中は監獄の中にあって看守よりも自由に過ごせてしまっているんだ、ヘットの所為で…

「ははははは、ここはいいだろうエリス、どんな悪徳も無法を犯しても それを咎める正義漢はここにはいねぇ、それどころか捕まって檻にぶち込まれることもねぇ だってここはもう監獄なんだからな!、…間抜けな看守どもはこの無界を恐れてロクに調べもしねぇからやりたい放題さ!」

「最悪ですね…、犯罪者の楽園を作る事が貴方の目的ですか?」

「ああ、そうさ?地上には俺達悪人の居場所はないからな…、だがここは違う、ここでなら俺達は自由に過ごせる、一日中酒を飲み ギャンブルに酔い、酔い醒ましに偶に囚人生活に戻って また自由にここに戻れる優越感に浸る、外にも協力者がいるからなんだってここに仕入れることが出来る…、これ以上の生活は ちょっと俺には思いつかねぇな」

フフフと笑うヘットはそのまま踵を返し 壁に立て掛けられた棚からワインボトルを取り出し 軽く指で栓を弾いてグビグビと中身を飲み干していく、悠々自適だ 監獄の中にいる人間の生活とは思えない

でもそうか、やはりヘットは生きていて デルセクトの時同様このオライオンでも活動していたのか、…そこを阻止してヘットをボコボコにしてくれた神将とはきっとネレイドだろう、彼女には感謝が尽きないな

けど、一つ気になることがある…、ヘットがここで活動していたのは二年前…だとすると

「アルカナには戻らなかったんですか?」

「んー?…」

二年前ならまだ帝国とアルカナがバチバチにやり合ってた頃だろう、ならオライオンよりもそちらに加担した方がヘットの目的も果たせると思うのだが…

「アルカナとは手を切った、というか切られた お前にマレフィカルムのことを教えた罪を裁くために…、組織の中でも二番目に強い審判のシンってのが俺の事殺しにきてさ、命辛々逃げられたのに、なんでそこに戻る必要があるよ」

「シンが!?」

確かにシンは組織内の自浄作用である審判の役を担っていた、それに…シンの記憶の中にもある、裏切り者のヘットを殺しに行くという記憶が…、確か とシンの記憶を探れば…

…デルセクトに訪れたシンはヘットを殺す為に攻撃を仕掛けた、だがヘットの鉄を操る磁気魔術とシンの雷魔術の相性は最悪、全霊で攻撃を仕掛けたものの シンもその生死を確認出来ていなかったのだ

シンはヘットを死んだものと断定したが…甘いな、ヘットはその程度じゃ死なない、上手く死を偽装してシンから逃げ果せたのだ

「シンを知ってるのか?、って そうか お前帝国とアルカナの戦いにも参加してたんだったな、なら そこでシンとも会ってるか」

「そんな事まで知ってるんですね…、ええ シンとは会いましたよ、そしてこの手で倒しました」

「マジかよ、あの化け物倒しちまうなんて…ホントに強くなったな、今の俺じゃお前に勝てそうにないな」

ソファに座るヘットに向かい合うようエリスもまたソファに座る、そうですよ エリスはシンを倒しました、かなりの辛勝でしたが倒しました、もうあの頃のエリスとは違うんですよ と、威圧するように睨むも ヘットはヘラヘラ笑ったまま酒を飲み…

「…で?、アルカナはどうなった?、外の情報を可能な限り探ったがそこまではどうやっても探れなかった、直接見にいくことも出来んのでな 教えてくれると助かる」

やや 寂しそうな空気を醸しながら、口にする

外に協力者がいるが故に外の事情に聡いヘットでもあの戦いの行方までは知れなかった…いや、予想は出来ているだろう 今もこの世界が正常に回っているという事が、どういう事なのかを

だが、だからこそ エリスは言う、ヘットに教えてやる、どちらが勝ったのかを

「アルカナは消えました、宇宙のタヴも捕縛され ボスのマルクトも逃走し、もうアルカナは跡形もありません」

「そっか、まぁそうだとは思ってたけどよ…、だって無茶だもん あんな杜撰なやり方で帝国潰すなんてな」

答えは予想以上に淡白だった、まるでなんとも思ってないかのような 淡白な言葉、彼に仲間意識はないのかな、仇を取ろうとか そう言う気持ちは湧いてこないのかな…

「はぁ、言っとくが先に手を切ったのはアルカナの方だ、捨てられた俺が今更どうこう思うつもりはねぇ、そもそも彼処に加入したのも都合が良かったからってだけだしな」

「そうですか、冷たいですね」

「そう言うもんさ、悪人ってのはな」

グビグビとヘットがワインを飲み干す音だけが響く、まぁ こいつはそう言う奴だろう、あそこまでアルカナには固執していたのきっとシンだけだ、悲しい話ではあるが そう言うもんだろう

「…ふぅー、なぁエリス」

「なんですか」

「改めて聞くけどよ、お前 助けてほしいか?」 

「…………」

助けてほしいか…か、ぶっちゃけて言うなら 既にヘットはエリスを助けてくれている、無界から救い出し手錠も外してくれた、もうかなりの恩人と言えるだろう 悔しいが

でも、それと同時に読めないんだ この男の狙いが、エリスとヘットはどうしようもないくらい敵だ、エリスを助けるフリをして後ろから串刺しにするような真似を平気でやってのける男だ

だが同時に思う、殺そうと思うなら なんで助けたと…

「迷ってるな?」

「…ええ、正直貴方は信用出来ませんから」

「だろうな、けどな 俺としてもお前にここにいられるのは嫌なんだよ」

「嫌…?」

「だってお前って俺にとっての疫病神だろ、せっかく作り上げたこの楽園をお前にぶっ壊されたらたまらねぇ、だから 言い方を変えよう、この監獄から出て行ってくれエリス、頼むから」

「…………言われなくても出て行きますよ、エリスは行かなきゃいけないところがあるんですから」

「ククク、そうかい ならそれを手伝ってやるよ」

そう言うとヘットは飲みかけのワインボトルをポイっと窓の外に投げ捨てる、すると誰かにボトルが当たったのか 何かが割れる音とともにか悲鳴が聞こえる、だがそれを誰も咎めない

ここは犯罪の街、あんなものここでは日常茶飯事なんだろう

「…………」

そんな中エリスは考える、やはりヘットの考えが読み切れない…エリスが邪魔なら無界で放置すればよかった、ここに居てほしくないならここで殺せばいい、それが出来る立場にいながらも ヘットはエリスを監獄から出してくれると言うのだ

どうして…、そんな感情がフツフツと湧いてくるが、今はそこに目を瞑ろう、どうせどうやったってコイツの考えは読めないんだ、だったら 乗るだけ乗ってみよう、それでダメなら …それまでだ

「肝の据わったいい目をするようになったな、体もケツもデカくなって美人になった、前会った時なんかこんなチビだったのに」

「なんですか?、父親ヅラなんかやめてください」

「そうじゃねぇよ、…ふぅ よしっ!そうと決まりゃあ早速脱獄 と言いたいが…、その前にやらなきゃならんことがあるな」

するとヘットは立ち上がりパンパンと服についたゴミカスとシワを払い、扉の近くに立て掛けてあるコートといつものテンガロンハットを被ると

「付いて来いよ」

「…分かりました、けど その前にお願いがあります、エリスの仲間が同じく無界に…」

「それも回収済みだ、今そこの酒場で飯食ってるよ…けど、再会は後だ お前に会わせたい奴がいる」

「会わせたい奴?…」

「ああ、其奴抜きで話を進めたら アイツ拗ねそうだからな、おい早くしろ」

「ちょ ちょっと待ってくださいよ!」

こうして、エリスはかつての宿ヘットと行動を共にする、デルセクトで鎬を削り 命を賭けてぶつかり合った相手と共に過ごす…奇妙な時間が今始まる
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