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石女に効く薬毒7
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それから私は心穏やかに相田家を出ていけた。
今となっては元の義母と義妹は私が出て行く最後の日まで嫌味を言い続けたけれど、それももう何も心に届かない。
義母はもう夫の子供を抱く事は出来ないのだ。そう思うだけで心は晴れやかだった。
私が家を出た時には誰も何も言わなかった。
夫は会社へ行っている時間だし、義母と義妹はケーキを食べながらテレビを見ていた。
最後の荷物は手に持ったバッグ一つだけで、私は家を出た。
出て行く瞬間に「亜紀美、塩撒いといておくれ」という義母の声がした。
ドアを閉めて、情けない五年間だったなぁと思った。
その足で吉森さん宅を訪ねた。
優子さんはパートが休みで、お姑さんと一緒にいた。
「お茶でも飲んで行きなさい」
と優しそうなお姑さんに勧められた。
「じゃあ、少しだけ、お邪魔します」
リビングには三歳になる女の子が遊んでいた。
「可愛い」
とつい声に出してしまう。
「智恵子さんも他の人とやり直したらすぐに赤ちゃん出来るわよ。不育症の原因は亜紀美さんの餓鬼だったんですって、お義母さん」
トレイに紅茶のカップを三つ乗せて、優子さんがキッチンからやってきた。
「まあ……そうだったの?」
それからお姑さんはふと沈んだような顔になり、何かを考え込んだ。
「どうかしましたか?」
「いいえ……あの子は昔から評判の意地の悪い子だったからねぇ」
お姑さんが呆れたような顔で言った。
「それでどうしたの? ああでも結局使わなかったのね。それで離婚を選んだの?」
「いえ、別の薬を買いました。あの人、浮気してましてね、その相手に子供が出来たみたいなんです……離婚の理由はそれで……」
「そうなの……酷い話ね」
お姑さんは眉をひそめた。
本当に嫌な話を聞いた、という風な顔だった。
「すぐにその方と再婚すると思います」
「そうなの。あなたにはもっといい人が現れるわよ」
お姑さんは優しくそう言ってくれたが、私は首を振った。
「いいえ、私、薬毒を使ったんです。二度と幸せにはなれません」
優子さんが私の前にカップを置いて、自分はお姑さんの横に座った。
「智恵子さん、餓鬼殺しでも子作りの薬でもないんでしょう? 一体、何を?」
「あの人が……二度と子供を持てないように、男性を不妊にする薬を使いました。その上、離婚の条件として、今回、授かった赤ちゃんを堕ろすように言いました。次の奥様になる人は若いのだから、すぐに次も出来るでしょうって言いました。赤ちゃんには罪はないのに……酷いですよね」
優子さんとお姑さんは顔を見合せた。
「まあ……それじゃあ、正樹君は二度と子供が持てないのね?」
「ええ、あの薬が本物なら……」
「あの店の薬は本物よ。うちも言ったでしょう? 餓鬼殺しに薬を使ったって」
「ほ、ほほほほ」
とお姑さんがさもおかしそうに笑った。
「そう! そうなの! 素晴らしいわ! 智恵子さん!」
突然、お姑さんが甲高い声を出して嬉しそうに笑った。
「相田家はもう終りね。正樹君の代で終わるんだわ!」
「お義母さん?」
優子さんも不思議そうな顔をして、急にテンションの上がったお姑さんに驚いていた。
吉森家はお姑さんもその息子さんも穏やかで大人しい人だ。
それからお姑さんはいきなり立ち上がり、リビングを出て行った。
「どうしたのかしら?」
「さあ」
優子さんも不思議そうにドアの方を見ている。
すぐにリビングに戻ってきたお姑さんの手には封筒が握られていた。
「智恵子さん……これを……お薬代の足しにでもしてちょうだい」
と私の手に封筒を無理矢理握らせた。
「え、あの?」
優子さんも首を傾げて「お義母さん」と言った。
お姑さんはほほほと笑っていたが、しばらくして泣き声になった。
うっうっうとしばらくは嘔吐くような声で泣いていたが、顔を上げた。
「お義母さん、何がそんなに悲しいの?」
と優子さんが聞くと、
「ごめんなさいね、悲しいんじゃなくて、嬉しいのよ」
と笑顔で言った。
「え?」
「本当にごめんなさい。生きているうちにこんなに嬉しい日が来るなんて……あのね、智恵子さん、亜紀美ちゃんの餓鬼ってどこから来たのだと思う?」
とお姑さんは不思議な事を聞いた。
「え? さ、さあ」
「私はね、うちの人からだと思うの」
お姑さんの言葉に優子さんが、
「お義父さん?」
と言った。
「そう、きっとそうなの……きっと亜紀美ちゃんはうちの人の子供よ」
私と優子さんは顔を見合わせた。
「そんな……」
「亜紀美さんがお義父さんの? じゃ、じゃあ、うちの人の異母妹って事ですか?」
「ええ、多分ね、あの人の癖の悪さは優子さんも知ってるでしょう? 酒癖も女癖も悪くて……相田さんの奥さんと怪しいと思ってた時期もあったわ……でもご近所だしね、子供も小さいし、とてもそれを追求する勇気なんかなかった。私達の時代は離婚して女手一つでなんて無理だったし……そのうちに治まるだろうって思ってたのよ……でも亜紀美ちゃんに餓鬼が憑いてるなら、きっとあの人の餓鬼を貰っていったんだわ。ほほほほ、それで結局、正樹君が自分の子供を抱けない、あの奥さんも正樹君の子供を……自分の孫を抱く事が出来ないなんて……なんて素晴らしいの! ねえ、あなたたちもそう思うでしょう?」
今となっては元の義母と義妹は私が出て行く最後の日まで嫌味を言い続けたけれど、それももう何も心に届かない。
義母はもう夫の子供を抱く事は出来ないのだ。そう思うだけで心は晴れやかだった。
私が家を出た時には誰も何も言わなかった。
夫は会社へ行っている時間だし、義母と義妹はケーキを食べながらテレビを見ていた。
最後の荷物は手に持ったバッグ一つだけで、私は家を出た。
出て行く瞬間に「亜紀美、塩撒いといておくれ」という義母の声がした。
ドアを閉めて、情けない五年間だったなぁと思った。
その足で吉森さん宅を訪ねた。
優子さんはパートが休みで、お姑さんと一緒にいた。
「お茶でも飲んで行きなさい」
と優しそうなお姑さんに勧められた。
「じゃあ、少しだけ、お邪魔します」
リビングには三歳になる女の子が遊んでいた。
「可愛い」
とつい声に出してしまう。
「智恵子さんも他の人とやり直したらすぐに赤ちゃん出来るわよ。不育症の原因は亜紀美さんの餓鬼だったんですって、お義母さん」
トレイに紅茶のカップを三つ乗せて、優子さんがキッチンからやってきた。
「まあ……そうだったの?」
それからお姑さんはふと沈んだような顔になり、何かを考え込んだ。
「どうかしましたか?」
「いいえ……あの子は昔から評判の意地の悪い子だったからねぇ」
お姑さんが呆れたような顔で言った。
「それでどうしたの? ああでも結局使わなかったのね。それで離婚を選んだの?」
「いえ、別の薬を買いました。あの人、浮気してましてね、その相手に子供が出来たみたいなんです……離婚の理由はそれで……」
「そうなの……酷い話ね」
お姑さんは眉をひそめた。
本当に嫌な話を聞いた、という風な顔だった。
「すぐにその方と再婚すると思います」
「そうなの。あなたにはもっといい人が現れるわよ」
お姑さんは優しくそう言ってくれたが、私は首を振った。
「いいえ、私、薬毒を使ったんです。二度と幸せにはなれません」
優子さんが私の前にカップを置いて、自分はお姑さんの横に座った。
「智恵子さん、餓鬼殺しでも子作りの薬でもないんでしょう? 一体、何を?」
「あの人が……二度と子供を持てないように、男性を不妊にする薬を使いました。その上、離婚の条件として、今回、授かった赤ちゃんを堕ろすように言いました。次の奥様になる人は若いのだから、すぐに次も出来るでしょうって言いました。赤ちゃんには罪はないのに……酷いですよね」
優子さんとお姑さんは顔を見合せた。
「まあ……それじゃあ、正樹君は二度と子供が持てないのね?」
「ええ、あの薬が本物なら……」
「あの店の薬は本物よ。うちも言ったでしょう? 餓鬼殺しに薬を使ったって」
「ほ、ほほほほ」
とお姑さんがさもおかしそうに笑った。
「そう! そうなの! 素晴らしいわ! 智恵子さん!」
突然、お姑さんが甲高い声を出して嬉しそうに笑った。
「相田家はもう終りね。正樹君の代で終わるんだわ!」
「お義母さん?」
優子さんも不思議そうな顔をして、急にテンションの上がったお姑さんに驚いていた。
吉森家はお姑さんもその息子さんも穏やかで大人しい人だ。
それからお姑さんはいきなり立ち上がり、リビングを出て行った。
「どうしたのかしら?」
「さあ」
優子さんも不思議そうにドアの方を見ている。
すぐにリビングに戻ってきたお姑さんの手には封筒が握られていた。
「智恵子さん……これを……お薬代の足しにでもしてちょうだい」
と私の手に封筒を無理矢理握らせた。
「え、あの?」
優子さんも首を傾げて「お義母さん」と言った。
お姑さんはほほほと笑っていたが、しばらくして泣き声になった。
うっうっうとしばらくは嘔吐くような声で泣いていたが、顔を上げた。
「お義母さん、何がそんなに悲しいの?」
と優子さんが聞くと、
「ごめんなさいね、悲しいんじゃなくて、嬉しいのよ」
と笑顔で言った。
「え?」
「本当にごめんなさい。生きているうちにこんなに嬉しい日が来るなんて……あのね、智恵子さん、亜紀美ちゃんの餓鬼ってどこから来たのだと思う?」
とお姑さんは不思議な事を聞いた。
「え? さ、さあ」
「私はね、うちの人からだと思うの」
お姑さんの言葉に優子さんが、
「お義父さん?」
と言った。
「そう、きっとそうなの……きっと亜紀美ちゃんはうちの人の子供よ」
私と優子さんは顔を見合わせた。
「そんな……」
「亜紀美さんがお義父さんの? じゃ、じゃあ、うちの人の異母妹って事ですか?」
「ええ、多分ね、あの人の癖の悪さは優子さんも知ってるでしょう? 酒癖も女癖も悪くて……相田さんの奥さんと怪しいと思ってた時期もあったわ……でもご近所だしね、子供も小さいし、とてもそれを追求する勇気なんかなかった。私達の時代は離婚して女手一つでなんて無理だったし……そのうちに治まるだろうって思ってたのよ……でも亜紀美ちゃんに餓鬼が憑いてるなら、きっとあの人の餓鬼を貰っていったんだわ。ほほほほ、それで結局、正樹君が自分の子供を抱けない、あの奥さんも正樹君の子供を……自分の孫を抱く事が出来ないなんて……なんて素晴らしいの! ねえ、あなたたちもそう思うでしょう?」
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