ヤクドクシ

猫又

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死者に効く薬毒4

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「ドゥ、ちょっと」
 骸がドゥを呼んだ 
 今日も人間の姿になって二人で店番をしていた。
 ハヤテは戻らず、ハナも意識を取り戻さない。    
 骸は店先の方へ出てくると携帯電話を取り出した。
「これ」
 骸が見せた携帯電話の画面は有名な動画投稿サイトだった。
 画面には黄色い文字で「愛猫が死んだので、生き返らせてみた。これは決して遊びじゃなく、本気でサーラが生き返る事を願ってやった動画です」とあった。
 場面が変わって猫と山下が遊んでいたり、猫が餌を食べたりと細切れに画像が移り変わっていく。そして動かない猫の前で呆然とする山下の姿。
 そこから山下の独白が始まる。
 いかに猫を愛しているか、猫をどうしても助けたいという悲痛な思いを語り、そして猫を生き返らせるという薬を手に入れた、という告白で終わっていた。
 続きはまた明日、と言う山下の嗚咽と泣き顔で動画は終わっていた。

「こいつ……」
 と骸が言った。
 ドゥは目を見開いて携帯電話の画面を見つめている。
 そこへ一匹の雌鬼が姿を現した。
 人間に化けてはいるが、狂気と残忍さをたたえた目をしている。
 金髪でチューブトップ、短パン、すらりとした足を惜しげもなく見せつけている。
 ドゥが見上げって、あっと言う顔をした。
「モネさん……」
 モネは壱の相棒で、やはり人間界で薬毒師をしている。
 派手な人間に化けてはその美しさとよく回る口で、薬毒師としての営業成績はダントツだった。
「心当たりがあるようね? あんた達、もしかして反魂丹を売ったの?」
「え……あの」
「ドゥ! ハヤテさんもハナも今、いないんでしょ? どういうつもり?」            とモネの声が冷たく響いた。
「す、すまねえ、モネちゃん」
 と骸が先に口をついた。
「あるわけないとか言われついむきになってあるって言っちまったんだ」    
「馬鹿なの? ねぇ、馬鹿なの? 二匹揃って」
「で、でも、あの」
 骸はおろおろと下を向いた。
 骸の相棒は壱で、今は単にハヤテの所に間借りしている身分だ。
 よその薬毒師の元で問題を起こすのは御法度で、壱の顔に泥を塗る行為だ。それをよりによってモネに見つかるとは。 
「おいらが売ったんだ。だって、客は本気で欲しがってたからさ。おいらにだって嘘か本気かくらい嗅ぎ分けられる。あの客は本気だったからさ。それに五百万だ。ハヤテさんがいないからって商売にならないのは駄目だと……思ってさ」
 とドゥが言った。
「気がつかなかったの? あんた達、顔をさらけだしてドゥなんか猫のまましゃべってるじゃん」
 モネは携帯電話の画面をドゥの顔にグイグイと寄せた。
「ご、ごめんなさい」     
「人間の金儲けなんかに利用されて腸が煮えくり返るわ。ハヤテさんや壱が知ったらあんた達なんか八つに裂かれても文句言えないわよ! 鬼の眷属とはいえ、あんた達みたいな元愛玩動物は人間の悪意や嘘を見抜けないでしょ! 人間はずるくて嘘をつく動物なの。嘘を本気と信じ込んで、自らを偽れる生き物なの。力もないし、生命力も無い人間の唯一の武器が嘘なの。嘘を嗅ぎ分ける目と鼻と耳がないあんた達は駄目なの! 分かった?」
 ドゥと骸は元の黒猫と犬の姿に戻って、頭を垂れた。
 ぐうの音も出なかった。
「ハヤテさんや壱がいない留守にこんな粗末な事しでかして! 落とし前はあんた達でつけなよ? うまくやらないと壱に言いつけるからね? 壱を怒らすとどうなるか知ってるでしょ! 骸!」
「あ、ああ。分かってるよ。モネちゃん」
 モネはドゥに携帯電話を投げつけてぷりぷりと怒りながら姿を消した。
「あちゃーだな」
  投げつけられた携帯電話を受け取った骸はもう一度その動画画面を再生した。
 ドゥと骸は鬼の眷属だが元々は人間界で長く生きてきた犬と猫だ。
 人間に可愛がられてきたペットとしての時間もあり、嫌われて水をかけられた野良時代も遠い昔にあった。ただ基本彼らは人間が好きだった。

 画面には山下が音楽とともに猫の亡骸を抱えて泣きながらしゃべっていた。
 愛猫の突然死に混乱と悲しみを全身で訴えている。
 悲壮感漂う青白い顔で山下は動かなくなった猫の身体をさすりながら、しゃべっている。
 一万件のコメントが殺到し、慰めや悲しみ、励ましの言葉が続々と送られてきている。
 その動画が前編として山下が泣きながら終わり、そしてその下に後編の動画が上げられていたので骸はそれを再生した。
 やはり山下は泣き顔で一睡もできてません、と断ってから、
「僕は悪夢をみているんだと思います。サーラがいる日常がこんなに幸せだったなんて……僕は……」
 山下は動画の中で男泣きに泣いた。それは視聴者を十分に感動させるものだった。
 そして山下は愛猫を無くした自分はきっと頭がおかしなっています、と前置きしてから、ドゥが売った薬包を取り出した。
 サーラを生き返らせる魔法の薬、と山下は言った。
 それに対してコメント欄は荒れたが、「僕だって偽物だって分かってる。五百万も払って何やってんだと思う。サーラが生き返るなんてあり得ない。でも、僕はサーラの為に出来る全ての事をやりたいんだ」と言った。
 所詮は他人の金、他人の言動だ。
 猫が生き返ろうが偽物の薬だろうが山下が何百万使おうが視聴者には痛くもかゆくもなく、面白い見世物を堪能出来る。山下は視聴回数を稼げて好感度もアップ、さらにチャンネル登録数も上がり金を稼げる。 
 それは一つの馬鹿馬鹿しい暇つぶしの番組でしかなかった。

「見たか?」
 と、骸が言い、ドゥは背中を丸めて手を逆立てている。
「クソ! おいら達があの薬毒を売ったでせいで、あいつは殺されちまったってのか!」
「そのようだな」

 ドゥと骸の目には山下がサーラの亡骸を抱いて泣いているその背後に、毛を逆立てて非道な主人へ抗議しているサーラの姿が視えていた
 サーラの首にはロープが巻き付き、舌はだらんと出て下がり唾液をまき散らした。
 苦まぎれにもがいた時、前足の爪は山下の腕に突き刺さったまま折れた。 
 山下は長袖、手袋でそれを隠しているが両手の甲が傷だらけなのは骸とドゥにはお見通しだった。
 サーラは酷く苦しげな悲哀な声で山下に懇願しながら息絶えた。
 その様子は山下の背後で唸っているサーラの思考から見て取れた。
 サーラは怒っていた。苦しかったと山下に抗議していた。
 その奥で、なぜ? どうして?と問いかけてもいた。
 信頼し、愛していた主人の山下が自分へ下した暴力が信じられず、悲しがっていた。
 ウーーーーっという唸り声の向こうで、悲しい悲しいとうったえていた。

「生まれた時から人間しか知らねえような猫だからな。ペットショップで繁殖させられて、人間が育てて人間に売られるんだ。可愛がってくれりゃあまだしも、こんな金儲けの道具に使われて殺されるなんざ、やりきれねえな」
 と骸が言った。
「おいら達の失態だ」
「ああ、壱ちゃんに知られたら喰われちまうよ……壱ちゃんが怒ったら怖いんだ……」
 骸は頭を抱えた。
「あの薬毒は本物なんだろ?」
「そうだ。本物だ。今夜、猫は生き返る。哀れなあの猫にやりたいようにやらせるだけであの人間は破滅だ」
 とドゥは言ったが、骸は顔をしかめて、
「俺たちをコケにした分の料金はきっちり貰ねえとな」
 と言った。 
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