きまじめ騎士団長とおてんば山賊の娘

猫又

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ダノンの秘め事

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 ナス魔道師はただ一人、室に閉じこもっていた。ラザ城の西にあるラナ塔は、王に覚えの良いナス魔道師専用の塔である。彼女はここで王の為の偉大なる予言をすると言う口実で何人たりとも出入りを許さなかった。
 瘴気を含んだ重くるしい空気は彼女にねっとりとまとわりつき、怪しげな影が現れては消え、消えては現れながら、ナス魔道師になにやらささやいている。彼女は大きな水晶玉に向かい、熱心に呪文を唱えていた。その玉の前にはレ-トの砂漠より持ち帰った二つの石が置かれて、石は黄色とオレンジ色に鈍い光を発していた。
「何か分かったか、ナス。残りの石はどこにある」
 隠し扉からダノンが現れた。
「せっかちな御仁じゃ。石は互いに呼びあっておる。四つの石が動いている。このジユダへ向かって来ておるわ」
「こっちから出向いて行く。どこにある」 
 ナスはしばらく水晶玉を見ていた。透明が曇り、序々に灰色になりそして暗闇を映した。 稲光がし、闇に溶け込んでいた漆黒の翼が玉の中に映し出された。濃い翠の瞳を持ち、それと同じ色の石を首につけている。ナスはその鳥に見覚えがあった。
「ほう、シドではないか。あやつが石を持っておったとは不覚じゃ」
「なんだ、この鳥を知っているのか」
 水晶玉を覗きこんでダノンが聞いた。
「ああ、我が王に予言し、この国へ派遣させた第十五級魔法人カ-タの愛鳥じゃ」
「それでは話は簡単ではないか。鳥一羽捕まえればよいのなら」
「そうはいかぬ。こやつは魔鳥の中でも最高位の鳥じゃ、へたな魔法人よりも魔力があり知性もある。ましてすばしっこくての」
 珍しくナスは笑い、愛しそうにシドを見た。
「お前の力ですぐここへ召喚せよ」
「それは出来ん。いくらわしでも望まぬ奴を呼び寄せる事は出来んよ。それに奴らが我らに加担するとは思えぬし、正直で愛すべき魔法人じゃからな」
「やはり、力ずくで奪おう。私は行くぞ」
「奴らはユラの宿場におる」
「分かった」
 ダノンはまた隠し扉から出てゆくと、大声でキースを呼んだ。キースはすぐにやってきたが、どことなく精彩を欠いていた。冷たい美しい顔には色がなく、葛藤と困惑がさまよっていた。
「ユラの宿場へ行く。そこに四つの石があるそうだ。何者かが石を持ちジユダまで来ているのだ。この私の願いをかなえるためにな。やはり私は選ばれた者のようだぞ」
 ダノンは醜悪な笑みを浮かべた。狂気の宿った瞳はもはや常人のものではなかった。
「キース、あのデニスと言う男はどうした」
「約束の金をやって放してやりました。どうせ酒場で飲んでいるでしょう」
「殺せ。金も取り戻せ。無駄な金を使う事はない。私はあんなクズには我慢がならん。生きていても何の役にもたたぬくせに一人前の顔をしておる。私がこの世を支配したら、あのようなゴミどもは一掃してやる。おお、そうだ、あのミラルカという生意気な小娘もな。私を馬鹿にしおったあやつには城のあらゆる処刑道具をつかって責めさいなんでやるわ。その時の泣き叫ぶ顔が見物じゃの」
 言い切って声高らかにダノンは笑った。そして妙な目付きで、弛んだ指でキースの肩に触れた。指はキースの肩から首、黒い頭髪までを虫のように這っていった。キースはかろうじて払いのけたい感情を押さえた。ダノンの強い体臭と、おぞましい指に悪寒と吐き気がした。
「のう、キース。私の気持ちは分かっておるだろう。お前は美しい。その引き締まった体も鍛えられた筋肉もなんと素晴らしい事か。まるで神の彫像のようじゃ。猛獣のような強さもしなやかさも、お前は私を虜にする。お前を見る度に私はときめくぞ。今すぐにでもお前を私の物にしたいが、我慢しよう。私が世の支配者になったあかつきには、思う存分にかわいがってくれるぞ」
 ダノンの瞳は潤み、分厚い舌は大きな唇を舐めた。
 キースはなんとも言えぬ嫌悪と反発を感じて何も言わず立ち去った。
 奴隷の子として生まれながら、宮廷に育ったキースは国王に感謝と敬意を持って仕えてきた。奴隷の子と侮蔑され、陰湿な差別に耐えたのも、鍛練に鍛練を重ね、一端の剣士になったのも国王の為なら自分の命を捧げてもよいと思ったからだ。国軍で特攻隊長に命ぜられてから戦場では命を捨て働き、外国諸国にジユダにキース・キャラバンありと名を聞いただけで恐れおののかれるようになった。それなのに気狂いの王弟の色と欲の中でこの身が朽ち果てて行くのかと思うと、今すぐ愛剣を喉に突き立てたい気分であった。
 キースは宮廷をうろついた。威厳と伝統が充満し、美よりも剣が似合うこの城こそ自分が仕えるにふさわしいと、そしてそのように生きてきた。女にも酒にも酔った事はなく、ひたすら戦いの中で生きてきた。
 ふと、ミラルカを思い出した。衝撃的な娘であった。今頃どこでどうしているのか。
「キース伯ではないか」
 暖かい澄んだ声にはっと我に返り、振り返るとフレンザ-・ドッケン二世の姿があった。「これは国王陛下、久しく拝謁をお許し願っておりませぬが」
「よいよい、堅苦しい挨拶はよい」
 慌ててひざを折り、うやうやしく言うキースを国王は軽く押し止めた。
「どうした、なにか生気がないようじゃの。悩み事でもあるのか。そういえば、ダノンとどこかへ出かけていたようだが。あやつが何か無理でも申すのか」
 人の良い、小柄な老人は気掛かりそうに尋ねた。
「いえ」
「貴公にも苦労をかけるな。前国王ははっきりしたお方じゃってな。跡継ぎは長兄と決めておった。それゆえ、あれには情をかけたりはしなかったのだ。不敏な子じゃ。わしにいつも遠慮して生きてきたのじゃ」
 国王はゆったりとした足取りでテラスへ出、暮れてゆくジユダの街を見た。国王の言葉と灰色と朱色に染まった空はキースの心を一層重くさせた。
「あやつはわしに心を開かん。ろくでもない貴族達や怪しげな魔道師と集い、小姓を部屋に引き込み喜んでおる。だからこそわしは貴公にあやつを任せたのじゃが、悪い事をしたようじゃな。忠誠は無理に誓わせるものではない。分かっておるのじゃ。しかし」
「もう何も申されますな。国王にお仕えするのが私の務めでございます。奴隷の子で終わる一生をこうしてお救いくださった国王陛下には感謝いたしております」
 国王は優しいほほ笑みをキースに向けた。
「今はそれが貴公の利点じゃの、キース。よく考えるのだぞ」
 もう一度ほほ笑んでから、国王はまたゆっくりと去って行った。
 一人残ったキースは国王の言葉をありがたく思った。しかし、国王の為にダノンの側にいるか、それともさっさと出奔するか。王族ではないし、貴族といっても名ばかりの彼を責める者はいないだろう。国王自身許してくれた。キースは大きく溜め息をついて、城の中へ入っていった。
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