きまじめ騎士団長とおてんば山賊の娘

猫又

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レイラとデニス

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 煙草の煙りと酔った人の吐息が充満した酒場でデニスは景気よく飲んでいた。女はデニスが振りかざす宝石と札束に群がり、男は羨望と嫉妬の目で彼を睨んでいた。しかしデニスの心は虚ろであった。迷いが虚勢をはり、決心を鈍らせた。彼は明日ジユダ国を出ようと思っていた。ビサスの島に行き、レイラに会うつもりであった。しかし、約束の二年はとうに過ぎているし、いつまでも彼女が待っているはずがないとも考えた。金は手にいれたが、自分はこんなに落ちぶれた。それに二人の女をあんな目にあわせて手に入れた金を彼女は喜ぶだろうか。分かっていた。レイラが愛した男は海の男、海神ポセラの息子である。豪気で陽気な、顔も体も日に焼け、筋肉の逞しい海の男なのである。今の自分はぜんぜん違う。痩せっぽちのケチな流れ者である。割に小心者のデニスは、よくない考えを頭から追い出す為に、浴びるように火酒を飲んだ。
 女は先を争ってデニスに身を任せようとした。彼の手を胸にあてる者や、太腿の間に滑らせる者、耳元で甘くささやき気をひく者。

 デニスはうるさくなり女達を振って表に出た。すっかり夜がふけて星が瞬いている。段々と街に明かりが消え、静寂が夜を支配しはじめた。うすら寒い風が吹いてデニスの体からはすっかり酒気が抜けてしまった。
 宿へ返ろうと彼が歩き始めると、幾つかの影が現れ彼の後をつけていった。おぼつかぬ足取りのデニスはひょろひょろと歩いている。影は頷きあい、足音もなくデニスの周囲に散った。街灯の途切れた場所でデニスは急襲された。光る物がデニスの背に走り、彼の背は血に染まった。甲高い悲鳴と共にデニスは地面に倒れのたうちまわった。二刀目が真上からくるのをかろうじて避けたが、彼は痛みと恐怖で意識が遠くなるのを感じた。
「た、助けてくれ。俺はなんにもしちゃいねえよ。なあ、殺さないでくれ」
 声にならない声で助けを乞うが、影は何の感動もなく、デニスへ最後の刃を向けた。
 キ-ンと音がして、小剣が影の剣を跳ね飛ばした。うろたえた影が周囲を見合わせる。
「たちの悪い盗賊らか、それとも剣試しの野蛮な傭兵か。死にたくなければさっさと行くがいいぞ」
 ダノンの企てを阻止しにやってきたキースは無印の鎧を着て覆面をした馬に乗っていた。
 影はそれに気がつかず無言でキースに斬ってかかった。一振りで最初の首が飛んだ。
 次には胴体を突き抜け、影は絶叫して果てた。
 残りの影はやはり無言で、しかしあまりの剣技に脅え、混乱して逃げ去った。
 キースは傷を負ったデニスを助け起こした。
「大丈夫か」
 兜の中からくぐもった声がする。
「へえ、助かった。あんたは命の恩人だ。あいつら一体何者だ」
 首を傾げてデニスは顔をしかめた。背中の傷がうずくのだ。
「早く手当をしないといけない。うちはどこだ。送ってやる」
 応急に布を巻いてやってキースは聞いた。
「特に決まった場所はねえが、とりあえずウズ通りまでお願いできますか」
「ウズ通りか、分かった」
 キースは彼を馬に担ぎあげた。
 自分の腰にデニスをくくりつけ、キースの胴にまわしたデニスの両手も前で縛った。
「しっかりつかまっていろ」
「へえ」
 馬に鞭をうって走り出した。
 町並みが後ろへと流れ、キースの愛馬は風のように走った。冷たい空気が剣のように二人を容赦なくたたく。やがて馬は廃屋が立ち並び、物乞いや乞食同然の占い師、たちの悪い連中が住みついている、さびれたウズ通りに入った。キースは馬を止め、デニスをおろしてやった。
「着いたぞ」
「へえ、すっかりお世話になっちまって」
 デニスは何度も礼を言い、おぼつかない足で歩き出した。
 キースはしばらくその後ろ姿を見ていたが、溜め息をつくと再び馬に飛び乗った。馬の方向を変え、鞭をくれようとした時デニスの叫び声がした。彼は確かにキースを呼んでいるようであった。さてはダノンの影どもが待ち伏せをしていたのか、とキースは舌打ちをして声の方に馬を進めた。
 ところがデニスは一人の女を抱きかかえて何やら叫んでいるのである。
 おまけに瞳には涙まで浮かべている。
「どうしたのだ」
「だんな、助けてください。この女は、こいつは、……」
 キースが馬からおりて女の腕を取ると、女は冷たくなっており、顔はすでに土色で息絶えかかっていた。
「これはいかん。死ぬぞ。この辺りに医者はおらんのか」
 泣きじゃくったデニスは首をふった。
「医者はいませんが、この先に医者くずれの飲んだくれじいさんがいます」
「そこへ連れていこう。案内しろ」
 キースは女を抱き上げた。デニスは自分の怪我も忘れたように、慌てて走り出した。
「じいさん。じいさん。開けてくれ。おいらだ、デニスだよ。助けてくれ」
 泣き叫ぶデニスの声は悲鳴に近くなり、腐りかけた木のドアをたたいた。
「なんじゃい、うるさいのお」
 のっそりと大きな図体をした、髭もじゃの男が現れた。
 男の息は酒臭く、真っ赤な顔をしている。
「助けてくれ。レイラが死んでしまう」
 キースは素早く中へ入り、汚いベッドへ彼女を寝かせた。
「診てやってくれ。この男の知り合いらしいが死にかけている」
「どれ」
 酔ってはいてもてきぱきとした動きで医者くずれの男は手当を始めた。
 デニスはレイラの手を取り、彼女の名を呼びながらしきりに謝っていた。
「おれに合いにきたのか。あんな遠い所から一人で。かわいそうに、辛い旅だったろう。すまない、許してくれ。レイラ」
「おい、泣いてる暇があったらそこの葡萄酒のびんをとれ」
 一喝されて、デニスははじけるようにびんを取りにいった。
 酒を口に流し込むとレイラの顔に少し赤味がさした。
「生気は取り戻したがしばらくは動かさんほうがいい」
 医者はそう言って自分も火酒を飲んだ。
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