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第九話 続き
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そんな二人に構うことなく、レクスは涼しい顔で鳥と会話を楽しんでいるようだった。
そしてレクスが先ほどより、強めに音を出した。
すると鳥も、それに答えるかのように、大きめの声で返してきた。
鳥の鳴き声と共に、少し強めの風がユラト達のいる丘の上に吹き付けた。
風で草が揺れ、いくつか草の葉が舞い上がった。
ユラトは、2人をなんとなく見ていたが、ダリオの大人気ない行動に呆れていた。
(あの2人、仲がいいのか悪いのか……だけど、ダリオさん……もう少し、大人になって下さいよ……)
そんなユラトにジルメイダが、軽く笑いながら近づいて来た。
「ははっ!ダリオに呆れているようだね」
ユラトは自分の思ったことを、そのまま口にした。
「そりゃあ、あんなの見せられたらね……」
それを聞いたジルメイダは、ひとしきり笑った後、少し真顔になりユラトに話し掛けた。
「はははっ、あの男は昔からあんな感じだからね。あんたがそう思うのも無理はないかもね……だけどユラト、あんたダリオに礼は言ったのかい?」
ユラトは、何の事だか分からなかった。
「―――え、なんのこと?」
「あんた、さっきの事思い出してみな」
(ダリオさんに……俺が?……良い事なんて、全然思いつかないんだけど……)
ユラトは考えを巡らしてみたが、思い当たるところは無かった。
(うーん……何かあったかな?)
「こりゃあ、何も分かってないって顔だね……」
ジルメイダはユラトに説明をし始めた。
「さっき、あたし達、ナイアードと戦っただろ?」
「うん、戦ったよ」
「その時、あんたの背中に向けて魔法が放たれて……」
そこで、ユラトは思い出した。
「ああ!そう言えば、あの時なんで無事だったんだろ?……」
「やっぱり、忘れてたのかい……あれはね、ダリオがあんたに『マナシールド』の魔法をかけてくれていたからなんだよ」
マナシールド
この魔法は魔法使いが使う魔法である。
魔力で、見えない魔法の膜を全身に張ることができる。
魔力を消費することで込めた魔力の度合いにもよるが、敵の攻撃を軽減、もしくは無効化することができる。
しかし、一回ダメージを喰らうとシールドは無くなってしまうため、かけ直さなければならない。
魔法使い達は魔法の詠唱中に、どうしても無防備になってしまうため、このマナシールドをあらかじめ戦闘が始まる前に自分にかけておくことで敵の攻撃を一回軽減したり、無効化できる。
この一回の軽減や無効化は、あるのと無いのとでは大きく生存率が変わってくる。
そのため、魔法使いが最初に覚える魔法でもある、重要な魔法。
また、仲間に一人だけかけることも出来るが、術者の一定の範囲内にいなければならない。
しかも、術者はその間、自分にかけることはできないため、無防備になる。
だから基本的には、魔法使いが自分だけに、かける魔法であるようだ。
また、魔力の消費も魔法が発動した場合、相手の攻撃の威力に比例して魔力の消費も大きくなる。
そのため、無効化するには相当の魔力の消費を覚悟しなければならないために、一日に何度も使用できるわけではなかった。
それをダリオは、ユラトにかけていたのだった。
ユラトは驚いた。
「ええっ!そんな魔法いつの間にかけていたんだろ……」
「あたしも最初分からなかったけどね、恐らく、あんたとダリオがさっき、じゃれていただろ、あのときだと思うよ」
それは、ユラトがダリオに向って気のない返事をした時の事だった。
ダリオは、その返事が気に入らなかったようで、ユラトのこめかみの辺りを両手の拳でぐりぐり擦りつけた。
訳もわからず、ユラトは抵抗したがダリオは構わずやってきた。
その時の事だと、ユラトはすぐに思い出した。
「あの時に……やっていたのか?」
「それしかないね、マナシールドは対象者に触れなければならないからね」
ユラトは、ダリオがマナシールドの魔法を、なぜ自分にかけてくれたのか分らなかった。
森の探索をしているときや、村にいるときも文句を言ってきたり、野次を飛ばして来ることが多かった。
だから、好かれていないと言う事は分っていた。
「なんで……してくれたんだろ……かなり嫌われていると思っていたんだけど……」
ジルメイダは、ユラトの呟きに対して、さも当然であるかのように答えていた。
「そりゃあ、決まっているじゃないか。このパーティーで一番死にそうなのは、あんただからね」
ユラトは、その言葉を聞いて少し考えた。
このパーティー構成で戦闘を行うならば前衛に立つのはジルメイダ、レクス、ユラトの三人になる。
ジルメイダはベテランの戦士であったし、レクスは森の専門家であり、優秀なドルイドの戦士。
リュシアは後衛になるため、ユラトより安全であるし、ダリオもいる。
そうなると、前衛の中で一番弱い存在はユラトだけであった。
(そうか……言われてみれば、そうかもしれない……)
ダリオは、それを長年の経験から予想し、自分よりもユラトを守ることを優先させたのであった。
ジルメイダは、やさしさと寂しさが入り混じったような表情でユラトに喋り始めた。
「パーティーを組むとね、一番最初に死ぬのは、大体あんたみたいな半人前の前衛クラスがやられちまうのさ……そういうのを何人も見てきてるからね。それであたしたち一部のベテラン連中で話し合ったのさ。若い冒険者を出来る限り育ててやろうってね……それはあたし達ベテランの冒険者の為にもなるからね。それなりの数の冒険者が賛同してくれてるのさ。あんたもあたし達以外に何か言われなかったかい?」
ユラトはガリバンが声をかけてくれたことを思い出していた。
(ガリバンさんが、俺に色々教えてくれたのはそう言うことなのかな……)
「そしてダリオも一応この考えに賛同している者の一人なのさ」
「それだったら、あんなことしないで、ちゃんと言ってくれれば……」
それを遮るようにジルメイダが話してきた。
「あいつがそんな素直に言うと思うかい?」
ユラトはジルメイダに言われてなんとなく理解は出来たが、納得はできないでいた。
「……はぁ、確かにそうだね……全部は納得できないけど……」
再び彼女は笑うとユラトの方にも一定の理解を示していた。
「ははっ!まあ、全部受け入れろとは言わないさ。あんたの言うことも分かるからね。それに今日の戦い振りを見ていれば、前衛もなんとかやっていけそうだとダリオも思ったんじゃないかね」
「そうだといいけど……ジルメイダも大変だね……だけど、ダリオさんってジルメイダにはそういうこと言わないよね、なんで?」
「ん、あたしにかい?」
「うん」
「あんたに言ってなかったね、そういや……」
ジルメイダの顔から少し明るさが消えた。
「あの男はね、あたしの旦那と親友だったのさ」
「だった?」
「旦那はもう、死んでいないのさ……」
「そうだったんだ……ごめん」
ジルメイダは自分の過去を思い出し、丘の上から遠くの景色を見つめ、ユラトに語りだした。
「いや、もう昔のことさ……大丈夫だよ。あたしにはあの人、『クライス』との間に子供が2人もいるからね。寂しくはないのさ。男の子と女の子で、女の子の方はあんたより少し年下なんだけど、剣の腕はかなりもんだよ。バルガの同年代の男よりも強いしね。昔のあたしに似て美しい、良い女に成長したと思ってるよ。性格も似ていてなんでもはっきり言う、さっぱりとした粋な女さ。今はあんたと同じファージア冒険者学校の戦士育成のクラスにいるのさ」
それを聞いたユラトは少しだけ、ジルメイダとその娘に親近感が沸いていた。
「そうなんだ、じゃあ、俺の後輩ってことか」
ジルメイダは軽く笑って頷き、話を続けた。
「男の方はあんたより少し年上で、あの人にそっくりでね、中身まで似てるんだよ。石なんて眺めて何が楽しいのか、あたしには全くわからないけどね。クライスと同じ鉱石の専門家になるために色々その辺をうろついているはずだよ」
ユラトは、その話を聞いて奇妙に思った。
(うろついているって……ちょっと変わった人なんだろうか……)
そして彼女は、そんなユラトに気づかず、懐かしそうに話ていた。
「あの人は鉱石の専門家になりたかったんだけど、島の外にも研究に行かなきゃならないから、先に魔法使いの勉強をして、そして冒険者になってから研究に没頭したいと思っててね。それでダリオとは魔法学院時代に知り合ったのさ。性格は違ったけど、お互いやることが同じだったって良く言ってたね」
「へぇ、そうなんだ」
「それであたしは魔法学院に、鉱山で採掘された石を運ぶ仕事で良く行くことがあってね。その時、あの人と出会ったのさ」
当時の事を思い出しているジルメイダは、少し嬉しそうだった。
「最初に惚れたのはあたしじゃなくて、あの人だったよ。あたしはバルガ以外の人なんて全然考えたこともなかったけど、何度もあたしのいる村まで訪ねてきてくれてね。それでいつのかにか、そう言うことになっていたのさ。それからダリオの奴、最初は魔法学院の教師になる予定だったんだよ」
ダリオの意外な一面を知ったユラトは驚いた。
「ええっ!……(悪いけど、あんまり想像できないな……)」
「ふふっ、だけど、あの性格だろ?だから諦めて魔法使いになって冒険者になる道を目指したって本人は言ってたけど、あたしに言わせたら、教師だって向いてると思うよ。あいつはずっと否定してるけどね。それで、あの人が学院を出て冒険者となって行くと決めたもんだから、あたしも仕事に付き合うために、戦士になって良く三人で冒険したもんさ。だけど、ある日……」
ジルメイダは、そこで少し黙ってしまった。
ユラトは、ジルメイダが辛く、話しづらそうな表情をしていたのを察した。
「ジルメイダ、辛いなら言わなくていいよ。俺……」
彼女は、深く落ち着きながらも、強い意志を感じさせる顔でユラトに話した。
「いや、聞いておいて欲しいことがあるのさ」
ユラトは静かに答えた。
「(なんだろう……)うん、わかった」
そして、ジルメイダは表情を元に戻し、話を再開した。
「ある日、ラスケルクから西に少し行ったところにある岩山の洞窟の探索にパーティーを組んで4人で行ったのさ……その日はついてなくてね、大きな洞窟で、魔物がたくさんいたのに宝箱は一つだけ。あの人、クライスの探してた鉱石もなくてね。仲間の一人がハッグの宝箱のトラップにかかって怪我をしたんだよ。そして、これ以上は長居しても無駄だと判断して洞窟の外に出たんだ…外は既に暗くなっててね、その日の夜は綺麗な月が出ていて、その月明かりを背にして奴は、いたんだ!……」
「……奴?」
ジルメイダは、少し間を置いてからユラトに質問をしてきた。
「……あんた『首無し騎士』の話って知っているかい?」
ユラトは、記憶のどこかで、その名前を聞いたことがあった。
昔の記憶を頼りに思い出してみる。
(えーっと……首無し騎士……確か、小さい頃にエルと2人でウェン爺さんから聞いた覚えがある……)
そして、ユラトは思い出した。
「『雨の国』だったかな……確か、首無し騎士の名前は『デュラハン』」
――――――【デュラハンの物語】―――――――
はるか昔、三つの国が、ある地域にあった。
一つは人間の住む国。
建国の時に王が、この地にいた『闇の水使い』と言われる魔女を倒した。
その時に雨の呪いを受け、頻繁に雨が降ることから『レインランド』と名づけられた。
二つ目の国も人間の住む国でレインランドと敵対していた国、『アルジール』。
三つ目の国は『ダークドワーフ』と言われる醜い容姿の闇の種族が住む国、『ヴォルム』
レインランドは二つの国に挟まれていた。
ある日、ダークドワーフの夜盗がレインランドの小さな村を襲撃した。
そのとき、その村で一番美しい人間の女がダークドワーフの国に連れて行かれた。
女は売られ、ダークドワーフの国の貴族に買われた。
そして、買われた先で女は、子を孕ませた。
子供を身ごもったことを知った、ダークドワーフの貴族はレインランドの村に、女を捨てた。
そしてレインランドの建国の王が死んだ日に、女は男の子を産んだ。
子供の名前は『デュラハン』と言った。
産まれた時から、すでに不幸だった。
母親は子供の顔を見ると呪われた定めにある事を知り、自分と子供の未来を悲観し、デュラハンを置き去りにしたまま、すぐに自ら命を絶った。
村の中で彼は、なんとか生き延びた。
デュラハンは、母親に似て、体格は細身で足が長く、髪の毛も艶のある美しい髪に肌や指先までもが白く美しかった。
しかし、顔だけがダークドワーフに似ていて、醜かった。
顔全体に吹き出物があり、特に酷いのは大きな団子鼻で、そこにただれたような痕があり、毛深く、目はギラギラしていて落ち着きが無かった。
デュラハンはその醜い姿だけではなく、闇の血も半分受け継いでいるため、人間の社会で迫害されて生きなければならなかった。
だから彼は前髪を伸ばし、できるだけ顔を隠すようにしていた。
そして実力をつければ、この厳しい現実から逃れられるだろうと思い、体を鍛え、剣術や学問を学び、必死に努力した。
その努力の甲斐あって、デュラハンはレインランド国の騎士の試験に合格し、騎士になることができた。
また彼は、醜い顔を隠すため、フルプレートアーマーと言う、全身を金属の板で覆う鎧を好んで着ていた。
そして、騎士になった彼は王城で、その国の姫に出会った。
姫の名前は『レーミア』と言った。
レーミアは十代後半であったが大人びていて、透き通るような白い肌に、腰まである綺麗な黒髪を持ち、目鼻立ちの整った美しい女性だった。
性格も良く、まわりの者への感謝や配慮を忘れない、やさしく清楚さと気品を持ち合わせた姫だった。
デュラハンはレーミアを見た瞬間、初めて恋と言うものを知った。
体が熱くなり、胸の鼓動は激しく、気が付けばずっと、誰かに注意されるまで彼女を凝視していた。
思えば、ずっと周りの人間に虐げられる少年時代だった。
そして強くなる為に、ひたすら人以上に努力し、生き続ける日々。
いつの間にか体も心も成長してしまっていた、ハーフダークドワーフの青年がそこに存在したのだ。
しかし、彼の過酷な生い立ちは、心に歪みをもたらしていた。
世の中を恨み、妬み、いつの日か自分の手で幸せに生きている者たちから奪ってやりたいと思うようになっていた。
デュラハンは社会に捨てられ、独りで生きてきた。
そんな中で無邪気に笑いながら幸せに生きている者達がいることが妬ましく羨ましかった。
それは騎士になれた今も同じだった。
(誰か……安らぎと温もりを、俺に……手に入れる方法は……誰も教えてはくれない……ならば!……)
そうした日々の中でデュラハンは、レーミアに対して恋だけではなく、どす黒い感情と野心を持つようになっていた。
この女を独占し、自分の物にしたい、そして、あわよくば、この国も手に入れてしまいたいと。
そうすれば、俺を見下してきたやつ等を始末できる。
いや、そんな事は今の自分ならば出来るはずだ。
(闇討ちしてやればいい……俺には、その実力がある)
もっと大きなことをするべきだ。
人のためではなく、自分のために。
そこでデュラハンは自分にとって邪魔なレインランドの重鎮達を次々殺害していった。
最初は隣国の間者に、やられたのだろうと人々は噂していた。
デュラハンのいるレインランド国と隣国のアルジール国とは度々、ちいさな小競り合いが続いていたため、多くのものがそう思っていた。
だが、時が経つにつれ、重鎮達が暗殺される事件が減ることは無く、余りにも頻発したため、内部の犯行ではないかと、多くの者が考えを変え始め、犯人探しが始まった。
殺害された事件が多すぎたため、犯人の手口や傾向が見えてくる。
そして、犯人像は絞られていった。
デュラハンは、その間にも頻繁に姫に近寄り、気を引こうとしたが姫はデュラハンに全く興味を示すことは無かった。
むしろ、デュラハンにあまり良い印象を持たなかった。
いつも、鉄の兜をかぶっていて、容姿はわからなかったが、話をすると物腰は柔らかかったが、会話の中からたまに見せる黒い野心や欲望をレーミアは感じ取っていた。
(この男は危険だ……きっと将来、この国に災いをもたらすかもしれない)
デュラハンはレーミアとの仲が一向に縮まらない事と犯人捜査が早くも自分に来る事を知り、焦っていた。
そんな時、レーミアと隣りの国のアルジール国の王子との婚約が発表される。
レインランドの人々は喜んだ。
多くの者が「これで平和が来るだろう」と。
レーミアとアルジールの王子『アルスト』は、出会った時に、お互い惹かれ合った。
アルストは、争いごとを嫌う、温和なやさしい男だった。
6つほど年上で、そのやさしさはレーミアを包み込むようだった。
レーミアは、この人の国ならば嫁いでも良いと思っていた。
花を愛で、楽器の演奏を好み、その日も美しい白い花が咲き乱れる庭園でレーミアのために曲を演奏していた。
花の香りに、甘く切ない音色の曲。
彼女は、うっとりとした表情でアルストの引く曲に聞き入っていた。
そして、レーミアの護衛として近くにいたデュラハンは、惹かれあう二人を見たとき、確信した。
(もはや……猶予は無い!)
彼に時間は無かった。
どうにかしてレインランドとアルジールの仲を裂く方法がないか彼は考えたが、なかなかいい方法が思いつかない。
そして、誰かの力を借りたいと思った。
その時、思い出したのは、自分の父親のことだった。
昔、村の人間に聞いた噂だと父親はダークドワーフの国でもかなり地位の高い人物だと聞いていた。
村に捨てられたときに、手に握らされていた家紋の入った指輪を彼は肌身離さず持っていた。
捨てられた身で、断られる可能性があったが、僅かな希望を頼りに彼は死を覚悟してヴォルム国へ向った。
彼の賭けは成功する。
父親は後継者を欲していた。
後を継ぐ者が居なかったのだ。
そして、アルジール国に見せかけレインランドを襲わせた。
レインランドの王はレーミアの兄の『ウェイド』王だった。
祖父が建国の王で、デュラハンが生まれた日に死に、その後を継いだのが父親であったが、病気で最近亡くなってしまった。
そして、その後を継いだのが、20代そこそこのウェイドだった。
襲撃の報を聞いたウェイドは、怒りに震えていた。
「おのれアルジールめ!……計られるとは……」
レーミアは、再びアルジールと戦うことは避けたかった。
「待ってください!お兄様!アルストさまは……」
「うるさい、黙れ!女が政に口を挟むな!我がレインランドを甘く見るとどうなるか教えてやる!デュラハン!大臣や各騎士団長を呼べ!」
「はっ!」
彼はまだ若く、経験も浅かったため、アルジール国に違いないと思い込み、レーミアとの婚約を破棄させた。
犯人捜査も中断され、デュラハンは捜査の手から逃れられた。
デュラハンは、ほくそ笑んだ。
(ククッ、手に入るぞ、もうすぐだ……だが、焦るな……慎重にやるんだ!)
そしてその頃、彼の心の中はレーミアの事で一杯だった。
決して手に入らないもの。
それは、願い望むことから、渇望へと変わるのに時間はかからなかった。
それ故、野心は小さくなっていた。
ただし、上へ上がらなければ彼女は手に入らない。
だから、彼は王にアルジールへ兵を送ることを進言した。
取り巻き達への根回しも、抜かりは無かった。
そして、王のデュラハンに対する信任は元々厚かった。
日々の中で抜け目無く、落ち度無く、着実に小さないくつもある階段を上って行くように、多くの者の信用を勝ち取っていた。
デュラハンの言葉を鵜呑みにした王は、決断する。
「アルジールへ、血の雨を降らせるぞ!」
かくして、レインランドの若きウェイド王は、アルジール国へ攻め入った。
しかし、アルジールは強かった。
アルジールは、荒涼とした大地の国だった。
更にその奥には広大な砂漠地帯があった。
それだけに、生きていくには過酷な場所だった。
その環境の中で生きる人々は、勤勉で冷静な人たちが多かった。
兵士達もレインランドの豊富な水や資源を手に入れられるならと必死に頑張っていた。
また王も、戦略眼に長けた人物であった。
次第にレインランドは劣勢になっていった。
このままでは、この国は負けてしまうだろうとデュラハンは思った。
そうなると、レーミアはどうなってしまうのか?
そう考えると、恐ろしかった。
(ならば、レーミアだけでも……いや、そもそもレーミアさえいれば後はどうでも良かったはずだ…ならば……)
デュラハンは、父親のいるダークドワーフのヴォルム国へ行き、レインランドへ攻めて欲しいと、父親に頼んだ。
父親はヴォルムの王の許可を貰い、レインランドへ攻め入った。
そして、2つの国から攻められたレインランドは、あっけなく陥落した。
その日の夜のレインランドは、赤く染まっていた。
至るところに撒かれた火は炎となって、町の建物や木々を焼いていた。
絶望に声を上げる人や泣き叫ぶ声、怒号などが響き渡っていた。
デュラハンは燃える町を見つめ、呆然としているレーミアを城から連れ出し、用意していた馬車に乗せ、その場を後にした。
デュラハン、レーミア、そして、姫の幼き日より、姉妹のように仲が良かった付き人の『パルミ』、護衛の騎士が一人だけだった。
デュラハンは逃げていく途中の中でレーミアと二人っきりになりたかった。
(後の二人は邪魔だな……消すか…)
だから、あとの二人を夜の闇に乗じて、休憩時間ごとに殺していくことに決めた。
まず最初に狙われたのは、護衛の騎士だった。
夜の森の中に入ったときに、偵察に一人で行かせ、そこを父親の部下の暗殺専門の間者に殺させた。
そして残るは、付き人パルミだけになった。
(この女は用心深いし、なかなか姫のもとを離れようとしない……しかも、こいつは俺がダークドワーフの国と通じていることを知っている可能性がある。そのことを姫に話していないか聞いておく必要があるな……)
レインランドがヴォルムに攻められる何日か前の日に、父の放った間者とデュラハンは会っていた。
そして、父親の息子であることを証明するために、彼は鉄兜を脱ぎ素顔を見せ、息子であることを証明した。
そのとき、部屋の近くで音がし、デュラハンは慌てて辺りを調べたが、誰もいなかった。
だが、誰かに見られた可能性があることをデュラハンは考えていた。
(不味いな……誰だ……?一体……)
デュラハンは捕まるかもしれないと思い、逃げる準備はしていたが、その後、誰かに咎められる事はなかった。
(気のせいだったのか?……いや、そんなはずはない!)
その時は誰であったのか分からなかったが、その後、パルミと会った時に彼女の態度が明らかに今までとは違うことにデュラハン気づき、その時に彼は「あれを聞いていたのは、こいつに違いない」と思っていた。
そこでデュラハンは、睡眠薬を姫の食事に入れ、姫だけを眠らせた。
その夜は、急に大雨が降り出していた。
今いる長い森の中を抜けると、ダークドワーフの国まであと少しの距離だった。
そしてレクスが先ほどより、強めに音を出した。
すると鳥も、それに答えるかのように、大きめの声で返してきた。
鳥の鳴き声と共に、少し強めの風がユラト達のいる丘の上に吹き付けた。
風で草が揺れ、いくつか草の葉が舞い上がった。
ユラトは、2人をなんとなく見ていたが、ダリオの大人気ない行動に呆れていた。
(あの2人、仲がいいのか悪いのか……だけど、ダリオさん……もう少し、大人になって下さいよ……)
そんなユラトにジルメイダが、軽く笑いながら近づいて来た。
「ははっ!ダリオに呆れているようだね」
ユラトは自分の思ったことを、そのまま口にした。
「そりゃあ、あんなの見せられたらね……」
それを聞いたジルメイダは、ひとしきり笑った後、少し真顔になりユラトに話し掛けた。
「はははっ、あの男は昔からあんな感じだからね。あんたがそう思うのも無理はないかもね……だけどユラト、あんたダリオに礼は言ったのかい?」
ユラトは、何の事だか分からなかった。
「―――え、なんのこと?」
「あんた、さっきの事思い出してみな」
(ダリオさんに……俺が?……良い事なんて、全然思いつかないんだけど……)
ユラトは考えを巡らしてみたが、思い当たるところは無かった。
(うーん……何かあったかな?)
「こりゃあ、何も分かってないって顔だね……」
ジルメイダはユラトに説明をし始めた。
「さっき、あたし達、ナイアードと戦っただろ?」
「うん、戦ったよ」
「その時、あんたの背中に向けて魔法が放たれて……」
そこで、ユラトは思い出した。
「ああ!そう言えば、あの時なんで無事だったんだろ?……」
「やっぱり、忘れてたのかい……あれはね、ダリオがあんたに『マナシールド』の魔法をかけてくれていたからなんだよ」
マナシールド
この魔法は魔法使いが使う魔法である。
魔力で、見えない魔法の膜を全身に張ることができる。
魔力を消費することで込めた魔力の度合いにもよるが、敵の攻撃を軽減、もしくは無効化することができる。
しかし、一回ダメージを喰らうとシールドは無くなってしまうため、かけ直さなければならない。
魔法使い達は魔法の詠唱中に、どうしても無防備になってしまうため、このマナシールドをあらかじめ戦闘が始まる前に自分にかけておくことで敵の攻撃を一回軽減したり、無効化できる。
この一回の軽減や無効化は、あるのと無いのとでは大きく生存率が変わってくる。
そのため、魔法使いが最初に覚える魔法でもある、重要な魔法。
また、仲間に一人だけかけることも出来るが、術者の一定の範囲内にいなければならない。
しかも、術者はその間、自分にかけることはできないため、無防備になる。
だから基本的には、魔法使いが自分だけに、かける魔法であるようだ。
また、魔力の消費も魔法が発動した場合、相手の攻撃の威力に比例して魔力の消費も大きくなる。
そのため、無効化するには相当の魔力の消費を覚悟しなければならないために、一日に何度も使用できるわけではなかった。
それをダリオは、ユラトにかけていたのだった。
ユラトは驚いた。
「ええっ!そんな魔法いつの間にかけていたんだろ……」
「あたしも最初分からなかったけどね、恐らく、あんたとダリオがさっき、じゃれていただろ、あのときだと思うよ」
それは、ユラトがダリオに向って気のない返事をした時の事だった。
ダリオは、その返事が気に入らなかったようで、ユラトのこめかみの辺りを両手の拳でぐりぐり擦りつけた。
訳もわからず、ユラトは抵抗したがダリオは構わずやってきた。
その時の事だと、ユラトはすぐに思い出した。
「あの時に……やっていたのか?」
「それしかないね、マナシールドは対象者に触れなければならないからね」
ユラトは、ダリオがマナシールドの魔法を、なぜ自分にかけてくれたのか分らなかった。
森の探索をしているときや、村にいるときも文句を言ってきたり、野次を飛ばして来ることが多かった。
だから、好かれていないと言う事は分っていた。
「なんで……してくれたんだろ……かなり嫌われていると思っていたんだけど……」
ジルメイダは、ユラトの呟きに対して、さも当然であるかのように答えていた。
「そりゃあ、決まっているじゃないか。このパーティーで一番死にそうなのは、あんただからね」
ユラトは、その言葉を聞いて少し考えた。
このパーティー構成で戦闘を行うならば前衛に立つのはジルメイダ、レクス、ユラトの三人になる。
ジルメイダはベテランの戦士であったし、レクスは森の専門家であり、優秀なドルイドの戦士。
リュシアは後衛になるため、ユラトより安全であるし、ダリオもいる。
そうなると、前衛の中で一番弱い存在はユラトだけであった。
(そうか……言われてみれば、そうかもしれない……)
ダリオは、それを長年の経験から予想し、自分よりもユラトを守ることを優先させたのであった。
ジルメイダは、やさしさと寂しさが入り混じったような表情でユラトに喋り始めた。
「パーティーを組むとね、一番最初に死ぬのは、大体あんたみたいな半人前の前衛クラスがやられちまうのさ……そういうのを何人も見てきてるからね。それであたしたち一部のベテラン連中で話し合ったのさ。若い冒険者を出来る限り育ててやろうってね……それはあたし達ベテランの冒険者の為にもなるからね。それなりの数の冒険者が賛同してくれてるのさ。あんたもあたし達以外に何か言われなかったかい?」
ユラトはガリバンが声をかけてくれたことを思い出していた。
(ガリバンさんが、俺に色々教えてくれたのはそう言うことなのかな……)
「そしてダリオも一応この考えに賛同している者の一人なのさ」
「それだったら、あんなことしないで、ちゃんと言ってくれれば……」
それを遮るようにジルメイダが話してきた。
「あいつがそんな素直に言うと思うかい?」
ユラトはジルメイダに言われてなんとなく理解は出来たが、納得はできないでいた。
「……はぁ、確かにそうだね……全部は納得できないけど……」
再び彼女は笑うとユラトの方にも一定の理解を示していた。
「ははっ!まあ、全部受け入れろとは言わないさ。あんたの言うことも分かるからね。それに今日の戦い振りを見ていれば、前衛もなんとかやっていけそうだとダリオも思ったんじゃないかね」
「そうだといいけど……ジルメイダも大変だね……だけど、ダリオさんってジルメイダにはそういうこと言わないよね、なんで?」
「ん、あたしにかい?」
「うん」
「あんたに言ってなかったね、そういや……」
ジルメイダの顔から少し明るさが消えた。
「あの男はね、あたしの旦那と親友だったのさ」
「だった?」
「旦那はもう、死んでいないのさ……」
「そうだったんだ……ごめん」
ジルメイダは自分の過去を思い出し、丘の上から遠くの景色を見つめ、ユラトに語りだした。
「いや、もう昔のことさ……大丈夫だよ。あたしにはあの人、『クライス』との間に子供が2人もいるからね。寂しくはないのさ。男の子と女の子で、女の子の方はあんたより少し年下なんだけど、剣の腕はかなりもんだよ。バルガの同年代の男よりも強いしね。昔のあたしに似て美しい、良い女に成長したと思ってるよ。性格も似ていてなんでもはっきり言う、さっぱりとした粋な女さ。今はあんたと同じファージア冒険者学校の戦士育成のクラスにいるのさ」
それを聞いたユラトは少しだけ、ジルメイダとその娘に親近感が沸いていた。
「そうなんだ、じゃあ、俺の後輩ってことか」
ジルメイダは軽く笑って頷き、話を続けた。
「男の方はあんたより少し年上で、あの人にそっくりでね、中身まで似てるんだよ。石なんて眺めて何が楽しいのか、あたしには全くわからないけどね。クライスと同じ鉱石の専門家になるために色々その辺をうろついているはずだよ」
ユラトは、その話を聞いて奇妙に思った。
(うろついているって……ちょっと変わった人なんだろうか……)
そして彼女は、そんなユラトに気づかず、懐かしそうに話ていた。
「あの人は鉱石の専門家になりたかったんだけど、島の外にも研究に行かなきゃならないから、先に魔法使いの勉強をして、そして冒険者になってから研究に没頭したいと思っててね。それでダリオとは魔法学院時代に知り合ったのさ。性格は違ったけど、お互いやることが同じだったって良く言ってたね」
「へぇ、そうなんだ」
「それであたしは魔法学院に、鉱山で採掘された石を運ぶ仕事で良く行くことがあってね。その時、あの人と出会ったのさ」
当時の事を思い出しているジルメイダは、少し嬉しそうだった。
「最初に惚れたのはあたしじゃなくて、あの人だったよ。あたしはバルガ以外の人なんて全然考えたこともなかったけど、何度もあたしのいる村まで訪ねてきてくれてね。それでいつのかにか、そう言うことになっていたのさ。それからダリオの奴、最初は魔法学院の教師になる予定だったんだよ」
ダリオの意外な一面を知ったユラトは驚いた。
「ええっ!……(悪いけど、あんまり想像できないな……)」
「ふふっ、だけど、あの性格だろ?だから諦めて魔法使いになって冒険者になる道を目指したって本人は言ってたけど、あたしに言わせたら、教師だって向いてると思うよ。あいつはずっと否定してるけどね。それで、あの人が学院を出て冒険者となって行くと決めたもんだから、あたしも仕事に付き合うために、戦士になって良く三人で冒険したもんさ。だけど、ある日……」
ジルメイダは、そこで少し黙ってしまった。
ユラトは、ジルメイダが辛く、話しづらそうな表情をしていたのを察した。
「ジルメイダ、辛いなら言わなくていいよ。俺……」
彼女は、深く落ち着きながらも、強い意志を感じさせる顔でユラトに話した。
「いや、聞いておいて欲しいことがあるのさ」
ユラトは静かに答えた。
「(なんだろう……)うん、わかった」
そして、ジルメイダは表情を元に戻し、話を再開した。
「ある日、ラスケルクから西に少し行ったところにある岩山の洞窟の探索にパーティーを組んで4人で行ったのさ……その日はついてなくてね、大きな洞窟で、魔物がたくさんいたのに宝箱は一つだけ。あの人、クライスの探してた鉱石もなくてね。仲間の一人がハッグの宝箱のトラップにかかって怪我をしたんだよ。そして、これ以上は長居しても無駄だと判断して洞窟の外に出たんだ…外は既に暗くなっててね、その日の夜は綺麗な月が出ていて、その月明かりを背にして奴は、いたんだ!……」
「……奴?」
ジルメイダは、少し間を置いてからユラトに質問をしてきた。
「……あんた『首無し騎士』の話って知っているかい?」
ユラトは、記憶のどこかで、その名前を聞いたことがあった。
昔の記憶を頼りに思い出してみる。
(えーっと……首無し騎士……確か、小さい頃にエルと2人でウェン爺さんから聞いた覚えがある……)
そして、ユラトは思い出した。
「『雨の国』だったかな……確か、首無し騎士の名前は『デュラハン』」
――――――【デュラハンの物語】―――――――
はるか昔、三つの国が、ある地域にあった。
一つは人間の住む国。
建国の時に王が、この地にいた『闇の水使い』と言われる魔女を倒した。
その時に雨の呪いを受け、頻繁に雨が降ることから『レインランド』と名づけられた。
二つ目の国も人間の住む国でレインランドと敵対していた国、『アルジール』。
三つ目の国は『ダークドワーフ』と言われる醜い容姿の闇の種族が住む国、『ヴォルム』
レインランドは二つの国に挟まれていた。
ある日、ダークドワーフの夜盗がレインランドの小さな村を襲撃した。
そのとき、その村で一番美しい人間の女がダークドワーフの国に連れて行かれた。
女は売られ、ダークドワーフの国の貴族に買われた。
そして、買われた先で女は、子を孕ませた。
子供を身ごもったことを知った、ダークドワーフの貴族はレインランドの村に、女を捨てた。
そしてレインランドの建国の王が死んだ日に、女は男の子を産んだ。
子供の名前は『デュラハン』と言った。
産まれた時から、すでに不幸だった。
母親は子供の顔を見ると呪われた定めにある事を知り、自分と子供の未来を悲観し、デュラハンを置き去りにしたまま、すぐに自ら命を絶った。
村の中で彼は、なんとか生き延びた。
デュラハンは、母親に似て、体格は細身で足が長く、髪の毛も艶のある美しい髪に肌や指先までもが白く美しかった。
しかし、顔だけがダークドワーフに似ていて、醜かった。
顔全体に吹き出物があり、特に酷いのは大きな団子鼻で、そこにただれたような痕があり、毛深く、目はギラギラしていて落ち着きが無かった。
デュラハンはその醜い姿だけではなく、闇の血も半分受け継いでいるため、人間の社会で迫害されて生きなければならなかった。
だから彼は前髪を伸ばし、できるだけ顔を隠すようにしていた。
そして実力をつければ、この厳しい現実から逃れられるだろうと思い、体を鍛え、剣術や学問を学び、必死に努力した。
その努力の甲斐あって、デュラハンはレインランド国の騎士の試験に合格し、騎士になることができた。
また彼は、醜い顔を隠すため、フルプレートアーマーと言う、全身を金属の板で覆う鎧を好んで着ていた。
そして、騎士になった彼は王城で、その国の姫に出会った。
姫の名前は『レーミア』と言った。
レーミアは十代後半であったが大人びていて、透き通るような白い肌に、腰まである綺麗な黒髪を持ち、目鼻立ちの整った美しい女性だった。
性格も良く、まわりの者への感謝や配慮を忘れない、やさしく清楚さと気品を持ち合わせた姫だった。
デュラハンはレーミアを見た瞬間、初めて恋と言うものを知った。
体が熱くなり、胸の鼓動は激しく、気が付けばずっと、誰かに注意されるまで彼女を凝視していた。
思えば、ずっと周りの人間に虐げられる少年時代だった。
そして強くなる為に、ひたすら人以上に努力し、生き続ける日々。
いつの間にか体も心も成長してしまっていた、ハーフダークドワーフの青年がそこに存在したのだ。
しかし、彼の過酷な生い立ちは、心に歪みをもたらしていた。
世の中を恨み、妬み、いつの日か自分の手で幸せに生きている者たちから奪ってやりたいと思うようになっていた。
デュラハンは社会に捨てられ、独りで生きてきた。
そんな中で無邪気に笑いながら幸せに生きている者達がいることが妬ましく羨ましかった。
それは騎士になれた今も同じだった。
(誰か……安らぎと温もりを、俺に……手に入れる方法は……誰も教えてはくれない……ならば!……)
そうした日々の中でデュラハンは、レーミアに対して恋だけではなく、どす黒い感情と野心を持つようになっていた。
この女を独占し、自分の物にしたい、そして、あわよくば、この国も手に入れてしまいたいと。
そうすれば、俺を見下してきたやつ等を始末できる。
いや、そんな事は今の自分ならば出来るはずだ。
(闇討ちしてやればいい……俺には、その実力がある)
もっと大きなことをするべきだ。
人のためではなく、自分のために。
そこでデュラハンは自分にとって邪魔なレインランドの重鎮達を次々殺害していった。
最初は隣国の間者に、やられたのだろうと人々は噂していた。
デュラハンのいるレインランド国と隣国のアルジール国とは度々、ちいさな小競り合いが続いていたため、多くのものがそう思っていた。
だが、時が経つにつれ、重鎮達が暗殺される事件が減ることは無く、余りにも頻発したため、内部の犯行ではないかと、多くの者が考えを変え始め、犯人探しが始まった。
殺害された事件が多すぎたため、犯人の手口や傾向が見えてくる。
そして、犯人像は絞られていった。
デュラハンは、その間にも頻繁に姫に近寄り、気を引こうとしたが姫はデュラハンに全く興味を示すことは無かった。
むしろ、デュラハンにあまり良い印象を持たなかった。
いつも、鉄の兜をかぶっていて、容姿はわからなかったが、話をすると物腰は柔らかかったが、会話の中からたまに見せる黒い野心や欲望をレーミアは感じ取っていた。
(この男は危険だ……きっと将来、この国に災いをもたらすかもしれない)
デュラハンはレーミアとの仲が一向に縮まらない事と犯人捜査が早くも自分に来る事を知り、焦っていた。
そんな時、レーミアと隣りの国のアルジール国の王子との婚約が発表される。
レインランドの人々は喜んだ。
多くの者が「これで平和が来るだろう」と。
レーミアとアルジールの王子『アルスト』は、出会った時に、お互い惹かれ合った。
アルストは、争いごとを嫌う、温和なやさしい男だった。
6つほど年上で、そのやさしさはレーミアを包み込むようだった。
レーミアは、この人の国ならば嫁いでも良いと思っていた。
花を愛で、楽器の演奏を好み、その日も美しい白い花が咲き乱れる庭園でレーミアのために曲を演奏していた。
花の香りに、甘く切ない音色の曲。
彼女は、うっとりとした表情でアルストの引く曲に聞き入っていた。
そして、レーミアの護衛として近くにいたデュラハンは、惹かれあう二人を見たとき、確信した。
(もはや……猶予は無い!)
彼に時間は無かった。
どうにかしてレインランドとアルジールの仲を裂く方法がないか彼は考えたが、なかなかいい方法が思いつかない。
そして、誰かの力を借りたいと思った。
その時、思い出したのは、自分の父親のことだった。
昔、村の人間に聞いた噂だと父親はダークドワーフの国でもかなり地位の高い人物だと聞いていた。
村に捨てられたときに、手に握らされていた家紋の入った指輪を彼は肌身離さず持っていた。
捨てられた身で、断られる可能性があったが、僅かな希望を頼りに彼は死を覚悟してヴォルム国へ向った。
彼の賭けは成功する。
父親は後継者を欲していた。
後を継ぐ者が居なかったのだ。
そして、アルジール国に見せかけレインランドを襲わせた。
レインランドの王はレーミアの兄の『ウェイド』王だった。
祖父が建国の王で、デュラハンが生まれた日に死に、その後を継いだのが父親であったが、病気で最近亡くなってしまった。
そして、その後を継いだのが、20代そこそこのウェイドだった。
襲撃の報を聞いたウェイドは、怒りに震えていた。
「おのれアルジールめ!……計られるとは……」
レーミアは、再びアルジールと戦うことは避けたかった。
「待ってください!お兄様!アルストさまは……」
「うるさい、黙れ!女が政に口を挟むな!我がレインランドを甘く見るとどうなるか教えてやる!デュラハン!大臣や各騎士団長を呼べ!」
「はっ!」
彼はまだ若く、経験も浅かったため、アルジール国に違いないと思い込み、レーミアとの婚約を破棄させた。
犯人捜査も中断され、デュラハンは捜査の手から逃れられた。
デュラハンは、ほくそ笑んだ。
(ククッ、手に入るぞ、もうすぐだ……だが、焦るな……慎重にやるんだ!)
そしてその頃、彼の心の中はレーミアの事で一杯だった。
決して手に入らないもの。
それは、願い望むことから、渇望へと変わるのに時間はかからなかった。
それ故、野心は小さくなっていた。
ただし、上へ上がらなければ彼女は手に入らない。
だから、彼は王にアルジールへ兵を送ることを進言した。
取り巻き達への根回しも、抜かりは無かった。
そして、王のデュラハンに対する信任は元々厚かった。
日々の中で抜け目無く、落ち度無く、着実に小さないくつもある階段を上って行くように、多くの者の信用を勝ち取っていた。
デュラハンの言葉を鵜呑みにした王は、決断する。
「アルジールへ、血の雨を降らせるぞ!」
かくして、レインランドの若きウェイド王は、アルジール国へ攻め入った。
しかし、アルジールは強かった。
アルジールは、荒涼とした大地の国だった。
更にその奥には広大な砂漠地帯があった。
それだけに、生きていくには過酷な場所だった。
その環境の中で生きる人々は、勤勉で冷静な人たちが多かった。
兵士達もレインランドの豊富な水や資源を手に入れられるならと必死に頑張っていた。
また王も、戦略眼に長けた人物であった。
次第にレインランドは劣勢になっていった。
このままでは、この国は負けてしまうだろうとデュラハンは思った。
そうなると、レーミアはどうなってしまうのか?
そう考えると、恐ろしかった。
(ならば、レーミアだけでも……いや、そもそもレーミアさえいれば後はどうでも良かったはずだ…ならば……)
デュラハンは、父親のいるダークドワーフのヴォルム国へ行き、レインランドへ攻めて欲しいと、父親に頼んだ。
父親はヴォルムの王の許可を貰い、レインランドへ攻め入った。
そして、2つの国から攻められたレインランドは、あっけなく陥落した。
その日の夜のレインランドは、赤く染まっていた。
至るところに撒かれた火は炎となって、町の建物や木々を焼いていた。
絶望に声を上げる人や泣き叫ぶ声、怒号などが響き渡っていた。
デュラハンは燃える町を見つめ、呆然としているレーミアを城から連れ出し、用意していた馬車に乗せ、その場を後にした。
デュラハン、レーミア、そして、姫の幼き日より、姉妹のように仲が良かった付き人の『パルミ』、護衛の騎士が一人だけだった。
デュラハンは逃げていく途中の中でレーミアと二人っきりになりたかった。
(後の二人は邪魔だな……消すか…)
だから、あとの二人を夜の闇に乗じて、休憩時間ごとに殺していくことに決めた。
まず最初に狙われたのは、護衛の騎士だった。
夜の森の中に入ったときに、偵察に一人で行かせ、そこを父親の部下の暗殺専門の間者に殺させた。
そして残るは、付き人パルミだけになった。
(この女は用心深いし、なかなか姫のもとを離れようとしない……しかも、こいつは俺がダークドワーフの国と通じていることを知っている可能性がある。そのことを姫に話していないか聞いておく必要があるな……)
レインランドがヴォルムに攻められる何日か前の日に、父の放った間者とデュラハンは会っていた。
そして、父親の息子であることを証明するために、彼は鉄兜を脱ぎ素顔を見せ、息子であることを証明した。
そのとき、部屋の近くで音がし、デュラハンは慌てて辺りを調べたが、誰もいなかった。
だが、誰かに見られた可能性があることをデュラハンは考えていた。
(不味いな……誰だ……?一体……)
デュラハンは捕まるかもしれないと思い、逃げる準備はしていたが、その後、誰かに咎められる事はなかった。
(気のせいだったのか?……いや、そんなはずはない!)
その時は誰であったのか分からなかったが、その後、パルミと会った時に彼女の態度が明らかに今までとは違うことにデュラハン気づき、その時に彼は「あれを聞いていたのは、こいつに違いない」と思っていた。
そこでデュラハンは、睡眠薬を姫の食事に入れ、姫だけを眠らせた。
その夜は、急に大雨が降り出していた。
今いる長い森の中を抜けると、ダークドワーフの国まであと少しの距離だった。
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