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第九話 続き 2
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そして、姫が薬で眠らされた事に気づいたパルミは、デュラハンがやったことであることをすぐに悟った。
彼女はデュラハンを睨みつけ、尋ねた。
「―――!?姫様!……デュラハン、あなたがやったのね?」
彼は余裕をもって、それに答えた。
「……ふふっ、そうだ、俺がやった。お前に聞きたいことがある……馬車から降りろ」
「あなた……こんなことやっても、意味なんてないのに……」
「それは俺が決めることだ、いいから出ろ!」
パルミは姫を心配そうに一瞬見たあと、馬車を降り、外へ出た。
デュラハンはパルミの手を強引に引き、森の奥へ連れて行った。
暗い森の中、木々を避けながら歩いた。
僅かに生えた草や雨によって濡れた落ち葉を踏みしだくかのように歩き、そして力強く彼女の手を握り、進んだ。
パルミは不安な面持ちで、もう片方の空いている手を胸元まで持っていき拳を握り締め、辺りの暗い景色を見ながら強引に歩かされていた。
(どうなってしまうの?……)
デュラハンはダークドワーフの闇の血が半分入っているため、夜目が普通の人間よりも効いた。
そして夜の森の中は先ほどより、強めの雨が降り出し、黒い雲が空を覆っていた。
(ここまで来ればいいか……)
木々の間隔が少し広い場所があった。
空に広がっている黒い雲が、良く見える場所だった。
デュラハンは立ち止まった。
そして、手を離すと彼女の方へ振り返り、聞きたかった事を口にする。
「パルミ、お前は俺の正体を知っているのか?」
パルミは覚悟をしているようだった。
決意を込めた表情で短く答えた。
「ええ、知っているわ」
それを聞いたデュラハンは、パルミを絶対に生かしてはおけないと思ったが、なぜ姫や他の者たちに言わなかったのか、疑問に思ったので聞いてみることにした。
「お前は、それを知っていて誰にも言わなかったのか?」
「そうよ、言わなかったわ……」
「……なぜだ?」
「あたしも聞きたい事があるの……いい?」
「俺の質問に答えろ、と言いたいが、いいだろう……言ってみろ」
パルミは真剣な表情でデュラハンの鉄兜の目がある辺りを真っ直ぐ見つめながら聞いてきた。
「あなたは、レーミア様を愛しているのですか?」
デュラハンは言うか言わないかで迷ったが、言うことにした。
「(どうせこの女は殺すんだ、言ったところで影響はないはずだ)……ああ、そうだ……俺の全てだ!」
そして、雷が鳴った。
それを聞いたパルミは目を閉じ、ため息をつき、デュラハンに諭すように話し掛けた。
「デュラハン、あなたは一介の騎士に過ぎないのよ?しかもレーミア様はアルジールと戦いになっている今も未だにアルスト様を思っていらっしゃるわ……あなたの入る余地などないのよ」
それを聞いたデュラハンは感情を高ぶらせ、パルミを睨みつけ叫んだ。
「あいつは今どこにいる?姫がこんな状態なのに、どこにいる!!」
デュラハンの殺気に、やや押され気味にパルミは答えた。
「それは……すぐにきっと……応援に駆けつけて下さるわ!」
「馬鹿な、そんなことがあるものか!姫は俺のものだ……あいつにはやらん……」
パルミは強い口調で答えた。
「無理よ!諦めなさい!あなたは身のほどを知るべきだわ!」
(身のほどだと!その為に俺は努力を惜しまなかったのだ!……もういい、この女は鬱陶しいだけだ……)
デュラハンは腰から剣をゆっくり抜き放った。
それを見たパルミは恐れることなく、睨みながらデュラハンに言い放った。
「いいわ……殺すなら殺しなさい。だけど、あたしに手をかけた時点で、あなたは永遠にレーミア様と結ばれることは無くなるわよ……」
デュラハンは両手で剣を握り締め、一気にパルミに近づいた。
「……死ね!」
デュラハンはパルミの胸を刺した。
貫通した剣の先が木にも刺さっていた。
パルミは苦痛に顔を歪ませ、時に血を吐き、時に血を飲みながら、力なく震える両手をデュラハンの鉄兜の方へ持っていき、兜を脱がせた。
そして、鉄兜が地面に落ちるのと同時に、雷が近くに落ちた。
その時の雷光が兜を脱いだデュラハンの顔に当たり、素顔がパルミの両目に映る。
「醜い顔ね……ガハッ……まるで、あなたの心の底を反映させたよう……ふふっ、ありがとう……これで、あなたを……になる事が出来るわ……」
パルミはデュラハンを愛していたのだった。
あるとき、パルミは嫌いだった騎士にしつこく言い寄られていることがあった。
そして、腕をつかまれ悲鳴をあげた時、デュラハンは馬に乗って颯爽と現れた。
その騎士の腕を強く掴み、「やめなさい」と一言。
騎士はデュラハンのことを知っていたので、ばつが悪そうにすぐにどこかへ去っていった。
そのときパルミは、足を挫き、歩けないでいた。
デュラハンはパルミを素早く馬に乗せると医者のいる所まで連れて行ってくれたのだった。
そのことがきっかけで彼女はデュラハンを意識し始め、度々彼を城の中で見つけては静かに、そして気づかれないように見ていた。
彼は話すと、紳士的でどこか影があって、孤独なようにパルミには見えた。
人知れず努力をしているところも、ずっと見てきた。
国のことを思って頑張っているのだろう、と彼女は勝手に考えていた。
周りの者の噂だと、醜い顔をしていて邪悪な人物だと言うことを聞いたことがあったが、彼女はデュラハンのやさしさや努力を惜しまず、周りの者への気配りも良かったことから、嘘の噂だろうと思い、あまり気にしなかった。
(でも兜をいつもかぶっているのは、そういうことなのかもしれないわね……だけど、それがなんだって言うの……みんな彼の何を知っているって言うのよ……)
時折り見せる影と紳士的なやさしさや様々な事に対する、ひたむきさに惚れていたのだった。
そんな日々の中でパルミは、デュラハンが頻繁にレーミアに話し掛けている事から姫を好いていることを感じ取っていた。
(今、デュラハンに思いを告げても、あの人は絶対に振り向いてはくれない……姫様をほんとに愛しているのね……だけど、どう考えても無理なのよ……デュラハン……)
だが、彼女はレーミアとは、叶わぬ恋である事を知っていたので、いずれ諦めるだろうと思っていた。
また自分はデュラハンを思っている事を姫に話したが、レーミアは違うとらえ方をしているようだった。
「あの男はやめなさい」と一言冷たく言い放っただけだった。
だが、パルミは諦めることなくデュラハンを思いつづけていた。
そんな時に、デュラハンの真実の一端を知ることになったのだった。
部屋の中でダークドワーフの間者と会い、その素顔を見せる彼の真の姿。
彼女はデュラハンの事を知り、混乱し、動揺した。
噂で聞いたことがあったが、実際にそれを目の当たりにすると、穏やかではいられなかった。
(醜い容姿をしていると聞いていたけど……それより、驚いたのは……ダークドワーフと繋がっていたなんて!)
色々考えたが、どうしていいのか、自分では判断できなかった。
悪い夢だと思いたかった。
パルミは誰かに言おうとしたが、言えない自分がそこにいることを知った。
彼女は彼に対する思いの深さを、その時思い知った。
そして、言えない日々のなか、今日のこの日に至ったのだった。
デュラハンは剣を素早く抜いた。
パルミは木の根元に倒れた。
彼女の体から流れ出る血と雨が地面で混ざり合っていた。
そしてデュラハンは血がついた剣を空の方へ掲げ、しばらく雨に打たせていた。
剣に雨が降り、雨と血が混ざり、水滴となって地面に落ちる。
デュラハンは、その水滴を見つめ、パルミの事を考えていた。
(パルミ……お前はなぜ、俺の事を誰にも言わなかった?……まあ、いいか。ここはまだ雨の国レインランドだ……雨の加護と共に、ここで眠るがいい……)
デュラハンは、剣に付いた血が雨によって洗い流されたのを確認すると、剣を鞘に収め、兜をかぶりなおし馬車へ向った。
三度目の雷が鳴った。
彼の仮面の中の顔は、邪悪な笑みを浮かべていた。
そして、デュラハンにとって念願の時が訪れた。
彼は高揚した気持ちのまま、馬車に乗り込んだ。
そして、馬車の中の様子を窺った。
するとレーミアは、さっき馬車を出て行った時と同じく、薬によって眠らされたままだった。
(フフフ……そう言えば、雨の国の姫から、眠りの国の姫へと変わっていたんだったな……姫様、その眠りから目を覚ます役目は、どうかこの私めにお任せ下さい……ハッハハ!)
彼女の顔を見ると、静かな寝息をたて、横たわっていた。
(ようやく、これで……俺の目的が達成される!クックク……)
デュラハンは眠っている彼女に近づき、頬を触ろうとした。
しかし、その時、馬車の外から声がかかった。
「デュラハン様!あなたのお父上の命令でお迎えに参りました!」
(ちっ!余計なことを……まあいいか……邪魔者など、もはやいないのだからな……)
どうやら父親のダークドワーフの部隊が到着したようだった。
そして2人は、ヴォルムの国へと行くことになった。
レーミアは憔悴しきっていた。
だが、デュラハンは、時が経てば治るだろうと思っていた。
レインランドを巡る戦いは、終わった。
そして、雨の国レインランドに粛清の血の雨が降った。
ダークドワーフは容赦無かった。
ウェイドは殺され、重鎮や取り巻きたちも殺された。
皆殺しに近い状態だった。
デュラハンは、「レーミアは助けて欲しい」とあらかじめ言ってあったため、殺されなかった。
そして、レーミアが手に入ると思った時、アルジールの王がヴォルムの王に交渉を求めてきた。
漁夫の利を得たヴォルムを許せなかったのだった。
そこで、アルジールの王はレーミアが生きていることを知った王子が、姫と結婚したいと申し出てきた事をヴォルムの王に告げ、レーミアだけでも渡して欲しいとヴォルムの王に頼んだ。
ヴォルムの王は女一人で済むのなら、構わないと思い、その条件を呑んだ。
アルジールの王は、レーミアがこちら側に来ることを喜んだ。
それは、レインランドの粛清の嵐の話を聞いて塞ぎ込んでいた王子の喜ぶ顔が見たかっただけではなかった。
(姫は、正統なるレインランドの血を引いていることは誰もが認める事実。……この事実がやがて、醜いドワーフどもに支配されたレインランドの民の希望となり、その希望は我がアルジールの物となるだろう。そうなれば、あの土地を奪い返すことなど容易いわ!王が国を作るのではないのだよ……まあ、せいぜい貸しておいてやる、醜い蛮族の王よ……)
そして、デュラハンは抵抗していたが、その抵抗も空しくレーミアはアルジールに引き渡されることになった。
デュラハンはレインランドの生き残りとして、また護衛としてレーミアに付いて行き、機会をを探ることにした。
(まだ時間はある……必ず好機は訪れるはずだ……)
そして、レーミアは無事アルジールの国に着くことが出来た。
城門を開いた時、アルジールの王子アルストが護衛を伴い、待っていた。
レーミアに会うのが待ちきれなかったのだろう。
(―――あれは、アルスト様!)
彼女もそれを見て、馬車から降りた。
レーミアは、少しだけ救われたと思った。
そして、まだ完全に深い悲しみから解放されたわけではなかったが、その表情には、久しぶりの笑顔が戻っていた。
彼女は、その時、優雅な深い青色のドレスを着ていた。
レーミアが降り立つ様は、まるで、この国の荒涼とした大地に、一滴の美しく清らかな恵みの雨を降らしたかのようであった。
それを見た人々は、口々に言った。
「アルジールに恵みの雨が降った」と。
人々は喜び、歓声を上げた。
そして、アルストの元へ駆け寄ろうとアルジールの城門を通ろうとしたとき、後ろから声がかけられた。
知っている声だった。
皆、後ろを振り返った。
女が荒い息をつき、傷口を押さえ、立っていた。
それは、姉妹同然の仲のだった、付き人パルミだった。
彼女は生きていた。
デュラハンが去った後、彼女の勇気ある思いに反応した1頭のユニコーンが現れ、癒しの魔法を使い、パルミをすぐ死ぬことから回避させたのだった。
デュラハンは鉄兜の中で目を見開き、口を開け、心底驚いた。
(―――あの女!!……生きていたのか……)
そしてパルミは、青白い顔だったがレーミアとアルストに向って叫んだ。
「そのデュラハンと言う男に、わたしは殺されかけました!護衛の騎士も殺したのはそいつです!しかも、それだけではありません。その男はダークドワーフの国と繋がっていたのです!証拠はその男の顔です、見れば分かります……」
最後の力を絞って叫んだパルミは、倒れた。
(私とあなた……両方とも思いを告げることは、ついに出来なかったわね……三人全ての思いを知っていたのは私だけ……ふふっ……これで、姫様とは結ばれることは無くなったわ……あなたは、あの世であたしと結ばれるのよ……これがあたしに出来る最後の事……ずっと愛しているわ……デュラハン……そして、先に待っているわ……)
デュラハンに、あんなに酷いことをされてもパルミは結局、全てを嫌いにはなれなかった。
ここに来るまで、ずっとデュラハンのことを考えていた。
呪われた生い立ちを考え、騎士になるまでの道のりを思った。
彼女のたどり着いた思いは、彼に対する哀れみだった。
そして、パルミは最後までデュラハンに対する思いは言わずに、この世を去ることになった。
しかし、その死に顔を見ると後悔はしていないようだった。
安らかな顔だった。
その話を聞いた王子は、デュラハンを捕らえるように護衛に命じた。
デュラハンは捕らえられ、顔全体を覆っている兜をみんなの前で脱がされた。
醜いダークドワーフの男の顔だった。
その顔を見た瞬間、レーミアは悟った。
(危険だと、感じたあの時に、この男をどうにかしていれば…あぁ……)
レーミアは頭の中が真っ白になり、眩暈を覚えた。
この男が全ての元凶だったのだと。
しかし、それが全てではなかった。
デュラハンの姫に対する長年の思いが原動力となっていたことを彼女は知らなかった。
また、デュラハンもパルミの思いを知ることはなかった。
パルミは果たして、レーミアを思って言ったのか?
デュラハンと結ばれることを許せなかったのか?
もしくは両方なのか、他にあったのか?
この部分の真実は、誰にも分からなかった。
そして、デュラハンの野望は潰えた。
彼は呆然と立ち尽くしていた。
抵抗することも無く、釈明することもなかった。
デュラハンには、独自の美学があり、甘美な空想に耽ることも良くあった。
彼は、ある意味ロマンチストだった。
それだけに大勢の前で、みっともなく振舞うことはしたくなかった。
パルミを見た瞬間から、既にデュラハンは終わりを悟っていた。
国の者たちだけではなく、家族同然だったパルミを殺そうとしたことが、ばれた時点で二度と彼女は振り向いてくれないだろうと。
レーミアへの思いを生涯告げることなく、秘めたまま、彼は断頭台にかけられた。
デュラハンの首が飛んだとき、突然黒い大きな鳥が現れ、その首を掴むとどこかへ飛んでいってしまった。
レーミアはデュラハンが死んだ事を自分のために与えられた部屋で聞き、涙の雨を降らせた。
亡くなっていった人たちを思い浮かべ、辛い日々を過ごしたことを思い、ずっと泣いていた。
そして、デュラハンが処刑された日の翌朝、今度は、木に逆さにロープで吊るされていた彼の遺体が、地面に血だまりだけを残して消えていた。
デュラハンの頭と体は、父親の所へ送られていた。
父親が間者などを送り、回収させたのだった。
そして、父親はダークドワーフ達が得意とする『キメラ』と言われる、合成魔獣を産み出したりするときに使う、闇の錬金術を使い、彼を再び蘇らそうとした。
だが、父親は思い出していた。
息子が生前、この醜いダークドワーフの顔を死ぬほど嫌っていたのを。
特に鼻の部分を嫌っていた。
そこで、鼻以外の部分を父は、デュラハンの着ている鎧に意志を持った魔法のアーティファクト(身に付ける物や道具などの人工遺物)として取り込まさせた。
鎧の範囲内であれば、どこにでも目や口、耳を移動させることが出来るのだった。
そして、デュラハンは遺体と合成され、キメラとして蘇った。
(―――ここは……?確か、私は死んだはずではなかったか……!?……何かがおかしい……)
冷たい石の台から起き上がり、自分の手でなぞるように体全体を触った。
(―――!?頭がない……どういうことだ?……それに思い出せない事がいくつかある……)
だが、不完全な部分もあるようだった。
それは、彼の記憶の一部が、どうやら欠如しているようだった。
それでも父は喜んだ。
そして、未だに現状を理解できていない茫然自失の状態にある息子に、これまでの経緯を説明し、更に自分の思いも話した。
「……という訳だ。……お前には、今まで何も父親らしいことは、ほとんどしてやれなかった。だからお前は、キメラとなったその新しい体で自分にふさわしい頭を探す旅に出ろ、良い頭があったら奪い、そしてその口で取り込め。そうすれば、いつの日か、お前は理想の顔に出会えるだろう」
そして、「理想の顔を得た暁には、わたしの元へ帰り、後を継げ」と言ってきた。
それを聞いたデュラハンは、怒った。
(……勝手な男だ!邪魔になった母と私を捨てたくせに、今度は必要になったからと言って、また私を……こんな奴がいるから……こいつこそが……)
彼はあの時、死なせて欲しかったのだ。
疑いの余地無く愛する人に嫌われ、もはや生きる意味など無かったのに。
しかも、この様な邪悪な術まで用いて……。
しかし生き返ったならば、あの人に会おうとデュラハンは思い、向おうとしたとき、父がそれを察したのか、冷たい声で言い放った。
「あのレーミアとか言う姫のところに向うのか?」
「……あなたには関係の無いことだ」
父は冷笑してデュラハンに告げる。
「ふふっ……あの女はお前がギロチンにかけられたあと、すぐに死んだよ……」
デュラハンに衝撃が走った。
「―――!?……どういうことだ?……まさか、あなたが殺したのか?」
デュラハンの父親は、レーミアが生きていたらきっと、こっちには帰ってこないだろうと思い、間者にレーミアの暗殺も頼んでいたのだった。
彼女は涙の雨を降らせた後、殺されたのだった。
彼はショックの余り、その場で立ちすくんだ。
(……そんな!……そんなことが…………)
しかし父は、更に息子の気持ちを逆なでするようなことを当たり前のように言い放った。
「女など他にたくさんいるだろう、適当に買えば良いのだ」
それを聞いたデュラハンは我に返った。
「―――!?……なん、だと?……貴様!!」
そして彼は、怒り狂った。
この醜いダークドワーフの貴族の男にとって常に女と言うものは、使い捨ての道具でしかなかった。
思えば母にしてみてもそうだった。
だが、デュラハンにとっては母もレーミアも、この世でたった一人のなにものにも代え難い大切な存在だった。
(それを、この男は!……こいつだけは許さない!)
父親を近くにあった剣で刺し殺し、自分と同じように首をはねた。
そして、騒ぎを聞きつけた兵士たちから、急いで逃げた。
外に出ると、虫の鳴き声が聞こえる、綺麗な満月の夜だった。
デュラハンの体は特殊な金属のアーティファクトの銀色の鎧に包まれていて首の無い状態で、他は全て揃っていた。
キメラになったことで、力が人間であったころより何倍にも膨れ上がっていた。
握力、走る速度、跳躍力、全ての力が凄まじいものになっていた。
(これが、キメラの力……なんと凄い……だが、こんなもの……)
彼はバルコニーから飛び降りると、ダークドワーフの騎士から凄い速度で馬を奪い、父親の城を出ると、夜の闇に紛れた。
そして、彼女が本当に死んだのかを確かめたくて、アルジールへ向った。
丘を下り、森を抜け、草原を走った。
その間、彼はずっと父の言ったことが嘘であって欲しいと、願いつづけた。
そして、アルジールへ着いた。
彼は着いた途端、父親が言ったことが真実であったのを悟った。
彼女の葬儀が盛大に行われていた。
アーティファクトになってしまった鎧の部分の胸の辺りに目があり、腹の辺りに口があった。
その光景を見ながら、デュラハンは振り返っていた。
自分の呪われた出生。
迫害されつづけた日常。
やっと掴んだ騎士としての栄光。
恋も知った。
だが、現実は過酷だった。
産まれてすぐに母はこの世を去り、変わり果てたこの姿に実の父親にされ、その父を自分が殺し、愛する人はもうこの世にいない。
デュラハンは丘の上から、送られていくレーミアの棺を眺め、力の限り声を出して泣いた。
思えば母の声や温もりさえ知らなかった。
最後まで唯一愛した女性に一度も直接触れる事すら出来なかった。
その日の夜、多くの者が魔物の悲しげな咆哮を聞いたと言われている。
そして、泣き続けたデュラハンは、やがて泣くのをやめた。
悲しみの心が、いつの間にか無くなっていた。
そして、彼の心に残ったものは、この体にふさわしい顔を手に入れる欲望だけになった。
(もはや、他のことなどどうでもいい……私の中に唯一残った欲望を満たすことが私の最後の楽しみだ!……手に入れてやるぞ…必ず…クククッ…長い旅になりそうだ。時は無限にある……)
デュラハンの永い、顔探しの旅が始まった。
これがデュラハンと言われる魔物が誕生した瞬間だった。
また、この話には実は続きがあった。
それは、闇の水使いの魔女を放ったのはヴォルムの王だったのだ。
レインランドを手に入れる為に放ったのだった。
そして、雨の呪いとは、血の雨や悲しみの涙の雨など、様々な負の雨を降らせる呪いだった。
この呪いを受けた者が死ぬと、その時にその国で新しく産まれた者へ呪いが移る。
だから、レインランド建国の王が死んだ日に産まれた、デュラハンに呪いが移っていたのだ。
これこそが、真の元凶であった。
そして、デュラハンが断頭台にかけられ、死んだ場所はアルジールだった。
その後、アルジールも負の雨の呪いに包まれ、滅んだと言われている。
ユラトは物語を思い出し、あの時自分が感じた事を口にしていた。
「救いの無い、おとぎ話だと、エルが言ってたな……俺はかわいそうだと思ったところもあったけど、自分勝手なところもあったし、色々考えたかな」
ジルメイダは真剣な目つきでユラトを見つめ話した。
「あいつは、おとぎ話なんかじゃないんだよ……実在するのさ」
ユラトは驚いた。
「ええっ!……」
ジルメイダは右手を強く握り締め、怒りの表情で話した。
「あたし達のパーティーが洞窟の外で出会ったのが、そのデュラハンだったのさ!」
彼女はデュラハンを睨みつけ、尋ねた。
「―――!?姫様!……デュラハン、あなたがやったのね?」
彼は余裕をもって、それに答えた。
「……ふふっ、そうだ、俺がやった。お前に聞きたいことがある……馬車から降りろ」
「あなた……こんなことやっても、意味なんてないのに……」
「それは俺が決めることだ、いいから出ろ!」
パルミは姫を心配そうに一瞬見たあと、馬車を降り、外へ出た。
デュラハンはパルミの手を強引に引き、森の奥へ連れて行った。
暗い森の中、木々を避けながら歩いた。
僅かに生えた草や雨によって濡れた落ち葉を踏みしだくかのように歩き、そして力強く彼女の手を握り、進んだ。
パルミは不安な面持ちで、もう片方の空いている手を胸元まで持っていき拳を握り締め、辺りの暗い景色を見ながら強引に歩かされていた。
(どうなってしまうの?……)
デュラハンはダークドワーフの闇の血が半分入っているため、夜目が普通の人間よりも効いた。
そして夜の森の中は先ほどより、強めの雨が降り出し、黒い雲が空を覆っていた。
(ここまで来ればいいか……)
木々の間隔が少し広い場所があった。
空に広がっている黒い雲が、良く見える場所だった。
デュラハンは立ち止まった。
そして、手を離すと彼女の方へ振り返り、聞きたかった事を口にする。
「パルミ、お前は俺の正体を知っているのか?」
パルミは覚悟をしているようだった。
決意を込めた表情で短く答えた。
「ええ、知っているわ」
それを聞いたデュラハンは、パルミを絶対に生かしてはおけないと思ったが、なぜ姫や他の者たちに言わなかったのか、疑問に思ったので聞いてみることにした。
「お前は、それを知っていて誰にも言わなかったのか?」
「そうよ、言わなかったわ……」
「……なぜだ?」
「あたしも聞きたい事があるの……いい?」
「俺の質問に答えろ、と言いたいが、いいだろう……言ってみろ」
パルミは真剣な表情でデュラハンの鉄兜の目がある辺りを真っ直ぐ見つめながら聞いてきた。
「あなたは、レーミア様を愛しているのですか?」
デュラハンは言うか言わないかで迷ったが、言うことにした。
「(どうせこの女は殺すんだ、言ったところで影響はないはずだ)……ああ、そうだ……俺の全てだ!」
そして、雷が鳴った。
それを聞いたパルミは目を閉じ、ため息をつき、デュラハンに諭すように話し掛けた。
「デュラハン、あなたは一介の騎士に過ぎないのよ?しかもレーミア様はアルジールと戦いになっている今も未だにアルスト様を思っていらっしゃるわ……あなたの入る余地などないのよ」
それを聞いたデュラハンは感情を高ぶらせ、パルミを睨みつけ叫んだ。
「あいつは今どこにいる?姫がこんな状態なのに、どこにいる!!」
デュラハンの殺気に、やや押され気味にパルミは答えた。
「それは……すぐにきっと……応援に駆けつけて下さるわ!」
「馬鹿な、そんなことがあるものか!姫は俺のものだ……あいつにはやらん……」
パルミは強い口調で答えた。
「無理よ!諦めなさい!あなたは身のほどを知るべきだわ!」
(身のほどだと!その為に俺は努力を惜しまなかったのだ!……もういい、この女は鬱陶しいだけだ……)
デュラハンは腰から剣をゆっくり抜き放った。
それを見たパルミは恐れることなく、睨みながらデュラハンに言い放った。
「いいわ……殺すなら殺しなさい。だけど、あたしに手をかけた時点で、あなたは永遠にレーミア様と結ばれることは無くなるわよ……」
デュラハンは両手で剣を握り締め、一気にパルミに近づいた。
「……死ね!」
デュラハンはパルミの胸を刺した。
貫通した剣の先が木にも刺さっていた。
パルミは苦痛に顔を歪ませ、時に血を吐き、時に血を飲みながら、力なく震える両手をデュラハンの鉄兜の方へ持っていき、兜を脱がせた。
そして、鉄兜が地面に落ちるのと同時に、雷が近くに落ちた。
その時の雷光が兜を脱いだデュラハンの顔に当たり、素顔がパルミの両目に映る。
「醜い顔ね……ガハッ……まるで、あなたの心の底を反映させたよう……ふふっ、ありがとう……これで、あなたを……になる事が出来るわ……」
パルミはデュラハンを愛していたのだった。
あるとき、パルミは嫌いだった騎士にしつこく言い寄られていることがあった。
そして、腕をつかまれ悲鳴をあげた時、デュラハンは馬に乗って颯爽と現れた。
その騎士の腕を強く掴み、「やめなさい」と一言。
騎士はデュラハンのことを知っていたので、ばつが悪そうにすぐにどこかへ去っていった。
そのときパルミは、足を挫き、歩けないでいた。
デュラハンはパルミを素早く馬に乗せると医者のいる所まで連れて行ってくれたのだった。
そのことがきっかけで彼女はデュラハンを意識し始め、度々彼を城の中で見つけては静かに、そして気づかれないように見ていた。
彼は話すと、紳士的でどこか影があって、孤独なようにパルミには見えた。
人知れず努力をしているところも、ずっと見てきた。
国のことを思って頑張っているのだろう、と彼女は勝手に考えていた。
周りの者の噂だと、醜い顔をしていて邪悪な人物だと言うことを聞いたことがあったが、彼女はデュラハンのやさしさや努力を惜しまず、周りの者への気配りも良かったことから、嘘の噂だろうと思い、あまり気にしなかった。
(でも兜をいつもかぶっているのは、そういうことなのかもしれないわね……だけど、それがなんだって言うの……みんな彼の何を知っているって言うのよ……)
時折り見せる影と紳士的なやさしさや様々な事に対する、ひたむきさに惚れていたのだった。
そんな日々の中でパルミは、デュラハンが頻繁にレーミアに話し掛けている事から姫を好いていることを感じ取っていた。
(今、デュラハンに思いを告げても、あの人は絶対に振り向いてはくれない……姫様をほんとに愛しているのね……だけど、どう考えても無理なのよ……デュラハン……)
だが、彼女はレーミアとは、叶わぬ恋である事を知っていたので、いずれ諦めるだろうと思っていた。
また自分はデュラハンを思っている事を姫に話したが、レーミアは違うとらえ方をしているようだった。
「あの男はやめなさい」と一言冷たく言い放っただけだった。
だが、パルミは諦めることなくデュラハンを思いつづけていた。
そんな時に、デュラハンの真実の一端を知ることになったのだった。
部屋の中でダークドワーフの間者と会い、その素顔を見せる彼の真の姿。
彼女はデュラハンの事を知り、混乱し、動揺した。
噂で聞いたことがあったが、実際にそれを目の当たりにすると、穏やかではいられなかった。
(醜い容姿をしていると聞いていたけど……それより、驚いたのは……ダークドワーフと繋がっていたなんて!)
色々考えたが、どうしていいのか、自分では判断できなかった。
悪い夢だと思いたかった。
パルミは誰かに言おうとしたが、言えない自分がそこにいることを知った。
彼女は彼に対する思いの深さを、その時思い知った。
そして、言えない日々のなか、今日のこの日に至ったのだった。
デュラハンは剣を素早く抜いた。
パルミは木の根元に倒れた。
彼女の体から流れ出る血と雨が地面で混ざり合っていた。
そしてデュラハンは血がついた剣を空の方へ掲げ、しばらく雨に打たせていた。
剣に雨が降り、雨と血が混ざり、水滴となって地面に落ちる。
デュラハンは、その水滴を見つめ、パルミの事を考えていた。
(パルミ……お前はなぜ、俺の事を誰にも言わなかった?……まあ、いいか。ここはまだ雨の国レインランドだ……雨の加護と共に、ここで眠るがいい……)
デュラハンは、剣に付いた血が雨によって洗い流されたのを確認すると、剣を鞘に収め、兜をかぶりなおし馬車へ向った。
三度目の雷が鳴った。
彼の仮面の中の顔は、邪悪な笑みを浮かべていた。
そして、デュラハンにとって念願の時が訪れた。
彼は高揚した気持ちのまま、馬車に乗り込んだ。
そして、馬車の中の様子を窺った。
するとレーミアは、さっき馬車を出て行った時と同じく、薬によって眠らされたままだった。
(フフフ……そう言えば、雨の国の姫から、眠りの国の姫へと変わっていたんだったな……姫様、その眠りから目を覚ます役目は、どうかこの私めにお任せ下さい……ハッハハ!)
彼女の顔を見ると、静かな寝息をたて、横たわっていた。
(ようやく、これで……俺の目的が達成される!クックク……)
デュラハンは眠っている彼女に近づき、頬を触ろうとした。
しかし、その時、馬車の外から声がかかった。
「デュラハン様!あなたのお父上の命令でお迎えに参りました!」
(ちっ!余計なことを……まあいいか……邪魔者など、もはやいないのだからな……)
どうやら父親のダークドワーフの部隊が到着したようだった。
そして2人は、ヴォルムの国へと行くことになった。
レーミアは憔悴しきっていた。
だが、デュラハンは、時が経てば治るだろうと思っていた。
レインランドを巡る戦いは、終わった。
そして、雨の国レインランドに粛清の血の雨が降った。
ダークドワーフは容赦無かった。
ウェイドは殺され、重鎮や取り巻きたちも殺された。
皆殺しに近い状態だった。
デュラハンは、「レーミアは助けて欲しい」とあらかじめ言ってあったため、殺されなかった。
そして、レーミアが手に入ると思った時、アルジールの王がヴォルムの王に交渉を求めてきた。
漁夫の利を得たヴォルムを許せなかったのだった。
そこで、アルジールの王はレーミアが生きていることを知った王子が、姫と結婚したいと申し出てきた事をヴォルムの王に告げ、レーミアだけでも渡して欲しいとヴォルムの王に頼んだ。
ヴォルムの王は女一人で済むのなら、構わないと思い、その条件を呑んだ。
アルジールの王は、レーミアがこちら側に来ることを喜んだ。
それは、レインランドの粛清の嵐の話を聞いて塞ぎ込んでいた王子の喜ぶ顔が見たかっただけではなかった。
(姫は、正統なるレインランドの血を引いていることは誰もが認める事実。……この事実がやがて、醜いドワーフどもに支配されたレインランドの民の希望となり、その希望は我がアルジールの物となるだろう。そうなれば、あの土地を奪い返すことなど容易いわ!王が国を作るのではないのだよ……まあ、せいぜい貸しておいてやる、醜い蛮族の王よ……)
そして、デュラハンは抵抗していたが、その抵抗も空しくレーミアはアルジールに引き渡されることになった。
デュラハンはレインランドの生き残りとして、また護衛としてレーミアに付いて行き、機会をを探ることにした。
(まだ時間はある……必ず好機は訪れるはずだ……)
そして、レーミアは無事アルジールの国に着くことが出来た。
城門を開いた時、アルジールの王子アルストが護衛を伴い、待っていた。
レーミアに会うのが待ちきれなかったのだろう。
(―――あれは、アルスト様!)
彼女もそれを見て、馬車から降りた。
レーミアは、少しだけ救われたと思った。
そして、まだ完全に深い悲しみから解放されたわけではなかったが、その表情には、久しぶりの笑顔が戻っていた。
彼女は、その時、優雅な深い青色のドレスを着ていた。
レーミアが降り立つ様は、まるで、この国の荒涼とした大地に、一滴の美しく清らかな恵みの雨を降らしたかのようであった。
それを見た人々は、口々に言った。
「アルジールに恵みの雨が降った」と。
人々は喜び、歓声を上げた。
そして、アルストの元へ駆け寄ろうとアルジールの城門を通ろうとしたとき、後ろから声がかけられた。
知っている声だった。
皆、後ろを振り返った。
女が荒い息をつき、傷口を押さえ、立っていた。
それは、姉妹同然の仲のだった、付き人パルミだった。
彼女は生きていた。
デュラハンが去った後、彼女の勇気ある思いに反応した1頭のユニコーンが現れ、癒しの魔法を使い、パルミをすぐ死ぬことから回避させたのだった。
デュラハンは鉄兜の中で目を見開き、口を開け、心底驚いた。
(―――あの女!!……生きていたのか……)
そしてパルミは、青白い顔だったがレーミアとアルストに向って叫んだ。
「そのデュラハンと言う男に、わたしは殺されかけました!護衛の騎士も殺したのはそいつです!しかも、それだけではありません。その男はダークドワーフの国と繋がっていたのです!証拠はその男の顔です、見れば分かります……」
最後の力を絞って叫んだパルミは、倒れた。
(私とあなた……両方とも思いを告げることは、ついに出来なかったわね……三人全ての思いを知っていたのは私だけ……ふふっ……これで、姫様とは結ばれることは無くなったわ……あなたは、あの世であたしと結ばれるのよ……これがあたしに出来る最後の事……ずっと愛しているわ……デュラハン……そして、先に待っているわ……)
デュラハンに、あんなに酷いことをされてもパルミは結局、全てを嫌いにはなれなかった。
ここに来るまで、ずっとデュラハンのことを考えていた。
呪われた生い立ちを考え、騎士になるまでの道のりを思った。
彼女のたどり着いた思いは、彼に対する哀れみだった。
そして、パルミは最後までデュラハンに対する思いは言わずに、この世を去ることになった。
しかし、その死に顔を見ると後悔はしていないようだった。
安らかな顔だった。
その話を聞いた王子は、デュラハンを捕らえるように護衛に命じた。
デュラハンは捕らえられ、顔全体を覆っている兜をみんなの前で脱がされた。
醜いダークドワーフの男の顔だった。
その顔を見た瞬間、レーミアは悟った。
(危険だと、感じたあの時に、この男をどうにかしていれば…あぁ……)
レーミアは頭の中が真っ白になり、眩暈を覚えた。
この男が全ての元凶だったのだと。
しかし、それが全てではなかった。
デュラハンの姫に対する長年の思いが原動力となっていたことを彼女は知らなかった。
また、デュラハンもパルミの思いを知ることはなかった。
パルミは果たして、レーミアを思って言ったのか?
デュラハンと結ばれることを許せなかったのか?
もしくは両方なのか、他にあったのか?
この部分の真実は、誰にも分からなかった。
そして、デュラハンの野望は潰えた。
彼は呆然と立ち尽くしていた。
抵抗することも無く、釈明することもなかった。
デュラハンには、独自の美学があり、甘美な空想に耽ることも良くあった。
彼は、ある意味ロマンチストだった。
それだけに大勢の前で、みっともなく振舞うことはしたくなかった。
パルミを見た瞬間から、既にデュラハンは終わりを悟っていた。
国の者たちだけではなく、家族同然だったパルミを殺そうとしたことが、ばれた時点で二度と彼女は振り向いてくれないだろうと。
レーミアへの思いを生涯告げることなく、秘めたまま、彼は断頭台にかけられた。
デュラハンの首が飛んだとき、突然黒い大きな鳥が現れ、その首を掴むとどこかへ飛んでいってしまった。
レーミアはデュラハンが死んだ事を自分のために与えられた部屋で聞き、涙の雨を降らせた。
亡くなっていった人たちを思い浮かべ、辛い日々を過ごしたことを思い、ずっと泣いていた。
そして、デュラハンが処刑された日の翌朝、今度は、木に逆さにロープで吊るされていた彼の遺体が、地面に血だまりだけを残して消えていた。
デュラハンの頭と体は、父親の所へ送られていた。
父親が間者などを送り、回収させたのだった。
そして、父親はダークドワーフ達が得意とする『キメラ』と言われる、合成魔獣を産み出したりするときに使う、闇の錬金術を使い、彼を再び蘇らそうとした。
だが、父親は思い出していた。
息子が生前、この醜いダークドワーフの顔を死ぬほど嫌っていたのを。
特に鼻の部分を嫌っていた。
そこで、鼻以外の部分を父は、デュラハンの着ている鎧に意志を持った魔法のアーティファクト(身に付ける物や道具などの人工遺物)として取り込まさせた。
鎧の範囲内であれば、どこにでも目や口、耳を移動させることが出来るのだった。
そして、デュラハンは遺体と合成され、キメラとして蘇った。
(―――ここは……?確か、私は死んだはずではなかったか……!?……何かがおかしい……)
冷たい石の台から起き上がり、自分の手でなぞるように体全体を触った。
(―――!?頭がない……どういうことだ?……それに思い出せない事がいくつかある……)
だが、不完全な部分もあるようだった。
それは、彼の記憶の一部が、どうやら欠如しているようだった。
それでも父は喜んだ。
そして、未だに現状を理解できていない茫然自失の状態にある息子に、これまでの経緯を説明し、更に自分の思いも話した。
「……という訳だ。……お前には、今まで何も父親らしいことは、ほとんどしてやれなかった。だからお前は、キメラとなったその新しい体で自分にふさわしい頭を探す旅に出ろ、良い頭があったら奪い、そしてその口で取り込め。そうすれば、いつの日か、お前は理想の顔に出会えるだろう」
そして、「理想の顔を得た暁には、わたしの元へ帰り、後を継げ」と言ってきた。
それを聞いたデュラハンは、怒った。
(……勝手な男だ!邪魔になった母と私を捨てたくせに、今度は必要になったからと言って、また私を……こんな奴がいるから……こいつこそが……)
彼はあの時、死なせて欲しかったのだ。
疑いの余地無く愛する人に嫌われ、もはや生きる意味など無かったのに。
しかも、この様な邪悪な術まで用いて……。
しかし生き返ったならば、あの人に会おうとデュラハンは思い、向おうとしたとき、父がそれを察したのか、冷たい声で言い放った。
「あのレーミアとか言う姫のところに向うのか?」
「……あなたには関係の無いことだ」
父は冷笑してデュラハンに告げる。
「ふふっ……あの女はお前がギロチンにかけられたあと、すぐに死んだよ……」
デュラハンに衝撃が走った。
「―――!?……どういうことだ?……まさか、あなたが殺したのか?」
デュラハンの父親は、レーミアが生きていたらきっと、こっちには帰ってこないだろうと思い、間者にレーミアの暗殺も頼んでいたのだった。
彼女は涙の雨を降らせた後、殺されたのだった。
彼はショックの余り、その場で立ちすくんだ。
(……そんな!……そんなことが…………)
しかし父は、更に息子の気持ちを逆なでするようなことを当たり前のように言い放った。
「女など他にたくさんいるだろう、適当に買えば良いのだ」
それを聞いたデュラハンは我に返った。
「―――!?……なん、だと?……貴様!!」
そして彼は、怒り狂った。
この醜いダークドワーフの貴族の男にとって常に女と言うものは、使い捨ての道具でしかなかった。
思えば母にしてみてもそうだった。
だが、デュラハンにとっては母もレーミアも、この世でたった一人のなにものにも代え難い大切な存在だった。
(それを、この男は!……こいつだけは許さない!)
父親を近くにあった剣で刺し殺し、自分と同じように首をはねた。
そして、騒ぎを聞きつけた兵士たちから、急いで逃げた。
外に出ると、虫の鳴き声が聞こえる、綺麗な満月の夜だった。
デュラハンの体は特殊な金属のアーティファクトの銀色の鎧に包まれていて首の無い状態で、他は全て揃っていた。
キメラになったことで、力が人間であったころより何倍にも膨れ上がっていた。
握力、走る速度、跳躍力、全ての力が凄まじいものになっていた。
(これが、キメラの力……なんと凄い……だが、こんなもの……)
彼はバルコニーから飛び降りると、ダークドワーフの騎士から凄い速度で馬を奪い、父親の城を出ると、夜の闇に紛れた。
そして、彼女が本当に死んだのかを確かめたくて、アルジールへ向った。
丘を下り、森を抜け、草原を走った。
その間、彼はずっと父の言ったことが嘘であって欲しいと、願いつづけた。
そして、アルジールへ着いた。
彼は着いた途端、父親が言ったことが真実であったのを悟った。
彼女の葬儀が盛大に行われていた。
アーティファクトになってしまった鎧の部分の胸の辺りに目があり、腹の辺りに口があった。
その光景を見ながら、デュラハンは振り返っていた。
自分の呪われた出生。
迫害されつづけた日常。
やっと掴んだ騎士としての栄光。
恋も知った。
だが、現実は過酷だった。
産まれてすぐに母はこの世を去り、変わり果てたこの姿に実の父親にされ、その父を自分が殺し、愛する人はもうこの世にいない。
デュラハンは丘の上から、送られていくレーミアの棺を眺め、力の限り声を出して泣いた。
思えば母の声や温もりさえ知らなかった。
最後まで唯一愛した女性に一度も直接触れる事すら出来なかった。
その日の夜、多くの者が魔物の悲しげな咆哮を聞いたと言われている。
そして、泣き続けたデュラハンは、やがて泣くのをやめた。
悲しみの心が、いつの間にか無くなっていた。
そして、彼の心に残ったものは、この体にふさわしい顔を手に入れる欲望だけになった。
(もはや、他のことなどどうでもいい……私の中に唯一残った欲望を満たすことが私の最後の楽しみだ!……手に入れてやるぞ…必ず…クククッ…長い旅になりそうだ。時は無限にある……)
デュラハンの永い、顔探しの旅が始まった。
これがデュラハンと言われる魔物が誕生した瞬間だった。
また、この話には実は続きがあった。
それは、闇の水使いの魔女を放ったのはヴォルムの王だったのだ。
レインランドを手に入れる為に放ったのだった。
そして、雨の呪いとは、血の雨や悲しみの涙の雨など、様々な負の雨を降らせる呪いだった。
この呪いを受けた者が死ぬと、その時にその国で新しく産まれた者へ呪いが移る。
だから、レインランド建国の王が死んだ日に産まれた、デュラハンに呪いが移っていたのだ。
これこそが、真の元凶であった。
そして、デュラハンが断頭台にかけられ、死んだ場所はアルジールだった。
その後、アルジールも負の雨の呪いに包まれ、滅んだと言われている。
ユラトは物語を思い出し、あの時自分が感じた事を口にしていた。
「救いの無い、おとぎ話だと、エルが言ってたな……俺はかわいそうだと思ったところもあったけど、自分勝手なところもあったし、色々考えたかな」
ジルメイダは真剣な目つきでユラトを見つめ話した。
「あいつは、おとぎ話なんかじゃないんだよ……実在するのさ」
ユラトは驚いた。
「ええっ!……」
ジルメイダは右手を強く握り締め、怒りの表情で話した。
「あたし達のパーティーが洞窟の外で出会ったのが、そのデュラハンだったのさ!」
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