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第十一話 新たなる旅立ち
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人間たちの生存圏が広がったことによって、様々な物が生まれつつあった。
薬草の種類であったり、観賞用や園芸用の花、染料や塗料、香水、より安価で品質の良い紙など、他にもたくさんあった。
また、物だけではなく、様々な仕事も増えていた。
人間たちは、忙しく日々を過ごしていた。
開拓された町を警備する仕事、物資を運ぶこと、家を建てたり、船を作ったり、田畑を耕す者、服飾関係に携わる者や食べ物を加工する人々などがいた。
そして、新しく発見されたものから、新たな今までに無い仕事なども増え、どこも人手が足りない状況だった。
人々は、今、爆発的に増え、様々な消費活動をし、かつてない熱を帯びていた。
ここは、オリディオール東側の町、バルディバ。
その町にある料理屋に客として入ったポルキン・ウォードと言う男がいた。
ブラウンの癖のある髪で小太りの温和そうな男だった。
この男は、ラプル農園で有名なウォード家の長男でガイン・ウォードの兄でもあった。
彼は、様々な場所に行き、その場所にある食べ物を紹介する本を出していた。
今日も、彼は今いる店の料理のことを書こうと料理を待っていた。
(少し、古めかしいけど、いいな……この雰囲気……嫌いじゃない……)
店はあまり繁盛していないのか、客はポルキン一人だった。
年老いた老夫婦が2人で店を切り盛りしている所だった。
そして、一人の老人が部屋の奥から現れ、木製の少し大きめのカップに入った料理を持ってきた。
「すまんのぅ、待たせて、ほいっ、持ってきたぞい。食べてくだされ……」
「おお、ありがとうございます、来ましたか!」
ポルキンは料理を受け取り、カップの中を覗いた。
湯気が少しだけ、立ち上がり、良い香りのするスープだった。
(これは、うまそうだ……早速食べるか!)
彼は、木製の少し大きめのスプーンで淡い琥珀色の液体をすくい、飲んだ。
(……ほう、少しぬるいな……もっと熱めのスープが好きなんだが、まあいいか……これは、魚介類の出汁だな……うまみがあって、美味しい……独特の臭みがないところを見ると何かで匂いを消しているな……なんだろうこれは……この後に引く美味さ!……しかし、勉強になるなぁ、今回も!)
彼は、スープの味に満足しているようだった。
そして、もう一杯飲もうとしたとき、奥から年老いた女性が現れ、ポルキンがスープを飲んでいるのを見て驚き、叫んだ。
「あれまあ!お爺さん!これは、お爺さんがさっき食べてたやつでしょ!こっちがお客さんに出す方でしょうが!」
「えっ……」
「ありゃ……そうだったかのぅ……」
「すいませんねぇ、お客さん。こっちがうちの料理です。お詫びに地酒付けときますねぇ。ほんとにごめんなさいねぇ……最近うちのお爺いさんボケちゃってて……」
そして、先ほどとは違う野菜の具の入った熱々のスープが運ばれてきた。
それを見たポルキンは天上を見上げ呟いた。
「料理の道を極めるのは、遥か遠いんだな……」
そして、彼はその店でスープを堪能し、店を出た。
(はぁ、ちょっと酷い目にあったけど、良い夫婦だったし、料理も美味かったから……何も言えなかった……ふぅ……まだ、お腹に入りそうだし、もう一軒行っとくか!)
彼は、気を取り直し、しばらく歩いていた。
「やっぱり、東側最大の町と言われるだけあって、大きな町だなぁ……」
古い建物が立ち並んでいる場所を彼は歩いていた。
多くの人が行き交い、道はどこも混雑していた。
そして、あてどなく歩いていると海が見えてきた。
「おお、こっち側が海か!アートスの海と少し違うのかな?」
海をしばらくポルキンは眺めていた。
潮風が、彼のブラウンの髪を揺らした。
冒険者の乗った船が、港を出て行くようだった。
(新発見、見つかるといいなぁ……頑張れよ、冒険者たち!)
彼の実家は、それなりに裕福であったため、あまり売れない本でもポルキンは生活することができていた。
今のところ、こういった本を書けるのは、金持ちの道楽程度でしかなかった。
そして、一軒の宿屋が目に入った。
角笛の絵が描かれ、その中に『オリファン』と字が書かれていた。
どうやら、この宿屋の名前のようだった。
ポルキンは、宿屋の外観を見た。
(今日は、ここに泊まることにするか?泊まる場所、さっさと決めておいたほうがいいしな……料理も出るみたいだし……。しかし、この宿屋、古い部分と新しい部分があって、良い味出してるな……こういうの好きなんだ……気に入った!ここにしよう!)
そして、彼は宿屋に入っていった。
ユラト、ジルメイダ、ダリオの三人がレクスのところに到着したときには既に瀕死のウッドエルフは息を引き取っているようだった。
沼の近くに倒れていた。
女性のウッドエルフだった。
レクスは何度もそのウッドエルフの名前を呼んでいた。
目に涙を少し滲ませていた。
そしてリュシアも泣いていた。
その光景を見たユラトは、深くため息をつき、立ち尽くしていた。
(間に合わなかったか……)
そして、全員の埋葬を済ませ、ユラト達は村へ帰った。
村に帰り、いつもの宿泊場所へ入った。
冒険者達はウッドランドから徐々に、このウディル村へたくさん来ていた。
そのため、いくつもの建物を宿屋として使う事になっていた。
そして、冒険者ギルド用の建物や料理やお酒を出す店も現れ、ここに来た当初よりも人間たちが利用する施設は、かなり増えていた。
レクスは村に着くとすぐに「用事がある」とだけ言い、一人でどこかへ向った。
ユラト達は、今日の報告と壺の鑑定を頼みに、新しく作られた冒険者ギルドがある建物へ向った。
鑑定士は、冒険者ギルドや酒場などにいることが多いようだった。
ギルドの建物は、長方形の平屋で、簡素な造りだったが基本的な機能はちゃんと備わっていたので、特に問題はなかった。
そしてユラト達は、いつものように冒険者ギルドへ入った。
ダリオは、すぐに意気揚揚として、鑑定士の所へ壺を持って行った。
そして、壺を鑑定してもらった。
どうやら、ダリオの目利きは正しかったようだ。
本物の名のある職人が作った物だった。
それなりの額のお金が、パーティーに入った。
その後、ユラト達は相変わらず、森での旅を続けていた。
森に住む動物との戦闘や、黒い霧の邪気にやられた野鳥たちを退けながら、森に太陽の光を取り戻していった。
帰り道に、他の冒険者の一団と出会うことも増えていた。
どうやら、ユラト達のいる東の方にも来始めているようだった。
そして、数日経った、ある日。
大きな情報が、この広大な森の霧を払っている冒険者達のところにも、もたらされていた。
ユラト達はいつものように、探索から帰ってきていた。
レクスは村が見えると、すぐに例の特訓のため、族長の家に向ってしまった。
どうやら、それなりに上手くいっているようだった。
最近、特に頑張っていた。
ラグレスとの出会いや、亡くなってしまったウッドエルフの女性の事を思い、やる気をみなぎらせているようだった。
そして、それ以外のメンバーは、いつも通り、村に入った。
すると村にいる冒険者達が、いつもと違う雰囲気であるのをユラトは感じ取った。
(あれ、今日はなんか……)
リュシアもすぐにそれを感じたようだった。
そのまま、思ったことをジルメイダに聞いていた。
「ジルメイダ、なんか今日は騒がしいね?」
ジルメイダは、何か考え事をしていたようだったが、それをやめ、リュシアに言われ、辺りを見回した。
「……そうだね。何か発見でもあったのかね」
ダリオも、いつもと違う雰囲気に、少し怪訝な顔をしながら話していた。
「何がありやがったのか……ま、ギルドに行けば分るだろ、今日の報告もあるし、行こうぜ」
ユラト達はギルドへ向った。
ギルドの中は、いつもより人だかりが出来ていて、多くの者がパーティーで集り、何やら話し込んでいた。
ダリオは、知り合いの冒険者がいたらしく、話し掛けに行っていた。
そしてユラトが掲示板の近くに、特に人が集まっていたのを見つけ、呟いた。
「……ん、やっぱり、ここもなんか今日は様子が少し違う……なんだろ」
ジルメイダとリュシアは、お腹が減っているようだった。
「あたしは、リュシアと食事に行ってくるよ。情報は、後で教えておくれ」
「うん、わかった」
リュシアは、待ちきれないのか、ジルメイダをせかしていた。
「じゃあ、ユラトさんお願いします!ジルメイダ、早くいこー!」
「こら!あんまり、勢い良く走るんじゃないよ!はぁ……この子は……」
2人を見送ったユラトは、人込みを掻き分け、掲示板に貼られた紙を見た。
すると、そこには『新大陸発見』の報が書かれていた。
ユラトは驚いた。
「やはりここ以外にも、あったのか!」
新大陸発見!
それは、オリディオール島から東の海域にあった。
正確には、島の東の海域の更に東に、小さな小島が集まっている所があった。
そこを東のギルドは、物資などを運び、探索の為の拠点としていた。
この小島の集まった場所を、発見した商会の名前から『ゴレア』群島と言った。
そして、その群島から南の海域はなぜか、年中、嵐のような強い風が吹き、高い波があり、到底近づけるものではなかった。
人々は南の海域は諦め、東と北へ進むことにした。
東の方は、どれだけ進んでも今のところ大海原が広がっているだけであった。
だが、北の方へ進んだ冒険者達は、大きな陸地を発見したのだった。
ユラトは、発見者の名前を見て更に驚いた。
「発見者は……ゼグレム・ガルベルグ!!」
周りの冒険者達は口々に言っていた。
「またしても、ゼグレム!」
「凄い!彼に出来ないことは無い!」
「なぜ、こうも見つけることが出来るのか?」
ユラトも他の冒険者達と同じ気持ちだった。
(凄い人だ……ラグレスさんは、本当に戦うつもりなんだろうな、きっと……)
そして、冒険者達は皆、話し合っていた。
このまま、この森に留まり、ハイエルフの国を探すか、新しく見つかった陸地へ行くか。
それは、ユラト達のパーティーも例外ではなかった。
レクスは、この森に留まる事以外は考えられないと言って留まることを決めていた。
ユラトとリュシアはジルメイダ達が、このまま残るのなら鍛えてもらった方がいいと思い、残ることにしていた。
そしてジルメイダは、「せっかく戦力が揃いそうなのに、無理して行く必要はない」と言い放ち、このまま続ける事を決めていた。
ダリオは、ジルメイダが残る事を決めると自分も残ると言った。
ユラト達は、この森に残りハイエルフの国を探すことを、もうしばらくすることに決めたのだった。
そして、数日経つと、冒険者は当初の半分ほどの人数になっていた。
半分近くの者が、新しく発見された場所に興味を持つだけでは我慢できなかったようだった。
ウッドランドから西、そして北辺りまでは、ほとんど調べ尽くしていた。
どうやら、西の端から北の方に向けて、標高が高く険しい岩山が連なっていると言う事であった。
残った冒険者達は、殆どがこのウディル村を拠点として冒険をしていた。
そして同じ頃、場所は変わり、新たな旅立ちを再び迎えようとしている者がいた。
ここは、オリディオールの最東端にある町、バルディバである。
島の西側に近い所で新大陸が発見されたため、この町はついこの間まで、寂れかかっていた。
だが、この町は最近、再び活気付いていた。
多くの東側の冒険者の大冒険の末、ここから遥か北東方向に新しい陸地と思われる場所を発見することが出来たからだ。
それに伴い、多くの冒険者たちが、この町に集まっていた。
また、戻ってきたのは、冒険者たちだけでは無く、商人たちも同じだった。
バルディバには、数多くの商会の本拠地が、この町にあった。
オリディオール東側のマルティウス地域は、島の中でも比較的安定した気候の地域だった。
そして、西のラーケルは農業地帯が広がり、中央のゾイルは山や森林の多い土地であった。
そこで富裕層は、東の地域に住居や別荘などを建て、住んでいた。
彼らが住むことにより、供給網が整備され、商業が発達したと言われている。
いくつもの道を作り、より速く走るための馬の品種改良、そして、さらに多く快適に運べる馬車や船の開発といったことが行われていた。
しかし近年、商人達は、西側で商いを行う者がほとんどだった。
支店を、西の新大陸に作り、取引を活発に行っていた。
また、本拠地を新大陸に移す者も出始めていたほどだった。
だが、東側で新しい大陸らしき場所が発見されたため、商人たちは東側の権益を獲得する為に東へと戻ってきていた。
町の造船所には、西の新大陸から運ばれた木材などが積み上げられ、船が次々造られていた。
オリディオールにある木より、耐朽性や耐水性に優れた『ヒバル』と言われる木が見つかったことにより、探索や輸送に優れた船を造ることに成功していた。
他にも、娼館、劇場、競馬場、競売所などがあり、お金を持った人々が熱の篭った声で目的の品を競り落とそうと声を上げていた。
バルディバに人や物が、再び集まりつつあった。
そして、それはある一軒の宿屋にも経済的な恩恵をもたらしていた。
その宿屋から元気な声が聞こえた。
この宿屋の名前は『オリファン』と言った。
由来はわからないが、看板のところに角笛の絵も描かれていた。
「ありがとうございました!またのご利用を!」
赤毛の青年が、宿泊客を元気な声で送り出していた。
そして、青年と同じく、燃えるような赤い髪をもった中年の女性が奥の部屋から現れた。
「デュラン、ここはもういいわ、あとは私がやるから。あなたはまた、冒険者になって行きたいんでしょ?」
デュランと言われた、この青年は、ユラトと共に冒険をしたデュラン・マーベリックであった。
彼はユラトと別れたあと、無事にバルディバにある実家に着くことが出来た。
そして、しばらく、実家の母が経営している宿屋を手伝っていたのだった。
彼の家は、バルディバの町でも海に近い場所にあった。
宿泊する部屋から日の光が入り、外に目を向けると海の景色が見える、見晴らしの良い場所に建っている宿屋だった。
それを両親は気に入って苦労の末、この中古の物件を買い取り、直せるところを綺麗に建て直し、再び宿屋として利用していたのだった。
デュランは、その女性に期待を込めて聞いていた。
「お袋……いいのか?」
この女性はデュランの母親で、名を『アンジェ』と言った。
彼女はデュランが、宿屋の仕事の手伝いをする合間を見つけては、体を鍛えていたことを知っていた。
息子が帰ってきたとき、無事に戻ってきてくれたことが一番嬉しかった。
そして、冒険から帰ってきた息子の顔を見た時に思った。
(デュラン……冒険に出て行ってから何かがあったようね。ここにいた頃より、そう……決意……かしら……なにか、あなたの顔や雰囲気からそう言った強い意志を感じるわ……あなたは何も危険なことは無かったって言うけれど……だけど、その顔を見れば母さんには分るわ。あなたが死線を渡り歩いたってことぐらいわね……それでも、また冒険者として、世界に、あの黒い霧に包まれた暗黒世界へ行きたいのね……ふふっ、なんだかお父さんに、そっくりになってきたわね。そういうところ……あなたは否定するんだろうけど……)
ずいぶん、大人びたように母には思えた。
そして、やさしい眼差しを息子に向けながら母は話した。
「ふふっ、あなたが手伝ってくれたおかげで、もう大丈夫よ。それにこっちにもたくさん冒険者が帰ってきたしね。あなたの代わりの人を雇うぐらい出来るわよ。だから、安心して行ってきなさい。冒険者となって、もっと広い世界に出たいんでしょ?」
「お袋……俺は……」
デュランが帰ってきてから母親は体調を元に戻していた。
宿屋にも余裕が少し出てきた。
薬もたくさん採ってきたものがある。
自分の心にはユラトとの約束や、もっとお金を稼いで母を楽にしてやりたい気持ちなどがあった。
「それに、父さんもどこかにいるかもしれないからね。あなたに探してきて欲しいわ……『ローランド』……」
(あいつをまだ、待っているんだな……お袋は……あんな奴を!)
デュランは怒りの篭った表情で母に話し掛けた。
「安心してくれ、お袋……見つけて来るよ。あの野郎は絶対見つけてくる!」
「デュラン、父さんをローランドを許してあげて……きっと何かあるのよ」
「だめだ!あいつは、あいつだけは……」
「デュラン……私とシュリンは、もう許したの……」
「2人はそれでいいさ、だけど、俺はどうしてもダメなんだ!」
デュランの心に深い傷を負わせていることを母は知っていた。
(まだ、ダメみたい……まだまだ時間が必要……ね……だけど、いつの日か……)
母は表情を元に戻し、息子に語りかけた。
「それはそうとデュラン、ふふっ、いつでも出れるように準備もしてあったの母さん知ってるのよ」
デュランは驚いていた。
「げっ、ばれてたのか!」
母は遠い目をしていた。
そして自分なりに、この世界を想像しながらデュランに話し掛けていた。
「当たり前よ。母さんのことは心配しないでいいの……だから、行って来なさい、広い世界へ。そこには何があるのかしら……母さんなんかには想像もつかないわ……ここよりもっと高く、遠い場所へ……あなたが出会ったって言ってた、そのお友達と……ね」
「わかった、ありがとう、お袋!俺、行って来るぜ!」
「ふふっ、それでこそ、私たちの息子よ」
アンジェは笑っていたが、どこか寂しそうな表情だった。
しかしデュランは、冒険者になって旅立つことで頭の中が一杯であったため、母の表情を見ることなく、この場所から離れた。
すぐに自分の部屋へ行き、皮の鎧を装備し、母が卒業祝いにくれた淡いブルーのマントを羽織った。
そして、他にも色々準備を整え、すぐに実家を出た。
母は見送ることはしなかった。
夫を最後に見たのは見送ったときだった。
彼女にとって見送ることは不吉なことだった。
だから、いつも見送ることはしなかった。
デュランもそれを知っていた。
だから、宿に泊まりに来た客に紛れて、軽く外出するかのように彼は短く「行って来る」とだけ言って家を出た。
母は無言で頷き、すぐに接客をしていた。
(子供は、親から巣立っていくもの……そうよね?……ローランド……ちょっと寂しいけど……だけど、私は2人の子供が元気でいてくれれば、それでいいの……行ってらっしゃい!デュラン!)
デュランは、母の表情から彼女の言いたい事を感じ取り、同じように無言で頷くと実家の宿屋を後にした。
(ありがとう、お袋!……俺、行ってくるぜ!そして、あいつも必ず!)
家を出た彼は、人込みを掻き分け、バルディバの中心地から、郊外へ出ていた。
町は冒険者や商人、他にも近隣の村などから人々が来ており、活気があった。
デュランは、歩きながら辺りを見回し、この町に活気が戻ったことを嬉しく思っていた。
(……熱気を感じるぜ!これなら、うちの宿屋もしばらくは大丈夫だろ。俺は俺できっちり稼いでおくか!)
そしてデュランは、馬を借りるために、町外れの海沿いにある馬屋へ向った。
バルディバはアートスと同じく港もある。
その規模はアートスよりも大きかった。
時間はまだ、昼になったところで日が高く昇っていた。
デュランは空を見上げた、雲が殆ど無い広い空を。
「昨日は結構雨が降っていたが、今日は晴天だな、旅立ちには丁度いいぜ!」
デュランが言った通り、昨夜から早朝にかけて雨が降っていたようで、道の至るところに水溜りが出来ていた。
彼は、その道を歩き始めた。
そして歩きながら海の方に視線を向ける。
海面に日の光が当たり、キラキラと光っていた。
海鳥がその上空を飛び、潮風が吹いた。
鳴き声が、たくさん聞こえた。
彼はなんとなく、その鳴き声の方を見た。
船がたくさん港に入ってきているところだった。
しばらくデュランは景色を見ながら歩いていた。
(やべ、景色に見とれちまってた……馬を借りないとだめなんだったな……確かこっちに馬屋は……この海岸沿いに歩いた町外れにあったよな?)
デュランは僅かな記憶を頼りに海岸沿いに歩いた。
この辺りにはあまり人がいないのか、たまにゆっくりと走っている馬車や旅人とすれ違う程度だった。
そして砂浜が途切れ、岩が海面から出ている場所の近くを歩いていた。
この辺りになると人は殆ど見当たらなかった。
(ちょっと行き過ぎちまったか?)
デュランは不安になり、辺りを注意深く見回した。
すると、岩の辺りに人の手が出ているのが見えた。
(―――なんだありゃ……誰か人がいるのか?)
デュランは倒れている人を助けるために、岩場に向った。
そして急いで彼は、その岩場にたどり着いた。
デュランは、その人物を見た。
(やっぱり、人だったか……しかし……)
そこには背中まであるウェーブのかかったパールティール(艶のある暗緑色がかった青色)の髪をもった女性が、上半身何も着ていない姿で気を失い、お腹から下を海水に浸けたまま、岩に張り付いていた。
(女だ!なぜこんな場所に?……)
デュランは声をかけた。
「おい!大丈夫か?……おい!……だめだ……完全に気を失ってやがる……」
デュランは、とりあえず体をこれ以上冷やしてはいけないと思い、この女性を海から引き上げようと近づいた。
そしてたどり着くと、すぐに両脇に手を入れ、力一杯、引張り上げる。
気合を入れたため、思わず声が出てしまう。
「おりゃあ!」
徐々に体が水面から離れていく。
すると全体が見え始める。
そして、それは驚くべき姿だった。
なんと、この女性の下半身は魚のように鱗で覆われ、ヒレまで付いていた。
「―――!?こいつは!!なんだ!?」
デュランは驚き、混乱し、どうして良いのか分らなかった。
(おいおいおい……いきなり、なんなんだよ!……お、落ち着け……デュラン・マーベリック!……まずは冷静になるんだ……)
デュランは辺りを見回し、その後、深呼吸をし、心を落ち着かせようとした。
辺りに人はいなかった。
岩場の波も穏やかで、海の景色も先ほどと変わらず、キラキラと光る海面が広がっていた。
(ふう……しかし、どうする?……まずは……)
彼は、一気に引き上げると、抱きかかえ、降ろせるところまで急いで運び、そこへたどり着くと、今度は傷つけないように、ゆっくりと地面に仰向けに寝かせた。
少しだが、彼の心は落ち着いた。
(なんとか引き上げられたぜ……)
辺りは、岩場でちょうど大きな岩に囲まれた場所の中心に平べったくなっている場所があった。
そこにデュランは、彼女を降ろしていた。
そして彼は、この女性へ視線をやると、裸であったのを思い出し、慌ててデュランは自分の着ているマントを脱ぎ、彼女に着せた。
(やべぇ!こいつ裸だった!まずは、俺のマントでいいか……)
謎の女性をマントで包むことに成功したが、足の尾ひれの部分は少し見えていた。
(なんとか隠すことは出来たな……しかし……)
そしてデュランは、先ほどよりは冷静さを取り戻し、右手の人差し指と親指で顎を弾きながら、どうするか考えていた。
(……よし、さっきより落ち着いてきた……どうするか、ちゃんと考えるか……こいつは、俺の記憶が正しければ、間違いなく『人魚』だ……人魚なんて存在したんだな……)
薬草の種類であったり、観賞用や園芸用の花、染料や塗料、香水、より安価で品質の良い紙など、他にもたくさんあった。
また、物だけではなく、様々な仕事も増えていた。
人間たちは、忙しく日々を過ごしていた。
開拓された町を警備する仕事、物資を運ぶこと、家を建てたり、船を作ったり、田畑を耕す者、服飾関係に携わる者や食べ物を加工する人々などがいた。
そして、新しく発見されたものから、新たな今までに無い仕事なども増え、どこも人手が足りない状況だった。
人々は、今、爆発的に増え、様々な消費活動をし、かつてない熱を帯びていた。
ここは、オリディオール東側の町、バルディバ。
その町にある料理屋に客として入ったポルキン・ウォードと言う男がいた。
ブラウンの癖のある髪で小太りの温和そうな男だった。
この男は、ラプル農園で有名なウォード家の長男でガイン・ウォードの兄でもあった。
彼は、様々な場所に行き、その場所にある食べ物を紹介する本を出していた。
今日も、彼は今いる店の料理のことを書こうと料理を待っていた。
(少し、古めかしいけど、いいな……この雰囲気……嫌いじゃない……)
店はあまり繁盛していないのか、客はポルキン一人だった。
年老いた老夫婦が2人で店を切り盛りしている所だった。
そして、一人の老人が部屋の奥から現れ、木製の少し大きめのカップに入った料理を持ってきた。
「すまんのぅ、待たせて、ほいっ、持ってきたぞい。食べてくだされ……」
「おお、ありがとうございます、来ましたか!」
ポルキンは料理を受け取り、カップの中を覗いた。
湯気が少しだけ、立ち上がり、良い香りのするスープだった。
(これは、うまそうだ……早速食べるか!)
彼は、木製の少し大きめのスプーンで淡い琥珀色の液体をすくい、飲んだ。
(……ほう、少しぬるいな……もっと熱めのスープが好きなんだが、まあいいか……これは、魚介類の出汁だな……うまみがあって、美味しい……独特の臭みがないところを見ると何かで匂いを消しているな……なんだろうこれは……この後に引く美味さ!……しかし、勉強になるなぁ、今回も!)
彼は、スープの味に満足しているようだった。
そして、もう一杯飲もうとしたとき、奥から年老いた女性が現れ、ポルキンがスープを飲んでいるのを見て驚き、叫んだ。
「あれまあ!お爺さん!これは、お爺さんがさっき食べてたやつでしょ!こっちがお客さんに出す方でしょうが!」
「えっ……」
「ありゃ……そうだったかのぅ……」
「すいませんねぇ、お客さん。こっちがうちの料理です。お詫びに地酒付けときますねぇ。ほんとにごめんなさいねぇ……最近うちのお爺いさんボケちゃってて……」
そして、先ほどとは違う野菜の具の入った熱々のスープが運ばれてきた。
それを見たポルキンは天上を見上げ呟いた。
「料理の道を極めるのは、遥か遠いんだな……」
そして、彼はその店でスープを堪能し、店を出た。
(はぁ、ちょっと酷い目にあったけど、良い夫婦だったし、料理も美味かったから……何も言えなかった……ふぅ……まだ、お腹に入りそうだし、もう一軒行っとくか!)
彼は、気を取り直し、しばらく歩いていた。
「やっぱり、東側最大の町と言われるだけあって、大きな町だなぁ……」
古い建物が立ち並んでいる場所を彼は歩いていた。
多くの人が行き交い、道はどこも混雑していた。
そして、あてどなく歩いていると海が見えてきた。
「おお、こっち側が海か!アートスの海と少し違うのかな?」
海をしばらくポルキンは眺めていた。
潮風が、彼のブラウンの髪を揺らした。
冒険者の乗った船が、港を出て行くようだった。
(新発見、見つかるといいなぁ……頑張れよ、冒険者たち!)
彼の実家は、それなりに裕福であったため、あまり売れない本でもポルキンは生活することができていた。
今のところ、こういった本を書けるのは、金持ちの道楽程度でしかなかった。
そして、一軒の宿屋が目に入った。
角笛の絵が描かれ、その中に『オリファン』と字が書かれていた。
どうやら、この宿屋の名前のようだった。
ポルキンは、宿屋の外観を見た。
(今日は、ここに泊まることにするか?泊まる場所、さっさと決めておいたほうがいいしな……料理も出るみたいだし……。しかし、この宿屋、古い部分と新しい部分があって、良い味出してるな……こういうの好きなんだ……気に入った!ここにしよう!)
そして、彼は宿屋に入っていった。
ユラト、ジルメイダ、ダリオの三人がレクスのところに到着したときには既に瀕死のウッドエルフは息を引き取っているようだった。
沼の近くに倒れていた。
女性のウッドエルフだった。
レクスは何度もそのウッドエルフの名前を呼んでいた。
目に涙を少し滲ませていた。
そしてリュシアも泣いていた。
その光景を見たユラトは、深くため息をつき、立ち尽くしていた。
(間に合わなかったか……)
そして、全員の埋葬を済ませ、ユラト達は村へ帰った。
村に帰り、いつもの宿泊場所へ入った。
冒険者達はウッドランドから徐々に、このウディル村へたくさん来ていた。
そのため、いくつもの建物を宿屋として使う事になっていた。
そして、冒険者ギルド用の建物や料理やお酒を出す店も現れ、ここに来た当初よりも人間たちが利用する施設は、かなり増えていた。
レクスは村に着くとすぐに「用事がある」とだけ言い、一人でどこかへ向った。
ユラト達は、今日の報告と壺の鑑定を頼みに、新しく作られた冒険者ギルドがある建物へ向った。
鑑定士は、冒険者ギルドや酒場などにいることが多いようだった。
ギルドの建物は、長方形の平屋で、簡素な造りだったが基本的な機能はちゃんと備わっていたので、特に問題はなかった。
そしてユラト達は、いつものように冒険者ギルドへ入った。
ダリオは、すぐに意気揚揚として、鑑定士の所へ壺を持って行った。
そして、壺を鑑定してもらった。
どうやら、ダリオの目利きは正しかったようだ。
本物の名のある職人が作った物だった。
それなりの額のお金が、パーティーに入った。
その後、ユラト達は相変わらず、森での旅を続けていた。
森に住む動物との戦闘や、黒い霧の邪気にやられた野鳥たちを退けながら、森に太陽の光を取り戻していった。
帰り道に、他の冒険者の一団と出会うことも増えていた。
どうやら、ユラト達のいる東の方にも来始めているようだった。
そして、数日経った、ある日。
大きな情報が、この広大な森の霧を払っている冒険者達のところにも、もたらされていた。
ユラト達はいつものように、探索から帰ってきていた。
レクスは村が見えると、すぐに例の特訓のため、族長の家に向ってしまった。
どうやら、それなりに上手くいっているようだった。
最近、特に頑張っていた。
ラグレスとの出会いや、亡くなってしまったウッドエルフの女性の事を思い、やる気をみなぎらせているようだった。
そして、それ以外のメンバーは、いつも通り、村に入った。
すると村にいる冒険者達が、いつもと違う雰囲気であるのをユラトは感じ取った。
(あれ、今日はなんか……)
リュシアもすぐにそれを感じたようだった。
そのまま、思ったことをジルメイダに聞いていた。
「ジルメイダ、なんか今日は騒がしいね?」
ジルメイダは、何か考え事をしていたようだったが、それをやめ、リュシアに言われ、辺りを見回した。
「……そうだね。何か発見でもあったのかね」
ダリオも、いつもと違う雰囲気に、少し怪訝な顔をしながら話していた。
「何がありやがったのか……ま、ギルドに行けば分るだろ、今日の報告もあるし、行こうぜ」
ユラト達はギルドへ向った。
ギルドの中は、いつもより人だかりが出来ていて、多くの者がパーティーで集り、何やら話し込んでいた。
ダリオは、知り合いの冒険者がいたらしく、話し掛けに行っていた。
そしてユラトが掲示板の近くに、特に人が集まっていたのを見つけ、呟いた。
「……ん、やっぱり、ここもなんか今日は様子が少し違う……なんだろ」
ジルメイダとリュシアは、お腹が減っているようだった。
「あたしは、リュシアと食事に行ってくるよ。情報は、後で教えておくれ」
「うん、わかった」
リュシアは、待ちきれないのか、ジルメイダをせかしていた。
「じゃあ、ユラトさんお願いします!ジルメイダ、早くいこー!」
「こら!あんまり、勢い良く走るんじゃないよ!はぁ……この子は……」
2人を見送ったユラトは、人込みを掻き分け、掲示板に貼られた紙を見た。
すると、そこには『新大陸発見』の報が書かれていた。
ユラトは驚いた。
「やはりここ以外にも、あったのか!」
新大陸発見!
それは、オリディオール島から東の海域にあった。
正確には、島の東の海域の更に東に、小さな小島が集まっている所があった。
そこを東のギルドは、物資などを運び、探索の為の拠点としていた。
この小島の集まった場所を、発見した商会の名前から『ゴレア』群島と言った。
そして、その群島から南の海域はなぜか、年中、嵐のような強い風が吹き、高い波があり、到底近づけるものではなかった。
人々は南の海域は諦め、東と北へ進むことにした。
東の方は、どれだけ進んでも今のところ大海原が広がっているだけであった。
だが、北の方へ進んだ冒険者達は、大きな陸地を発見したのだった。
ユラトは、発見者の名前を見て更に驚いた。
「発見者は……ゼグレム・ガルベルグ!!」
周りの冒険者達は口々に言っていた。
「またしても、ゼグレム!」
「凄い!彼に出来ないことは無い!」
「なぜ、こうも見つけることが出来るのか?」
ユラトも他の冒険者達と同じ気持ちだった。
(凄い人だ……ラグレスさんは、本当に戦うつもりなんだろうな、きっと……)
そして、冒険者達は皆、話し合っていた。
このまま、この森に留まり、ハイエルフの国を探すか、新しく見つかった陸地へ行くか。
それは、ユラト達のパーティーも例外ではなかった。
レクスは、この森に留まる事以外は考えられないと言って留まることを決めていた。
ユラトとリュシアはジルメイダ達が、このまま残るのなら鍛えてもらった方がいいと思い、残ることにしていた。
そしてジルメイダは、「せっかく戦力が揃いそうなのに、無理して行く必要はない」と言い放ち、このまま続ける事を決めていた。
ダリオは、ジルメイダが残る事を決めると自分も残ると言った。
ユラト達は、この森に残りハイエルフの国を探すことを、もうしばらくすることに決めたのだった。
そして、数日経つと、冒険者は当初の半分ほどの人数になっていた。
半分近くの者が、新しく発見された場所に興味を持つだけでは我慢できなかったようだった。
ウッドランドから西、そして北辺りまでは、ほとんど調べ尽くしていた。
どうやら、西の端から北の方に向けて、標高が高く険しい岩山が連なっていると言う事であった。
残った冒険者達は、殆どがこのウディル村を拠点として冒険をしていた。
そして同じ頃、場所は変わり、新たな旅立ちを再び迎えようとしている者がいた。
ここは、オリディオールの最東端にある町、バルディバである。
島の西側に近い所で新大陸が発見されたため、この町はついこの間まで、寂れかかっていた。
だが、この町は最近、再び活気付いていた。
多くの東側の冒険者の大冒険の末、ここから遥か北東方向に新しい陸地と思われる場所を発見することが出来たからだ。
それに伴い、多くの冒険者たちが、この町に集まっていた。
また、戻ってきたのは、冒険者たちだけでは無く、商人たちも同じだった。
バルディバには、数多くの商会の本拠地が、この町にあった。
オリディオール東側のマルティウス地域は、島の中でも比較的安定した気候の地域だった。
そして、西のラーケルは農業地帯が広がり、中央のゾイルは山や森林の多い土地であった。
そこで富裕層は、東の地域に住居や別荘などを建て、住んでいた。
彼らが住むことにより、供給網が整備され、商業が発達したと言われている。
いくつもの道を作り、より速く走るための馬の品種改良、そして、さらに多く快適に運べる馬車や船の開発といったことが行われていた。
しかし近年、商人達は、西側で商いを行う者がほとんどだった。
支店を、西の新大陸に作り、取引を活発に行っていた。
また、本拠地を新大陸に移す者も出始めていたほどだった。
だが、東側で新しい大陸らしき場所が発見されたため、商人たちは東側の権益を獲得する為に東へと戻ってきていた。
町の造船所には、西の新大陸から運ばれた木材などが積み上げられ、船が次々造られていた。
オリディオールにある木より、耐朽性や耐水性に優れた『ヒバル』と言われる木が見つかったことにより、探索や輸送に優れた船を造ることに成功していた。
他にも、娼館、劇場、競馬場、競売所などがあり、お金を持った人々が熱の篭った声で目的の品を競り落とそうと声を上げていた。
バルディバに人や物が、再び集まりつつあった。
そして、それはある一軒の宿屋にも経済的な恩恵をもたらしていた。
その宿屋から元気な声が聞こえた。
この宿屋の名前は『オリファン』と言った。
由来はわからないが、看板のところに角笛の絵も描かれていた。
「ありがとうございました!またのご利用を!」
赤毛の青年が、宿泊客を元気な声で送り出していた。
そして、青年と同じく、燃えるような赤い髪をもった中年の女性が奥の部屋から現れた。
「デュラン、ここはもういいわ、あとは私がやるから。あなたはまた、冒険者になって行きたいんでしょ?」
デュランと言われた、この青年は、ユラトと共に冒険をしたデュラン・マーベリックであった。
彼はユラトと別れたあと、無事にバルディバにある実家に着くことが出来た。
そして、しばらく、実家の母が経営している宿屋を手伝っていたのだった。
彼の家は、バルディバの町でも海に近い場所にあった。
宿泊する部屋から日の光が入り、外に目を向けると海の景色が見える、見晴らしの良い場所に建っている宿屋だった。
それを両親は気に入って苦労の末、この中古の物件を買い取り、直せるところを綺麗に建て直し、再び宿屋として利用していたのだった。
デュランは、その女性に期待を込めて聞いていた。
「お袋……いいのか?」
この女性はデュランの母親で、名を『アンジェ』と言った。
彼女はデュランが、宿屋の仕事の手伝いをする合間を見つけては、体を鍛えていたことを知っていた。
息子が帰ってきたとき、無事に戻ってきてくれたことが一番嬉しかった。
そして、冒険から帰ってきた息子の顔を見た時に思った。
(デュラン……冒険に出て行ってから何かがあったようね。ここにいた頃より、そう……決意……かしら……なにか、あなたの顔や雰囲気からそう言った強い意志を感じるわ……あなたは何も危険なことは無かったって言うけれど……だけど、その顔を見れば母さんには分るわ。あなたが死線を渡り歩いたってことぐらいわね……それでも、また冒険者として、世界に、あの黒い霧に包まれた暗黒世界へ行きたいのね……ふふっ、なんだかお父さんに、そっくりになってきたわね。そういうところ……あなたは否定するんだろうけど……)
ずいぶん、大人びたように母には思えた。
そして、やさしい眼差しを息子に向けながら母は話した。
「ふふっ、あなたが手伝ってくれたおかげで、もう大丈夫よ。それにこっちにもたくさん冒険者が帰ってきたしね。あなたの代わりの人を雇うぐらい出来るわよ。だから、安心して行ってきなさい。冒険者となって、もっと広い世界に出たいんでしょ?」
「お袋……俺は……」
デュランが帰ってきてから母親は体調を元に戻していた。
宿屋にも余裕が少し出てきた。
薬もたくさん採ってきたものがある。
自分の心にはユラトとの約束や、もっとお金を稼いで母を楽にしてやりたい気持ちなどがあった。
「それに、父さんもどこかにいるかもしれないからね。あなたに探してきて欲しいわ……『ローランド』……」
(あいつをまだ、待っているんだな……お袋は……あんな奴を!)
デュランは怒りの篭った表情で母に話し掛けた。
「安心してくれ、お袋……見つけて来るよ。あの野郎は絶対見つけてくる!」
「デュラン、父さんをローランドを許してあげて……きっと何かあるのよ」
「だめだ!あいつは、あいつだけは……」
「デュラン……私とシュリンは、もう許したの……」
「2人はそれでいいさ、だけど、俺はどうしてもダメなんだ!」
デュランの心に深い傷を負わせていることを母は知っていた。
(まだ、ダメみたい……まだまだ時間が必要……ね……だけど、いつの日か……)
母は表情を元に戻し、息子に語りかけた。
「それはそうとデュラン、ふふっ、いつでも出れるように準備もしてあったの母さん知ってるのよ」
デュランは驚いていた。
「げっ、ばれてたのか!」
母は遠い目をしていた。
そして自分なりに、この世界を想像しながらデュランに話し掛けていた。
「当たり前よ。母さんのことは心配しないでいいの……だから、行って来なさい、広い世界へ。そこには何があるのかしら……母さんなんかには想像もつかないわ……ここよりもっと高く、遠い場所へ……あなたが出会ったって言ってた、そのお友達と……ね」
「わかった、ありがとう、お袋!俺、行って来るぜ!」
「ふふっ、それでこそ、私たちの息子よ」
アンジェは笑っていたが、どこか寂しそうな表情だった。
しかしデュランは、冒険者になって旅立つことで頭の中が一杯であったため、母の表情を見ることなく、この場所から離れた。
すぐに自分の部屋へ行き、皮の鎧を装備し、母が卒業祝いにくれた淡いブルーのマントを羽織った。
そして、他にも色々準備を整え、すぐに実家を出た。
母は見送ることはしなかった。
夫を最後に見たのは見送ったときだった。
彼女にとって見送ることは不吉なことだった。
だから、いつも見送ることはしなかった。
デュランもそれを知っていた。
だから、宿に泊まりに来た客に紛れて、軽く外出するかのように彼は短く「行って来る」とだけ言って家を出た。
母は無言で頷き、すぐに接客をしていた。
(子供は、親から巣立っていくもの……そうよね?……ローランド……ちょっと寂しいけど……だけど、私は2人の子供が元気でいてくれれば、それでいいの……行ってらっしゃい!デュラン!)
デュランは、母の表情から彼女の言いたい事を感じ取り、同じように無言で頷くと実家の宿屋を後にした。
(ありがとう、お袋!……俺、行ってくるぜ!そして、あいつも必ず!)
家を出た彼は、人込みを掻き分け、バルディバの中心地から、郊外へ出ていた。
町は冒険者や商人、他にも近隣の村などから人々が来ており、活気があった。
デュランは、歩きながら辺りを見回し、この町に活気が戻ったことを嬉しく思っていた。
(……熱気を感じるぜ!これなら、うちの宿屋もしばらくは大丈夫だろ。俺は俺できっちり稼いでおくか!)
そしてデュランは、馬を借りるために、町外れの海沿いにある馬屋へ向った。
バルディバはアートスと同じく港もある。
その規模はアートスよりも大きかった。
時間はまだ、昼になったところで日が高く昇っていた。
デュランは空を見上げた、雲が殆ど無い広い空を。
「昨日は結構雨が降っていたが、今日は晴天だな、旅立ちには丁度いいぜ!」
デュランが言った通り、昨夜から早朝にかけて雨が降っていたようで、道の至るところに水溜りが出来ていた。
彼は、その道を歩き始めた。
そして歩きながら海の方に視線を向ける。
海面に日の光が当たり、キラキラと光っていた。
海鳥がその上空を飛び、潮風が吹いた。
鳴き声が、たくさん聞こえた。
彼はなんとなく、その鳴き声の方を見た。
船がたくさん港に入ってきているところだった。
しばらくデュランは景色を見ながら歩いていた。
(やべ、景色に見とれちまってた……馬を借りないとだめなんだったな……確かこっちに馬屋は……この海岸沿いに歩いた町外れにあったよな?)
デュランは僅かな記憶を頼りに海岸沿いに歩いた。
この辺りにはあまり人がいないのか、たまにゆっくりと走っている馬車や旅人とすれ違う程度だった。
そして砂浜が途切れ、岩が海面から出ている場所の近くを歩いていた。
この辺りになると人は殆ど見当たらなかった。
(ちょっと行き過ぎちまったか?)
デュランは不安になり、辺りを注意深く見回した。
すると、岩の辺りに人の手が出ているのが見えた。
(―――なんだありゃ……誰か人がいるのか?)
デュランは倒れている人を助けるために、岩場に向った。
そして急いで彼は、その岩場にたどり着いた。
デュランは、その人物を見た。
(やっぱり、人だったか……しかし……)
そこには背中まであるウェーブのかかったパールティール(艶のある暗緑色がかった青色)の髪をもった女性が、上半身何も着ていない姿で気を失い、お腹から下を海水に浸けたまま、岩に張り付いていた。
(女だ!なぜこんな場所に?……)
デュランは声をかけた。
「おい!大丈夫か?……おい!……だめだ……完全に気を失ってやがる……」
デュランは、とりあえず体をこれ以上冷やしてはいけないと思い、この女性を海から引き上げようと近づいた。
そしてたどり着くと、すぐに両脇に手を入れ、力一杯、引張り上げる。
気合を入れたため、思わず声が出てしまう。
「おりゃあ!」
徐々に体が水面から離れていく。
すると全体が見え始める。
そして、それは驚くべき姿だった。
なんと、この女性の下半身は魚のように鱗で覆われ、ヒレまで付いていた。
「―――!?こいつは!!なんだ!?」
デュランは驚き、混乱し、どうして良いのか分らなかった。
(おいおいおい……いきなり、なんなんだよ!……お、落ち着け……デュラン・マーベリック!……まずは冷静になるんだ……)
デュランは辺りを見回し、その後、深呼吸をし、心を落ち着かせようとした。
辺りに人はいなかった。
岩場の波も穏やかで、海の景色も先ほどと変わらず、キラキラと光る海面が広がっていた。
(ふう……しかし、どうする?……まずは……)
彼は、一気に引き上げると、抱きかかえ、降ろせるところまで急いで運び、そこへたどり着くと、今度は傷つけないように、ゆっくりと地面に仰向けに寝かせた。
少しだが、彼の心は落ち着いた。
(なんとか引き上げられたぜ……)
辺りは、岩場でちょうど大きな岩に囲まれた場所の中心に平べったくなっている場所があった。
そこにデュランは、彼女を降ろしていた。
そして彼は、この女性へ視線をやると、裸であったのを思い出し、慌ててデュランは自分の着ているマントを脱ぎ、彼女に着せた。
(やべぇ!こいつ裸だった!まずは、俺のマントでいいか……)
謎の女性をマントで包むことに成功したが、足の尾ひれの部分は少し見えていた。
(なんとか隠すことは出来たな……しかし……)
そしてデュランは、先ほどよりは冷静さを取り戻し、右手の人差し指と親指で顎を弾きながら、どうするか考えていた。
(……よし、さっきより落ち着いてきた……どうするか、ちゃんと考えるか……こいつは、俺の記憶が正しければ、間違いなく『人魚』だ……人魚なんて存在したんだな……)
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