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第十三話 2
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(ユラト……)
浮かない様子のユラトを見たガインは、彼を励ますことにした。
「旅を続けていれば、きっと見つかるはずだよ、その調子なら……僕も何か見つけたら、必ず君に教えるよ。だから、大丈夫さ!」
「ありがとう、ガイン。確かに……そうだな、頑張ってみるよ」
ユラトが思いつめていなかったことに安心したガインだった。
(良かった……ユラトのその模様、呪いだって聞いていたから、ずっと心配していたんだ……だけど、禁呪って……一体……)
ユラトは話題を変え、気になったこと聞いていた。
「そういや、ガリバンさんや他のメンバーは?」
ガインの表情が沈んだ。
「実はね……今日、パーティー解散したんだ……」
「……え、どうしてまた……?」
ガインは沈んだ表情のまま、ユラトに説明をし始めた。
「ウッドエルフの人が大きな怪我をしてね……その人は冒険が無理だって判断されたんだ……そしたら、丁度いい機会だから、東に行きたいって人が出たんだよ」
「なるほど、そう言うことか……」
「それで、メンバーを募集しても恐らく来ないだろうってことで……そういうことになって……ガリバンさんも東に行くことになって……」
「じゃあ、ガインはどうするんだ?」
「僕も誘われたんだけど……僕は、そろそろ帰るよ……あの2人と約束した期限がきているからね。だから丁度良い機会だと思ってるんだ。これ以上ここに居たら、凄く怒られるからね。セラリス一人でも厄介なのに、シェイミーにまで怒られたら……ああ、恐ろしい……」
ガインは、怒る2人のことを想像し、顔色を変えていた。
「……そんなに怖いのか?」
ガインは身を乗り出して、力強く喋っていた。
「……あのね。ある意味ここのモンスター以上だよ!」
「おいおい……それ聞いたら2人から怒られるぞ……」
呆れ顔のユラトを見たガインは表情を変え、今度はばつが悪そうに話していた。
「2人には秘密にしといて!僕って口では、あの2人には絶対勝てないんだよ……いっつも2人一緒になって僕一人に言ってくるんだ!だから……今回は一人で別の世界を見てみたかったってのもあったんだ……」
どうやらガインは、セラリスとシェイミーに、いつも口うるさく色々言われているようだった。
「そうか……ガインも色々あるんだな」
ユラトの発言が気に食わなかったのか、やや怒り気味にガインは話し掛けてきた。
「あのね、ユラト……僕だって楽に生きてないんだよ!」
「ははっ、悪かったよ。そりゃそうだ……」
「はぁ……ほんとは続けたかったけど、2人にも会いたくなって来たし、実家の仕事も大切だしね……ユラトは続けるんだよね?」
「ああ、もう少しここで頑張ってみるよ」
「そうか……ここの仕事が一段落ついたら、うちの農園に来てよ!みんな待ってるから!(特にセラリスが!)」
「うん、そうさせてもらうよ。実は一度行って見たいと思ってたんだ」
学校にいたころは、よくセラリスとガインからラプルの実をもらっていたので、一度そのお礼に手伝いに行きたいとユラトは思っていた。
「そうだったんだ。うちは広いからね……あ、そうだ!あれも……」
ユラトとガインは食事をしながら他にも色々話していた。
そして、食事が終わるとガインは実家へ帰えるため、ここから立ち去ろうとしていた。
「ユラト、無事でいてよ……ほんとにみんな待ってるからさ……」
「ああ、ありがとう。だけど、大丈夫さ。また会おう、ガイン!」
2人は再び再会することを約束すると、軽く握手を交わした。
そしてガインは手を振りながら、村の外へ向かって歩き出した。
「うん、絶対だよ!それじゃあ!」
(ガイン……また機会があったら、セラリスやシェイミーと共に冒険しよう。ガインはガインで2人に負けず頑張れ……だけど……ほどほどに……俺は俺で頑張るよ)
ガイン・ウォードを見送ったユラトは、建物の中へ戻り、ジルメイダとリュシアの座っている席へ座り、しばらく談笑をしていた。
そして、ある程度話しを終えたユラトが建物から出ようと立ち上がったとき、ダリオが店の中に入ってきた。
ユラトたちを見つけると、ジルメイダとリュシアのいる同じテーブルの席に着いた。
食事を注文すると、ギルドの新情報を見てきたらしく、ユラト達に話してきた。
「おい、お前ら。島の中央の町『レイアーク』でなんかあったらしいな」
(レイアークって……確か、エルのいる町だったよな?)
食事を終えたリュシアが口の周りを『ラシ』と言われる木の葉っぱで拭くと、ダリオに尋ねていた。
この葉も、この森で新たに見つかった物で、繊維の多い葉で、天日干しした物を手でくしゃくしゃにしてから使うと、爽やかな清涼感のある香りがする葉だった。
「どんなことがあったんですか?」
「興味あるみたいだな……いいぞ、話してやる……」
ダリオは、書かれてあった情報について話した。
しばらく、ユラトたちは黙って彼の言う話に耳を傾けていた。
そして、その話の概要を聞き終えたジルメイダは、表情を曇らせた。
「物騒な話だね……犯人は見つかったのかい?」
「それがだな……」
ダリオは、話を3人にさらに続けた。
話を聞きながら、ユラトは幼馴染のエルディアのことを思い、心配した。
(エル……何もないといいんだけど……)
――― 数日前 ―――
場所は変わってここは、オリディオール島中央のとある場所。
カラーン!コローン!カラーン!コローン!
何かの合図なのだろうか、鐘の音が甲高く鳴り、辺りに響き渡っていた。
周辺の建物の中では一番高く、淡い青色の屋根の大きな鐘の付いた細長い建物だった。
周辺にいた鳥たちが音に驚き、一斉に羽ばたいていく。
まだ日は高く、丁度お昼時のようだった。
そして周囲の建物から続々と堰を切ったかのように外へ出て行く、若さ溢れる者たち。
「おい!あっちで今日は食べようぜ!」
「アミネー!先生が呼んでるわよ!」
「はは、お前ってそればっかりだなー」
全員、首に魔法陣の刺繍が入った、様々な色のスカーフのようなもの
を巻き、黒に近い紺色の首から下を覆うローブを羽織っていた。
ローブの襟や袖先のところに奇麗な花と植物の刺繍、そして雷や炎等の四元素を簡略化させた模様も施され、背中にはフードが付いていた。
どうやらここは学校で、その学校の制服のようだった。
その制服を着ている生徒達を近くにある図書室の建物の1階から、本を読むのを止め、窓越しに眺めている者がいた。
(もう……お昼………)
ここは、オリディオール中央のゾイル地域にある、地域最大の町『レイアーク』。
町の東西を標高が高く険しい岩山に囲まれ、その内側は森だったが、人々が大地の神殿の近くに町を必要としたため、森を切り開き、町を作ったと言われている。
そのため、町や魔法学院、大地の神殿は森に覆われている。
名前の由来は、魔王と戦った伝説の光の戦士たちの一人、大魔道師『ウィハル・レイアーク』から名づけられたと言われている。
この地域には、大地の神殿や北の方に島で一番標高の高い山『アルフィス山』、そして南の方には一番大きな森『ニーフェの森』もあり、その森の中に湖があって、そこにはこの島一番と評判の占いの館がある。
噂では、その館にはエルガイア三賢者の一人、『ベルキフォール・ラディンガー』の一番弟子、魔女『メディア・バルフロイ』が住んでいると言われていた。
しかし、それは誰も見た者がいないため、噂でしかなかった。
そしてレイアークには、他にも審議会本部、冒険者ギルド本部、裁判所、人間たちの叡智の結晶が保存された大図書館、古代の名画や芸術品などが置いてある美術館、歌や楽器の演奏を行うことができる野外ホール、一年に一度行われる闘技大会の闘技場など、政治、学問そして芸術や文化などの中心地でもあった。
そして、魔法学院もあり、学生達の町でもあった。
そのため、中央の地域としては、唯一の人口の多い場所であった。
先ほど、本を読むのを中断し、外の景色を眺めていたのは、女性だった。
ミディアムストレートの深い青色の髪で、眼鏡をかけ、肌は白く、やや細い体の人物だった。
綺麗な二重の憂いを帯びた瞳、薄いピンクの唇、鼻筋の通った鼻。
美人と言われるものに属する人物のようだった。
制服を着ているのでどうやら、ここの学生らしいが、授業に出ていないところを見ると、そうでもないのかもしれない。
ここは、『ラドルフィア魔法学院』。
全寮制の学院である。
男女共学でオリディオール島の全地域から魔道師になるために人が集り、研究室などもあって学校としての規模は、島最大であった。
レイアークの町の北側の場所は、学院のある場所となっていた。
学院の西の方の敷地に魔法訓練場と寮があり、東には様々なアイテムなどが保存された博物館やそれらを研究する建物があった。
中央には大きな楕円状の広い中庭があり、そこを囲むように校舎が建っていた。
北側の中心に鐘の鳴る高い建物があり、そこに学院長室や教師たちの部屋、そして怪我の治療などを行う部屋があり、その建物の左右には図書室や自習部屋などがあった。
また中庭には、新発見によって見つかった新しい植物などが植えられていた。
回りに川のように流れる水があり、その中は広い陸地になっていて、そこに植物などが植えられ、色とりどりの花を咲かせ、よい香りを放っていた。
またここは、学生達の憩いの場でもあった。
談笑したり、本を読んだり、寝そべったりしている場所だった。
そして、東の研究室の研究対象は様々で、新しく見つかった古文書やグリモワール(魔道書)などの分析や解読、魔族に関する闇のアイテムなどの鑑定、新しい動植物や鉱石を調べたりと数多くあった。
そして、その学院のある場所から更に奥に地母神イディスの神殿があった。
この神殿の地下に聖なる大地の泉があり、そこで聖石は作られていた。
彼女は、再び本を読むのを再開しようと、目線を本の方へ移した。
そのとき、勢いよく、木製のドアを開け、入ってくる者がいた。
その者は先ほど見た、この学院のローブを着ていた。
どうやら、ここの学生のようだった。
若干幼さの残る愛らしい顔立ちで、背中まで真っ直ぐ伸びた綺麗な艶のある銀色の髪を持ち、浅黒い肌で背丈は同年代と比べると低く、先ほどから図書室で本を読んでいた青い髪の女性を見つけると笑顔になり、元気よくその人物に話し掛けていた。
「あっ!やっぱりここにいた!エル先輩!」
エル先輩と呼ばれた女性は、静かに本を閉じると声をかけてきた女性の方へ顔を向けた。
「……どうしたの?シュリン」
シュリンと呼ばれた人物は、デュラン・マーベリックの妹のシュリン・マーベリックだった。
そして、青い髪の女性は、ユラトの幼馴染のエルディア・スティラートであった。
彼女達は、同じ魔法学院の先輩と後輩の間柄だった。
この学院では、レイアークの町の人々からのクエスト(依頼)を受けることができる。
そして、それを卒業までにいくつか達成しなければならないのだった。
また、実家にあまり経済的に迷惑をかけたくない者は、積極的に報酬の貰えるクエストをこなすことで、生活費の足しにしている者も少なくは無かった。
シュリンは、元気で明るい女の子で、友達もたくさんいるようだった。
エルディアは、どちらかと言うと人見知りするタイプで、喋ることもあまり得意ではなかった。
シュリンは、自分には無いものをたくさん持っていると彼女は、やや羨ましく思っていた。
そしてその明るさに、エルディアは何度も救われていた。
イシュト村にいるときは、ずっとユラトがシュリンと同じように明るい声で自分を引張ってくれた。
そして、この学院に入った一年目はほとんど友達も出来ず、馴染めないことも多く、一人寂しい日々を送っていた。
しかし、二年目になったときに、シュリンはやってきた。
ある日、クエストのことで困っているシュリンを、エルディアが助けることがあった。
それは、この学院の伝統で、新入生全員にやや高い難易度のクエストを与え、先輩の力を借り、共にクエストこなすと言うものだった。
同じ寮で生活していく上級生と下級生をうまく馴染ませるために行われているものだった。
シュリンは、なぜか学院の中庭の端の方で一人黙って座り、本を読んでいるエルディアを見つけ、近づくとクエストの手助けを頼んできたのだった。
そして、そのことがきっかけで2人は知り合い、なぜかシュリンは、エルディアのことが気に入ったようで、彼女を見つけては声をかけて来たり、共に食事や買い物に出かけたりするようになり、いつの間にか仲の良い関係になっていた。
シュリンと知り合うことで、エルディアの灰色だった日常は、彩られた日常へと移ったように思えた。
たまに、彼女の明るすぎる性格を持て余すこともあったが、それは贅沢な悩みだと思っていた。
シュリンは、今日も元気にエルディアに話し掛けていた。
「エル先輩、もうすぐ、『ヴァルプルギス』ですよね!」
【ヴァルプルギス】
この世界の場合、『ヴァルプルギスの夜』と呼ばれ、その夜は死者と生者との境が弱くなる時間とも言われる。
島全体で行われる春の祭り。
町の中央に大きなかがり火が焚かれ、飾り付けをし、春の歌を歌い、豊穣を願う。
大人たちは蜂蜜酒を飲み、子供はラプルの果汁を飲み、皆で豪勢な食事を楽しむ。
「ええ、そうね……」
「あれー、楽しみじゃないんですか?」
「……シュリンは、楽しみみたいね」
シュリンは、目を輝かせて話していた。
「そりゃあ、そうですよー。お祭りは昔から大好きなんです!町が華やかになって、みんな楽しそうな顔で……それに、美味しい物も食べれるんですよ!」
エルディアは、ユラトがここに居たら楽しめただろうなと思った。
視線を少し、宙に浮かせて想像していた。
それを見たシュリンは、少し意地悪な表情になり、エルディアに質問していた。
「あれ、あれ~エル先輩、ひょっとして、故郷の彼のことでも考えてたんですか~?」
図星を指されたエルディアは驚き、そして狼狽えた。
「……っ!……違うわ……特に何も……考えてなんか……」
そんな彼女の様子を見たシュリンは笑いを堪えながら、澄ました顔で答えていた。
「はいはい、ご馳走様です!(相変わらず……ふふっ……)」
エルディアは、シュリンの明るすぎる性格だけで無く、たまに見せる彼女の意地悪な部分に困ってもいるようだった。
「いつもそうやってシュリンは……茶化さないの……」
堪えきれず笑みをこぼしてしまったシュリンは、その後、普段の表情に戻り、心配そうにエルディアに尋ねていた。
「ふふっ……でも先輩、その人、先に冒険に行ったんでしょ?先輩を置いて……」
エルディアはシュリンの質問に、やや伏せ目がちに、そして少し寂しそうに答えた。
「……ええ、手紙にはそう書いてあったわ……(今はハイエルフの国を探して深い森の中……とにかく無事で……ユラト……)」
それを聞いたシュリンは、まるで自分の事のように抗議の声を上げた。
「ええ~!約束してたんでしょー、酷いじゃないですか!」
「好奇心だけは旺盛だから……待てなかったみたい……」
シュリンは腕を組み、眉をひそめ、力強く叫んだ。
「ん~、それならここへ、迎えに来るべき!」
「私がもうすぐ村に帰れそうだって、言えてなかったのもあるから……」
エルディアは、本当は冒険者などにはなりたくはなかった。
しかし、ユラトが冒険者になって、自分の呪いを解くことを自分の手でしたいと言い出したため、彼の傍に居たかった彼女は、渋々冒険者になる道を選んだのだった。
本当は同じ剣士の学校へ行こうかと思ったが、自分は小さい頃から、体を動かすことがあまり得意ではなかったため、魔道師になる道を選んだ。
今思えば、あの黒髪の青年は、小さいときから好奇心旺盛で、村のあちこちに自分を連れまわし、色んな目に合わされた。
だけど、それは楽しい毎日だった。
村長の家に引き取られ、二人とも両親がいなくて寂しかったが、同じ痛みを知る人が自分だけではなかった。
夜中、突然目が覚め、2人で手を握って、何度も泣いたこともあった。
また彼は、最初凄く落ち込んでいたが、いつの間にか元気になっていて、部屋に塞ぎ込みがちだった自分を外へ連れ出してくれた。
「エル……一緒に外へ行こう……君の傷は見えない……俺の傷も……触れて擦ってあげることもできないんだ……」
ユラトは自分の胸に手を当て、服を握り締めると苦しそうに顔を歪め、視線を少し下へ向けた。
悲しい気持ちが、胸を締め付ける苦しみとなって、溢れ出てきた。
それをぐっと堪え、今度は真っ直ぐ彼女を見つめた。
「……それは………心の傷だから………」
「ユラト……」
「決して誰も見ることも触れることもできない場所なんだ。だけど、俺には分かるよ、その傷の大きさも……痛みも……俺にもあるから……その傷は大きいんだよね……とっても……そして苦しいんだ……」
「……うん」
エルディアの不安で悲しげな表情を見たユラトは彼女に近づくと、優しい声で囁くように言ってきた。
「……だからエルが不安になる度に言うよ、大丈夫だって、心配しないでいい、怖くないって……何度でも……何度でも言うさ!……そうやって、君の心の傷を俺が治してやるから……だから、一緒に外の世界の広がる青空を見て、風を匂いを知って欲しいんだ!」
「……匂い?」
「うん!色々なところがあって、草や花の香りがする場所もあるんだ!……それから他にも綺麗な景色のところとかね。だから、俺が連れて行ってあげるよ……エルが望む場所へ!」
そう言って、彼はエルディアの手を握り、頭を撫でながら、その言葉を言ってくれた。
(その大きな傷に直接触ることすら出来ないのなら……いくつもの言葉で君の心の傷に触れ、少しでも痛みを和らげてあげよう……いつも一緒さ……エルディア……)
「ユラトは……苦しくないの?」
「……俺はもう大丈夫さ……ほんとだって!(エルの笑顔を見れば、俺の心の傷は、塞がっていくよ……)」
たまにそういう表情をすると、他のことだと面倒くさがるのに このことに関してはすぐに、彼はそれを察知してしてくれるのだった。
同じ傷を背負い、2人は助け合いながら村の中で共に成長した。
少しづつお互い、本当の笑顔が戻り、今ある幸せを噛み締めた。
この黒い霧に包まれた暗黒世界と言われる世界の中で、2人は生きると言う光を生み出し、そしてその照らされた場所に小さな居場所をつくり上げた。
自分たちの努力によって。
エルディアの夢は、普通の家庭を持つだけでよかった。
共に田畑を耕し、作物を育て、たまに本を読みながら、子供の面倒や家事をしてイシュトの村でのんびり平穏な毎日を過ごす。
もしくは、アートスの町やイシュト村の教師として働き、彼が島の自警団にでも所属して、過ごしてもいい。
それでいいではないか。
何も自分から危険な冒険者になど、なる必要なんてないはずだ。
呪いを解く方法なんて、別の誰かが霧を払っていく中で、いつか見つけてくれるだろう。
普通の生活を営むぐらいなら支障もないはずだ。
それなのに彼は、行くと言った。
でも、しばらく冒険をしたらきっと飽きるか、危険だと知って安定を求めるだろうと、彼女はそう思っていた。
それまでは、ユラトに付いて行くために、何事も起こらせないようにするだけの実力を身に付けよう。
そして、彼の背中を守ろう。
(そうすれば……きっと……だけど、それは私の勝手な願いでしか……ユラトはどう思っているの……)
シュリンが上の空でいるエルディアを見て肩を揺すっていた。
「エル先輩!考え事ですか?」
エルディアはいつの間にかユラトとの事を深く考えてしまっていたようだった。
「……ごめん、シュリン。ちょっと考えちゃってたみたい……」
シュリンは、思い悩んでいるエルディアを見ることは中々なかったので少し驚いていた。
「いやー、珍しいですねぇ。先輩がそんなに集中して考え事するなんて……まあ、いいですよ。それより……」
バタンッ!
シュリンが話を再開しようとした、その時、勢い良くドアを開け、部屋に入ってくる者がいた。
その者は、部屋に入るなり、辺りを見回すと、エルディアを見つけ、すぐに彼女のもとへやって来た。
「こんなところにいたのね……手間をかけさせないで頂戴!エルディア、学院長が呼んでいるわよ」
「……学院長が?」
「ええ、そうよ、ちゃんとあなたに伝えたわよ!全く、私は忙しいのに!クエストだって言うから……」
このヒステリックな声を上げた人物は女性で、名前を『エレーナ・マキュベル』と言った。
釣り上がった目に、すらっとした手足の長い体型、明るい黄土色の腰まである長い綺麗な髪に、涼しげな水色のリボンを付けた女性だった。
見た目は体型の良い、美しい女性だった。
この魔法学院で学ぶことによって、一定の知識や教養を身につけることが出来るため、社会的に地位の高い人物の子供や、裕福な層の子供たちも、多く在籍していた。
彼女の父親は、オリディオールでも3本の指に入るほどの有名な宝石商だった。
一人娘で両親に溺愛され、欲しい物は何でも買い与えられ、我がままに育っていた。
そして、エルディアにきつく当たっていたのは、他にも理由があった。
それは、エレーナの意中の男性が、エルディアを気に入っていたからであった。
それもあってか、彼女はずっとエルディアに対抗意識や嫉妬心を向けてきていた。
しかし、エルディアはそういったことには、ほとんど気づかなかったし、気にもしていなかった。
それが余計にエレーナを怒らせる結果になっていた。
エレーナは何かを思い出したのか、不敵な笑みを浮かべながら、エルディアに話し掛けていた。
「今度のヴァルプルギスにお父様主催のパーティーがあるの……ふふっ、彼も来るの……あなたも呼んであげてもいいのよ?……だけどちゃんとした格好で来てね!そしたら、入れてあげる……ふふふっ」
エルディアは表情を変えることなく、答えた。
「……興味ないわ」
シュリンもやや挑戦的にエレーナに不参加を表明していた。
「あたしも興味ありませーん!」
それを見た、エレーナは目を吊り上げ、シュリンに言い放った。
「あんたには言ってないわよ!貧乏宿屋の小娘なんかに言うわけないでしょ!」
それを聞いたエルディアは、すぐに反応した。
「エレーナ、それ以上言うなら許さない……」
エルディアは眼鏡を取り、目を細め、冷たい眼差しでエレーナを静かに見つめた。
エレーナはエルディアの迫力に、恐れおののいた。
「ひっ!……な、何よ、あたしに何かしたらお父様が黙っていないわよ!」
「あなたのことなんてどうだっていい……だけどシュリンや家の悪口は許さない……」
浮かない様子のユラトを見たガインは、彼を励ますことにした。
「旅を続けていれば、きっと見つかるはずだよ、その調子なら……僕も何か見つけたら、必ず君に教えるよ。だから、大丈夫さ!」
「ありがとう、ガイン。確かに……そうだな、頑張ってみるよ」
ユラトが思いつめていなかったことに安心したガインだった。
(良かった……ユラトのその模様、呪いだって聞いていたから、ずっと心配していたんだ……だけど、禁呪って……一体……)
ユラトは話題を変え、気になったこと聞いていた。
「そういや、ガリバンさんや他のメンバーは?」
ガインの表情が沈んだ。
「実はね……今日、パーティー解散したんだ……」
「……え、どうしてまた……?」
ガインは沈んだ表情のまま、ユラトに説明をし始めた。
「ウッドエルフの人が大きな怪我をしてね……その人は冒険が無理だって判断されたんだ……そしたら、丁度いい機会だから、東に行きたいって人が出たんだよ」
「なるほど、そう言うことか……」
「それで、メンバーを募集しても恐らく来ないだろうってことで……そういうことになって……ガリバンさんも東に行くことになって……」
「じゃあ、ガインはどうするんだ?」
「僕も誘われたんだけど……僕は、そろそろ帰るよ……あの2人と約束した期限がきているからね。だから丁度良い機会だと思ってるんだ。これ以上ここに居たら、凄く怒られるからね。セラリス一人でも厄介なのに、シェイミーにまで怒られたら……ああ、恐ろしい……」
ガインは、怒る2人のことを想像し、顔色を変えていた。
「……そんなに怖いのか?」
ガインは身を乗り出して、力強く喋っていた。
「……あのね。ある意味ここのモンスター以上だよ!」
「おいおい……それ聞いたら2人から怒られるぞ……」
呆れ顔のユラトを見たガインは表情を変え、今度はばつが悪そうに話していた。
「2人には秘密にしといて!僕って口では、あの2人には絶対勝てないんだよ……いっつも2人一緒になって僕一人に言ってくるんだ!だから……今回は一人で別の世界を見てみたかったってのもあったんだ……」
どうやらガインは、セラリスとシェイミーに、いつも口うるさく色々言われているようだった。
「そうか……ガインも色々あるんだな」
ユラトの発言が気に食わなかったのか、やや怒り気味にガインは話し掛けてきた。
「あのね、ユラト……僕だって楽に生きてないんだよ!」
「ははっ、悪かったよ。そりゃそうだ……」
「はぁ……ほんとは続けたかったけど、2人にも会いたくなって来たし、実家の仕事も大切だしね……ユラトは続けるんだよね?」
「ああ、もう少しここで頑張ってみるよ」
「そうか……ここの仕事が一段落ついたら、うちの農園に来てよ!みんな待ってるから!(特にセラリスが!)」
「うん、そうさせてもらうよ。実は一度行って見たいと思ってたんだ」
学校にいたころは、よくセラリスとガインからラプルの実をもらっていたので、一度そのお礼に手伝いに行きたいとユラトは思っていた。
「そうだったんだ。うちは広いからね……あ、そうだ!あれも……」
ユラトとガインは食事をしながら他にも色々話していた。
そして、食事が終わるとガインは実家へ帰えるため、ここから立ち去ろうとしていた。
「ユラト、無事でいてよ……ほんとにみんな待ってるからさ……」
「ああ、ありがとう。だけど、大丈夫さ。また会おう、ガイン!」
2人は再び再会することを約束すると、軽く握手を交わした。
そしてガインは手を振りながら、村の外へ向かって歩き出した。
「うん、絶対だよ!それじゃあ!」
(ガイン……また機会があったら、セラリスやシェイミーと共に冒険しよう。ガインはガインで2人に負けず頑張れ……だけど……ほどほどに……俺は俺で頑張るよ)
ガイン・ウォードを見送ったユラトは、建物の中へ戻り、ジルメイダとリュシアの座っている席へ座り、しばらく談笑をしていた。
そして、ある程度話しを終えたユラトが建物から出ようと立ち上がったとき、ダリオが店の中に入ってきた。
ユラトたちを見つけると、ジルメイダとリュシアのいる同じテーブルの席に着いた。
食事を注文すると、ギルドの新情報を見てきたらしく、ユラト達に話してきた。
「おい、お前ら。島の中央の町『レイアーク』でなんかあったらしいな」
(レイアークって……確か、エルのいる町だったよな?)
食事を終えたリュシアが口の周りを『ラシ』と言われる木の葉っぱで拭くと、ダリオに尋ねていた。
この葉も、この森で新たに見つかった物で、繊維の多い葉で、天日干しした物を手でくしゃくしゃにしてから使うと、爽やかな清涼感のある香りがする葉だった。
「どんなことがあったんですか?」
「興味あるみたいだな……いいぞ、話してやる……」
ダリオは、書かれてあった情報について話した。
しばらく、ユラトたちは黙って彼の言う話に耳を傾けていた。
そして、その話の概要を聞き終えたジルメイダは、表情を曇らせた。
「物騒な話だね……犯人は見つかったのかい?」
「それがだな……」
ダリオは、話を3人にさらに続けた。
話を聞きながら、ユラトは幼馴染のエルディアのことを思い、心配した。
(エル……何もないといいんだけど……)
――― 数日前 ―――
場所は変わってここは、オリディオール島中央のとある場所。
カラーン!コローン!カラーン!コローン!
何かの合図なのだろうか、鐘の音が甲高く鳴り、辺りに響き渡っていた。
周辺の建物の中では一番高く、淡い青色の屋根の大きな鐘の付いた細長い建物だった。
周辺にいた鳥たちが音に驚き、一斉に羽ばたいていく。
まだ日は高く、丁度お昼時のようだった。
そして周囲の建物から続々と堰を切ったかのように外へ出て行く、若さ溢れる者たち。
「おい!あっちで今日は食べようぜ!」
「アミネー!先生が呼んでるわよ!」
「はは、お前ってそればっかりだなー」
全員、首に魔法陣の刺繍が入った、様々な色のスカーフのようなもの
を巻き、黒に近い紺色の首から下を覆うローブを羽織っていた。
ローブの襟や袖先のところに奇麗な花と植物の刺繍、そして雷や炎等の四元素を簡略化させた模様も施され、背中にはフードが付いていた。
どうやらここは学校で、その学校の制服のようだった。
その制服を着ている生徒達を近くにある図書室の建物の1階から、本を読むのを止め、窓越しに眺めている者がいた。
(もう……お昼………)
ここは、オリディオール中央のゾイル地域にある、地域最大の町『レイアーク』。
町の東西を標高が高く険しい岩山に囲まれ、その内側は森だったが、人々が大地の神殿の近くに町を必要としたため、森を切り開き、町を作ったと言われている。
そのため、町や魔法学院、大地の神殿は森に覆われている。
名前の由来は、魔王と戦った伝説の光の戦士たちの一人、大魔道師『ウィハル・レイアーク』から名づけられたと言われている。
この地域には、大地の神殿や北の方に島で一番標高の高い山『アルフィス山』、そして南の方には一番大きな森『ニーフェの森』もあり、その森の中に湖があって、そこにはこの島一番と評判の占いの館がある。
噂では、その館にはエルガイア三賢者の一人、『ベルキフォール・ラディンガー』の一番弟子、魔女『メディア・バルフロイ』が住んでいると言われていた。
しかし、それは誰も見た者がいないため、噂でしかなかった。
そしてレイアークには、他にも審議会本部、冒険者ギルド本部、裁判所、人間たちの叡智の結晶が保存された大図書館、古代の名画や芸術品などが置いてある美術館、歌や楽器の演奏を行うことができる野外ホール、一年に一度行われる闘技大会の闘技場など、政治、学問そして芸術や文化などの中心地でもあった。
そして、魔法学院もあり、学生達の町でもあった。
そのため、中央の地域としては、唯一の人口の多い場所であった。
先ほど、本を読むのを中断し、外の景色を眺めていたのは、女性だった。
ミディアムストレートの深い青色の髪で、眼鏡をかけ、肌は白く、やや細い体の人物だった。
綺麗な二重の憂いを帯びた瞳、薄いピンクの唇、鼻筋の通った鼻。
美人と言われるものに属する人物のようだった。
制服を着ているのでどうやら、ここの学生らしいが、授業に出ていないところを見ると、そうでもないのかもしれない。
ここは、『ラドルフィア魔法学院』。
全寮制の学院である。
男女共学でオリディオール島の全地域から魔道師になるために人が集り、研究室などもあって学校としての規模は、島最大であった。
レイアークの町の北側の場所は、学院のある場所となっていた。
学院の西の方の敷地に魔法訓練場と寮があり、東には様々なアイテムなどが保存された博物館やそれらを研究する建物があった。
中央には大きな楕円状の広い中庭があり、そこを囲むように校舎が建っていた。
北側の中心に鐘の鳴る高い建物があり、そこに学院長室や教師たちの部屋、そして怪我の治療などを行う部屋があり、その建物の左右には図書室や自習部屋などがあった。
また中庭には、新発見によって見つかった新しい植物などが植えられていた。
回りに川のように流れる水があり、その中は広い陸地になっていて、そこに植物などが植えられ、色とりどりの花を咲かせ、よい香りを放っていた。
またここは、学生達の憩いの場でもあった。
談笑したり、本を読んだり、寝そべったりしている場所だった。
そして、東の研究室の研究対象は様々で、新しく見つかった古文書やグリモワール(魔道書)などの分析や解読、魔族に関する闇のアイテムなどの鑑定、新しい動植物や鉱石を調べたりと数多くあった。
そして、その学院のある場所から更に奥に地母神イディスの神殿があった。
この神殿の地下に聖なる大地の泉があり、そこで聖石は作られていた。
彼女は、再び本を読むのを再開しようと、目線を本の方へ移した。
そのとき、勢いよく、木製のドアを開け、入ってくる者がいた。
その者は先ほど見た、この学院のローブを着ていた。
どうやら、ここの学生のようだった。
若干幼さの残る愛らしい顔立ちで、背中まで真っ直ぐ伸びた綺麗な艶のある銀色の髪を持ち、浅黒い肌で背丈は同年代と比べると低く、先ほどから図書室で本を読んでいた青い髪の女性を見つけると笑顔になり、元気よくその人物に話し掛けていた。
「あっ!やっぱりここにいた!エル先輩!」
エル先輩と呼ばれた女性は、静かに本を閉じると声をかけてきた女性の方へ顔を向けた。
「……どうしたの?シュリン」
シュリンと呼ばれた人物は、デュラン・マーベリックの妹のシュリン・マーベリックだった。
そして、青い髪の女性は、ユラトの幼馴染のエルディア・スティラートであった。
彼女達は、同じ魔法学院の先輩と後輩の間柄だった。
この学院では、レイアークの町の人々からのクエスト(依頼)を受けることができる。
そして、それを卒業までにいくつか達成しなければならないのだった。
また、実家にあまり経済的に迷惑をかけたくない者は、積極的に報酬の貰えるクエストをこなすことで、生活費の足しにしている者も少なくは無かった。
シュリンは、元気で明るい女の子で、友達もたくさんいるようだった。
エルディアは、どちらかと言うと人見知りするタイプで、喋ることもあまり得意ではなかった。
シュリンは、自分には無いものをたくさん持っていると彼女は、やや羨ましく思っていた。
そしてその明るさに、エルディアは何度も救われていた。
イシュト村にいるときは、ずっとユラトがシュリンと同じように明るい声で自分を引張ってくれた。
そして、この学院に入った一年目はほとんど友達も出来ず、馴染めないことも多く、一人寂しい日々を送っていた。
しかし、二年目になったときに、シュリンはやってきた。
ある日、クエストのことで困っているシュリンを、エルディアが助けることがあった。
それは、この学院の伝統で、新入生全員にやや高い難易度のクエストを与え、先輩の力を借り、共にクエストこなすと言うものだった。
同じ寮で生活していく上級生と下級生をうまく馴染ませるために行われているものだった。
シュリンは、なぜか学院の中庭の端の方で一人黙って座り、本を読んでいるエルディアを見つけ、近づくとクエストの手助けを頼んできたのだった。
そして、そのことがきっかけで2人は知り合い、なぜかシュリンは、エルディアのことが気に入ったようで、彼女を見つけては声をかけて来たり、共に食事や買い物に出かけたりするようになり、いつの間にか仲の良い関係になっていた。
シュリンと知り合うことで、エルディアの灰色だった日常は、彩られた日常へと移ったように思えた。
たまに、彼女の明るすぎる性格を持て余すこともあったが、それは贅沢な悩みだと思っていた。
シュリンは、今日も元気にエルディアに話し掛けていた。
「エル先輩、もうすぐ、『ヴァルプルギス』ですよね!」
【ヴァルプルギス】
この世界の場合、『ヴァルプルギスの夜』と呼ばれ、その夜は死者と生者との境が弱くなる時間とも言われる。
島全体で行われる春の祭り。
町の中央に大きなかがり火が焚かれ、飾り付けをし、春の歌を歌い、豊穣を願う。
大人たちは蜂蜜酒を飲み、子供はラプルの果汁を飲み、皆で豪勢な食事を楽しむ。
「ええ、そうね……」
「あれー、楽しみじゃないんですか?」
「……シュリンは、楽しみみたいね」
シュリンは、目を輝かせて話していた。
「そりゃあ、そうですよー。お祭りは昔から大好きなんです!町が華やかになって、みんな楽しそうな顔で……それに、美味しい物も食べれるんですよ!」
エルディアは、ユラトがここに居たら楽しめただろうなと思った。
視線を少し、宙に浮かせて想像していた。
それを見たシュリンは、少し意地悪な表情になり、エルディアに質問していた。
「あれ、あれ~エル先輩、ひょっとして、故郷の彼のことでも考えてたんですか~?」
図星を指されたエルディアは驚き、そして狼狽えた。
「……っ!……違うわ……特に何も……考えてなんか……」
そんな彼女の様子を見たシュリンは笑いを堪えながら、澄ました顔で答えていた。
「はいはい、ご馳走様です!(相変わらず……ふふっ……)」
エルディアは、シュリンの明るすぎる性格だけで無く、たまに見せる彼女の意地悪な部分に困ってもいるようだった。
「いつもそうやってシュリンは……茶化さないの……」
堪えきれず笑みをこぼしてしまったシュリンは、その後、普段の表情に戻り、心配そうにエルディアに尋ねていた。
「ふふっ……でも先輩、その人、先に冒険に行ったんでしょ?先輩を置いて……」
エルディアはシュリンの質問に、やや伏せ目がちに、そして少し寂しそうに答えた。
「……ええ、手紙にはそう書いてあったわ……(今はハイエルフの国を探して深い森の中……とにかく無事で……ユラト……)」
それを聞いたシュリンは、まるで自分の事のように抗議の声を上げた。
「ええ~!約束してたんでしょー、酷いじゃないですか!」
「好奇心だけは旺盛だから……待てなかったみたい……」
シュリンは腕を組み、眉をひそめ、力強く叫んだ。
「ん~、それならここへ、迎えに来るべき!」
「私がもうすぐ村に帰れそうだって、言えてなかったのもあるから……」
エルディアは、本当は冒険者などにはなりたくはなかった。
しかし、ユラトが冒険者になって、自分の呪いを解くことを自分の手でしたいと言い出したため、彼の傍に居たかった彼女は、渋々冒険者になる道を選んだのだった。
本当は同じ剣士の学校へ行こうかと思ったが、自分は小さい頃から、体を動かすことがあまり得意ではなかったため、魔道師になる道を選んだ。
今思えば、あの黒髪の青年は、小さいときから好奇心旺盛で、村のあちこちに自分を連れまわし、色んな目に合わされた。
だけど、それは楽しい毎日だった。
村長の家に引き取られ、二人とも両親がいなくて寂しかったが、同じ痛みを知る人が自分だけではなかった。
夜中、突然目が覚め、2人で手を握って、何度も泣いたこともあった。
また彼は、最初凄く落ち込んでいたが、いつの間にか元気になっていて、部屋に塞ぎ込みがちだった自分を外へ連れ出してくれた。
「エル……一緒に外へ行こう……君の傷は見えない……俺の傷も……触れて擦ってあげることもできないんだ……」
ユラトは自分の胸に手を当て、服を握り締めると苦しそうに顔を歪め、視線を少し下へ向けた。
悲しい気持ちが、胸を締め付ける苦しみとなって、溢れ出てきた。
それをぐっと堪え、今度は真っ直ぐ彼女を見つめた。
「……それは………心の傷だから………」
「ユラト……」
「決して誰も見ることも触れることもできない場所なんだ。だけど、俺には分かるよ、その傷の大きさも……痛みも……俺にもあるから……その傷は大きいんだよね……とっても……そして苦しいんだ……」
「……うん」
エルディアの不安で悲しげな表情を見たユラトは彼女に近づくと、優しい声で囁くように言ってきた。
「……だからエルが不安になる度に言うよ、大丈夫だって、心配しないでいい、怖くないって……何度でも……何度でも言うさ!……そうやって、君の心の傷を俺が治してやるから……だから、一緒に外の世界の広がる青空を見て、風を匂いを知って欲しいんだ!」
「……匂い?」
「うん!色々なところがあって、草や花の香りがする場所もあるんだ!……それから他にも綺麗な景色のところとかね。だから、俺が連れて行ってあげるよ……エルが望む場所へ!」
そう言って、彼はエルディアの手を握り、頭を撫でながら、その言葉を言ってくれた。
(その大きな傷に直接触ることすら出来ないのなら……いくつもの言葉で君の心の傷に触れ、少しでも痛みを和らげてあげよう……いつも一緒さ……エルディア……)
「ユラトは……苦しくないの?」
「……俺はもう大丈夫さ……ほんとだって!(エルの笑顔を見れば、俺の心の傷は、塞がっていくよ……)」
たまにそういう表情をすると、他のことだと面倒くさがるのに このことに関してはすぐに、彼はそれを察知してしてくれるのだった。
同じ傷を背負い、2人は助け合いながら村の中で共に成長した。
少しづつお互い、本当の笑顔が戻り、今ある幸せを噛み締めた。
この黒い霧に包まれた暗黒世界と言われる世界の中で、2人は生きると言う光を生み出し、そしてその照らされた場所に小さな居場所をつくり上げた。
自分たちの努力によって。
エルディアの夢は、普通の家庭を持つだけでよかった。
共に田畑を耕し、作物を育て、たまに本を読みながら、子供の面倒や家事をしてイシュトの村でのんびり平穏な毎日を過ごす。
もしくは、アートスの町やイシュト村の教師として働き、彼が島の自警団にでも所属して、過ごしてもいい。
それでいいではないか。
何も自分から危険な冒険者になど、なる必要なんてないはずだ。
呪いを解く方法なんて、別の誰かが霧を払っていく中で、いつか見つけてくれるだろう。
普通の生活を営むぐらいなら支障もないはずだ。
それなのに彼は、行くと言った。
でも、しばらく冒険をしたらきっと飽きるか、危険だと知って安定を求めるだろうと、彼女はそう思っていた。
それまでは、ユラトに付いて行くために、何事も起こらせないようにするだけの実力を身に付けよう。
そして、彼の背中を守ろう。
(そうすれば……きっと……だけど、それは私の勝手な願いでしか……ユラトはどう思っているの……)
シュリンが上の空でいるエルディアを見て肩を揺すっていた。
「エル先輩!考え事ですか?」
エルディアはいつの間にかユラトとの事を深く考えてしまっていたようだった。
「……ごめん、シュリン。ちょっと考えちゃってたみたい……」
シュリンは、思い悩んでいるエルディアを見ることは中々なかったので少し驚いていた。
「いやー、珍しいですねぇ。先輩がそんなに集中して考え事するなんて……まあ、いいですよ。それより……」
バタンッ!
シュリンが話を再開しようとした、その時、勢い良くドアを開け、部屋に入ってくる者がいた。
その者は、部屋に入るなり、辺りを見回すと、エルディアを見つけ、すぐに彼女のもとへやって来た。
「こんなところにいたのね……手間をかけさせないで頂戴!エルディア、学院長が呼んでいるわよ」
「……学院長が?」
「ええ、そうよ、ちゃんとあなたに伝えたわよ!全く、私は忙しいのに!クエストだって言うから……」
このヒステリックな声を上げた人物は女性で、名前を『エレーナ・マキュベル』と言った。
釣り上がった目に、すらっとした手足の長い体型、明るい黄土色の腰まである長い綺麗な髪に、涼しげな水色のリボンを付けた女性だった。
見た目は体型の良い、美しい女性だった。
この魔法学院で学ぶことによって、一定の知識や教養を身につけることが出来るため、社会的に地位の高い人物の子供や、裕福な層の子供たちも、多く在籍していた。
彼女の父親は、オリディオールでも3本の指に入るほどの有名な宝石商だった。
一人娘で両親に溺愛され、欲しい物は何でも買い与えられ、我がままに育っていた。
そして、エルディアにきつく当たっていたのは、他にも理由があった。
それは、エレーナの意中の男性が、エルディアを気に入っていたからであった。
それもあってか、彼女はずっとエルディアに対抗意識や嫉妬心を向けてきていた。
しかし、エルディアはそういったことには、ほとんど気づかなかったし、気にもしていなかった。
それが余計にエレーナを怒らせる結果になっていた。
エレーナは何かを思い出したのか、不敵な笑みを浮かべながら、エルディアに話し掛けていた。
「今度のヴァルプルギスにお父様主催のパーティーがあるの……ふふっ、彼も来るの……あなたも呼んであげてもいいのよ?……だけどちゃんとした格好で来てね!そしたら、入れてあげる……ふふふっ」
エルディアは表情を変えることなく、答えた。
「……興味ないわ」
シュリンもやや挑戦的にエレーナに不参加を表明していた。
「あたしも興味ありませーん!」
それを見た、エレーナは目を吊り上げ、シュリンに言い放った。
「あんたには言ってないわよ!貧乏宿屋の小娘なんかに言うわけないでしょ!」
それを聞いたエルディアは、すぐに反応した。
「エレーナ、それ以上言うなら許さない……」
エルディアは眼鏡を取り、目を細め、冷たい眼差しでエレーナを静かに見つめた。
エレーナはエルディアの迫力に、恐れおののいた。
「ひっ!……な、何よ、あたしに何かしたらお父様が黙っていないわよ!」
「あなたのことなんてどうだっていい……だけどシュリンや家の悪口は許さない……」
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