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第十五話 3
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すると今度は、地面に落ちた灰が彼の両手に一瞬のうちに吸い込まれいった。
ギルと呼ばれた男の両手の中で、謎の剣が凄まじい速度で再び形作られていく。
そして彼の両手を見ると先ほどの2本の剣が投げる前と同じ状態のまま、元通りに復元されていた。
そのまま彼は、2本の剣を手に持つと回転切りを行い、敵を圧倒していた。
夜盗たちは愕然とした。
「なんだ!?こいつの武器は!!」
「どうなってんだよ!」
見たことのない戦い方に、エルディアは驚いていた。
「凄い……」
クフィンもまた、驚きを隠せなかった。
そして、武器だけではなく、ギルと呼ばれた男自体の強さにも驚いていた。
「武器も凄いが相当の使い手だな……完全に自分の体の一部のように使いこなしている……言うだけのことはあったな……」
カーリオは、なぜか特に興奮しているようだった。
「―――おおお!!これは凄いですよ!」
そして、エルディアとクフィンに武器に使われている材質について説明をしていた。
「あれは、私が捜し求めている石の一つ、『ダマスカス鋼』と言われる物です!」
「なんだ、それは?」
エルディアは、本で読んだことがあった。
「あれが、ダマスカス……」
【ダマスカス鋼】
この世界では独特の木目調のある、茶色い鉱石のことを言う。
非常に強靭性のある石で、武器や防具などに利用すると強くてしなやかなで、かつ、ルーンを入れなくとも錆びる事が無い物ができると言われている。
しかもその強靭性から、たくさんルーン文字を入れてもその強靭性は失われないと言われていた。
ダマスカスは、加工することで、いくつかの種類が出来る。
謎の男が持っている物は、一つは普通のダマスカスで、もう一つの赤いダマスカスは、よく見ると木目調ではなく、深紅のバラの花びらを幾重にも重ねたように見えることから、『ローズパターン・ダマスカス』と呼ばれていた。
これを武器に用いると、攻撃された場所の傷が治りにくくなる効果が付くと言われている。
また、防具に使用すると、火の抵抗を持つことが出来る。
しかし、人間たちはこの鉱石のある場所も、加工の製法も見つけてはいない。
あるのは、古代の人々が作った物だけだったが、それもほとんど見つかっていなかった。
カーリオはやや興奮気味に説明していた。
「そして、あのアコライトの女性が装備しているメイスや防具は、恐らく『ミスリル銀』で出来ていますね……今日はなんて幸運な日なんでしょう!……まず見ることができない物が2つも見れるなんて……」
【ミスリル銀】
ダマスカスと同じく希少性のある白銀に輝く銀。
聖なる光の属性を持つ。
軽くて強靭で錆びる事もなく、その輝きが失われることも無い。
破邪の効果があるとも言われている。
それ故、特にアンデッドに良く効くと言われていた。
敵を何体か倒したところで、ダマスカスの剣を持つ男がエルディアたちの方へ振り向き、叫んだ。
「おい、てめぇらも手伝えってんだ!お前らが呼び込んだんだろ!」
クフィンが、すぐに反応し、ロングソードを腰から抜き放ち、敵に向かって切り込んでいった。
「エルちゃん、私たちも魔法で!」
「ええ、わかった!」
謎の2人組みは強かった。
ひたすら相手を卓越した技で圧倒していた。
アコライトの女は、シールドチャージの後、素早く楯で殴りつける技、シールドバッシュを連続で素早く繰り出し、夜盗たちの意識を失わせていた。
そしてチャージを避けた者もダマスカスの剣を持つギルと呼ばれた男が、次々と倒していった。
エルディアたちは、余った敵を倒す程度で済んでいた。
しばらくすると、賊の1人が2人組みについて何か思い出したようだった。
「ミスリルの装備で固めたアコライトに、双剣のダマスカスの武器を持つ戦士……」
「ん、どうした?」
そして、男は叫んだ。
「―――思い出した!……こいつら……ゼグレムの仲間だ!!」
「―――なんだと!?」
驚いたのは、夜盗だけではなかった。
クフィンは戦いを中断し、謎の2人組みを見ていた。
「……そういうことか……」
カーリオも、すんなりと納得していた。
「なるほど、どうりで強いわけですね……」
そしてエルディアも驚き、思わずカーリオに尋ねていた。
「ゼグレムってあのゼグレム・ガルベルグ?」
「あの強さから見て、間違いはなさそうですね。(それに、あの武器や防具も……見たことも聞いたこともない物ですしね……)」
ダマスカスの剣が復元されていく中、持ち主の男はニヤつきながら答えていた。
「へっ!ばれちまったか……ケケケッ」
そして、完全に戻った剣を握り締め、辺りの者たちに聞こえるように男は叫んだ。
「そうだ、俺の名前はギルヴァン・ゾルヴァだ!お前の言うとおり、ゼグレムの仲間だ。だから、死にたくなかったら、とっとと馬だけ寄越しやがれ!」
その叫びを聞いたリーダー格の男は、女の方の正体にも気づいた。
「……と、言う事は、あの女は、ロゼリィ・アルペティか……どうりでこの人数でも勝てそうにないわけだ……」
夜盗の男は、心で舌打ちをした。
自分が今まで生き残り、そして、ここまでのし上がれたのは相手の強さや財力など、様々な実力を直感で感じ取ることが出来たからだ。
そして確実に勝てる戦いしか、してこなかった。
しかし、今回の自分はどうだったか?
男は最近つきにつきまくっていたため、慢心していたようだった。
(ちっ……くそっ、相手を見誤ったか!不味いぞこれは……せっかく俺は……ここまでのし上がれたってのに!)
手に持ったロングソードを強く握り締め、歯軋りをしていた。
しかし男の思いとは関係なく、周りにいた手下たちは、それを聞いた途端、心が動揺し、みな浮き足立った。
「おいおい、冗談じゃないぜ……」
「西の英雄様の仲間だったのかよ……」
「んなもん、勝てるわけねぇだろうが!」
そして、夜盗たちは、戦意を完全に失った。
「……命あっての金だ。俺はこれ以上は知らねぇぞ!」
「お、俺もだ!冗談じゃねぇ!」
すると1人の賊の男が倒れている仲間を見捨てて逃げ出した。
雪崩を打ったように、彼らは、我先にと逃げ出し始めた。
「お、おい!お前ら!俺の言うことも……」
ミスリルの防具に身を固めた女が静かに男に近づいた。
「ふふっ、最後までやるのかしら、いいわよ?まだ浄化し足りないし……そういう男は嫌いじゃないわ」
そう言うとロゼリィは冷たい笑みを浮かべ、頭目の男に銀色に輝く、自らの楯を見せつけた。
ギルヴァンは、横でそれを見ながら心で呟いていた。
(まーた始まった……ロゼ姉さんの悪い癖だ……)
そして、辺りを見回していた。
(どこが、浄化なんだよ……一方的な暴力じゃねぇか……ま、俺も加わったんだけどな……)
そんなギルヴァンの姿を見たロゼリィは、彼の表情から何かを感じ取ったのか、名を叫んだ。
「ギル!!何か言った?」
「い、いえ、何も!!(―――やっぱり、おっかねぇ!!)」
男はそれを見た瞬間、敗北を悟り、戦意を完全に失った。
(―――む、無理だ、絶対に!)
完全に彼の頭の中は、恐怖のみが支配することになり、そうなると一刻も早く、この場から去ることしか考えられなくなった。
「か、勘弁してくれ。俺も馬鹿じゃねぇ……これ以上は……ひぃぃ!」
男は、顔を青ざめさせ乗ってきた馬に飛び乗ると、すぐにこの場から消え去った。
リーダー格の男が逃げ出すと、残っていた夜盗たちもすべて逃げ去った。
そして辺りに残されたのは、深い傷を負い動けないでいる者と意識を失った者のみとなった。
ギルヴァンは、ダマスカスの双剣をしまうと独り言を言っていた。
「なさけねぇ野郎どもだ。仲間を置いていきやがった。ま、しょせんは損得だけで動く、覚悟のねぇ雑魚どもの集まりか……」
そしてロゼリィは、すぐに傷を負った者に近づいた。
「光の神ファルバーンに感謝しなさい」
そう言うとヒーリングの魔法をかけ、ある程度回復させた。
そして、残された全ての夜盗たちの両手足をギルヴァンやエルディア達3人に縛らせた。
治癒を終えた彼女は、一息つくと立ち上がった。
「ふぅ……こんなものかしら……」
「姉さん。こいつら、どうしやす?」
そう言ってギルヴァンは、反抗的な目で彼らを見ていた者に蹴りを軽く加えていた。
ロゼリィは腕を組み、そんな彼らを見ていた。
「そうね……ちょっとめんどくさいことになったわね……」
その時、クフィンが2人に近づき話しかけた。
「俺は、自警団の者だ。だから俺が戻って、連絡してくる」
「あなた達、この先にある占いの館へ行くんでしょ?」
「ええ、そうですが?」
「確か、戻る途中に馬車があるのよね?」
「はい」
「じゃあ、いいわ。私とギルでどうにかするわ。今はなぜか気分がいいしね」
「姉さんいいんですかい?」
「どうせ、通るんだからいいわよ」
しかし、クフィンは一応自警団員としての自覚があったようだった。
「あの馬車には、高価な品がある。だから……」
彼はまだ完全に、この2人の事を信じていなかった。
「もしこの2人が持ち去ってしまっては問題だろう」と、そう考えた。
クフィンの言葉にロゼリィは、少しばかり気分を害したようだった。
すぐに自警団員の青年を真っ直ぐ見つめ、話しかけていた。
「そんなせこい事するわけないでしょ。顔も名前もばれてるのよ?私は、ファルバーンを信じ、そしてヴァベル家で育てられた女……だから誓ってそんなことはしないわ」
エルディアはその名前を何かの本で読んだことがあった。
「ヴァベル……(どこかで……)」
クフィンは、そんなエルディアを一瞥すると自分が知っていることを皆に聞こえるように呟いていた。
「レイアークの町の西側にある、あのでかい教会と館のある一族か……確か、ある場所を探しているとか、自警団の同僚が言っていたな……」
「ええ、そうよ。ヴァベルの塔と言う場所を探しているわ。あなた達も何か情報を聞いたら、教えてくれるとありがたいわね」
ロゼリィは、ヴァベルの教会の前で置き去りにされた赤子だった。
彼女の入れられていた籠に、手紙があり、そこにロゼリィと名前だけ記されていた。
そして、ヴァベル家に代々仕えているアルペティ家に引き取られ、そこでヴァベルの人々とともに、生きてきた。
彼女は、そこでリュシアの母ソフィアと姉のエリスに特に可愛いがられた。
そんな日々の中、彼女はヴァベル家の目指している場所の事を知り、お世話になったこの家の人たちに恩返しがしたいと思うようになった。
そして、体を動かすことが得意だった彼女はアコライトの道を目指したのだった。
ロゼリィは、アコライトとしての技をエリスから学んでいた。
彼女の成長は目を見張るものがあった。
それはまるでアコライトとして生まれてきたと思わせる程の成長ぶりだった。
(……リュシアお嬢様。ヴァベルの塔とエリス様の所在は私が必ず見つけます……ですから、お嬢様はその森の中でヴァベルをいずれ継ぐ者として強くなってください……)
ロゼリィはアートスの冒険者ギルド職員ミラン・シュミットと親しい友人関係にあった。
そして今回の森での冒険に、リュシアが如何わしい者たちとパーティーを組まないようにしてくれと、ミランに頼んでいたのだった。
(ミランのことだから、きっと良い人と巡り会わせてくれているんだろうけど……大丈夫よね?ミラン、あなたを信用してるわよ……)
そして、西の大陸でハイエルフを探す冒険をしているヴァベルの娘のことを思った。
(お嬢様、目的を果たしたら、また2人で教会の裏の森で木の実を拾い、その実を使ってクッキーを焼きましょう。そして、よく日差しが入り、緩やかな風が流れるヴァベル家の館のテラスでミルクでも飲みながら2人で焼いたクッキーを食べ、他愛もない話をしましょう。またそんな日々が来ることを、ロゼは待ち望んでいます……)
ロゼリィは楯を拾い、背中に背負った。
(……そう……私には帰るべき場所がある……)
リュシアを旅に送り出した時の彼女の不安げな顔を、ロゼリィは忘れることができなかった。
いくら掟とは言え、非情だと思った。
自分はその意思も能力もあったが、リュシアは心優しい女の子だった。
だからこそ、自分がやらねばならないのだとロゼリィは強く思っていた。
(身寄りのない私を引き取り、生きるための力を授けてくださり、そしてそのことで、光ある人生に変えてくださった、あの2人の姉妹のためにも……必ずやり遂げてみせるわ!)
そしてロゼリィは、柔らかな表情から凛とした表情に戻った。
その顔は、まるで彼女が所持している楯に描かれている、戦の神ヴォーディンの娘のようだった。
「ギル、そろそろ、行きましょ。こんなところで時間を無駄にはできないわ」
「へい、行きやしょう。……しかし、ゼグの旦那の名前を出したのは不味かったですかね?ケケッ」
「いいわよ。こんな役目を私たちに言ったんだから、存分に使ってやりましょ」
ロゼリィの答えに、ギルヴァンは軽く肩を揺らして笑った。
「ケッヘヘヘ……旦那も嫌われたもんだ」
馬に向かって歩き出そうとした2人に、カーリオが近づき話しかけていた。
「おお……我が月光の花よ。行かれるのですか……名残惜しいですが、また、会えることを楽しみにしています」
ロゼリィは、振り返った。
「ファルバーンは太陽神でもあるのよ?だから、せめて陽光の花と言って欲しいわね……それよりあなたたち、ゼグレムは、今、人材を集めているのよ。多かれば多いほどいいわ。あなた達の動きは見せてもらったけど、そこそこやりそうだから、もし良かったら来なさいな」
クフィンが聞き返していた。
「ゼグレムが人を集めているのか?」
「ええ、そうよ。詳しくは言えないけどね。知りたかったら、来ることね」
「そうだぜ、面白しれぇことを考えてるのさ」
それを聞いたロゼリィは、ギルヴァンの名を呼び、睨み付けた。
「ギル!」
「おっと、こりゃあ、失礼……へへッ」
ギルヴァンは頭をかいて謝った。
そして、エルディアたちとロゼリィたちは、それぞれ馬に乗った。
「助かりました……ありがとう……」
エルディアが、2人に礼を言った。
「気にすんな、俺らも困ってたわけだからな」
「ギルの言うとおりよ。それに邪悪な心を正すのも私の役目だしね」
そう言って彼女は微笑み、片目を閉じた。
その笑顔をカーリオは見逃さなかった。
(……ほう、そのような表情も出来るんですね……なかなか……これは……ふふっ)
エルディアは短く返事を返した。
「はい……」
そしてロゼリィとギルヴァンは手綱を手に取り、馬の頭をエルディア達が来た方角へと向けた。
「連絡はちゃんとしておくから、安心しなさい。それから、まだ夜は続くわ、だから気をつけて行きなさいな……それじゃ、ファルヴァ・ディール………はっ!」
馬のいななきが聞こえた。
そして2人は、この場から去って行った。
2人が去って行った方向を眺めながら、クフィンが何かを思い出し、呟いた。
「あのギルヴァンと言う男……今、思い出したが、『レヴナント』のギルヴァンとか言われていなかったか?」
エルディアはその名を聞き、少し驚いた。
「あのアンデッドの?……まさか……どう見ても人だったわ……」
カーリオの方は、どうやら知っていたようだった。
「それは、あの男の名前を聞いたときに、すぐに思い出しました。しかし、噂ですからね。まあ、あの顔色を見ればそう思うのも無理はないのかもしれませんが……」
【レヴナント】
アンデッドの一つ。
この世界では、何らかの強い思いを持ったまま死んだ者が、腐敗した肉体になる前に、再び生き返った者を言う。
そして強い思いは、主に復讐などが多い。
生前の記憶や技を持ち、見た目もゾンビなどのアンデッドとは違い、腐敗もしていない。
ただ、聖なる力などに弱く、触れたりするとその部分が土のようになり、崩れることがある。
しかし、その思いを果たすまでは、崩れ去った部分が時間が経過することで再び元に戻り、その思いを果たそうと再び動き始めると言われている。
そして、アンデッドの中でも上位に位置する能力を有している。
辺りは、彼らが来た時と変わらず、たくさんの月明かりが地面に差し込んでいる森の中だった。
手綱を手に取るとカーリオは、エルディアに話しかけた。
「それじゃ、エルちゃん、私たちも行きましょう」
「ええ……」
エルディアは、先ほどのことを少しだけ思い出した。
(あの2人が居なければ危なかったわ……あの2人に感謝しないと……)
エルディアたちは、目的の場所へ向かうため、馬に乗り、さらに森の奥へ進んだ。
ゼグレムの仲間、ロゼリィ・アルペティとギルヴァン・ゾルヴァと別れた、エルディアたち3人は、森の奥にあると言う、占いの館を目指し、再び馬を走らせていた。
そして、しばらく森の中を進んでいると、クフィンはエルディアの顔が少しだけ青ざめていることに気がついた。
(生死を分ける戦い……お前は初めてだったな……無理もないか……ならば……)
するとクフィンが冗談交じりに、カーリオに話しかけていた。
「……ふっ、カーリオ。さっきのミスリル・アコライトの女に付いて行かなくてよかったのか?」
前方を見ていたエルディアも、カーリオを見ていた。
「人を集めているって……」
森の木々の隙間から差し込んでくる月の光が、彼らをたまに照らしていた。
僅かに砂ぼこりが上がり、髪や着ている服を揺らしながら、彼らは走っていた。
そして、カーリオは自分たちの頭上にある森の葉を見つめながら、少し間をおいてから答えた。
「んー、少しだけ考えたんですけど、あの不気味な男やゼグレムと上手くやっていく自信はありませんねぇ。それにあの方に近づくことは難しそうですよ。抱きしめることも無理でしょうね……すぐにバッシュされては一溜まりもありませんよ……だから、もう少しおしとやかな女性と愛を享受しますかね、ははっ……」
そう言ってカーリオは苦笑いしていた。
「そんなことだろうと思った……」
「聞いた俺が馬鹿だった……」
2人は呆れていたが、大よその見当はついていた。
このバルガの優男はいつもそうだったのだ。
変わることがなかった。
エルディアは、なぜか少しだけ安堵した。
それはシュリンと出会ってからの変わることのない日常を思い出したからだった。
腕まくりをし、食材を洗ったり、切ったりしているデュランの妹の姿が思い浮かんだ。
その表情は2人とも笑顔で、一緒に出来た試作料理を食べている場面だった。
(それは、とてもありがたいこと……)
そして、自分たちの町で起きた事を思った。
(変な悪魔じゃなければいいのだけど……シュリンとミレイも無事でいてね……)
エルディアの表情が、少し元に戻ったのを見たクフィンは安心し、自分の心も少し軽くなった実感を同時に得ていた。
(少しは、落ち着いたか?……それでいい……お前は……そんな顔のお前が好きだ……)
どうやら、クフィンはエルディアの落ち込んだ気持ちを元に戻そうと自分なりにしたようだった。
そんなクフィンをカーリオが見ていた。
(エルちゃんのために、なれない事をしたのですね……ふふっ、クフィン……誰かを思う事は、やはり良いことなんですね……あなたが人として他人の痛みを感じ、それを癒してあげようとする……友人として嬉しく思いますよ……)
そしてカーリオは、自分自身の事を考えた。
(……しかし、私は誰を思えばいいのでしょうか……)
そんなカーリオの思いを知らないクフィンが、再び彼に冗談を言おうと思ったとき、エルディアたち3人は、白い靄(もや)によって視界が遮られ始めた。
最初に気づいたクフィンが、カーリオに話しかけるのを中断し、前方を見つめながら呟いた。
「……ん、……夜霧か……」
「この辺りから霧が出ているみたいね……」
「2人とも気をつけて下さい。どんどん濃くなっていくみたいですよ」
カーリオの言うとおり、森の道を進むに連れ、視界が悪くなっていった。
「2人とも、少し速度を落として、行きましょう」
「そうね……」
「俺が、先頭になる……カーリオ、後ろを頼むぞ」
「ええ、分かりました」
そして、3人は走る速度を落とし、霧の中を進んだ。
霧は奥に進むにつれ、次第に濃くなっていき、いつの間にか、前方がほとんど見えなくなってしまうほどだった。
一瞬、3人は立ち止まってしまった。
「ずいぶん、見にくくなってしまいましたね……」
「道がちゃんとあるのが唯一の救いね……」
「……とにかく、先ほどのような輩が、いないとも限らないからな……慎重に行くか……」
そして再び、濃霧の中をエルディアたちは進んだ。
進んでいくと、今度は肌にひんやりとした冷たい空気を感じ始めた。
「少し、この辺りは冷えるな……エルディア、寒くないか?」
「大丈夫よ……それより、湖が近いのかも……」
「恐らく、そうでしょうね……ようやくですか……」
そして、馬を走らせていると突然、ほんの僅かだが、風の膜のようなものを突き抜ける感覚を3人は感じた。
それはまるで蜘蛛の巣を顔で突き破ったような、纏わり付く感覚でもあった。
すぐにエルディアは、自分の髪に手を伸ばした。
(……ん、なんだろ……今の……)
特に何も無かった。
そしてカーリオは、顔に触れ、クフィンは肩に手を付けると、手のひらに何か付いていないか確認していた。
(はて……気のせいですかね?)
(何も付いていないな……)
そして3人は突然、霧の無い空間に出た。
目の前や周囲にあった霧が一瞬で晴れたため、エルディアたちは驚いた。
「―――これは!?」
エルディア達の目の前には、湖らしき場所の景色が広がっていた。
湖の奥の遥か遠くの景色は暗くて良く見えなかった。
しかし、かなりの広さがありそうだった。
「……ここは、湖なの?」
「ラルセニア湖……だと思いますが?」
夜空が見え、月も見えた。
そして振り返ると白い霧の壁が見え、そして湖全体をその壁が囲むように存在しているのがわかった。
上空から見ると恐らく、湖の場所だけ霧をくり貫いたようになっているようだった。
そして湖のある方を見ると、霧は晴れていたが、足元を見ると完全には晴れておらず、くるぶしぐらいの高さで、もくもくと辺り一面に広がっていた。
また、彼らのいる場所から少し行った先に、木製の船着場らしき場所も見えた。
そして、そこに小船が止まっていた。
その景色は、まるで雲海に停泊する船のように見え、音もなく静かな場所だった。
3人はしばし黙って、その景色を見ていた。
(不思議な場所……あそこから行けばいいの?……)
(あの世のようだ……)
(どうやって霧を……んー……)
そして、カーリオが最初に口を開いた。
「恐らく、結界か何かで霧を押さえつけているんでしょうね……」
クフィンは信じられないようだった。
「そんなことができるのか?」
エルディアは、見たことも聞いたこともなかった。
「私は知らない……」
「そう言うことが出来ると、何かの本で読んだことがありましてね。まあ、とにかく行きましょう」
そして、3人は船着場へ向かって歩いた。
ギルと呼ばれた男の両手の中で、謎の剣が凄まじい速度で再び形作られていく。
そして彼の両手を見ると先ほどの2本の剣が投げる前と同じ状態のまま、元通りに復元されていた。
そのまま彼は、2本の剣を手に持つと回転切りを行い、敵を圧倒していた。
夜盗たちは愕然とした。
「なんだ!?こいつの武器は!!」
「どうなってんだよ!」
見たことのない戦い方に、エルディアは驚いていた。
「凄い……」
クフィンもまた、驚きを隠せなかった。
そして、武器だけではなく、ギルと呼ばれた男自体の強さにも驚いていた。
「武器も凄いが相当の使い手だな……完全に自分の体の一部のように使いこなしている……言うだけのことはあったな……」
カーリオは、なぜか特に興奮しているようだった。
「―――おおお!!これは凄いですよ!」
そして、エルディアとクフィンに武器に使われている材質について説明をしていた。
「あれは、私が捜し求めている石の一つ、『ダマスカス鋼』と言われる物です!」
「なんだ、それは?」
エルディアは、本で読んだことがあった。
「あれが、ダマスカス……」
【ダマスカス鋼】
この世界では独特の木目調のある、茶色い鉱石のことを言う。
非常に強靭性のある石で、武器や防具などに利用すると強くてしなやかなで、かつ、ルーンを入れなくとも錆びる事が無い物ができると言われている。
しかもその強靭性から、たくさんルーン文字を入れてもその強靭性は失われないと言われていた。
ダマスカスは、加工することで、いくつかの種類が出来る。
謎の男が持っている物は、一つは普通のダマスカスで、もう一つの赤いダマスカスは、よく見ると木目調ではなく、深紅のバラの花びらを幾重にも重ねたように見えることから、『ローズパターン・ダマスカス』と呼ばれていた。
これを武器に用いると、攻撃された場所の傷が治りにくくなる効果が付くと言われている。
また、防具に使用すると、火の抵抗を持つことが出来る。
しかし、人間たちはこの鉱石のある場所も、加工の製法も見つけてはいない。
あるのは、古代の人々が作った物だけだったが、それもほとんど見つかっていなかった。
カーリオはやや興奮気味に説明していた。
「そして、あのアコライトの女性が装備しているメイスや防具は、恐らく『ミスリル銀』で出来ていますね……今日はなんて幸運な日なんでしょう!……まず見ることができない物が2つも見れるなんて……」
【ミスリル銀】
ダマスカスと同じく希少性のある白銀に輝く銀。
聖なる光の属性を持つ。
軽くて強靭で錆びる事もなく、その輝きが失われることも無い。
破邪の効果があるとも言われている。
それ故、特にアンデッドに良く効くと言われていた。
敵を何体か倒したところで、ダマスカスの剣を持つ男がエルディアたちの方へ振り向き、叫んだ。
「おい、てめぇらも手伝えってんだ!お前らが呼び込んだんだろ!」
クフィンが、すぐに反応し、ロングソードを腰から抜き放ち、敵に向かって切り込んでいった。
「エルちゃん、私たちも魔法で!」
「ええ、わかった!」
謎の2人組みは強かった。
ひたすら相手を卓越した技で圧倒していた。
アコライトの女は、シールドチャージの後、素早く楯で殴りつける技、シールドバッシュを連続で素早く繰り出し、夜盗たちの意識を失わせていた。
そしてチャージを避けた者もダマスカスの剣を持つギルと呼ばれた男が、次々と倒していった。
エルディアたちは、余った敵を倒す程度で済んでいた。
しばらくすると、賊の1人が2人組みについて何か思い出したようだった。
「ミスリルの装備で固めたアコライトに、双剣のダマスカスの武器を持つ戦士……」
「ん、どうした?」
そして、男は叫んだ。
「―――思い出した!……こいつら……ゼグレムの仲間だ!!」
「―――なんだと!?」
驚いたのは、夜盗だけではなかった。
クフィンは戦いを中断し、謎の2人組みを見ていた。
「……そういうことか……」
カーリオも、すんなりと納得していた。
「なるほど、どうりで強いわけですね……」
そしてエルディアも驚き、思わずカーリオに尋ねていた。
「ゼグレムってあのゼグレム・ガルベルグ?」
「あの強さから見て、間違いはなさそうですね。(それに、あの武器や防具も……見たことも聞いたこともない物ですしね……)」
ダマスカスの剣が復元されていく中、持ち主の男はニヤつきながら答えていた。
「へっ!ばれちまったか……ケケケッ」
そして、完全に戻った剣を握り締め、辺りの者たちに聞こえるように男は叫んだ。
「そうだ、俺の名前はギルヴァン・ゾルヴァだ!お前の言うとおり、ゼグレムの仲間だ。だから、死にたくなかったら、とっとと馬だけ寄越しやがれ!」
その叫びを聞いたリーダー格の男は、女の方の正体にも気づいた。
「……と、言う事は、あの女は、ロゼリィ・アルペティか……どうりでこの人数でも勝てそうにないわけだ……」
夜盗の男は、心で舌打ちをした。
自分が今まで生き残り、そして、ここまでのし上がれたのは相手の強さや財力など、様々な実力を直感で感じ取ることが出来たからだ。
そして確実に勝てる戦いしか、してこなかった。
しかし、今回の自分はどうだったか?
男は最近つきにつきまくっていたため、慢心していたようだった。
(ちっ……くそっ、相手を見誤ったか!不味いぞこれは……せっかく俺は……ここまでのし上がれたってのに!)
手に持ったロングソードを強く握り締め、歯軋りをしていた。
しかし男の思いとは関係なく、周りにいた手下たちは、それを聞いた途端、心が動揺し、みな浮き足立った。
「おいおい、冗談じゃないぜ……」
「西の英雄様の仲間だったのかよ……」
「んなもん、勝てるわけねぇだろうが!」
そして、夜盗たちは、戦意を完全に失った。
「……命あっての金だ。俺はこれ以上は知らねぇぞ!」
「お、俺もだ!冗談じゃねぇ!」
すると1人の賊の男が倒れている仲間を見捨てて逃げ出した。
雪崩を打ったように、彼らは、我先にと逃げ出し始めた。
「お、おい!お前ら!俺の言うことも……」
ミスリルの防具に身を固めた女が静かに男に近づいた。
「ふふっ、最後までやるのかしら、いいわよ?まだ浄化し足りないし……そういう男は嫌いじゃないわ」
そう言うとロゼリィは冷たい笑みを浮かべ、頭目の男に銀色に輝く、自らの楯を見せつけた。
ギルヴァンは、横でそれを見ながら心で呟いていた。
(まーた始まった……ロゼ姉さんの悪い癖だ……)
そして、辺りを見回していた。
(どこが、浄化なんだよ……一方的な暴力じゃねぇか……ま、俺も加わったんだけどな……)
そんなギルヴァンの姿を見たロゼリィは、彼の表情から何かを感じ取ったのか、名を叫んだ。
「ギル!!何か言った?」
「い、いえ、何も!!(―――やっぱり、おっかねぇ!!)」
男はそれを見た瞬間、敗北を悟り、戦意を完全に失った。
(―――む、無理だ、絶対に!)
完全に彼の頭の中は、恐怖のみが支配することになり、そうなると一刻も早く、この場から去ることしか考えられなくなった。
「か、勘弁してくれ。俺も馬鹿じゃねぇ……これ以上は……ひぃぃ!」
男は、顔を青ざめさせ乗ってきた馬に飛び乗ると、すぐにこの場から消え去った。
リーダー格の男が逃げ出すと、残っていた夜盗たちもすべて逃げ去った。
そして辺りに残されたのは、深い傷を負い動けないでいる者と意識を失った者のみとなった。
ギルヴァンは、ダマスカスの双剣をしまうと独り言を言っていた。
「なさけねぇ野郎どもだ。仲間を置いていきやがった。ま、しょせんは損得だけで動く、覚悟のねぇ雑魚どもの集まりか……」
そしてロゼリィは、すぐに傷を負った者に近づいた。
「光の神ファルバーンに感謝しなさい」
そう言うとヒーリングの魔法をかけ、ある程度回復させた。
そして、残された全ての夜盗たちの両手足をギルヴァンやエルディア達3人に縛らせた。
治癒を終えた彼女は、一息つくと立ち上がった。
「ふぅ……こんなものかしら……」
「姉さん。こいつら、どうしやす?」
そう言ってギルヴァンは、反抗的な目で彼らを見ていた者に蹴りを軽く加えていた。
ロゼリィは腕を組み、そんな彼らを見ていた。
「そうね……ちょっとめんどくさいことになったわね……」
その時、クフィンが2人に近づき話しかけた。
「俺は、自警団の者だ。だから俺が戻って、連絡してくる」
「あなた達、この先にある占いの館へ行くんでしょ?」
「ええ、そうですが?」
「確か、戻る途中に馬車があるのよね?」
「はい」
「じゃあ、いいわ。私とギルでどうにかするわ。今はなぜか気分がいいしね」
「姉さんいいんですかい?」
「どうせ、通るんだからいいわよ」
しかし、クフィンは一応自警団員としての自覚があったようだった。
「あの馬車には、高価な品がある。だから……」
彼はまだ完全に、この2人の事を信じていなかった。
「もしこの2人が持ち去ってしまっては問題だろう」と、そう考えた。
クフィンの言葉にロゼリィは、少しばかり気分を害したようだった。
すぐに自警団員の青年を真っ直ぐ見つめ、話しかけていた。
「そんなせこい事するわけないでしょ。顔も名前もばれてるのよ?私は、ファルバーンを信じ、そしてヴァベル家で育てられた女……だから誓ってそんなことはしないわ」
エルディアはその名前を何かの本で読んだことがあった。
「ヴァベル……(どこかで……)」
クフィンは、そんなエルディアを一瞥すると自分が知っていることを皆に聞こえるように呟いていた。
「レイアークの町の西側にある、あのでかい教会と館のある一族か……確か、ある場所を探しているとか、自警団の同僚が言っていたな……」
「ええ、そうよ。ヴァベルの塔と言う場所を探しているわ。あなた達も何か情報を聞いたら、教えてくれるとありがたいわね」
ロゼリィは、ヴァベルの教会の前で置き去りにされた赤子だった。
彼女の入れられていた籠に、手紙があり、そこにロゼリィと名前だけ記されていた。
そして、ヴァベル家に代々仕えているアルペティ家に引き取られ、そこでヴァベルの人々とともに、生きてきた。
彼女は、そこでリュシアの母ソフィアと姉のエリスに特に可愛いがられた。
そんな日々の中、彼女はヴァベル家の目指している場所の事を知り、お世話になったこの家の人たちに恩返しがしたいと思うようになった。
そして、体を動かすことが得意だった彼女はアコライトの道を目指したのだった。
ロゼリィは、アコライトとしての技をエリスから学んでいた。
彼女の成長は目を見張るものがあった。
それはまるでアコライトとして生まれてきたと思わせる程の成長ぶりだった。
(……リュシアお嬢様。ヴァベルの塔とエリス様の所在は私が必ず見つけます……ですから、お嬢様はその森の中でヴァベルをいずれ継ぐ者として強くなってください……)
ロゼリィはアートスの冒険者ギルド職員ミラン・シュミットと親しい友人関係にあった。
そして今回の森での冒険に、リュシアが如何わしい者たちとパーティーを組まないようにしてくれと、ミランに頼んでいたのだった。
(ミランのことだから、きっと良い人と巡り会わせてくれているんだろうけど……大丈夫よね?ミラン、あなたを信用してるわよ……)
そして、西の大陸でハイエルフを探す冒険をしているヴァベルの娘のことを思った。
(お嬢様、目的を果たしたら、また2人で教会の裏の森で木の実を拾い、その実を使ってクッキーを焼きましょう。そして、よく日差しが入り、緩やかな風が流れるヴァベル家の館のテラスでミルクでも飲みながら2人で焼いたクッキーを食べ、他愛もない話をしましょう。またそんな日々が来ることを、ロゼは待ち望んでいます……)
ロゼリィは楯を拾い、背中に背負った。
(……そう……私には帰るべき場所がある……)
リュシアを旅に送り出した時の彼女の不安げな顔を、ロゼリィは忘れることができなかった。
いくら掟とは言え、非情だと思った。
自分はその意思も能力もあったが、リュシアは心優しい女の子だった。
だからこそ、自分がやらねばならないのだとロゼリィは強く思っていた。
(身寄りのない私を引き取り、生きるための力を授けてくださり、そしてそのことで、光ある人生に変えてくださった、あの2人の姉妹のためにも……必ずやり遂げてみせるわ!)
そしてロゼリィは、柔らかな表情から凛とした表情に戻った。
その顔は、まるで彼女が所持している楯に描かれている、戦の神ヴォーディンの娘のようだった。
「ギル、そろそろ、行きましょ。こんなところで時間を無駄にはできないわ」
「へい、行きやしょう。……しかし、ゼグの旦那の名前を出したのは不味かったですかね?ケケッ」
「いいわよ。こんな役目を私たちに言ったんだから、存分に使ってやりましょ」
ロゼリィの答えに、ギルヴァンは軽く肩を揺らして笑った。
「ケッヘヘヘ……旦那も嫌われたもんだ」
馬に向かって歩き出そうとした2人に、カーリオが近づき話しかけていた。
「おお……我が月光の花よ。行かれるのですか……名残惜しいですが、また、会えることを楽しみにしています」
ロゼリィは、振り返った。
「ファルバーンは太陽神でもあるのよ?だから、せめて陽光の花と言って欲しいわね……それよりあなたたち、ゼグレムは、今、人材を集めているのよ。多かれば多いほどいいわ。あなた達の動きは見せてもらったけど、そこそこやりそうだから、もし良かったら来なさいな」
クフィンが聞き返していた。
「ゼグレムが人を集めているのか?」
「ええ、そうよ。詳しくは言えないけどね。知りたかったら、来ることね」
「そうだぜ、面白しれぇことを考えてるのさ」
それを聞いたロゼリィは、ギルヴァンの名を呼び、睨み付けた。
「ギル!」
「おっと、こりゃあ、失礼……へへッ」
ギルヴァンは頭をかいて謝った。
そして、エルディアたちとロゼリィたちは、それぞれ馬に乗った。
「助かりました……ありがとう……」
エルディアが、2人に礼を言った。
「気にすんな、俺らも困ってたわけだからな」
「ギルの言うとおりよ。それに邪悪な心を正すのも私の役目だしね」
そう言って彼女は微笑み、片目を閉じた。
その笑顔をカーリオは見逃さなかった。
(……ほう、そのような表情も出来るんですね……なかなか……これは……ふふっ)
エルディアは短く返事を返した。
「はい……」
そしてロゼリィとギルヴァンは手綱を手に取り、馬の頭をエルディア達が来た方角へと向けた。
「連絡はちゃんとしておくから、安心しなさい。それから、まだ夜は続くわ、だから気をつけて行きなさいな……それじゃ、ファルヴァ・ディール………はっ!」
馬のいななきが聞こえた。
そして2人は、この場から去って行った。
2人が去って行った方向を眺めながら、クフィンが何かを思い出し、呟いた。
「あのギルヴァンと言う男……今、思い出したが、『レヴナント』のギルヴァンとか言われていなかったか?」
エルディアはその名を聞き、少し驚いた。
「あのアンデッドの?……まさか……どう見ても人だったわ……」
カーリオの方は、どうやら知っていたようだった。
「それは、あの男の名前を聞いたときに、すぐに思い出しました。しかし、噂ですからね。まあ、あの顔色を見ればそう思うのも無理はないのかもしれませんが……」
【レヴナント】
アンデッドの一つ。
この世界では、何らかの強い思いを持ったまま死んだ者が、腐敗した肉体になる前に、再び生き返った者を言う。
そして強い思いは、主に復讐などが多い。
生前の記憶や技を持ち、見た目もゾンビなどのアンデッドとは違い、腐敗もしていない。
ただ、聖なる力などに弱く、触れたりするとその部分が土のようになり、崩れることがある。
しかし、その思いを果たすまでは、崩れ去った部分が時間が経過することで再び元に戻り、その思いを果たそうと再び動き始めると言われている。
そして、アンデッドの中でも上位に位置する能力を有している。
辺りは、彼らが来た時と変わらず、たくさんの月明かりが地面に差し込んでいる森の中だった。
手綱を手に取るとカーリオは、エルディアに話しかけた。
「それじゃ、エルちゃん、私たちも行きましょう」
「ええ……」
エルディアは、先ほどのことを少しだけ思い出した。
(あの2人が居なければ危なかったわ……あの2人に感謝しないと……)
エルディアたちは、目的の場所へ向かうため、馬に乗り、さらに森の奥へ進んだ。
ゼグレムの仲間、ロゼリィ・アルペティとギルヴァン・ゾルヴァと別れた、エルディアたち3人は、森の奥にあると言う、占いの館を目指し、再び馬を走らせていた。
そして、しばらく森の中を進んでいると、クフィンはエルディアの顔が少しだけ青ざめていることに気がついた。
(生死を分ける戦い……お前は初めてだったな……無理もないか……ならば……)
するとクフィンが冗談交じりに、カーリオに話しかけていた。
「……ふっ、カーリオ。さっきのミスリル・アコライトの女に付いて行かなくてよかったのか?」
前方を見ていたエルディアも、カーリオを見ていた。
「人を集めているって……」
森の木々の隙間から差し込んでくる月の光が、彼らをたまに照らしていた。
僅かに砂ぼこりが上がり、髪や着ている服を揺らしながら、彼らは走っていた。
そして、カーリオは自分たちの頭上にある森の葉を見つめながら、少し間をおいてから答えた。
「んー、少しだけ考えたんですけど、あの不気味な男やゼグレムと上手くやっていく自信はありませんねぇ。それにあの方に近づくことは難しそうですよ。抱きしめることも無理でしょうね……すぐにバッシュされては一溜まりもありませんよ……だから、もう少しおしとやかな女性と愛を享受しますかね、ははっ……」
そう言ってカーリオは苦笑いしていた。
「そんなことだろうと思った……」
「聞いた俺が馬鹿だった……」
2人は呆れていたが、大よその見当はついていた。
このバルガの優男はいつもそうだったのだ。
変わることがなかった。
エルディアは、なぜか少しだけ安堵した。
それはシュリンと出会ってからの変わることのない日常を思い出したからだった。
腕まくりをし、食材を洗ったり、切ったりしているデュランの妹の姿が思い浮かんだ。
その表情は2人とも笑顔で、一緒に出来た試作料理を食べている場面だった。
(それは、とてもありがたいこと……)
そして、自分たちの町で起きた事を思った。
(変な悪魔じゃなければいいのだけど……シュリンとミレイも無事でいてね……)
エルディアの表情が、少し元に戻ったのを見たクフィンは安心し、自分の心も少し軽くなった実感を同時に得ていた。
(少しは、落ち着いたか?……それでいい……お前は……そんな顔のお前が好きだ……)
どうやら、クフィンはエルディアの落ち込んだ気持ちを元に戻そうと自分なりにしたようだった。
そんなクフィンをカーリオが見ていた。
(エルちゃんのために、なれない事をしたのですね……ふふっ、クフィン……誰かを思う事は、やはり良いことなんですね……あなたが人として他人の痛みを感じ、それを癒してあげようとする……友人として嬉しく思いますよ……)
そしてカーリオは、自分自身の事を考えた。
(……しかし、私は誰を思えばいいのでしょうか……)
そんなカーリオの思いを知らないクフィンが、再び彼に冗談を言おうと思ったとき、エルディアたち3人は、白い靄(もや)によって視界が遮られ始めた。
最初に気づいたクフィンが、カーリオに話しかけるのを中断し、前方を見つめながら呟いた。
「……ん、……夜霧か……」
「この辺りから霧が出ているみたいね……」
「2人とも気をつけて下さい。どんどん濃くなっていくみたいですよ」
カーリオの言うとおり、森の道を進むに連れ、視界が悪くなっていった。
「2人とも、少し速度を落として、行きましょう」
「そうね……」
「俺が、先頭になる……カーリオ、後ろを頼むぞ」
「ええ、分かりました」
そして、3人は走る速度を落とし、霧の中を進んだ。
霧は奥に進むにつれ、次第に濃くなっていき、いつの間にか、前方がほとんど見えなくなってしまうほどだった。
一瞬、3人は立ち止まってしまった。
「ずいぶん、見にくくなってしまいましたね……」
「道がちゃんとあるのが唯一の救いね……」
「……とにかく、先ほどのような輩が、いないとも限らないからな……慎重に行くか……」
そして再び、濃霧の中をエルディアたちは進んだ。
進んでいくと、今度は肌にひんやりとした冷たい空気を感じ始めた。
「少し、この辺りは冷えるな……エルディア、寒くないか?」
「大丈夫よ……それより、湖が近いのかも……」
「恐らく、そうでしょうね……ようやくですか……」
そして、馬を走らせていると突然、ほんの僅かだが、風の膜のようなものを突き抜ける感覚を3人は感じた。
それはまるで蜘蛛の巣を顔で突き破ったような、纏わり付く感覚でもあった。
すぐにエルディアは、自分の髪に手を伸ばした。
(……ん、なんだろ……今の……)
特に何も無かった。
そしてカーリオは、顔に触れ、クフィンは肩に手を付けると、手のひらに何か付いていないか確認していた。
(はて……気のせいですかね?)
(何も付いていないな……)
そして3人は突然、霧の無い空間に出た。
目の前や周囲にあった霧が一瞬で晴れたため、エルディアたちは驚いた。
「―――これは!?」
エルディア達の目の前には、湖らしき場所の景色が広がっていた。
湖の奥の遥か遠くの景色は暗くて良く見えなかった。
しかし、かなりの広さがありそうだった。
「……ここは、湖なの?」
「ラルセニア湖……だと思いますが?」
夜空が見え、月も見えた。
そして振り返ると白い霧の壁が見え、そして湖全体をその壁が囲むように存在しているのがわかった。
上空から見ると恐らく、湖の場所だけ霧をくり貫いたようになっているようだった。
そして湖のある方を見ると、霧は晴れていたが、足元を見ると完全には晴れておらず、くるぶしぐらいの高さで、もくもくと辺り一面に広がっていた。
また、彼らのいる場所から少し行った先に、木製の船着場らしき場所も見えた。
そして、そこに小船が止まっていた。
その景色は、まるで雲海に停泊する船のように見え、音もなく静かな場所だった。
3人はしばし黙って、その景色を見ていた。
(不思議な場所……あそこから行けばいいの?……)
(あの世のようだ……)
(どうやって霧を……んー……)
そして、カーリオが最初に口を開いた。
「恐らく、結界か何かで霧を押さえつけているんでしょうね……」
クフィンは信じられないようだった。
「そんなことができるのか?」
エルディアは、見たことも聞いたこともなかった。
「私は知らない……」
「そう言うことが出来ると、何かの本で読んだことがありましてね。まあ、とにかく行きましょう」
そして、3人は船着場へ向かって歩いた。
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