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第十六話 占いの館
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古来より、人間たちは吉事や凶事があるか知りたいと思ったとき、または自分の進むべき道に迷ったとき、占いと言うものを利用してきた。
そして、黒い霧に包まれる前の古代世界には、今にはない様々な占い方法があったと言う。
動物の骨や甲羅を使ったり、夜空の星を見たり、カードなどの様々な道具を使ったりすることもあれば、人の顔や手などを見て判断するものもあったと言う。
さらに上級者にもなれば、霊を自らの体に憑依させ、予言めいた言葉を発することもできると言う事だった。
オリディオール島に住む人々が利用する占いには、ほとんど種類がなかった。
しかし、暗黒世界へ冒険者が行くようになってから、占いに関する本もいくつか見つかっていた。
そして、そういった本の何冊かが、エルディアたちが今向かっている館にもあると言うことだった。
しかも、それだけではなく、占い以外の古代の資料や書物もそこにあると言う。
湖の中を進むエルディアたちは、召喚された悪魔の詳細を知るためにその場所へ向かっていた。
3人は、無事にクエストを達成できるのか?
島への上陸が始まろうとしていた。
エルディア、クフィン、カーリオの3人は、2匹のレイクタートルに船を引かれ、占い師ビルハッド・ギンチェスターのいる島を目指し、ニーフェの森の中にあるラルセニア湖の中を進んでいた。
そして、今、彼らの目の前に、島があった。
ジャック・オー・ランタンのジャックが、エルディアたちの方へ振り向くと、元気に話しかけていた。
「お客さん!もう島に着くよ!」
3人はやれやれといった感じだった。
「ようやくか……」
「ほんとうですね。島が見えてきましたね」
「あれが……」
エルディアは、その島を見つめた。
島の船着場にも、ランタンの火があるようで、ぼんやりと明かりが灯っているのがわかった。
それ以外は暗くて、あまりよくはわからなかった。
(とにかく、着けばわかる……)
そして、3人は無事に島へ上陸を果たした。
「ここがそうなのか……」
木の板で出来た船着場を辺りを見ながら歩いた。
大きな木が茂り、一本の道が草を掻き分けるように島の中心部へ伸びているのが見えた。
そして、それ以外は特に何も無い場所だった。
クフィンが、霊体の少年に尋ねた。
「おい、ジャック。そこの道を行けばいいのか?」
亀の頭を撫でながら、餌をやっていたジャックが、3人のいる場所へふわふわと飛んできた。
「館までの道のりは、簡単さ。あんたの言うとおり、その道を真っ直ぐ行けばいいだけだよ」
エルディアは、この少年に礼を述べた。
「……そう、色々ありがとう。助かったわ、ジャック」
ジャックは、屈託のない笑顔で答えた。
「気にする必要はないさ。おいらは、楽しかったからね。それじゃ、夜の間はここで、待ってるからね。さっさと済ませてきなよ!」
そしてエルディアたちは、島の中心へと伸びている、その道を進んだ。
道はどこまでも続く一本道だった。
道の周りに僅かな草が茂り、針葉樹が辺りを覆うように生えていた。
また、夜空が見えるため、木はそれほど密集して生えているわけでもなく、高くもないようだった。
そして、しばらく3人は無言で歩いていると、何かの鳴声が聞こえた。
ホー……ホー……。
声のした方へエルディアは目を向けた。
すると、そこには木の枝に止まった黒いフクロウがいた。
わずかに光る大きな目で瞬きをすることなく、3人を夜の闇の中から、じっと見ているように見えた。
(なんだろう……?)
よく見ると、その目は青く透き通っていて、夜空に浮かぶ星座のようにきらきらと輝く、いくつもの小さな点の輝きを持った瞳をしていた。
(見たことのない瞳のフクロウね……)
カーリオも、そんな森の哲学者の存在に気が付いたようだった。
そして、なぜか少し驚いていた。
「……ほう、これは珍しいですね……」
「カーリオ、あのフクロウ何か知ってるの?」
「ええ、あれは盲目のフクロウですよ。目が見えなくなるものが稀にいて、あのように美しい輝きを持った瞳になると聞いたことがあるんです」
それを聞いてエルディアは、可哀相に思った。
「そうなの……」
「まあ、私も知り合いから聞いただけですがね……(ダリオさんの冒険の話からなんですが……ふふ……)」
どうやらカーリオはダリオが冒険からジルメイダと共に帰ってきたときに、色々話を聞いていたようだった。
話を聞いていたクフィンは、不思議に思うことがあった。
「よく生きていられたな」
「非常に聴覚などの感覚が優れているそうですよ」
「そうか……凄い奴だ……厳しい自然の中で……」
そして、彼女とその見えない目がしばらく合った後、フクロウは羽音を立てることなく、その場から飛び去った。
3人は再び、足元に霧を感じながら、島の中央へと続く、一本道を歩いた。
そして道を少し進むと、今度は違う景色が見え始めた。
白い柱が道の左右に立っている場所だった。
その場所を良く見ると、柱と柱の間に松明があり、明るく照らされていた。
そして道の先には、古いドーム状の赤いレンガ造りの建物が見えた。
苔の生えた丸い屋根と思われる部分には、ツル状の植物が小さな白い花を付け、大量に咲いていた。
そしていくつか窓があり、そこから明かりが漏れているのがわかったことから、どうやら人が住んでいそうだった。
エルディアは、建物を見た。
「あそこが、占いの館?」
「どうやら、そうらしいな」
「しかし、館と言うには……」
確かに、カーリオの言うとおり、普通の家よりは大きいというぐらいの大きさしかなかった。
そして、3人はその場所へたどり着く為の道を歩いた。
徐々に建物に近づいていく。
すると、クフィンが何かに気づいた。
「おい、誰か入り口にいるぞ」
歩きながら、エルディアはその途中で気づいた。
「ほんと……誰かいるみたい……」
入り口の前で黒いローブを羽織り、真っ白な手袋をし、そして杖をついた老人が、真っ直ぐ3人を見つめているのがわかった。
その老人の姿が詳しく分かるところまで、近づいたとき、エルディアは、屋根に咲いている花の香りを感じた。
「……これは、ジャスミンね……いい香り……」
謎の老人は、よく見ると肩に先ほどここに来る途中で見たフクロウが肩に乗っていた。
口ひげを蓄え、長い眉毛を持った人物だった。
そして、3人はその老人の前までたどり着いた。
カーリオが最初に話かけようとしたとき、老人の方から話しかけてきた。
「フフッ……お嬢さん、よく知っていますね。あなたの言うとおり、ジャスミンの花ですよ。お気に召したようで良かった」
そして、カーリオが話しかけた。
「夜分に失礼します。我々は、ここから北にある町のラドルフィア魔法学院の学院長の使いの者でして……実は……」
カーリオが話し終わる前に、老人は優しい笑みを浮かべ話した。
「ええ、大体は分かっておりますよ。緊急の伝書鳩が来ておりました。ですから、待っていたんです」
それを聞いてエルディアは、待たせてしまったと思った。
「ずっと、ここで待っていたんですか?」
「いやいや、ついさっきまで、中にいましたよ。建物から出たのは、先ほどです……」
そして、肩に乗っている、フクロウの頭を撫でながら老人は話した。
「到着は、彼が教えてくれたんです。名前は、『ラウルス』と言いましてね。目は見えないんですが、非常に感性の優れた良きフクロウなんです……フフッ……」
そう言って、老人は目を細め、嬉しそうにフクロウの頭を撫でていた。
ラウルスは、先ほど見たときと変わらず、青い大きな瞳で、じっとエルディアを見ているように見えた。
そして老人は、何かを思い出し、少し慌てたように話し始めた。
「―――ああ、そうでした。まだ名前を名乗っていませんでしたね……申し遅れました、私の名はビルハッド・ギンチェスターと言います。一応、ここの家主となっております」
エルディアは、まさかすぐに会いたかった本人に会えるとは思っていなかったため、思わずもう一度尋ねてしまっていた。
「……あなたが、あの占い師の?」
老人はゆっくりと、そして優しく微笑みながら答えた。
「ええ……そうです」
クフィンはカーリオから弟子がいると聞いたので、家主が待っていたことが意外だった。
(ビルハッド・ギンチェスター、自ら待っていたのか……)
エルディアたちも、身分と名を名乗った。
そして、彼女は早くも本題に入ろうとした。
「着いたばかりで申し訳ないんですが、あなたに見ていただきたいものがあるんです……」
彼女が懐から素描しておいた絵を見せようとしたとき、ビルハッドが突然、微笑みながら建物の方へ歩き出した。
そして、すぐに立ち止まり、振り返った。
「御三方、ここで立ち話もなんですから、どうぞ中へ入ってください……」
エルディアたちは、この占い師の老人の後へついて行った。
そして、建物の中へ入った。
石のタイルが敷き詰められた床を歩いた。
中は大きな空洞になっており、建物に入るなり、ビルハッドの肩にとまっていたフクロウが飛び上がった。
そしてドームの天井の中心部に、横に広がり、ぐにゃっと曲がった木の枝が吊るされてある場所があり、その枝にとまった。
どうやら、あそこがラウルスの住処のようだった。
エルディアは視線を天井から、この謎の空間へ向けた。
部屋の中は、特に何かがあるわけではなかった。
しかし、部屋の中心の石畳の地面に、この部屋の半分以上を占める、大きな彫りこまれた人の顔を思わせる形をした、灰色の石で出来たものがあった。
それは目を閉じ、口を見ると2本の牙を持った顔だった。
3人は、怪訝な顔になっていた。
どう考えても、人が住んでいるとは思えなかった。
そしてエルディアがその表情のまま、老人に尋ねていた。
「……ここが、あなたの家なんですか?」
クフィンはその大きな顔を見つめていた。
「あれ以外は、何も無いな……」
「これでは生活の香りがしませんね……」
ビルハッドは、ほんの少し笑いながら話した。
「ふふっ……ここに始めて来た方は、皆そう言います。無理もありません……ここは、まだ入り口なんですよ」
そして彼は杖をつきながら、石の顔のところまで歩いた。
ある程度近づいたとき、突然その顔の目が開いた。
そしてなんと、低く重い声で占い師の老人に話し始めた。
「ビルハッドよ、もう用事は済んだのか?」
老人は、この不気味な石の顔に友人と話すかのように会話をしていた。
「ああ、済んだよ。これから部屋に戻るところさ」
「そうか……では……」
すると口の辺りが緩み、大きく開けようとした。
しかしその時、この石の顔はエルディアたちの存在を感じ取り、開けるのを中断した。
「―――ん!?……お前以外の人の気配を感じるのだが……まさか攻略者か?」
「いや彼らは、我々のお客さんだ。だから、通しておくれ」
「……ほう、こんな時間にか?」
「少し急な用事さ」
「……なるほど、それで彼女が帰ってきていたと言うわけか……」
そして石の顔の目の部分が動き、3人を順に見ていった。
「……魔道の者がいるな……冒険者に見えなくもない……」
石で出来た顔は何かが気になったのか、エルディアとカーリオを交互に見ていた。
エルディアは不気味に感じ、恐怖した。
体が硬直し、身がすくんだ。
(……なんなの、一体……)
そしてその顔は、すぐに何かを感じ取ったのか、見るのをやめた。
「……よかろう。ビルハッドが言うなら信じよう……」
ビルハッドは、小さな笑い声を出した。
「ははっ、そうか……じゃあ、そろそろ、入らせてもらえるかね」
「了解した……」
そう言うと、石の顔は目を閉じ動かなくなった。
そして少しの間をおいてから、今度は目をカッと開くと、叫んだ。
「では向かうといい……世界の深淵の一つ『大地の迷宮』へ!」
すると、口を大きく開いた。
口を開くことを止めることなく、徐々に口は大きく広がっていき、それは、顔のほかの部分を消し去っていくほどだった。
そして、彼らの目の前にあった石の顔は、完全に跡形も無く消え去っていた。
3人は驚いた。
「―――これは!?」
そんなエルディア達にかまうことなく、ビルハッド・ギンチェスターは歩き出した。
「ふっふ……少し驚かれましたか……それより、さあ、みなさん、ここから中へ行きますよ……」
そしてエルディアたちは、顔があった場所を見た。
するとそこに、地下へと続く、螺旋階段が現れていた。
そしてビルハッドは、階段のところで3人を待っていた。
待たせるわけにはいないので、3人は緊張した面持ちで、その場所へと向かった。
(見たこともないことばっかりだわ……)
「……変わった仕掛けですね……」
「魔物かと思ったぞ……」
そしてエルディア達が階段まで着くと、この場所の主である老人は謝ってきた。
「ちょっと、驚かせてしまったみたいですね。申し訳ない」
すぐにカーリオが、説明を求めていた。
「いえ……ですがあれは一体?」
「歩きながら説明するとしますか……」
4人は地下へと続く、螺旋階段を歩き始めた。
歩き始めると、ビルハッドが説明をしてきた。
「あれは古代の『ドワーフ』達が作ったものです」
【ドワーフ】
人間よりも、背は低いが体格は人よりも良い、光の種族。
団子鼻、短い手足、寸胴で樽のような体系で、男は若くして長い髭を持つ。
酒が好きで、その樽のような体は非常に強靭で力もある。
難点があるとすれば、光の種族で一番、歩いたり走ったりする速度が遅い。
しかし、その見た目とは違い、繊細で器用な技術を持っている。
彼らの得意な技術は、鍛冶、錬金術、工芸技術などである。
まだ人間たちは、その存在を知るのみだった。
「ドワーフたちがですか……」
「ええ、そうです」
そして、彼らはマナトーチの魔法を使い、中を照らしながら、下り始めた。
中を照らして見ると、幅は人が2人ほど並んで降りることが出来るぐらいで、しばらく続いていそうだった。
その階段を下りながら、エルディアは先ほどの石の顔が言っていたことで気になったことがあったようだった。
階段を恐る恐る下りながら、そのことについて呟いていた。
「大地の迷宮と言ってたけど、ここって一体……」
彼女の呟きを聞いたビルハッドは、魔法の青白い輝きの灯った杖をつきながら話した。
コツコツと杖をつく音が辺りに響いていた。
「みなさん、エルガイアの古代史はご存知ですかな?」
「学校で習うことぐらいは知っていますが……」
「では、光と闇の神の戦いの前に存在した世界を知っているはずですね」
「ええ、そのぐらいは……」
「この島は、その時代からあったと言う事です」
「そんな前から……」
「そして、まだ暗黒世界になる前の世界。つまり、魔王と戦っているぐらいの時に、この場所が発見されましてね。中を調べてみると、誰が造ったのか、地下深くへ続く迷宮があったんです。しかも、中には金銀財宝がたくさんあったとか……そして、その財宝を求めて多くの冒険者で賑わったと、文献に載っていましてね」
カーリオは腕を組み、右手の親指と人差し指で顎をつまみながら、聞いていた。
「ふむふむ、なるほど……」
「しかし、この迷宮の最下層にたどり着いた者は、誰もいなかったとか……。下の層へ行けば行くほど、強力な魔物たちがいるらしいんです」
しばらく話を黙って聞いていたクフィンは、驚いていた。
「この安全な島に、そんな場所があったのか……」
「そして、地上に地下にいる凶悪な魔物たちが出てこないように、ドワーフたちがあの石の顔を作ったということです。あの当時は、様々な種族が冒険者として、世界で旅をしていましたからね」
カーリオはその当時を想像しながら、階段を下っていた。
「きっと、名のある光の種族の冒険者たちで溢れ返り、活気があったんでしょうね……」
そして、この占い師の老人は、意外な人物の名を口にした。
「ちなみに……ふふっ……あのフェイ・ファディアスも、この迷宮へ挑戦したらしいですよ?」
「フェイ……ファディアス?……誰だそいつは」
クフィンは知らないようだった。
しかし、エルディアとカーリオは知っていた。
「ホワイトロータス……」
「……ほう。あの偉大な氷の魔法剣士も、ここへ来たんですか……」
「ええ、ですが……彼でさえも、ここの最下層へたどり着けなかったみたいなんです」
それを聞いたエルディアは、底知れぬこの場所に対して、悪寒のようなものを感じた。
「彼でさえも……」
そして、階段を下っていた彼らの目の前に、新たな景色が見え始めた。
「―――おお、これは……」
「吸い込まれそう……(怖い……)」
彼女が怖がっているのを見たクフィンがすぐに近づき、話しかけた。
「エルディア、壁へ寄って下りるんだ」
それは突然、階段の螺旋が非常に大きくなっており、そして、階段の間に地下深くへ続く、大きな円形の闇の空間が広がっていた。
家一軒程度なら、簡単に飲み込んでしまいそうな程だった。
まるで大きな円柱の塔の内側の壁に沿って、螺旋階段を下りているような感じでもあった。
また、エルディアの言うとおり、しばらく見ていると、その大きな闇に吸い込まれそうになるのも無理はなかった。
真っ暗な、何も見えない大きな穴がそこあった。
彼らは、1人ずつ壁に手を添えて、下りることにした。
移動を再開すると、クフィンが下る時に階段に落ちていた小さな石が、彼の履いている皮のブーツに当たった。
すると、その小石は闇の中へ吸い込まれるように落ちていった。
そして耳を澄ますが、一向に地面に落ちた音がしなかった。
それを見た3人は、思わず息を呑んだ。
―――ゴクリ……。
もし、今いる階段が崩れてしまえば、確実に深い闇の中へ落ちてしまうだろう。
3人は、心の中でそう考えていた。
(どれだけ深いの……足がすくみそう……)
(これは気をつけないといけませんね……)
(……なんて場所だ……)
そんなエルディアたちを気にすることなく、この占い師の老人は先ほどと変わらぬ口調で話かけてきた。
「この空間は、先ほどの石の顔の者と関係がありましてね。彼が冒険者だと認めた相手に『アースブレス』と言う、大地の補助魔法をかけ、そして、今まで冒険者が到達した層まで、すぐにたどり着けることが出来る魔法の大きな岩を、この闇の空間から呼び出すんです」
カーリオは慎重に階段を一段一段、確かめるように下りながら、話していた。
「つまり、ここから冒険者たちは行くと言うわけですか……」
「ええ、そうです……そして、私たち夫婦は、ここの管理を審議会から任されているのです」
「夫婦?」
エルディアの問いに対して、ビルハッドは長い毛のある眉を寄せ、謝った。
「ああ、そうでした……またまた申し訳ない……今日、私があそこで待っていたのには理由がありましてね……実は今日あなた方が来ることはなんとなくですが分かっていたんですよ」
それを聞いたクフィンの目つきが、やや鋭くなった。
そして彼は、老人に尋ねた。
「……なぜわかったんだ?」
「それは……」
何かを閃いたエルディアが、ビルハッドが答える前に聞いていた。
「……占いですか?」
エルディアの質問に、ビルハッドは軽く笑いながら答えた。
「ふふっ……そうです」
カーリオは、素直に驚いているようすだった。
「そんなものまで分かるなんて、凄いものなんですねぇ……」
「いやいや……いつもやっているわけではないんです……今回は、私達にも、関係がありましてね……それで今日は、あなたたちの相談に乗るのは、私ではなく、妻が是非と申しましてね。それで、申し訳ないんですが、妻と会って頂けませんでしょうか?」
カーリオは、戸惑った。
無駄話をしている暇はないからだ。
「奥様……ですか……しかし……」
エルディアも同じことを思っていた。
「私達が必要としている知識を持った方でないと……」
「道草を食っている暇はないぞ……悪いが……」
クフィンが断ろうとしたとき、ビルハッドが、彼らを安心させることを言った。
「その点は大丈夫です。我が妻の名は『メディア』と言いましてね……こういったことは詳しいのです」
その名を聞いた、エルディアたちは驚いた。
「―――魔女メディア!?」
【魔女 メディア・バルフロイ】
オリディオール島にある古い書物に載っている人物。
古代世界に存在したと言われる3賢者の一人、ベルキフォール・ラディンガーの弟子。
魔王と戦った光の戦士の一人、大魔道師ウィハル・レイアークが本来は一番弟子になるはずだったが、彼は魔王と戦うために、魔道の道を究めることを辞めた為に、2番目だった彼女が繰り上がる形で、一番弟子になったと言われている。
元々は、どこかの国の王女だったと言う。
他にも彼女が何かを探して、世界を彷徨っている中、様々な人々と出会い、そこで事件に巻き込まれ、それを解決した話などが、いくつか存在していた。
彼女は魔術に長け、黒い服を好んで着ていたことから、『魔女』とよく呼ばれていた。
またフェイ・ファディアスに氷の魔法を教えたと言う逸話が残っている。
その名称を聞いたビルハッドは、しばし無言で階段を下りた。
そして、急に立ち止まり、すぐそばの暗黒の空間を見つめながら話した。
「………多くの者が、そう言いますね……しかし、本当の彼女は、とても優しく、知的で明るくて、素敵な女性なんです……少なくとも私にとっては……」
それを聞いてエルディアは、少し羨ましいと思った。
自分も相手も歳を取ったとしても、いつまでもお互いを思いやり、そして穏やかでいたい。
そうありたいと思った。
「いいご夫婦なんですね……」
エルディアにそう言われた、ビルハッドは杖を持っていない方の手で頭を掻き、笑い声を上げた。
「はっはっ、これは年甲斐も無く惚気てしまいましたか……申し訳ない……ふふっ」
そして、しばらく彼らは無言で階段を下りていた。
そして、黒い霧に包まれる前の古代世界には、今にはない様々な占い方法があったと言う。
動物の骨や甲羅を使ったり、夜空の星を見たり、カードなどの様々な道具を使ったりすることもあれば、人の顔や手などを見て判断するものもあったと言う。
さらに上級者にもなれば、霊を自らの体に憑依させ、予言めいた言葉を発することもできると言う事だった。
オリディオール島に住む人々が利用する占いには、ほとんど種類がなかった。
しかし、暗黒世界へ冒険者が行くようになってから、占いに関する本もいくつか見つかっていた。
そして、そういった本の何冊かが、エルディアたちが今向かっている館にもあると言うことだった。
しかも、それだけではなく、占い以外の古代の資料や書物もそこにあると言う。
湖の中を進むエルディアたちは、召喚された悪魔の詳細を知るためにその場所へ向かっていた。
3人は、無事にクエストを達成できるのか?
島への上陸が始まろうとしていた。
エルディア、クフィン、カーリオの3人は、2匹のレイクタートルに船を引かれ、占い師ビルハッド・ギンチェスターのいる島を目指し、ニーフェの森の中にあるラルセニア湖の中を進んでいた。
そして、今、彼らの目の前に、島があった。
ジャック・オー・ランタンのジャックが、エルディアたちの方へ振り向くと、元気に話しかけていた。
「お客さん!もう島に着くよ!」
3人はやれやれといった感じだった。
「ようやくか……」
「ほんとうですね。島が見えてきましたね」
「あれが……」
エルディアは、その島を見つめた。
島の船着場にも、ランタンの火があるようで、ぼんやりと明かりが灯っているのがわかった。
それ以外は暗くて、あまりよくはわからなかった。
(とにかく、着けばわかる……)
そして、3人は無事に島へ上陸を果たした。
「ここがそうなのか……」
木の板で出来た船着場を辺りを見ながら歩いた。
大きな木が茂り、一本の道が草を掻き分けるように島の中心部へ伸びているのが見えた。
そして、それ以外は特に何も無い場所だった。
クフィンが、霊体の少年に尋ねた。
「おい、ジャック。そこの道を行けばいいのか?」
亀の頭を撫でながら、餌をやっていたジャックが、3人のいる場所へふわふわと飛んできた。
「館までの道のりは、簡単さ。あんたの言うとおり、その道を真っ直ぐ行けばいいだけだよ」
エルディアは、この少年に礼を述べた。
「……そう、色々ありがとう。助かったわ、ジャック」
ジャックは、屈託のない笑顔で答えた。
「気にする必要はないさ。おいらは、楽しかったからね。それじゃ、夜の間はここで、待ってるからね。さっさと済ませてきなよ!」
そしてエルディアたちは、島の中心へと伸びている、その道を進んだ。
道はどこまでも続く一本道だった。
道の周りに僅かな草が茂り、針葉樹が辺りを覆うように生えていた。
また、夜空が見えるため、木はそれほど密集して生えているわけでもなく、高くもないようだった。
そして、しばらく3人は無言で歩いていると、何かの鳴声が聞こえた。
ホー……ホー……。
声のした方へエルディアは目を向けた。
すると、そこには木の枝に止まった黒いフクロウがいた。
わずかに光る大きな目で瞬きをすることなく、3人を夜の闇の中から、じっと見ているように見えた。
(なんだろう……?)
よく見ると、その目は青く透き通っていて、夜空に浮かぶ星座のようにきらきらと輝く、いくつもの小さな点の輝きを持った瞳をしていた。
(見たことのない瞳のフクロウね……)
カーリオも、そんな森の哲学者の存在に気が付いたようだった。
そして、なぜか少し驚いていた。
「……ほう、これは珍しいですね……」
「カーリオ、あのフクロウ何か知ってるの?」
「ええ、あれは盲目のフクロウですよ。目が見えなくなるものが稀にいて、あのように美しい輝きを持った瞳になると聞いたことがあるんです」
それを聞いてエルディアは、可哀相に思った。
「そうなの……」
「まあ、私も知り合いから聞いただけですがね……(ダリオさんの冒険の話からなんですが……ふふ……)」
どうやらカーリオはダリオが冒険からジルメイダと共に帰ってきたときに、色々話を聞いていたようだった。
話を聞いていたクフィンは、不思議に思うことがあった。
「よく生きていられたな」
「非常に聴覚などの感覚が優れているそうですよ」
「そうか……凄い奴だ……厳しい自然の中で……」
そして、彼女とその見えない目がしばらく合った後、フクロウは羽音を立てることなく、その場から飛び去った。
3人は再び、足元に霧を感じながら、島の中央へと続く、一本道を歩いた。
そして道を少し進むと、今度は違う景色が見え始めた。
白い柱が道の左右に立っている場所だった。
その場所を良く見ると、柱と柱の間に松明があり、明るく照らされていた。
そして道の先には、古いドーム状の赤いレンガ造りの建物が見えた。
苔の生えた丸い屋根と思われる部分には、ツル状の植物が小さな白い花を付け、大量に咲いていた。
そしていくつか窓があり、そこから明かりが漏れているのがわかったことから、どうやら人が住んでいそうだった。
エルディアは、建物を見た。
「あそこが、占いの館?」
「どうやら、そうらしいな」
「しかし、館と言うには……」
確かに、カーリオの言うとおり、普通の家よりは大きいというぐらいの大きさしかなかった。
そして、3人はその場所へたどり着く為の道を歩いた。
徐々に建物に近づいていく。
すると、クフィンが何かに気づいた。
「おい、誰か入り口にいるぞ」
歩きながら、エルディアはその途中で気づいた。
「ほんと……誰かいるみたい……」
入り口の前で黒いローブを羽織り、真っ白な手袋をし、そして杖をついた老人が、真っ直ぐ3人を見つめているのがわかった。
その老人の姿が詳しく分かるところまで、近づいたとき、エルディアは、屋根に咲いている花の香りを感じた。
「……これは、ジャスミンね……いい香り……」
謎の老人は、よく見ると肩に先ほどここに来る途中で見たフクロウが肩に乗っていた。
口ひげを蓄え、長い眉毛を持った人物だった。
そして、3人はその老人の前までたどり着いた。
カーリオが最初に話かけようとしたとき、老人の方から話しかけてきた。
「フフッ……お嬢さん、よく知っていますね。あなたの言うとおり、ジャスミンの花ですよ。お気に召したようで良かった」
そして、カーリオが話しかけた。
「夜分に失礼します。我々は、ここから北にある町のラドルフィア魔法学院の学院長の使いの者でして……実は……」
カーリオが話し終わる前に、老人は優しい笑みを浮かべ話した。
「ええ、大体は分かっておりますよ。緊急の伝書鳩が来ておりました。ですから、待っていたんです」
それを聞いてエルディアは、待たせてしまったと思った。
「ずっと、ここで待っていたんですか?」
「いやいや、ついさっきまで、中にいましたよ。建物から出たのは、先ほどです……」
そして、肩に乗っている、フクロウの頭を撫でながら老人は話した。
「到着は、彼が教えてくれたんです。名前は、『ラウルス』と言いましてね。目は見えないんですが、非常に感性の優れた良きフクロウなんです……フフッ……」
そう言って、老人は目を細め、嬉しそうにフクロウの頭を撫でていた。
ラウルスは、先ほど見たときと変わらず、青い大きな瞳で、じっとエルディアを見ているように見えた。
そして老人は、何かを思い出し、少し慌てたように話し始めた。
「―――ああ、そうでした。まだ名前を名乗っていませんでしたね……申し遅れました、私の名はビルハッド・ギンチェスターと言います。一応、ここの家主となっております」
エルディアは、まさかすぐに会いたかった本人に会えるとは思っていなかったため、思わずもう一度尋ねてしまっていた。
「……あなたが、あの占い師の?」
老人はゆっくりと、そして優しく微笑みながら答えた。
「ええ……そうです」
クフィンはカーリオから弟子がいると聞いたので、家主が待っていたことが意外だった。
(ビルハッド・ギンチェスター、自ら待っていたのか……)
エルディアたちも、身分と名を名乗った。
そして、彼女は早くも本題に入ろうとした。
「着いたばかりで申し訳ないんですが、あなたに見ていただきたいものがあるんです……」
彼女が懐から素描しておいた絵を見せようとしたとき、ビルハッドが突然、微笑みながら建物の方へ歩き出した。
そして、すぐに立ち止まり、振り返った。
「御三方、ここで立ち話もなんですから、どうぞ中へ入ってください……」
エルディアたちは、この占い師の老人の後へついて行った。
そして、建物の中へ入った。
石のタイルが敷き詰められた床を歩いた。
中は大きな空洞になっており、建物に入るなり、ビルハッドの肩にとまっていたフクロウが飛び上がった。
そしてドームの天井の中心部に、横に広がり、ぐにゃっと曲がった木の枝が吊るされてある場所があり、その枝にとまった。
どうやら、あそこがラウルスの住処のようだった。
エルディアは視線を天井から、この謎の空間へ向けた。
部屋の中は、特に何かがあるわけではなかった。
しかし、部屋の中心の石畳の地面に、この部屋の半分以上を占める、大きな彫りこまれた人の顔を思わせる形をした、灰色の石で出来たものがあった。
それは目を閉じ、口を見ると2本の牙を持った顔だった。
3人は、怪訝な顔になっていた。
どう考えても、人が住んでいるとは思えなかった。
そしてエルディアがその表情のまま、老人に尋ねていた。
「……ここが、あなたの家なんですか?」
クフィンはその大きな顔を見つめていた。
「あれ以外は、何も無いな……」
「これでは生活の香りがしませんね……」
ビルハッドは、ほんの少し笑いながら話した。
「ふふっ……ここに始めて来た方は、皆そう言います。無理もありません……ここは、まだ入り口なんですよ」
そして彼は杖をつきながら、石の顔のところまで歩いた。
ある程度近づいたとき、突然その顔の目が開いた。
そしてなんと、低く重い声で占い師の老人に話し始めた。
「ビルハッドよ、もう用事は済んだのか?」
老人は、この不気味な石の顔に友人と話すかのように会話をしていた。
「ああ、済んだよ。これから部屋に戻るところさ」
「そうか……では……」
すると口の辺りが緩み、大きく開けようとした。
しかしその時、この石の顔はエルディアたちの存在を感じ取り、開けるのを中断した。
「―――ん!?……お前以外の人の気配を感じるのだが……まさか攻略者か?」
「いや彼らは、我々のお客さんだ。だから、通しておくれ」
「……ほう、こんな時間にか?」
「少し急な用事さ」
「……なるほど、それで彼女が帰ってきていたと言うわけか……」
そして石の顔の目の部分が動き、3人を順に見ていった。
「……魔道の者がいるな……冒険者に見えなくもない……」
石で出来た顔は何かが気になったのか、エルディアとカーリオを交互に見ていた。
エルディアは不気味に感じ、恐怖した。
体が硬直し、身がすくんだ。
(……なんなの、一体……)
そしてその顔は、すぐに何かを感じ取ったのか、見るのをやめた。
「……よかろう。ビルハッドが言うなら信じよう……」
ビルハッドは、小さな笑い声を出した。
「ははっ、そうか……じゃあ、そろそろ、入らせてもらえるかね」
「了解した……」
そう言うと、石の顔は目を閉じ動かなくなった。
そして少しの間をおいてから、今度は目をカッと開くと、叫んだ。
「では向かうといい……世界の深淵の一つ『大地の迷宮』へ!」
すると、口を大きく開いた。
口を開くことを止めることなく、徐々に口は大きく広がっていき、それは、顔のほかの部分を消し去っていくほどだった。
そして、彼らの目の前にあった石の顔は、完全に跡形も無く消え去っていた。
3人は驚いた。
「―――これは!?」
そんなエルディア達にかまうことなく、ビルハッド・ギンチェスターは歩き出した。
「ふっふ……少し驚かれましたか……それより、さあ、みなさん、ここから中へ行きますよ……」
そしてエルディアたちは、顔があった場所を見た。
するとそこに、地下へと続く、螺旋階段が現れていた。
そしてビルハッドは、階段のところで3人を待っていた。
待たせるわけにはいないので、3人は緊張した面持ちで、その場所へと向かった。
(見たこともないことばっかりだわ……)
「……変わった仕掛けですね……」
「魔物かと思ったぞ……」
そしてエルディア達が階段まで着くと、この場所の主である老人は謝ってきた。
「ちょっと、驚かせてしまったみたいですね。申し訳ない」
すぐにカーリオが、説明を求めていた。
「いえ……ですがあれは一体?」
「歩きながら説明するとしますか……」
4人は地下へと続く、螺旋階段を歩き始めた。
歩き始めると、ビルハッドが説明をしてきた。
「あれは古代の『ドワーフ』達が作ったものです」
【ドワーフ】
人間よりも、背は低いが体格は人よりも良い、光の種族。
団子鼻、短い手足、寸胴で樽のような体系で、男は若くして長い髭を持つ。
酒が好きで、その樽のような体は非常に強靭で力もある。
難点があるとすれば、光の種族で一番、歩いたり走ったりする速度が遅い。
しかし、その見た目とは違い、繊細で器用な技術を持っている。
彼らの得意な技術は、鍛冶、錬金術、工芸技術などである。
まだ人間たちは、その存在を知るのみだった。
「ドワーフたちがですか……」
「ええ、そうです」
そして、彼らはマナトーチの魔法を使い、中を照らしながら、下り始めた。
中を照らして見ると、幅は人が2人ほど並んで降りることが出来るぐらいで、しばらく続いていそうだった。
その階段を下りながら、エルディアは先ほどの石の顔が言っていたことで気になったことがあったようだった。
階段を恐る恐る下りながら、そのことについて呟いていた。
「大地の迷宮と言ってたけど、ここって一体……」
彼女の呟きを聞いたビルハッドは、魔法の青白い輝きの灯った杖をつきながら話した。
コツコツと杖をつく音が辺りに響いていた。
「みなさん、エルガイアの古代史はご存知ですかな?」
「学校で習うことぐらいは知っていますが……」
「では、光と闇の神の戦いの前に存在した世界を知っているはずですね」
「ええ、そのぐらいは……」
「この島は、その時代からあったと言う事です」
「そんな前から……」
「そして、まだ暗黒世界になる前の世界。つまり、魔王と戦っているぐらいの時に、この場所が発見されましてね。中を調べてみると、誰が造ったのか、地下深くへ続く迷宮があったんです。しかも、中には金銀財宝がたくさんあったとか……そして、その財宝を求めて多くの冒険者で賑わったと、文献に載っていましてね」
カーリオは腕を組み、右手の親指と人差し指で顎をつまみながら、聞いていた。
「ふむふむ、なるほど……」
「しかし、この迷宮の最下層にたどり着いた者は、誰もいなかったとか……。下の層へ行けば行くほど、強力な魔物たちがいるらしいんです」
しばらく話を黙って聞いていたクフィンは、驚いていた。
「この安全な島に、そんな場所があったのか……」
「そして、地上に地下にいる凶悪な魔物たちが出てこないように、ドワーフたちがあの石の顔を作ったということです。あの当時は、様々な種族が冒険者として、世界で旅をしていましたからね」
カーリオはその当時を想像しながら、階段を下っていた。
「きっと、名のある光の種族の冒険者たちで溢れ返り、活気があったんでしょうね……」
そして、この占い師の老人は、意外な人物の名を口にした。
「ちなみに……ふふっ……あのフェイ・ファディアスも、この迷宮へ挑戦したらしいですよ?」
「フェイ……ファディアス?……誰だそいつは」
クフィンは知らないようだった。
しかし、エルディアとカーリオは知っていた。
「ホワイトロータス……」
「……ほう。あの偉大な氷の魔法剣士も、ここへ来たんですか……」
「ええ、ですが……彼でさえも、ここの最下層へたどり着けなかったみたいなんです」
それを聞いたエルディアは、底知れぬこの場所に対して、悪寒のようなものを感じた。
「彼でさえも……」
そして、階段を下っていた彼らの目の前に、新たな景色が見え始めた。
「―――おお、これは……」
「吸い込まれそう……(怖い……)」
彼女が怖がっているのを見たクフィンがすぐに近づき、話しかけた。
「エルディア、壁へ寄って下りるんだ」
それは突然、階段の螺旋が非常に大きくなっており、そして、階段の間に地下深くへ続く、大きな円形の闇の空間が広がっていた。
家一軒程度なら、簡単に飲み込んでしまいそうな程だった。
まるで大きな円柱の塔の内側の壁に沿って、螺旋階段を下りているような感じでもあった。
また、エルディアの言うとおり、しばらく見ていると、その大きな闇に吸い込まれそうになるのも無理はなかった。
真っ暗な、何も見えない大きな穴がそこあった。
彼らは、1人ずつ壁に手を添えて、下りることにした。
移動を再開すると、クフィンが下る時に階段に落ちていた小さな石が、彼の履いている皮のブーツに当たった。
すると、その小石は闇の中へ吸い込まれるように落ちていった。
そして耳を澄ますが、一向に地面に落ちた音がしなかった。
それを見た3人は、思わず息を呑んだ。
―――ゴクリ……。
もし、今いる階段が崩れてしまえば、確実に深い闇の中へ落ちてしまうだろう。
3人は、心の中でそう考えていた。
(どれだけ深いの……足がすくみそう……)
(これは気をつけないといけませんね……)
(……なんて場所だ……)
そんなエルディアたちを気にすることなく、この占い師の老人は先ほどと変わらぬ口調で話かけてきた。
「この空間は、先ほどの石の顔の者と関係がありましてね。彼が冒険者だと認めた相手に『アースブレス』と言う、大地の補助魔法をかけ、そして、今まで冒険者が到達した層まで、すぐにたどり着けることが出来る魔法の大きな岩を、この闇の空間から呼び出すんです」
カーリオは慎重に階段を一段一段、確かめるように下りながら、話していた。
「つまり、ここから冒険者たちは行くと言うわけですか……」
「ええ、そうです……そして、私たち夫婦は、ここの管理を審議会から任されているのです」
「夫婦?」
エルディアの問いに対して、ビルハッドは長い毛のある眉を寄せ、謝った。
「ああ、そうでした……またまた申し訳ない……今日、私があそこで待っていたのには理由がありましてね……実は今日あなた方が来ることはなんとなくですが分かっていたんですよ」
それを聞いたクフィンの目つきが、やや鋭くなった。
そして彼は、老人に尋ねた。
「……なぜわかったんだ?」
「それは……」
何かを閃いたエルディアが、ビルハッドが答える前に聞いていた。
「……占いですか?」
エルディアの質問に、ビルハッドは軽く笑いながら答えた。
「ふふっ……そうです」
カーリオは、素直に驚いているようすだった。
「そんなものまで分かるなんて、凄いものなんですねぇ……」
「いやいや……いつもやっているわけではないんです……今回は、私達にも、関係がありましてね……それで今日は、あなたたちの相談に乗るのは、私ではなく、妻が是非と申しましてね。それで、申し訳ないんですが、妻と会って頂けませんでしょうか?」
カーリオは、戸惑った。
無駄話をしている暇はないからだ。
「奥様……ですか……しかし……」
エルディアも同じことを思っていた。
「私達が必要としている知識を持った方でないと……」
「道草を食っている暇はないぞ……悪いが……」
クフィンが断ろうとしたとき、ビルハッドが、彼らを安心させることを言った。
「その点は大丈夫です。我が妻の名は『メディア』と言いましてね……こういったことは詳しいのです」
その名を聞いた、エルディアたちは驚いた。
「―――魔女メディア!?」
【魔女 メディア・バルフロイ】
オリディオール島にある古い書物に載っている人物。
古代世界に存在したと言われる3賢者の一人、ベルキフォール・ラディンガーの弟子。
魔王と戦った光の戦士の一人、大魔道師ウィハル・レイアークが本来は一番弟子になるはずだったが、彼は魔王と戦うために、魔道の道を究めることを辞めた為に、2番目だった彼女が繰り上がる形で、一番弟子になったと言われている。
元々は、どこかの国の王女だったと言う。
他にも彼女が何かを探して、世界を彷徨っている中、様々な人々と出会い、そこで事件に巻き込まれ、それを解決した話などが、いくつか存在していた。
彼女は魔術に長け、黒い服を好んで着ていたことから、『魔女』とよく呼ばれていた。
またフェイ・ファディアスに氷の魔法を教えたと言う逸話が残っている。
その名称を聞いたビルハッドは、しばし無言で階段を下りた。
そして、急に立ち止まり、すぐそばの暗黒の空間を見つめながら話した。
「………多くの者が、そう言いますね……しかし、本当の彼女は、とても優しく、知的で明るくて、素敵な女性なんです……少なくとも私にとっては……」
それを聞いてエルディアは、少し羨ましいと思った。
自分も相手も歳を取ったとしても、いつまでもお互いを思いやり、そして穏やかでいたい。
そうありたいと思った。
「いいご夫婦なんですね……」
エルディアにそう言われた、ビルハッドは杖を持っていない方の手で頭を掻き、笑い声を上げた。
「はっはっ、これは年甲斐も無く惚気てしまいましたか……申し訳ない……ふふっ」
そして、しばらく彼らは無言で階段を下りていた。
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