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第十六話 2
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すると、階段の終わりが見えてきた。
占い師の老人が杖を上に掲げ、少し先を照らした。
そして、その場所を指差した。
「みなさん、あそこが我が家になります……」
ビルハッドが指差した場所の先は、階段が途切れ、そのすぐ隣に横穴が見えた。
どうやら、そこが目的の場所のようだった。
3人とも、緊張から解放され、表情を緩めた。
(結構あった……)
「ようやくか……」
流石のカーリオもくたびれた様子だった。
後ろを振り返りながら話していた。
「興味深い場所ではありましたが……ふぅ……」
そして、3人は階段の先にある横穴へ入った。
中を見た。
細い通路が続いているのがわかった。
少し休めるのかと思ったが、まだ道は続くように思われた。
その道を見たカーリオは、やれやれといった感じだった。
そして力なく、その場で座り込むと、彼は呟いた。
「……まだ、通路がありますね……」
そんなバルガの魔道師の青年を見たビルハッドは、笑いながら中のことについて話した。
「ふふふっ、ここは元々迷宮ですからね。この階層だけ、人が住めるように改装したんです。ですが、全てを変えたわけではないので……まあ、すぐそこですよ」
その場に座り込んでいたカーリオにクフィンが近づいた。
「カーリオ。お前の妹も言っていたが、もう少し体を鍛えろ」
「私は、戦士や剣士じゃないんです……ですが、ちょっとは鍛えますかね……」
「当たり前だ、この程度で疲れてどうする。まだ帰りもあるんだぞ。それに同じ魔道師であるエルディアは、お前のように疲れていないぞ!」
クフィンがそう力強く言い放った。
それを聞いたカーリオは、突然何かに気づくと顔に笑みを浮かべ、クフィンの後ろを指差していた。
クフィンは振り返った。
「……ん」
すると、ぐにゃっとくの字に曲がった杖を両手で持ち、壁に寄りかかりながら階段に座っているエルディアが見えた。
「…………」
それを見たクフィンは、すぐに体勢を元に戻し、無言で横穴の中に入っていった。
そして、バルガの魔道師の名を呼んだ。
「おい、カーリオ!行くぞ……」
それを見たカーリオは、呆れるのを通り越し、笑い声を上げていた。
「……無かったことにしようと言うんですか……はははっ!なんて人なんですか……あなたは……」
エルディアは、謝っていた。
「……みんな、ごめん。ちょっと疲れたみたい……」
「いいんですよ。ここに来るまでに魔法を何度か使用しましたし、私達は、彼のような鍛え方をしていませんからね……少しだけ、休んでから行きましょう……」
そして、少し休んだ後、彼らは進むことを再開させた。
進んでいくと、今度は道の先が明るいのがわかった。
どうやら、大きな空間に出そうだった。
そして、その部屋へエルディアたちは着いた。
「ここが……?」
ビルハッドは、両手で杖をつきながら軽く会釈した。
「ええ、そうです……ようこそ、我が家へ」
彼らは辺りを見回した。
高い天井に、結構な広さのある部屋で、明るい黄緑色の壁になっており、僅かに壁がぼんやりと光り、部屋を明るくさせているのがわかった。
そしてさらに壁を良く見ると、大きな窪みがたくさんあって、そこに風景画や人物画、そして豪華な装飾が施された花瓶があり、そこに手のひらほどの大きさの純白の花が飾られていた。
また、壁が発する光だけでは暗いのか、天井に視線を向けると、見るからに高価そうな大きなシャンデリアが吊るされていた。
そして、そこに無数の淡い黄色の蝋燭があって、火が灯されていた。
また、床に目を向けると、落ち着いた色の赤いふかふかの絨毯が敷かれ、いくつもの通路があった。
そして、ここにいる4人以外、誰もいない場所だった。
エルディアはぽつりと感想をもらした。
「凄い豪華な部屋……」
「ふふ、自慢の部屋の一つです。……ここは、元々は冒険者たちが、迷宮に挑む前にパーティーの募集をしたり、休憩をしたりする、準備のための場所だったようです」
「そうなんですか……」
「そして我々が、この迷宮の第一層を、住みやすいように改装したんです……まあ一部名残りがあって、通路が入り組んでいる場所がありますが……それから暗い場所が多いので、日々住む部屋ぐらい、明るく豪華にしようと思いましてね」
カーリオも辺りを見回していた。
「おや……誰もいないようですね……確か、お弟子さんもいらっしゃると……」
ビルハッドは、入って正面にある通路へ向かって歩き出していたが、振り返った。
「弟子たちは既に休んでおります。妻は弟子たちの前にも、あまり姿を現すことがないんです……ですから今日は、私が1人で待っていたんです」
それを聞いたクフィンが、珍しく顔に笑みを浮かべ、カーリオに話しかけていた。
「ふふっ、期待していたようだったが……残念だったな、カーリオ」
彼の顔を見たカーリオは目を薄くさせ、睨んでいた。
「……クフィン……あなたは私がいつも残念がると、なぜか凄く嬉しそうですね……」
クフィンは自信を持って答えた。
「当然だ……」
そして、老人の後について歩いていたエルディアも振り返った。
「2人とも行こう……」
それを聞いたクフィンが、すぐに彼女の後について行った。
「……わかった。カーリオ、行くぞ。俺たちに無駄な時間はない」
「はいはい……わかっていますよ……。しかし、酷い友人を持ったものです……」
カーリオは、渋々2人の後を追った。
そして、彼らは薄暗く、長く真っ直ぐに続く通路を歩いた。
暗いため、先があまり良く見えないほどだった。
そこをしばらく歩くと、今度は通路の両方の壁にあった燭台のロウソクが突然「ボッ!」と言う音を出した。
そして、そこに火が灯った。
いきなり起こったことに、エルディアたちは驚いた。
「―――これは……」
老人にとってはいつもの事らしく、平然と話していた。
「ふふっ、驚かしてしまったようですね……これは、元々あった仕掛けらしいんです。一定の距離まで近づくと作動する魔法の燭台と言われるものです。使えるので、そのまま使用してるんですよ」
エルディアは、この下にある迷宮の事が少しだけ気になったようだった。
「これは、下の階層にも?」
彼女の質問にビルハッドは、柔らかな笑みを浮かべ答えた。
「ええ、あるみたいですよ……ふふっ、お嬢さん、大地の迷宮に興味がおありですかな?」
「いえ、ちょっと聞いてみただけです……」
「……そうですか……」
なぜかビルハッドは、残念そうな表情になっていた。
そして、通路に火を灯しながら歩いていると、彼は立ち止まった。
前を見ると、彼らの目の前に木の扉があった。
どうやらここで行き止まりのようだった。
「みなさん、ここが私の妻の部屋です」
そして、彼はドアをノックした。
「………メディア、彼らを連れてきたよ」
すると、扉の奥から声が聞こえた。
「ああ、待っていたよ。さっさと入りな!」
そして、4人は部屋へ入った。
入った途端、彼らは匂いの含んだ煙に包まれた。
それは、良い香りがした。
(……何かのお香なのかな?)
視界が悪い中を彼らは進んだ。
そして白い煙の中から僅かに見えたのは、本がぎっしりと詰まった本棚が、いくつもあるのが見えた。
本棚は全て、ここにいる誰よりも大きい棚だった。
(知らない名前の本ばかり……ちょっと見てみたいかも……)
それらを見たエルディアは、興味を惹かれたようだった。
そして、本棚の森の中を進むと、ようやくランタンの置かれた大きな机のある場所に辿り着いた。
(……ここなのかな?)
机の上には、本や資料が山のように積み上げられていた。
また、よく見ると、目の前にある椅子に座り足を組み、煙管(キセル)を吸いながら本を読んでいる、エルディアよりも背の低い老婆の姿が見えた。
(この人が?……)
エルディアは、その人物を見つめた。
やや癖のある白髪の人物で、鋭い大きな目をしていて、真っ赤な唇に、しわのある手を見ると、大きな宝石のついた指輪をいくつもしており、体には無数の星のある夜空を連想させるような柄の黒いローブを着ていた。
そして、そのローブは風も無いのにふわふわと揺れているのだった。
最初に夫であるビルハッドが話しかけた。
「メディア、お客さんを連れてきたよ」
そして、本に目を通していたその人物は、エルディア達へ視線を向けると、話しかけてきた。
「やっと来たのかい、遅いよ!あたしゃ、暇じゃないんだからね」
カーリオがすぐに謝っていた。
「これは申し訳ありません。私の名前は……」
彼が名前を名乗ろうとしたとき、メディアが口を挟んできた。
「知っているよ。カーリオって名前だろ、そっちの目つきの悪いのはクフィン。魔道師の女はエルディアってんだろ」
カーリオは驚いた。
「なんと……ご存知でしたか……しかし、それも占いで?」
「そんな細かいことまで分かるわけないだろ。外で黒いフクロウを見ただろ」
「……ラウルスのことですか?」
「そうさ、あのフクロウの目や耳はあたしが魔法を使うことで代わりに見聞きすることが出来るのさ」
エルディアは驚いた。
「そんなことが出来るんですか……」
彼女は、あのフクロウが自分を見ていたように見えたのも納得がいったのだった。
そして魔女メディアが、話を変えてきた。
「あたしは、大地の迷宮にすぐにでも行きたいんだよ。師匠からクエストを出されてね。それを達成しなければならないのさ」
師という言葉が気になったクフィンは尋ねた。
「師匠……と言うことは……あの大賢者も存在しているのか?」
吸っていたキセルを近くにあった灰皿に置き、魔女メディアは話した。
「……うちの師匠は、あまりこういったことは喋って欲しくないから少ししか話さないけど、3賢者全てがいるかどうかは、あたしでさえ分からないさ……だけど、少なくとも我が師、ベルキフォール・ラディンガーは存在するよ」
【ベルキフォール・ラディンガー】
エルガイアの古代世界に、あらゆる魔道の道を極めた者達がいた。
それが3賢者と言われる存在だった。
その内の1人が、この人物である。
現存する資料によると、彼はハイエルフの男で、古代の秘術により不老不死になったと言われている。
また、ハイエルフ達が創り上げた魔法の王国とドワーフ達の国との永きに渡る光の種族同士の戦いの時代があった。
その時に彼は、宮廷魔道師であり、軍師でもあった。
そして、その戦争の最中、彼は突如として姿を消したと言われている。
そして、夫であるビルハッドが、何か飲み物でも持ってくると言って部屋から出て行った。
先ほどメディアが話したことから、クフィンが気になったことがあったようだった。
「魔女よ、あなたは1人で迷宮に挑んでいるのか?」
クフィンの問いにメディアは、彼らから顔を逸らすと、天井を仰ぎ見た。
するとそこには、夜空の絵が一面に描かれており、星座がたくさん記されていた。
その天井を見ながら、遠くを見つめるような目になり、何かを思い出しているようだった。
「……そうだよ。もう随分も前から、この迷宮にずっと篭りきりさ……あたしは不死になったんだ。だけど、それは師匠のように完璧じゃないのさ」
それは魔法の契約によって、伴侶となる人物と同じ年齢の肉体になると言うものだった。
そうやって彼女は、この世界を生きていた。
「今の夫で12人目の夫なのさ。だけど、ちゃんとその人が死ぬまでは新しい夫は作らないんだ。それがあたしなりの礼儀ってもんでね。そして、その人を看取ったら、また新しい若い男と契約をして、若い肉体に戻り……それを繰り返し……そうやって、今日まで生き延びたんだ……我ながら欲深いと思うさ、はははっ!」
彼女は笑っていたが、目は笑っていなかった。
それは気の遠くなるような時間だった。
そして出会いと別れが、少なくとも11回はあったはずだ。
エルディアには、そこまですることの意味がわからなかった。
「そうまでして……一体何を?」
若い女魔道師の問いに、メディアは再び煙管に手を伸ばし、手に取ると答えた。
「……ん、4人目の賢者になることさ。そして……ふふっ……あとは秘密だよ」
そして、彼女は口と鼻から、煙を吐いた。
魔女の周りが煙で満たされた。
部屋の中は彼女の出した煙と焚かれている、お香の香りとが混ざっていた。
そして、魔女は先ほどより落ち着いたのか、表情を緩め、彼らに話しかけてきた。
「あんた達の話しを聞く前に……どうだい、そこのバルガの男。あたしの13番目の夫にならないかい?若返ったあたしは、とびっきりのいい女だよ、どうだい!」
クフィンは、フッと笑うとカーリオに話しかけていた。
「カーリオ、相手が見つかって良かったな。お前の求めている美人だそうだぞ」
そう言われたカーリオは、頭を掻きながら、遠慮がちに答えた。
「あははは……13と言う数字があまり好きではないので……それに暗い場所に篭りっきりは、性に合わないので遠慮しておきます。石の研究もありますし……」
この世界において、13と言う数字は忌み数(人々が住む社会において忌み嫌われる数)であった。
それは、古代の教典に13番目に書かれていたのが邪神だったからだと言われている。
「そうそうある話ではないぞ。遠慮するな、カーリオ」
自警団の青年にそう言われたカーリオは、小声で叫ぶと、クフィンの腕を肘で突付いた。
「……クフィン!」
魔女は少し不機嫌になったようだった。
「ふん、そうかい……」
それを見たエルディアは、魔女がクエストに協力してくれなかったらまずいと思い、カーリオに小声で話しかけた。
「カーリオ、ここは堪えて……そういう事には無理かな?……」
カーリオは、目を見開いて、驚いていた。
まさかエルディアからも言われるとは思わなかったからだ。
「エルちゃんまで……酷い……お2人とも他人事だと思って、あんまりじゃないですか……冗談の通じる相手ではありませんよ!」
すると、魔女は再び煙管を吸っていた。
そして、クフィンの方を見た。
「じゃあ、そっちの男はどうだい。悪くない面構えじゃないか」
だが、クフィンは迷うことなく、メディアに向かって答えていた。
「悪いが、俺には心に決めた女がいる……だから無理だ」
2人から断られた魔女は、さらに機嫌悪くしたようだった。
煙管の灰を灰皿に、叩き付けるように落としていた。
「へんっ!なんだい、魔女を自分の女しようって言う、肝の据わったのはいないのかい。昔は、たくさんの男どもが言い寄ってきたってのに、あたしが迷宮に篭っている間に腑抜けばかりになっちまってるみたいだね……甲斐性のない男たちだよ!」
その時、夫であるビルハッドが部屋に戻ってきていた。
「飲み物を持ってきたよ、メディア」
彼は飲み物を白いティーカップに入れて持ってきていた。
カップから白い湯気がでていた。
ビルハッドが持ってきてくれたことが嬉しかったのか、彼女は少し機嫌が戻ったようだった。
表情を緩ませ、彼に礼を言っていた。
「ありがとう、ビル。あんたはやっぱりいつも優しいね」
頼み事をするのは今だと思ったエルディアは、ローブの内ポケットから素描していた絵を取り出し、メディアに見せた。
「……あの、これが何か分かりますか?」
魔女はエルディアから、その絵を受け取った。
「……ん、これが、言っていた奴かい…………」
そして彼女は、しばらく黙って、その絵を食い入る様に見つめていた。
そんな彼女を見ていたエルディアは、出されたティーカップを手に取り、口をつけた。
知っている香りのする飲み物だった。
(爽やかで、とても口当たりが良い……これって、さっきの……?)
そして、エルディアはそれが何かに気づいた。
そんな彼女を見たビルハッドは、話しかけてきた。
「……気づきましたか、お嬢さん。それは、この島で取れたジャスミンを使って作った、ジャスミンティーです。美味しいだけでなく、気持ちを落ち着かせる効果もありますからね」
そう言って、彼は優しい笑みを浮かべ、片目を瞑って見せた。
どうやら、妻が気分屋であることを知っていて、タイミングを見計らって、飲み物を持ってきてくれたようだった。
エルディアは、それを理解し、礼を述べた。
「とても、美味しいです。ありがとう……」
「いやいや、お気に召したのなら、なりよりです……ふふっ……」
ビルハッドは、紳士的な優しさを持った人物のようだった。
きっとそう言う部分を気に入って、メディアは彼を12番目の夫にしたのだろうと、エルディアは思った。
そして、エルディアが渡した絵を見ていたメディアが、何かを呟いた。
「……見たことのない魔物だねぇ……だけど、デビルスター(五芒星の上下を逆さにしたもの)が無いところを見ると、恐らく下級の悪魔族だろうね」
それを聞いたカーリオが残念そうにしていた。
「そうですか……魔女の知識を以ってしても、わかりませんか……」
しかし、魔女は何か方法があるようだった。
「安心しな、それに関連する本は持ってるよ。……どこだったかねぇ……ちょっと探して来るか……」
そう言って彼女は、席を立とうとした。
その時、先ほど彼女が読んでいた本の中が見えた。
そこに描かれていた一つの絵に、クフィンが思わず声を出した。
「……あれは、どこかで見たな……」
魔女が振り返り、クフィンに話しかけた。
「……ほう。あんた、これをどこかで見たのかい?」
クフィンは思い出したようだった。
「―――思い出したぞ!それは、ここに来る前にエレーナが持っていた鏡だ」
魔女メディアが読んでいた本に描かれていた絵は、エレーナが持っていた鏡と同じ物であった。
クフィンは気になったのでメディアに尋ねていた。
「メディアよ、その鏡は一体なんなのだ?」
彼女は、絵が描かれたページを手で押さえながら話した。
「こいつはね、北東の新大陸で発見され、元々あたしの所に送られるはずだった物さ……だけど、盗賊団に奪われちまったって聞いたね」
「……と言うことはエレーナの奴、闇市に行っていたな……あいつ……」
クフィンは苦々しくつぶやいていた。
そして魔女は鏡について話した。
「これはね、『ニトクリスの鏡』ってもんだ」
その名前を聞いたエルディアとカーリオは、驚いた。
「―――ニトクリス!」
「……魔物が鏡の中にいると言う、あの鏡ですか!?」
「そうだ。……だけど、レプリカがたくさんあってね。あたしも何枚か持ってるんだけど、全部複製品だ……本物は中々見つからないのさ」
「では、マキュベル嬢が持っている物も、その可能性が高いですかね?」
「さあ、どうだろうねぇ。複製品であっても、霊力が強いのがあるし、色々な効果を持たせてあるみたいだよ。今あたしが、攻略している迷宮の階層に、必要でね。出来ればそのお嬢ちゃんから譲ってきて欲しいねぇ。金はいくらでも払うよ」
そう言って魔女は、1人で魔族に関する本を取りに行くと言い残し、奥の部屋へ向かって行った。
そして、ビルハッドも寝ると言って部屋から出て行った。
残された3人は、エレーナの事を話していた。
「帰ったら、俺がエレーナの奴から、あの鏡を取り上げることにする」
「しかし、なぜ、あのような危険な物を、彼女は……」
「エレーナには、分からなかったんだと思う……ただの鏡に見えたんじゃないかな?」
「俺が見た限りでは、少し薄気味悪い程度の物にしか見えなかった……」
「とにかく、マキュベル嬢からは、遠ざけた方がいいですね」
「ああ、分かっている……」
そして、しばらくしてから、魔女はエルディアたちのいる部屋に戻ってきた。
彼女の手には、一冊の本と淡い青色の布に包まれ、片手で持てるほどの大きさの物があった。
魔女は部屋に入ると、すぐに椅子に座った。
「……よいっしょっと……ふう……言っとくけど、この本に載ってなかったら、あたしにもわからないね。悪いけど、その時は帰ってもらうよ」
エルディアが答えた。
「はい、分かっています……(あるといいけど……)」
そして魔女は本を手に取った。
表紙には、『闇と邂逅した者』と書かれていた。
著者のところは、なぜか消えていた。
そしてメディアは、その本をめくり始めた。
エルディアたちも魔女と一緒になり、その本の中を見ていた。
中は黄ばみ、所々破れていて、かなり古い書物のようだった。
そして本の中には、様々な悪魔の絵が描かれていた。
鋭い爪を持った者、大きな漆黒の翼を持った悪魔や長い舌を持ち、たくさんの眼を持った者、人と変わらぬ姿をした者など、大きさも姿かたちも違うものが、かなりの数存在するようだった。
エルディアとカーリオは、関心しながら見ていた。
「これが、魔族……」
「結構色々いるんですねぇ……」
「そりゃそうさ、光の種族と同等に戦ったんだからね。それなりにいるさ……あたしも遥か昔に何度か戦ったことがあるんだ」
そんな2人とは対照的に、クフィンは険しい顔で本の中を見ていた。
「そうなのか……」
「残忍で無慈悲な奴らだよ。だからこそ、悪魔と言われるのさ……」
そして、ついに、エルディアが描いた絵と同じ、姿が描かれたページに彼らはたどり着いた。
最初に気づいたのは、エルディアだった。
指を指し、思わず叫んだ。
「―――あ、それかも!」
皆、彼女が指差した絵を見た。
カーリオとクフィンもそれを見て、確信をもって言っていた。
「……これですね……」
「間違いない……」
「なるほど、これかい……」
名前のところを読むと、『アルプ』と書かれていた。
【アルプ】
ドワーフとエルフの間に生まれ、闇に堕ちた霊体の下級悪魔。
上位の悪魔バアルゼブブに仕え、その時に忠誠の証として虫のような姿になった。
夢魔の一種でもあり、主に寝ている女性に取り付き、その者を意のままに操ることができる。
魔女は絵を見ながら腕を組み、彼らに話した。
「こいつ自体は大したことは無いみたいだね。だけど、強い者に取り付いたなら、少々やっかいなことになるかもしれないよ」
下級悪魔の説明を見た3人は、新たな疑問にぶつかることになった。
「女に取り付くのか……」
「そうなら、クリス・ヴィガルが呼び出した後、誰かに取り付いたの?」
「うーん、その可能性が高いのかもしれませんね……」
「しかし、取り付いて何かすることでもあるのか?」
「それはその悪魔に聞いてみないとわからないだろうさ。まあ、ろくでもないことに変わりはないはずだよ」
呼び出された後の、アルプは一体どこへ行ったのか?
そのことに考えを巡らせるが、今の情報だけでは分からないのが現状のようだった。
そして、クフィンがどうすればいいのか、皆に聞いていた。
「問題は、もし誰かに取り付いていたのなら、対処をどうする?……」
「取り付いた者を見分ける方法とかってあるのかな?」
本には、対処の仕方や弱点などは、書いていなかった。
「魔女様、何かご存知でしょうか?」
カーリオに尋ねられたメディアは、夫の淹れたジャスミンティーの残りを飲み干してから答えた。
「……一番簡単なのは、『エクソシスト』に頼むことだね。レイアークには確か、ヴァベルの一族がいただろ」
占い師の老人が杖を上に掲げ、少し先を照らした。
そして、その場所を指差した。
「みなさん、あそこが我が家になります……」
ビルハッドが指差した場所の先は、階段が途切れ、そのすぐ隣に横穴が見えた。
どうやら、そこが目的の場所のようだった。
3人とも、緊張から解放され、表情を緩めた。
(結構あった……)
「ようやくか……」
流石のカーリオもくたびれた様子だった。
後ろを振り返りながら話していた。
「興味深い場所ではありましたが……ふぅ……」
そして、3人は階段の先にある横穴へ入った。
中を見た。
細い通路が続いているのがわかった。
少し休めるのかと思ったが、まだ道は続くように思われた。
その道を見たカーリオは、やれやれといった感じだった。
そして力なく、その場で座り込むと、彼は呟いた。
「……まだ、通路がありますね……」
そんなバルガの魔道師の青年を見たビルハッドは、笑いながら中のことについて話した。
「ふふふっ、ここは元々迷宮ですからね。この階層だけ、人が住めるように改装したんです。ですが、全てを変えたわけではないので……まあ、すぐそこですよ」
その場に座り込んでいたカーリオにクフィンが近づいた。
「カーリオ。お前の妹も言っていたが、もう少し体を鍛えろ」
「私は、戦士や剣士じゃないんです……ですが、ちょっとは鍛えますかね……」
「当たり前だ、この程度で疲れてどうする。まだ帰りもあるんだぞ。それに同じ魔道師であるエルディアは、お前のように疲れていないぞ!」
クフィンがそう力強く言い放った。
それを聞いたカーリオは、突然何かに気づくと顔に笑みを浮かべ、クフィンの後ろを指差していた。
クフィンは振り返った。
「……ん」
すると、ぐにゃっとくの字に曲がった杖を両手で持ち、壁に寄りかかりながら階段に座っているエルディアが見えた。
「…………」
それを見たクフィンは、すぐに体勢を元に戻し、無言で横穴の中に入っていった。
そして、バルガの魔道師の名を呼んだ。
「おい、カーリオ!行くぞ……」
それを見たカーリオは、呆れるのを通り越し、笑い声を上げていた。
「……無かったことにしようと言うんですか……はははっ!なんて人なんですか……あなたは……」
エルディアは、謝っていた。
「……みんな、ごめん。ちょっと疲れたみたい……」
「いいんですよ。ここに来るまでに魔法を何度か使用しましたし、私達は、彼のような鍛え方をしていませんからね……少しだけ、休んでから行きましょう……」
そして、少し休んだ後、彼らは進むことを再開させた。
進んでいくと、今度は道の先が明るいのがわかった。
どうやら、大きな空間に出そうだった。
そして、その部屋へエルディアたちは着いた。
「ここが……?」
ビルハッドは、両手で杖をつきながら軽く会釈した。
「ええ、そうです……ようこそ、我が家へ」
彼らは辺りを見回した。
高い天井に、結構な広さのある部屋で、明るい黄緑色の壁になっており、僅かに壁がぼんやりと光り、部屋を明るくさせているのがわかった。
そしてさらに壁を良く見ると、大きな窪みがたくさんあって、そこに風景画や人物画、そして豪華な装飾が施された花瓶があり、そこに手のひらほどの大きさの純白の花が飾られていた。
また、壁が発する光だけでは暗いのか、天井に視線を向けると、見るからに高価そうな大きなシャンデリアが吊るされていた。
そして、そこに無数の淡い黄色の蝋燭があって、火が灯されていた。
また、床に目を向けると、落ち着いた色の赤いふかふかの絨毯が敷かれ、いくつもの通路があった。
そして、ここにいる4人以外、誰もいない場所だった。
エルディアはぽつりと感想をもらした。
「凄い豪華な部屋……」
「ふふ、自慢の部屋の一つです。……ここは、元々は冒険者たちが、迷宮に挑む前にパーティーの募集をしたり、休憩をしたりする、準備のための場所だったようです」
「そうなんですか……」
「そして我々が、この迷宮の第一層を、住みやすいように改装したんです……まあ一部名残りがあって、通路が入り組んでいる場所がありますが……それから暗い場所が多いので、日々住む部屋ぐらい、明るく豪華にしようと思いましてね」
カーリオも辺りを見回していた。
「おや……誰もいないようですね……確か、お弟子さんもいらっしゃると……」
ビルハッドは、入って正面にある通路へ向かって歩き出していたが、振り返った。
「弟子たちは既に休んでおります。妻は弟子たちの前にも、あまり姿を現すことがないんです……ですから今日は、私が1人で待っていたんです」
それを聞いたクフィンが、珍しく顔に笑みを浮かべ、カーリオに話しかけていた。
「ふふっ、期待していたようだったが……残念だったな、カーリオ」
彼の顔を見たカーリオは目を薄くさせ、睨んでいた。
「……クフィン……あなたは私がいつも残念がると、なぜか凄く嬉しそうですね……」
クフィンは自信を持って答えた。
「当然だ……」
そして、老人の後について歩いていたエルディアも振り返った。
「2人とも行こう……」
それを聞いたクフィンが、すぐに彼女の後について行った。
「……わかった。カーリオ、行くぞ。俺たちに無駄な時間はない」
「はいはい……わかっていますよ……。しかし、酷い友人を持ったものです……」
カーリオは、渋々2人の後を追った。
そして、彼らは薄暗く、長く真っ直ぐに続く通路を歩いた。
暗いため、先があまり良く見えないほどだった。
そこをしばらく歩くと、今度は通路の両方の壁にあった燭台のロウソクが突然「ボッ!」と言う音を出した。
そして、そこに火が灯った。
いきなり起こったことに、エルディアたちは驚いた。
「―――これは……」
老人にとってはいつもの事らしく、平然と話していた。
「ふふっ、驚かしてしまったようですね……これは、元々あった仕掛けらしいんです。一定の距離まで近づくと作動する魔法の燭台と言われるものです。使えるので、そのまま使用してるんですよ」
エルディアは、この下にある迷宮の事が少しだけ気になったようだった。
「これは、下の階層にも?」
彼女の質問にビルハッドは、柔らかな笑みを浮かべ答えた。
「ええ、あるみたいですよ……ふふっ、お嬢さん、大地の迷宮に興味がおありですかな?」
「いえ、ちょっと聞いてみただけです……」
「……そうですか……」
なぜかビルハッドは、残念そうな表情になっていた。
そして、通路に火を灯しながら歩いていると、彼は立ち止まった。
前を見ると、彼らの目の前に木の扉があった。
どうやらここで行き止まりのようだった。
「みなさん、ここが私の妻の部屋です」
そして、彼はドアをノックした。
「………メディア、彼らを連れてきたよ」
すると、扉の奥から声が聞こえた。
「ああ、待っていたよ。さっさと入りな!」
そして、4人は部屋へ入った。
入った途端、彼らは匂いの含んだ煙に包まれた。
それは、良い香りがした。
(……何かのお香なのかな?)
視界が悪い中を彼らは進んだ。
そして白い煙の中から僅かに見えたのは、本がぎっしりと詰まった本棚が、いくつもあるのが見えた。
本棚は全て、ここにいる誰よりも大きい棚だった。
(知らない名前の本ばかり……ちょっと見てみたいかも……)
それらを見たエルディアは、興味を惹かれたようだった。
そして、本棚の森の中を進むと、ようやくランタンの置かれた大きな机のある場所に辿り着いた。
(……ここなのかな?)
机の上には、本や資料が山のように積み上げられていた。
また、よく見ると、目の前にある椅子に座り足を組み、煙管(キセル)を吸いながら本を読んでいる、エルディアよりも背の低い老婆の姿が見えた。
(この人が?……)
エルディアは、その人物を見つめた。
やや癖のある白髪の人物で、鋭い大きな目をしていて、真っ赤な唇に、しわのある手を見ると、大きな宝石のついた指輪をいくつもしており、体には無数の星のある夜空を連想させるような柄の黒いローブを着ていた。
そして、そのローブは風も無いのにふわふわと揺れているのだった。
最初に夫であるビルハッドが話しかけた。
「メディア、お客さんを連れてきたよ」
そして、本に目を通していたその人物は、エルディア達へ視線を向けると、話しかけてきた。
「やっと来たのかい、遅いよ!あたしゃ、暇じゃないんだからね」
カーリオがすぐに謝っていた。
「これは申し訳ありません。私の名前は……」
彼が名前を名乗ろうとしたとき、メディアが口を挟んできた。
「知っているよ。カーリオって名前だろ、そっちの目つきの悪いのはクフィン。魔道師の女はエルディアってんだろ」
カーリオは驚いた。
「なんと……ご存知でしたか……しかし、それも占いで?」
「そんな細かいことまで分かるわけないだろ。外で黒いフクロウを見ただろ」
「……ラウルスのことですか?」
「そうさ、あのフクロウの目や耳はあたしが魔法を使うことで代わりに見聞きすることが出来るのさ」
エルディアは驚いた。
「そんなことが出来るんですか……」
彼女は、あのフクロウが自分を見ていたように見えたのも納得がいったのだった。
そして魔女メディアが、話を変えてきた。
「あたしは、大地の迷宮にすぐにでも行きたいんだよ。師匠からクエストを出されてね。それを達成しなければならないのさ」
師という言葉が気になったクフィンは尋ねた。
「師匠……と言うことは……あの大賢者も存在しているのか?」
吸っていたキセルを近くにあった灰皿に置き、魔女メディアは話した。
「……うちの師匠は、あまりこういったことは喋って欲しくないから少ししか話さないけど、3賢者全てがいるかどうかは、あたしでさえ分からないさ……だけど、少なくとも我が師、ベルキフォール・ラディンガーは存在するよ」
【ベルキフォール・ラディンガー】
エルガイアの古代世界に、あらゆる魔道の道を極めた者達がいた。
それが3賢者と言われる存在だった。
その内の1人が、この人物である。
現存する資料によると、彼はハイエルフの男で、古代の秘術により不老不死になったと言われている。
また、ハイエルフ達が創り上げた魔法の王国とドワーフ達の国との永きに渡る光の種族同士の戦いの時代があった。
その時に彼は、宮廷魔道師であり、軍師でもあった。
そして、その戦争の最中、彼は突如として姿を消したと言われている。
そして、夫であるビルハッドが、何か飲み物でも持ってくると言って部屋から出て行った。
先ほどメディアが話したことから、クフィンが気になったことがあったようだった。
「魔女よ、あなたは1人で迷宮に挑んでいるのか?」
クフィンの問いにメディアは、彼らから顔を逸らすと、天井を仰ぎ見た。
するとそこには、夜空の絵が一面に描かれており、星座がたくさん記されていた。
その天井を見ながら、遠くを見つめるような目になり、何かを思い出しているようだった。
「……そうだよ。もう随分も前から、この迷宮にずっと篭りきりさ……あたしは不死になったんだ。だけど、それは師匠のように完璧じゃないのさ」
それは魔法の契約によって、伴侶となる人物と同じ年齢の肉体になると言うものだった。
そうやって彼女は、この世界を生きていた。
「今の夫で12人目の夫なのさ。だけど、ちゃんとその人が死ぬまでは新しい夫は作らないんだ。それがあたしなりの礼儀ってもんでね。そして、その人を看取ったら、また新しい若い男と契約をして、若い肉体に戻り……それを繰り返し……そうやって、今日まで生き延びたんだ……我ながら欲深いと思うさ、はははっ!」
彼女は笑っていたが、目は笑っていなかった。
それは気の遠くなるような時間だった。
そして出会いと別れが、少なくとも11回はあったはずだ。
エルディアには、そこまですることの意味がわからなかった。
「そうまでして……一体何を?」
若い女魔道師の問いに、メディアは再び煙管に手を伸ばし、手に取ると答えた。
「……ん、4人目の賢者になることさ。そして……ふふっ……あとは秘密だよ」
そして、彼女は口と鼻から、煙を吐いた。
魔女の周りが煙で満たされた。
部屋の中は彼女の出した煙と焚かれている、お香の香りとが混ざっていた。
そして、魔女は先ほどより落ち着いたのか、表情を緩め、彼らに話しかけてきた。
「あんた達の話しを聞く前に……どうだい、そこのバルガの男。あたしの13番目の夫にならないかい?若返ったあたしは、とびっきりのいい女だよ、どうだい!」
クフィンは、フッと笑うとカーリオに話しかけていた。
「カーリオ、相手が見つかって良かったな。お前の求めている美人だそうだぞ」
そう言われたカーリオは、頭を掻きながら、遠慮がちに答えた。
「あははは……13と言う数字があまり好きではないので……それに暗い場所に篭りっきりは、性に合わないので遠慮しておきます。石の研究もありますし……」
この世界において、13と言う数字は忌み数(人々が住む社会において忌み嫌われる数)であった。
それは、古代の教典に13番目に書かれていたのが邪神だったからだと言われている。
「そうそうある話ではないぞ。遠慮するな、カーリオ」
自警団の青年にそう言われたカーリオは、小声で叫ぶと、クフィンの腕を肘で突付いた。
「……クフィン!」
魔女は少し不機嫌になったようだった。
「ふん、そうかい……」
それを見たエルディアは、魔女がクエストに協力してくれなかったらまずいと思い、カーリオに小声で話しかけた。
「カーリオ、ここは堪えて……そういう事には無理かな?……」
カーリオは、目を見開いて、驚いていた。
まさかエルディアからも言われるとは思わなかったからだ。
「エルちゃんまで……酷い……お2人とも他人事だと思って、あんまりじゃないですか……冗談の通じる相手ではありませんよ!」
すると、魔女は再び煙管を吸っていた。
そして、クフィンの方を見た。
「じゃあ、そっちの男はどうだい。悪くない面構えじゃないか」
だが、クフィンは迷うことなく、メディアに向かって答えていた。
「悪いが、俺には心に決めた女がいる……だから無理だ」
2人から断られた魔女は、さらに機嫌悪くしたようだった。
煙管の灰を灰皿に、叩き付けるように落としていた。
「へんっ!なんだい、魔女を自分の女しようって言う、肝の据わったのはいないのかい。昔は、たくさんの男どもが言い寄ってきたってのに、あたしが迷宮に篭っている間に腑抜けばかりになっちまってるみたいだね……甲斐性のない男たちだよ!」
その時、夫であるビルハッドが部屋に戻ってきていた。
「飲み物を持ってきたよ、メディア」
彼は飲み物を白いティーカップに入れて持ってきていた。
カップから白い湯気がでていた。
ビルハッドが持ってきてくれたことが嬉しかったのか、彼女は少し機嫌が戻ったようだった。
表情を緩ませ、彼に礼を言っていた。
「ありがとう、ビル。あんたはやっぱりいつも優しいね」
頼み事をするのは今だと思ったエルディアは、ローブの内ポケットから素描していた絵を取り出し、メディアに見せた。
「……あの、これが何か分かりますか?」
魔女はエルディアから、その絵を受け取った。
「……ん、これが、言っていた奴かい…………」
そして彼女は、しばらく黙って、その絵を食い入る様に見つめていた。
そんな彼女を見ていたエルディアは、出されたティーカップを手に取り、口をつけた。
知っている香りのする飲み物だった。
(爽やかで、とても口当たりが良い……これって、さっきの……?)
そして、エルディアはそれが何かに気づいた。
そんな彼女を見たビルハッドは、話しかけてきた。
「……気づきましたか、お嬢さん。それは、この島で取れたジャスミンを使って作った、ジャスミンティーです。美味しいだけでなく、気持ちを落ち着かせる効果もありますからね」
そう言って、彼は優しい笑みを浮かべ、片目を瞑って見せた。
どうやら、妻が気分屋であることを知っていて、タイミングを見計らって、飲み物を持ってきてくれたようだった。
エルディアは、それを理解し、礼を述べた。
「とても、美味しいです。ありがとう……」
「いやいや、お気に召したのなら、なりよりです……ふふっ……」
ビルハッドは、紳士的な優しさを持った人物のようだった。
きっとそう言う部分を気に入って、メディアは彼を12番目の夫にしたのだろうと、エルディアは思った。
そして、エルディアが渡した絵を見ていたメディアが、何かを呟いた。
「……見たことのない魔物だねぇ……だけど、デビルスター(五芒星の上下を逆さにしたもの)が無いところを見ると、恐らく下級の悪魔族だろうね」
それを聞いたカーリオが残念そうにしていた。
「そうですか……魔女の知識を以ってしても、わかりませんか……」
しかし、魔女は何か方法があるようだった。
「安心しな、それに関連する本は持ってるよ。……どこだったかねぇ……ちょっと探して来るか……」
そう言って彼女は、席を立とうとした。
その時、先ほど彼女が読んでいた本の中が見えた。
そこに描かれていた一つの絵に、クフィンが思わず声を出した。
「……あれは、どこかで見たな……」
魔女が振り返り、クフィンに話しかけた。
「……ほう。あんた、これをどこかで見たのかい?」
クフィンは思い出したようだった。
「―――思い出したぞ!それは、ここに来る前にエレーナが持っていた鏡だ」
魔女メディアが読んでいた本に描かれていた絵は、エレーナが持っていた鏡と同じ物であった。
クフィンは気になったのでメディアに尋ねていた。
「メディアよ、その鏡は一体なんなのだ?」
彼女は、絵が描かれたページを手で押さえながら話した。
「こいつはね、北東の新大陸で発見され、元々あたしの所に送られるはずだった物さ……だけど、盗賊団に奪われちまったって聞いたね」
「……と言うことはエレーナの奴、闇市に行っていたな……あいつ……」
クフィンは苦々しくつぶやいていた。
そして魔女は鏡について話した。
「これはね、『ニトクリスの鏡』ってもんだ」
その名前を聞いたエルディアとカーリオは、驚いた。
「―――ニトクリス!」
「……魔物が鏡の中にいると言う、あの鏡ですか!?」
「そうだ。……だけど、レプリカがたくさんあってね。あたしも何枚か持ってるんだけど、全部複製品だ……本物は中々見つからないのさ」
「では、マキュベル嬢が持っている物も、その可能性が高いですかね?」
「さあ、どうだろうねぇ。複製品であっても、霊力が強いのがあるし、色々な効果を持たせてあるみたいだよ。今あたしが、攻略している迷宮の階層に、必要でね。出来ればそのお嬢ちゃんから譲ってきて欲しいねぇ。金はいくらでも払うよ」
そう言って魔女は、1人で魔族に関する本を取りに行くと言い残し、奥の部屋へ向かって行った。
そして、ビルハッドも寝ると言って部屋から出て行った。
残された3人は、エレーナの事を話していた。
「帰ったら、俺がエレーナの奴から、あの鏡を取り上げることにする」
「しかし、なぜ、あのような危険な物を、彼女は……」
「エレーナには、分からなかったんだと思う……ただの鏡に見えたんじゃないかな?」
「俺が見た限りでは、少し薄気味悪い程度の物にしか見えなかった……」
「とにかく、マキュベル嬢からは、遠ざけた方がいいですね」
「ああ、分かっている……」
そして、しばらくしてから、魔女はエルディアたちのいる部屋に戻ってきた。
彼女の手には、一冊の本と淡い青色の布に包まれ、片手で持てるほどの大きさの物があった。
魔女は部屋に入ると、すぐに椅子に座った。
「……よいっしょっと……ふう……言っとくけど、この本に載ってなかったら、あたしにもわからないね。悪いけど、その時は帰ってもらうよ」
エルディアが答えた。
「はい、分かっています……(あるといいけど……)」
そして魔女は本を手に取った。
表紙には、『闇と邂逅した者』と書かれていた。
著者のところは、なぜか消えていた。
そしてメディアは、その本をめくり始めた。
エルディアたちも魔女と一緒になり、その本の中を見ていた。
中は黄ばみ、所々破れていて、かなり古い書物のようだった。
そして本の中には、様々な悪魔の絵が描かれていた。
鋭い爪を持った者、大きな漆黒の翼を持った悪魔や長い舌を持ち、たくさんの眼を持った者、人と変わらぬ姿をした者など、大きさも姿かたちも違うものが、かなりの数存在するようだった。
エルディアとカーリオは、関心しながら見ていた。
「これが、魔族……」
「結構色々いるんですねぇ……」
「そりゃそうさ、光の種族と同等に戦ったんだからね。それなりにいるさ……あたしも遥か昔に何度か戦ったことがあるんだ」
そんな2人とは対照的に、クフィンは険しい顔で本の中を見ていた。
「そうなのか……」
「残忍で無慈悲な奴らだよ。だからこそ、悪魔と言われるのさ……」
そして、ついに、エルディアが描いた絵と同じ、姿が描かれたページに彼らはたどり着いた。
最初に気づいたのは、エルディアだった。
指を指し、思わず叫んだ。
「―――あ、それかも!」
皆、彼女が指差した絵を見た。
カーリオとクフィンもそれを見て、確信をもって言っていた。
「……これですね……」
「間違いない……」
「なるほど、これかい……」
名前のところを読むと、『アルプ』と書かれていた。
【アルプ】
ドワーフとエルフの間に生まれ、闇に堕ちた霊体の下級悪魔。
上位の悪魔バアルゼブブに仕え、その時に忠誠の証として虫のような姿になった。
夢魔の一種でもあり、主に寝ている女性に取り付き、その者を意のままに操ることができる。
魔女は絵を見ながら腕を組み、彼らに話した。
「こいつ自体は大したことは無いみたいだね。だけど、強い者に取り付いたなら、少々やっかいなことになるかもしれないよ」
下級悪魔の説明を見た3人は、新たな疑問にぶつかることになった。
「女に取り付くのか……」
「そうなら、クリス・ヴィガルが呼び出した後、誰かに取り付いたの?」
「うーん、その可能性が高いのかもしれませんね……」
「しかし、取り付いて何かすることでもあるのか?」
「それはその悪魔に聞いてみないとわからないだろうさ。まあ、ろくでもないことに変わりはないはずだよ」
呼び出された後の、アルプは一体どこへ行ったのか?
そのことに考えを巡らせるが、今の情報だけでは分からないのが現状のようだった。
そして、クフィンがどうすればいいのか、皆に聞いていた。
「問題は、もし誰かに取り付いていたのなら、対処をどうする?……」
「取り付いた者を見分ける方法とかってあるのかな?」
本には、対処の仕方や弱点などは、書いていなかった。
「魔女様、何かご存知でしょうか?」
カーリオに尋ねられたメディアは、夫の淹れたジャスミンティーの残りを飲み干してから答えた。
「……一番簡単なのは、『エクソシスト』に頼むことだね。レイアークには確か、ヴァベルの一族がいただろ」
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