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第十七話 3
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カーリオが辺りを見回していた。
「そう言えば、鑑定書はどこでしょうか……」
エルディアは、机を指差した。
「確か机に……あっ……」
しかし、無いことに気が付いた。
クフィンが床に落ちていた焦げた紙を手に取っていた。
「……これか?」
どうやら鑑定書は、燃えてしまっていたようだった。
「何が書いてあったのか。気になりますね……」
「これでは、どうしようもない……」
エルディアは、自分があのときに見た場所を思い出そうとしていた。
「……あの紙に書いてあった名前のところだけ見たわ……確か……『カロンの杖』と書いてあった……」
「カロン……」
その名前をカーリオが、自分が知っている事を話していた。
「冥界の河にいて、死者の霊を船で運ぶと言う、あのカロンなのでしょうか?」
「わからないわ……それより、学院長のことを早く誰かに知らせないと……」
「そうだったな……」
3人は、オイゲルの遺体を見た。
ただの商人であったこの男では、何もすることが出来ずに命を失ったのだろうとエルディア達は思った。
「魔法が使えていれば、何か出来ていただろうにな……」
「まあ、お金を貯めても、使えませんからね……敵にも……そして、あの世でも……」
エルディアは学院長の冥福を祈ると共に、感謝もしていた。
(少なくとも、私にとっては良い人だったわ……クエストの点数を多めに付けてくれたのだから……)
「しかし、なぜこの家にポルターガイストがいたんでしょうか?」
カーリオの問いにクフィンは、俯きながら軽く頭を振っていた。
「ダメだ……体が正直だるい……頭もあまり働く気にならん……」
「そうですね……今は一時の休息が何より必要ですかね……」
「とにかく、ここを出よう……」
「ええ、そうしましょう」
そして、クフィンがドアノブに手を付け、開くかどうか確認していた。
「……大丈夫だ。外へ出られるぞ!」
3人は、すぐに学院長の家から外へ出た。
「とりあえず、俺は自警団にこのことを知らせてくる」
「わかりました。では、私とエルちゃんは学校の先生にでも、この事実を話してきますね」
「そうしてくれ……」
「大変なことになりそうですね……」
「……そうね……」
3人は色々一瞬考えてしまった。
無言になっていた。
そしてクフィンが、その沈黙を破った。
「とにかく、すぐに行動しよう。そしてその後、休んでからどうするか、俺たちも決めるとしよう……」
「ええ……そうね……私ももうすぐ限界かも……ちょっと新しい魔法で魔力を使いすぎたわ……」
「大丈夫か?……後は俺とカーリオでやっておく、お前は……」
エルディアは遮るように、クフィンに言った。
「3人でやると決めたのよ。私だけ休むことはしないわ……大丈夫よ」
彼女の強い意志を感じたクフィンは言うのを止めた。
「そうか……わかった」
そして、クフィンはカーリオを見た。
カーリオは、クフィンの言いたいことを理解していた。
(ええ、わかっていますよ、クフィン。すぐに終わらせますよ……私も、少々疲れてきましたからね……)
2人は無言で頷くと、クフィンは歩き出した。
「じゃあ、休んだらまたな……」
「ええ、クフィンもちゃんと休んで……」
そして、エルディアは、クフィンと別れた。
「エルちゃん、私達も行きましょう」
「うん……」
エルディアとカーリオは学院へ向かった。
エルディアたちが学院へ向かっている中、クフィンはエレーナの事を思い出し、彼女の実家へ向かっていた。
(……そうだ、あいつの鏡のことを忘れていた……ここから近いから寄っていくか……)
そして、エレーナに会おうとしたが、彼女は外出中とのことだった。
クフィンは、鏡の事をマキュベル家の使用人に説明し、エレーナが帰ってきたら、自警団に届けるように言った。
しかし、鏡はクフィンがこの町を出ようとした時にエレーナと再開し、そして別れた後に、すぐに彼女はフードで顔を隠した何者かに襲われ、鏡を盗られていたと言うことだった。
エレーナには幸い怪我は無かったようだった。
彼女は、基本は学院の寮に住んでいたが、親から学院に働きかけがあり、週に何回かは、実家で過ごすことを許されていた。
大事なものや高価な物は、実家の自分の部屋に置いていることを、クフィンは知っていたため、この家に寄っていたのだった。
(……あの鏡……盗られていたのか……どういうことだ?……)
そして、クフィンは自警団に知らせるために、本部のある町の中央へ向かった。
町の中を歩くと、もうすぐ始まる祭りのために、いつもと違う賑わいがあった。
いつもは、落ち着いた感じの町だった。
だが、レイアークの町は準備のために皆忙しそうに、自分の家の飾りつけや、かがり火のための木を運び、いつでも祭りが始められるように人々は動いていた。
また、休憩がてら人が集まって話しをしていたりしているところもあった。
そんな雰囲気の中、クフィンが歩いていると横から声がかかった。
「おい、クフィン・ダルグレン!」
クフィンは、名を呼ばれたので振り返った。
「……なんだ?」
振り返ると片腕の無い、無精ひげの中年の男がいた。
金属の鎧を着て、腰にはシャムシールと言われる僅かに曲がった細い刃をもった刀剣があった。
その男は、クフィンの同僚の『デニス・ワーロン』と言う者だった。
彼は元々冒険者だったが、聖石で霧を払っていく中で、魔物と遭遇し、その戦闘で腕を失う怪我をしてしまった。
そのため、冒険者を諦め、自警団に入っていた。
デニスは、にやけながらクフィンに話しかけていた。
「クフィン……お前の……いや、ふふっ、自警将殿がお前を呼んでいたぞ」
「そうか……ちょうど行こうと思っていたところだ……」
そしてクフィンが、自警団の本部へ向かおうとしたとき、デニスが彼の肩に手を置き、話しかけてきた。
「それより、エレーナさんとは、上手くいっているのか?」
デニスの口から酒の匂いがした。
どうやら勤務中に、酒を飲んでいたようだった。
クフィンはそれもあってか、眉をひそめながら答えた。
「エレーナ?……あいつの事など知らん……」
彼の答えに、デニスは驚いていた。
「おいおい……まだものにしてなかったのかよ!みんな彼女を狙っているんだぜ?」
「だからどうした。お前らで勝手にやっていればいいだろ」
クフィンのやる気の無い答えに、デニスの顔から笑みが消えた。
「相変わらずだな、お前は……。何度も言うが、彼女をものに出来れば、莫大な財産が手に入るんだぞ。それに、綺麗な良い女じゃねぇか。何が不満だってんだ?」
「なぜ、そんな事を俺に聞く?お前には関係ないだろ。それに今はクエスト中だ」
クフィンが言ったことに、デニスは呆れていた。
深くため息を付き、再び彼の肩を軽く叩いていた。
「はあぁぁ……。しょうがねぇやろうだ……。美女が金貨の詰まった袋を持って近づいて来てるんだぜ?それを、手に入れねぇって……正気かよ……お前……」
「……デニス。悪いがそんな下らん話なら、俺はもう行くぞ」
夜も寝ることなくここから南へ向かい、その途中で盗賊と戦い、そして用事を済ませ、帰ってくると今度は、先ほどまで悪霊と再び戦闘もしていた。
すぐにでも休みたかったクフィンは、うんざりした表情で歩き出した。
そんな彼の背中に向かってデニスは、声をかけていた。
「そうかよ……だけど、そんな事言ってられるのは、彼女が誰かのものになるまでだぜ?」
クフィンは立ち止まり、顔を横に向け、デニスに向かって話した。
「……もうすぐ、祭り以外の事で忙しくなるはずだ。だから、酒は止めておけ……死ぬかも知れんぞ?」
「なんだそりゃ……とにかく、お前には言っておいたからな!」
そう言うとデニスは、クフィンとは反対の方へ向かって歩き出した。
片腕の自警団の男は、歩きながら色々と考えていた。
(馬鹿な野郎だ……こんなあり得ない美味しい話を捨てるってのか?はっ!狂ってやがるぜ……)
そしてデニスは何かを思い出したのか、突然、不敵な笑みを浮かべると振り返り、クフィンの背中を見つめていた。
(エレーナお嬢さん……クフィンは、あんたに気はないみたいですぜ?……まあ、俺はちゃんと言いましたよ……あいつに……ふふっ……)
彼はエレーナに会い、定期的にクフィンの情報を売っていた。
そして、エレーナの事も焚き付ける様に言われていたのだった。
クフィンは、自警団の本部の一室で上司と会っていた。
彼の名前は『ジェラルド・ダルグレン』と言った。
ジェラルドは、クフィンの実の父親だった。
そして彼は、このゾイル地域を守る自警団の最高責任者でもあった。
大きな重量感のある机の近くの椅子に座っていて、クフィンはその前に立っていた。
白髪の混じった髪の細身の男で、クフィンと同じような鋭い目を持ち、目尻にはシワがあった。
そして黒いコートを着て、首には白いスカーフのような幅広のタイを巻いていた。
厳格な男で、感情を普段はあまり表に出さない人物だった。
自警将と言う地位にあり、クエストから帰ってきたクフィンから、報告を受けていた。
クフィンの話を聞き終わったジェラルドは、紙に何かを書いていた。
そしてそれを書き終えると、クフィンに話しかけた。
「……なるほど、大体の状況はわかった。ヴァベルの教会にも、誰かを送って協力を仰ぐことにしておこう……しかし、ヴィガル商会か……」
自警団の中で犯罪捜査を主にやっている者達から上がってくる情報の中に、ヴィガル商会の名が良く出ていたことから、ジェラルドはあまり良い印象をこの商会に元々もっていなかった。
(問題の多いところだ……やはりこうなったら、これを期にこの商会を……)
そう思ったとき、クフィンが部屋を出ようとしたため、彼は呼び止めた。
「……待て、クフィン。話はまだ終わっていないぞ」
クフィンは、振り返ると、感情の無い声で聞いていた。
「……まだ、何か?」
「ここからは、お前の上司として、そして親として、お前に話しがある」
クフィンは、一瞬目を細めたが、すぐに元の状態に戻り、父に尋ねた。
「(また面倒な話か?……)なんですか?」
ジェラルドは立ち上がると後ろにあったカーテンを開け、外の景色を見ながら息子に話しかけていた。
「マキュベル邸でヴァルプルギスの夜に開催されるパーティーに、お前も私と共に出席するんだ」
クフィンは嫌そうに感情を顔に出し、聞いていた。
「……なぜ私が?」
「マキュベルさんからのご指名だ。お前にも出て欲しいとな……」
そこでクフィンは、思い当たることがあった。
(……エレーナの奴か、あいつ……余計なことを!)
どうやらエレーナは、父親に自警団に働きかけるように頼んでいたようだった。
「クフィン、そう嫌がるな……お前も分かっているだろう……私が出世するには、莫大な資金が必要なのだ!」
珍しくクフィンの父は感情を高ぶらせ、息子に話しかけていた。
クフィンは忌々しげに、ジェラルドを見つめていた。
(また、その話か……)
クフィンの父親にとって出世は、何よりも大切なものだった。
そして、家庭を顧みることなく、彼は熱心に仕事をこなし、上へ上へと出世していった。
クフィンが小さなときから、彼は家にいることが無かった。
だから、母親と2人だった。
しかし、母も寂しさからか、夫の部下である若い団員と駆け落ち同然で家を出て、西のラーケルへ向かったと言うことだった。
少年だったクフィンは、たまに帰ってくる父親と生活することになった。
そして妻が出て行ってからのジェラルドは、更に仕事に邁進することになった。
そんな中クフィンは、最初寂しい思いがあったが、いつの間にか彼はその生活に慣れ、むしろそれが心地よいとさえ思うようになっていた。
だから、彼は1人で居る事を好んでいた。
そして、そのまま彼は心に未発達な部分をかかえたまま成長し、現在に至っていた。
しかし、そんな彼であっても、一応母親の所在が気になったことがあり、冒険者となったときにラーケルへ行き、母を捜した。
だが、母はどこにもいなかった。
その後、風の噂で聞いたところによると、島の西にある新大陸エルフィニアへ渡ったと言うことだった。
そして、彼やジェラルドが知らない事実があった。
それは、ユラトとデュランが馬に乗り、ダイアーウルフと思われる敵の群れから、なんとか逃げおおせ、そしてシルドナで一泊し、町を出ようとしたときに見た遺体が、実はクフィンの母とその愛人だった。
母は既に他界していることを、2人は知らなかった。
クフィンは父親を見つめながら、心で叫んでいた。
(いつもあなたが、そんなだから……母は出て行ったんだ……なぜそれがわからない!)
父はそんなクフィンの思いを無視して、話を続けていた。
「西の自警将に僅差で競り合っていたと言うのに……北東で新大陸が発見されてからは……私が一番、団長から遠のいてしまった……なんてことだ……」
ジェラルドはカーテンを握りしめ、悔しそうにしていた。
そして、息子の方へ静かに顔を向けた。
「挽回するためにも、金がいる……マキュベルさんは、この自警団最大の支援者でもある……だから、お前はエレーナと結ばれるんだ。彼女もまんざらではなかったはずだ……それに、お前がなぜこのレイアークの町の配属になれたのかを考えろ」
「それは……」
本来ならば、若く動ける団員は、ほとんどが新大陸の配属になっていた。
なぜなら新大陸では、魔物が襲ってきたり、治安が悪いことが島よりも遥かに多いためだった。
クフィンは適当に毎日を過ごせればいいと思い、この比較的安全なレイアークの町で働けるようにしてもらっていた。
(そうだったな……俺は、この人のおかげで、ここで生きて来れたんだ……)
反論しようと思ったが彼は言えなくなっていた。
(この男の手の平から出て、自らの足で歩かない限りは……か……)
そして、ジェラルドは表情を普段どおりに戻すと、息子に力強く言い放った。
「クフィン・ダルグレン自警曹。君は、ヴァルブルギスの夜にマキュベル氏が開催するパーティーに自警団の代表の一人として、支援者と親睦を深めるために出席せよ。これは命令だ!」
クフィンは力無く答えた。
「……了解しました」
クフィンは部屋の出口へ向かって歩きながら考えていた。
人は、自分の思い通りに生きることは出来ない。
社会の中で生活するためには、様々なしがらみがあった。
彼が部屋を出たとき、クフィンの目に生気はなかった。
それはまるで、エルディアと出会う前の彼そのものだった。
自らの栄達のみを考えていたジェラルドは、この部屋に入ってきたときの息子の活き活きとした表情から、彼の心の成長を感じ取ることが出来なかったようだった。
クフィンが出て行った後、ジェラルドはほくそ笑んでいた。
(息子がエレーナと結ばれれば……金が手に入る……そうなれば……ふふふ……団長の地位は……私のものだ!)
そしてゾイル地域の自警団から、2つの事実が公表された。
一つは、レイアークのラドルフィア魔法学院の学院長オイゲル・ラドラーが自宅の書斎の中で死体で発見され、何者かによって殺害されたおそれがあると言うこと。
もう一つは、悪魔が何者かによって呼び出された可能性があるということだった。
そして、悪魔に関しては、女性に取りつく悪魔であるため、破邪の効果のある物や銀製品を身につけるようにと、自警団から注意が喚起された。
その事を聞きつけた大地の神殿の人々が、協力を申し出た。
彼らはすぐに、銀製品などをもっていない女性に対して、小さな聖石を配った。
こうして、この情報は島全土を駆け巡った。
そして、島だけでは収まりきらず、西にあるエルフィニア大陸にも渡り、そこからさらに黒い霧を払いながら、ハイエルフの国を探している冒険者の下へも、この情報は届けられていた。
ダリオ・ジレストが見た情報とは、このことだった。
そしてダリオから、食事をするところで談笑をしていたユラト達にも、その情報はもたらされた。
ウディル村でユラト・ファルゼインが聞いたのは、この事だった。
学院で副学院長を探したが、その人物は町を出ていたとのことだったので、エルディアとカーリオは学院内で教師を見つけ、その事実を告げ、その後、カーリオと別れ、エルディアは寮の部屋に戻り、そしてすぐにベッドへ倒れこんだ。
彼女は、そのまま軽い熱を出し、寝込んだ。
また、クフィンやカーリオも自分の部屋に戻ると、疲労から死んだように深い眠りについていた。
エルディアは、夢を見ていた。
彼女は、赤い三日月の出ている夜空を飛んでいた。
自身の姿は見えなかったが、凄い勢いで赤い三日月に向かって進んでいた。
(……ここは?……)
エルディアは、辺りを見た。
どこまでも雲が続き、夜空が広がり、彼女の進む先に三日月があるだけだった。
星々を見ると月と同じように、赤く輝いていた。
そして自分のすぐ下には、月光に照らされた赤い雲が広がり、その雲を掻き分けるように風を感じながら飛んでいた。
しばらく風に身を任せて飛んでいると、体が突然、雲の下へ高度を下げ出した。
(……どこへ?……)
そして、雲の下には、真っ暗な闇の空間が広がっていた。
そこを今度は進むことになった。
どこまでも続く、闇の空間。
(……暗黒世界?)
しばらくすると、その空間に大きな渦が、うねりながら現れた。
その渦を見た彼女は驚いた。
(―――この渦は!?)
エルディアには、見覚えがあった。
それは魔女メディアが、レムリアンクリスタルの水晶球で見せた、あの渦だった。
なんと、そこへ彼女は吸い込まれ始めた。
(どういうこと?……)
すると、彼女の脳裏に映像が流れる。
それは、ユラトが女の子を背負って、森の中を走っている姿だった。
彼は必死の形相だった。
(―――ユラト!)
エルディアは、思わず彼の名を叫んだ。
しかし、彼には聞こえていないようだった。
エルディアは、渦の中へ入ろうと思い、心の中で必死に念じた。
(……あそこへ行こう!)
だが、そこから彼女の体は一向に進まなかった。
夢の中で彼女は手を伸ばし叫んだ。
(―――お願い、彼に会わせて!)
そこで、彼女は夢から目が覚めた。
エルディアはベッドに仰向けで寝ていて、右手で何かを掴むように天井へ向けていた。
彼女はその手を呆然と見ていた。
(……あれは……一体……)
夢の事を考えようと思った時、横から僅かな声が聞こえた。
「う~ん……」
そして声のした方を見た。
彼女の横でうずくまる様に寝ている者がいた。
(シュリン……ずっと、看病していてくれたのね……)
どうやらシュリンが、発熱したエルディアを気遣って看病してくれたいたようだった。
エルディアは、感謝の気持ちを込めてシュリンの頭を撫でた。
(シュリン……ありがとう……)
彼女の綺麗な銀色の髪が、さらさらと流れ落ちた。
そして、エルディアは彼女のある部分を険しい表情で見つめていた。
それは、彼女の耳だった。
なんとシュリンの耳は通常の人よりも長く、そして先が尖っていたのだった。
エルディアがこのことに気が付いたのは、彼女と一緒の部屋で暮らすようになってから、一月ほど経ったときのことだった。
その日は、2人で話が盛り上がり、ついつい夜遅くまで話し込んでしまっていた。
そして彼女は、途中でエルディアのベッドで寝込んでしまった。
エルディアは、彼女をシュリンのベッドまで運ぼうとしたとき、髪の中から鋭く尖った耳が出てきたので驚いた。
「え!?……」
そして、その声に気づいたシュリンが目を覚ました。
驚いているエルディアを見たシュリンは口をあけ、はっとなっていた。
「―――っ!」
そして、すぐに自分で立ち上がると、怯えるようにエルディアにすがり付き、誰にも言わないで欲しいと言って来た。
どうやら、彼女にとって秘密にしておきたいことのようだった。
(シュリン……)
エルディアは、そんな怯えて震えている彼女を抱きしめ、耳元で静かに言った。
「大丈夫……絶対に誰にも言わないわ……だから安心して……」
シュリンは、顔をエルディアの胸に埋めたまま、尋ねていた。
「……本当ですか?……」
「ええ、本当よ。誰にでも秘密にしておきたいことの一つや二つぐらいあるはずよ……それに、私には喋る相手、シュリンしかいないもの……」
シュリンは顔を上げ、笑顔に戻った。
「そんなことありませんよ!クフィンさんやカーリオさんもいるじゃないですか!……でも……ありがとうございます……このことを知っているのは、母と兄貴と先輩だけなんです……」
「……そう……じゃあ、私も故郷の事、あなたに話すわ……これでおあいこ……」
「いいんですか!?」
「ええ……」
この日から2人は、友人から姉妹のように何でも話し合える間柄となった。
そしてエルディアは、彼女の耳のことは、「墓場まで持っていこう」と心に決めていた。
シュリンは、寝言を呟いていた。
「お母さんも……これで早く初孫が……見れそうね」
シュリンは、夢の中でデュランに皮肉を言っていたようだった。
しかし、エルディアは、それを知らないため、相手と一緒にいる彼女が、母親と話しをしているのだと思っていた。
(ふふ……シュリン……まだ相手いないでしょ……)
そして、再びエルディアは、眠りに付いた。
目を覚ましたカーリオは、その頃、学院長の持っていた杖のことを調べていた。
しかし、どこの研究部屋へ尋ねても、誰も知らないようだった。
(おかしいですね……誰も知らないみたいですが……彼は誰に調べてもらっていたんでしょうか?)
そしてクフィンは、自警団員として、日々の業務をこなしていた。
また、自警団は、クフィンから報告があった、クリス・ヴィガルを呼び、聴取を行った。
彼は、何度か本に書かれていた事を実行したが、呼ぶことが出来なかったようだった。
そして、その本は何者かによって、エレーナと同じく、外套に身を包んだ者に奪われてしまったと、自警団に話した。
もっと話を聞こうとしたが、すぐに彼の父親がコネを使い、圧力をかけてきて、息子を即時釈放するように言ってきた。
そのため、それ以上は聞くことが出来なかった。
そして、祭りの時刻が近づき始めていた。
エルディアが体調を元に戻し、目を覚ましたのは、そろそろ祭りが始まる頃だった。
起き上がり、服を着替えると、エルディアの机に書置きがあった。
「エル先輩。ミレイちゃんと、先に祭りに行ってきます。先輩も後で!」
どうやらシュリンは、先に祭りに行ったようだった。
そしてエルディアは、準備を済ませ、部屋から出た。
(私も行きたいけど……やっぱり、あの杖のことカーリオが調べているだろうから、まずはそれを聞いてから……)
謎を多く残したまま、春の豊穣を祝う祭りが始まろうとしていた……。
「そう言えば、鑑定書はどこでしょうか……」
エルディアは、机を指差した。
「確か机に……あっ……」
しかし、無いことに気が付いた。
クフィンが床に落ちていた焦げた紙を手に取っていた。
「……これか?」
どうやら鑑定書は、燃えてしまっていたようだった。
「何が書いてあったのか。気になりますね……」
「これでは、どうしようもない……」
エルディアは、自分があのときに見た場所を思い出そうとしていた。
「……あの紙に書いてあった名前のところだけ見たわ……確か……『カロンの杖』と書いてあった……」
「カロン……」
その名前をカーリオが、自分が知っている事を話していた。
「冥界の河にいて、死者の霊を船で運ぶと言う、あのカロンなのでしょうか?」
「わからないわ……それより、学院長のことを早く誰かに知らせないと……」
「そうだったな……」
3人は、オイゲルの遺体を見た。
ただの商人であったこの男では、何もすることが出来ずに命を失ったのだろうとエルディア達は思った。
「魔法が使えていれば、何か出来ていただろうにな……」
「まあ、お金を貯めても、使えませんからね……敵にも……そして、あの世でも……」
エルディアは学院長の冥福を祈ると共に、感謝もしていた。
(少なくとも、私にとっては良い人だったわ……クエストの点数を多めに付けてくれたのだから……)
「しかし、なぜこの家にポルターガイストがいたんでしょうか?」
カーリオの問いにクフィンは、俯きながら軽く頭を振っていた。
「ダメだ……体が正直だるい……頭もあまり働く気にならん……」
「そうですね……今は一時の休息が何より必要ですかね……」
「とにかく、ここを出よう……」
「ええ、そうしましょう」
そして、クフィンがドアノブに手を付け、開くかどうか確認していた。
「……大丈夫だ。外へ出られるぞ!」
3人は、すぐに学院長の家から外へ出た。
「とりあえず、俺は自警団にこのことを知らせてくる」
「わかりました。では、私とエルちゃんは学校の先生にでも、この事実を話してきますね」
「そうしてくれ……」
「大変なことになりそうですね……」
「……そうね……」
3人は色々一瞬考えてしまった。
無言になっていた。
そしてクフィンが、その沈黙を破った。
「とにかく、すぐに行動しよう。そしてその後、休んでからどうするか、俺たちも決めるとしよう……」
「ええ……そうね……私ももうすぐ限界かも……ちょっと新しい魔法で魔力を使いすぎたわ……」
「大丈夫か?……後は俺とカーリオでやっておく、お前は……」
エルディアは遮るように、クフィンに言った。
「3人でやると決めたのよ。私だけ休むことはしないわ……大丈夫よ」
彼女の強い意志を感じたクフィンは言うのを止めた。
「そうか……わかった」
そして、クフィンはカーリオを見た。
カーリオは、クフィンの言いたいことを理解していた。
(ええ、わかっていますよ、クフィン。すぐに終わらせますよ……私も、少々疲れてきましたからね……)
2人は無言で頷くと、クフィンは歩き出した。
「じゃあ、休んだらまたな……」
「ええ、クフィンもちゃんと休んで……」
そして、エルディアは、クフィンと別れた。
「エルちゃん、私達も行きましょう」
「うん……」
エルディアとカーリオは学院へ向かった。
エルディアたちが学院へ向かっている中、クフィンはエレーナの事を思い出し、彼女の実家へ向かっていた。
(……そうだ、あいつの鏡のことを忘れていた……ここから近いから寄っていくか……)
そして、エレーナに会おうとしたが、彼女は外出中とのことだった。
クフィンは、鏡の事をマキュベル家の使用人に説明し、エレーナが帰ってきたら、自警団に届けるように言った。
しかし、鏡はクフィンがこの町を出ようとした時にエレーナと再開し、そして別れた後に、すぐに彼女はフードで顔を隠した何者かに襲われ、鏡を盗られていたと言うことだった。
エレーナには幸い怪我は無かったようだった。
彼女は、基本は学院の寮に住んでいたが、親から学院に働きかけがあり、週に何回かは、実家で過ごすことを許されていた。
大事なものや高価な物は、実家の自分の部屋に置いていることを、クフィンは知っていたため、この家に寄っていたのだった。
(……あの鏡……盗られていたのか……どういうことだ?……)
そして、クフィンは自警団に知らせるために、本部のある町の中央へ向かった。
町の中を歩くと、もうすぐ始まる祭りのために、いつもと違う賑わいがあった。
いつもは、落ち着いた感じの町だった。
だが、レイアークの町は準備のために皆忙しそうに、自分の家の飾りつけや、かがり火のための木を運び、いつでも祭りが始められるように人々は動いていた。
また、休憩がてら人が集まって話しをしていたりしているところもあった。
そんな雰囲気の中、クフィンが歩いていると横から声がかかった。
「おい、クフィン・ダルグレン!」
クフィンは、名を呼ばれたので振り返った。
「……なんだ?」
振り返ると片腕の無い、無精ひげの中年の男がいた。
金属の鎧を着て、腰にはシャムシールと言われる僅かに曲がった細い刃をもった刀剣があった。
その男は、クフィンの同僚の『デニス・ワーロン』と言う者だった。
彼は元々冒険者だったが、聖石で霧を払っていく中で、魔物と遭遇し、その戦闘で腕を失う怪我をしてしまった。
そのため、冒険者を諦め、自警団に入っていた。
デニスは、にやけながらクフィンに話しかけていた。
「クフィン……お前の……いや、ふふっ、自警将殿がお前を呼んでいたぞ」
「そうか……ちょうど行こうと思っていたところだ……」
そしてクフィンが、自警団の本部へ向かおうとしたとき、デニスが彼の肩に手を置き、話しかけてきた。
「それより、エレーナさんとは、上手くいっているのか?」
デニスの口から酒の匂いがした。
どうやら勤務中に、酒を飲んでいたようだった。
クフィンはそれもあってか、眉をひそめながら答えた。
「エレーナ?……あいつの事など知らん……」
彼の答えに、デニスは驚いていた。
「おいおい……まだものにしてなかったのかよ!みんな彼女を狙っているんだぜ?」
「だからどうした。お前らで勝手にやっていればいいだろ」
クフィンのやる気の無い答えに、デニスの顔から笑みが消えた。
「相変わらずだな、お前は……。何度も言うが、彼女をものに出来れば、莫大な財産が手に入るんだぞ。それに、綺麗な良い女じゃねぇか。何が不満だってんだ?」
「なぜ、そんな事を俺に聞く?お前には関係ないだろ。それに今はクエスト中だ」
クフィンが言ったことに、デニスは呆れていた。
深くため息を付き、再び彼の肩を軽く叩いていた。
「はあぁぁ……。しょうがねぇやろうだ……。美女が金貨の詰まった袋を持って近づいて来てるんだぜ?それを、手に入れねぇって……正気かよ……お前……」
「……デニス。悪いがそんな下らん話なら、俺はもう行くぞ」
夜も寝ることなくここから南へ向かい、その途中で盗賊と戦い、そして用事を済ませ、帰ってくると今度は、先ほどまで悪霊と再び戦闘もしていた。
すぐにでも休みたかったクフィンは、うんざりした表情で歩き出した。
そんな彼の背中に向かってデニスは、声をかけていた。
「そうかよ……だけど、そんな事言ってられるのは、彼女が誰かのものになるまでだぜ?」
クフィンは立ち止まり、顔を横に向け、デニスに向かって話した。
「……もうすぐ、祭り以外の事で忙しくなるはずだ。だから、酒は止めておけ……死ぬかも知れんぞ?」
「なんだそりゃ……とにかく、お前には言っておいたからな!」
そう言うとデニスは、クフィンとは反対の方へ向かって歩き出した。
片腕の自警団の男は、歩きながら色々と考えていた。
(馬鹿な野郎だ……こんなあり得ない美味しい話を捨てるってのか?はっ!狂ってやがるぜ……)
そしてデニスは何かを思い出したのか、突然、不敵な笑みを浮かべると振り返り、クフィンの背中を見つめていた。
(エレーナお嬢さん……クフィンは、あんたに気はないみたいですぜ?……まあ、俺はちゃんと言いましたよ……あいつに……ふふっ……)
彼はエレーナに会い、定期的にクフィンの情報を売っていた。
そして、エレーナの事も焚き付ける様に言われていたのだった。
クフィンは、自警団の本部の一室で上司と会っていた。
彼の名前は『ジェラルド・ダルグレン』と言った。
ジェラルドは、クフィンの実の父親だった。
そして彼は、このゾイル地域を守る自警団の最高責任者でもあった。
大きな重量感のある机の近くの椅子に座っていて、クフィンはその前に立っていた。
白髪の混じった髪の細身の男で、クフィンと同じような鋭い目を持ち、目尻にはシワがあった。
そして黒いコートを着て、首には白いスカーフのような幅広のタイを巻いていた。
厳格な男で、感情を普段はあまり表に出さない人物だった。
自警将と言う地位にあり、クエストから帰ってきたクフィンから、報告を受けていた。
クフィンの話を聞き終わったジェラルドは、紙に何かを書いていた。
そしてそれを書き終えると、クフィンに話しかけた。
「……なるほど、大体の状況はわかった。ヴァベルの教会にも、誰かを送って協力を仰ぐことにしておこう……しかし、ヴィガル商会か……」
自警団の中で犯罪捜査を主にやっている者達から上がってくる情報の中に、ヴィガル商会の名が良く出ていたことから、ジェラルドはあまり良い印象をこの商会に元々もっていなかった。
(問題の多いところだ……やはりこうなったら、これを期にこの商会を……)
そう思ったとき、クフィンが部屋を出ようとしたため、彼は呼び止めた。
「……待て、クフィン。話はまだ終わっていないぞ」
クフィンは、振り返ると、感情の無い声で聞いていた。
「……まだ、何か?」
「ここからは、お前の上司として、そして親として、お前に話しがある」
クフィンは、一瞬目を細めたが、すぐに元の状態に戻り、父に尋ねた。
「(また面倒な話か?……)なんですか?」
ジェラルドは立ち上がると後ろにあったカーテンを開け、外の景色を見ながら息子に話しかけていた。
「マキュベル邸でヴァルプルギスの夜に開催されるパーティーに、お前も私と共に出席するんだ」
クフィンは嫌そうに感情を顔に出し、聞いていた。
「……なぜ私が?」
「マキュベルさんからのご指名だ。お前にも出て欲しいとな……」
そこでクフィンは、思い当たることがあった。
(……エレーナの奴か、あいつ……余計なことを!)
どうやらエレーナは、父親に自警団に働きかけるように頼んでいたようだった。
「クフィン、そう嫌がるな……お前も分かっているだろう……私が出世するには、莫大な資金が必要なのだ!」
珍しくクフィンの父は感情を高ぶらせ、息子に話しかけていた。
クフィンは忌々しげに、ジェラルドを見つめていた。
(また、その話か……)
クフィンの父親にとって出世は、何よりも大切なものだった。
そして、家庭を顧みることなく、彼は熱心に仕事をこなし、上へ上へと出世していった。
クフィンが小さなときから、彼は家にいることが無かった。
だから、母親と2人だった。
しかし、母も寂しさからか、夫の部下である若い団員と駆け落ち同然で家を出て、西のラーケルへ向かったと言うことだった。
少年だったクフィンは、たまに帰ってくる父親と生活することになった。
そして妻が出て行ってからのジェラルドは、更に仕事に邁進することになった。
そんな中クフィンは、最初寂しい思いがあったが、いつの間にか彼はその生活に慣れ、むしろそれが心地よいとさえ思うようになっていた。
だから、彼は1人で居る事を好んでいた。
そして、そのまま彼は心に未発達な部分をかかえたまま成長し、現在に至っていた。
しかし、そんな彼であっても、一応母親の所在が気になったことがあり、冒険者となったときにラーケルへ行き、母を捜した。
だが、母はどこにもいなかった。
その後、風の噂で聞いたところによると、島の西にある新大陸エルフィニアへ渡ったと言うことだった。
そして、彼やジェラルドが知らない事実があった。
それは、ユラトとデュランが馬に乗り、ダイアーウルフと思われる敵の群れから、なんとか逃げおおせ、そしてシルドナで一泊し、町を出ようとしたときに見た遺体が、実はクフィンの母とその愛人だった。
母は既に他界していることを、2人は知らなかった。
クフィンは父親を見つめながら、心で叫んでいた。
(いつもあなたが、そんなだから……母は出て行ったんだ……なぜそれがわからない!)
父はそんなクフィンの思いを無視して、話を続けていた。
「西の自警将に僅差で競り合っていたと言うのに……北東で新大陸が発見されてからは……私が一番、団長から遠のいてしまった……なんてことだ……」
ジェラルドはカーテンを握りしめ、悔しそうにしていた。
そして、息子の方へ静かに顔を向けた。
「挽回するためにも、金がいる……マキュベルさんは、この自警団最大の支援者でもある……だから、お前はエレーナと結ばれるんだ。彼女もまんざらではなかったはずだ……それに、お前がなぜこのレイアークの町の配属になれたのかを考えろ」
「それは……」
本来ならば、若く動ける団員は、ほとんどが新大陸の配属になっていた。
なぜなら新大陸では、魔物が襲ってきたり、治安が悪いことが島よりも遥かに多いためだった。
クフィンは適当に毎日を過ごせればいいと思い、この比較的安全なレイアークの町で働けるようにしてもらっていた。
(そうだったな……俺は、この人のおかげで、ここで生きて来れたんだ……)
反論しようと思ったが彼は言えなくなっていた。
(この男の手の平から出て、自らの足で歩かない限りは……か……)
そして、ジェラルドは表情を普段どおりに戻すと、息子に力強く言い放った。
「クフィン・ダルグレン自警曹。君は、ヴァルブルギスの夜にマキュベル氏が開催するパーティーに自警団の代表の一人として、支援者と親睦を深めるために出席せよ。これは命令だ!」
クフィンは力無く答えた。
「……了解しました」
クフィンは部屋の出口へ向かって歩きながら考えていた。
人は、自分の思い通りに生きることは出来ない。
社会の中で生活するためには、様々なしがらみがあった。
彼が部屋を出たとき、クフィンの目に生気はなかった。
それはまるで、エルディアと出会う前の彼そのものだった。
自らの栄達のみを考えていたジェラルドは、この部屋に入ってきたときの息子の活き活きとした表情から、彼の心の成長を感じ取ることが出来なかったようだった。
クフィンが出て行った後、ジェラルドはほくそ笑んでいた。
(息子がエレーナと結ばれれば……金が手に入る……そうなれば……ふふふ……団長の地位は……私のものだ!)
そしてゾイル地域の自警団から、2つの事実が公表された。
一つは、レイアークのラドルフィア魔法学院の学院長オイゲル・ラドラーが自宅の書斎の中で死体で発見され、何者かによって殺害されたおそれがあると言うこと。
もう一つは、悪魔が何者かによって呼び出された可能性があるということだった。
そして、悪魔に関しては、女性に取りつく悪魔であるため、破邪の効果のある物や銀製品を身につけるようにと、自警団から注意が喚起された。
その事を聞きつけた大地の神殿の人々が、協力を申し出た。
彼らはすぐに、銀製品などをもっていない女性に対して、小さな聖石を配った。
こうして、この情報は島全土を駆け巡った。
そして、島だけでは収まりきらず、西にあるエルフィニア大陸にも渡り、そこからさらに黒い霧を払いながら、ハイエルフの国を探している冒険者の下へも、この情報は届けられていた。
ダリオ・ジレストが見た情報とは、このことだった。
そしてダリオから、食事をするところで談笑をしていたユラト達にも、その情報はもたらされた。
ウディル村でユラト・ファルゼインが聞いたのは、この事だった。
学院で副学院長を探したが、その人物は町を出ていたとのことだったので、エルディアとカーリオは学院内で教師を見つけ、その事実を告げ、その後、カーリオと別れ、エルディアは寮の部屋に戻り、そしてすぐにベッドへ倒れこんだ。
彼女は、そのまま軽い熱を出し、寝込んだ。
また、クフィンやカーリオも自分の部屋に戻ると、疲労から死んだように深い眠りについていた。
エルディアは、夢を見ていた。
彼女は、赤い三日月の出ている夜空を飛んでいた。
自身の姿は見えなかったが、凄い勢いで赤い三日月に向かって進んでいた。
(……ここは?……)
エルディアは、辺りを見た。
どこまでも雲が続き、夜空が広がり、彼女の進む先に三日月があるだけだった。
星々を見ると月と同じように、赤く輝いていた。
そして自分のすぐ下には、月光に照らされた赤い雲が広がり、その雲を掻き分けるように風を感じながら飛んでいた。
しばらく風に身を任せて飛んでいると、体が突然、雲の下へ高度を下げ出した。
(……どこへ?……)
そして、雲の下には、真っ暗な闇の空間が広がっていた。
そこを今度は進むことになった。
どこまでも続く、闇の空間。
(……暗黒世界?)
しばらくすると、その空間に大きな渦が、うねりながら現れた。
その渦を見た彼女は驚いた。
(―――この渦は!?)
エルディアには、見覚えがあった。
それは魔女メディアが、レムリアンクリスタルの水晶球で見せた、あの渦だった。
なんと、そこへ彼女は吸い込まれ始めた。
(どういうこと?……)
すると、彼女の脳裏に映像が流れる。
それは、ユラトが女の子を背負って、森の中を走っている姿だった。
彼は必死の形相だった。
(―――ユラト!)
エルディアは、思わず彼の名を叫んだ。
しかし、彼には聞こえていないようだった。
エルディアは、渦の中へ入ろうと思い、心の中で必死に念じた。
(……あそこへ行こう!)
だが、そこから彼女の体は一向に進まなかった。
夢の中で彼女は手を伸ばし叫んだ。
(―――お願い、彼に会わせて!)
そこで、彼女は夢から目が覚めた。
エルディアはベッドに仰向けで寝ていて、右手で何かを掴むように天井へ向けていた。
彼女はその手を呆然と見ていた。
(……あれは……一体……)
夢の事を考えようと思った時、横から僅かな声が聞こえた。
「う~ん……」
そして声のした方を見た。
彼女の横でうずくまる様に寝ている者がいた。
(シュリン……ずっと、看病していてくれたのね……)
どうやらシュリンが、発熱したエルディアを気遣って看病してくれたいたようだった。
エルディアは、感謝の気持ちを込めてシュリンの頭を撫でた。
(シュリン……ありがとう……)
彼女の綺麗な銀色の髪が、さらさらと流れ落ちた。
そして、エルディアは彼女のある部分を険しい表情で見つめていた。
それは、彼女の耳だった。
なんとシュリンの耳は通常の人よりも長く、そして先が尖っていたのだった。
エルディアがこのことに気が付いたのは、彼女と一緒の部屋で暮らすようになってから、一月ほど経ったときのことだった。
その日は、2人で話が盛り上がり、ついつい夜遅くまで話し込んでしまっていた。
そして彼女は、途中でエルディアのベッドで寝込んでしまった。
エルディアは、彼女をシュリンのベッドまで運ぼうとしたとき、髪の中から鋭く尖った耳が出てきたので驚いた。
「え!?……」
そして、その声に気づいたシュリンが目を覚ました。
驚いているエルディアを見たシュリンは口をあけ、はっとなっていた。
「―――っ!」
そして、すぐに自分で立ち上がると、怯えるようにエルディアにすがり付き、誰にも言わないで欲しいと言って来た。
どうやら、彼女にとって秘密にしておきたいことのようだった。
(シュリン……)
エルディアは、そんな怯えて震えている彼女を抱きしめ、耳元で静かに言った。
「大丈夫……絶対に誰にも言わないわ……だから安心して……」
シュリンは、顔をエルディアの胸に埋めたまま、尋ねていた。
「……本当ですか?……」
「ええ、本当よ。誰にでも秘密にしておきたいことの一つや二つぐらいあるはずよ……それに、私には喋る相手、シュリンしかいないもの……」
シュリンは顔を上げ、笑顔に戻った。
「そんなことありませんよ!クフィンさんやカーリオさんもいるじゃないですか!……でも……ありがとうございます……このことを知っているのは、母と兄貴と先輩だけなんです……」
「……そう……じゃあ、私も故郷の事、あなたに話すわ……これでおあいこ……」
「いいんですか!?」
「ええ……」
この日から2人は、友人から姉妹のように何でも話し合える間柄となった。
そしてエルディアは、彼女の耳のことは、「墓場まで持っていこう」と心に決めていた。
シュリンは、寝言を呟いていた。
「お母さんも……これで早く初孫が……見れそうね」
シュリンは、夢の中でデュランに皮肉を言っていたようだった。
しかし、エルディアは、それを知らないため、相手と一緒にいる彼女が、母親と話しをしているのだと思っていた。
(ふふ……シュリン……まだ相手いないでしょ……)
そして、再びエルディアは、眠りに付いた。
目を覚ましたカーリオは、その頃、学院長の持っていた杖のことを調べていた。
しかし、どこの研究部屋へ尋ねても、誰も知らないようだった。
(おかしいですね……誰も知らないみたいですが……彼は誰に調べてもらっていたんでしょうか?)
そしてクフィンは、自警団員として、日々の業務をこなしていた。
また、自警団は、クフィンから報告があった、クリス・ヴィガルを呼び、聴取を行った。
彼は、何度か本に書かれていた事を実行したが、呼ぶことが出来なかったようだった。
そして、その本は何者かによって、エレーナと同じく、外套に身を包んだ者に奪われてしまったと、自警団に話した。
もっと話を聞こうとしたが、すぐに彼の父親がコネを使い、圧力をかけてきて、息子を即時釈放するように言ってきた。
そのため、それ以上は聞くことが出来なかった。
そして、祭りの時刻が近づき始めていた。
エルディアが体調を元に戻し、目を覚ましたのは、そろそろ祭りが始まる頃だった。
起き上がり、服を着替えると、エルディアの机に書置きがあった。
「エル先輩。ミレイちゃんと、先に祭りに行ってきます。先輩も後で!」
どうやらシュリンは、先に祭りに行ったようだった。
そしてエルディアは、準備を済ませ、部屋から出た。
(私も行きたいけど……やっぱり、あの杖のことカーリオが調べているだろうから、まずはそれを聞いてから……)
謎を多く残したまま、春の豊穣を祝う祭りが始まろうとしていた……。
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